76、11月26日


「やあ、クリス君。
 やはり、ここまで来たんだね、君の実力なら、いずれここまで来ることは分かっていたよ。」
決勝の相手は、当然というか、なんというか ワタルさんだった。
1番最初のブロックを すんなりと勝ちあがってきたワタルさん、対して、遅刻はするわ、ヒィヒィ言いながらの戦いを繰り返してきたあたし・・・
本来なら、絶対に勝てるなんて、思えない戦いなんだけど・・・だけど・・・・・・



「負けません、あたし。」
実況の声も聞こえないくらいに、あたしは緊張していた。
5分も先にある戦い、そのことばかりが頭の中をよぎって、嫌になるほど、シミュレートして・・・
怖いのかな? あたし・・・・・・ううん。
もしかしたら、楽しみなのかもしれない、強敵ワタルさんとのバトルが、その先にある、本当の戦いが。

「位置についてください!!」
審判の声で あたしは我に帰った。
考えすぎたせいかな、なんだか、頭がボーっとする。 冷静にならなきゃ、この先にあるのは『戦い』なんだから。
そして、あたしが立ち位置につくと、妙に冷静な自分が待っていた。

『ポケモンバトル、スタート!!』

初めて聞こえた実況の声で あたしはボールを投げる。
最初に出すポケモンは決まっている、うろこと同じ色のモンスターボールに入った 赤いギャラドス、グレン。
「グレン、『かみつく』攻撃!!」
先手必勝。 とにかく、相手を牽制(けんせい)しようと、あたしは『かみつく』の指示を出す。
するどい牙が 相手のポケモンへ向けられた瞬間、グレンはそのまま前のほうへと押し出され、つんのめった後、慌てて後ろへと向き直った。
「君のポケモンはギャラドス、か。
 面白い、俺の最初のポケモンも・・・・・・ギャラドスだ。」
グレンよりも ずっとガタイのいい海色をしたギャラドスが あたしのことを睨んでいた。
多分、レベルもこっちよりずっと上なんだろう、さすがに、事実上の決勝(ゴールドが『四天王に挑戦!』に失敗した場合、ここが決勝戦だった)だけあって、
簡単には 先に進めそうにない。
さぁ、どうする? クリス!!

「ギャラドス、『ハイドロポンプ』。」
向かって行くグレンを ワタルさんのギャラドスが発した水流が押し戻す。
「ひるむなグレン!! 傷は浅い!!
 『あばれる』を お見舞いしてやれ!!!」
その指示で 見境(みさかい)なく暴れ出したグレンの尾が ギャラドスを直撃する。
見た目じゃちょっと分からないんだけど、多かれ少なかれ、ダメージを与えたのは確かだ。
「『はかいこうせん』!!!」
ワタルさんの声が響き、目も眩むような光が グレンに向けて発射された。
少なかったとはいえ、ダメージがあった体では これは耐えられるものではない。
グレンは 地響きを上げながら その大きな体を横たえてしまう。


「・・・・・・上出来よ、グレン。 良くやったわ。」
すぐ近くまで来ていたグレンの横っ腹を あたしはなでた。 それと一緒に ねぎらいの言葉も。
上手くいくかどうかは分からない、だけど、今のところは ほぼ予想通りに事(こと)は進んでいる。
「・・・『上出来』、『良くやった』?
 相手を倒すことなく終わったのに・・・・・・!!」
「たった3ヶ月で、もうお忘れですか、ワタルさん?
 あたしのチームメンバーに 水・飛行タイプのギャラドスに対して有効な・・・・・・」
あたしは モンスターボールを開く、モコモコの入った、モンスターボールを。
「電気タイプの デンリュウがいるってこと。
 モコモコ、『かみなりパンチ』!!!」
『はかいこうせん』で動けなかったこともあり、攻撃は見事、クリティカルヒットした。
強烈な電気のアッパーカットで ギャラドスはダウンする。
「・・・すべて、君の計算通りだったという訳か。
 さすがだよ、『いかりのみずうみ』で ブルーが目をつけていただけのことはある。
 しかし、俺にも元四天王としての意地もある、決して、負けたりはしないよ、カイリュー!!!
 『はかいこうせん』!!!」
もう1度、強烈な光線が 今度はモコモコ目掛けて襲いかかってきた。
「モコモコ、『こらえる』!!」
技マシンを手に入れて、何気なく覚えさせちゃった技、『こらえる』、これを使いこなすには、かなりタイミングが重要になる。
何度も試して、そのタイミングを掴んだんだ。 失敗したりはしない。

「・・・・・・耐えきった?」
「当たり前よ、モコモコにはね、あたしと、それにゴールドっていう最高のトレーナーの気持ちが詰まってるんだから!!」
あたしを、旅に出したゴールドに、強くなったトコ、見せてやるんだから・・・!!!

「だから、こんなところで負けたりしない!!!
 モコモコ、交代よ!! みぞれを出す!!」



「うわぁ〜、もう試合、始まっちゃってるよ・・・・・・
 ゴメンレッド、せっかく席取っといてくれてたのに・・・・・・」
軽い足取りで 赤いパーカーに黄色いキャップを後ろ前に被った少年が 観客席へと走りこんできた。
その瞳は金色で、どことなく琥珀石(こはくいし)を連想させる。
「ま、ギリギリセーフってとこかな? 面白くなると思うぜ、これから!!」
レッドは走ってきた少年に笑いかける。
少年は ちょこんと相手いた隣の席に腰掛けると、太陽のような笑顔をレッドへと向けた。

「なぁ、この試合、どっちが勝つと思う?
 おまえにとっては、次の対戦相手が決まる 大事なカードになるわけだけど・・・・・・」
レッドが尋ねると、少年は金色の瞳を 土煙の上がるフィールドへと向けた。
少しの間考え込んで、それから口を開く。
「実力とポケモンのレベルだけで考えるなら、ワタルの方が上だと思う。」


「・・・だけど、なんとなく分かるんだ、この試合、クリスが勝つ。」

77、あたしなり


「みぞれ、『れいとうパンチ』!!!」
みぞれは 軽く、高く飛びあがると、強烈な冷気のこもったパンチをカイリューの背中に叩きこんだ。
はずみでカイリューは前の方へとつんのめって行く。
チャンスだ、今なら『はかいこうせん』の照準をつけることなんて まず出来ない!!

「・・・くっ、カイリュー、『げきりん』!!」
カイリューがみぞれを睨み、それほど大きくはない翼を使った 強力な攻撃がぶつかってきた。
はずみで みぞれは2〜3メートル飛ばされる。
だけど、『ひんし』までにはいたらなかったみたい、すぐに起きあがってカイリューを睨み返す。
「もう1度『れいとうパンチ』!!!」
暴れまわるカイリューをくぐり抜け、みぞれはカイリューの脳天に 『れいとうパンチ』を打つ。
その効果は抜群で、カイリューは耐えきれず、土煙を上げてフィールドの上へと伏した。



「さぁ、次!!!」
あたしはモンスターボールを手に取った。
後から入ってきた みぞれを戦わせるのには 限界がある。
倒れるのは せいぜい1〜2匹、もと四天王のワタルさん相手じゃ、これ以上は戦わせられないだろう。
「それでは、リザードン!!」
ワタルさんがボールを開いた途端、灼熱(しゃくねつ)の火炎があたしの横をかすめていく。
初めて開催された年のポケモンリーグの決勝戦でも話題になった、岩をも溶かす高熱の炎を吐く 灼熱(しゃくねつ)の龍(りゅう)。
「光栄(こうえい)だわ、第1回の決勝戦と 同じポケモンを使ってくれるなんて・・・」
「ふっ、そして、『グリーン』の切り札を目の前にした君は、マサラタウンのブルー、というわけか?」
「・・・・・・違うわ、あたしはワカバタウンのクリス。
 ブルーもレッドも、あなたも超えて行く!!!
 ワニクロー、出番よ!!!」
交代したワニクローは リザードンへと向かって、そして観客に向かってアピールするかのように大きく吠えた。
吐き出された火炎を 体で受け止める。
水を操るポケモンで、雷みたいないたずらボウズなのに、心の底に受け止めた炎以上の熱い物が眠っている、そんな感じだった。
狙いを定めたら、逃がさない!!


「ワニクロー、一撃で決めるよ!!!
 『ハイドロポンプ』!!!」
ワニクローの吐き出した水流が リザードンへ命中する。
今の今まで、全く使っていなかった技だ、予想できなかったに違いない。
会場中に響く 大きな声を上げると、リザードンは水の張ったフィールドの上へ横たわった。

『・・・リ、リザードン戦闘不能!!
 よって、勝者、ワカバタウンのクリス選手です!!!』

うねるような大歓声が上がったらしいが、あたしには全然聞こえていなかった。
バトルが始まった時のように ボーっとして、頭と体が火照って(ほてって)。
バトルを終えて、誇らしげな顔で戻ってきたワニクローの背中を叩いたのは覚えている。

「おめでとう。」
そう言って、手を差し出してきたのはワタルさんだった。
「決勝進出、おめでとう。」
「あ・・・・・・」
ようやく、自分の状況を思い出し、差し出された手を握る。
いつのまにか 汗ばんでいたひたいをそでで拭うと、冷たい風に体の冷却を任せ、あたしは会場に背を向けた。





クラクラするような決勝についての説明を散々と受けると、そのまま、バタバタしたノリで会場から追い出される。
あたしは、なかば、夢心地(ゆめごこち)で ふらふらと会場から歩き出した。
夢だったら、醒(さ)めなければいい そんなことを思う。
「すごいね、キミ。
 10代で決勝まで進んじゃうなんて、第1回のマサラタウンコンビ以来でしょ?」
うつむいて歩いてたんだけど、唐突(とうとつ)に声を掛けられて、顔を上げる。
顔を上げると、ちょうど、あたしの目の高さにあごが見える、ちょっとだけ背の高い、女の人だった。
ショートカットの 橙(だいだい)がかった茶髪が 弱くなり始めた日の光によく映えている。
年は・・・・・・レッドくらいかな? それよりも、ちょっと上かも。
「あの、どちらさま?」
「あたし? カスミよ、ハナダシティのカスミ☆
 一応これでも、ジムリーダーやってるの。
 ポケモンリーグを勝ち抜いてきた ちいさなヒロインに興味があったもんだから、思いきって話しかけちゃった。」
ファンでも作っちゃったのか? あたしは?
「そんなにすごいものじゃないです。 ただ、夢中で・・・・・・」
「謙虚(けんきょ)ねぇ。
 あ、ねぇねぇ、1つ、訊(き)いてもいいかしら?」
「何ですか?」
ジムリーダー、カスミさんは髪を直しながら話し出す。
「うん、ステージで放送されてた『ワカバタウンのクリスタル』っていうネーム、本当なのかな?って思ったから。
 キミ確か・・・・・・・・・」

「クリスッ!!」
高い声が響き、あたしは振り返る。
ゴールドだった、観客席出口から ニコニコ顔でこっちに走りよって来る。
「すごいねっ、決勝進出おめでとう!!」
「あ、ありがと。」
分かっているんだろうか?
次の対戦相手が、あたしになっちゃっているってこと・・・・・・
「あ、ねぇねぇキミ。
 訊いていいかな、クリスタルちゃんって、ワカバタウンの子供なの?」
しつこくも カスミさんは聞いてくる。
そこまで疑って、一体何をしようというのか・・・・・・


「そうだよ!!」
ゴールドの即答した答えに、あたしは耳を疑った。
あたしがワカバに来たのはたった4ヶ月前。 それなのに、『ワカバタウンの子』って、・・・どういうこと? ゴールド・・・
「クリスは、ワカバの風に認められた、正真正銘『ワカバタウンのクリス』だよ?
 リーグの記録にも、そうあるでしょ、どうしてそんなこと聞くの?」
ゴールドの金色の真っ直ぐな瞳に カスミさんは言葉を失っていた。
どれだけ理屈の通らないことでも、ゴールドは貫き通してしまう。 それだけ、強い意思を持った人間だ。
「それじゃね、クリス!!
 ポケモンセンターに行く途中だったんだ、明後日(あさって)がんばろうね!!」

ゴールドは太陽のような笑いを浮かべると、風のように走り去った。
一応、わかっていたんだ、明後日、戦うことになると。
それに、あたしが全力を懸(か)けているってことも。



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