・・・・・・・・・、はぁ、きっと、怒られるんだろうなぁ。

不安が一杯の気持ちで、そっと、ホントにそっと、ドアをあけた。

「・・・ただいまぁ。」

・・・自分でも分かるくらい、びくびくした声。

それに反応して、女の人が あたしの所に駆け寄って来る。

怒られる、と思って首をすくめたんだけど、お母さんの声は 優しかった。

「・・・おかえり、クリス。」


65、10月23日


始まりを告げた あの雨の日から あたしは少しだけ大きくなって、靴も小さくなった。
母親として、それが見られなかったせいだろうか、あたしが帰ってから、お母さんは妙に優しい。


「そうそう、クリス、ポケモンリーグの予選の招待状が届いてたわよ。」
「ホント!?」
思わず、食べていたチャーハンを吹きこぼす。
さすがにそれはまずかろうと思って、自分でその後始末をしていると、ママは遠い目をして呟いた。
「クリス、あんた いつのまにかお偉いトレーナーになってたのね・・・
 その招待状も、わざわざ クリスのために作られたものよ、ラジオ塔を救った勇者へって・・・・・・」
1通り床を拭き終えると、あたしは布きんを片付ける。
そして、まっすぐに お母さんのほうへと向き直った。
「それは違うよ、お母さん。 あたしはただ、運がよかっただけなの。
 ラジオ塔にたどり着くまでも、ラジオ塔の中でも、がんばっていたのは、いっつもポケモンたちだった。
 それに、あたしが ここまでがんばれたのは、いい友達に出会ったからだもん。」
「ゴールド君?」
それを言われて あたしは目を瞬く。
多分、他の人が見たら 相当 変な顔をしているんだろうなぁ・・・
「知ってたの?」
「有名よ、ゴールド君のお母さん、この町じゃ、ね。
 そして、彼女の息子が 旅に出たっていうこともね、町中に知れ渡ってるわ。」

「・・・そっか、ワカバじゃ、それもあり得るわ。
 でもねぇ、お母さん、それだけじゃないのよ、シルバーっていう子とも 友達になったの。
 2人とも、すっごいポケモントレーナーなのよ、今度、紹介するわ!!」
「そう、楽しみにしてるわ。」
お母さんは笑うと、食器を片付け始めた。
カチャカチャとした音が 久しぶりに聞こえてくる。
しばらく、机の上に突っ伏して(つっぷして)その音を聞きつづけていると、やがて、玄関のチャイムの音が耳に入ってきた。
もちろん、出て行くのは あたし。


「・・・荷物、片付け終わったか?」
来ていたのは シルバーだった。
あまりにも突拍子もないことで あたしは目を瞬かせ(まばたかせ)ている。
「シルバー・・・?
 家に帰ったんじゃなかったの?」
「帰ったには帰ったよ、だけど、母さんが、あの状態じゃ、どうにも居づらくて・・・・・・
 今、ゴールドの母さんと 話してるみたいだから、抜け出してきた。」
ガーネットみたいな赤い髪を指でかきあげながら シルバーは眉間にしわを寄せて答える。
どうも、シルバーの問題は、「はい、よかったね」で終わらせられるほど、簡単なものではないらしい。
「・・・それじゃ、あたしにワカバタウンのこと教えてよ!!
 あたし、この町のこと、ぜ〜んっぜん! 知らないもん、シルバー、この町の出身なんでしょ?」
得意の 明るい声を出す。
すると、シルバーの瞳の色が 少しやわらかくなったような気がした。

「・・・・・・ねぇ、一体何しにいくの? こっち、ゴールドの家なんじゃないの?」
やたらと長い一本道を ひたすら真っ直ぐに歩いていく。
その道は ワカバに来てからあたしが初めて知った家、ゴールドの家に向かう道。
「そーだよ、最初の目的地は ゴールドの家。 通称『ワカバのポケモン牧場』。
 自分の町に帰ってきたときくらい、ポケモンを遊ばせてやってもいいだろ?」
約5分後、シルバーの言葉通り、ゴールドの家の屋根が見えてきた。
シルバーはその場で自分のモンスターボールを開けると すぐ横に見えている『さく』の向こうへと放り投げている。
出てきたポケモン達は 数匹を除いて あっというまに地平線の向こうへと走って(飛んで)行ってしまう。
「・・・・・・シルバー、もしかして、この柵(さく)の向こうの、異常にだだっ広い草原・・・・・・・・・」
「そう、全部、ゴールドの家。 フスベから通ってくる時に通った道もな。
 クリスタルも ポケモン出してやればいいんじゃないか?」
カタカタと揺れるモンスターボールに急かされたこともあり、あたしはあわててモンスターボールを投げる。
ポケモン達はみんな、気持ちよさそうにワカバの空気を吸うと、子供のように(いや、半分くらいはホントに子供なんだけど)走っていってしまった。
「後で、ポケモンバトルでもする?」
「『ポケモンたちの気持ちが乗ってれば』な。
 とりあえず、商店街まで行ってみるか、道がまだあればの話だけど。」
そう言うとシルバーは左向け左で あっという間に 背の高い草むらの中に飛びこんでいった。
すぐにシルバーの姿を見失って あたしは途方に暮れる。

「・・・クリスタル!?」
「ちょっと、シルバー、どこ行っちゃったのよぉ!?」
半泣きであたしが立ちすくしていると ガサガサッという音と一緒に 草の間からシルバーが顔を覗かせる。
「悪い、クリスタルはこの道知らなかったんだっけ。
 おれの足元にある この石と石の間が入り口なんだけど、この先に抜け道があるんだ。
 商店街まで回り道してくと だいぶかかるから、おれとゴールドは いっつもこの道使って行ってるんだよ。」
こわごわと 草をかきわけて草むらに進入する。
あたしたちの背より高い草は シルバーの言ったとおり やっと子供1人通れるくらいの小さな道が開拓されていた。
「うわぁ・・・ただのくさっぱらだと思ったのに、こんな道があったなんて・・・・・・」
「クリスタルの母さんとか、おれの母さんとかには言うなよ、野生のポケモンが出るからって止められてるんだ。
 とりあえず、ゆっくり歩くから、はぐれるなよな。」
「なによ、そんなことしなくても、手をつないで行けば・・・・・・あっ、」
「・・・・・・本当に、厄介(やっかい)な力だよな。」
かなり、かなり気まずい雰囲気で あたしとシルバーはガサガサという音を立てながら草の間を進んで行った。
途中、道がふさがっていたらしくて ぼうぼうに生えている草をシルバーが抜いている。
きっと、ゴールドが旅に出ている間に 伸びてしまった草たちだろう。


「・・・なあっ・・・・・・クリスタルが前に居た町、どんなトコだった?」
シルバーが草と綱引きしながら 質問してくる。
どうやら、相当 強い力で地面とつながっているらしい、あたしは 横から割って入って その草の束をつかむ。
「・・・・・・海の見える、港町だった。
 いつもにぎやかで、その割には 治安がよかったかな、・・・・・・『あの時』以外は。」
腕に力を込めて 一気に草を引きぬく。
どうも、『引きぬく』と言うよりは『引きちぎる』形になってしまったみたいだが。
「ロケット団?」
「そ、かくれんぼしてた時に、偶然見かけたんだけどね、その時にロケット団にやられてたポケモンを1匹、あたし、助けられなかったの。
 それどころか、危うく捕まりかけちゃって・・・助けてくれた人がいたから、まだよかったんだけどね。
 その日以来、毎日のように ロケット団が夢に出てきてたわ。 最近は 見なくなったけどね。」
「それで、引っ越した先(ワカバ)で 1週間もしないうちにまたロケット団、か。
 災難だったな。」

・・・・・・な〜に言ってんだか。
生まれながらに奇妙な力を持って お母さんとゴールドとはぐれて、あげくの果てには 出会ったお母さんが記憶喪失・・・
1番災難に遭って(あって)るのは、シルバーだってのに。
・・・そうは思うけど、言うのはやめておこう。

66、ワカバタウン+バトル


「・・・・・・あたしね、この町に来て良かったと思ってるよ。」
町の1通りの探検が終わった後、案内された町で1番高い木の上、そこであたしはつぶやいた。
シルバーが妙な目つきをして あたしのことを見ているのが 振り向かなくてもよく分かる。
強風の吹き荒れる場所にしては珍しく、穏やか(おだやか)な風に守られながら 沈んでいく夕焼けを見つめて 言葉を続ける。
「そりゃーね、最初に来た時は なんっちゅー、田舎町に来ちゃったのかって、めちゃくちゃ後悔したわよ。
 でもね、この町に来たから、あたしはトレーナーになった。
 この町に来て、ワニクローとあって、ロケット団と遭遇して、ウツギ博士に送り出されて・・・・・・
 あんたたちに出会ったのも、良かったと思う、1つの原因かな?」
今日は 優しい風が流れている。


「ポコォーッ、ワニクロモコモコヒメグレン、トゲリン、オズみぞれっ!!!
 帰るよぉー!!」
あたしが8匹の名前を呼ぶと 呼んだ8匹の上にシルバーのクロバットまで飛んできた。
どうも、彼の名前が『クロ』だったかららしい。
そのまま 帰ろうと思って後ろを向くと 足元でザクッと音が響く。
振り向くと 薄暗くなっている薄紫色の闇の中で シルバーの銀色の瞳が光っていた。
「やるんじゃなかったのか? ポケモンバトル。 ポケモンたちは やる気充分らしいが?」
「・・・・・・ずいぶん、ゆかいな挑戦状じゃないの。
 未来のポケモンマスターは、負けたりしないんだからッ!!」

「シャドウ!!」
「トゲリ〜ン、ゴーッ!!」
夕暮れの中に 2人の声が響く。
空気が冷えてきて 妙なくらい、頭がさえてきた。
「シャドウ、『あやしいひかり』!!」
「トゲリン、『しんぴのまもり』!!」
技の指示が出たのは ほぼ同時。
予想通り、シャドウの放った光はトゲリンの『しんぴのひかり』で相殺されている。
さて、相手はゲンガー、何の技がいいんだか・・・・・・
「トゲリン、『そらをとぶ』!!」
トゲリンの白い体が 暗くなった空の上へと溶けていく。
一瞬(いっしゅん)、ゲンガーがトゲリンの姿を見失っていた、チャンスが、ある。
「いまだぁっ!!」
トゲリンの会心の一撃で ゲンガーは地面に打ちつけられる。
とどめは刺しそこなったものの、シルバーのシャドウには 相当のダメージが入っているに違いない。
そう思ったとき、トゲリンの背後に 赤い影が浮かび上がる。
「トゲリン、危ないッ!!」
「『メタルクロー』。」
あっという間に トゲリンの背中に赤い『何か』が打ちつけられて トゲリンは柔らかな草の上に倒れこんだ。
わずかに ひんしは間逃れているらしいが、もう、戦える状態だとも思えない。
「ストライクのアイアン改め、ハッサムの『アイアン』だ。
 新発見された 『はがね』タイプのポケモン、どう攻略する?」

「・・・・・・モコモコ、出番だよッ!!」
あたしの声に応えて デンリュウのモコモコが走り出す。
彼女はアイアンの姿を視界に捉える(とらえる)と あたしの動きと一緒にくるりと体を回転させた。
「『いわくだき』ィ!!」
強烈なアッパーが アイアンのみぞおちを(ハッサムの急所がみぞおちかどうかは別として)直撃する。
アイアンの体は空高くまで飛ばされ、あたしはそのまま落ちてくるかとも思ったんだけど・・・
「飛べッ、アイアン!!」
シルバーの一言で アイアンは背中に付いた羽を 高速で羽ばたかせる。
その風圧で アイアンの落下速度は遅くなり、なんなく着陸してきた。
・・・しかぁ〜し、その程度でめげるようなクリスちゃんじゃないのだ!!
「モコモコ、『かみなりパンチ』!!」
着陸前の一瞬、動きの鈍くなったところを狙って モコモコの必殺の1撃が飛ぶ。
『フラッシュ』張りの閃光が放たれた後、アイアンの姿は 見つからなくなっていた。
必死で闇の中にその姿を探すが、アイアンの姿は消え 探し出すことが出来ない。

「・・・・・・パルッ?」
「モコモコッ!? どうしたのよ!?」
モコモコが 卒倒する。
あせって彼女の体を抱き上げると 背中に特殊攻撃を受けたときの 独特の傷が残っていた。
「『だましうち』、おれのチーム3匹目、ブラックの得意技だ。」
すっかり暗くなった草っぱらの上に 三日月色の光が浮かび上がる。
わずか1メートル足らずの、それも生まれて間もないポケモンの仕業だった。
「・・・・・・やってくれるじゃないの。
 パワーにはパワーを、あたしの3匹目は こいつよ、グレン、ファイトッ!!」
背後から 巨大な闘志が動き出すのを感じる。
6メートル以上もある巨大なポケモンは 大きなうねりを作り出しながら 見下ろした先の黒いポケモンへと 攻撃を加えた。
トレーナーのあたしでも ぞっとするような威力の『ハイドロポンプ』をブラッキーは 何てことなくかわしてしまう。
「『あやしいひかり』!!」
珍しく シルバーが叫ぶような声で指示を出すと ブラックはクラクラくるような閃光を放つ。
途端、グレンがじたばたと暴れ出した。 『こんらん』してしまったらしい。
「まいったな・・・こうなりゃ、グレン、『あばれる』!!!」
指示されたせいか、もともとからか、グレンは前後左右上下 ところ構わず暴れまわる。
そりゃもう、気をつけておかないとトレーナーの方にまで攻撃を加えそうなくらい。
でも、攻撃力はバツグン!! 軽く触れた尻尾の先でブラッキーをフッ飛ばしちゃったくらい!!

「『スパーク』を使うんだ、グロウ!!」
一瞬のことで 何が起こったのか分からないうちに グレンはばったりと横たわっていた。
横になっても体の半分くらいの高さのあるグレンの向こうで シルバーが何か、光るものを持っているのが分かった。
全長40センチくらいの 青いまんじゅうにヒレとアンテナのついたような なんとも奇妙な・・・ポケモン、だと思う。
「・・・・・・な、なにそれ? ポケモンなの?」
「ちょうちんポケモン、チョンチーのグロウ。
 なりはこんなでも、おれのポケモンたちの 切り札だ。」


・・・切り札、ってことは、相手がそれだけ全力を出してきてるってこと。
相手が全力で向かってきている、だったら、こっちも、全力を出すしかない!!(と、いうか、もう)全力だけど)

「・・・・・・だったら、こっちも『切り札』をだすとしますか?
 オズ、あんたの出番だよ!!」

67、あたしとシルバー


「・・・ミニリュウ、ね。
 面白いポケモンを出すじゃねーか、それじゃ、行くぜ、グロウ『うずし・・・」
「オズ、『しんそく』!!」
風のような速さで オズはシルバーの手の上のチョンチーへと突進する。
攻撃が当たり、グロウは草の上をテンテンと弾き飛ばされて行った。


「・・・・・・・・・なんだ? 今の・・・・・・」
シルバーの 銀色の瞳が瞬いた。
そりゃそうだ、普通、ミニリュウが『しんそく』を使うなんてこと、あり得ないんだから・・・
「フスベシティの『りゅうのほこら』の長老からもらったのよ。
 変わり種には変わり種を、普通に迎え撃ってちゃ、つまらないんじゃないの?」
シルバーはうっすらと笑う。
逆さまになってじたばたとしていたグロウは ようやく体を反転させて復帰してきた。
「ヨヨヨヨヨヨ・・・・・・ッ!!」
一瞬の間を置いて 全身の産毛が逆立つような感覚に襲われる。
チョンチーのアンテナのような、いや、電球・・・なんだろう、そんなものが 光っている。
きっと、電気がたまっているんだ、相手のタイプは『でんき』!!
「オズ、来るよ、攻撃が!!
 『たつまき』で迎え撃って!!」
全てを言い終わった瞬間、またしても バチバチとした光が放たれる。
すぐ後に小爆発が起こり、予想していなかったわけじゃないんだけど、爆風であたしの体は放り出される。

「・・・ったく、どこまで 体当たりな攻撃なんだよ・・・・・・
 危ないったらありゃしない・・・」
「・・・・・・あ、ありがと。」
空中に放り出された あたしの体を シルバーが見事にキャッチしてくれた。
両足が 地面の上についていない、あたしは シルバーに抱きかかえられているのだ。
そのまま、シルバーがひざをついて降ろしてくれる。
一応、手は服の上にあるから、考えを読まれたりはしないだろうけど・・・・・・

「オズ、『でんじは』!!」
目と目の間を押さえて 怒鳴るようにオズに指示を出す。
さっきから バクバクと心臓が鳴っている、死にそうな目にでも、あったせいかな?
「グロウ、『スパーク』!!」
「『しんそく』よ、オズ!!」
巨大な体が グロウへと突進する。
またしても閃光が走り、耳が痛くなるような音が 草の上に響き渡った。


「・・・引き分け、か。
 ずいぶんと、育てられているみたいだな、そのオズってミニリュウ。」
あたしはオズをモンスターボールへと戻すと 心の中へと作戦の網(あみ)を張り巡らせる。
ドクドクと炎のように熱い血が 全身を駆け巡っていく、一瞬一瞬が、楽しくって、しょうがない!!
「みぞれっ、行きなさい!!」
「クロ!!」
真っ黒な物体が 空と地を駆け抜ける。
シルバーのクロバットのクロ、あたしのニューラのみぞれ、それぞれ、スピード自慢のポケモンのたちだ。
「『きゅうけつ』だ!!」
ほとんど音もなく クロバットはみぞれへと接近してくる。
あたしとみぞれは それをどきどきしながら 見つめ続ける、クロのするどい牙が みぞれに触れる寸前まで!
「みぞれ、『れいとうパンチ』!!」
ぎりぎりまでクロを引きつけて 冷気のこもったパンチを打ちつける。
かなり大きな翼は 凍り付き始めていった。
これで、あの大きな翼で出されるスピードを そうそう出せることはないだろう。
「『きゅうけつ』だ!!」
シルバーは繰り返す。
途端、みぞれは ぱたりと倒れた。
驚いて あたしは言葉を失っている。 なにより、凍りついても勝利を求める、2人の根性に。

ただ、クロも もう戦える状態ではなかった。
シルバーは黙ったまま クロをモンスターボールへと戻す。
「最後の1匹ね。」
「・・・・・・そうだな。」
フルバトルのせいか、心なしか、シルバーの声に力がない。
クラクラしてくる心を奮い立たせ(ふるいたたせ)、頭の中をクリアにする。
「ワニクロー!!」
「フレイム!!」
闇の中から 2つの巨大な影が飛び出してくる。
『フレイム』と呼ばれた大きなポケモンは 一瞬力を込め 大きな炎を背中へと作り出した。
どうやら、以前に彼が持っていた『マグマラシ』の進化系のようだ。
「運が悪かったとしか、言いようがないんじゃない? 水タイプに対して炎なんて・・・」
「まさか、最初っから この状況は予測していたさ。
 ウツギ博士が研究していたポケモン同士の対決、クリスタルなら、恐らくオーダイルを1番育てているだろうと思ってたからな。」
「・・・・・・ウツギ博士が?
 ちょっと、どういう意味よ、シルバー!?」

答えることなく、赤い炎が飛んでくる。
闇の中でシルバーの銀色の瞳が ギラギラと輝いている、これでは多分、あのフレイムを倒さない限り、答えを教えてくれないだろう。
「いいわよ、絶対に答えてもらうんだから!!
 ワニクロー、『みずでっぽう』!!」
進化して威力も増した水のかたまりが フレイムへと向かって放たれていく。
シルバーが言葉を出すことなく 人差し指を天へと掲げる(かかげる)とフレイムは『でんこうせっか』で それをひょいひょいと避けて行った。
「『こわいかお』!!」
暗いせいもあり、大統領のボディーガードも尻尾を巻いて逃げ出す(…かどうかは知らないが)ような『こわいかお』を
ワニクローはフレイムへと見せつける。
・・・まあ、予想はしていたが、そのショックで フレイムの動きが 一瞬止まった。
そのスキを あたしは見逃さない。
「今だワニクロー、『なみのり』!!」
大きな水流が フレイムの炎を狙う。
上手く行けば、これで かなりのダメージが与えられるはず・・・・・・!!
「フレイム、『かえんぐるま』。」
シルバーの声とほぼ同時に オレンジ色の火がフレイムを包む。
それと同時に ワニクローの水が当った。
ジュウジュウという音を立てて 湯煙がフレイムのまわりを包む。
あたしが次の技を指示しようとしたとき、その煙の固まりが ワニクローへと向かって突進してきた。
ワニクローはそれを何とか受けとめているが、半端なダメージではないのは ちょっと見ただけでも分かる。
「『きりさく』!!」
炎がおさまった瞬間、あたしは叫んでいた。
まるで、自分が戦っているみたいに ワニクローが自然に動いてくれる。
大きな爪はフレイムの急所をつき、フレイムはあたしが思った通りの場所で ばったりと倒れていった。


「・・・・・・さぁ、あたしの勝ちよ。
 どういうことなんだか、教えてもらおうかしら、シル・・・・・・シルバー!?」
あたしの視線の先で シルバーはまるで倒れかけているかのように 片ひざをついて息をあえいでいた。
近寄ると、驚くぐらい、肩が震えている。
「・・・・・・・・・大丈夫、異常はない。
 情けない話だけど、バトルは苦手なんだ。」
切れ切れとした息の間で シルバーは答える。
少しだけ息が落ちつくと、シルバーはその銀色の瞳を あたしのほうへと向けた。
「一応、約束だからな。
 今出したフレイム、実は、おれがウツギ博士の研究所から、盗み出したポケモンなんだ。」
「・・・え?」
あまりに突拍子もない話に あたしは言葉を失う。
ひたいに浮き出た 汗をぬぐい、シルバーは続けた。

「去年の今ごろ、家出の途中でチョウジタウンに行っていたおれは、偶然、ロケット団の存在を知った。
 アジトを突き止めて、比較的安全だった 資料室を調べていた時、
 ワカバタウンのウツギ博士のポケモンが狙われているという情報が手に入ったんだ。
 正直な話、ポケモンたちがどうなろうが、知ったことじゃないと思った、けど、
 ・・・・・・そう、だけど、ピカチュウに会ったんだ、ロケット団に実験を受けていた、1匹のピカチュウに。」
どこか、シルバーは自分でも混乱しているような雰囲気があった。
多分、この話をしたのは、あたしが初めてなんじゃないだろうか?
「その頃は 忍び込むためのたいした技術も持っていなくて、ポケモンも、クロしかいなくて、
 何度かロケット団に見つかりそうになった。 その時、何度も助けてくれたのが、そのピカチュウだった。
 そいつは、自分だけ助かることもできたはずなのに、他のポケモンたちをいつも優先させて、外に逃がすように頼んできた。
 あぁ、計画書を見せて、当時、名前もなかった3匹のポケモンを助けてくれるように頼んだのも、あいつだ。
 ワカバにはゴールドもいる、それで、そいつをロケット団とのゴタゴタに巻き込みたくなくて、おれはワカバへと向かった。
 だけど、失敗だった。
 ポケモンは3匹とも盗むはずだったのに、フレイムしか取れなかったし、
 おまけに、ゴールドや、・・・クリスタルも、結局ロケット団の争いに 巻き込んでるからな。」

話を聞いているうちに 記憶がはっきりしてきた。
ゴールドのお母さんから話を聞いた、ウツギ研究所から盗まれたポケモンのこと。
「それじゃ、ウツギ研究所から盗まれたポケモンって・・・・・・」
「フレイムのこと。 最初の名前はヒノアラシ、次がマグマラシ、今はバクフーン。
 クリスタルのワニノコ、ゴールドのチコリータと一緒に研究されていた ウツギ研究所のポケモン。」
シルバー君は良い子・・・ゴールドのお母さんの言葉が 頭の中をリピートする。
不安そうな顔で あたしの顔を覗き込んでいるワニクローを押しのけて あたしはシルバーの方へと向き直った。
「1つ聞かせて。
 シルバーにとって、ポケモンって、一体何?」
「兄弟。」
意外にも 返事はすぐに返ってくる。
あたしはそれを聞いて 唾(つばき)を1回飲み込むと シルバーへと向かって手を差し出した。
「・・・そういう答えが出せるんだったら、シルバーは『悪い子』じゃないよね。
 ホント、あんたと友達になれて、良かったと思ってるよ。」
「・・・・・・・・・友達・・・・・・・・・友達・・・ね・・・・・・・」
少々不安そうな瞳の色を残しながら シルバーはあたしの手を掴んで 握手する。
あたしに出来る 1番の笑顔を作ると ポケモンたちを一斉にボールの中へと戻して あたしは家路を歩き出した。



「ねーねーねー、シルバー、一体どうしちゃったの!?
 ねぇ、どうしてそんなに落ちこんでるの?」
「・・・・・・・・・いぃ、別にいいんだ。 頼むから、放っといてくれ、ゴールド・・・・・・」
あたしが家にいる間、こんな会話が ゴールドとシルバーの間で執り(とり)行われていたらしい。
もっとも、あたしがそれを知ったのは ずいぶん後の話だったけど。



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