49、9月4日


ポケモンセンターのロビーは静まり返っていた。
あの後、他の人達も合流して なんだかんだ話し合った結果、結局全員で 1晩を過ごす結果となってしまった。
今、ロビーには あたし、シルバー、レッド、ブルーさん、グリーンさん(いつの間にやら現われた)、
それに、シルバーのお母さんの 6人がいる。


「・・・・・・しかし、なんだ、」
レッドが口を開いた。 暗い空気を消そうと考えているようだ。
「結局、図鑑を持ってる奴、全員そろっちまったな!!」
「・・・何言ってるのよ、1人足りないでしょ?」
ブルーさんのツッコミで レッドは押し黙ってしまった。
そう、ゴールドは、結局見つからなかったのだ。
ゴールドが落ちたはずの所には 彼が持っていたと思われるマンタインのボールだけが 1つ、転がっていた。

「なんだろうね、目標にしてた ロケット団壊滅は 終わったっていうのに、全然 心が晴れない。
 ・・・・・・なんか、さみしい。」
耐えきれずに あたしが口を開くと、シルバーがうつむいてしまった。
考えてみれば、今回の事で、1番淋しい思いをしているのは 彼なのかもしれない。
一番の親友(だと思う)の ゴールドは 消えてしまうし、やっと会えた お母さんは・・・・・・


シルバーは立ち上がると センターの外へと歩き出した。
自動ドアが 道を開けると 風もないはずなのに首についている鈴が ちりんっ、と 音を立てる。
「なあ、クリスちゃん?
 シルバーって・・・なんやの? ちっこいのに、妙に大人びとるし、うちのこと、おかんって呼びよる・・・・・・」
シルバーのお母さんの質問は 最後まで聞き取れなかった。
途中で、雷鳴が響き渡り、一瞬の光と爆音とともに センターの明かりが落ちてしまう。
「・・・何やの!? 夕立(ゆうだち)?」
「外晴れてるじゃないの、そんなのあり得ないわ!!」
「ポケモン!?」

レッドの声を合図に 5人は一斉に外へと駆け出した。
外では、晴れ渡った空の下・・・いや、違う、ポケモンセンターの真上だけ、雲がかかっている、
そんな空間で シルバーと巨大なポケモンが 対峙(たいじ)していた。
「ライコウ!? 攻撃しないんじゃなかったのか!?」
レッドが叫ぶ。
そんなことはお構いなしとばかりに シルバーは自分のポケモン、シャドウを取りだし、相手の巨大ポケモン、ライコウへと向かって攻撃を始めた。
辺りが暗くなったりフラッシュが焚(た)かれたり、そんな行動の繰り返しで あたしは見てて クラクラしてきた。
「うえぇ〜・・・クラクラする・・・
 なんちゅー 目に悪いバトルしてるのよ・・・・・・・・・なに?」
袖を 誰かに軽く引っ張られる。
「ふぅ〜・・・」
「だからぁ、用があるなら、直接口で・・・!?」
そりゃ驚いた、すっごく驚いた。
そこにいたのは スイクンだった。 ルビー色の瞳で あたしのことを優しく見つめている。
あたしが スイクンの存在に気付いたことが分かると、彼は、自分の背中を 軽く見つめて上に乗るように促がした。

「クルウゥゥッ!!」
あたしが 紫色のたてがみを避けて スイクンの背中の上に乗車(?)すると、スイクンは大きな鳴き声を上げた。
すると、ライコウの動きが ピタッと止まり、急にシルバーの袖を引き始める。
「ついて来いってことじゃないの?」
あたしが大声を上げると、首についているスズが チリン、と音を立てた。
シルバーはしばらくあたしのほうを見つめていると、仕方なし、といった感じで 自分のモンスターボールから クロバットを呼び出した。


「・・・ねぇ、どこに行くのよ?」
レッド達を取り残し、スイクンたちはあたしとシルバーを連れて ひたすらどこかへと猛スピードで走り出す。
「キシャァウッ!!」
ライコウが鋭く吠えた。
「『ウバメのもり』だとさ、なんかあるらしい!!」
「シルバー、ライコウの言葉が分かるの?」
「知るかよ!? 勝手に頭の中に 言葉が響いてくるんだ!!」

あたしのときと同じだ、と、口の中でつぶやいたけど、シルバーには聞こえなかったみたいだ。
2頭は 大声を出さなければ声が伝わらないほど 猛スピードで走っているのだ、無理もないといえば、無理もない。
5分もすると、歩いたら3日はかかる距離の場所にある『ウバメのもり』の入り口(出口?)が あたし達の視界に入った。

不意に シルバーのクロバットのスピードが上がり、『ウバメのもり』の入り口へと急ぐ。
その場所で 大きなポケモンと小さなポケモンを横に従え、あたし達よりも小さな子供が 半べそをかいていた。
「ライコウ、スイクン!!」
あたし達が子供の近くまで行くと、子供は泣くのを止めて顔を上げた。
顔立ちは5歳くらいに見えるけど、背の高さとしては7〜8歳くらい、っていうか、それ以前の問題で・・・・・・
「・・・・・・ゴールド?」
シルバーがつぶやいた言葉に あたしと『その子』は 反応した。
そう、間違えることもない、彼は、ゴールドだ。
いつもより、背が低くて、トレードマークの黄黒の帽子も かぶってはいなかったけど。


ゴールドはあたし達の顔を見るなり、またべそをかきだした。
普通、子供だったら 寄ってきそうなものだけど・・・・・・何だか、逆みたい。
「ねぇ、ゴールド・・・」
あたしが1歩踏み出した途端、ゴールドは体を震わせ、訳の分からない言葉を叫び、あたしを指差す。
それと同時に ゴールドのそばにいた 大きな赤茶色のポケモンが あたしに向かって炎を吐き出してきた。
「・・・ッ!? ワニクロー!!」
水の力で 何とか炎を打ち消した、見ると、ゴールドは後ろへ2歩、3歩と下がり、着ている上着のフードを 深く被っている。

『それでさ、いつも 長袖のパーカー着てたんだ。』

ゴールドの言葉が頭の中によみがえり、あたしは胸が苦しくなった。
彼にとって あたし達は 今、敵なんだ。

50、Under10


ゴールドの様子は『怯えている』としか、言いようがなかった。
指示を出すために差し出した右手は震え、瞳は まるで子犬のよう。
攻撃するわけにもいかず、かといって、話も 通じそうにない、あたしは、途方に暮れていた。


「ゴールド、ゴールド。」
シルバーの声が どこからか響いてきた。
と、いうのも、一瞬じゃ、どこにいるのか分からなかったからで、
気が付いた時は 赤茶色の巨大ポケモンを 跳び箱の要領で飛び越しているところだった。
ゴールドの目の前に トン、と軽い音を立ててシルバーが 降り立つ。 ゴールドは小さく、ヒッと 声を上げていた。
・・・・・・シルバー、逆効果なんじゃ・・・

シルバーはしゃがみこむと、ゴールドを見上げるような視線のまま、腰のホルダーから 赤白のモンスターボールを取り出した。
「これ、なんだ?」
シルバーは 自分とゴールドの間にそれを差しだし、まるで なぞなぞをするかのように ゴールドに尋ねる。
「えっと・・・モンスター・・・ボール、だっけ?」
「せーかい。」
シルバーは ゴールドの視線が 自分のボールに向けられたのを確認すると、そのボールを手の上で開いた。
腰についていたのだから、何かポケモンが出てくるはずなのだが、何も、出てこない。
「???」
「う・し・ろ。」
ゴールドが振り向くと その瞬間、彼の体が ふわっと浮き上がった。
シルバーのゴースト、『シャドウ』が ゴールドを持ち上げたのだ。
驚きと喜びを 充分ゴールドが味わったのを確認すると、シルバーはシャドウから 彼を受け取った。

「なつかしいな、おれが 初めてクロをもらった時も、同じこと、やってたっけ。」
ゴールドはシルバーの腕の中で ちょっとだけ目を瞬かせると、小さく あっ、と 声を上げた。
「シルバー、シルバーなの!?」
「・・・・・・やっと気付いたか、オオボケ君が。」

・・・え?
目の前にいるゴールドは、どう見たって、7〜8歳、そのゴールドがシルバーを知っている・・・?
「どういうこと、シルバー?
 ゴールドとシルバーって・・・・・・」
唇にシルバーの人差し指が当てられ、あたしの言葉はさえぎられた。
ゴールドは フードこそ取ったものの、まだ、あたしのことを おびえたような視線で見つめている。

「とにかく、一度 コガネの ポケモンセンターまで戻ろう。
 どうしてこんなことになったのか、そこで 考えても、遅くはないはずだから。」
シルバーは3つ目のモンスターボールから大型のポケモン(図鑑によれば『バクフーン』)を出すと、その上にゴールドを乗せた。
すると、スイクンと、ライコウ、それに、大きな赤茶色のポケモンが 何かを吠える。
「ねぇねぇ、シルバー、エンテイたちが街まで乗せてってくれるって!!」
ゴールドは 先ほどとは打って変わって 子供らしい表情でシルバーに話しかけた。
ちょっっっとだけ、シルバーは目元を緩めると、それじゃ、お言葉に甘えるか、と言って、自分のポケモンを戻して ライコウの背中にまたがった。
ゴールドも『エンテイ』と呼んだ 赤茶色のポケモンに乗り、あたしも、それにならってスイクンに乗りこむ。
3匹の大型ポケモン達は 森に残った小さなポケモンに一礼すると、猛スピードで走り出した。
小さな黄緑色のポケモン、黒縁(くろぶち)に囲まれた優しいような、哀しげな視線が あたしは なんだか気になった。



「・・・・・・冗談でしょ?」
レッドとグリーンさんは 自分の用事やら何やらで 帰ってしまったらしい。
ポケモンセンターでは ブルーさん1人が待っていた。
そして、ブルーさんは 小さくなって戻ってきたゴールドを見るなり、自分の常識を否定されたような顔をしている。
「成長して 大きくなるというのならともかく、人間の背が縮むなんて・・・
 ・・・生物学的に非常識よ、夢、そう、これは夢なんだわ・・・」
現実逃避しようとしているブルーさんと、それを何とか止めようとするシルバーを横目に あたしはトゲリンの体調を調べていた。
すると、先ほどまで あれだけ距離を置いていたゴールドが あたしの横で一緒になってトゲリンを見つめている。
どうやら、人間には寄りつかなくても、ポケモンには寄りつくらしい。
「・・・・・・珍しいの?」
あたしが声を掛けると、ゴールドは途端、体を震わせ、顔を真っ赤にしてトゲリンの後ろに隠れた。
人間不信と言うか・・・人見知りが激しい少年みたいだ、ゴールドは。
「そんなに怖がらなくたって、あたしはゴールドに石投げたりはしないわよ。
 やっぱ、話せる分だけ、ポケモンのこと、好きなんだね。」
ゴールドは驚いた表情になり、トゲリンのことを じっと見つめた。
トゲリンが 何かをチュクチュク話すと、あたしとトゲリンの顔を 交互に見比べる。
・・・そういえば、最初にポケモンと話せることを あたしが知ってるって分かった時も、似たようなリアクションしてたっけ・・・
逆に考えれば、ポケモンには心を開くってことで・・・

「ポコ、ワニクロー、出といでッ!!」
ゴールドの両脇で2つモンスターボールを開くと 彼は途端に顔を輝かせた。
思ったとおり、ゴールドとコミュニケーションを取るには ポケモンを媒介(ばいかい)にすればいいみたいだ。
「あたしはクリス、ポケモントレーナーだよ!!」
あたしが手を差し出すと、ゴールドは恐る恐る 手を差し出してきた、あたしはそれを握り返す。
握った手をじっと見つめると、やっとゴールドは力なくだけど、笑ってくれた。


「・・・ねぇ、ゴールド、どうしてウバメの森にいたの?
 あなたが出てくる前に こっちのゴ・・・男の子が、1人消えちゃったのよ、関係あるかな?」
あたしが何気なくゴールドに尋ねてみると、彼は純粋に真っ黒な瞳を パチッと瞬かせた。
「セレビィに呼ばれたの。
 ぼくがちょっとこっちにいれば、おばちゃんが生きかえるって。」
「・・・セレビィ? ・・・・・・って、もしかして、あのウバメの森にいた 黄緑色の小さいポケモン?」
尋ねると、ゴールドはうなずいた。

「旅行に行ってたらね、ガケが崩れてきて おばちゃんが・・・」
ゴールドは うつむいてそれまでの自分を話していた。 ポコに。
「・・・ねぇ、ゴールド、旅行に行ってたの?
 もしかしたら そこに行ったら、何か分からないかな、どこに行ってたの?」
無理矢理だけど、あたしはゴールドの話に突っ込む。
ゴールドは 少しだけ考えるようにすると、あたしの方に向き直って 口を開いた。

「エンジュシティ。」



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