70、11月21日


ギシギシいう体を何とか伸ばして あたしは起きあがった。
用意されたホテルのフカフカのベットが あたしを眠りの誘惑(ゆうわく)へと誘うが それを何とか制する(せいする)と、
ずるずるとベットからはいずり出す。


「おはよう、よく眠れた?」
扉を開けると ブルーさんが元気にあいさつをしてくる。
それにはやっぱ、とびっきりの笑顔で応えなくちゃ!!
「おはようございます!!
 とってもよく眠れましたよ、10日分の疲れを ぶっ飛ばすくらい!!」
「あら、とてもそうは見えないわね。
 ずいぶんと疲れが溜まっているようよ、長い間姿を見せなかったみたいだけど、何をしていたのやら・・・」
真横から声を掛けられ、トレーナーの性と言うか・・・戦闘態勢で振り向く。
そこで 大人っぽい笑いを浮かべていたのは フスベにいたジムリーダーのイブキだった。
「いくらなんでも、驚きすぎよ。
 私は別に、あなたと戦うために ここに来たわけじゃないんだからね。
 ・・・というか、むしろ、この私にまぐれとはいえ勝ったんだから、ブザマな負け方をしたら、許さないわよ!!」
それだけ言うとイブキは あたしに話す間を与えず、何かを放りつけ、マントをひるがえして去っていった。
ドラゴン使いの人々は 朝食前でも マントをつけなければいけない決まりでもあるんだろうか?
「今のは、確か、フスベシティのジムリーダーよね。
 何か渡したみたいだけど、一体何?」
「・・・・・・・・・・・・さぁ、なんかの、小包みたいですけど・・・?」
「・・・疲労回復の・・・・・・クスリ?」
・・・ちょっとだけ、ありがたいかも。


『さぁ、今年もやってきました!!
 第4回ポケモンリーグ、こちらは、予選Pブロックです!!!』

予選とはいえ、体を裂きそうな観衆の大歓声に あたしは体を震わせた。
何10人という予選参加者の中にまぎれ あたしは呆然と辺りを見まわしていた。

「(・・・・・・飲まれてちゃ、だめだよ。
 決勝リーグでは、もっとたくさんの人がいるからね、トレーナーなら、自信を持って笑ってなくちゃ!!)」
少し高い、男の子の声が聞こえたような気がした。
手首についている 6つのモンスターボールを握り締める、少しだけ揺れる球体が あたしのことを励まして(はげまして)くれていた。

『皆さんご存知かと思いますが、予選のルールをご説明します、
 このポケモンリーグ予選、事前に抽選で決定した480名が A〜P、16ブロックに分かれて戦います!!
 予選参加人数は30名!! この人数を 2時間の間に いかに多く倒せるかで勝負は決まります!!
 通過できるのはたった1名、この過酷な対戦を制するのは 一体誰になるのでしょうか!!?』

その場にいる全員がモンスターボールを手に取った。
試合が近づいている合図、ということなのだろう、軽く息を吐いて 気を落ちつかせると あたしはモンスターボールを手に取った。
ピリピリとする殺気は あたしを奮い立たせてくれた。

『・・・試合、開始です!!!』


ゴングの幻聴が聞こえ、その場にいるトレーナーたちの5、6人が あたしに向かってモンスターボールを開いた。
普通に考えたら、大体1対1になりそうなものだけど・・・・・・
・・・女の子だから? 弱そうに見えるから?
どっちも、考えたくはないな、だったら、勝つしかない、それも、出来るだけ早く!!
「・・・・・・オズッ、『しんそく』で片付けて!!!」
青いモンスターボールが割れると 薄青色の線がその場を走りまわった。
そして、向かってくるポケモンたちを 次々と気絶させて行く。

『おおぉッ!? こちら、Pブロック、ただいま、1人の女の子が一度に5人のトレーナーを倒しました!!
 番号1982番、クリスタル選手です!!
 小さな女の子ながら、ハクリューを従え 積極的に戦うその姿は 神秘的なものを感じます!!』

実況がほめてくれることが、ちょっと こっ恥ずかしかった。
勢いに乗ってあたしは 再び向かってきたトレーナーのラッタに『たきのぼり』攻撃を浴びせる。
8人も倒して 向かってくる相手がいなくなると 今度はあたしの方からバトルをしに向かう番だった。

『こちらは予選A会場です!!!
 ただいま、こちらの会場では 予選通過者が決定いたしました!!
 文句なし、30人抜きで フスベシティ出身、元四天王のワタル選手、決勝リーグ進出です!!!』

「・・・・・・っっはああぁぁっッ!!!?」
辺りからは一斉にブーイングが起こっていた。
四天王として 素晴らしい実力を持ったワタルさん、そんな人物がリーグの中に紛れ込んでいる、
その事実を知らされたリーグ参加者は たまったものではない、だって、結果が見えてしまうじゃない?
ただ、ちょっとだけ あたしには都合が良かった。
そのアナウンスでスキだらけになっていたトレーナーは 勝ち数を稼ぐ(かせぐ)には 充分過ぎるほどの相手だったんだ。


・・・・・・1時間と、いくらかの時間がたったかな?
あたしは 障害物として置かれていた岩の陰に座りこんだ。
どういうわけか、たいした実力を持っていない人ばかりの会場にまぎれ込んでしまったらしく、
1人ずつは簡単に倒せるんだけど、さすがに、10人以上戦っていると 疲れがたまってくる。
だけど、あまり隠れているわけには行かない、4メートルもあるポケモンを隠せる場所なんて、ほとんどないんだから。
「・・・ご苦労かけるねぇ〜、オズ。
 1番レベルが低いのに、こんなヘロヘロになるまで戦わせちゃってごめんね。
 まだ、終わりそうにないの、もうちょっとだけ、頑張ってくれるよね?」
スーパーボールから出しっぱなしのオズに話しかけると、オズは薄青色のほおであたしの顔にすりよってきて、
水晶のようなもののついた尻尾を振った。

「・・・見つけた、13人を倒したトレーナー。
 ぼくは10人のトレーナーを倒したんだ、最強のぼくと、勝負だ!!!」
岩の向こうから どう聞いても子供の声が聞こえてきた。
どうやら、戦わなければならないらしい、
また。

71、予選終了


『こちら、Pブロック!!
 若きトレーナーとトレーナーの激しい争いが繰り広げられております!!
 ただいま、ワカバタウン出身のクリスタル選手と ヤマブキシティ出身・・・・・・え〜っと、腕立て伏せマン?
 資料にはそうありますね・・・とにかく、13人抜きの選手と10人抜きの選手がぶつかりました!!』


「・・・・・・何よ、『うでたてふせマン』って・・・・・・」
「ぼくが 腕立て伏せ大好きだからに決まってるじゃん!!!
 どーせ、運良く弱いやつらにあたっただけなんだろうから、さっさと戦ってやられちゃいなよ!!!」
同い年くらいの少年は モンスターボールを開いた。
中から飛び出したポケモンは 戦闘開始の合図も待たず、鋭いパンチを繰り出し あたしのほおをかすめる。
名前のまんま、かいりきポケモンのカイリキーだ。

「オズ、『でんじは』!!!」
あいさつ代わりにカイリキーをしびれさせると あたしは背後の岩を殴り壊した。
ガラガラと音を立てて崩れ去っていく岩を 青い顔をして少年(と、言ってもあたしとほとんど年は変わらないみたいだけど)と
カイリキーは見つめている。
不思議とあたしの心の中は落ちついていて 少し乱れた髪を撫で付けると、ゆっくりと相手トレーナーの方へと向き直った。
「ずいぶんと、しつけがなってないみたいじゃない、あなたのカイリキー。」
「ヘン!! ポケモンをなつかせなくたって、ばとるに勝ちゃいいんだろ、勝ちゃ!!!」
呆れかえって、あたしはため息をつく。
軽く指で合図すると、オズは張りきって体をうねらせた。
「ディア、『クロスチョーップ』!!!」
めちゃくちゃにドスを効かせた声で 少年は指示を出した。
向かってくるカイリキーを 4つの目が見つめていた。
「・・・・・・・・・ディアァ〜!?
 無茶な名前にも ほどがあるでしょうがっ、オズ、『しんそく』ッッ!!!」
中途半端に力を込めて向かってきたカイリキーを オズはふわりと浮かんでかわして行った。
そのまま、何度も練習した通りに 水晶玉のような球体のついた尻尾で カイリキーを跳ね飛ばす!!
「『メガトンパァンチ』!!!」
倒れこんだカイリキーが置きあがる前に 少年は指示を出していた。
カイリキーは戸惑い(とまどい)、一瞬行動が遅れている。
それは、こちらにとっては絶好のチャンスだった。
「オズ、『たきのぼり』!!!」

『きまったぁ!!!
 ハクリューの『たきのぼり』です、クリスタル選手、14人抜きです!!!
 まもなく、2時間になろうとしています、これはクリスタル選手の突破で決まったようです!!!』

大きく空へ飛んだカイリューが落ちてきて、完全にそのポケモンは気絶していた。
とりあえずは ずいぶんと倒した人数を稼いだわけだけど、オズが疲れきっちゃって、もう『でんじは』くらいしか技を出せそうにない。
作戦として あたしたちはバトルになる前に トレーナーに出会わない作戦に出た。
残り時間が少ないのを 逆利用するのだっ。


『・・・・・・・・・3、2、1、試合終了――――ッッ!!!
 ただいまの時間を持ちまして、ポケモンリーグ予選、終了となります!!!
 係員が勝ち数の統計を取りますので、しばらくお待ちください・・・』


「・・・・・・終わったぁ・・・」
ほっと一息ついて あたしはその場に座りこんだ。
オズも疲れ切ったらしく、あたしの周りにとぐろを巻くようにして ぐったりと倒れこむ。
汗の浮いたひたいをなでていく風が すごく気持ち良かった。

『集計結果が出ましたので、発表いたします。
 Aブロック通過ワタル選手、Bブロック通過タケル選手、Cブロック通過ヨシヒロ選手、
 Dブロック通過チヒロ選手、Eブロック通過ヒロアキ選手、Fブロック通過カズキ選手、
 Gブロック通過ケンスケ選手、Hブロック通過マサユキ選手、Iブロック通過シュン選手、
 Jブロック通過・・・え〜と、アキラ選手とマイ選手が同点ですね、後で決定戦をやっていただきます。
 Kブロック通過リョーコ選手、Lブロック通過タツロウ選手、Mブロック通過ミサキ選手、
 Nブロック通過、ステージネーム・エンジェルクイーン選手、Oブロック通過タカシ選手、Pブロック通過、クリスタル選手。
 以上、15名、が予選通過です!!!
 予選ながら、素晴らしいバトルを見せてくれました、残念ながら負けてしまった方々にも 盛大な拍手を送ってください!!!』


実況の声を聞いて とりあえず一息ついた。
第1段階、突破ってわけだ、この一瞬くらいは ほっとしてもいいだろう。
「お疲れさま、オズ。
 少しの間、バトルはお休みしていいから、休んでてね。」
あたしが そう言って角(つの)をなでると、オズはきれいな声を出して鳴いた。
晴れの日の洗濯物のように 大きく手足を伸ばして疲れを飛ばすと、オズをボールへと戻して 入り口へと歩いて戻る。



「あぁ〜、クリスッ!!
 放送聞いたよ、予選通過おめでとう!!!」
会場から出ると ゴールドが走って寄ってきた。
彼に何があったのか、瞳の色がいつもと違って 名前と同じ金色に輝いている。
まぁ、本人に異常はないみたいだし、『スズのとう』でも 似たようなことがあったから、別にいいか。

ゴールドは どうも、ハイタッチを求めているらしく、肩の辺りで手をパーにしていた。
一応、その気持ちには応えなきゃと思い、あたしはその手を叩いた。
「ありがと、ゴールドの『四天王に挑戦!』は・・・・・・聞くまでもないみたいね、おめでとっ。
 あっ、そういえば受け付け、いつのまにか登録されてて・・・ブルーさんに聞いたら、『ゴールドにお礼言っときなさい』って、
 ・・・・・・どういうこと?」
あたしが聞くと、ゴールドは途端に顔を赤くした。
・・・・・・一体、何があったというのだろう?

「・・・頼むから、もう遅れないでね。」
「う、うん、よく分からないけど・・・ありがと・・・」
理由を聞いたのは、だいぶ後のことだった。
本当に、あたし、ゴールドには ずいぶんと借りを作っていると思う。

72、ゴールドの金色の瞳


「・・・・・・なに、それ、ゴールドがやったんじゃないの?
 あたし、てっきり・・・・・・」
ポケモンリーグの大会中だけ開いているレストラン、あたしとゴールド、それにシルバーは ここに来ていた。
もちろん、晩御飯(ばんごはん)を食べるため。

「違うよ、『四天王に挑戦!』が終わったら、いつのまにかこうなってたの・・・
 原因、全然わからないんだけど・・・」
ゴールドは首を横に振った。
今のところの話題は、『ゴールドの瞳が 突然金色に変わったことについて』。


「・・・つーか、このゴールドが、カラーコンタクトするように見えるか?」
シルバーが相変わらずの口調で 突っかかってくる。
「違うわよ!! 1回、ゴールドがちっちゃくなっちゃった時に 眼の色が変わったことあったから、
 また、同じ事をやったのかなって・・・・・・」
その言葉に ゴールドが金色の眼を見開いて驚いていた。
・・・どうも、自分自身でも ろくに気が付いていないらしい。
「それは、初耳だったな。
 どうしてその時に、おかしいと思わなかったんだ?」
シルバーの言葉が胸に刺さる。
「・・・・・・だって、だってゴールドって、いっつも信じられないようなことばかりだったから・・・
 ホント、いつだってそうだよ!!
 ワカバで聞いた、ゴールドのお母さんの話でも、初めて会った時も、アサギでも、チョウジでも、
 ロケット団と戦ってた時だって! ・・・・・・いっつも、奇跡を起こして・・・
 ・・・・・・ズルイよ、あたしは、なぁんにも 持っていないのに・・・」
あ〜あ、また、グチっちゃってる。
シルバーも心なしか、呆れ顔でこっちの方を見ていた。 ゴールドも、軽くため息をついている。

「クリス。」
そう言ったのは、ゴールドだった。
色は違えど、いつもと変わらない、穏やか(おだやか)な瞳が あたしのことを見つめる。
「奇跡を『起こした』のは、クリスだよ。
 僕たちが、必死で成し遂げようとしてたロケット団の壊滅(かいめつ)を
 消えちゃった僕や、へとへとになってたシルバーの代わりにやってくれてたのは誰?」
「・・・でも、あれは・・・」
「『偶然』じゃないよ、
 僕は、出来なかったんだ。 捕まっていたシルバーを助けることも、ロケット団を 倒すことも・・・
 自分の能力までのことしか出来なくて、次から次へ、大事なものを守れなかった。
 『努力』と『ひらめき』って名前の武器を使って、自分の力で『奇跡を起こして』、僕の代わりに 大切な物を守ってくれてたのは、誰?」
ゴールドは、今までに見せたことのない笑い方をした。
穏やかで優しい、そして、少し哀しそうな。


「それじゃ、食べ終わったことだし、そろそろ部屋に戻るとするか?
 瞳のことは、おれとゴールドとで調べるから、クリスタルは、明日からのバトルのことに 集中しておけよ。」
15分後、ずっと最初によそったご飯を食べていた
シルバーが食べ終わり(あたしは2杯、ゴールドは13杯もお代わりしたっていうのに・・・)あたしたちはレストランから出て来た。
ガラスで出来たドアをくぐった途端、ほおを切るような冷たい風が通りすぎて行く。
「寒いッ!!!」
ゴールドが声を上げた。
叫ぶほどの寒さでもないと思うんだけど・・・極端(きょくたん)な寒がりなのだろうか? ゴールドは。
「なにも、叫ばなくても・・・でも、確かに冷えるね。
 もうすぐ12月だもんね、この冷え込み方なら、雪でも降ってくるかな?」
「ゆき?」「雪?」
またしても、あたしは金色と銀色の瞳に見つめられる。
普段、あまり見慣れないだけに、かなりドキドキするんだけど・・・・・・
「雪って・・・降ってくるのか? ここ・・・」
珍しく、シルバーから質問が飛んでくる。
「そりゃあ、『白銀(シロガネ)』って名前がつくぐらいだから、降ってくるんじゃないの?
 もっと北の方じゃ、もうスキーのシーズンだし この街も、結構高い所にあるんだから・・・・・・」
「・・・・・・降ってくるかな・・・」
「ねぇ?」
ゴールドとシルバーは2人同時に 薄曇った(うすぐもった)灰色の空を見上げていた。
2人とも期待に満ちた、あたしが初めて見るような 子供っぽい笑顔で 天空を見詰めている。

あまりに2人がはしゃいでいるもんだから、あたしは、思いきって聞いてみる。
「そんなに、雪が珍しい?」
「珍しいも何も・・・見たことがない。」
「シルバーにおなじく。」
ゴールドとシルバーは顔を見合わせて答えた。
・・・・・・そういえば、2人が今までいたワカバって、けっこう暖かい所にあるんだっけ・・・
「クリスが前にいた街は、雪、降ってたの?」
「ん〜・・・・・・一冬(ひとふゆ)に 2、3回降ったかな?
 雪だるまを作れるほどは、降らなかったよ。」
あたしの話を 2人は興味深そうに聞いていた。
ずっと、遠ざかっていた 子供らしい、いつもの会話。
懐かしくて、なんだか嬉しくなってくる。



「・・・やっぱ、雪が降ってくる時って ドキドキするよね!!
 うん、あたしも 雪を呼んじゃおうかな?」
あたしがおどけて見せると、ゴールドは楽しそうに笑った。
冷えた体を温めようと 走ったり跳んだりしながら、薄暗い夜道を歩き続ける。
「・・・・・・だけど・・・」
シルバーが唐突に口を開く。

「だけど、ポケモンバトルをするには 厳しくなるな。」
その言葉に あたしとゴールドははっとした。
5度近くまで冷え込んでいる今夜の翌日、すなわち明日、あたしは2次予選の試合が待っているのだ。



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