56、10月11日


そこは、木の葉にさえぎられて 昼間だというのに夜同然の闇が作られていた。
湿った木々の匂いと、冷やされた空気が、鼻をなで、またどこかへと飛んで行く。
あたしは ふわふわとした腐葉土(ふようど)の道無き道を歩いていた。
現在位置は『ウバメの森』。

「・・・まぁ、そうそう わがままも言えたもんじゃないわよね。
 向こうがラジオで放送してくれるって言ってるんだから・・・・・・」
太陽の見えない空を見つめながら、あたしはつぶやいた。
冷えた空気のせいで動きが鈍っているのか、ゆっくりとした動きで うんうん、とワニクローが同意してくれた。
あの『ラジオ放送にうっかり出ちゃった事件』の翌日、話に流されてあたしはヒワダのジムリーダーと戦う事になっていたが、
放送時間の都合とか何とかで、1週間も 待たされる羽目になっていた。
ま、あらすじとしては こんなトコでいいかな?
とりあえず、こういうヒマな時は、散歩にかぎる☆


「・・・続きまして、ニュースです。
 先日未明、ジョウト地方 チョウジ付近で 原因不明の落雷が相次ぎ、30世帯が停電するという事態が発生しました。
 このことについて 気象庁は・・・・・・」
ラジオのつまらないニュースを切って、あたしは上のほうを見上げた。
木々に覆い隠された空から、時折 葉っぱの間を抜けて 糸のような細い光が 暗い森の中に差しこんでくる。
「・・・・・・キレイ・・・」
独り言のように いつのまにかつぶやいていた。
おしゃれなショップも、ゲームセンターも、ましてや遊園地なんて、辺りには一件も無いのに、ここは『いい』と思える。
そう思えるようになったのは、いつごろからだろう?
もしかして、ゴールドの影響かな? そう、思った時、ふと、ワカバタウンの事を思い出した。
あの時は気付かなかったけど、もしかしたら ワカバも、同じなんじゃないか、と思って。

・・・ポタッっと 頭のてっぺんに水滴が落ちる。
あたしは その感触で我にかえった。
ずっとずっと上のほうを見上げてみると、雨が葉っぱの上に落ちる パタパタとした音が 次々と耳を襲う。
「・・・うそっ、スコールッ!?」
木々の間をぬって落ちてくる雨に襲われて、あたし達は思わず走り出した。
現在位置と走るペースからして、森の出入口のゲートまでは とても、たどりつけそうにない。
そう思って びしょびしょになるのを覚悟したとき、ぽつんと不自然に森の中に建っている 小さな祠(ほこら)を 発見した。
地獄に仏というか、渡りに船というか、ワニクローを連れて、急いでその中へと避難する。

「・・・・・・助かったぁ・・・
また、シルバーに セクハラ言葉言われるトコだった・・・・・・」
・・・・・・・・・ん? 何でシルバーが出てくるの?
微妙に腹が立って、ちょっとだけ ほおを膨らます。
「ビィ?」
「へっ・・・?」
背後に 野生のポケモンの気配がして あたしは振り向く。
でも、何もいなかった。 薄暗い空間が 狭く 広がってるだけ。
なんだ?って、首をかしげると、首につけた鈴が ちょっと大きな音で鳴った。
「ワニクロー、今、なにかいなかった?」
「ぐぅ?」
・・・・・・あたしは ゴールドじゃない。 聞いても、分かるわけがないのだが・・・
そう思った時、また首の鈴が鳴り響いた。
今度は、風も無いのに。

『・・・もう、雨は止んだよ。 今 行けば、虹が見られるよ。』

「なにっ!? 今の声?」
驚いて立ち上がったら、低い天井に頭をぶつけてしまった。
痛くてチカチカする視界に 半透明の小さな物体が 通りすぎて行くのが見えた。
ワニクローが 外へ向かっていく『それ』に反応して、祠(ほこら)の外へと飛び出していく。
ズキズキする頭を押さえながら、あたしはそれを追った。


「・・・・・・うわぁっ!!」
雨に濡れた木々の向こうに 薄青色の空が広がっていた。
謎の声が言ったとおり、スコールは止んで、空色の上にうっすらと 7色の虹が架って(かかって)いる。
「きれいですね。」
ふと気付くと、いつのまにか あたしよりも2〜3幼い少年が 虫取り網を持って虹を見上げていた。
次から次へと謎なことが起こって、少々パニックを起こしていると、虫取り少年(?)は こっちを見て笑った。
「ああ、ボクは怪しい者じゃありません。 ヒワダタウンのジムリーダー、ツクシと言います。
 ここに虫ポケを捕りに来たんですけど、雨に降られてしまって、雨宿りしてたんです。」
「あっ、それじゃ さっきの声は・・・!!」
「声?」
・・・・・・どうやら、違うみたいだ。
やっぱり、あたしの周りで 謎なことが起こっているのは、間違いないみたいだ。
「気にしないで、あたしはクリス。 1週間後の あなたの対戦相手!!」
あたしが そうきっぱり言うと(だって、こっちが知ってて向こうが知らないなんて、フェアじゃないもん)
ツクシは一瞬目を丸くして、そして笑った。
「そうですか、それでは その時は、お互いベストを尽くしましょう!!」
そう言うと、握手を求めてきた。
その手を握り返すと、あたしは もう1度 虹を見ようと空を見上げてみる。


「・・・・・・・・・笑った?」
「どうしたんですか?」
ツクシが 奇妙な言葉を発しているあたしに向かって 疑問形の言葉を投げかけてきた。
「ううん、なんか、虹が笑ったような気がして・・・・・・」
またしても、不可思議なことを 言っちゃってる。 同意してくれたのは ワニクローだけだった。
ツクシはあたしの視線の先を見つめると、クスクスと笑っている。
「面白いことをいう人ですね。
 今度の対戦、楽しみにしていますよ。」

そう言って去っていく背中を あたしは見つめてなどいなかった。
口の中で 奇妙なフレーズがくるくると回っている。
「・・・『虹を架ける者』・・・・・・」



<続きを読む>

<目次に戻る>