3、6月3日


今日で、あたしがおばさん、(サニーさん)の所に通い始めて3日になる。
おばさんはあっちこっちで 傷ついたり、捨てられたりしたポケモン達を拾ってきては育て、
そして、ポケモンを必要としている人たちの所へ 送っているそうだ。
いわゆる育成専門家、ポケモンブリーダーというやつだ。


今日の天気は雨。
うっとうしいくらい、ざぁざぁと降っているけど、
おばさんの家の窓から見える水ポケモンたちは とても楽しそうに雨の中を駆け回っている。


「あっ、ワニノコ!!」
雨の中はしゃいでいるポケモンたちのなかに、このあいだ見た、あのワニのようなポケモンを見つけた。
他の水ポケモンに混じって、水たまりでバシャバシャとはしゃぎまわっている。
「ああ、ワニノコはね、お隣のウツギ研究所から預かっているのよ。」
「ウツギ・・・・・・研究所?」
聞きなれない研究所の名前に、あたしはおばさんの方に顔を向けた。
「そのワニノコね、もともとは3匹1組で研究していたものらしいんだけど、
 この間・・・もう2週間になるかしらね、そのうちの1匹が盗まれちゃって、
 ・・・もう1匹は、その盗んだ人間を追いかけてった、ゴールドが連れていったわ。」
「・・・盗まれた?」
耳を疑うような言葉だった、ロケット団がいなくなっても、まだ悪事を働く人間がいるなんて・・・
怒りが腹の中で渦巻く、っていうのかな、ぎゅっとこぶしを握ると、かすかに音がした。
「だ〜いじょうぶよ、シルバー君、良い子だから。」

・・・・・・・・・・・・・・・えっ?

「ちょっと待ってください、おばさんは盗んだ人のこと、知ってるんですか?」
「クスッ、どうだと思う?」
信じられないような言葉に あたしはただただ、唖然(あぜん)としていた。
「なぜ?」「なぜ?」って疑問ばっかりが浮かんできて、言葉を出すこともできない。
訳もわからなくなって、考えることから逃げるように窓の外を見る。
相変わらず雨はざぁざぁと降ってる、広い『庭』。



こんなときになんだけど、本当に『庭』か?って疑いたくなるくらい、その場所は広かった。
地平線が見えそうなほど遠くまで見渡せる、本当にポケモンのために作られた、いや、作られてないか、
ただ、だだっ広い場所。
窓の外をぼーっと眺めてたらそこに人影が見える。
そんなに遠くない木の陰に、全身黒ずくめの男が1人。

どくんっ

一瞬、あたしの心臓は 低く 強く 波打つ。
嫌な予感がするの、気のせいだったらいいんだけど・・・・・・
肩に力が入るのを何とか押さえながら あたしは傘を取りに玄関まで走った。
だけど、こんなときに大きすぎる傘・・・邪魔っ、とりあえず走れるところまで軒先を走る。





「クックック・・・・みつけたぞ、ウツギ博士の研究用のポケモン、
 こいつを本部まで 持ちかえりゃ、俺には幹部の座が・・・・・・」
黒ずくめの男はワニノコを見下ろしながら 無気味な笑いを浮かべている。
胸に大きく『R』のマーク、間違いない、ロケット団だ・・・
「できれば・・・・・一生 会いたくなかったわね。」
「誰だっ!!」
黒ずくめの男、いや、ロケット団は あたしの声に反応して体を身震いさせた。
大きな赤い傘を 開いて、あたしはロケット団の前に姿を現す。
「なんだ、ガキ風情(ふぜい)が・・・・・何のようだ?」
「ワニノコを、盗みに来たんでしょう?
 ・・・・・・そうはさせないわ!!」


ロケット団の男はあたしの言葉に一笑した。
「ふはははは・・・・・・・
 お前がこの俺にたてつく、だと?
 笑わせてくれるな、ロケット団の恐ろしさも知らずに・・・・・」
あたしは ポコの入ったモンスターボールを バンドから取り外した。

「・・・・・知ってるわよ、あんた達の残忍さ、嫌って言うほど・・・
 だから、止めに来たのよ、これ以上、犠牲を増やさない為に!!」


今は1匹しかいないあたしのパートナー。
戦った事なんてないけど、今はポコで、がんばるしかない!!

4、負けるわけにはいかない


あたしは バントから取り外したモンスターボールを開いた。
中から出てきたのは、丸みを帯び、鳥に近い形をしたポケモン、
あたしが引っ越す日にもらった、人工的に作られたポケモン、『ポリゴン』の 進化系だ。
「『ポコ』!! お願い、あのロケット団を、倒して!!」
赤い傘を持ったあたしの手は震えていた。
勇んで出てきたくせに、びびってるってわけ? あたし・・・・・




「ふん、お嬢ちゃん、震えてるじゃねーか。
 お家でおとなしくママに甘えてたほうがお似合いだぜ?」
そう言って、ロケット団は ねずみポケモン、コラッタの入ったボールを開いた。
・・・だめだ、あたしがびびってるの、完全にばれてる。
でも、ここで引くわけには、いかない。


「ポコ、『たいあたり』!!」
精一杯の指示だった。
それなのに、敵のコラッタは、それをあっさりとよけて見せる。
「ふん、所詮はガキか、コラッタ、『いかりのまえば』!!」
コラッタの鋭い前歯がポコに突き刺さるのを見て、あたしはすくみ上がった。
・・・怖い・・・・これが、ポケモンバトル?・・・

「ほう、よく見れば、お嬢ちゃんのポケモン 珍しい奴じゃねーか・・・」
ロケット団の言葉に、あたしは心臓が凍りつきそうになる。


「だ、め、・・・・・ポコ!!」
「コラッタ、『ひっさつまえ・・・・」
「『ポコ』ッ!!!」
あたしの言葉に反応して、ポコの体が光りはじめた。
「傷口が、ふさがってく・・・『じこ・・・さいせい』?」
ポコ、あたしが指示してないのに、自分から最良手段を・・・・
敵のコラッタの『いかりのまえば』をかわすと、ポコは技の構えをとった。
しっかりしろ、クリス! あたしがしっかりしなくてどうするの!!
「よし、ポコ、『サイケこうせん』!!」
ポコが七色に光る光線を発射し、コラッタはそれに当てられ、戦闘不能になった。
・・・・・・勝った、勝ったんだ、あたし・・・


「ちっ、使えない ポケモンめ!!」
ロケット団はそう言うと、足を振り上げた。
胃の中に嫌なものが居座っているような感覚が 体中に走り渡る。

ガッ!!

「うっ、ゲホッ・・ゴホッ・・・」
あたしはわき腹に衝撃を感じて、思わずむせ込んだ。
ロケット団がコラッタを蹴り飛ばそうとするのを、かばったんだ。 あたし・・・
・・・・・・自分でも気付かないうちにやってたんだ、自分でビックリだ。
「クッ、バカじゃねぇのか、こんなクズポケモンをかばうなんて。」





「クリスちゃん!!」
女の人の声が、どこからか響いてきた。
ほっとして、なんだか涙があふれそうになる。
「おばさん・・・・」
おばさんはあたしに駆け寄って体を起こすと、ためらいもなくロケット団を睨みつけた。
「女の子に、なんてことするのよ!?
 嫁入り前の体に傷でもついたら、あんた、どうしてくれるの!!」
「知るかよ、そいつが勝手に蹴られたんだ。
 ババァ、あんたこそ、自分の立場分かってねーんじゃねーか?」

気が付くと、あたしたちは5、6人のロケット団に囲まれていた。
それでも、おばさんはちっとも怖がるような様子もなく、それどころか・・・ものすごい形相で5、6人のロケット団たちを睨み返す。
「・・・・・・今、『ババァ』って、言ったわね。 それ、けっっこうあたし、傷つくのよね。
 クリスちゃんを傷つけたことといい、許さないわ。
 この、サニー・リーブスを怒らせたこと、後悔するわよ!!」


―――そこから先は、一瞬の出来事だった。
数匹のポケモンが、ロケット団の 周りを 囲ったかと思うと、
あたしがまばたきする間に全員お縄についてたのだから・・・・

実は、すごい人だったんだ、おばさんって・・・・・

5、ウツギ博士


「な、なんて無茶苦茶な・・・・・」
あきれ半分、驚き半分で おばさん家に来ていた眼鏡の男の人は口が開きっぱなしになっていた。
おばさんによると、この人物がワニノコの持ち主、ウツギ博士らしい。
ちなみに、『無茶苦茶』って言ってるのは、あたしの横っ腹のケガを見てのこと。




「でもウツギ博士、何にもしないままだったら、ワニノコは
 あのロケット団とかいうやつらに、取られちゃいましたよ?」
「それは分かってますけど・・・・・・
 ああ、それにしてもヒノアラシに続き、ワニノコまでも狙われるなんて・・・・・」
ウツギ博士は 頭を抱えて机につっ伏した。
気持ちはわかる、誰だって自分のポケモンがロケット団に取られるなんて、とんでもないことだと思っているに違いないから。
「・・・だったら、いっそのこと ワニノコも旅に出しちゃったらどうかしら?」
「は?」
ウツギ博士は変な顔をしておばさんの方を見てる。
なんだかその様子を楽しんでるみたいに、おばさんはいけしゃあしゃあと口を回転させる。
「ゴールドから時々連絡が来てるんですけど、チコリータもヒノアラシも、全然無事って話なんですよ。
 2匹とも旅に出して安全っていうことが判っているんなら、
 わざわざこの町で囲いをつけてロケット団から守っているより、ワニノコも旅に出してしまったほうが、ずっと安全なのではないですか?」

・・・・・・・・・ん?

「ちょ、ちょっと待ってください、ヒノアラシが無事!?
 ・・・・・・ってことは、ゴールド君、ヒノアラシが無事かどうか確認できる場所にいるってことですか!?」
「そういえば・・・そういうことになるわね。」
「じゃ、なんで ゴールド君はヒノアラシを保護しないんですか!?」
・・・そういえばそうだ、盗まれたポケモンが安全かどうか分かるの場所にいるのなら、
保護することだって簡単にできるはず。
なんだか、話が矛盾してる。
「『保護する必要がないから』じゃない?
 ヒノアラシが安全な場所にいるのなら、わざわざ保護しに行く必要はないでしょう?」
おばさんはしれっとした様子で言い放った。
言ってることは筋が通ってるようで、話としてはすごく矛盾してるような・・・・・・

「ね、ワニノコもこの際だから旅に出しちゃいましょうよ!!
 『可愛い子には旅をさせろ』って、昔からよく言うじゃないですか!!」
自分で言うだけあって、おばさんの『おばちゃんパワー』発揮。
ウツギ博士は勢いに押され、断り切れていないみたいだ。
この人、奥さんの尻にしかれるタイプと見た。
「し、しかし、パートナーとなれるほど、時間も体力もある人間は、この町には・・・・・・・・」
「あら、そこにいるじゃない、可愛い新米トレーナーさんが!!」
「・・・・・・えっ? あたし!?」
おばさんの 指差した先、そこにあたしがいた。
「そっ、ワニノコも クリスちゃんに なついているみたいだし!!」
「しかし!!
 そんな、女の子に旅なんかさせて、もしものことがあったら・・・・・」

ウツギ博士の言うことももっともだ。
あたしにはポケモンに関する知識はほとんど無いし、才能だって無い。
しかし、おばさんは、
「あら、だったら 次にロケット団が襲ってきたときに、
 ウツギ博士は自分の身を投げ出してまで、ワニノコのことを守れる自信があるんですか?
 クリスちゃんには、それをやるだけの勇気があったわ!!
 あたしはそれを評価したいわね!!」
「そ、それは・・・・・・」
おばさんの気迫には、その場にいる誰も反論する事ができなかった。
もちろん、あたしも。
あたしは話の流れであれよあれよという間にワニノコのボールを渡されて、旅に出る準備は進んでいった。


「はあ、どうするかなぁ〜」
あたしは雨の降る帰り道、途方に暮れてただ空を見上げていた。
コラッタを かばったときに付いた泥が、まだ、からだのあちこちに付いている。
おかあさんに、なんて言い訳しよう・・・・・・

あたしは、特に意味もなく 傘をたたんだ。
顔に、髪に、体に、ぶつかってくる雨粒が、なんだか気持ち良かった。



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