〜更なる高みへ/063〜



 「投降する」


 ・・・・・・


 「投降だぁ?」

 「ああ」

 シルバーはその表情を崩さずに言う

 「どうも本当に参った、ってな風には聞こえねーけどな」

 キョウジはその閉じた目をシルバーに向ける
 目の辺りを覆うような大きな傷は過去を語りかけてきそうだ

 「そのつもりはない。が、投降はする」

 シルバーはしれっと言う
 2日間戦い続けて、どういう男かを理解したからこう出た

 「敵が投降したら、普通はどうする」

 「捕虜にするわな」

 敵地などのアジトで拘束されるものだが、あいにくここはシルバーによって壊滅状態だ
 そして目の前にいるここの責任者はこれから行かなければならない

 「・・・・・・本部に一緒に連れてけ、ってか」

 確かに組織のテレポートを使えば一瞬でいける
 他から遠く離れすぎたオーレ地方
 シルバーが再びレッド達と合流するには時間がかかりすぎる
 キョウジの口から最終決戦が近いことを知った今、通常ルートで戻る気は起きなかった

 「だからって、敵利用するか」

 「カントーまで戻ったら、捕虜から脱走してやるがな」

 「だよなー」

 そうぼやく割にキョウジは楽しそうだ
 しかも正直に胸の内を白状する、というところが気に入っているようだ

 「よっしゃ、いーだろ。連れてってやるよ」

 キョウジは、んーっと身体全体を伸びをした

 「だけど時間はまだある」

 「?」

 「隣の部屋に回復マシン置いてある。オレもするから、プリソナー・シルバーもしろ」

 ビッとキョウジが指を示す
 シルバーがふっと短く息を吐いた

 「・・・・・・つまり」

 「時間までオレとやってよーぜ」

 投降はシルバーの持っているHP及びPP回復アイテムがきのみまでほぼ使い果たしたのもあった
 捕虜からの逃走に使えそうなものは残しておかなければならない
 
 ・・・全回復させてくれるというなら願ってもない
 
 「いいだろう」

 「決まりだな。楽しもうや」

 キョウジからもっと組織の情報を引き出せるか
 それは難しいだろう
 しかし、自分よりレベルの上のものとの実戦は何よりの経験となる

 そう、シルバーは・・・

 R団首領サカキの血を継き、
 幼少からトレーナーとしてマスク・オブ・アイスの師事を受け、
 最強の幹部候補・ジンとの死闘を経験し、
 再びマスク・オブ・アイスことヤナギからトレーナー能力の師事 を受け、
 今は四高将との実戦経験を積む

 ・・・確実に駆け上がっていた


 ・・・・・・


 急いで次の階へ、駆け上がらなければならない
 そんなクリスの前に立ちふさがる3連続の戦い


 「ネイティのみらいよち」

 その言葉でようやく気づけたイブキがハッと後ろを見る
 「ですよね」と微笑むジムリーダー・・・

 「3連戦、最後です」

 ・・・ツクシ、ヒワダタウンの虫使い
 彼がこの階最後の番人

 「ヘラクロス!」

 「エビぴょん!」

 出してすぐにクリスはエビぴょんを引っ込めた
 代わりにカラぴょんを繰り出す
 その間にもツクシが動く

 「メガホーン」

 その硬く、大きなツノを突き出して突進してくる
 大きな身体を持つヘラクロスのそれは半端なものでは止まらない

 入れ替えたばかりのカラぴょんがそのホネを横に構えて、受けとめる
 受け止めるが、勢い余ってヘラクロスがカラぴょんの上の方に突き抜けていってしまった
 ホネの丸みで滑ったのだろうか

 「危なかった・・・」

 クリスが安堵する
 カラぴょんのHPも考えれば、逸れずにまともな力の押し合いでは負けていたかもしれない

 ぴしっ

 そう嫌な音がした
 カラぴょん自身が一番驚いている

 ホネに、ひびが入った
 
 今までの戦いで限度がきていたのか
 いや、それだけではない・・・

 「あのかすっただけのような一撃で・・・?」

 「まさか」

 ツクシが笑って否定する
 「今までの過酷な戦いのせいでしょう」と付け加える

 「でも、これから・・・もっと威力が上がりますよ」

 ヘラクロスが上から落ちてくるようにメガホーンを繰り出してくる
 クリスとカラぴょんが横に跳んで避ける

 ツノがめり込むと床が大きく跳ね、亀裂が入った
 クリスの体勢が少しだけ崩れる

 「!!?」

 落下の勢いを合わせても、メガホーンにここまで威力があっただろうか

 「こだわりハチマキ」

 ひとつのわざしか出せなくなる代わりに、そのわざの威力が上がるというもの
 その上、このヘラクロスはいじっぱりで攻撃とHPに特化している

 「更にボクの能力、『メトロウォーム』の効果です」
 
 同じ技を使い続けることでその技の威力が×1.1倍ずつ上がっていく
 虫タイプなら更に上がって、1回ごとに×1.2倍ずつ上がっていくのだ

 「メガホーンは虫タイプ最強の技。勿論、タイプ一致です。
 HPが減れば、むしのしらせも発動しますよ」

 威力120+タイプ一致+ハチマキ+(特性+)能力による×1.2×1.2・・・・・・
 考えられる限り、これ以上の虫タイプの攻撃は無いだろう

 ただし、メガホーンの命中率は85
 高威力も当たらなければどうってことはない
 そうも考えられる

 「PPは16。逃げ切れますか?」

 ゴォッと風を貫き切る轟音と共に3度目のメガホーンがきた
 まもるもないが、そもそもこんな技は受けられない

 「ホネこんぼう!」

 威力は高いが、ただ突っ込んでくるだけ
 タイミングを見極めて横に避ければ、隙だらけだ
 カラぴょんの一撃がヘラクロスの胴体にクリーンヒットする

 「HPに強化していると言ったでしょう」
 
 びくともしない
 それにひびの入ったホネでは折れるのではないかと、思い切りが足らないのかもしれない
 
 「(それに下手に攻撃するとむしのしらせが・・・)」

 「4度目」

 休む暇も与えない
 ヘラクロスが果敢に突っ込んでくる
 ただ突き進んでくるだけなのに、なんというプレッシャーだろう

 カラぴょんが避け、クリスも避ける
 

 グンとヘラクロスが通り過ぎた後の行路に身体が引き寄せられる

 「(・・・風・・・!?)」
 
 メガホーンの上がる威力と速度、その余波が生み出した産物
 軽量のカラぴょんやクリスはその影響をもろに受けた
 4度目でこれなのだから、これ以上の回数を重ねれば避けても風で巻き込まれる
 
 「この能力はわざがはずれてもリセットはありません。違うわざを使うとそうなりますけど」

 そもそもこだわりハチマキの効果で別のわざを選べないようにしてある
 小回りがきかないぶんを、上がり続ける威力と余波でカバーしていく
 
 「5度目のメガホーンです」

 周囲をも巻き込む螺旋の突進と風
 避けようがない

 ホネブーメランで遠距離から攻撃したとしよう
 結果は風と余波で巻き込まれ、威力もそがれるか攻撃が届かないだろう
 突進を見極めて、避けて側面から軌道をずらそうとしよう
 やはり軽量故に風や余波に巻き込まれ・引きずられて、轢かれてしまう

 行くならば、半端ではいけない
 ここはしっかりとホネを握り締めてふんばっての、真正面からしかない
 
 「カラぴょん、受け止めて」

 それに応え、カラぴょんがぐっと身構えた
 ホネを竹刀のように握り締め、ヘラクロスを見据える

 そのカラぴょんの背中を、クリスが手を添えて支える
 ほんのわずかだけれど、互いが震えているのがわかる

 戦うことを恐れるのは至極当然なこと
 それでも戦うのは理由があるから
 理由があれば、震えは止まる

 互いの震えが伝わり、
 呼吸が自然に合い、
 少しずつ落ち着いていく
 

 狙い通りに受け止めることが出来るのだろうか

 衝突

 ヘラクロスのメガホーンを正面から、カラぴょんはホネを縦に受け止める
 勢いは殺せず、クリスごと完全に押されている
 それでも吹っ飛ばされることもなく、受け止めることに成功した

 「うんっ」

 「どうして・・・」

 ツクシは受け止められたことに、驚きを隠せなかった
 イブキも同様だったが、シジマは違っていた
 身体を鍛える上で、少しばかり知っていたことがあったからだ

 受け止められた理由
 それはホネそのものの構造からすれば当然ともいえた
 一般的にホネは横方向からの衝撃よりも、縦からの衝撃に強いように出来ているのだ
 シジマはこれを知っていた
 ただ横より縦の方が接地面積がやはり狭いので、少しでもポイントがずれていたらクリスもろとも直撃を受けていただろう

 わずかな一点への集中
 ポケモンと共にバトルの渦中に身を投じ、心身一体になれたからこその芸当だ
 グリーンがシジマとのリーグ戦で見せた境地に限りなく近づいていっている

 「カ・ラ・ぴょ〜んッ」

 クリスの身体にも力が入り、ぷるぷると震えるように声を絞り出す
 ビリビリと力が真っ向からぶつかってくるのを押さえ込むのも限度がある
 受け止めてしまえば、あとは上か下にホネをわずかにずらせば・・・

 ヂッ
 そんな鈍く滑るような音、火花が散った
 上へと力の方向をそらされ、思い切り突撃していたヘラクロスは勢い余って天井に激突した
 そのまま自滅してくれればいいのだが、HPに振られている努力値は そうはさせてくれないらしい

 「まだいけるね、ヘラクロス」

 『ヘラクロッ』

 ツクシの呼びかけにヘラクロスが応える
 昆虫の頑丈な身体を見せつけてくれた
 向こうの体力はむしのしらせ発動前、ぎりぎりのところといった感じだ

 対してカラぴょんは先程のせめぎあいもあって、もう体力に限界が近づいている
 武器となるホネにもひび入っていたのだ
 衝撃に強い縦に受けたとはいえ、その損傷は確実に大きくなっていた
 
 「(あと一撃、保って・・・!)」

 ヘラクロスが爪をうまく使い、天上に逆さに立ち上がる
 そこからぐっと身体を縮こまらせ、力を溜め込む
 重力の落下に加え、足から全身をばねに6度目のメガホーンを放つつもりだ
 その踏ん張りで天井が崩壊しないかが不安である

 「メガホーン!」

 ツクシの指示で、天井に亀裂が走った

 ヘラクロスが天井を蹴り飛ばし、クリスとカラぴょんめがけて狙い撃つ
 それによって亀裂が走り、瓦礫の一部や砂礫が落ちてくるほどだ

 まるで隕石のような激しい轟音と重圧
 天井はさほど高くはない
 床ごと撃ち抜くのに3秒もかからないだろう


 響く圧力の下、カラぴょんは狙いを定める
 クリスの存在を背に感じつつ、ぎゅっとひび入ったホネを強く握り締めた
 指示よりも想いが先に伝わった

 呼吸を相手に合わせる
 相手の勢いを逆に利用するのだ
 カウンターの要領で
 
 縦からの衝撃に強いホネの構造
 それは防御だけでなく、攻撃にも通じる・転じられる
 イブキのハクリューへの一撃がそれだ

 それが兆し

 わずかな一点
 ヘラクロスの身体の急所、メガホーンの力の急所
 ボールの当てどころがわかるように、どこが弱く・どこが効果的なのかかを見極める
 クリス自身も何度も接触し、攻撃を間近で見てようやくおぼろげにわかるところ

 そこを
 衝撃に最も硬いホネの先端で貫く


 カラぴょんが使う新しいわざ
 クリス、初めての特能技といえるその技の名は・・・

 「ホネづき!!!」




 
 ・・・辺りが真っ白になるような衝撃音と突風
 

 カラぴょんのホネが粉々に砕け散った
 ぐらりとカラぴょんが倒れそうになるのを、クリスが慌てて支えた
 その傍らで、ヘラクロスがきぜつしている
 
 相討ち
 それでも、クリスの勝ちだ


 「おめでとう。この先に最後のトレーナーと、屋上でオーナーがあなたを待っています」

 「・・・はい」

 クリスはカラぴょんをボールに収め、走り出した
 戦いでボロボロになった天井から落ちてくる粉を払いながら、階上を目指す
 時間はどれだけ経ったのだろう
 タイムアタックだということを忘れてはいけない

 最後のジムリーダーは、あの人しかいない
 屋上にいるというオーナーが誰なのかはまだわからない

 けれど、クリスは何かを・淡く感じ取っていた


 ・・・・・・

 
 「クリス、今頃何階かな」

 「さぁ。待てばいいのよ」

 少し暇そうにしているレッド達を尻目に、ゴールドは未だに受付嬢らしき人をナンパしていた
 微塵も心配しているということを感じさせないその態度は、逆に信頼しきっているという風にも取れる

 「じゃあさ、名前だけでも教えてくれよ」

 ・・・前言撤回した方がいいのかもしれない
 
 ゴールドの根気に負けたのか、受付嬢がぼそぼそと何かつぶやいている
 どうやら無線か何かで指示を仰いでいるようだ

 「・・・・・・わかった。名だけなら教えよう。許可を貰った」

 「っしゃ、で・なんてーの?」

 許可を貰った、というのが内心少しだけ気に食わない・・・というか上司・彼氏的な存在をにおわせる
 それでも軽くガッツポーズを取ったゴールドに、ひとつ息を吐きながら受付嬢は名乗った


 「メイル・アカダミアンという」

 「メール・マダカミエン?」

 「復唱する。メイル・アカダミアン」

 

 


 To be contniued・・・


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