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9、6月16日
「おはようございま・・・・・・」
朝の眠気も吹っ飛ぶくらいに、その日は衝撃的な事件から始まった。
「オ、オ、オーキド博士!?」
そりゃもう、心臓が止まるかと思うくらい、びっくりしたわよ!!
朝一番に出会ったのが、ポケモン界の権威、あの『ポケモン図鑑』を作った オーキド博士なんだから・・・・
「クリス君、かね?」
あたしは こくこくとうなずいた。
慌てて髪を整えて、失礼にならないように部屋の適当なところに移動する。
オーキド博士が話す 言葉の一つ一つがあたしには信じられない気持ちだった。
「いま、ポケモンじいさんから、君の話を聞いていたところなんだよ。
なんでも、ウツギくんの所からお使いにきたそうじゃないか。」
「は、はいっ、そうですっ・・・」
あたしには それだけしか答える事が出来なかった。
ビクビクしているあたしを楽しむかのように、オーキド博士は手をすり合わせると、座っている椅子に深く腰掛け直し、考え込む。
「ふ〜む、ウツギ君は君のことを、よほど信頼しているのじゃろうな。
会って まだ間もない子に研究所の用事を任せるとは・・・」
「いっ、いえっ!! 誤解です!!
ウツギ博士がお使いを頼んだのは、単に博士も助手さんも、忙しかったからで・・・」
自分でも信じられないほど、バカに大きな声が出てきた。
オーキド博士は、やさしく微笑んで、
「そうだとしても、普通は頼まないものなんじゃよ。
今は電子機器が発達しておるから、わざわざ頼まなくてもすぐに転送できるしの。
・・・ふむ、君は良い眼をしていおるな・・・・」
「『眼』?」
パチパチ瞬いたあたしの瞳を、オーキド博士はまじまじと見つめる。
ぎゅってつむって逃げ出しちゃいたい気分、だけど、情けないことに体が動かない。
「使命感に燃える、しっかり芯の通った瞳。
・・・ブルーによく似ておるわい。」
信じられない言葉だった、あたしが『ポケモンリーグの入賞者に似ている』なんて・・・・
しかも、それを言ったのが、『あの』オーキド博士だっていうんだから!!
パリンッ!!
かすかだけど、ガラスの割れる音で、あたしは はっとした。
なんとなく、なんとなくだけど、嫌な予感がする、あたしは音のした方向に向かって走る。
「ヒメ?」
あの『フシギなタマゴ』のある部屋に、額に三日月模様を持つ、茶色い熊のような、
それでいて、なかなか可愛らしいポケモンが忍び込んでいる。
前足を口でくわえ、くりくりした瞳でこっちのことを見つめているのだ。
いやん、モンスターボール持ってたらゲットしちゃいたいかも☆
・・・・・・・・・・・・・・・じゃなくて!!
「ちょっとっ、何やってんのよ!?」
小熊みたいなポケモンは卵のところまで行くと、いきなり殻を破ろうとしているんだもの、驚いたわよ!!
慌てて手首のホルダーからモンスターボールを投げつける。
「ワニクロー、あのポケモンを止めて!!」
あたしが出したワニクローは、ボールから飛び出すと、わき目も振らず、熊の方へと突っ込んだ。
がっしりと前足同士を組み合わせると、両方とも睨み合ったまま動かない。
「ヒ、ヒメグマじゃ!!
奴らは見かけより、獰猛(どうもう)で危険なポケモンじゃぞ!!」
後ろでポケモンじいさんの声が聞こえるけど、そんなのにかまっていられない。
「ワニクロー!!」
あたしとワニクローは、目で合図を交わすと、あたしは卵の保護に向かった。
ヒメグマの注意がこっちに向かないうちに、さっさとタマゴを取り上げちゃう。
そーっと歩きながら、タマゴの様子を確認する。
「ふう、ひとまずタマゴは無事っと・・・・」
白地に赤や青の穴あき三角模様の入った、普通よりずっと大きなタマゴ。
とりあえず、傷1つ、ついてないみたい。 ひとまずは、安心かな?
毎朝20分、鏡の前で練習した飛びっきりの笑顔をポケモンじいさんへと向ける。
・・・ホントは、白馬にまたがった王子様なら1番いいんだけど。
「はい、タマゴ、無事みたいですよ!!」
「そ、それよりあのヒメグマをなんとかしない限り、奴らは執念深いから、また襲ってくるぞ!!」
あたしは、ワニクローと戦っているヒメグマの方をみた。
今はワニクローが優勢に立ってるけど、ここがまた襲われるとなると、倒したとしても後々問題よねぇ・・・
考えていると、不意にあたしの目の前に 赤と白の球状物体が差し出された。
紛れ(まぎれ)もなく、ポケモントレーナーの必須アイテム、モンスターボールだ。
握っているのは、しつこいようだけどポケモン界の権威、オーキド博士。
「・・・クリス君、君にあのヒメグマの『捕獲』を頼んでもいいかね?」
「捕獲?」
言葉の意味を考えて、一瞬動きが止まる。
そういえば、あたしポケモンを捕まえるのって、やったことがない・・・・
だけど、差し出されたモンスターボールをあたしは反射的に受け取ってしまった。
「どうしよう」とか考えるんなら、それはあたしじゃないわけで・・・
・・・やっぱ、受け取っちゃったら、やるしかない。
あたしはヒメグマに向かって、ボールを思いっきり投げてみた。
「えーいっ!!」
すっこーんっ!
ボールは見事、床にぶつかってあさっての方向へ。
あたしはそれを拾ってもう一度投げる、
かっきーんっ!
実にゆかいな音を立てて、壁に当たって、足元まで戻ってくる・・・・・・
あたしは深く、ため息をついた。
・・・なんだか、自分の初心者ぶりに 頭が痛くなってくる。
これじゃ、ロケット団を倒すどころか一人前のトレーナーにだってなれやしない。
なんだか腹が立ってきて、あたしは足元にあったモンスターボールを握り締める。
・・・・・・そうだよ、なんで『投げる』必要があったの?
あたしの『馬鹿力』使いどころじゃない!!
「いいかげん捕まりなさいよ!! このっ暴れんぼう!!」
あたしはボールを持ったままヒメグマに突っ込んで、モンスターボールをヒメグマのひたいに押し当てる。
一瞬、押し返すような抵抗があったけど、すぐにそれはなくなって、あたしは地面に向かって倒れこんだ。
ころん、と床に転がったモンスターボールのなかで、ヒメグマが暴れている。
「な、なんて無茶を・・・・・」
ポケモンじいさんが呆れているようだったけど、ボールが当たらなかったのだから、今はしょうがない。
とりあえず、あたしは開き直る事にした。
「ヒメグマ、入手かんりょーっ!! たったら〜!!」
・・・・・・・・もう、やけっぱち・・・
「いや、ヒメグマの捕獲、お見事じゃった!!」
オーキド博士にそう言われて、あたしは目が点になった。
どう考えても、・・・・・ほめられた捕まえ方ではない。
10、運命の瞬間
「ちょっ、ほめられるような捕まえ方じゃないですよ、さっきのは・・・」
別に謙遜(けんそん)しているわけじゃない、本当にほめられた捕まえ方じゃなかったもの。
ポケモンリーグのシバさんじゃあるまいし、ポケモンに正面から突っ込んでいくトレーナーなんて、見たことも聞いたこともない。
「だって、さっきのは・・・モンスターボールがヒメグマに当たらなかったから・・・」
「ああ、それは分かっておるよ。」
オーキド博士は 何でも知っていそうな瞳であたしの事を見つめていた。
「クリス君は、その『ポケモンにボールを当てられない』というハンディキャップを、自分なりの方法で解決したのではないか。
そのがんばりは、十分、評価する価値があると思うがね?」
あたしはなんだか恥ずかしかった。
その場で思いついた、いいかげんな作戦だったから・・・
「クリスくんは、これから旅をするのかね?」
突然、オーキド博士から質問が飛んでくる。
ちょっと戸惑ったけど、とりあえず正直に答えちゃうあたりが あたしらしい・・・のだろうか?
「は、はい・・・・・」
「それではクリス君に、この『ポケモン図鑑』を渡そうかね。」
オーキド博士はあたしが断りを入れる前に、老人特有の強引さであたしにポケモン図鑑を押しつけてしまった。
目の前の出来事に、あたしは気が遠くなりそう。
朝、起きたらオーキド博士がいて、その博士と話をしてたらヒメグマが襲ってきて、
ヒメグマを捕まえたかと思えば、今度は オーキド博士から『ポケモン図鑑』が渡される!?
今日だけで、あたしの運命変えちゃいそうな出来事が、2つも、3つも・・・・
オーキド博士の がさがさの手から渡された真っ赤な『ポケモン図鑑』は温かく、
開閉スイッチでもある中央のモンスターボールのマークがかっこいい。
2つあるフタを開いて、センサーのようなものをワニノコに向けるとワニノコの画面が、
取ったばかりのヒメグマへと向けると、ヒメグマの画面が現れた。
あたしはしばらく『ポケモン図鑑』を見つめる。
1日にあった出来事が信じられなくて、もしかしたら夢なんじゃないかって思ったりして・・・
でも、夢じゃなかったみたい。
あたしがいくら見つめても、赤いポケモン図鑑は消える事なんてなかった、もちろん、あたしが夢から覚めることも。
「クリス君!?」
その場にあたしはへなへなと座り込む。
心配されるのも当然といえば当然、だけど、腰が抜けちゃったのも事実。
「・・・大丈夫かね、クリス君?」
「あ、はい・・・ただ、ちょっと・・・」
「ちょっと?」
「・・・・・・嬉しくて・・・」
オーキド博士やポケモンじいさんに顔を向けないように、何とか努力してみる。
笑ってる、あたし笑ってるんだけど、もう気が抜けちゃって、どんな顔してるのか自分で想像もつかない。
オーキド博士が『タマゴ』をウツギ研究所まで持っていってくれるというので、(ウツギ博士に用事があるらしいの)
あたしはそのお言葉に甘えて、他の町まで旅をする事にした。
旅の支度をすっかり整えて、ポコにワニクロー、それにヒメグマのボールを持って歩き出す。
「それじゃ、あた・・・私、もう行きますね!!」
オーキド博士とポケモンじいさんに見送られながら、あたしは北に向かって歩き出した。
「なあ、オーキド、本当にあの娘に図鑑を渡してしまってよかったのか?
わしにはどうも普通の女の子にしか見えんのだが・・・
それに、2ヶ月ほど前にも、見ず知らずの子供に図鑑を渡したと言うではないか・・・」
あたしの聞こえない場所で、ポケモンじいさんはオーキド博士へと向かって疑問を投げかける。
オーキド博士は微笑みを浮かべながら、
「あの子は、自分の中の『輝けるもの』に気付いていないだけじゃ。
だから、それを補おうと『努力』する、それだけでも、あの子の『才能』じゃよ。」
ポケモンじいさんの表情は和らいだ。
「『がんばる力』・・・それも才能、というわけか。」
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