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22、7月11日(12日)
「アサギまで、一緒に行かない?」
その日の夕方、あたしは ゴールドから思いもよらない言葉を掛けられていた。
「へ? ど、どうして?」
「ほら、アサギって海がきれいな街らしいし、女の子って そういうとこ好きかな〜・・・って。」
・・・別に、あたしは 景色を見るために旅をしているわけではないんだけど・・・
「それに、ロケット団が・・・・・・!!」
言いかけて、ゴールドは慌てて口をつぐむ。
「ロケット団が!? いるの? アサギに!?」
そこにロケット団がいるとなれば、話は別だ。 よぉ〜し、行ってやろうじゃんか、アサギシティ!!
「OK、行くわ!!」
翌日、あたしとゴールドは荷物をまとめて 旅立つ準備をしていた。
思ったよりも準備に手間取り、星型のヘアピンを急いで髪に差すと、あたしは外まで走り出した。
「・・・ちょっといいかな?」
リュックを背負って、センターの外へ出ようとしたあたしに声を掛けたのは、マツバさん。
「君が旅立つ前に、これを渡しておこうと思ってね、
・・・・・・・・・ちょっと いいかい?」
マツバさんは あたしの上着の内側に、銀縁の薄紫色の 丸っこいバッジを取りつけた。
それは、紛れもなく エンジュシティ ジムリーダーバッジそのものだ。
「・・・・・・これ!!
ちょっと 待ってください、あたしマツバさんに勝ってないから、このバッジは受け取れません!!」
「そう思うなら、君が 自分で自分を認められるようになるまで、そのバッジを使わなければいいさ。
今の 君の目標へ進むために、きっと このバッジは必要になる。
・・・受け取っておいた方がいい。」
マツバさんに促され、あたしはゴールドのもとまで走った。 上着の裏に 薄紫色のバッジをつけたままで。
あたしが待ち合わせ場所まで行くと、ゴールドはもう到着し、黄色い小さなポケモン(種類は『ピチュー』名前は『ディア』というらしい)と 遊んでいた。
「ごめんっ、待った?」
「ん〜ん、平気!!」
・・・・・・・・・『平気』・・・待ってたわけね。
ゴールドは ディアを肩に乗せると、西に向かって歩き出す。
彼は 思ったよりも足が速く、あたしは 小走りぎみにその後をついていった。
「ねえ、アサギまでどのくらいで着くと思う?」
ゴールドは 声を掛けたあたしのスピードに気付き、歩く速度を緩める。
「う〜ん、だいたい3日から5日、ってところかな?
ぼくも行った事はないから、詳しく『どのくらいか』ってのは 分からないんだけど・・・・・・」
イーブイの『ホワイト』を足元で遊ばせながら、ゴールドはマイペースに歩きつづけた。
「・・・あっ!!」
道の向こうに何かを見つけたらしく、ゴールドは矢のようなスピードで走り出す。
・・・・・・まだ あんなスピードが出るのか、あの少年は・・・・・・
「ねえねえ、クリス、牧場だよ牧場!! ミルタンクの牧場!!」
とても同い年には見えないゴールドのはしゃぎように、あたしはつられて 道向こうまで走った。
小高い堤防を登ると、一面、目の痛くなるような緑の草原が広がっている。
一瞬、 ひやっとした風が通りぬけ、歩きつづけて熱くなった体を冷やしてくれた。
「・・・少し休む?」
ゴールドは あたしの方をチラッと見やると、そんな提案を出してきた。
彼自身は 疲れたような様子が見えず、まだまだ歩きつづけられそうな感じだ。
しかし、あたしの方は 体温は上がり、ふくらはぎはほてり、足の裏は痛くなっていて とても歩ける状態ではなかった。
「・・・・・・ごめん、休ませてもらうわ。」
「すいませ〜ん!!」
ゴールドは 牧場主の物らしい家の 戸口をどんどん叩きながら叫んだ。
ほとんど間髪を開けず、中から体の丸い、40過ぎくらいの女の人が 顔をのぞかせる。
「あの、旅の者なんですけど、すみませんが こちらで少し、休ませていただけませんか?」
ゴールドの口調は 普段からは想像もつかないほど 丁寧ではっきりしていた。
おそらく、こういう場合の ものの話し方を心得ているのだろう。
「ああ、旅のトレーナーかぁ?
ここで休むってんなら かまわねえべよ。 おらたち、何もしてやれる事はねえけどな・・・」
「いえ、お構いなく。」
・・・?
あたしは、婦人の話し方に 妙な違和感を覚えて、質問してみた。
「・・・・・・あの、何かあったんですか?」
婦人は 寂しそうな表情を作ると、話し出す。
「家のミルタンクが最近の暑さでへばってんだぁ、ミルクも出さんで、このまんまじゃ 死んでまう・・・」
婦人は、はあぁ〜 と、大きく1回ため息をつくと、家の中まで戻っていった。
23、モーモー牧場の小さな事件
「・・・・・・ねえゴールド、どう思う? さっきの話・・・」
あたしは 近くの川でほてった足を冷やしながら ゴールドに質問してみる。
「何が?」
「さっきのミルタンクの話よ、このままじゃ 死んじゃうって、可哀想じゃない!!」
「うん、でも・・・・・・」
「でも?」
ゴールドはディアが見つけてきた四葉のクローバを見つめながら、淡々と話し出した。
「そのミルタンクが本当に弱ってて、もう回復してもミルクが出せない状態、っていうんなら、しょうがないんじゃないかな?
あの家だって、この時期忙しいだろうし、1頭のミルタンクだけに構ってる訳にも行かないだろうしさ。」
ゴールドの話し方には 正直、ぞっとするものがあった。
表情1つ変えず、本当に 淡々と話し続けるんだもの・・・・・・
「・・・じゃあなに?
ゴールドは休ませてもらってるのに、あのおばさんに なんもしないで行っちゃうつもりなの?」
「そうは 言ってない。」
ゴールドは 立ちあがった。
普段見せているようなニコニコ顔とも 初めて会った時のような怯えた顔とも違う、
ゴールドの性格からは想像もつかないような 冷たい表情を投げかけ、牧場の緑の向こうへと歩き出す。
「なによ、薄情者・・・・・・」
知らず知らずのうちに、瞳から涙があふれてきた。
辛かったのは、冷たい言葉を放ったゴールドでも、ミルタンクの命を削る夏の暑さにでもない、
なにも出来ない自分自身に、むしょうに腹が立ち、あたしはその場でタマゴとひざを抱え、ボロボロと泣きつづけた。
「・・・・・・ん・・・」
足と足の間で 何かがうごめき、あたしは目を覚ます。
そう、いつのまにか眠っていたみたい。
体を起こし、少しばかり目やにの付いている眼をこすり ひざまで視線を落とすと、
研究員からもらったタマゴから、手足が生え、なんと動いている!!
「・・・あたし、まだ 夢見てんのか?」
もう1度、眼をこすって タマゴを見なおしてみた。
今度は タマゴのてっぺんが チューリップのように割れ、その下からつぶらな瞳が2つ、あたしの方へ視線を向けている。
「・・・ちゅき?」
自分で自分のほっぺたをつねってみる、・・・・・・・・・・・・痛い。
どうやら、夢ではないみたいだ。
「・・・孵化(ふか)、したんだ!!
あのタマゴ、ポケモンのタマゴだったんだ!!」
生まれたばかりのポケモンは 体の形がほとんどタマゴのまま、頭の先がチューリップ状に分かれ、
取りきれなかったのか、服の様に着たまんまのタマゴの殻から、小さな手足がちょこんと生えている。
「すごーい!! あ、そうだ、これからは あたしが あなたのママよ!!
よろしくね、え〜っと・・・・・・」
そうだ、生まれたばかりのポケモンに、ニックネーム、つけなきゃ。
え〜、と・・・・・・・・・
「ちゅげ?」
「・・・トゲ?
そうだ、あなたの名前は、トゲ・・・『トゲリン』!! どうよ?」
小さなポケモンは 殻から突き出した手足をばたばたとさせて しきりにチュキチュキ鳴いていた。
・・・それが 良い事なのか 悪い事なのかは 分からないけど。
「あ、生まれたんだ、クリスのタマゴ。」
後ろから澄んだ声が響き、あたしは振り向いた。
見ると、ゴールドが カゴ1杯に何かを抱え、優しい笑顔で トゲリンのことを見つめている。
「・・・何の用?」
昼間の事を思い出し、あたしは つっけんどんに言い返した。
「あ、もしかして昼間のこと、まだ怒ってる? ごめん、ちょっと言いすぎたよね。
あのね、体力が減った時には 回復効果のある『きのみ』が よく効くんだ。
それでさっき近くの山で、『きのみ』たくさん取ってきたから、ミルタンクに 食べさせてあげようよ!!」
あたしは ゴールドの抱えているカゴに目を向けた、中には レモンのような形をした茶色い物体が 山のように積まれている。
次に ゴールド自身を見つめると、彼は純粋な笑顔を向け、手を差し出した。
『きのみ』を与えると、ミルタンクは すぐに元気を取り戻した。
後遺症も残らなかったようで、ミルタンク舎で すやすやと眠っている。
「ありがとうな〜、あんた達、みるる(ミルタンクのニックネームらしい)の命の恩人だぁ!!」
婦人は 独特のなまりで 必死にお礼を言っている。
あたしたちはミルタンクのお礼にと、牧場で取れる『モーモーミルク』をもらった。
絞りたてでかすかに甘い 白色の飲み物は、人間だけでなく ポケモンも元気に復活させてくれる。
「・・・でもさ、ゴールドも人が悪いよ!!
わざと あんなひどい言い方しちゃってさ!!」
あたしたちは 日が暗くなる前の道筋で、さっき起こった些細な事件の反省会を行いながら 歩きつづけていた。
「うん、ごめんね、クリスにはきつ過ぎたよね・・・」
ゴールドは 申し訳なさそうに ぺこっと頭を下げる。
「どういう意味よ、『クリスには』って・・・・・・」
あたしが言うと、ゴールドはまじめな顔をして、ゆっくりと話し始めた。
「今日は たまたま 近くに『きのみ』のなる木がいっぱいあったから あのミルタンクは助かったけど、
そんな風に 上手くいく日ばっかりじゃないってことだよ。
そうじゃなくても、誰かが生きていくには 何かの命を犠牲にしていかなきゃならないんだ。
クリスだって、おなかが空いたら ご飯を食べたりするでしょ?
『全部の命』は、助けられないよ・・・・・・」
ゴールドはそこまで言い終わると 星の見え始めた空を見上げ、ふうっと 1息ついた。
パーカーのフードの中で 小さな黄色い生物が すやすやと寝息をたてて眠っている。
「ぼくの家、たまたま牧場みたいなことしてるから、そういう事馴れっこなんだけど、クリスは違うもんね。
いきなり『死んでもしょうがない』なんて言って、びっくりしちゃったよね。
・・・・・・ごめんね。」
ゴールドに言いたいこと、なんとなく分かったような気がした。
全ての命は、わっかのように『生』と『死』で繋がっているってこと、それを伝えたかった・・・・・・のかもしれない。
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