〜更なる高みへ/071〜



 「・・・夢であったらいいものを」


 ・・・・・・


 『飲むか?』

 「缶詰で酒盛りか。あいにく、俺は未成年だ」

 彼を目の前にしても。グリーンはつまらなさそうに返した

 『愛想は持った方がいい』
 『この先、苦労するぞ』

 「余計なお世話だ」

 『忠告しただけだ』

 彼は腰を下ろした
 改めて周りを見るグリーンは、素っ気のない部屋にいた
 見覚えがあるような、ないような
 目の前にいる、彼の部屋だろうか
 
 『気持ちというのは、機微だけで伝わるものではない』
 『はっきりと』
 『この口に出さなければ、変わらないものもある』

 「余計なお世話だ、と言っているだろう」

 グリーンは彼の真向かいに座った
 彼はとくとくと酒を枡に注ぎ、自分とグリーンの前に置いた

 『酒は心を映すものだ』
 『注ぎ方、飲み方、酔い方、潰れ方』
 『時に本音が零れ落ち、時に普段とは違う一面を見せ』
 『それでも、それが決してその人の本当の姿と思うな』
 『本当の姿など、本人さえわかりえないものだ』

 「随分とおしゃべりだな」

 『実は俺も酒は飲まない方だ』

 「うるさい」

 奇妙な酒盛りは続く
 
 
 ・・・・・・


 何か頭の上にいる
 見下ろされているような、そんな感覚

 「・・・・・・」

 あーあ、とゴールドは大きくあくびをしてから聞いた

 「よー。ここはどこだ。夢んなかか?」

 沈黙。起き上がって締めてやろうか、と思っても身体が動かない

 『シンエン』

 ぎらりと何か金属質なものが、この暗闇のなかで光った
 聞き慣れない言葉に、ゴールドが聞き返す

 「あー?」

 『深淵』

 人に見つめられているという圧迫感のような、そこにあるような視線
 口の端を吊り上げ、笑ったような、気がした

 『一般人と犯罪者。常人と超人。トレーナーと能力者』
 『そういう両者を分かつ一線てのが、ただの黒線なら踏むことを恐れたりはしねぇ』
 『そういう両者を分かつのは境界「線」じゃねぇ』
 『暗くて、深くて』
 『吸い込まれそうな、何かが飛び出してきそうな』
 『簡単にまたげるほど幅狭いようで、いきなり丸のまま飲み込むほど拡がりそうな』
 『底があるのかさえわからない程の』
 『溝だ』
 『暗き深きにおびえ、越えられず淵にたたずむ』コエラレズ
 『萎縮する』イシュクスル

 ひとつの台詞が区切られ、四方から反響して聞こえる感じ
 なんとなく山彦というとしっくりくる
 そうでなくともゴールドにはどこかで聞き覚えのあるような声で、これが耳だけでなく頭のなかにするりと入り込んで勝手に響く

 「溝・・・ねぇ・・・」

 じゃあ、ここはそんな溝のなかというのか

 「あー、じゃどこでも何でもいいから、ここから出せや」

 ただ暗く、身動きも取れない夢なんて飽きがくる
 性に合わず、うんざりしていた

 視線の圧力が、ぐんと重くなった
 こう、額と額がくっつくぐらい縮まった凝視のような

 『クイズに正解したら、な』

 「は?」
 
 『問題出したら、それ以降のお前の言葉はすべて解答ととるぜ?』

 「なに、わけのわかんねーことぬかしてんだ」

 『1回きりしか言わない』

 目の前に、ごつんとおでことおでこがぶつかったらしい
 そんなに傍にいるのに、影も輪郭も見えてこない
 どれだけ暗いというのだ、ここは

 『「俺は誰だ?」』

 「・・・・・・はぁ?」

 『解答権は5回、俺が数えてやる』

 現実味のない、風の音がした

 『お前の四肢と、首で』

 ゴールドに喪失感が襲った
 左腕が、斬られた、と
 痛覚よりも、理解の方が速かった
 まるで遠くの雷を見ているような
 光の後から音が追ってくるように

 『カウント1』

 激痛がはしった

 「うわぁあァあぁアぁぁぁ!!!」

 また風の音
 左足の喪失感、そして先程より速い痛覚
 
 『カウント2』

 「がァああああぁッつツァ―――っ!」

 『カウント3』

 声が抑えられない
 当たり前だ
 だけど、抑えなければならない

 ゴールドは考えた
 こんなの痛くねぇ、と
 そうだ
 俺は手足を斬られたっつー覚えも経験も、あるわけがない
 これは夢だ
 経験や想像以外のものが出てくるわけがない、のだ
 これは手足を斬られたら痛い、という思い込みからくるんだ
 例えば、そうタンスの角に小指をぶつけた時の100倍とか
 そう頭が考えるから、ここでそう感じるんだ

 口に出すな
 痛いとも、叫び声も、のども鳴らすな

 「……ッっう!」

 抑え込め
 これは悪い夢なのだから

 『カウント4』
 
 ああ、もう四肢がない
 最後に出たうめき声さえカウントされるなんて、鬼か
 だけど、ようやく声を抑えることが出来た
 どくどくと血が流れ出てく感じはするが、頭はボーっとしない
 やはり夢のなかだ
 早く醒めてほしいと、こんなに考えたことはないほどの悪夢
 
 『残るは首だけ。後がないな』

 見えない敵は笑っている、ようだ
 ゴールドは呼吸をもとめ、妙な言いがかりがつけられないようにした

 落ち着いて、考えるんだ
 
 これは夢、のようなものだとわかった
 でも四肢は切断された、これはあるべきところが軽くなったな・という感覚でわかる
 少しでも痛い、と考えればまた激痛がはしるのだろう
 4本同時にそんなのがきたら、きっと声が出てしまう
 これはあれだ、重い鉄球を両手足につけて1時間かけて歩いて、ようやく解放された感じと思い込め

 ゴールドはそうやって必死に強がりな思考回路を組み上げた
 おかげで、何とかクイズとやらの答えを考える余裕を作ってみせる
 正直、いっぱいいっぱいだが・・・・・・

 
 こいつは誰だ

 レッド先輩、違う
 グリーンさん、違う
 ブルーさん、違う
 クリス、違う
 イエローさん、違う
 シルバー・・・違う!

 仲間の誰でもない
 あるはずがない
 じゃあ、今まで会ってきた敵か?

 組織のメンバーか
 一番怪しいのはジークだ
 研究所爆破したり、病院半壊させたりロクな目に遭ってねぇ
 
 だけど、本当にそうなのか?
 あいつらが、そんなことをするのか?
 いやいや、もう確定だろ
 違うのか、そうなのか、違うのか

 俺のどこかで、違うと思ってんのか?
 ゲームみたいに人の命もてあそぶ奴ら、そうじゃなかったのか
 
 何に引っかかってんだ、クソ
 いや焦んな
 解答権があと1回しかねーんだ
 夢んなかでもやられっ放しは気に喰わねーし、意地でも当ててやる

 ・・・・・・ゴールドは考えた
 
 何分、何十分、何時間と考えた気がする
 ゴールドはまとまりそうでまとまらないものを、脳内で放り投げた

 だァー! しょーに合わねー!
 首斬られたって夢んなかだろ、適当に言ってやっか

 やけになりかけた頭に、ざぱっと冷たい水がかぶった・・・感じがした

 笑われた
 この暗いなかにいるアイツが、笑った気がした
 見透かされたように

 ゾッと寒気がする
 能力者による威圧感ではない
 これが、本当の殺気ってやつなのか

 頭、全身の血が冷えた
 それで思いついた
 あれはジークじゃない

 引っかかっていたのは、武器
 ゴールドの四肢を斬ってくれたモノだ
 暗いなかで光ったアレ
 ジークが持っていたのはサーベル刀ってやつだったはず
 光はそれ以上の大きさ、輪郭があった気がする

 てことは、結局誰なんだ

 他に、こんなバカげたことをしそうな奴
 他に、こんな人殺ししそうな奴
 夢に出てくるような、今まで経験として出会った人のなかにいたか・・・?

 いるわけがない
 そんなやつ、いたわけがない

 じゃあ、答えはもうひとつしかないじゃないか

 確信はない
 けれど、これしか思いつかない
 ゴールドは大きく息を吸い、一息で言った
 
 
 「テメーは俺だ、バカヤロー!」

 今まで出会った人達のなかにいないのなら、最後に残るのは自分自身
 たどり着きたくもなかった答えだ

 『そうかい』

 暗い影は、光るモノを振り下ろした


 ・・・・・・


 『引き金を、このまましぼるか否か』

 目の前に立ちふさがる障害
 この道を行きたいのなら、避けられない選択

 レッドは答えを出した

 「どいてもらう」

 『では、俺はお前を撃つ』

 「撃たせない」

 『莫迦なことを。お前の行動より、俺の方が早いのはわかってるのだろう?』

 「わかってる」

 選択がたとえ避けられないものでも
 諦めない
 決して両者が傷つかない選択を
 見つけてみせる

 『これなら?』

 彼はレッドに向けた銃を軽く上下に動かす
 見てみろ、と
 いつの間にか、いやそれでかレッドの手に同じ銃が握られていた
 それは思うより重かった

 わかる
 彼は道をふさぐ障害
 障害はどかさなければならないもの

 それでも
 
 「俺は先に行く。その為にあなたを撃たなければならないのなら」

 『どうする?』

 「俺は一発だけ撃たれる。それで先に行く」

 『・・・何を莫迦な』

 「あなたは通ろうとする俺を撃たなければならない。
 なら、一発だけ俺は撃たれる。
 そしたら、俺はあなたを撃たずに先に行ってもいい。
 そうだろ?」

 『もし、お前を殺すことが立ちふさがる障害だったら?』

 「撃たれても、なんとしても生き延びる。
 俺は先に行って、守りたいものがあるんだ。
 何があっても、死ねない」

 レッドが示す覚悟
 彼はゆっくりと引き金を絞った

 パン

 銃弾はレッドの中心、心臓を撃ち抜いた

 
 思わず胸を押さえるが、血も出ない
 服に銃創はあるが、痛くない
 レッドは顔を上げ、彼を見た

 『・・・お前は俺とは違う』
 『俺はかつての親友をこの手で撃った』
 『それでも守りたいものを守れなかった』
 『何も戻ってはこなかった』
 『それが運命だったとしても、俺はあらがえなかった』
 『死んだら終わりだ』
 『誰かが後を継いでくれるなんて、思うな』
 『自分の道は自身にしか歩めない』
 『なんとしても生きろ』
 『生きて、生き抜いて』
 『人生の終着まで、人生に執着しろ』
 『この先は選択の連続だ』
 『迷わず、自分を見失うな』
 『この道を進めばいい』
 『どんな選択になろうと、この先にしかない』
 
 彼が話している間にも、レッドは歩いた
 彼を追い抜き、その背中で彼の言葉を負った
 手に握られた銃は消えなかった
 たとえ夢のものでも、捨てることを許されなかった

 『一度だけ振り返れ』

 彼の言葉にレッドが振り向いた
 彼自身レッドに背を向けたまま、何かを放った
 きらりと光る放物線を描き、銃を持ったままレッドは両手でそれを受け止めた

 宝飾のない、シンプルな指輪だった

 『忘れるな』
 『この世界に生きるということは』
 『この世界に生かされているということを』
 『この世界に内包されている』
 『いくつもある土地と貧富』
 『忘れるな』
 『恵まれているなかにいることを』
 『忘れるな』
 『その恩を』
 『お前は』
 『この世界に示せ』
 『生かしてもらったことで』
 『自分の道を歩み続けることで』
 『報いるんだ』

 レッドはまた前を向いて、歩き続けた
 緩やかな坂道を
 どんな道も決して楽ではない

 『感謝を』
 『忘れるな』
 『報いるとは』
 『最後まで自分自身に生きぬく他ないと』

 レッドは振り向かず、後方より大きな光が迫っていることを感じた
 彼はその光に呑まれて消える
 振り向かずとも、彼のフィルターが消えていくことに気づけた
 彼がどんな姿の誰だったのかも、分かった気がした

 道に終わりは見えないけれど
 夢の終わりは近づいてきていた


 ・・・・・・


 石を積み上げて、どれくらいになるんだろう
 その意味を見出せないまま、どれだけ繰り返しているんだろう

 「・・・なんなんだろう、これ」

 クリスは積み上げるのをやめ、体育座りでつまんだ石をじっと見る
 それをこんと地面に落ちている石にぶつけた

 白馬は傍らで眠っている
 
 「石。・・・どうして?」

 どうして、石なの
 積み上げるなら、もっと丈夫で大きなものがあるじゃない
 ここには、それしかないの?

 クリスは周りを見た
 自分の周りにスポットライトが当てられているように、離れていく内に暗くなっていっている
 ここは、ひとりぼっちの世界なの?

 クリスは光を見上げた
 
 スポットライトじゃない
 何か、光のなかに違うものが揺らいでいる
 人・・・・・・の影?
 それがここの光源

 「・・・そっか」

 石を積み上げていたのは、アレに近づきたかったからだ
 自分の周りにあるものをかき集めて、高くして、届こうとした
 
 自分の周りにあるもの?
 これしかないの?

 アレはあんなに光り輝いてるのに
 私にはこんな石を集めて積むしか、ないの?

 「・・・・・・遠いね」

 白馬が顔を上げ、ブルルルと鼻を鳴らした
 クリスは白馬に顔を摺り寄せる
 するとその白馬はクリスを跳ね除けた
 突然のことに驚いて、クリスが離れる

 馬の言葉はわからない
 けれど、言いたいことはわかる気がする

 「うん」

 クリスは石をかき集め、また積み上げようとする
 ごっそりと腕に抱いて、ひとつひとつ、じっくり観察して、今度こそ、崩れないように・・・

 「・・・・・・あれ?」

 この石、もしかして

 クリスは石を地面に再びばらけさせ、ひとつ、ひとつとつまんで、断面を見る
 つまんで、見つけ出した2つをぐっと押し付けてみる

 やっぱり

 その2つはがっちりとくっついた
 またひとつ拾い上げて、同じようにしてみる

 この石は、元々ひとつなんだ

 クリスはその複雑な立体パズルを、少しずつ組み上げていく
 またひとつ、ひとつとくっ付けていく
 地面から、拾い上げて・・・・・・足りなくなった

 光から少し離れたところにも、目を凝らして同じような石を見つけた
 今まで足元にある石しか見えてなかった
 早く積み上げようとして、急ぎすぎてたんだ

 カチッ カチリと組みあがっていく石
 クリスは一心に、少しずつ形を成していくものを見つめ続けた

 
 ・・・ようやく組みあがった
 それは石というには大きかった
 クリスの背と同じぐらいの、岩になった

 これも、乗ったら崩れてしまうんだろうか

 接着剤も無しに、凹凸だけで組み上げたのだ
 そうなってしまうだろう

 ・・・・・・すぅっと頭上の光が消えていく
 クリスは見上げ、その光が、なかに見えた人影を追った
 
 そして、目の前が急にまぶしくなった

 『ようやく気づきやがった』

 目の前に、あの光がある
 光がしゃべった

 『遅いんだよ、テメーは』

 「あなたは、誰?」

 『俺か? 本物じゃねーし、名乗ったって意味ねーしな』

 本物、じゃない?

 『ああ』
 『俺はお前の、憧れ、投影さ』
 『自分が持たないものを』
 『必死になって、届かせようと』
 『手を伸ばしてたもんだ』

 光がクリスを真正面から照らす

 「それが下に降りてきたってことは・・・」

 『気づいてんだろ?』
 『お前なら目の前にあるものが、何なのか』

 クリスは目の前に組みあがった岩を見た
 それは先ほどと違った形でひび割れ、砕けた

 なかから現れたものに、クリスは目を疑う
 同時に、やっぱりとも思った

 『・・・砕けて散らばってたのは石じゃねー。意思であり意志だ』
 『そいつを積み上げたって、実は何の意味もねーんだ』
 『同じもんなんてこの世にはねー』
 『でも、どんなもんでも同じ世界にある』
 『ただ自分で世界を隔てたり、高低差を作っちまうだけさ』
 『投影ってのはある意味嫉妬だ』
 『砕けてたろ?』
 『光るもの見すぎて、これじゃダメだって自分を砕いたんだ』
 『それが悪いこととは言わねーよ』
 『でも、お前は』
 『んなことしなくたってよかったんだ』
 『自信を持て』
 『お前が歩んできて、作り上げてきたものを』
 『見てみろよ』

 光が消えかけ、代わりに岩のなかから出てきたものが辺り一面を照らした
 目がくらむほど、光が光をかき消していく

 『同じもんなんてこの世にはねー』
 『見ろよ、本当の光ってやつぁ』
 『憧れなんかよりずっと広く遠くまで見える、強ぇー光を放つじゃねーか』
 
 「・・・・・・私、本当に見失ってたのかもしれない」

 この能力者の戦いにおいて、捕獲という特技は役に立てなくなった
 結局、捕獲した伝説のポケモンは・・・向こうから選んでくれたスイクンだけ
 捕獲に必要なポケモンの生態の知識や経験、戦闘技術を重視するようにしてきた
 それでも、それで光る才能を持つ人には到底かなわなくて・・・・・・
 沢山の能力者を倒してきたつもりけど、これからまた役立てるのか

 不安だった
 きっとこの世界が暗かったのも、そのせいだ

 『んなもん、気にすんな』
 『お前はお前だ』
 『思い出せ』
 『今まで作ってきたお前にしか出来ないこと』
 『お前のそれ、他人が真似したって出来ないことは沢山あらァ』
 『その出来ないことってのが、長―い人生のなかの』
 『ほんのちょびっとの間あって、お前にしか出来ないことが役に立たなかっただけだ』
 『それで自分を諦めたり不安に感じたり、他人の才能羨んだりしたってしょーがねーだろ』
 『大体、テメェにしか出来ねーことに気づけない奴はごまんといんのに』
 『かーッ、贅沢な悩みだねェ』

 「・・・そうだね」

 捕獲が出来なくてもいい
 他のことで、今まで役に立ってこられたこともある
 それが誰かに劣るとか、考えたって仕方ないんだ

 自分にしか出来ないこと
 自分だけの力
 自分だけの道
 
 今出来なかったら何?
 また役立てる時は絶対に来る

 そうだ
 それに、私は1人じゃない
 皆がいるから、ここまで来れたんだ

 クリスの、明るくなった世界の向こうから馴染み深い影が見えた
 捕獲のスペシャリストとして、ずっと歩んできたパートナー達

 『忘れンな』
 『自分ってやつに代わりはいねぇ』
 『他人ばっかり見るもんじゃあねーし、比べるもんでもねー』
 『自分にしか出来ないこと、他人がいて出来ることがあっから』
 『生き物ってやつは、色んな交流やパートナーって持つことを選んだんだ』

 お湯恐怖症の時も、仲間に迷惑をかけた
 けれど、支えてくれた

 こうして、
 また立って、
 一緒に旅をさせてくれた

 クリスは彼ら、ポケモン達を迎えた
 ポケモンに続いて、これまで出会ってきた人達の影も続いてクリスを囲んだ

 それから、
 ずっと傍らにいてくれた馬と憧れを名乗った光は岩から出てきたものの光に包まれ、消えながらもそれと肩を組んだ

 『例えばホラ、男だけじゃ子供は産めねー。もう1人、こういうパートナーが・・・』
 『セクハラ厳禁。寝言は寝て言いなさい』

 「夢のなかで何言ってんのよ、2人とも!」

 クリスは真っ赤になって怒鳴って、そして笑った
 夢でも、よりにもよって、
 あんな人を憧れの光にして
 あんな人が岩から出てくるなんて

 信じられない

 「やっぱり夢よね」

 あり得ないことが起きるのが夢
 起きたら、全て忘れて許してしまうのが夢

 ずっと石を積み上げ、岩を組み上げてきた
 その集中していたものが切れた
 ふっと意識が遠のくような、疲れきった頭を背骨が支えきれなくなった
 
 倒れゆく
 また世界が暗くなっていく

 クリスは出会いの数々に囲まれ、その身体を受け止められる
 その内の誰かの腕に支えられながら・・・・・・安らかな眠りに就いた


 ・・・・・・


 振り下ろされた光が、ゴールドの首筋の薄皮一枚分のところで止まった
 思わず目をつむりそうだったが、つむっていない

 『せぇかァ〜い』

 おどけるように影がそう告げた

 暗いなかで影が何かして動いている
 直感的に、そいつがゴールドの四肢をお手玉のようにしてぽんぽん回しているのだと思った
 どこまでも人をおちょくる、というか・・・

 『に、しといてやる。
 正確に言えば、俺はお前の能力の一部だ』

 「・・・ポケモン孵化、インポッシビリティのことかよ」

 まさか、こんな凶悪な一面を持つ能力なのか?

 『まぁ、そうかもな』

 影が笑って、ゴールドの胴体にぼすぼすっと何かを放り落とした
 それなりの重さがあるものだったが、少しずつそれらはゴールドの胴体に溶けていった
 すると、何事もなかったかのように、また手足の感覚が戻ってきた
 夢とはいえ、こんないい加減なくっつけ・・・融合方法があっていいのか

 『まー、言いたいことは山ほどあるだろーが』

 ゴールドは手足の感覚のほか、拘束されている感じもなくなっていることに気づいた
 よっ、と軽やかに起き上がり、影の方をにらんだ

 『お前は頭で感じるタイプじゃねーってのは、よぉーく知ってますとも』
 
 「あ?」

 『わっかりやすい方法で、お前に伝えてやる』

 ゴールドの右が明るくなった
 いや、これは炎だ
 
 「バクたろう! それにエーたろう、みんな!」

 どこからか沸いたように、手持ちポケモンが彼の周りにいる
 バクたろうの炎で溝のなかが多少見えやすくなった

 影の姿は相変わらずはっきりしない
 けれど、ゴールドの手足を斬ったりした光るモノの正体ははっきりとわかった

 槍だ
 それも刃の幅、刀身が大きく広くて、妙な形をした槍だ

 『鎗春てんだ。まぁ、おぼえる必要はねぇよ』

 槍を光らせる反射が、彼自身こそ見せないものの背後は見えた
 そこにいたのは色違いのバクたろう
 そして、ライコウの姿

 「!」

 『さぁ、戦おうぜ』
 『夢が覚めるまで』

 「上等だッ!」
 
 トレーナーの、その言葉がキッカケ
 バクたろう同士が飛ぶように、正面切って激突する
 互いの闘志を表すように、首周りの炎が轟々と燃え上がった

 『そうだ』
 『戦いっやつァは、戦場に身を置くもんにしかわかんねぇのさ!』
 『机上で、安全圏で能書きくっちゃべってる奴らにわからねェ』
 『高揚、絶望、興奮、喪失』
 『戦争の責任ってのは戦った兵士のもんだ!』
 『負うのもそいつ、取るのもそいつさ』
 『席替えすりゃどうにでもなる「上」に、負けたらその首印で詫びる覚悟はねぇだろっ?』
 『だから、戦いってのはいつまで経っても失くならねぇのさ!』
 『本当のッ!』
 『責任を知らねぇ奴が』
 『血の通わねェ書類の上』
 『非現実的なモンの方しか向かず』
 『戦いに身をおくモンを駒のように見てっから!』
 『規律と階級以上の』
 『あらがえねぇ上と下がある限りな』

 「ごちゃごちゃうるせぇ!」

 ここに足場が本当にあるのかすら怪しいが、バクたろうが力負けしている
 押されている
 ゴールドは『かみなりパンチ』を指示し、つかみあっている色違いを一瞬だけしびれさせる
 はずだったが、同じ指示を先に影にされた
 しびれて取っ組み合いから離れたバクたろうに、ライコウの牙が襲い来る
 そこにウーたろうが割り込み、岩の腕でがっちりと防御するナイスフォロー
 褒めるゴールドだが、悔しそうに、影をにらみつけている

 『なぁ、政治に興味あるか?』

 「はぁ!? ねーよ、んなもん」

 『なんでだ?』

 「テメーに指摘される筋合いはねーな」

 ウーたろうがギリギリギリギリと徐々に力を増すライコウの牙に苦戦する
 窮地を一旦脱すべく、じたばたでライコウを跳ね返す
 だが、それを先にまた読まれたらしい
 じたばたするほんの一瞬早く、ライコウはウーたろうから自ら離れていた

 『そういう思考の停止は戦場では命取りだぞ』

 影の持つ槍が、ライコウの雷をまとった
 ゴールドはそれにぽかんとする
 影はそれを突く動作でまさに槍状に、雷の矢を放つ

 「うぉっ」

 間一髪避けるものの、こんなの人間業じゃない
 電撃と炎によって暗いなかに、色違いのウーたろうを見た

 『「ヴァリオスロウ」』

 ウーたろうのいわなだれ、いや跳ね飛ぶ岩が直線軌道で突っ込んでくる
 横に広がらない、いわおとしやロックブラストのように一点に収束されたいわなだれとでもいうのか
 雷の矢と続いて、いや当たるように誘導されたのだ
 これでは避けられない

 『思考を止めるな』

 避けてる暇無し、ニョたろうのハイドロポンプで撃ち返す
 タイプ相性で勝り、なんとかしのぎきる

 と思ったらまたあの雷の槍攻撃
 咄嗟にエーたろうが尻尾でビリヤードのキューを投げることで、避雷針のように留めさせた

 『思考を、止めるな』
 『それで、お前はどう思う?』

 「だぁぁあーッ! コノヤロー、メンドイんだよ! 新聞とか読むのタリーし、つまんねーし!」

 能書きくっちゃべってる影に押されていることに悔しくて腹を立てる
 だが、影は止まらない
 
 色違いの首周りが今まで以上に燃え上がり、それからだいもんじのような大火炎を放射した
 負けじとゴールドも、バクたろうが同じ炎で応戦する

 ごぉぉおぉおおぉっと勢いよくぶつかる炎
 跳ね返り拡がり、その余波や余熱が互いのトレーナーにまで及ぶ
 それでも炎の周り以外明るくならず、ここは足元がどんなものかも確認出来ぬほど・・・
 いつまでも暗いままだ
 そこまで深いのか、この溝は

 『政治から若者が離れていく国は深刻だ』
 『理由はお前の言う通りだろうが、何故だと思う?』
 『要するに、見抜かれてるのさ』
 『報道屋も、政治家も、思想家も、大社長も』
 『嘘吐きばかりだ、と』
 『実生活において嘘ばかり吐く奴と付き合っていけるか?』
 『うんざりしたり、相手にしなくなったり』
 『見向きもされなくなってくぜ』
 『わかンだろ?』
 『嘘ってのは似た他人になること、自分以外の他人の言葉を借りること』
 『自分や他人に嘘吐いてる奴に、他の奴らがついてくるわけねーだろーが』
 『どっちかに嘘吐いてても、もう一方に真実言ってりゃついてくるこたぁある』
 『どっちにも正直に生きてる奴なら、放っておいても1人や2人はついてきてくれるもんさ』
 『規模や実績が変われど、人間てのはそう変わらねーもんよ』
 『かつて過ぎ行く時代には、国の危機や節目に若者が立ち上がった』
 『その身を戦場に投げ出さにゃならなくても』
 『その身を戦場に置くことを躊躇わねぇ奴ら』
 『今はいるかよ?』
 『一国を変えちまうくらいの意志を、覚悟を』
 『欲と保身にまみれた奴らをぶった斬ろうっつー生き様があるか?』
 『最後まで貫けずに』
 『死ぬかもしれない道筋を掲げ』
 『それを為そうと腕を、采配を、刃を奮えるか?』
 『不条理に塞がれて』
 『行く道筋を悪とされようが』
 『挫けぬ、恐れぬ、迷わぬ、移ろわぬ己があるか?』
 『昔は良かっただの、今の奴らは冷めてるだの』
 『笑わせんぜ』
 『・・・要するに』
 『立ち上がろうって気も失くなるぐれぇ』
 『終わってることに』
 『変わらなきゃなんねぇことに』
 『気づかないのさ』
 『誰もが』
 『住む国の事も、自分の事さえも』
 『他人の事(ヒトゴト)なんだと・・・』

 ははははははははっはははははと影が壊れたように笑う

 『・・・ッハ、そろそろ身体に刻み込め』

 それに呼応して、色違いの火炎が大きくなっていく
 いや、これは呑み込まれている

 『「デ ィ プ パ ク ト」』

 喰らい呑み干した大火炎が大津波のようになって、ゴールド達に跳ね返る
 そうだ、あの影はゴールドの能力の一部といっていた
 特能技が自在に引き出せたって、おかしくはない

 『・・・テメーは正直に生きろ』
 『何があっても、どんな道になろうと』
 『自分とそんなテメーについてきてくれる奴らの為に』
 『裏切ンな』
 『常に戦場に身を置け』
 『テメーについてきてくれてる奴らがそこにいるのなら』
 『正直に生き続けな』
 『テメーのケツはテメーでぬぐえ』
 『生きることがどんなに汚かろうが』
 『誇れ』
 『そうである己で在り続けるためにも』
 『忘れンな』
 『身体使って感じ、おぼえてきたことを』
 『頭でおぼえるばかりじゃ、後に伝わっていかねぇモンもある』
 『他人にアタマ借りる時があっても』
 『自分の思考止めんな』
 『忘れンな』
 『テメーの人生だ』
 『納得いかねーなら』
 『特攻かませ』
 『自分に正直に生き抜くってのは』
 『銃で撃たれるより、火に焼かれるより』
 『ずっとずっと、苦しいっつーんだよ・・・』
 
 最後まで聞き取れたかも怪しい

 ニョたろうの水流も効かず、逆に呑み込まれる
 影に「へっ、ご大層な話で」と強がる途中で、ゴールド達の全身を炎が包んだ
 呼吸が止まる
 あがいても、あがいても
 消えやしない炎に
 あがき続けた

 最後の最後まで、ゴールドは影をにらみつけていた
 次があるとは思わない
 だから、今勝つ

 ・・・ 勝 つ ん だ ・・・


 『忘れンな』


 ・・・・・・


 「いい天気ね」

 リサは空を見上げ、そうつぶやいた
 
 「そう思うでしょ、ディック」

 「・・・・・・」

 振り返った室内には白髪の軍人、ソファーでぐーったりと寝転んでいる青年がいた
 そんなささいなやり取りでさえ、この青年は面倒臭がるのか
 手をひらひらさせて、それにかるーく応えた

 「そろそろ来る頃よね」

 「丑はここには入れないがな」

 「ドダイ大っきいもんねぇ」

 のほほんとした空気が流れる室内に、リサが窓ガラスにそっと指から触れる
 その掌にビリビリと振動、威圧感を感じる
 窓で分け隔てられ、まるで別世界だ
 見下ろすとそこには・・・

 「遅くなった」

 ガチャリとドアを開ける音がした
 ロイヤル・イーティが毛布のかたまりを乗せた車椅子を押して、入ってくる
 その後に続いて、外と似た・同じだけの威圧感をまとう10人の幹部と3人の四高将が続く
 
 リサは窓から離れ、そうそうたる顔ぶれを眺める

 「幹部勢揃いね」

 「いや、乾と丑はいない」

 「一見理解。朱雀様理解、言葉裏察せ」

 「・・・ったく、キョウジは早めに来るか遅刻するかで極端なのよ。
 よりにもよって、こんな日に〜。
 オーレで何してんだか・・・ハッ、まさかい・け・な・い逢引きなのぉ!!?
 妄想ばくし―――んっvv」

 「全員集まらないと示しがつかねーじゃねかよぉ!

 「いいじゃないか。彼のペースだ」

 幹部達のおしゃべり、大声をさえぎるように車椅子の毛布がしゃべった
 ディックが起き上がり、やーっと腕を振り上げた

 「げんきー、げんぶー」

 「おかげさまで」

 毛布からすぽっと、黒髪で痩せ気味の男性が顔を出した
 車椅子の上に体育座りをして、柔らかな毛布にくるんと身体をくるませている
 ほんの少し眉をひそめ、心配そうにリサはその男性に声をかける

 「ベッドから出て大丈夫? ベッドごと運んできても良かったのよ?」

 「いや、こうしてるのは毛布が気持ちいいからでね」

 彼が毛布に頬擦りをして、ふにゃーんと緩んだ表情を見せる
 リサは小首をかしげ、少しあきれホッとしたように息をついた
 幹部達の後ろの方でメグミがハァハァと息を荒くし、その男を見つめている
 病弱+若年寄+毛布に包まる+黒髪+少したれ目+たまに眼鏡etc=萌えのかたまりなんだと後に語った

 「時間です」

 タツミがそう言うと、ディックが「えー、面倒だからここで映像流しちゃおうよ〜」と文句をたれる
 しかし、リサに引きずられ、幹部達も引き連れてこの部屋を無理やり後にした
 どうせ大した移動ではない
 この同じフロアから、外を見下ろせる露台のようなところへ出るのだ

 リサが車椅子を押し、そこへ出る

 この組織を支える幹部達の登場に、一斉に下の者達が沸いた
 喚声のような、闘志をむき出しにした威圧感をひしひしと感じる
 大気が震えるようだ

 フリッツがマイクをジークに差し出し、下がる
 マイクをじっと見て、咳払いもテストもせずにジークが一言

 「静まれ」

 それでピタァと声も、威圧感も沈黙した
 誰も、一言もしゃべらない
 ジークは無言で、苦笑するリサにマイクを渡す

 眼下に広がる能力者やトレーナー達が一望出来る
 ここは全てのトレーナーの憧れ、頂点を目指す舞台

 セキエイ高原
 リーグ会場

 そこに、組織の者達がほぼ全員集結した
 なかなか見られる光景ではない
 
 思わずリサはごくりとつばを飲み、それからすぅっと息を吸った
 呼吸を整え、マイクを強く握る

 「・・・これより、全ての幹部を束ね、組織のリーダーである『玄武・グライド』からお言葉をいただく。
 心して聞くように」

 リサがマイクを握る手を緩め、ディックに渡す
 車椅子の上に毛布が丸めて置かれ、ゆっくりと玄武が立ち上がりながら話し始める
 マイクを受け取り、一歩・一歩と前に出ていく
 言葉をつむぎながら、ゆらりと露台のふちの上に立つまで

 ほぼ全ての組織構成員を眼下に、ほぼ全ての組織幹部職をその背に負って
 彼は立つのだ


 「現実に、戦争が起きると言われて、それがどんな意味を持つのかをすぐに理解出来るだろうか」
 「戦争とは非現実的なものでありながら、現実的な非業をまき散らしていく」
 「一度体験すれば忘れがたく、体験しなければその直前まで現実のものと思えない」
 「諸君、戦争が始まる」
 「決戦だ」
 「我々の道はひとつ」
 「ひとつのシナリオを遂行すること」
 「始まりより拡がり、やがてまた収束していく流れのなかで」
 「これまではシナリオ通りだった」
 「これから起きる戦争はシナリオにありながら、その全容は終わるまでわからない」
 「予め定められた役者の綴り以外、我々以外の者の未来と同様に何も読めない」
 「にじんだ灰色なのだ」
 「そこに明確な道筋は読めず、我々はそれ以外の者と同様にそこを通らねばならない」
 「決着を、白黒をはっきりさせよう」
 「白と黒の混じるにじむ灰色の空白を、我々の手で」
 「結末は我々の完勝、我々が全勝、我々は無敗」
 「それにまつわる章句の黒文字と、白地のページに分け隔てよう」
 「上書きではない、そうあって当然のこと」
 「今までその通りに遂行してきたシナリオに、間違いはない」
 「これまでもこれからも組織のものであると、この手で知らしめ、証明するのだ」
 「戦争に心力なき者はいらない」
 「戦争に執着なき者はいらない」
 「参戦出来るのはここにいる不在問わず幹部以上の者、20名」
 「定められし聖二十方位」
 「だが、万全を期す」
 「我々に敗北も、慢心も許されない」
 「今より15分後、諸君らに対し開幕のベルが鳴る」
 「閉幕まで24時間」
 「その幕閉じきるまで、両の足で地に立つ者」
 「我々はそれを称え、この最終決戦における戦力として迎え入れることを約束する」
 「これまで勝ち取ってきた証の数も、能力の有無は関係ない」
 「20の幹部以外の者、その全てに同じ好機を与える」
 「ただ実力を持って、20の幹部と心力か執着において引けを取らぬと証明して見せよ」
 「これまでの三色の証、能力は無意味ではない」
 「それは他より優れ、追い抜いてきたという自信の象徴」
 「更なる高みへ、常に掲げる組織への忠誠の表れ」
 「心を崩すな」
 「ポケモンと互いに寄せる信頼と己が自信こそ、灰色の戦場に必要なもの」
 「何に揺さぶられようとも組織への忠誠が繋ぎとめ、それらを支えよう」
 「肉体の欠損よりも、精神の崩れこそ自滅へ導く」
 「欠かすな」
 「見据えろ」
 「己が心を、己が敵を」
 「戦争そのものを」
 「諸君、戦争が始まる」
 「そこへと駆け上がる為の舞台は、まもなく開演の時」
 「身を投じる覚悟を決めろ」
 「わずかにでも恐れあれば、今すぐ立ち去れ」
 「恐れは伝播する」
 「我々はひとつでなければならない」
 「シナリオの為に」
 「乱れてはならない」
 「これより戦地に赴き、争闘を臨む者は」
 「覚悟により、戦争への恐れを捨てろ」
 「現実的な非業を忘れ、都合良き想像上の非現実であれ」
 「戦場では一転し、あがけ」
 「現実に起こる死への恐れを体感しろ」
 「醜く、無様に」
 「心力を、執着をかきたてろ」
 「ただ勝ち残る為に」
 「もう二度と、戦争を起こさぬよう」
 「我々は自ら覚えこまなければならない」
 「我々は人々の中で築かせ(気づかせ)なければならない」
 「シナリオは絶対であるという事実を」
 「人類とポケモンの歴史上に」
 「そして、以降、常にひとつの選択を」
 「無辜の民に、反逆の者に選ばせるよう」
 「即ちシナリオへの従事を」
 「我々が率先し、遂行してきた道を」
 「未来を」
 「未来は」
 「楽園の扉はその先にあると」
 「知らしめるのだ」
 「この戦争にて」
 「我々の持つ全てを示せ」
 「『The army of an ashes cross』(灰十字の軍)に栄光あれ!」


 玄武が声をあげると、会場がこれまでにないほど沸き上がった
 くらっと、わずかに頭が揺れるのを玄武は抑え、我慢した
 下手によろければ露台から落ちてしまうし、ここでリサ達が慌てて駆け寄ろうならリーダーとしての威厳が失せてしまう
 よたとたと歩き、下から見えない位置までいってから車椅子に座り、ぐったりと空を仰ぐ
 げほげほっと咳き込み、タケトリから白湯を貰って一息入れた
 リサが大丈夫?と声をかけるが、弱々しくうなずいて応える

 こんな彼が、四大幹部最強であり他の3人が束になっても全くかなわないのだから驚きだ
 「それはちょっと前の話だ」
 「今は身体もこんなだし、あれから、かなり3人の実力も上がってる」
 「そうだな。今だと・・・・・・ぎりぎりで3人まとめて倒せるぐらいかな」
 身体が弱ろうとも勝てると明言するだけの揺るがない心の、芯の強さ
 それでこそ組織のリーダーにふさわしい・・・


 下の熱気と志気が声となり、まだ静まらない
 リーグ会場が震撼しているなか、リサが気づいた

 「・・・ジークがいなくなってる」

 「さっ、早くこっから出よう。面倒臭いことになる前に」

 ディックが珍しく率先して先に行き、幹部達も後に続いた
 いや、続いたのは露台から建物に入るまでで、それからは全員がテレポートで消えてしまった

 「ああ、面倒なカントー支部の改装や調整とか色々押し付けちゃったから」

 ディックがあっさり言うとリサはああ、とうなずいた
 最終決戦にふさわしい場所にするために頑張ってもらっているそうだ
 それこそ本来は幹部ではなく下の仕事なのだが、仕方ない

 廊下のTVから会場を見ると、ここに残る者と出て行く者とに分かれている
 恐れをなした者もいるだろうが、最終決戦の地以外につくべきところがある者も多くいるのだ
 全員集めたのも決起集会というか、玄武の存在を誇示する意味合いが大きい

 それでも7割以上の人間が最終決戦の地へ行くことを望み、会場に残った
 あとの2割ぐらいは別の任務地、わずかな人数は戦争を望まなかった
 こんなものだろう


 3人はリーグ会場の外に出た
 天気もいいから、すぐにアジトに戻らず散歩しようかと決めたのだ
 後ろに会場がまだ見える

 「何分だと思う? 私は1分2秒」

 「面倒なこと予想させないでよ。1分未満かな」

 「分では多いね。34秒」

 開幕の時間まであと30秒を切った
 リサは押している車椅子を速め、ディックをせっつく

 時間が来た
 リーグ会場から開幕のベルが鳴り響く

 玄武は感慨深そうに、空を見上げた
 車椅子を押さえる手が揺れる、いやドゴゴゴゴゴと地響きが起きている
 
 「・・・もうすぐだね」

 「ああ、最終決戦が始まるんだ」

 ふぅうっと心地よい風が3人の間をすり抜け、散った枯れ葉を運んできた
 リサは飛んできた木の葉を払いのけ、ディックは顔に身体にぶつかっても気にしない
 ジークがいたならサーベル刀で斬り捨てているだろう
 玄武は毛布からちょびっと出したその指先で2枚ほど同時に柄の部分をつまみ、くるくると回して遊んでいる

 3人の間をすり抜けていた木の葉が後方へ、ひゅおっと大空に吸い込まれるように舞い上がった

 「これはその狼煙だよ」

 シュバッ ズッドォオン
 ゴォォオォオオオオォォ
 カッ
 ビッビシャビッシャーンッ
 ガガガガッガガガラララガラガラ
 バキィィイン キィイン
 ドドドドドドドドドドド

 轟音と共にリーグ会場が、煙をあげて崩壊していく
 何が、どんな形で、どのような技によってなのか
 その開幕した舞台こと戦闘の凄まじさがわかる

 「・・・31秒か。みんな張り切ってるわね」

 「玄武、惜しかったね」

 「あのなかに『破壊』の子がいるのを忘れているだろ」

 あのなかに押し込められた人数もさることながら、破壊の能力者がいたのではリーグ会場はああなって当然だ
 他にも幹部候補だっているし、ただのトレーナーだって威力の高い技を使えば柱の一本を壊すことは容易だ

 「まぁあれだけの規模の建物だし、確かに張り切っているようだ。
 いいことだが、24時間という長丁場のなかでさてどれだけ立っていられるか・・・」

 舞台に小道具、即ちアイテムの持ち込みは禁止しておいている
 限られたPPや体力、崩壊してもリーグ会場内という狭い空間だけでのサバイバルバトル
 共闘も可能だが、大技小技が乱れ打ちされるなかで見分けがつけばの話だ

 「そちらの人数も予想してみますか?」

 「いや、もういいよ。少し寝てもいいかな」

 疲れたという表情の玄武はそのままくるんと毛布に包まり、体育座りのまま眠りに入ってしまう
 おかしな体勢でよく寝られるものだ、とディックが感心するのをリサがあきれる
 そう言う自分だって似たようなものじゃないか、と


 ごくごく平和な、のんきな光景に見えた

 その背中には凄惨な舞台が幕開けたばかり

 それは、まさに今までの現実
 戦争というものに現実味がないのは、大体が海を隔てた先のものだから
 他人事と同じように、自分とかかわりのないところで起きているものだから

 窓の外の向こう、違う世界のものに見えるから
 同じ世界のものなのに、すぐには理解出来ない
 皆、背を向けているのだ

 戦禍が ソノ身 ソノ背
 戦果が        ニ  振リ
 戦渦が             カカル 
 戦火が                マデ・・・

 歴史や祖先、
 先に歩く人の背を、
 そこに遺された痕を、
 見ないで、
 見ていれば、
 見ていても、
 決して、
 最後まで、
 他人事。

 遠くの、
 かかわりのない、
 ファンタジーや、
 SFのような、
 違う世界に見えた、
 窓の向こうの、
 光景。

 戦争。


 ・・・


 戦争には、
 敵となる相手と戦うべき理由がいる
 人は違うから、様々な理由で敵をつくってしまう
 思想、確執、因縁、善悪、現実、価値観・・・
 理由無き戦いはなく、理由無きもまた理由なり

 組織の敵はシナリオの障害
 その障害すらシナリオの範疇

 そんなシナリオにあるにじんだ灰色
 灰色の為の戦争
 『Gray War』


 ・・・


 最終決戦が始まろうとしている





 To be continued・・・


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