26、伝説が始まった


「・・・かぁっこわるぅ!!」
そこら辺に転がってる小石を 1つ掴んで海へと飛ばす。
昨日、ゴールドが『アカリちゃん』の薬をもらう為に『タンバシティ』に出発してから あたしの気分は どうも落ち込み気味。

「めえぇ?」
ゴールドが渡してくれたモコモコが ピンク色の肌であたしの背中を軽く叩く。
その顔を あたしは 羨ましげ(うらやましげ)な眼で じっと見つめる。
「はぁ・・・・・・、『何にもできなかった』から家を飛び出してまでトレーナーになったのに・・・
 ・・・これじゃ、『あの時』と 何にも変わらないじゃない・・・」


『・・・だったら、変えてみせれば?』


「・・・・・・えっ?」
耳の中から 何かがささやくような声が聞こえて あたしは思わず振り向いた。
でも、そこには人どころかモコモコ以外、ポケモンの姿も見当たらない。
「モコモコ、・・・まさか、あんたがしゃべったわけじゃないわよねぇ・・・」
もちろん、モコモコは ふわふわした毛のついた頭を ふるふると横に振る。


『こっちだよ、・・・ちょっと離れてるけど、森の奥。』

また、耳の奥で声がする。 今度は さっきよりもはっきりと。
「モコモコ、聞こえた?」
モコモコは 首を縦に2回振った。 それを見るとあたしは直感的に 木々の生い(おい)茂っている方に走りだす。


『そうそう、そこの太い木を 少し右に曲がった先!!』
あたしとモコモコは 奇妙なくらい静かな森の中を 謎の声を頼りに走りつづけた。
『そこの崖(がけ)、思いきって飛び降りて!!』
「えっ・・・?」
あたしは断崖絶壁(だんがいぜっぺき)と呼ぶにふさわしい 下の見えない切り立った崖で 思わず足を止めた。
『大丈夫、ボクが受け止めるから。
 ・・・・・・お願い、君と・・・・・話がしたいんだ!!』
耳の中の声は 切なくなるくらい、必死に叫ぶ。

「・・・・・・飛ぶよッ!! モコモコ!!」
あたしは 地に足がつかない空間に その身を放った。 ・・・半分、命を失うのを覚悟で。


『ありがと、信じてくれて!!』
目をつぶっていたあたしに 耳の中の声は とても嬉しそうにお礼を言った。
あたしは 大きな背中の上に着地したおかげで、死ぬどころか、かすり傷1つ負わなかった。

水晶色の透き通るような体に ふわふわして柔らかい紫色のたてがみ・・・
「・・・あんた、エンジュであたしのこと助けてくれたポケモン!?」
大きなポケモンは ゆっくりとうなずく。



『ボクはスイクン、人間達にはそう呼ばれてる。
 ・・・・・・君の名前は?』
「ク、クリス・・・クリスタル。 ・・・あんた、しゃべれんの!?」
あたし達が眼をパチパチさせてる間に スイクンと名乗る大きなポケモンは まるで木の葉のように 柔らかく水面に着地する。

『今日の、今だけ。
 『お母さん』が 特別に1回だけ ボク達が選んだ人間と話せるようにしてくれたんだ。
 今日バイバイしたら、もう人間の言葉では話せなくなる。』
スイクンはそう言いながら横目であたしの方を見やった。 ルビーのような赤い瞳に見つめられ、あたしは動けなくなる。


『あの、どうもありがとうね。 ボク達の事、起こしてくれて・・・』
水面に1つづつ、ゆっくりと波紋を残しながら岸辺にたどり着くと、スイクンは 大きな体を低くしながら 照れくさそうにお礼を言った。
「あたし、なにもしてないよ。
 いーっつも そう!! あたしが どれだけがんばってても、いつも、いつも 空回り。
 ・・・・・・口ばっかで、役立たずのトレーナーなの。」

・・・ホント、いつもそう。
『やけたとう』のときだって、『モーモー牧場』のときだって、今回のアカリちゃんの件だって、
上手く立ちまわって 問題を解決しているのは いつもゴールド。
あたし、『縁の下(えんのした)』にすら、なってないもの・・・・・・

『でも、ボク達は クリスのおかげで助かった。
 ・・・・・・・・・そんなに 悲しい顔しないでよ。』
あたしは スイクンの言葉で顔を上げた。 みれば、スイクンだけでなくモコモコも 心配そうな顔で あたしの事を見上げている。
・・・・・・なさけない、あろうことか トレーナーがポケモンに心配されるとは。



「・・・そだね、・・・そうだよね。
 いつまでも悲しい顔してたら、前に進めるものも 進めなくなっちゃうもの!!
 なにやってんだクリス!! あたしの『覚悟』は こんなとこで諦めちゃうほど 生易しい(なまやさしい)モンじゃないだろ!!」
あたしは自分に言い聞かせるように 大声で叫んでみた。
どうせ、ポケモン2匹しかいないのだから、多少大声を出したって 別に大丈夫・・・・・・
・・・・・・と思ったんだけど、いたのよ、人・・・・・・


パシュという モンスターボールが開く独特の音が 無音に近い空間に響き渡り、1人と2匹は一斉(いっせい)に そっちの方を振り向いた。
あたし達の視線の先には うっそうと茂る森の中にマルマインが1匹、戦闘体勢を取った形で こちらを見つめている。

「フフフ・・・アハハハハハハハ!!!!!」
「・・・ミナキ・・・さん!?」
森の中に似合わないスーツに 奇怪なマント、見間違えるはずもない。


「長かったよ、この10年・・・伝説のポケモンの研究を続け、学会からは無理な話だとも言われ続けていたが・・・
 ずっと追い続けていたスイクンが、求めていたスイクンが、今、私の目の前にいる!!」

27、負けて、勝った。


スイクンは 怯えた様子であたしの後ろに隠れていた。
「スイクンは美しく、そして凛々しい(りりしい)。 ものすごいスピードで 街と町の間を駆け巡る。
 ・・・・・・すばらしい。
 スイクン、お前こそ 私のポケモンになるのに相応しい!!」
ミナキは狂気じみた笑顔で こっち・・・というか、スイクンのことを見つめている。


『やだやだ!! ボクはまだ、捕まりたくないんだ!!
 クリスタル、助けて!!』
スイクンは あたしの背中越しに じりじりと距離を寄せて近づいてくるミナキの事を睨む。



「・・・いけッ!! ヒメ!!」
手首につけていたモンスターボールから 黄土色のポケモンが飛び出す。
1度でも、あたしに出来ることがあるのなら、あたしのやる事で誰かが喜ぶなら・・・あたしはそれを実行するのみ!!

「やめときなさいよ!! スイクン、嫌がってるじゃないの!!」
全身全霊を込めて ミナキに突っかかる。
「バカ言うんじゃないよ、スイクンの気持ちがわかるわけでもあるまいし・・・
 ・・・まさか、君とポケモンが 会話できるとでもいうのかい?」
ミナキは軽く嘲笑(ちょうしょう)した。

『クリス・・・』
「・・・確かにね、あたしはポケモンと話が出来るわけでもないし、ポケモンバトルの才能があるわけでもないし、
 知識だって、感性だってないわよ!!
 だけど、今通じているポケモンが 捕まることを嫌がっているなら、そのポケモンに頼られているのなら・・・
 ・・・・・・あたしは スイクンを守る!!」
ヒメが バカにしたように 横目であたしの事をチラッと見た。
「・・・わかってるわよ、くっさい台詞だってのくらい・・・」


「まったく、クリス、君は何も分かっちゃいないね。
 その水晶のような透明感のあるしなやかな体、天の先まで見通しそうな宝石のような瞳、
 その力強さを象徴する額のエンブレム、空の雲のようにやわらかな たてがみ・・・・・・
 ・・・全くもって、全てが素晴らしい!! 
 その素晴らしさを 自分のだけの物にしたいとは 思わないのか?」
「ヒメ、『みだれひっかき』。」
ヒメはやる気満々で 肉球の中に隠していた鋭い爪を マルマインの体に突き立てる。
とても落ち着いた気分だった。 バトルの時って いつも心臓がバクバクしてんのに・・・・・・

「スイクン スイクンって、ギャースカうるさいッ、このナルシスト!!
 かかってきなさいよ、未来のポケモンマスターが 返り討ちにしてやるんだから!!」
あたしはミナキの事を睨みつけた。 ・・・こんなに腹がたったのって、一体どのくらいぶりだろう?


「・・・ふう、君には失望したよ、もう少し 話の分かる少女かと思っていたが・・・・・・
 伝説のポケモン達も、なぜ君のような ポケモンの価値も分からないような少年少女を選んだのか、理解に苦しむな。
 まあいい、君を倒して 私がスイクンに認められれば良いだけの話!!
 ミナマイン(マルマインのニックネームらしい)、『スピードスター』だッ!!」
球状のポケモンは 目にもとまらぬ早さで 星型の光線を無数に発射してきた。
ヒメははじめ、それを避けようと足に力をこめたが、すぐに体勢を切り替えて 無数の星を小さな体で受け止める。

「絶対負けんな、ヒメ!! 『したでなめる』!!」
ヒメは『マヒ』効果のある唾液(だえき)のついた舌で マルマインをなめまわす。
「『でんじは』だ、ミナマイン。」
マルマインの体から微弱(びじゃく)な電気が発生し、ヒメの体は弾き(はじき)飛ばされた。


「大丈夫? ヒメ!?」
ヒメは何とか立ち上がったが、どこか神経をやられたらしく、ひたすらに腕を引きつらせたり、背中をぴくぴく動かしている。
「どうやら、『マヒ』してしまったみたいだな。
 その状態では、もはや そのヒメグマで戦う事は不可能なのではないか?」
ミナキは 勝ち誇ったように嘲笑(ちょうしょう)する。



「確かに、ヒメは もう戦わせる事は出来ないわね。 でもね、勝ったのはあたしの方よ、ミナキ!!」
あたしはヒメに『まひなおしのみ』を与え、モンスターボールの中に戻した。
「おかしなことを言うな、クリス。
 他のポケモンで戦ったところで、結果は同じだろう?」


「いいの、もう戦わなくても。
 あたしが あんたの相手をしている間に、スイクンは どこか遠くの地まで走り去った。
 あたしのバトルは 敵を倒す目的じゃなく、スイクンが逃げる時間を稼ぐ事だった。 あたしの勝ちよ!!」
あたしが説明すると、ミナキはいまさら気付いたように 辺りを見まわした。
当然のことながら、スイクンの姿が見つかるはずもない。
「・・・・・・まさか、最初から!?」

もちろん、あたしはミナキを倒すつもりで戦ってた。
でも、全然レベルの差がありすぎる。
これは、急遽変更(きゅうきょへんこう)した あたしの18番の行き当たりばったり作戦。
・・・・・・まあ、そんなこと、言えるはずもないんだけど。



悔しそうに去っていくミナキの背中を見送ると、あたしは ふう、と、その場に腰を下ろした。
頭の中に スイクンからの通信が響く。
『・・・ありがと、借りがふえちゃったね!!』
「別に、あのマント男が気に入らなかっただけよ。」
あたしは気のない返事をした。 結構疲れきっていて、声に表情を出すことさえ おっくうになる。

「めぇ〜。」
小さなひづめに腕を軽く叩かれ、あたしはモコモコの存在をようやく思い出した。
モコモコはピンク色の前足で どこから拾ってきたのか、水の入ったペットボトルを抱いている。

「あ、モコモコ、一体どこいってたのよ?」
『ゴメン、ボクが連れ出したんだ、モコモコを怒らないで。』
答えたのはスイクン(の声)。
『病気のアカリちゃんがいるって聞いて、せめてものお礼にって思って、その水を持たせたんだ。
 そのペコペコする筒(つつ)に入った水、ボクの能力で清めてあるから、
 回復とまではいかなくても、ちょっと症状を和らげるくらいは出来るはずだよ。 使ってみて。』
スイクンの言葉が終わると、モコモコは 持っていたペットボトルを差し出す。
あたしが中の水を透かして見ると、太陽の光がキラキラ乱反射して 眩しかった。



「あ、ありがとね。 この水・・・」
『どういたしまして、恩人さん!!
 いつか、また会おうね。 今度は、化け物と、その使い手として!!』
頭の中の声は 電話を切るように途切れた。
あたしはもう1度 混じりけのない きれいな水を見つめると、反動をつけて立ちあがった。

「それじゃ、この水をアカリちゃんの所まで届けに行こう!!
 それが終わったら、みんなでレベル上げだ!! またバトルした時に ポンポン負けてたら、カッコ悪いもんね!!」



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