43、サイバー・スペース


「・・・ホントに、あたしも 変な運命に巻き込まれちゃったものよねぇ、
 まさか、こんなトコにまで 来るとは思わなかった。」
ポコの胴体にしがみつきながら、あたしはなんとなく呟いてみる。
ポコは最初からこの状態がわかっていたかのように 何気ない感じで うんうん、と うなずいた。


ただいま、電話回線のまっただ中。
ポリゴン2の コンピューターの中を動きまわれる能力を駆使して ポケモンを狂わせる機械を 内部から破壊しちゃおうって作戦だ。
まさか、あたしまで引っ張り込まれるとは思いもしなかったけど・・・


目の前に現われた扉には 鍵がかかっていた。
ここはコンピューターの世界、あたしの怪力で通じるわけがない。
「んぐぐぐぐっ!! ・・・だめだ、全然開かない・・・
 ポコ、この扉、開けられる?」
ポコがうなずいて扉の前まで飛び出すと、『フラッシュ』を使うように 体中が輝き出した。
すると、扉の向こうから カチッという音が響き、ひとりでに扉が向こうから開き出す。

「おぉ〜・・・すごい、いとも簡単に・・・」
あたしが感心して手を叩くと、キュッと鳴きながら振り向いたポコから 文字みたいな物が あたしの頭の中へ打ち出されてきた。

『パスワードヲ ハッキングシタンダヨ。』

「・・・ポコ?」
ポコは ようやく 開き切った扉に向かって 突進する。
途端、突っ込んで行った方向とは逆方向に ポコは吹っ飛ばされた。

「・・・セキュリティー!?」
今、ここにいる時点では あたし達の方が『侵入者』ってわけで・・・
目の前には 恐らく、『番人』役をやっていると思われるポリゴンが あたし達のことを睨みつけていた。
・・・だけど、ロケット団のことは 止めないといけない。
「退いて(どいて)、ポリゴン。」
とても自分の意思があるとは思えない目つきのポリゴンは 迷うことなく あたしへと向かって『サイケこうせん』を放ってきた。
かろうじて、ポコのおかげで 直撃を受けずに済む。

「ポコ、『じこさいせい』、『たいあたり』!!」
とにかく急ごうと あたしが1度に2つの技を指示すると、ポコはなんと、自分の傷を治しながら相手に突っ込んでいく。
ところが、ポコは相手のポリゴンの体を突き抜け、背後から1撃くらってしまった。
「・・・『テクスチャー』、『ゴースト』タイプ!?」
『ポケモンジャーナル』で読んだことがある。 自分の持っている技と 同じタイプになってしまう、ポリゴン族特有の 特殊技。
あたしのポコは どういう訳か、覚えていないんだけど・・・・・・
「しかたない、ポコ、『サイケこうせん』!!」
ポコは7色の光を放った。
ところが、少々 紫がかった色のポリゴン相手に 技がほとんど聞いていない。
「『エスパー』、タイプか・・・・・・」
何か攻撃が来るかとも思ったけど、予想に反して 何の攻撃も来なかった。
わざわざ 消耗の激しい『サイケこうせん』を使うのも何かと思い、今度は『たいあたり』を指示する。
ところが、今度はまた、ポコが相手のポリゴンの体を突き抜けた。

「あぁもうっ!! コロコロタイプを変えてきて!!
 一体、何回タイプを変えれば 気が済むっていうのよ!?」
苛立ち(いらだち)まぎれに『たいあたり』を指示する。
今度は 相手のポリゴンに クリティカルヒットして ポリゴンは2〜3メートル 後ろまで弾き飛ばされた。
「・・・あれ?」
攻撃が効いたってことは、もう『ゴースト』じゃないってこと。
もしかして・・・と 思いながらも あたしは とりあえず これ以上暴れられないよう、ポリゴンの体を押さえつけた。


「・・・キュイン?」
1分もしないうちに 倒れていたポリゴンは目を覚ました。
パチパチと目を瞬かせ、不思議そうに 辺りをキョロキョロと 見渡している。
「まったく、世話 焼かせないでよね!!」
少々呆れたような声を出すと、ポリゴンはこっちに振り向いた。
何が起こったのかすら 分かっていないような顔で『キュイン?』と 首をかしげる。

『アヤツラレテタンジャナイ? メツキガ ゼンゼンチガウヨ。』

頭の中に また、ポコの声・・・だとしか思えないものが響く。
「たぶん、そうなんだろうね。
 だったら早いとこ、奥まで行くべきなんじゃない? ロケット団を 阻止しなきゃ!!」
『ロケット団』の言葉に あたしが 押さえつけていたポリゴンが ピクッと 反応した。
しきりに 何か キューキュー騒ぐと、あたし達の目の前に テレビ画面のような物体を 登場させる。

「・・・何これ? 『ロケット団の・・・・・・』」
それは、ロケット団の幹部が打ち出したらしい 計画書・・・というか、日記のようなものだった。
チョウジのアジトのことや、今回のラジオ塔の計画、
それに、3年前にロケット団が起こした いくつもの事件の事まで 事細かに書いてある。
「サ・・・ン・号・・・計画、責任者・・・・・・冗談、でしょ?」
見ているうちに あごが カチカチと音を立てはじめていた。
『とんでもない事実』を目の前にして、あたしの表情は どんどん凍り付いていく。


「ポコ、早く システムを壊して 戻るよ!!」
あたしは 半分狂ったように叫んだ。
コガネシティにいるはず、それも、ロケット団に立ち向かっているかもしれない あたしの友達は 何も知らないまま戦っているのだ。
早く知らせないと、手遅れになってしまう。

事態は 一刻を争う。

44、進入


目を開いた時、そこは 下半分が赤い色で染まっていた。
少しだけ 視線を動かすと、警察官がこっちに向かって 何かを話しているのが見える。
「しょーがねーな、それじゃ、この子を病院に送り届けてから・・・・・・」
レッドの声が聞こえた。
恐らく、ロケット団のデータベースに潜りこんでいる間、あたしの体は どこかで倒れていたんだ。


指先で 手首のホルダーに付いているモンスターボールを確認する。
さいわい、まだ バーチャル空間にいるポコを除けば、全部のボールが そこに ついているみたいだ。
あたしは そのうちの1個を指先でつかむと 地面の上へと落とした。
それとほぼ同時に レッドの肩を 両腕で突っ張って体を跳ね上がらせ、彼の頭の上から 警察官の前へと飛び出す。
「モコモコッ、『かみなりパンチ』!!」
ボールから飛び出すのと一緒のタイミングで モコモコは電気をまとった ピンク色の腕を 地面へと向かって思いっきり振り落とした。
バァン!! という 豪快な音とともに 地面に焦げ跡ができ、目の前にいた警察官は気絶する。

「・・・・・・ク、クリス!?」
急に動いたせいか、足元がふらついていたところを モコモコとレッドが受けとめてくれた。
次から次へと立ち並ぶ 高層建築の中にラジオ塔の姿を探しながら あたしはレッドに尋ねてみる。
「他のみんなは?」
「え? えっと、ブルーは グリーンを呼びにカントーまで行って、
 あの金銀コンビは・・・・・・いつのまにか、どっか行っちまったんだよなぁ・・・?」
「・・・・・・ラジオ塔だ。」
短く息をつくと モコモコをボールへと戻す。
警察の包囲網を抜けられるように グレンのボールを取り外すと あたしは 一気に走り出した。

「オ、オイッ!? クリス、一体どこ行く気なんだよ!?」
「ラジオ塔よ、あそこを占拠しているロケット団の中に とんでもない奴が紛れ込んでいる!!」
体力、年齢のことを考えても 走るスピードは レッドの方が速いはずなのだが、不意を突かれたこともあってか、彼は追いつけなかった。
すっかり人だまりが出来あがっているラジオ塔の手前で グレンを呼び出すと、体が大きいことを利用して
入り口を固めている警察の連中の 真上を走りぬけた。
救け出されたのか、次から次へと 流れ出てくるラジオ塔職員の波を 逆走する。


「待ちなさいッ!!」
無理矢理2階から 進入しようとするあたしの肩に マダツボミのツルが巻きつき、行かせまいと引っ張った。
振り向くと、下っ端暦30年くらいありそうな 到底出世できそうもない人相の警察官が あたしのことを睨んでいる。

さすがに ポケモンの力には敵わなくて あたしは 地面の上へ叩きつけられた。
体中に 色んな衝撃が走る。 ただいまの クリスのむかつき度は 100%といったところだろうか?
「どういうつもりだね!? 今、あのラジオ塔は ロケット団が占拠していて 危険極まりない!!
 ここは、我々警察に任せて、君のような子供は・・・・・・」
「・・・・・・子供に負けるのが、怖いってワケ?」

「でんじは!!」「でんじは!」

警官をしびれさせるために モコモコへと指示した声が 別の人間のものとダブる。
2匹分の『でんじは』をくらって ばったりと倒れた警察官の後ろから『そのトレーナー』は現われた。

「大丈夫?」
逆光で顔は見えないままだったが、恐らく、もう1つの『でんじは』を 指示したであろうトレーナーは
白い手を あたしの前に差し出した。
あたしはそれに掴まると 体を持ち上げる。

救いの手を差し伸べてくれたのは 女の人だった。
ちょっとずつ 落ち始めた陽光に透ける髪が まるでガーネット(※宝石の名前)のように赤い。
「ありがとうございます。」
「ええの、ええの!! 今のポリ公(警察官のことらしい)、ちょうど ぶっ飛ばそうと思ってたトコやったし・・・
 それより、君、シルバーとゴールドのこと、知っとるんやな、教えてくれへん?」
あたしは 訳が分からないまま 目をパチパチさせていた。
まるで子供のように興味深そうに あたしのことを見つめている女の人の瞳は 銀色だ。


「あ、あの・・・・・・ゴールドとシルバーって・・・・・・
 一体、誰なんですか? お姉さん・・・・・・?」
あたしが 会話の体制に入ると 女の人は 宝石のように綺麗な眼の入ったまぶたを 少し細めた。
「答えたいのは やまやまなんやけどなぁ、あいにく、自分でも自分が誰だか 分からへんのん。
 うち、それを知りたいから シルバーとゴールドを探しとるんやけど・・・・・・」
目を見れば 気持ちがわかる・・・って聞いたことあったけど、まさしく、嘘なんてついていない、そんなことがわかる瞳だった。
モコモコをボールへと戻すと あたしは 背後にある巨大な摩天楼(まてんろう)を見上げて 口を動かした。
「確証があるわけじゃないけど、多分、このラジオ塔の中に・・・
 彼らに伝えることがあるから、あたしも これから登るつもり。」


グレンに指示して もう1度ラジオ塔の2階から 侵入を試みる。
今度は、誰にも捕まることなく 中へ入ることが成功した。
「なあ なあ なあ!!」
奥へと向かって走り出そうとしたあたしに 先ほどの女の人が 話しかけてくる。
振り向くと、右手に赤いモンスターボールを握っていた。 恐らく、あたしがやったのと 同じような方法を使ったのだろう。
「君、シルバーとゴールドの所に行くんやろ?
 うちも連れてってくれへん? ちっとは 役に立つこともあるかもしれへんし・・・」
あたしは すぐに了承した。
ロケット団の所に攻めこむのに 味方が1人でも多いというのは 心強い。


「とりあえずは、先に『あの2人』を 倒してから・・・・・・かな?」
ここ数ヶ月、ほとんど毎週のように 色んな事件に遭遇しているせいで 感はかなり鍛えられていた。
観葉植物の向こうで ハギと、『やけたとう』を 襲ってきたときに ハギの横にくっ付いてたロケット団、タマオがにやついている。

45、−ロケット団


「いいかげん、出てきたらどう?
 そこにいるってのは とっくのとうにバレてるのよ、ハギ、タマオ!!」
あたしが振り向かないままに 観葉植物の影に隠れている女2人に 声を掛けると、
突然、『サイケこうせん』の7色の光が あたし達に向かって襲い掛かってきた。
あたしと 自分の名前も知らないという赤い髪の女の人は 同時にそれを避けた。
この女の人、かなりの運動神経を持っていると見える。


「まったく、こんな所まで来るとはのう・・・・・・
 あまりしつこい女は 嫌われてしまうぞ?」
植物の影から 長い髪をたなびかせて ハギが登場する。
「3年も前に解散した組織に いまだにしがみついている女に 言われたくはないわね。」
言葉の牽制(けんせい)に ハギはかかったようだ。 前髪の中に隠れた眉が ピクッと動くのが分かった。

「だいたいねぇ、おかしいんじゃないの?
 学会から追放された マッドサイエンティスト(気ちがい博士の意味)の実験に ロケット団全員して 協力するなんて・・・」
「別に、そんなの知ったことやあらへん。」
植物の影にいたもう1人、タマオが 姿を現した。
思いっきり、あたし達を軽蔑(けいべつ)するような瞳で 見つめている。
「うちら、全員が全員、自分達の目的を果たすために 今回の作戦に踏み切ったんや。
 その中でなにがどうなろうと、別に 他の団員には関係あらへんし、何をすることもない、それだけや。」


「そして、その為には・・・・・・」
タマオは スーパーボールを開き、アーボックに『どくばり』を撃たせた。
赤い髪の人が それをクサイハナで 器用に受けとめる。
「手段を、選ばへん。」
それだけ言い放つと、ロケット団の2人の 猛攻撃が始まった。
ハギも スリーパーを繰り出し、2対2のバトルが始まる。

あたしが出したワニクローは あたしが言い出す前にアーボックへと噛み付きかかってきた。
アーボックは にょろにょろと動きまわり、『かみつく』攻撃を 避けまわる。

あたし達2人は 自分達のバトルよりも横の対戦の方が気になっていた。
突然現われた謎のトレーナーと、ロケット団の事実上の最高幹部、何が起こるのかすら、想像がつかない。
「スリーパーねぇ、せやったら、交代せんといかんなぁ・・・」
女の人は ゆっくりとクサイハナをボールへと戻し、腰のホルダーに手をあてた。
タマオがそれに ピクッ、と反応する。


「アヤメ!! 出番やで!!」
赤い髪の女の人が繰り出したのは ブラッキーだった。
シルバーの『ブラック』より、若干(じゃっかん)小柄で 体つきが柔らかい。
そして、小さいけど 右の眼の下に ほんの少しだけ傷跡があった。

「・・・・・・アヤメ・・・アヤメ!?」
それまで バトルの方に集中していたタマオが 急に取り乱し、バトルを放り出して 女の人のブラッキーへと駆け寄った。
ブラッキーの『アヤメ』も、ルビーのように赤い眼を丸くして タマオの方を見つめている。
タマオはアヤメの首に抱きついて ボロボロと涙を流し始めていた。
「・・・あ、あんた、生きとったんかぁ・・・良かった、あきらめんと 探しとった甲斐(かい)があったわぁ。」
よかった、よかった、と 何回も繰り返しながら タマオは何度もアヤメの頭をさすっている。
その様子を あたしと女の人は呆然(ぼうぜん)と見守り、ハギの タマオを見る目は 普段の目つきと、ちょっとだけ変わっていた。
「タマオ、そのブラッキーか?」
ハギが声を掛けると、タマオは顔を上げ、声を出さないまま コクコクとうなずいた。
その表情は 嬉しさと幸せに満ちている。

パァンッ!!

ハギを除く 全員の顔が 驚きへと変わっていた。
突然、タマオの頬(ほお)を ハギが平手打ちで 叩いたのだ。
「・・・それならば、タマオは ロケット団脱退じゃ。」
タマオの黒い瞳がうるんだ。
一瞬、何かを言いかけたが、すぐに口をつぐみ、少し哀しそうな表情でアヤメを抱き続ける。


「・・・・・・クリスタル、といったかのう、そこの娘。」
口を開いたハギを あたしは睨みつけた。 一体どういうつもりなのか あたしには 全く想像がつかない。
「そう 睨むでない、見ての通り、今聞いた通りじゃ。
 すまないが、タマオを 家まで送り返してはくれぬかのう?」
あたしは眉をひそめ、ハギを睨み続ける。
「どういうつもりよ。 あたしに、犯罪組織の片棒(かたぼう)を 担げ(かつげ)と言っているわけ?」
「どうやら 相当、嫌われておるようじゃのう・・・・・・
 案ずるな、タマオには 今まで起きた作戦に一切手を出さないように言ってある。
 それに、そのブラッキーこそが、彼女の『目的』じゃ、タマオが このロケット団の中にいる目的は もう1つたりとも ありはせんのじゃ。」

足の付け根の辺りから ハギは大きなナイフを取り出すと くるくると回してみせた。
そして、おもむろにタマオの長い髪を 取り逃さないように全て掴むと、取り出したナイフで 肩の長さで すべて切ってしまう。
「女の子が1人、ロケット団の中へと迷いこんだ。
 冷酷無情なロケット団員は 彼女を監禁し、ロケット団としての技術を教えこんだ。
 ところが、最後の作戦中に 正義のヒロインが助けに来て、彼女を救出してしまった。
 ・・・・・・やはり、クリスタルの中にある心は、それを許してはくれぬかのう?」
ハギの表情は優しかった。
それこそ、ついこの間、あたしを『スズのとう』から突き落として 殺そうとしていたとは 思えないくらいに・・・・・・


あたしは 握りこぶしぎゅっと掴むと、彼女らに背を向けて 上へと歩き出した。
声が詰まって、何かを言うことすら出来ない・・・・・・

46、人質+人質


階段の途中で ハギは走りこんできて、あたし達の前に立ちふさがった。
戦闘になるかと思い、あたしは モンスターボールに手を掛ける。

「・・・ありがとう。」
ハギは両手を上げて あたし達に向かってそう言った。
表情は穏やかで 戦うことになりそうな気配は 全くと言っていいほど、ない。
両手を上げた体勢のまま、ハギは後ろを向いて 階段を上がり始めた。
「クリスタルは、このラジオ塔に何をしに来たのじゃ?
 何でも言っておくれ、協力する。」


あたしは「怪電波発生装置を止める」と ハギに告げると、歩き出した彼女の後を追いかけた。
「一体どういうつもりなのよ?
 散々、いろんな事件を引き起こしておいて、ハギ、あんた ロケット団裏切るわけ?」
あたしが ぶつぶつと言うと、ハギは振り向いて 力のない笑顔で答えた。
「そういうことになるな。 ただ、今の事実上のリーダーとなっておる人間は、わらわは どうしても好くことができん。
 それに、わらわの上にいて良いのは、今も昔も、・・・あの方だけじゃ。
 わらわの目的は その人を呼び出すことだったが、3日経った今も、あの方は現われる気配がない。
 ・・・・・・わらわは、もう疲れたのじゃ。 いっそ、ここで捕まってしまった方が、楽になれる・・・」



「・・・おかしいのう、ここのシャッター、閉めておくはずだったのじゃが・・・」
上り階段の見える通路を見ながら ハギは首をひねった。
何かを考えるような感じだが、あたしはそれにも構わず、階段をさっさと上がってしまう。
ハギは あたしが上がった後、辺りを見まわした。
「・・・? あの、髪の赤い女は、どこへ行ったのじゃ?」

あたしは 後ろにいるハギに構いもせず、目の前にある扉を 片っ端から開けて行った。
開けた扉を閉めもせずに、外の景色が見えるようになるまで バンバンと扉を開く音が響き渡る。
何回開けたか、数え切れなくなったころ、空の青色と一緒にパーカーの赤色が くっきりと目に映る。

「ゴールド!?」
「・・・クリスッ!! よかったぁ!!」
ゴールドは ちょっとだけ ほっとした表情をしていた、なにがあったのだろうか?
辺りの様子を 見回す。 一緒にいる女の人の顔を見て あたしは心臓が止まりそうになる。

「ゴールドッ!! その女の言うこと、信じちゃダメッ!!
 そこにいる お団子の女は、今の ロケット団のリーダーなのよ!!」
あたしが叫んでいる間に ゴールドと 髪をお団子にした女、ユリは 同時にポケモンを出して対立させていた。
ミドリの 緑色の葉っぱが、落ち始めた太陽に透けて エメラルド色に輝いている。


バーチャル空間で知った事実。
『警察官が数人、ロケット団に荷担(かたん)している』ということ。
全てのことは あのユリが引き起こしていたんだ。 この、怪電波発生装置(かいでんぱはっせいそうち)のことも、
・・・3年前にあたしが遭遇(そうぐう)した 思い出したくない事件のことも・・・・・・


「・・・いつから、気付いていた?
 私が ロケット団と協力しているということを・・・・・・」
ユリはゴールドを睨みつけ、出しているスピアーの針を 彼に向けて構えさせた。
ゴールドはゴールドで ユリのことを睨み、ミドリに戦闘準備をさせるのを 怠らない。
「一瞬分からなかったけどね、顔見ているうちに思い出した。
 ポケモンの 電波による 遺伝子進化理論(いでんししんかりろん)を発見した『ユリ・ヘルレッド』博士。」
スピアーとベイリーフは 同時に攻撃を開始した。
『ミサイルばり』と『はっぱカッター』、両方とも ポケモンもトレーナーも 攻撃を避けた。

「加勢するわ、ゴールド!!」
モンスターボールから ワニクローを取り出す。
やりたいことが分かっていたらしく、真っ先にワニクローは『きりさく』攻撃を スピアーに向かって放っていた。


「・・・そこまでだ。」
ワニクローが攻撃を当てる前に 今まで聞いた 誰の物でもない女の声が響く。
それは、屋上の入り口からのものだった、振り向くと、とび色の髪と目をした女が いつのまにか背後に立っている。
女の手には・・・ボロボロになって トレードマークのような赤く、長い髪を掴まれている シルバーの姿があった。
「シルバー!!」「シルバー!?」
あたしとゴールドの声がダブった。
意識はあるらしく、シルバーは うっすらとまぶたを開けて 銀色の瞳をあたしの方へと向けた。
「・・・・・・クリスタル・・・それに、ゴールドも、いるんだな・・・
 悪い、油断した・・・」
声が出なくて あたしは ひたすら首を横に振った。
あたしを見るシルバーの瞳が なんだか優しい。
後ろから ゴールドの声で 小さく息をつくのが聞こえた。
「シルバー、絶対、助けるからね。」


ゴールドは服についているホルダーから モンスターボールを取り外し、とび色のショートヘアーの女に向けて構えた。
「ツバキ、絶対・・・絶対 お前には、負けない!!」
それを聞くと、ショートヘアーの女は いきなり 大声で笑い出す。
「ハハハハハ・・・・・・ゴールド、貴様、本気で 私相手に 勝てると思っているのか?」
「勝てる!!」
ゴールドは 即答で断言した。

「フン、お気楽なものだな。
 お前の故郷で、母親がどうなっているかも知らずに・・・・・・」
ゴールドは 眉を ぴくっと動かした。
ツバキは 凍りつきそうな瞳で あたし達のことを 見下ろしている。

47、見えない人質


「どういうこと・・・? ゴールドの母親が・・・って・・・」
あたしが尋ねると ショートヘアーの女は 真っ赤なルージュの付いた唇で笑ってみせた。
「言ったままの意味だ。 人質は 何もラジオ塔の人間だけではない、ということ。
 さすがの貴様等も、ここから何キロも離れた所にある ワカバタウンまで 助けに行くことなど出来ないだろう?」
「・・・・・・で、『人質』に選んだのが、僕のおかあさん、と?」
ショートヘアーの女は また、笑った。


「だったら、別に助けに行く必要もないね。」
「・・・はぁッ!?」
ゴールドは あっさりと言ってのけた。
自分の母親が捕まったっていうのに・・・なんで、こんなに 冷静でいられるってわけ!?

「だって、僕のおかあさん、捕まるほど弱くないもん。」
ゴールドはそう言うと 自分のポケギアのボタンを押し始めた。
数回、コールがなった後、受話器の向こうから 女の人の声が聞こえてくる。
『もしもし? ・・・・・・ゴールド?
 どうしたってのよ、突然、電話なんか掛けてきて・・・・・・』
「あ、おかあさん? ねえ、最近ロケット団とか、襲ってこなかった?」
『ロケット団? って、あの 黒い服着た人達?
 あれ、ロケット団だったの、てっきりポケモン泥棒かと思って、倒しちゃったけど・・・?』
「ううん、どうもありがと!! それじゃ、また電話するね!!」
ゴールドは にっこりと笑うと ポケギアのスイッチを切った。


「ま、そういうわけで。」
ゴールドが笑うと、シルバーも 口だけでうっすらと笑っていた。
おもむろに自分の髪を掴むと 一気に掴まれている髪を引っ張り、女の手から 頭を引き離そうとする。

あたしは 一瞬だけ、何もかもが分かったような気分になった。
頭で考えるよりも先に 体が反応して、勝手に飛び出している。
「・・・シルバーから手を離しなさいよッ!! この年増(としま)ァ!!」
シルバーの髪を拘束している右手を 思いっきり握り締める。 ショートヘアーの女は 痛みに顔をゆがめ、シルバーから手を離した。
そのすきに あたしはシルバーを抱きかかえて ラジオ塔の端辺りまで 走り込む。
ゴールドがミドリに『はっぱカッター』を指示すると エメラルド色の葉っぱは 何本かのコードを切り裂いて コンクリートの壁に突き刺さった。
「形勢・・・逆転・・・かな?」
シルバーが笑った、しかし、ダメージは相当なものだったらしく、彼の呼吸は 短く、荒い。


「このまま終わると 思うな!!」
その言葉を あたしは 全て聞くことが出来なかった。
心臓に 激しい衝撃が走り、目の前が真っ白になる、体全部の 感覚がなくなっていた。



「・・・・・・ス、・・クリス!! 目を覚まして!!」
目を開くと 夕焼けに照らされて オレンジ色にそまったゴールドの顔が見えた。
あたしが 顔を向けると ゴールドは太陽みたいに すごく・・・すごく、優しく笑っている。

あたしはいつのまにか ラジオ塔からゴールドの腕を支えに 宙ぶらりんにぶら下がっていた。
意識がハッキリしてくると あたしは 開いている方の手でラジオ塔の壁を掴み、上へ上がろうと力を入れる。
「ゴールド、あたしの手を壁のふちにつけて!!」
あたしが叫ぶと ゴールドは一瞬目を丸くして それからすぐ、言われた通りにあたしの手を壁のふちに引っ掛けた。
短く息を吐くと あたしは腕の力を使って ラジオ塔の屋上へと何とか復帰する。

屋上ではシルバーと ユリ、それに、ショートカットの女が戦っているところだった。
シルバーの黒い毛皮を持ったポケモンが スピアーに向かって炎を吐く。
「アクア、シルバーを手伝って!! 『うずしお』攻撃!!」
ゴールドは ミドリをボールへと戻すと、入れ違いヌオーの『アクア』に 攻撃を指示した。
水ポケモンの力で 空気中の水分が凝結(ぎょうけつ)し、ロケット団のポケモンを巻き込んで 大きな渦(うず)が出来あがる。

そしたら、突然、ゴールドの表情が変わり、あたしの顔を見るなり、いきなり突き飛ばしてきた。
「・・・キャッ!? ちょっと、ゴールド、なにす・・・・・・」
あたしは 自分の眼を疑った。
それまであたしがいた位置にゴールドがいて、横から飛んできた『ミサイルばり』が 彼の腕へと命中し、
ゴールドは ラジオ塔の下まで 落ちようとしていたのだから・・・・・・
「ゴールドッ!!」
必死で手を伸ばしたが 間に合わなかった。
彼の体はどんどん遠くなり、地面へと落下して行く。


「・・・・・・・・・えっ!?」
あたしは さらに 自分の眼を疑った。
何が起こったのかも分からず、呆然とラジオ塔の下を 見下ろしている。



「クリスタル、いいかげん、こっちの方も手伝えよ!!
 1対2って見た目より 大変なんだからな!!」
シルバーに怒鳴られて あたしは 慌ててワニクローに『みずてっぽう』を指示した。
いきなり 指示を出されたものだから、驚いてしまって、ワニクローの攻撃は あさっての方向へと飛んでいく。

「・・・・・・どうしたんだ? いっくら攻撃を受けた直後でも・・・
 攻撃に全然 キレが見えないぞ?」
「シルバー、ゴ、ゴールドが・・・
 ゴールドが、光に 包まれて・・・・・・消えちゃったのよ、影も形もなく!!」

48、赤い髪の女


あたしの言葉に 一瞬、シルバーの攻撃の手が止まってしまっていた。
そのスキをついて ユリとショートカットの女が 2人で攻撃をしかけてくる。
「・・・やばっ!! フレイム!!」
「『はかいこうせん』や。」


突如、横から放たれてきた『はかいこうせん』に ロケット団のポケモンはバタバタと倒れていった。
屋上の扉の向こうから 大きな体をしたカイリューが ゆったりとした足取りで現われる。
「ちぃっ!! ゴルバットッ!!」
ユリが スーパーボールから こうもりポケモン、ゴルバットを取りだし、あたし達へと攻撃させた。
ぐんぐん、牙が迫ってくる。
・・・・・・なのに、あたしは 自分でも驚くぐらい、冷静だった。
自分の鼓動が 妙にはっきり聞こえて。

「ポコ、全部終わらせて。 『サイケこうせん』!!」
あたしが叫ぶと ラジオのアンテナの中から 7色の光線がゴルバットへと向かって放たれる。
それに当てられると ユリのゴルバットは キィッと 甲高い声を上げながら 床の上へと倒れこんだ。
呆然とそれを見守るユリと、ショートカットの女を 途中登場のカイリューが 次々と押さえつけて、捕まえていく。


「・・・・・・終わったのう、これで、ロケット団も・・・」
屋上の階段の奥から ハギが長い髪をたなびかせ、ゆっくりと歩いてきた。
「ハギ、あんたのなの? あのカイリュー・・・」
「いいや、違う。」
ハギは 哀しそうな目で2人のことを見つめると 長い髪をかき分けた。
口の中で 何かをつぶやくと(人の名前みたいだった)その場に ゆっくりとうずくまる。

「・・・ハギ、行きなさいよ。」
あたしは 自分で自分が何を言っているのかすら 分かったいないみたいだった。
ハギは顔を上げ、あたしの顔を じっと見つめている。
「聞いてなかったの!? 行きなさいって言ったのよ!!
 さっさとしなさいよ!! あたしの気が変わらないうちにッ!!」
あたしは ハギの顔を見ないように 腹の底から怒鳴りつけた。
5秒くらい、静かな時間が続いた後、ハギは自分のモンスターボールを開き、ネイティオに乗って どこかへ飛び去った。



「・・・・・・なんで、なんで、あたし、あんなこと言っちゃったんだろう・・・」
ずいぶんと長い時間がたってから あたしはつぶやいた。
シルバーは 何も言わずに銀色の瞳で 優しくあたしのことを見つめている。
「ロケット団を倒すって、あれほど、決めてたのになぁ・・・
 最初に、あれだけ 覚悟を決めておいたのになぁ・・・
 何で、あたし、ロケット団を 逃がしたりなんか・・・・・・・・・」

全部の力を失ったように その場に座り込んだあたしの頭を シルバーは優しくなでてくれた。
そしたら、自分の中で何かがボロボロと崩れていって、あたしの眼から 涙があふれて 止まらなくなる。
「うっ、うわあぁぁあんッ!!」
シルバーの胸を借りて あたしは泣き続けていた。
そんなあたしを シルバーは黙って 見守っていてくれているらしい。



「・・・・・・なぁ、クリスちゃん、へーきか?」
ずいぶんと時間がたった後、ゆっくりとした口調で 女の人が話しかけてきた。
顔を上げようとしたあたしの頬(ほお)を シルバーが親指でこすった。

顔を上げると 赤い髪の女の人が 銀色の瞳であたしのことを心配そうに見つめていた。
少し、視点を変えると シルバーが珍しく、あたしでも分かるくらいまで 動揺している。
「・・・シルバー?」
シルバーは小刻みに体を震わせながら ゆっくりと体を後ろへひねった。
不思議そうに見つめる 女の人の視線と シルバーの驚いたような視線が ぶつかる。

「・・・・・・母さん?」

シルバーの言葉に あたしは心臓が口から飛び出しそうになった。
女の人・・・シルバーのお母さんが 何かを言おうとして 目を1回瞬かせると シルバーは 自分の体も痛いはずなのに
体を180度回転させて あたしの目の前・・・シルバーの真後ろにいる女の人に抱きついた。
女の人は 驚いた表情でシルバーのことを見つめていた。
多分、無理もないんだろう、最初会ったときに この人、『自分の名前もわからない』って 言っていたんだから・・・

「・・・君が、『シルバー』?」
しばらくして シルバーのお母さんは口を開いた。
その言葉に 自分の母親の胸に顔をうずめていたシルバーは ゆっくりと顔を上げる。
その表情はとても子供らしかった。
まるで、子犬みたいに・・・・・・

「な、なあ、『シルバー』? 教えてくれへん?
 うち、一体何者なんや?」
シルバーのお母さんは困ったような顔で シルバーに尋ねていた。
でも、それ以上に驚いたのは シルバーの方だろう、銀色の瞳を大きく見開いて
今、自分がおかれている状況を飲み込もうと 必死になっている。
「・・・・・・どういうことだよ?
 なあ、母さん、おれのこと 覚えてないのか?
 クリスタル、一体、何が起こったって言うんだよ、・・・・・・教えろよ、クリスタルッ!!」



残酷すぎる事実を あたしは言い出すことが出来なかった。
ほどなくして 遅すぎるくらいの 警察の大軍隊が あたし達のいる所へと 押し寄せてきた。



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