〜更なる高みへ/070〜


 
 「久し振りにトぶとしよう・・・」


 ・・・・・・


 「なんでこんなに多いんだよ〜!」

 ゴールドは石室のなかを駆け回っていた
 足を一歩踏み入れた途端、物凄い数のアンノーンが襲い掛かってきた
 タイプもバラバラなめざめるパワーは不意打ち過ぎるし、初撃ではタイプが分からないので迂闊にポケモンも出せない
 ではその通りにポケモンも出さず、逃げ惑って・・・・・・いるだけではない
 今はとにかく走り回って、捕まえるべきアンノーンの形状が何通りあるのか見極めようとしているのだ

 「えーっと、なんだ、C・・・D」

 どうもこの世界で最近分かったのはアンノーンの生態として、その形状はある文字に対応しているらしい
 しかしまだそれがどうしてそういう形状なのか、どういう意味なのかもわからない為、ゴールドの台詞のC・Dは形状そのものを現しているものと見てもらいたい

 「えーと、H? U、Oか!」

 数は多いが、いるのは5種類だけだ
 これなら、いける

 振り向きざまにキィっとブレーキをかけ、ゴールドはなだれこむように襲い来るアンノーンと対峙する
 そのなかでも積極的に前に飛び出し、めざめるパワーをとばしてくるアンノーン5体に目をつけた
 ちょうどこの石室に出現する形状の5種類
 何度も攻撃をとばしてきたおかげで、そのタイプは岩・悪・水・ノーマル・ドラゴンと分かった

 「ニョたろう、キマたろう! 頼むぜ!」

 めざめるパワーで思いもよらぬタイプや威力のある攻撃をしてきても、アンノーン自身のタイプはエスパーで統一されている
 放ってくるタイプに強いポケモンなら、そう攻略は難しくないはずだ

 「一番に終わらせてやっからな!」

 ゴールドは意気込み、嬉しそうにぶつかっていった
 身体が震えるのは恐怖ではない、もっと昂ぶる武者震いのような・・・・・・


 どくん どくん

 心臓の音が響く
 それは大切な人が失われる時にあるような、一瞬だけ強く・一番初めに響く力強い鼓動だった
 この感覚は何度目だろうか


 ・・・・・・
 
 
 「N、I、S、E」

 レッドが宙を旋回しているアンノーンを指差し呟く
 ゴールドほど多くなく、石室内にいたのは15体くらいだ

 「思ったより早く片がつきそうだな」

 屈伸と伸脚で身体をほぐし、ぐるぐると左腕を肩から回して張り切る
 その間もアンノーンは襲ってこず、様子を伺っている辺り何かあるかもと思う

 早く終わっても皆のところへ応援に行くことなどは出来ない
 今は自分自身に全力を尽くそう

 「ピカ、ゴン」

 ボールからポケモンを出したところでアンノーンがその身体をぶつけに、迫り来る
 随分とスポーツマンシップに則った相手じゃないか

 「やるぞ!」

 目的は捕獲だ
 倒さないよう、ピカのまひで攻めよう
 めざめるパワーはゴンが受けてもらって、チャンスを狙う


 ・・・・・・

 
 「捕獲しますっ」

 パラぴょんのキノコのほうしで部屋中のアンノーンを眠らせる
 クリスは狙いを定め、ボールを蹴り飛ばす
 漏れなくそれらはアンノーンをボールに収め、床に落ちた

 「・・・捕獲完了」
 
 生き生きとした表情でクリスはつぶやき、すぐにふぅとため息をついた
 使ったボールは2つ、Zと!の形状の2体
 この石室にはそれしかいないらしいのだ

 「ううん、もう一度よく探してみよう」

 捕獲するだけで終わり、では修行にならない
 きっと、まだ何かあるはず

 クリスはそう考え、石室内を探し始めた


 ・・・・・・


 一方で、捕獲をしないで先に石室を探し始めたのはブルーだった
 石室内を隅から隅まで調べようとぐるりと歩き、見て回る
 雰囲気的に隠し扉の類があるとも思えず、至って普通の石造り
 しかし、何かあると・・・女の勘はそう告げている
 
 「・・・・・・最後、ってことはアイツが出てくるってこと?」

 ブルーはううん、と唸った
 まさか、今更・・・しかし、でも・・・

 ぐるぐると思考をめぐらすブルーの背後から、そろそろとアンノーンがやってくる
 特性のふゆうのおかげで気づかれにくいのだ

 しゅるんっ
 突然、アンノーンの視界を何かがさえぎった
 じたばたともがくが、やがてぐったりとおとなしくなる
 ブルーはそこで後ろを向き、弱ったアンノーンJとPをあっさりと捕獲した

 「まだ(形状の種類)あるのかしら?」

 アンノーン2体捕獲されたことで、石室のなかがざわつき始めた
 ブルーはやれやれと、ちょっとだけ肩をすくめる
 調べものと思案は少しの間、お預けのようだ

 
 ・・・・・・


 「そういうことか」

 グリーンは石室のなかを見て、うなずいた
 どうやら何か気づけたらしいが、どうでもいいことらしい

 石室内にいるアンノーンに囲まれているが、襲ってこない
 旋回して様子を伺っているようだが、彼は自ら均衡を崩した

 「ハッサム」

 高速で移動しながら出てくるアンノーンを隙無く、確実にダメージを与えて捕獲する
 小細工など使わない、堅実な力を感じさせる
 そうして捕まえたのはV、W、B
 旋回するアンノーンのなか、彼が視認した限りではあと2種類いるはずだ

 「構えろ、ハッサム」

 彼の眼に気迫がこもる
 研ぎ澄まされた一本の刀のようなそれが、周囲のアンノーンにも伝わるようだ
 恐れ、乱れ、闇雲にぶつかってくるものもいるが・・・

 ・・・グリーンとハッサムの敵ではなかった


 ・・・・・・


 「アンノーン、アンノーン」

 イエローが石室をきょろきょろと見渡す
 姿こそ見えないが、確実に何かがいるのがわかる

 「うぅ」

 これまでのトレーナー人生において、イエローの捕獲数は少ない
 貰い物だったり、懐いている内にいつの間にか・・・が殆どだった
 だから、こうやって「確実に捕獲すること」と言われるとプレッシャーがかかってしまう

 しかし、イエローの手持ちのラッちゃん(いかりのまえば)やピーすけとチュチュ(ねむりごな、でんじは)など、捕獲向きのメンバーはいるのだ
 決して出来ないわけではない

 「・・・・・・何体いるのかな」

 1対1ならば。
 いつの間にかイエローを包囲しつくしたアンノーンが、かーごめかごめのノリでくるくると踊っている
 これだけの数を相手に、形状それぞれ1体ずつ捕獲なんてかなうのだろうか

 「とにかく、これくらいの狭さなら・・・」

 ピーすけことバタフリーのねむりごなの射程範囲内、しかも室内なので命中率の不安も無い上に効果が薄れるほど飛び散ってしまわない
 問題なのはこもってしまった粉が、トレーナー自らが吸ってしまったら・・・・・・ということだが・・・

 「よーし、行くよ。みんな」

 とりあえず、やってみなければはじまらない
 イエローは意気揚々と、ピーすけとラッちゃんだけでなく手持ちのポケモンすべてを出した
 あらゆるタイプのめざめるパワーに対抗する為でもあるし、久し振りにみんなで戦いたかったこともある
 こういう気持ちの在り方が、イエローの強みだろう

 吉と出るか凶と出るか


 ・・・・・・


 「順調に捕獲してるみたいだね」

 イレスの石室のなかでつぶやいた
 わかるのだ
 誰が、どの形状のアンノーンを捕獲したのかさえ
 この手に取るようにわかる

 その影となる、その者の手にあるハイパーボールには「A」のアンノーンがいた
 すらりと伸びた足で、イレスの石室をゆったりと歩く
 その足取りはスキップではないものの、何か高揚を感じさせるものだった
 時々、その壁に触れてはふっと微笑むような動きも見せる


 そして、その動きをぴたりと止めた

 「A,B,C,D,E,F,G,H,I,J,K,L,M,N,O,P,Q,R,S,T,U,V,W,X,Y,Z,!」

 感じ取ったのだ
 彼らが課題を終え、最後のアンノーンを残してすべての形状を捕獲したことを

 ・・・影は目を閉じ、そして開く
 その目の前に「?」のアンノーンがふよふよと浮いている
 捕獲されることを、待っているかのように無防備だった

 「はじめよう」

 これが仕上げだ
 影はボールを投げ、あっさりと捕獲した


 そのボールが石畳に落ちたと同時に、アスカナ遺跡は震撼する
 すべてのアンノーンが揃うことで、ある条件を満たした

 遺跡が、再び意味を為す
 ジョウトジムリーダーの時と同じようで、違う意味がこれから始まる

 影は、その跡形をなくしていた


 ・・・・・・


 すべてのアンノーンが捕獲され、「?」のボールが石畳に落ちて
 レッド達が次の瞬きをする前に

 皆はそろって眠りに就いた


 ・・・・・・


 遺跡で起きた異変は誰も、強大な力に敏感な野生ポケモンすら気づけなかった
 それほどまでに静かだった

 ただ、それが起きるとわかっている人間はいた
 

 シナリオ

 ここに、何が起きうるかが記されている
 そして、何をすべきなのかも・・・・・・


 ・・・・・・


 「謝罪はいい」

 ほぼ同時刻のこと

 ネオは立っていた
 その目の前にいる相手は武の巨人こと幹部十二使徒のリーダーであるドダイだ
 
 「・・・・・・」

 本来なら、命令無視した彼女は謝罪のひとつもするべきだろう
 しかし、彼女は「組織の為」の行動と考えている
 幹部候補はある程度の行動の自由も許されていて、その範疇だと

 故に彼女は謝らず、弁明もしなかった
 己の思うことを脳天から腰骨まで一本、その芯を通したが為に、頭の下がりようがなかったのだ

 ドダイはそれを汲んだ
 そして、謝罪はいいと言った

 「だが、敗北した」

 武の巨人の声は頭の上から、轟くように、腹の底まで響く
 正直な話、常人なら耐え切れずに頭を下げ、そのまま音圧と威圧感によって膝を折ってしまいそうな程だった
 こうして立っていられるのも、能力者云々の前にネオが強い心を持っているからだろう

 「わかっているのか」

 「はい」

 組織の為ならば、尚のこと敗北は許されない
 ましてや、見逃してもらう代わりに情報を流すなどあるまじき行為だ
 
 「・・・・・・」

 ゼラも、ネオの横に立っていた
 彼も謝らないし、頭も下げない
 それは情報を流してまで彼女を見逃してもらったことが、組織の為だと考えたからだ

 「・・・鋭気を養え。それが上の言葉だったはずだ」

 「はい」

 「組織に生きると決めたものなら、指示に従え」

 「はい」

 徐々に、徐々にドダイの声が重くなっていった
 幹部候補2人は胸を張り、姿勢を貫く

 それから沈黙
 音圧は無くも、威圧感とかかる空気の重さが身体にのしかかってくる

 ドダイは小さく、息を吐いた

 「・・・・・・あまり心配をかけさせるな。舞台に間に合わなくなっても知らんぞ」

 「はい」

 「はい」

 もう「はい」としか、返事のしようがない
 反射的ではなく、それしか頭に浮かばなくなってきている

 「さがれ。あと2時間ほどで召集令がかかる」

 「はい」

 「はい」

 ドダイは立ち上がり、そして2人に笑いかけた

 「お前たち2人の行動が組織の為であることを舞台で示せ。悔いの無いよう、全力を尽くせ」

 武の巨人が一歩踏みしめるごとに、部屋がわずかに揺れている気がした
 そんな音もないし、気のせいかもしれない
 しかし、そんな気を起こすくらい彼の足取りは強かった

 「以上だ」

 「はい」

 「はい」

 ネオとゼラはここで頭を下げた
 これから始まる舞台で、結果を示す
 それが報いることだ、としてくれたことに感謝した

 
 舞台の開幕はもうすぐだという
 本来なら、レッド達をすべて潰した上で参加する予定だった
 だが、倒しきれず敗走し、アジとに戻り、武の巨人のもとに赴き・・・・・・今から開催地に行くとなると、ギリギリかもしれない

 「急いだ方が良さそうぞらふ」

 「あぁ」

 そこへはテレポートが使えない、自力で行くしかない所のだ
 
 ネオはその場で、ざっと自分の服や身体に異常が無いかを確認する
 足はまだ、かすかに震えているが他は問題ない
 すぐにこの部屋の出口へ、足を置いた

 「ワシも後から追いつくけんばながば」

 ネオの姿がその場から消える
 それに続いて、ゼラも足を置く

 ・・・その場から消えて、向かった先がそこではない
 2人はアジトの入り口に立っていた

 あくまで自力でたどり着かなければならない
 そう、あの・・・遠く離れた、カントーとジョウトの境目


 ネオとゼラの2人・・・いや組織の殆どの戦闘員が向かう『舞台の開催地』


 向かう場所は、『セキエイ高原』


 ・・・・・・


 ああ、これは夢だな
 ふと、そう自覚したことはあるだろうか
 夢のなかで夢と気づく
 それは起きているのと変わらないのに、覚めなければ抗えない

 レッドは目を開けた
 目を開けたら、そこは山のなかだった

 いや、ゆるい坂がずっと続く木立の道
 目をつむっていた間も、レッドはここをずっとずっと歩き続けていたらしい

 どのくらい歩いたのかはわからなかった
 ただ、
 彼はそこにいた

 『・・・どのくらいぶりになるか』

 「誰だ?」

 夢を見ている、のだ
 きっと
 
 レッドの前にいた彼の等身は同じくらいで、その姿には何故か薄暗いフィルターのようなものがかかっていた
 彼の声は耳から聞こえている気がしない
 あれだけ歩いたのに、まだ歩けるというのに彼の傍に行ける気がしない

 『・・・・・・』

 そして、彼が何者なのかさえわからないのに
 ・・・そのおぼえがあるような、遠くの親戚よりもずっと近しい気がした

 「この道は、どこまで続いているんだ?」

 レッドは立ち止まっていた、気がした
 歩き続けていた感じは頭のなかでしても、足はそういう感じがない気がする
 まさに夢のような

 『・・・・・・』

 「夢のなかの会話が続くわけないか」

 レッドは笑った
 それから、ふと思った

 彼はこの道をふさいでいるのだろうか
 
 『ふさいでいるなら、どうする?』

 びっくりした
 出した声じゃなくて、出さなかった声に反応するなんて
 レッドは無意味にきょろきょろと左右を見るように首を動かした、気がした

 そう、夢とわかっているのに
 夢のなかでの行為というのは、そうした気配がない

 『どの道にも障害は、ある』

 彼が動いた
 すぅっと腕を伸ばし、何かを構えている

 『選択は避けられない』

 夢のなかだから、なのか

 『決別は1度きりではない』

 彼は銃を、レッドに向けていた

 『選べるか?』

 「・・・何を」

 レッドは声を出して言うと、今度はきちんと会話になって返ってきた
 同時に彼は撃鉄を上げた、と見えなかったけれど夢だからわかった

 『引き金を、このまましぼるか否か』


 夢のなかなのに
 のどがかわいた


 ・・・・・・


 ゴールドはごろんと横になっていた
 横になったおぼえはない
 でも、なってる

 周りは真っ暗
 何も見えない
 何も聞こえない
 何も感じない

 ここがどこなのかも、わからない

 声を出そうとしても、出ない
 出ても、その耳に届くまでに聞こえなくなっているのかもしれない
 出している、そんな感覚はあるような気がする

 夢だな、こりゃ

 初めての感覚だ
 こんな夢、レアじゃね?

 
 でも、何も出来ない
 これは退屈だし、つまらない

 目をつむりなおしたら、夢から覚めてくれるだろうか


 ふと、何かが聞こえた気がした

 そちらの方にゴールドが顔を動かすと、暗くて見えないけれど何かがいる
 のが、わかった
 気がする


 ・・・・・・


 アタシはどうしたのかしら


 夢よね

 だって、宙に浮いてる

 それから、アタシは、アタシを見下ろしている

 
 あれはアタシだけど、アタシじゃない

 何かにつかれたように、下のアタシは剣を振るっている
 フラッシュのように周囲の映像は変わっていくのに、下のアタシがしてることは変わらない
 ずっと、ずっと、ずっと、剣を振るっていた

 ストレスでも溜まっているのかしら

 夢占いの本でも見てみようかな

 そんなことを思ったら、下のアタシも本を読み出した
 今時ないロウソクの明かりで、積み上げられた本を右から左へ移していく
 読んでいる過程を飛ばして見ているから、そう見えるだけだろうけど
 上のアタシじゃ、一生かけても読まないだろうなってくらい読んでいた

 ますます夢占いしたくなった


 本を読むのに疲れたのか、下のアタシが椅子の背もたれに身体を預けた
 それから下のアタシが、胸元からロケットか何かを取り出した
 何を見ているんだろうか、上のアタシにはそれが見えないしのぞけなかった

 ・・・けど、大事なものなんだろうな

 もしかしたら、剣を振るっていたのも、本を読んでいたのも
 その、大事なものの為なのかな

 せっかくの夢なのに、肝心なことはわからないまま推測だけ
 夢というのはその人の記憶やイメージから出来るものなのに、どうしてわからないことがあるんだろう
 忘れてるのかな

 積まれた本で埋まっている下のアタシの傍に、誰かやってきた
 アタシの1人舞台だった夢から、初めて見た別人
 
 子供だった
 

 ・・・・・・


 ひとつずつ、ひとつずつ

 クリスは石を積み上げていた

 積み上げて、積み上げて、その上に飛び乗った

 がら、ばららら

 石は崩れてしまう
 クリスはまた積み上げる

 なんで石を積み上げているのか
 その横に、どうして白馬がいるのもわからない

 おかしな展開に、これは夢だと考えた

 それにしても、
 せっかく積み上げた石に、なんで飛び乗るんだろう

 崩したいとは思えない
 じゃあ、積み上げた石の上に乗りたいんだろうか

 じゃあ、もっと大きな石を探さないと

 クリスは辺りを手で、探ってみるけれど
 大きな石が見つからない

 ばらばらになった石をひとつ、積み上げずに拾い上げてみる
 
 ・・・ここは河川敷?

 この夢以上に、おかしな結論につくものだ
 しかし、河川敷ではないようだ
 手のひらにおさまっている石は、長い川を転がったことで丸く研磨されたような小石じゃない
 もっとごつごつして、角張って、不恰好な石ばかりだった
 どれひとつを取っても、どこも丸いところのない石ばかり

 それより、私は石を積み上げて何がしたいの?

 白馬の方を見るけれど、何も答えてはくれない
 そもそも、こんな馬、会ったことがない
 普通なら、ウインぴょんとかポケモンがいるんじゃないの?

 夢っておかしい

 クリスはそう思った
 そして、また石を積み上げ始めた

 そして、また飛び乗るんだろう
 意味もわからぬまま


 ・・・・・・


 イエローは石造りの部屋にいた
 少し高いところにある窓から、現実味のない月が見える
 どう現実味がないのかはうまく言えない
 だけど、あれはボクの知っている月じゃない

 窓を見上げていると、とんとんと肩を優しくつつかれた
 後ろを振り返ってみると、息を呑んだ

 『こんばんは』

 可憐で、温かな笑顔を見せる女性がいた
 純白で、シンプルなウエディングドレスを身にまとっている

 「かわいい」

 思わず、イエローは声に出してしまった
 その女性は、くすりと笑った
 なんだか『ありがとう』と言われた気もした、きっと多分

 高いところにあった窓が、ぐにゅうと形を変えながら壁をつたって天井へと移動していく
 それに併せて月まで動き、その女性の真上に窓と月がやってきた
 まるでスポットライトのように

 女性はその光を浴びて、消えそうになった
 イエローは慌てて手を伸ばすと、女性は自らの人差し指を唇に当てる
 声を出さないで、動かないでと諭すように

 そうだ
 気をつけないと

 光が揺らぐだけで、そう見えてしまうほど彼女は儚かったのだ
 しゃぼん玉より淡い

 イエローが深呼吸すると、彼女はゆっくりと丁寧にお辞儀した

 「?」

 ふ、ふわっ、くる、わわわっ、ふわ、さ

 ドレスの端を軽くつまんで、女性がひと回りする
 薄い布がひるがえり、
 指を放すと、
 空気を受けて広がって、
 スカートの着地と一緒に、彼女も地べたにちょこんと座った

 その身のこなしがあまりに素敵で、イエローは拍手してしまった
 そしたら女性はまた立ち上がって、同じようにひと回りしてくれる
 
 月明かりの下、彼女は嫌がることなく、疲れる素振りもなく、イエローの拍手に応え続けてくれた
 
 ここがどこなのか、彼女は誰なのか、本当に夢であるのかさえ忘れてしまうほどに
 イエローは夢中になった



 ・・・・・・


 「・・・夢であったらいいものを」

 そう呟く彼の眼は遠く


 見たくもない
 ゆめうつつ
 夢現

 踏みしめる
 ゆめゆめ
 

 その更に、
 更に下にあるのは、
 白い丘と黒い線



 

 To be continued・・・
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