38、8月28日


「OK、そのくらいでいいわ!!」
青銀色をした湖面(こめん)に ブルーさんの 澄んだ声が響き渡る。
それを聞くとあたしは 乗っていたワニクローを岸につけ、休ませるために モンスターボールの中へとしまった。
ブルーさんに教えてもらった『なみのり』の技の 練習中だったのだ。

ロケット団の事件から 1週間が過ぎた。
あのときに負った 右手の傷は まだ完治はしていないものの、大体傷口はふさがって かさぶたになり
イーブイはイーブイのまま、特に捕まるわけでもなしに、いつもあたしの側にいるだけ、と いった関係が ここ最近、続いている。
そのイーブイのタマゴも、相変わらずタマゴのままだ。
そして、真っ先に突入してったもう1人、ゴールドはというと・・・・・・

「ブルー! クリス! なあなあなあ!! いい知らせが・・・どわったッ!?」
猛スピードで レッドが『いかりのみずうみ』まで 走りこんできて、木の根っこにでもつまずいたのか、派手に転倒する。
心配したのか、ブルーさんが駆け寄った。
「・・・ちょっと、大丈夫?」
「へーき へーき!! それよりもさ、いい知らせだぞ!!
 ゴールドが目を覚ましたんだ!! 今、あの赤い髪の子が 面会してる!!」
「本当!?」


ゴールドは ロケット団の1件で 何があったのか分からないが 重傷で病院に担ぎ込まれていた。
近くにいた人の話じゃ、ロケット団の下っ端に ベトベトンの毒を流し込まれたらしい。
ゴールドが その程度で簡単にまいるとも思えないが、彼は、意識不明の状態が 1週間も続いていた。


病院までたどり着くと、ちょうど、シルバーが 病院の入り口を出てくる所だった。
彼は ここ1週間、毎日毎日、ゴールドのお見舞いに来ている。
シルバーは あたし達の存在に気付くと 無表情・・・でもなく、ほんの ちょび―――ッとだけ、目元を緩ませた。
「今、医者が来て ゴールドの診察をやってる。 明日から 面会してもいいってさ。」
特に 声に表情を作るでもなく、シルバーは ゴールドの状態を 簡潔(かんけつ)に表した。


「・・・・・・そっかぁ、せっかく、この紙、ゴールドに 読んでもらおうと思ったんだけどなァ・・・」
あたしは ポケモンセンターから持ってきた 紙の束を眺めながら つぶやいてみる。
ロケット団のアジトから拝借(はいしゃく)してきた 謎の資料の山。
難しい言葉がいっぱいで 結局何が書いてあるか 全然 解からなかったのよ。

「・・・何それ?」
レッドが あたしが抱えている紙の束をのぞき込んで めまいを起こした。
「うえ〜っ・・・、何なんだよ、その ワケわかんねえ記号の山・・・・・・」
「ロケット団のトコから ちょっと拝借してきたのよ。
 これで、あいつらの悪事を暴けないかな・・・・・・とか 思って・・・・・・」
それを聞くと、今度はブルーさんが 資料(・・・だと思う)を のぞき込む。
しばらく見ていると、今度はあたしの手から 紙の1枚を引き抜き、しげしげと眺め始めた。
「・・・・・・これ、ずいぶんな 理論ね。
 ピカチュウを 遺伝子操作して、その子供の持つ電気の量を 変えてしまおうなんて・・・・・・」
その一言に その場にいた全員は 一斉にブルーさんの方を振り向いた。
わずか14の少女が ワケ解からんのコンコンチキな 暗号を解いてしまったのだ。
「ブルーさん・・・解かるんですか?」
「あら、レッドと同い年だからって、頭まで同じとは限らないのよ?
 これでも、一応 理系大を出てるんだからね。 このくらいは、解からなきゃ・・・ね。」

「理系大・・・大学!?」
すっとんきょうな声を上げたのは レッド。
かなり驚いたような表情で ブルーの方を珍しそうに見つめている。
「あら、言わなかったかしら?
 私、あっちの国の大学から選抜されて ポケモン図鑑のデータ集めの仕事を 引き受けたのよ?」
その場にいた全員は 呆然と言葉を失っていた。
それを 珍しい物でも見るように ブルーさんは銀色の瞳を パチパチとさせ、見つめている。

ブルーさんは あたしの手から 紙切れをもう1枚抜き取ると それを眺めはじめた。
しばらく読んでいると そのうちに 視線をあたしの足元にいるイーブイへと移す。 そして・・・
「クリス、ちょっと・・・」
そう言うと、あたしの腕を引っ張り、他の男どもから あたしを引き離す。


「・・・・・・クリス、この資料に書いてあるの、このイーブイのことじゃないかしら?」
ブルーさんはしゃがみこむと、後ろからついてきた 小さなイーブイを指差した。
彼女のタマゴは あたしが預かっている。 イーブイの小さな体には 彼女のタマゴは 少々大きすぎるからだ。
「この資料ね、イーブイの進化の理論と、繁殖(はんしょく)方法が書いてあるのよ。
 多分、クリスが持ってるそのタマゴ、中にいるのはイーブイ2匹だと思うわ。 人工的に 双子にしているはずよ。」
あたしは もっているタマゴを見つめた。
時々だが、タマゴはピクピクと動き、近いうちに 生まれそうだということが あたしみたいな素人(しろうと)でもよく分かる。
「クリス、ここまでは『すりばちやま』の中を 通って来たの?」
「え、あ、はい・・・」
ブルーさんは まじめな顔つきになると、あたしの瞳を じっと見つめた。
「・・・だったら、さっき教えた『なみのり』を使って、『すりばちやま』の麓(ふもと)の池から 逃げなさい。
 ここ数日、クリスの近くに ロケット団がうろつくから おかしいと思っていたのよ。
 案の定(あんのじょう)、このイーブイとタマゴは、ロケット団にとって 重要な実験材料って、書いてあるわ。
 あなたの 選択肢は2つよ。
 このイーブイとタマゴを 連れて逃げるか、見捨てるか。
 でも、クリスの場合・・・・・・」
あたしはうなずいた。
「逃げますね。」
「・・・そう、クリスみたいな 優しい子って、困ってたり、危ない目に会ってる人やポケモンを 見捨てることが出来ないのよね。
 まったく、こまった性格ね。」
ブルーさんは 呆れながらも笑っていた。
あたしの頭をくしゃっと撫でると、手を引き、ポケモンセンターへと向かって歩き出す。


「・・・・・・いい? 絶対に ロケット団に捕まっちゃ駄目よ。
 私達も すぐに追いかけるから、それまでの辛抱だからね。」
センターの中で 荷物をまとめる途中、ブルーさんは そう言いながら『何か』を あたしのリュックの中へ突っ込んだ。

「・・・大丈夫、きっと、大丈夫です。
 あたしは、独りじゃない、ポケモン達と一緒に 絶対、この子は守ってみせますから!!」
あたしは笑った。 自信も、強さも持っていなかったけど、なぜか 笑顔が作ることが出来た。
リュックを背負い、靴紐(くつひも)を固く結ぶと あたしは エンジュの方向へと向かい、走り出した。



<続きを読む>

<目次に戻る>