〜更なる高みへ/072〜
「諸君、戦争が始まる」
・・・・・・
「・・・ぬ、ぐあぁぁあぁぁああッ!」
もの凄い叫び声と形相で、ゴールドは飛び起きた
ゼェハッゼェハッと息も荒い
「目がさめたかい?」
「ヤロー、どこ行きやがったっ!
勝ち逃げか! いや負けてねーぞ、おれぁ!」
うがーと未だに叫び、わなわなと全身を震わせる
と、ここで気づいた
「ん、あれ?」
「おはよう」
にこっと微笑みかけるのはハヤトだった
ゴールドはきょろきょろと周りを見回すと、そこは見覚えのある遺跡だった
そうだ、自分がなかに入ったナザンの石室だ
「・・・どうしてハヤトがここにいんだ?」
「それより、お腹空いてないか?」
言われてみると、かなりお腹が減っている
変な夢を見ると消化もカロリー消費も早くなるのだろうか
「だって、4日は寝てたんだよ」
「4日ァ!!?」
「とりあえず外に出よう。お茶と温めた携帯食料くらいならあるよ」
流石に遺跡のなかで煮炊きはまずいしね、と付け加える
人としてのマナーや警察官としてより、遺跡調査員のツクシが絶対に許さないだろう
ゴールドは「俺、遺跡焼き崩したことありますよ」と言うとハヤトは「ははは」と笑った
「てか、マジで4日も寝てたんスか?」
「ああ。キミが一番寝ぼすけさんだ」
石室を出るまでに首や肩を回し、ごきごきと音が鳴るのに驚いた
こっているというか、寝違えたというか
頬に触るとあとがついているし、なんだか散々だ
腰のボールのポケモンをチェックすると、みんな寝ぼけたような顔をしていた
捕まえたアンノーンはいなくなっている、ボールが空だった
「キミ達がここに向かって着くのを目算して、その1日後に俺達ジョウトジムリーダーズもここに来た。
ちゃんと眠れない内に来るのはまずいかな、と思ってね。
それにキミ達に何かあったら困るから、それぞれ1人ずつ遺跡の傍で目が覚めるまで待機してたんだ」
「じゃあ、イレスにも誰か行ったんスよね? 誰がいました?」
まさかシルバーか、と声に出そうとするのを慌てて飲み込んだ
そんなゴールドの様子を見て、ハヤトはくすっと笑った
「いや、イブキさんが見に行ったけど、誰もいなかったと言っている」
「そ、ッスか」
ふーん、とゴールドがつぶやく
しかし、あそこには誰が行ったのだろう
ハヤトが海に浮かぶ遺跡、その浜で火を焚いてお茶を沸かしていた
それをマグカップに注ぎ、ゴールドに手渡す
隣ではレトルトのご飯とカレーが3人分温められていて、それを全部一皿に持って渡してくれる
流石にこんな食えない、とは言わず、ゴールドはかきこむようにそれに取りかかった
「ここで一時眠ることは俺達の経験で知っていたことだし、個人差があるのも知ってたからね。
一番長かったのも俺、それもゴールド君と同じ4日。
もしかしたら、と思って用意しといて正解だったね」
「てことは、他の皆は?」
「起きて、そのイレスの遺跡で今後について話したりしてたよ。
そういえば、ゴールド君はどんな夢を見た? ずいぶん、うなされてたようだったけど」
「あーっ! それ、マジむかつくっつーか悔しいっつーか!」
食べながら怒鳴るように話すゴ−ルドに、ハヤトは飲み込んでから話してくれと諭した
ご飯がマシンガンのように飛び散るのが汚い
ゴールドは飲み込み、スプーンを握ってくるくると回しながら言う
「悪い悪い。いや、内容は全部おぼえってけど、あんまりムカつく奴が出てきたんで」
「みたいだね。俺も内容はおぼえているんだけど、どうしても人に話す気にはなれないんだ」
話してしまうのを、何かが止める感じがする
別に能力を失うというわけでもなく、なんというか・・・子供の頃にしてしまった恥ずかしい記憶のような感じなのだ
躊躇いがある
「まぁ、他人に話すことでもないんだろう。トレーナー能力に大いに関連すること、即ちその人の内面のようなものだ。
『それをここの遺跡は古代から存在する不思議な力を持つアンノーンを鍵に目覚めさせ、夢のようなもので見せる』んだろうというのが俺達ジムリーダーの推測だけど。
でも、何を夢のなかで言われたのか見たのか、なんかキミ達の仲間のなかで起きた後からぎこちなくなってるというかよそよそしいというか葛藤してたりしててね。
なんだか、こっちまで気まずくなるよ」
「あー、そうスか」
少なくとも、ゴールドは自分はないなと思った
出てきたのはわけのわからん能書きや説教をして、勝ち逃げをしていった影だけだ
だが、かなり強かったのも事実だ
能力の一部と自ら名乗っていたし、もしかしたら自分もああなれるのかもしれない
良くも、悪くも
「それを食べたら、みんなと合流しようか。
これまでの情報や推測で、色々わかったことがあるんだ」
「そうッスね。すぐ片付けちゃうんで」
がっがっががと一気にかきこむ、流し込むゴールドを見てハヤトが「ゆっくりでいい」と制する
組織と聞いて、のんびりしてられない
あれから、4日も経ってしまったんだ
・・・・・・
「・・・あれぇ?」
最初に目覚めたのはイエローだった
眠りについてから2日と少し
ジムリーダーが来たばかりで、傍についていたのはツクシだった
「起きましたか」
「・・・?」
イエローは首をかしげ、へにゃあっと笑みがこぼれた
それにツクシはどきっとしたが、どうもそれは自分に向けられたものではないらしいと気づく
「きれいな、人だったなぁ・・・」
「何か食べますか?」
「あ。・・・はい」
夢のなかで見たもの、言われたこと、感じたこと
その全てが胸の内に収められている
イエローは自分の心臓の上に軽く握った右こぶしを置き、それをそっと思い出す
「ありがとうございます」
そうつぶやいた
その時に、起きたこと・・・
・・・・・・
ここはカントー本土より離れ、ナナシマからはずれた海域
外海
海流などの影響もあり、滅多に人が訪れることはない
いや、ここは知らなければ足を訪れることが出来ないようなところだ
無論、どの地図にも海図にも載っていない
いろは諸島というには大きすぎるが、大陸ではない
山も谷も平地も川も密林も、おおよそ考えられる環境が揃っていた
15,185,28平方km(岩手県が15,278,85平方km)という広大過ぎるほどの
『箱庭』
そういうものだったのだと、後で悟った
その島の海岸線、一角に
ここには似つかわしくないほどの
真っ白な百合の群生地があった
少し寒い潮風にも負けず、秋に咲く百合
ここでは広大な海を、丸い水平線を一望出来る
「・・・・・・ここにいたな」
この花畑に似合わぬ男が2人いた
髪から郡服まで白い男と髪から着物まで黒い男
白のジークと黒のジン
現四大幹部と元幹部候補
百合を折らぬよう、ジークはザッザッザッザとの規則正しい歩調まま丁寧に避けて歩み寄る
その動作に微塵の隙もないが荒々しさもなく、いつもの厳しい眼よりやや穏やかでどこか優しげだった
ジンも何も言わず、剣も抜かず、黙って花畑に立って海を見ていた
珍しく、ジーク自らから話しかけ続けている
「隻腕の見舞いに、百合は向かんな」
「・・・・・・元々手向けだろう」
ざぁ、と風で百合の葉がざわめく
ぽとり、と一輪だけジークの足元の百合の首が落ちた
「そうだ」
ここは思い出の地というには生々しく、生臭く、生温い場所
いつまでも鮮明で鮮烈、強烈なフラッシュバックが襲う
そうだ
ここが、2人の終わりであり始まりだった
「ジン」
ジークは鞘に収めたままサーベル刀を、背を向けたままの無防備に見えるジンへ向けた
「もう一度、組織に戻れ。
―――戦いが始まる」
ジークの呼びかけに、ジンは応えない
「そこで生まれた俺達にはそこしかない」
どんなにこの花が望まなくても、
過去にならないあの時の現実が、
俺達を戦場に導き続けるだろう
ジンは振り向きざまに、同じように鞘に収めたままの日本刀を抜いた
かちん、とジークのサーベル刀に鞘当てる
閉じられた切っ先が交差し、両者は動かず、にらみ合う
「・・・・・・ああ」
ジンはそれだけつぶやいた
向かい合い、差し交わす
白と黒
それ以上のやり取りはなく、ただ互いが相手が引くのを待った
ここでは戦り合わない
そう決めているから、
せめてもの、
他愛のない、
意地の張り合いだった
それから幾度となく風が吹き、
陽が少しずつ傾いても、
両者は微動だにしない
白百合の首が、またひとつ落ちた
それを見ずとも感じた両者は、
同時に腕を振り下ろし、
互いの得物を収めた
わずかに、両者は、微笑んでいた
不敵とも違う、苛立ちとも違う
ここでしか見られない
穏やかな笑み―――
ジンが、
最終決戦に、
再び組織側として、
今この時を以って決す
・・・・・・
「起きたようだな」
「・・・っと、確か」
「マツバだ」
次に起きたのがレッドだ
傍についていたのはマツバで、イエローが起きたことも石室から出ずとも能力の影響か勘でわかった
眠ってから、2日と半日ほどのこと
イエローが起きたことで、他の皆も起きるだろうとジムリーダーズがそう考えた頃だった
「もしかして、結構寝てた?」
「ああ。もう少し寝ててもいい。
・・・石室の外でな」
マツバがニッと口の端をつり上げる
レッドもそうする、と同調した
変な夢はもうこりごりだ
・・・・・・
「決まったね」
「そうね」
ディックとリサ、そして車椅子に座っている玄武が見た
崩壊したリーグ会場、
その瓦礫のなかで、
次なる手を・・・と、
残る者と倒れた者も全てに警戒しつつ、
全身全霊を尽くして、
『立っている者達』を
玄武が毛布をマントのように羽織り、車椅子から立ち上がった
「閉幕!」
立っていた者達が、一斉にその声の方を凝視した
倒れていた者達も我先に立ち上がろうとしたが、それを許さないと3人の四大幹部だけの威圧感で押さえ込んだ
求めるのは残り時間や栄光への執着ではなく、最後まであがき続けるという負けん気と勝利への執着―――
一時でも限界や諦めで倒れ、またはそのフリでしのごうという心力では認められない
「ここに立つ者を、最終決戦の地へと導こう!」
四大幹部へ注がれる視線
時計も破壊してしまい、永遠に終わらないのではと感じた
極限のサバイバルバトル
それに、
勝ち残ったの、
だ
こうして、
認められたの、
だ
一時の歓声、勝どきの咆哮
それから、糸が切れたように彼ら彼女らはばたばたっと倒れてしまった
立ち続ける者もいたが、限界寸前で目もうつろになってしまっている
「・・・この辺がねー」
「充分よ。よく残ってくれたものだわ」
「さて、運んでやらないとね」
玄武はそう言うが、彼自身は何もしない
ただリサが立ち残りを認められた者達に、『テレポート』ポケモンを身体に置くか手に握らせるだけ
そして、その技で案内するのだ
これまでの活動拠点だった
決戦の地となる『カントー支部』に
一瞬で
「あ、他の人は自力で帰ってね」
そういうテレポートが終わるのを確認してから、ディックは冷たく言い放った
リサは何も言わず玄武を連れて、先にテレポートで帰る
ディックは瓦礫の中心へとのたりのたりと面倒臭そうに歩きつつ、ブラッキーをボールから出す
彼を止める人はいない
「戦いってのはさー、面倒だし痛いしつらいもんだよ」
「戦いそのものにいいことなんて何もない、あっても錯覚だ」
「そもそも戦いにね、明確な終わりがあるもんでもない」
「今回は終わりがあったから、ここにいる全員が色々な戦い方を考えたよね」
「最初から最後まで死力を尽くした人や温存しながら戦った人もいるでしょ」
「やられたフリをするのもありだよ」
「そうして機会うかがって、後々残った人に不意打ちをかけて復活〜はいい手かもしれない」
「まぁ、立ち残っている人達はそういうのも考慮に入れてたはずだよ」
「だから、倒れている者への攻撃をやめなかった人もいたろうさ」
「ポケモンの攻撃が飛び交うなかで、ただやられたフリして倒れているのも大変だったと思うよ」
「・・・でも、閉幕に合わせて立ち上がろうってのは気に食わない」
「戦いに明確な終わりなんてないのに」
「ルールとした終わりがあること一点に、生き残りの目をかけるなんて」
「そんなのいらないんだよ」
序盤中盤でやられたフリや、
閉幕ぎりぎりのところで立ち上がろうとか、
狡い手を考えていた者達に、
自責よりもつらい仕置きを―――
でも、
本当の意味で倒れている人と見分けがつかないから、
面倒臭いから、
そのポケモン諸共、
倒れている者全てに
そうやって面倒臭がりながらも、ディックは特能技をお見舞いする
察して逃げようとする人、
一歩も動けずにもがいてる人、
全ての人やポケモン達を瓦礫ごと吹っ飛ばして、
また眠ってもらった―――
「おやすみ。いい夢を」
広範囲だったし、やわな訓練などしてないから死んでいる者は1人もいないだろう
ディックは面倒臭そうに、あくびをした
・・・・・・
グリーンとブルーが起きたのはほぼ同時だったという
眠ってから3日目、イエローとレッドは遺跡の外で仮眠を取っていた
あれだけ寝たのに、と思うが・・・どうも睡眠をとる為のものではなかったから、案外ぐっすりいけたそうだ
2人についていたのはシジマとアカネで、2人共なんとなくジムリーダーズがここに来るかもと予測していたという
夢の内容にも特に触れず、落ち着いたものだった
その2人が顔を合わせた時、様子が変わった
明らかにブルーはグリーンを見て、目を合わせることすら逃げた
動揺を隠そうと努めていたようだが、ぎこちなさはありありだった
グリーンも無愛想のまま、そんなブルーに何も声をかけようとしなかった
その上、グリーンは彼女を見るごとに気づかれないようため息をついたという
夢で何を見たのだろう、そうシジマとアカネは何やら微笑ましいものを見る目でいた
・・・・・・
「で、よぉ」
タカムネが八角のメンバーに声をかける
あの出会いから、ずーっとその海岸で時間を過ごしていた
倒した敵さんはすぐにテレポートで消え、消息は不明だ
シバの話によれば気絶などする前に、早々に撤退したのだという
何か急ぎの事情でもあったのだろう、とキョウも推測した
それが舞台があるからで、倒れたり気絶するわけにもいかず、
テレポートで移動していいのは101番道路までで、
でも、開演ギリギリまで目標を探すよう言われてた
哀れな末端、組織の探索員達とは誰もわからなかった・・・
「お前ら、どこに行けば最終決戦に参加出来んのか知ってんのかよ」
「・・・・・・」
「知らないよ」
無言の災厄とトウド博士はきっぱりと言った
タカムネはおいおい、とあきれる
特に災厄は、じゃあなんで海の上にいたんだ
無意味か、無意味なのか
それとも探してたつもりなのか、引き寄せられるものとタカをくくっていたのか
浮くことしか出来ないハガネールと海流任せで本当に行けると思っていたなら、アホだ
「アタイらはなんとなく見当はつけてるよ」
ジョウト四天王は揃って、ある方向を見ている
ここを待ち合わせ場所にしたのはそれなりの訳があるのだ、と自信たっぷりだ
またサカキも同様に、目星をつけていたのだろう
「おーし、じゃあ時間が来るのを待つか」
タカムネはごろりと横になった
余裕たっぷりで、彼はどこにあるのかわかっているようだった
「わかってんなら、先行っちゃおうよ〜」
「元々正規の招待客じゃないんだ。遅れていっていいんだよ」
災厄は座らずに立ったまま、その辺りを牛歩のようにぐるぐると歩き回ったり立ち止まったりして落ち着かない
サカキは時々ここからいなくなって、また戻ってくる
ジョウト四天王のキョウとシバは互いを練習相手に鍛錬、カリンとイツキはそれを眺めている
トウド博士は自分の手持ちポケモンの入ったボールを見て、たまにぐああぁあと苦悩したりフフフフと思い出し笑いをしているようだ
はっきり言って、八角は変人の上に暇人の集まりだった・・・
そうとしか見えない
「ぐぅうぅぅ、あぁごめんなさい。・・・ご飯まだー?」
「またジャンケンして何か捕りに行くかい?」
「また僕の1人負けになるじゃな〜い。ヤだよう」
「・・・・・・」
ジョウト四天王やタカムネとトウド博士は性格的に順応が早かった
でも立場的にサカキと無言的に災厄が浮いている、馴染めてない
・・・早く集まりすぎたな、と誰かがぼそりとつぶやいた
・・・・・・
クリスが起きたのはゴールドが起きる4時間ほど前、4日目の午前中だった
ミカンが傍に付き添い、空いたお腹へとおまんじゅうを分けてくれた
お礼を言って、抹茶と一緒にいただく
「あと寝ているのはゴールドさんだけです」
「・・・・・・そうですか」
クリスはため息をついた
やっぱり、というかなんと言うか・・・
それを見てミカンはくすりと笑った
クリスがイレスの石室に行くと、なんだか妙な感じがした
いや、なんかぎこちない2人がいない?
ジムリーダーズもほぼ揃い、広い石室とはいえ少し狭く感じる
アンノーンも恐れて出てこない、という感じだ
「あ、起きた」
「はい。おはようございます」
話し合いの輪に入れてもらい、何について話していたのかをざっと聞く
主に話していたのは3つ
・敵の能力の正体
・アジトの場所
・これからの役割
だった
「敵の能力は情報を出し合っているが、まだ謎のベールに覆われているものが多い」
「能力名すらわからんからな」
「正直なところ、なんとなくわかっている程度で望む他ないだろう」
「アジトへは、こちらから乗り込む。おそらく、そこで決戦」
「今までの襲撃などから考慮すると、やはりその場所はカントーのどこか!」
「予測が正しければ、それなりの地は用意されているだろうよ。
今、メイル・マカダミアンがポケモン協会の人間から託されたデータってのを解析している。
ロックがかかってるそうだが、もし解ければ恐らく確信に変わる」
メイル・マカダミアンがシャクシ・バンジクに託された小型ランチャー
そこにチップが隠されていたのだという
よく壊れなかったものだ
「それで、これからの役割分担なんだけど・・・」
レッドがその先を、言いよどむ
ジョウトジムリーダズは互いを見て、頷きあった
「俺達はカントー本土に乗り込み、組織に奪われた街々を奪還する」
「!」
クリスは驚きの表情を見せた
マツバがこれからのことを、手振りを入れて話す
「順番からすると、俺達がまずそれぞれカントーの街に上陸して、奪還に入る。
ハヤトの情報によれば都市の機能が最低限稼動する程度の人数、不意をつけば難しい話ではないはずだ。
組織が俺達を討伐に出向く隙をついて、お前達が手薄になったアジトに侵入し、アタマを叩いて組織を潰せ」
「それって囮になるってことよね?」
「陽動作戦は基本中の基本だ。もしアタマや幹部クラスがカントー本土に現れれば、それはそれで儲けものだ。
更に手薄になったアジトを制圧し、今まで以上の情報をこちらは手に入れ、次の行動をしやすく出来る」
「心配するな。そう簡単にやられたりはせん」
「実は、協力者も何人かいるんですよ」
ミカンはにこっと微笑んだ
レッド達もナナシマで力になってくれそうな人を探したが、思うようには見つからなかった
いったい、誰なんだろう・・・
これは重要な作戦だ
その為には確実な、アジトに繋がる情報が欲しい
メイルの情報がどこまで信頼出来るものなのか、開けてみなければわからない
ナナシマだっていつ襲撃されるか、わからないのだから・・・
『いやぁ、でもさぁ・・・敵の本拠地に乗り込むには人数が少ないでしょ』
「多すぎるのもまた行動が難しい。君達以外にもアジトに乗り込んでくれる人はいるが、時間差になるのは仕方ない」
「誰なんですか?」
「実力は折り紙つきだけど、名前は直前まで言わないでくれって。
組織側に発覚するのを恐れる人じゃないだろうけど、慎重なのに越したことはないよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
シショーのことを、じっと見つめる2人がいる
その2人が目を合わせると、さっとそらした
「とにかく、もう少し待ってくれ。さっき聞いた話によると、最終防衛ラインをもう少しで突破出来るそうだから」
メイル・マカダミアンは『ラッキーダンス』おじさんの民家で作業させてもらっていた
今はイレス担当だったイブキが護衛についている
モニタ画面を固唾を飲んで見守るなか、いつまでも幸せそうに踊り続けているおじさんと音楽がちょっとウザいのは我慢した
・・・・・・
すっかり改装&調整を終えた部屋などを見ながら歩く、影2つ
白に近い黄色と黒髪が房か束で違っている、地毛なのかどうやって染めているのか非常に気になる頭の空手着の男
それとその男に縄でくくりつけられ、神妙に歩く青年
「キョウジさん遅刻しちまった、っと」
「・・・・・・」
カントー支部に到着し、舞台開演の演説に間に合わなかったことをつぶやいた
それも別の楽しみがあって、それに夢中になっていたからだが・・・
「お前の方からもなんとか言っ・・・」
くるっと後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった
さっきまで、ここに両手首を縛っておいたのだが・・・・・・見事に抜けられている
縛りが甘かったか、しかしキョウジは動揺しなかった
「とりあえず、報告だな」
多分わざとだ
・・・・・・
ゴールドとハヤトがイレスの石室にやって来たのとほぼ同時に、メイルとイブキも来た
どうやら、データの解析に成功したらしい
「見てください」
かちゃかちゃかちゃとキーボードを押し、出てきたのはナナシマの地図だった
ピコンピコンと点滅しているのは『しるしのはやし』や『おもいでのとう』、『かえらずのあな』だ
それから近年の海流についてのデータ、地震計の測定結果・・・・・・
「なんだこりゃ?」
「・・・やはり、いや、しかし・・・」
ゴールドが眉をひそめるのも無理はない、よくわからない
しかし、何かわかったようなマツバがううん、とうなる
「どういうことなんだ?」
「俺達ジムリーダーの推測では、奴らの広大らしいアジトは人目につかないところ、テレポートという空間移動の必要性から・・・即ち、地下にあるものだと思っていた」
「地下ぁ!!?」
「この点滅している3点は、恐らく特殊なテレポートを持たない者がアジトへ入る為の場所だろう」
「見るからに、ナナシマの地下にあるように思えるな」
「一般の者も入れるところだ。何かしら特別な認証のような鍵、そう行動や技は必要なんだろうが・・・」
そんなところに、いやまさか今まで旅してきたカントーかナナシマの下に組織のアジトがあったなんて
確かにそりゃ地下なら、相当大きな建物を造ることも可能かもしれない
今まで、奴らの足元の上をずっと旅してきたというのか
なんだか間抜けだが、盲点でもあった
「でも、おかしいッスよ。そんなバカでけぇ基地があんなら、俺達に気づかれないわけないでしょ」
最近のライフラインは地下に設置されることが多いし、不自然な空洞があれば必ず探知される
もし地下にあるなら、相当深いところに作らねばならない
が、そんなものを人目に気づかずにいつ造ったというのだ
「・・・そこで、更に信じられない情報だ。奴らのアジトはナナシマの地下じゃない。
ナナシマ海域、その海底の地下にありそうだ」
「・・・・・・はぁあ!!?」
地下に広大な規模の建物を造ることすら難しいのに、更に海底と来た
ますます信じられない話になった
「いろは48諸島、海流の変化を考えると突拍子もないしおかしな話でもあるが・・・ありえない話ではない」
海底に造ったが為に、海流の流れが変わり、海底火山などを活性化させてしまい、小さな島まで造ってしまった
バカな
それこそ、どれだけ前から組織のアジトは存在するというのだ
「ひみつのちから、という技がある。
草むらなどにひみつきちという空間を作る技だ。カントーやジョウトでは滅多に見ないが、能力者の本場・ホウエン地方の一般のトレーナーはよく使うそうだ。
もし、そういうものの上位にあたる特能技を使えた者が昔か今にいたら・・・その残された空間を利用して、基地を設置し後々拡大させたのなら・・・」
ぽっかりと空いた空間を掘り拡げ、整備し、拡大していく
掘ったことで出た土砂は海流を変え、海底火山を刺激させたのかも・・・
イエローは思い出した
クチバの海底ドーム
あれもまた、そういう能力者のいたずらが残されたもののひとつなのかもしれない
「確証はない、ね」
「話がおかしすぎて、もう」
『だけど、この情報を信じてまずは・・・』
シショーが話している時に、ぷつっと何かが切れたような音がした
ブルーがわしっとシショーをつかみ、首筋をがしょがしょがしょがしょと手荒い毛づくろいをしてやった
その突然で奇怪な行動に、周りはあっけに取られている
『うわぁあぁあっ』
「ここか、ここか、ここなの!!?」
「ぶ、ブルー!?」
起きてから今まで様子が変だったけど、何が起きたんだ
レッドとイエローがかわいそうだろ、と止めるところにグリーンが立ち上がった
一緒に止めてくれるのかと思いきや、シショーのばたつかせる両翼をつかんでブルーの手助けをしている
「ええええ」
「大人しくしてろ」
「もう観念なさい」
ああ、グリーンがいつも以上の迫力でシショーを押さえ込んでいる
ブルーと気まずそう、と思いきや苛立ちを見せる共同作業をするとはどういうことか
『もぉやめてぇぇえ』
「っ、あ、ったー!」
ビッとブルーがシショーの首筋と額から、何かを引っぺがしたようだ
きらんと黒光りする2つの何か
『うわー、やめてくれー』
ブルーの指先からシショーの声がした
そして、グリーンに取り押さえられているシショーはしゃべらずバタバタしているだけだ
ただのヨルノズクになってしまった
「・・・機械!?」
「そー! しゃべるポケモンの正体はこれっ!
超々高性能の集音機とスピーカーと小型カメラ、どちらも無線による送信機能付き! 電源はポケモンの生体電流を利用してるそうよ!」
「「「「な、なんだってー!!!」」」」
グリーンがヨルノズクを離してやると、困ったようにばっさばっさと喋らずに石室内を飛び回った
本当に喋らない
ブルーがその小型機械に向けて、怒鳴った
「演技はもういいでしょ! さっさと姿見せて、そっちの情報を出しなさい!」
『わかったわかった。大声を出さないでくれ』
スピーカーの声が、応答した
こうして聞くと肉声に限りなく近いが、本当に機械音声だ
シショーの声ってのはこんなものだったのか
確かに最初に出会った時、隠しマイクを疑ったが・・・・・・本当にただ探すのでは見つからない・絶対に隠しきれるところにあったんだ
『もうすぐそこまで来ている。イレスの石室から外に出て、待っていてくれ』
「・・・だ、そうよ」
くるっと皆の方に向き直るブルーの目が据わっている
とりあえず、謎の音声に従うしかない
ううん、とイエローはヨルノズクをじっと見ている
「ねぇ、もう本当に喋らないの?」
『・・・・・・』
「イエロー、そのヨルノズク連れてきてー」
石室の出口に立つブルーに言われ、イエローがおいでおいでとその後についてこさせた
なんだか変な感じだ
野生のヨルノズクを見て、シショーと笑いあったのを思い出す
・・・
「で、ブルーとグリーンはいつからアレのこと知ってたんだ?」
レッドは当然の問いを2人に向けた
勿論アレとは喋るポケモンと、その後ろにいる人物の正体についてだ
先程のスピーカーとの会話から察するに、もう会ったことがあるのだろう
そして、2人して示し合わせ、レッド達にも隠していた―――
「正体を知ったのは、いー島に着いた夜のことよ」
「そんな前から!?」
そう言えば2人して夜の散歩に行ったとかで、からかったおぼえがある
その時、シショーの後をつけて正体を知ることとなったのだ
「秘密の漏洩を防ぐには、それを知っている者の数が少ないにこしたことはない」
「でもさー、仮にも仲間だぜ? もう少し信用してくれたって」
「その正体が厄介だったの。絶対に知られたら、その人物が危険にさらされるとわかってたもの」
ブルーが両肩をすくめ、手を広げて見せる
アカネがシジマとマツバの壁を割って、口を出す
「勿体ぶらずにはよ誰なのか教えんかい!」
グリーンが、ゆっくりと、噛み締めるように言う
「シショーと名乗る前、あのヨルノズクは何と名乗った?」
「え?」
「シショーは師匠を愛称的にしたものであって、ニックネームではないだろう?」
「それからあの超々高性能な機械、敵に知られてはまずいという秘密の人物がヒントよ」
ブルーが茶目っ気たっぷりに言うのに、更に困惑する
ようやく秘密を漏らしていいことになり、ブルーの顔は晴れ晴れとしていた
イレスの石室のある小島、そこから少し離れた沖に人影がある
シショーは気づき、イエローもそのヨルノズクが動いたので気づけた
けど、遠すぎて顔が見えないので黙っていることにした
「シショーって名乗る前?」
「もう何ヶ月もシショーって呼んでたし・・・あ、導く者とか言ってたような」
ピンと人差し指を立て、クリスが思い出す
ブルーがびしっと指差し、惜しいっ!とノリノリで返す
「あっ、『ガイド』でしたっけ」
「そう、それよっ!」
「導くから、ガイドなんだろ?」
「そういう意味だが、簡単なアナグラムもあったんだ」
アナグラム?とゴールドが首をかしげる
推理小説ではおなじみの言葉だが、本をあまり読まない彼には聞き慣れない言葉なのだろう
「・・・ガイドをローマ字にして、組み替えてみろ」
「えーっと」
GAIDO
イレスの石室に大きな影、そう小島のようなものが迫っていた
海に背を向けているグリーンやブルーは気づかないが、ジムリーダーズは驚く
それはホエルオーというポケモン
カントーやジョウトではあまり見かけない、ホウエン地方のポケモン
そして、その上に誰か見覚えのある人物が立っている
市販されていない、あれだけの超々高性能な小型機械を開発するだけの技術力と資金
敵方に知られてはまずいのは、敵方に一番近いところにホームがあるから
極めつけはローマ字の組み替え
ヨルノズクが、ホエルオーの上に立つ人物の元へ飛んでいく
更に、ジムリーダーズへのアピールとしてイノムーを出した
見覚えがあるという話じゃない、超々有名人じゃないか
「今までありがとう、グリーン君、ブルーさん」
「まったく、これだからいいところのお坊ちゃんは」
「今まで俺達と行動して集めたもの、各地方を飛び回って集めたという苦労の結晶を早く提示してくれ」
「あ、ああぁああぁ・・・っ!!?」
まさか、そんな
そんな風に開いた口がふさがらない
GAIDOのGとDを入れ替える
出来る言葉はDAIGO
ガイドはダイゴ
ホウエン地方で名の知れたデボン・コーポレーションの御曹司
石の収集家でも知られる、その人の名はダイゴ
そのダイゴこそ、レッド達やジョウトジムリーダーズを導き、ここまでやってこさせた張本人だった
信じられないものを見る視線を集めてなお、ダイゴは堂々としている
むしろ悪戯に成功したという表情で、ホエルオーから飛び降り、小島の上に立った
『『「さぁ、君達を最終決戦の地へ導こう。それが僕の最後のガイドだ」』』
イノムーとヨルノズクが同時に、ダイゴの口に合わせて動いたように見えた
・・・・・・
『Gray War』 〜第2章、更なる高みへ・終〜
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