28、最強の対戦相手


「ポコ、『サイケこうせん』ッ!!」
虹色の光が メノクラゲの透き通った体を貫通(かんつう)する。
メノクラゲのふにゃふにゃした体が フィールドに転がると、同時にビーッっという 試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。

『それまでッ!! ワカバタウンのクリスの勝ち!!』

アナウンスの機械的な声が響き、対戦相手がひざをつき、自分の状況を飲み込むのを確認すると、
あたしは 額に浮いていた汗をぬぐい、ポコに駆け寄った。
「おつかれさま、ポコ!!
 ここ最近、連戦連勝じゃない、調子いいね!!」



数日前の事件の後、あたし達は ひたすらバトルタワーで特訓を続けていた。
ここは、あちこちから 腕に自信のあるトレーナー達が集まり、日々バトルを繰り返している巨大な施設(しせつ)。
はじめは 全くと言っていいほど勝てなかったバトルも、回数を重ねるたびに 勝ち数が上がっていく。
『どのくらい』というのは分からないけど、あたし達は強くなっている、そんな気がした。


「でもさ、クラスが上がると結構戦略とか、重要になってくるね。
 この先、あたしがもっとしっかりしなきゃ・・・・・・」
次のバトルまでの間、あたしは控え室で 乾いたのどをジュースで潤して(うるおして)いた。
手足を伸ばしたり、立ちあがって背伸びをしたりしていると ほどなく 係の人が控え室にのドアを叩き、あたしに こう告げた。
「クリスさん、Sクラスの方から あなたと戦いたいとご指名がありました。
 ・・・・・・・・・どうしますか?」

あたしはその言葉にまばたきを1回して、どういう意味か少々考えた。
Sクラスは バトルタワーでの最高クラス。
『強いトレーナーと戦いたい』というのならともかく、下から3番目のDクラスのあたしと戦いたいというのは、少々つじつまが合わない。
・・・それでも、あたしにとっては Sクラスの人間と戦えるなんて、またのないチャンスだ。
「・・・行きますッ、戦います!!」
あたしは控え室の 簡素(かんそ)なプラスチックのイスから立ちあがった。



あたしは砂埃(すなぼこり)のたつフィールドに立たされた。
そこは、今まで戦ってきたフィールドと違い、かなりの大きさを誇り、相手のトレーナーの顔が 米粒ほどにしか見えないほどだ。
「それでは、健闘を祈ります。」
係員は 珍しく丁寧な口調で言葉を残し、あたしの背後に合った扉を閉める。

「なあ、一応確認するけど、『クリスタル・イブニング・グロウ・カラー』って、お前のことであってるよな?」
相手は どこかで聞いたような声で話す。 離れててもはっきり聞き取れるくらい、かなりの大声で。
「確かにそうよ!! でも、何でフルネームを知ってるわけ?
 会場の人間は『クリス』としか、知らないはずよ!!」
あたしも 相手に負けじと大声で話す。


2〜3秒の沈黙が走った後、相手はまたあの大声で話しかけてきた。
「後で話す!! とりあえず、バトルしようゼ!!」
「・・・いいわ!! Sクラスだって、負けたりしないんだから!!」
あたしは リストバンドについているモンスターボールに手をかけた。 ポケモントレーナー同士のバトルの合図だ。

『それでは、ワカバタウンのクリスと 『マサラタウンのレッド』の試合を始める!!』

アナウンスのセリフを聞いて、あたしは背筋が凍りつくような思いだった。 ありきたりな表現だけど、そうとしか言いようがない。
「よっしゃ!! いけッ オル!!」
ふくろうポケモンの『ヨルノズク』が広いフィールドを旋回(せんかい)し、あやうくぶつかりそうになるくらい近くをかすめていった。
その勢いであたしは我にかえる。
「ワニクロー、GOッ!!」
あたしの思いとは裏腹(うらはら)に ワニクローは戦いたくってしょうがない、といった感じで 勢いよくボールから飛び出した。

「オル!! 『とっしん』!!」
相手トレーナーの声がかかると、ヨルノズクは翼をはためかせ、ワニクローに向かって急降下してくる。
「『こわいかお』!!」
言っている途中で 眉間の辺りから冷や汗が流れるのを感じた。 これだけ勝ち目のない戦いを経験したことなんてなかった。

ワニクローの妖怪もしっぽを巻いて逃げ出しそうな(妖怪にしっぽがあるのかは知らないが)形相に
ヨルノズクは思わずスピードを落とし、ワニクローは難なく『とっしん』攻撃を避けられた。
その一瞬を利用し、あたしは 高まった気分を落ちつけようと深呼吸する。

「おー・・・すっげえじゃん。 よっし、それじゃ、ごほうびに1発撃たせてやるよ!!」
対戦相手は手をパチパチと叩くと、感心したように言ってのける。
「ふざけないでよ!! あたし、あんたのこと 本物だなんて認めないんだからね!!
 ワニクロー、『みずでっぽう』!!」
・・・そうだよ、ここのチェック、かなり甘いから『マサラタウンのレッド』の名を語る ニセモノって可能性だって・・・

「参ったな、どうしたら認めてもらえる?」
ワニクローの『みずでっぽう』を ヨルノズクは避けずに真正面からくらった。
あたしが思ったよりダメージはあったみたいで『オル』と呼ばれるヨルノズクは 空中で体勢を立て直そうと ふらふらとよろめく。
「・・・しょうがないな、オル、『たいあたり』!!」
対戦相手が叫ぶと、ヨルノズクは大きな体を 再びワニクローに向けて放った。
今度は その翼がワニクローに当たり、彼の小さな体に傷がつく。
しかし、ワニクローは何を思ったか、ヨルノズクが再び上昇した時に小さな前足でその体にしがみついた。
「いいぞ、ワニクロー!! そのまんま 噛みついちゃえ!!」
自慢の牙で翼に噛み付かれると、ヨルノズクはその痛みに 必死にワニクローを振り落とそうと暴れまわる。
ワニクローは落とされまいと 必死にしがみつき続けたが、ついには根負けしたのか、地面の上に叩きつけられた。

「大丈夫? ワニクロー・・・」
声をかけると、ふらふらしながらも ワニクローは懸命(けんめい)に立ちあがった。
「オル、『とっしん』!!」
ほっとする間もなく、相手の次の指示が飛ぶ。
ヨルノズクの姿を探したときには もう5メートル近くまで その体はワニクローに接近している。


ビーッ!!


試合終了のブザーが鳴り響き、あたしは へなへなとその場に腰を落とした。
目の前にはワニクローの小さな体が ころんと横たわっている。


「・・・・・・すげーな、まさか、あんなタイミングで『いあいぎり』が来るとは思わなかったよ。」
対戦相手が歩み寄ってきて、ようやく顔で本物の『マサラタウンのレッド』だということが確認できる。
差し出された 指貫(ゆびぬき)付きのグローブをはめた手に あたしは掴まった。


『勝負あり!! ワカバタウンのクリスの勝ち!!』

29、謎が謎呼ぶ・・・


控え室は 長い間 沈黙が支配する空間になっていた。
手加減していたとはいえ、あたしは 3年前のポケモンリーグ優勝者に勝ってしまったのだ。 『気まずい』としか、言いようがない。
あたしは バトルが終わって一回り大きく『進化』した ワニクローの胴(どう)を 優しく抱きしめた。

「アリゲイツ、か。 そいつ、ワカバにいた ウツギ博士から渡された奴?」
沈黙を破るように レッドさんは口を開く。 彼の手の上で 赤い表紙の『ポケモン図鑑』が開かれている。
「あ、はい・・・・・・ ウツギ博士から預かったワニノコ、です。」
「なんだなんだ? クリスタル、だったよな。
 さっきまでの元気は どこ行っちゃったんだ? 別にそんなに年も変わらないんだから、タメ口で ガンガン話せばいじゃんか?」
レッドは アリゲイツとなり、普段より高くなった視線を あちこちに動かしているワニクローを撫でながら 栗色の瞳をこちらに向ける。



「じゃ、聞きます・・・聞くけど、レッドさ・・レッドは、どうしてジョウトに来たんで・・来たの?」
う〜・・・、年上にタメ口って、かなりやりづらい・・・
言い方がよほど『こっけい』だったのか、レッドは笑いを押し殺しながら 笑顔で答える。
「え〜と、最初はオーキド博士に頼まれて、3年前に発表された 150種類以外のポケモンを捕獲しに来たんだけど・・・
 こっちついてから、なんつーか、まあ、色々あってさ。
 あ、そうそう、クリス、ワカバ出身、だよな?
 同じ町に お前と同じ年頃のポケモンと話せる男の子、見た事ないか?」

あたしは目を瞬いた。
「え・・・ゴールドのこと?」
どうして レッドはポケモンと話せる少年の事を知っているのか、不思議でならない。
「そう、そのゴールドにちょっと話があって・・・・・・
 ワカバにいるかと思ったけど、・・・・・・いなかったんだよな〜・・・」
「4、5ヶ月くらい前から レッドと同じ目的で旅に出ちゃったから・・・ゴールドなら、今、タンバシティ。」
「なんだ、知り合いだったんだ。 しっかし、なんでタンバに・・・?」
あたしは レッドにこれまでのいきさつを説明した。


「ふ〜ん、なるほどな。 病気のポケモンを助ける為に・・・・・・
 ま、あいつらしいっていえば、あいつらしいけど。 ・・・それじゃ、オレもタンバにいくかな?」
レッドは 座っていたベンチの上で軽く伸びをした。

「あ、そうそう、クリスは どうしてここにいるんだ? ゴールドのことばっかりで 全然聞いてなかったよな。」
いまさら気付いたようにレッドは話す。
「ロケット団を壊滅させるため。」
完全即答。 あたしの旅の目的は それ以外の何でもない。
「ロケット団を・・・・・・そういえば、ブルーが復活したとか言ってたしなぁ・・・
 だったら、『チョウジタウン』に行ってみたらどうだ? あそこで今、ブルーがロケット団の情報を集めてるはずだから・・・」
「ブルー・・・って、あの?」
あたしは聞き返す。 最近、予想もつかないようなことが起こり過ぎて 聞き返すのが クセになっているような気がする。

「そ、ポケモンリーグ3位入賞者、ブルー!!
 後で オレのほうからあいつに連絡いれとくからさ、行けば多分、分かってくれると思うけど。」
あたしは口が開きっぱなしになっていた。 ホント、最近 夢と現実の差がなくなってきている気がする。
「・・・どうする?」
「絶対行くッ!! アカリちゃんの薬が届いたら 翌日にでも!!」
あたしは声を弾ませて答えた。





「それじゃ、タンバまで頼むぞ、ドラ!!」
レッドはアサギの海に 自分よりも大きな水ポケモンを召喚した。
荒れ狂う海を乗り切るにはもってこいの 『キングドラ』という学名のドラゴンポケモンだ。
「それじゃ、クリス、またの機会に!!」
「はい!! それじゃ!!」

水色から金色へと変わる空に向かって 大きなポケモンはあっという間に突き進んでいった。
聞こえるか聞こえないかは分からないけど、あたしはその背中に向かって なんとなく叫んでみる。

「『夕焼け色のクリスタル』は、あなたを目標にがんばるから!!」

5〜6秒して、キングドラの『ドラ』が、上空に向かって水を吐いた。
どうやら、あたしの声は届いていたらしい。



「めえぇーっ!!!」
いつのまにか横にいたモコモコが 西の空に向かって何か叫ぶ。
モコモコは少し考え込んだ後、尻尾の先から『フラッシュ』という技で 辺りがくらむくらいの光を出した。

『ビイイィィィッッ!!!』

甲高い鳴き声が聞こえたのとほぼ同時に 足元を救われそうな風と共に 大きなポケモンが上空から舞い降りてきた。
ひとしきり翼をはためかせると、巨大なポケモンはあたしの方を見て 柔らかい羽毛をこすりつけ、挨拶する。
「あれ、・・・袋?」
巨大なポケモンの首元に 小さな白い袋が結わえ付けられていて あたしは何気なくそれを解いてみる。
中からは いくつもの粉袋が出てきた。 大きな袋には『タンバ薬屋』のプリントがある。
「あんた、もしかして ゴールドに頼まれてここまで来たの?」
大きなポケモンはうなずく。



「・・・・・・絶対そうだって!! あれ、ゴールドだぜ? パーカー着てたしさ!!」
「んなわきゃないだろ? あんな呪われてる奴が あの町から出られるわけがないじゃねぇか!!」
灯台までの道筋で あたしは同い年くらいの男の子達の会話を耳に挟んだ。
思わず、足を止めてその会話に聞き耳をたてる。

「見間違えるわけないじゃんか!! あいつ、いつもパーカー着てて・・・・・・
 復讐しに来たんだよ、絶対そうに決まってる!!」
「バカッ!! もう6年以上前の話だぜ? あいつだって忘れてるさ。」
2人の少年の声は恐怖に満ちていた。
あたしが どういうことか問いただそうと 1歩足を踏み出すと その足をモコモコが掴み、動きを止める。

「そだね、ゴールドのことはひとまず後回しだ。
 とにかくこの薬、アカリちゃんに届けないと・・・・・・」
巨大なポケモンに袖を引かれ、あたしは 灯台に向かって再び歩き出した。



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