24、7月19日


「それじゃ、ぼくは ジムに行ってくるね!!
 また夕方にでも会おうよ、それじゃーねッ!!」
その場の存在感を際立たせるかのような 赤い服の袖は 高く、大きく、横に振られていた。
あたしは 小さく手を振ると 懐かしい気持ちになるような 潮の香りを 胸いっぱいに吸い込む。

エンジュシティを出発してから 1週間が経過していた。
ゴールドは3〜5日って言ってたけど、一緒に歩いてて分かった。 彼の歩く速さは尋常(じんじょう)じゃない。
結局、予定より2日遅れで 空の青と海の蒼(あお)がよく見える街『アサギシティ』にたどり着いた。


「さ、て、と、情報集めにでも行きますか!!」
半分、独り言混じりで あたしはつぶやいた。
こないだ生まれたばっかりの トゲピーの『トゲリン』がいるから 『1人』にはならないのだろうけど。



あたし達が出発してから 1時間くらいが経過した。
ロケット団の情報は一向に入らず、代わりに耳にしたのが・・・・・・
「・・・・・・バトルタワー?」
ガタイの良い 船乗りらしき男はうなずいた。
「ああ、ここんところ 船が出せなくって、しょうがないから そっちでポケモンバトルの腕を鍛えてるんだ。
 海岸線沿いに進んで行ったところにある えらくデカイ建てモンだよ。」
「・・・・・・船が・・・出せない?」

あたしは聞き返した。 こんな港町で船が出せないとなると かなりの大問題のはずだ。
もしかして・・・ロケット団が・・・・・・

船乗りは頭をボリボリかきながら 面倒くさそうに答えた。
「灯台が 中のポケモンが病気とかで 灯りがつかねえんだよ。
 まったく・・・これじゃ、こっちの商売 上がったりだぜ?」
「はあ、なるほど・・・」

・・・・・・なんだ、ロケット団じゃないんだ。
でも、それはそれで問題よね。
あたしは船乗りから 灯台までの道を聞き出すと その方向に向かって歩き出した。



「あれれ・・・鍵がかかってる。」
灯台の赤錆(あかさび)のついた扉は 簡単な鍵で封印されていた。
「壊そうと思えば、壊せないこともないんだろうけど・・・・・・そういうわけにも いかないしな〜・・・
 トゲリン、あんた何かできない?」
あたしは トゲリンの小さな体を扉に近づけてみる。

テン、テン、テン・・・・・・

トゲリンは小さな手(前足?)で 金属の扉を叩いた。 う〜ん、なかなか 礼儀正しいポケモンだ。
「・・・・・・って、そういう場合じゃないでしょ・・・
 しょうがない、ここで待とうか、トゲリン。」
あたしはその場に腰を下ろした。



「あれれ?」
がさがさと草むらを分ける足音と 何度も聞いた少々高めの声で 夏の盛りで うとうととしていた気分は吹っ飛んだ。

「・・・あれ、ゴールド?
 あんた ジム戦に行ったんじゃ・・・」
緑色の中から 赤い服で登場したのは ゴールドその人。
隣にだれか あたし達より5〜6歳くらい 年上に見える女の人を連れている。

「クリスこそ。 ぼくてっきり、街に行ったとばかり思ってたけど・・・
 ・・・どうして?」
ゴールドは怪訝(けげん)そうな顔をして尋ねてくる。

「どうしてって、そりゃあ・・・」
「う〜ん。」

「灯台のポケモンが病気になったって聞いたから・・・」
「灯台のアカリちゃんに、何か出来ることないかと思って・・・」

・・・・・・あらま、声がダブった・・・
2〜3秒の沈黙がその場に流れる。 微妙に気まずいな・・・こりゃ。

「あ・・・その女の人は?」
とにかく、その場の沈黙を破るべく、あたしは話題を出してみる。 その質問に答えたのは ゴールドではなく、女の人自身だった。
「あ、自己紹介が遅れてすみません。 私、アサギシティ ジムリーダーのミカンというものです。
 いま、灯台で病気のアカリちゃんの看病をやっていまして・・・・・・」
女の人は そこで口ごもった。
その『アカリちゃん』の看病で疲れているのだろうか、顔色もあまり良くない。


「あの、そのお薬、アカリちゃんのじゃないんですか?
 早く届けたげないと・・・・・・」
ゴールドがうつむいているミカンさんを 灯台の中へと促す。

「・・・・・・あの、あたしも 灯台のポケモン、お見舞いに行っていいですか?」
金属製の扉が開いた時、あたしはミカンさんに尋ねた。
なんとなく、放っておけない感じだったから・・・・・・・・・

「・・・ええ、ぜひ。 アカリちゃんもきっと喜びますよ。」
ミカンさんは弱々しく微笑み あたし達を 光のない灯台の中へと導いた。

25、何にもできないトレーナー


「・・・大丈夫、ディアやトゲリンに移る病気じゃないよ。
 クリス、入っても平気だよ。」
ゴールドは 病気のポケモンの部屋に入って様子を見るなり、あたしに話しかけた。
呆然と部屋に入っていくあたし達をよそに 黄色の大型ポケモンが吹き出している汗を 優しく拭い(ぬぐい)取る。



「悪性の電気が 体の中にたまっちゃう病気だと思うんだ。
 ウイルスによるものじゃないから、他のポケモンに移る心配はないんだけど でも、この病状が長く続くと、危険だよ。
 体力があるなら、外で はしゃぎ回ってるうちに治っちゃうから あまり 大したことにはならないんだけど、
 ・・・灯台の中にいて、ずっと 外に出てなかったんでしょ、アカリちゃん?」
ゴールドは ミカンさんに話しかけた。
さすがに、誰だって予想しなかったような ゴールドの博識ぶりに ミカンさんは ただうなずくばかりだ。
・・・・・・まあ、そりゃ、あたしだって驚きまくりだけどさ。

「き、君・・・・・・、一体、どこでそんな知識を・・・」
ほら、お医者さんだって驚いてる。
「前に、家にいたポケモンが 同じ病気にかかった事あったから・・・
 ・・・そうだ、おかあさんなら 治し方知ってるよね、・・・ちょっと聞いてくるから!!」
パニックを起こしているあたし達をよそに ゴールドは電話をかけに行くべく、部屋の外へとさっさと出ていった。


「・・・・・・す、すごいトレーナーですね。」
「あたしも、今日 初めて知った。」
その場にいる全員があっけに取られて 灯台の中では中途半端な沈黙が続く。
ふと、あたしは『アカリちゃん』(灯台に住んでいる病気のポケモンの名前)が、
また大量の汗を出しているのに気付き、濡れタオルで額(ひたい)をぬぐった。

「・・・・・・いたッ!!」
左腕に電撃が走り、あたしは持っていたタオルを取り落とす。
・・・・・・そっか、『電気のたまる病気』なんだっけ。 気付きもしないで、あたし・・・・・・
・・・ゴールドは このくらいのこと、簡単にやって見せたのに・・・



「分かったよ!! アカリちゃんの病気の治し方!!」
ゴールドが 扉を開けて 元気よく部屋の中に入ってくる。
「海の向こうの『タンバシティ』ってとこにある 漢方薬を飲ませればいいらしいんだ。
 メリーもそれで治ったって!!」
ゴールドは笑顔で話す。 

「・・・じゃあ、そのタンバシティってとこに行けば、アカリちゃんの薬がもらえるの?」
あたしは聞き返した。
「うん、だからこれから そこまで行って、お薬をもらってこようと・・・」


「あの・・・・・・どうやって行くのですか?
 灯台が使えないので、タンバ行きの船は 全面運休しているのですが・・・」
ミカンさんが核心を突いたことを言った。

・・・・・・確かに、船が出ないのなら 海の向こうになんて・・・


それでも、ゴールドは また笑顔で自分のモンスターボールを取りだし、答えてみせる。
「ポケモン達に手伝ってもらうから、大丈夫!!」
そう言うと、ホルダーから取り出したボールを あたしの手の中にポンッと突っ込む。
「それじゃ、クリスは モコモコとアサギで待っててね。
 ぼく、タンバまで 行ってくるから!!」


あたしは しばらく暖かさの残るモンスターボールを見つめていた。
でも、すぐにそれがどういうことか気付き、ゴールドに質問する。
「ちょっと、どうして あたしにこのポケモン預けるわけ?
 海なんて水タイプのポケモンだらけだから、電気タイプは 持っていった方が安全でしょ?」
ゴールドは いつもの笑顔で さもそれが当たり前かのように いつもの のんびり口調で話す。
「だって、灯台の明かりがないと、アサギまで戻ってこられなくなっちゃうでしょ?
 モコモコ、クリスに懐いてるみたいだし、帰ってくるまで クリスが持っててよ!!」





あたしはそれきり、何も言うことが出来なかった。
なんだか、ゴールドには一生 何をやってもかないそうにない気がして・・・・・・

「それじゃ、行ってくるね!!」
あたし達の背ほどもある 大きなポケモンに(種類は『ヌオー』、ニックネームは『アクア』というらしい)
太いロープでボートを括り(くくり)付けると ゴールドは大きな海へと飛び出していった。


「・・・・・・大丈夫でしょうか、タンバの海は いつも荒れていて、どんなに手練れ(てだれ)の船員でも
 その強力な波に 屈する(くっする)・・・・・・と、聞きますが・・・」
ずいぶん小さくなった背中に向かって ミカンさんはつぶやいた。
あたしは その言葉に対して たった1つしか 答えを思いつく事ができない。

「・・・大丈夫よ。 ゴールドは ゴールドなんだから・・・」



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