55、10月10日


「・・・よしっ!! お疲れ、ワニクロー!!」
ワニクローの『みずでっぽう』で足元が滑り、相手のミルタンクは 壁に激突してあっけなく気絶してしまった。
照明の光で流れた汗を袖(そで)で拭う(ぬぐう)と、
あたしは相手・・・ジムリーダー、アカネのもとまで走って行く。
「・・・・ふいぃぃん・・・ひどいやないか、そこまでムキにならんでも・・・」
ボロボロと涙を流しながら、アカネはあたしのことを睨みつけていた。
あたしは強気でいくことにした。 にっこりと笑うと、アカネの手から白金色に輝くバッジを受け取り、上着に取りつける。


バトルが終わった後も あたしの胸は高鳴っていた。
ぶっつけ本番で、しかも1回でジムリーダーに勝っちゃったんだ。
ここ4ヶ月、確実に自分の実力が上がっているのを 自分でも実感できる。

筋肉のしっかりついたワニクローの体を撫でながら、コガネの街を真っ直ぐに歩く。
そのうち、正面から他とは感じの違う老人が こっちに向かって歩いてくるのが 目に止まった。
「あら、お待ちしてたんですよ、ガンテツさん!!」
声がしたのは背後からだった。 振り向くと、帽子に眼鏡、それにまだ暑いのに長袖で厚着している、いかにも怪しい人が立っている。
怪しい人物Aは、あたしの顔を見るなり ちょっと首を傾げ、すぐに顔を輝かせた。
「あ、クリスちゃんじゃないの!? ラジオ塔を救ってくれた・・・
 ひさしぶりィ!!」
「・・・・・・・・・へ?」
あたしは眼をぱちくり。 いつの間にやらガンテツと呼ばれた老人のいかつい顔が あたしの横に並んでいた。
怪しい人物は 顔を近づけ、眼鏡をちょっとだけずらす。
「あっ、ラジオDJの・・・・・・!!」
「アオイよ、こうして話すのは 初めてよね、それじゃ、初めまして!!」
DJアオイは 眼鏡を直すと、あたしとガンテツ老人の手を引いて どこかへと歩き出した。


「へぇ〜・・・・・・、きのみから モンスターボールを作る職人さん・・・ねぇ。」
「そうなの、それで今度はガンテツさんにインタビューして、それをオンエアしようと思って!!」
ラジオ塔の中の控え室で、あたしはアオイちゃん(ちゃんで良いそうだ)から 老人に関しての説明を受けていた。
ガンテツ老人は『ぼんぐりのみ』という特別な木の実を加工し、モンスターボールにする職人らしい。
・・・・・・・・・そして・・・・・・

「何で、こんなことになってるわけ?」
「いいじゃない!! ロケット団を倒した 新人トレーナーとモンスターボール作りのプロフェッショナル!!
 図になってるじゃなぁい!!」
いつのまにか、あたしは ガンテツ老人と一緒にラジオに出演することになっていた。
ラジオのマイクの上には用意されていたのか、きれいな7色の模様のついたモンスターボールが並べられている。
半ば無理矢理にイスの上に座らされると、放送室の『ON・AIR』のランプがついた。
「ポケモンチャンネル!! 今日もあたし、DJのアオイがお送りしまーす!!
 今日のゲストは、モンスターボール作りの達人、ガンテツ師匠と、新人トレーナー、クリスちゃんです!!」
「どうも。」
どうしたらいいか分からず、あたしは頭を下げた。
途端、ガラスの向こうから『声を出して!!』と カンペンが出される。
「は、はぁい、ルーキートレーナー、クリスちゃんで〜す!!」
多分ラジオの向こうにいるあたしの知り合いたちは、さぞかし面食らっていることだろう。
あたしだって びっくりだ。

「ところで、クリスちゃんは どうして旅をしてるの?」
それから15分、アオイちゃんや他のスタッフ達の見事な手際で 番組は滞り(とどこおり)なく進んで行った。
そんな中で、こんな質問。
・・・・・・さすがに、『ロケット団を倒すため』とは、言いにくいなぁ・・・
「えっと、ポケモンマスターになるため、でぇす!!
 ホラ、女の子で ポケモンリーグを優勝した人って、まだいないから・・・」
「へえぇ、それじゃジムバッジとかも 集めちゃってるんだ。
 今いくつ集まってるの?」
子供に(いや、あたし子供か・・・)尋ねるような口調で アオイちゃんは質問してきた。
「3つ・・・です。」
「・・・・・・ほぉ、それならば、少しは腕が立つっちゅうこっちゃな。
 ワシの作ったモンスターボールを 使いこなすこともできるんやろうな?」
ガンテツさんが ジョウト弁で口を挟んで(はさんで)きた。
突然の言葉に、一瞬 顔がこわばり、声が止まる。
「ホンなら、我がヒワダタウンのジムリーダーにも、余裕で勝てるんやろうな?
 なんせ、3つもジムバッジをもっとるんやから・・・」
「え、ええ・・・・・・・・・」
どうも ガンテツさんの言葉に挑戦的なものを感じる。
どこまで対抗して、どこまで避けるべきか・・・そんなこと、あたしには分からない。


「はいっ、お疲れさまでしたぁ〜!!」
「・・・・・・・・・・・・」
すっかり疲れきった。
そのまま、話の勢いで あたしはヒワダのジムリーダーと戦うことになっていた。 ラジオ局の実況付きで。
確かに ポケモントレーナーとして宣伝活動をするのなら これ以上の行動は無いんだろうけど、多分、負けたらしゃれにならない。
本日15回目のため息をつきながら センターにポケモンを預けていると、『電話が来た』と 看護婦さんに伝えられた。

「・・・・・・はい、お電話代わりました。 クリス・・・」
「・・・ッ何やってんのよ!!! あんたはッ!!!」
鼓膜が破れるかと思った。 電話の向こうの聞きなれた声。
「おかーさんッ!?」
「4ヶ月も家に帰ってこないと思ったら、そんなトコでフラフラしてッ!!
 あんたがいなくなって、お母さん、どれだけ心配したと・・・!!!」
耳の痛くなるような説教が それから30分くらい続いていた。
長くなるし、多分見たくもないだろうから、そこら辺はカットすることにしとこう。
「・・・・・・冬までには、帰ってくるのよ。 ちゃんと顔見せなさいね。」
頭のガンガンするお説教の最後に、お母さんはそう言って締めくくった。
今はまだ10月、多分、まだ旅を続けてもいいってことなんだろう。 嬉しさで、何だか胸が熱くなるのを感じる。
「・・・うん。」

「ところで、クリス、あんた いつまでも学校行かなくて大丈夫なの?
 通信の学校なんてもの、頼んでないでしょ?」
「あっ・・・・・・」
忘れてた。 あたしはまだ、義務教育を受けている 子供だってこと・・・・・・



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