ずっと、追いかけてきた

届きそうで届かなかった、その実力を。

あたしの目標になってきた少年。

あたしを旅に出すきっかけを作った少年。

今日からもう、追いかけない。

ゴールド、あなたよりも前に 進んでやる。


79、11月28日 午前9時30分


『さぁ、始まりました!!
 注目の決勝戦、今回のカード、対戦する2人は なんと2人ともワカバタウン出身!!
 『四天王に挑戦!』で 見事な戦いっぷりを見せてくれた ゴールド選手!!
 そして、ポケモンリーグ決勝では初めての!! 女の子トレーナー、クリスタル選手です!!!』

あたしは 薄暗い廊下から真っ直ぐに歩き出した。
まぶしすぎる会場へと進み出ると、数百メートル先にゴールドの姿が見える。
ゴールドの表情に 曇り(くもり)や迷いは見えなかった。
きっと、全力でかかってきてくれるだろう。

「いい天気。」
つぶやいたんだけど、きっと誰にも聞こえなかっただろう。
普通なら、嫌になるくらい もくもくとした曇り空が広がっている。
だけど、これからバトルすることを考えたら、わりと、水技が多いあたしのチームのことを考えたら、今日くらいの天気が1番だろう。



「それでは 位置に・・・・・・?」
審判の言葉は無視。
いつもみたいな相手に合わせなきゃならないバトルと違って、今回の相手はゴールド。
あたしたちなりのやり方でやった方が、本気の実力が見られる。

ボールの開閉スイッチを押し、最初に出すポケモン以外を 全て地面の上に転がした。
ゴールドも、同じことをやっている。
2〜3歩進んで ゴールドと目と目で言葉を交わすと、2人同時に叫んだ。
「出て来い!!」
「出て来なさい!!」
それぞれの後ろにあるモンスターボールが一斉に開く。
そう、6匹を集中的に育てたゴールドのポケモンは分かりきっている。
あたしの手を全く知らせないのは、フェアじゃない。
「今日は絶対に負けないよ、クリス!!」
ゴールドは迷いのない顔で笑った。
「あら奇遇(きぐう)。 あたしも、今日はそのつもりで来たの。」


ヌオーのアクア、ピカチュウのディア、エーフィのホワイト、ピジョットのピーたろう、それに、メガニウムのミドリ。
ゴールドの、控えのメンバーだ。
あたしは、後ろにいるトゲリン(トゲチック)、オズ(ハクリュー)、みぞれ(ニューラ)、モコモコ(デンリュウ)、ワニクロー(オーダイル)と
最後の確認を取ると、ゆっくりと前へ向かって歩き出した。
普通なら、トレーナーは専用の立ち位置から動かない。
だけど、それじゃ、あたしもゴールドも、本当の実力は出せない。

ピリピリとした空気を肌で感じ あたしは身震いする。
からし色をしたハイパーボールを構え、空へと突き出した。
あたしの瞳を真っ直ぐに見つめる ゴールドの金色の瞳。
声には出さずに 瞳と瞳で合図した、3、2、1、ゼロって・・・・・・
2人で、モンスターボールを高く高く、放り投げる。



先にボールが開いたのは ゴールドの方。
水が重力に逆らって 地面から空へと打ち上がっていく。
「僕の1匹目、マンタインの、カイト。」
それと同時にあたしの視線が上へ上へと 浮き上がっていった。
上へボールを放り投げたのはフェイク、ボールは着地した瞬間に開き、中から出て来たポケモンはあたしを乗せて マンタインのことを睨みつけた。
「あたしの1匹目は、ギャラドスの、グレンよ。
 行きなさい、『ハイドロポンプ』!!!」
マンタインは上へと飛びあがるために『たきのぼり』を使ったから、先制したのはグレンの方。
反動で足元が揺れ、振り落とされそうにはなるけど そのくらいで落っこちちゃうほど、このクリス、弱くはない。
「『こごえるかぜ』ッ!!」
一瞬ふらついていたのに ゴールドのカイトはあっというまに態勢を立て直して技を放ってきた。
ひやんとした 冷たい風がグレンの腹の辺りに辺り、地面との接点を凍りつかせている。
・・・・・・もしかして、最初から狙われていた?

「・・・・・・グレン、『あばれる』!!!」
あたしはグレンの背から飛び降りる。
さすがに暴れまわるグレンの背中でロデオをするのは どれだけ力がある人間だろうと 無理がある。
それだけの力で暴れまわれば、凍りついた場所を壊すくらい、わけないんだけど。
「わ、わ、大変ッ!
 カイトッ、戻って!! 交代するよ、ピーたろう、『そらをとぶ』!!!」
ゴールドはポケモンを交代してきた。
ボールから出てきた瞬間にグレンの尾ひれが命中し、ピーたろう君にずいぶんとダメージは与えられたみたいなんだけど、
その後の攻撃は飛びあがってかわされてしまう。
こうなると、あてずっぽうなグレンの攻撃は もう当たらない。
「戻りなさい、グレン!! モコモコに交代よ!!!」
ピーたろうが向けた鋭い爪を グレンに代わってモコモコが受けとめる。
多少のダメージはあっても 距離が縮まって攻撃が当たるようになったのはありがたい。
「『かみなりパンチ』!!!」
閃光が走り、モコモコの拳はきれいにピーたろうの右翼の付け根にヒットした。
ゴールドの表情に 変化が見られる。
「ピーたろう『でんこうせっか』!!」
「『フラッシュ』!!」
一瞬のリスクは覚悟。
目をつぶって、灯台守も出来るデンリュウの光に耐えて。


「ピーたろう、『みやぶる』を使え!!」
「えっ!?」
ピジョットの技、確かに3つまでしか知らなかった。
だけど、まさかそれが、こんな技だったなんて・・・・・・・・・

・・・・・・どうする、クリス?
相性では勝っているんだし、このまま攻撃を・・・・・・あれ?
『相性では勝っている?』

「・・・・・・そっか!!
 モコモコ、交代よ!! ワニクロー、行きなさい!!」
「交代、アクア!!」
・・・やっぱり、『みやぶる』を使って攻撃してくると見せかけてたんだ!!
あたしは 突進してくるヌオーに向かって『ハイドロポンプ』を撃つよう、ワニクローに指示を出す。



足元で気絶しているアクアを見つめ、ゴールドは金色の瞳を瞬く。
「・・・え?」
「・・・・・・『ハイドロポンプ』。
 あたしが、そのくらいのハッタリ、気付かないとでも思った?」
ギリギリの勝負、だけど、笑ってかわすくらいの度胸がなけりゃ、ゴールド相手に勝てっこない。
ゴールドも笑っていた。
それが、ハッタリなのか、余裕の笑みなのかはわからないけど。

80、作戦VS作戦


「楽しいよ、クリス。
 今までにも何十回とバトルはやってきたけど、これだけ楽しいって思ったのは、今日が初めてだよ。」
「そう、光栄だわ。」
あたしは手首のボールを指の先で触りながらしゃべった。
うちのチームの総大将を出しちゃった今、ゴールドも有利なタイプを使ってくるに違いない。
場合によっては、後ろにいる残り4匹のポケモンか、手首のボールの中にいるモコモコで戦うことを考えなければならない。
「ミドリ、出番だよ!!!」
ゴールドは後ろに向かって指で合図する。
登場したのは、長い首の付け根に赤紫色の花を見事に咲かせているメガニウム、ゴールドチームの多分、大将のミドリ。



「メガニウムとオーダイル、博士にもらったポケモン同士で戦いたいってワケ?」
ゴールドは答えなかった。
軽く笑い、指示を出すための指を前へと突き付ける。
「ミドリ、『はっぱカッター』!!」
「戻りなさい、ワニクロー!!!
 次の出番は あんたよ、オズ!!!」
青白のモンスターボールを左手で掴む。
すでに後ろでオズは待機しているんだから、別にボールを持っている必要はないんだけど、なんとなく、おまじない。
「ミドリ、『のしかかり』!!」
やたら大型の巨体がオズを踏みつける。
こっちのダメージも大きい、だけど、逆に相手から近づいてきているんだから、チャンスにも変えられる。

「『だいもんじ』を使いなさい、オズ!!」
そう、オズを出したのは全てはこのため。
昨日シルバーに頼んで買ってきてもらった技マシン。
ゴールドのミドリに対抗するために覚えさせた、特別な技。



「交代だよ、ミドリ!!!」
ゴールドの表情が厳しくなる。
腰のモンスターボールに手を当て、手早くポケモンを交代して。
「オズ、『だいもんじ』!!」
とにかく先制しようって 技の指示を出した。
だけど、失敗だったみたい、熱で発生した上昇気流を利用されて、マンタインのカイトは はるか上へと飛びあがってしまう。
「カイト、『こごえるかぜ』!!」
「防ぐのよオズ!! 『だいもんじ』!!」
カイトがいるのは はるか上空。
いっくら氷タイプでも下から放たれたものを避けられるわけがない、そう思った。
・・・なのに、考えが甘かったみたい。
カイトは気流の流れにそって オズへと距離を詰めてくる。
そして、のど元に向かって『こごえるかぜ』を放った。

・・・・・・まったく予想していないことだった。
経験の差? ・・・・・・考えたくない!!!



「・・・・・・これで、やっと1ポイントか。
 ラクじゃないね、やっぱり・・・・・・・・・」
「当たり前よ、このクリスちゃん、ラクに倒せるほどヤワにきたえてないからね!!!」
強がって笑って見せた。
その間にも 思考は働かせているつもり、次のポケモンは、さっさとカイトを倒せるやつじゃなければならない。
指先で合図して、みぞれを呼ぶ。
「モコモコが出ると思った?
 こっちの5匹目は、ニューラのみぞれちゃんよ、技、知らないでしょ?」
こっちが無理矢理に笑顔を作ると ゴールドも笑って返して見せた。
それが、余裕なのかハッタリなのかはわからない。
だけどあたしの元には、まだ5匹のポケモンがいる、だから、まだ、戦える!!


「・・・・・・カイトッ、『なみのり』攻撃!!!」
突然発生した巨大な波。 それにみぞれは巻き込まれる、
だけど、みぞれはあたしと同じで、しぶとい。 何とか大波を耐えきると、ゴールドのカイトをものすごい剣幕で睨みつけた。
「みぞれ、『れいとうパンチ』よ!!!」
見慣れた氷の粒が 大きな翼を凍てつかせる。
―――――倒せる!! こいつは、もう戦えないはず・・・!!
「『でんこうせっか』よ!!」
銀色のつめが 大きな的のど真ん中に命中する。
巨大な海の飛行機がフィールドの端に墜落(ついらく)すると、ワッと 会場から歓声が上がった。



ゴールドはカイトの背中をそっとなで、ボールに戻していた。
彼が、戦いの前後、いつもポケモンに対してやっている行動だ。
多分、あの子達が緊張しないように、一つの命として扱っていることを確認するために。

そして、ポケットの中に手をつっこんでいるゴールドと視線がぶつかる。
試合再開。
「ピーたろう!!! 『でんこうせっか』!!!」
「みぞれ、『でんこうせっか』!!」
2匹の『でんこうせっか』は 相打ちだった。
だけど、ポケモンの能力的に見て、みぞれは 後一撃も耐えられない。
・・・・・・交代するっきゃないか。

「ピーたろう、もう1度『でんこうせっか』!!」
「交代よ、みぞれ!!!」
モコモコが飛び出し、繰り出された『でんこうせっか』を受けとめる。
「覚えてるわよね? 元、ゴールドのポケモンのモコモコちゃん。
 前の仲間だったとはいえ、バトルだったら容赦しないんだからね!!」
繰り出した『かみなりパンチ』を受けとめたのは 40センチもない小さなピカチュウ、ディア。
向こうもポケモンを交代してきたんだ。
なにより、ポケモンが大好きなゴールドだからこそ。
「ピカチュウが来るか・・・ッ!!、モコモコ、『いわくだき』攻撃!!!」
「ディア、先制するんだ!! 『たたきつける』!!!」
モコモコの攻撃は ディアのほおをかすめただけだった。
その前に長い、ぎざぎざの尻尾をひたいに打ちつけられ、モコモコはあたしの足元に倒れこむ。

―――ひたいのピカピカ光る石に、ひびが入っちゃってる。
これ、ポケモンセンターで治るかな?

あまり深く考えている時間はない。
スピード自慢のポケモンで来られたんだ。
こっちも、スピードで行かなきゃ、やられるのは きっと、あっという間。
戦わなきゃ、あたしは、ポケモントレーナーなんだから・・・・・・

81、Baby


「トゲリン、行きなさい!!!」
トゲリンはあたしの背中を飛び越えて ディアに向けて『すてみタックル』で攻撃した。
ずっと一緒だったトゲリン、たまに、あたしが指示しなくても やって欲しい技を分かってくれる。



「ディア、てん・・・、『10まんボルト』!!!
 ・・・・・・ディア!?」

『てん』・・・?
一瞬言いかけて止まったゴールドの指示と、ほとんどなりふり構わず突っ込んできたディアの意図が あたしにはわからなかった。
ただ、事実として残ったのは、ディアがトゲリンのほおに『てんしのキッス』を放ったってことだけ。
混乱しているわけでもないのに、ゴールドのポケモンがゴールドの指示を無視したんだ。
どうしてだかは、分からない。

・・・・・・って、そんなこと考えている場合じゃない!!
ピンチなのはこっちよ!!
『こんらん』しちゃったのは トゲリンの方なんだから・・・!!
「しっかりしなさい、トゲリン!!
 『すてみタックル』!!」
慌ててトゲリンに大声で叫ぶ。
しかし、空中でフラフラと飛びまわっていたトゲリンは 墜落して自分でダメージを食っていた。
・・・まずいわよ、交代するべきか・・・・・・
「ディアッ、『10まんボルト』!!!」
何かが炸裂するような音が響き、トゲリンは『10まんボルト』の電流を浴びせられる。
恐ろしさで背筋が寒くなった直後、もっと大きな気配に気付いた。
戦えるか戦えないか ギリギリの状態のはずのトゲリンが ディアに対してものすごい剣幕で睨みつけているのだ。
「トゲリン!!?」
トゲリンは突然、ディアに向かって突進した。
驚き、慌てふためいているディアの尻尾を掴むと、そのままディアを持ち上げて上昇する。
ディア自身も必死で抵抗して トゲリンの体には電流が流され続けているみたいだった。
だけど、トゲリンは止めない。
ディアを抱えたまま地面の上に突っ込み、ものすごい爆音の後、辺りはもうもうとした土煙に包まれる。


「・・・・・・トゲリン!? なんで こんなに無茶すんのよ!?
 いっくら『こんらん』してたからって・・・・・・」
地面の上で横たわったままのトゲリンと視線が合う。
なんとなく、誇らしげな表情をしたトゲリンを見て、なんとなく、あたしは理解した。
こいつ、攻撃した時には もう『こんらん』なんてしてなかったんだ。
後1発でも食らったら 自分がやられちゃうからって、・・・・・・文字通り、捨て身の攻撃を・・・
「・・・バカ、危なっかしくて見てらんないじゃないの・・・
 ・・・・・・・・・ありがとね。」
トゲリンをボールに戻して、ホルダーに戻す。
気を強く持って、ゴールドの方へと視線を向けると、エーフィ、ホワイトの出てくるところだった。
手首のボールに手をやって、グレンを呼び出す。
タイプの上では有利だけど、みぞれはあと1発『でんこうせっか』を受けただけでも倒れてしまう。


一時の沈黙が流れる。
あたしは、空を見上げた。 ちょうど、灰色の雲がかかってきて、いい感じ。
「さぁ、行きますか!!!」



「ホワイト、『サイコキネシス』!!!」
「グレン、『かみつく』攻撃!!」
ホワイトの強力なエスパー攻撃も当たったが、グレンの牙も相手へと突き刺さる。
グレンの大きな体でバトル状況が見えなくならないように あたしは走り出す。
もう1度繰り出した『かみつく』が、ホワイトの繰り出したエスパーの力に阻まれる。

「ふぃうっ!!!」
フィールドを響き渡るホワイトの鳴き声。
いつのまにか 固まっていたゴールドが その『言葉』に反応していた。
「ホワイトッ、そのまま『サイコキネシス』で攻撃するんだ!!!」
ゴールドの指示で ホワイトはずっと防御していた力を 1度解き放つ。
その瞬間、グレンの牙はホワイトに命中した。
ダメージだって、半端なものじゃないはず・・・・・・

「ホワイト、ひるんじゃだめだ!! そのまま攻撃し続けて!!!」
この言葉だけ聞いてたら、とても冷酷な判断に聞こえたかもしれない。
だけど、なんとなく、なんとなく分かってた。 これが、ゴールドが考え出した『最善策』。
喉の奥が熱くなる。
今のあたしに出来るのは、グレンを応援すること、それだけ。



「・・・・・・っし!! あと2人!!」
『サイコキネシス』が命中すると、グレンは倒れてしまった。
今度は胸の奥が熱くなるのを感じながら、あたしはフレンドボールを手に取る。
「みぞれっ、行きなさい!!!」
繰り出した黒猫は 『でんこうせっか』でホワイトを攻撃する。
倒れそうで倒れない、ホワイトと一瞬視線が合った。
強い意思を持った瞳。 ボロボロになりながらも戦おうとするその姿勢を カッコ悪いなんて、思わなかった。
「ホワイト、『いあいぎり』!!!」
「『だましうち』よ!!!」
予想外ではあったんだけど、なんとか『いあいぎり』を耐えきったみぞれの攻撃で ホワイトは弾き飛ばされた。
2回、地面の上をバウンドした後、自らボールへと戻り、ゴールドの足元へと転がっていく。


「ピーたろう、『でんこうせっか』!!」
ゴールドの素早い交代で みぞれも弾き飛ばされた。
緑色のボールを手に取ると、かすかだけど、暖かい。

―――――――もう、後がなくなっちゃった。
だけど、まだちょっとだけ、戦えるかな?
みっともなく あがいてるだけかもしれないけど、もうちょっと、がんばってみよう。

82、曇りのち雨、そして晴れ


「・・・あたしね、旅を始めた時からずっとゴールドの背中ばっかり見てきたの。
 旅を始めるきっかけになったのもゴールド、ロケット団にたどり着いたときに あたしの前にいたのもゴールド、
 そして、今日もそうだった、ゴールドはいつだって強くて、優しくて、何でも知ってて・・・・・・」
息を整えて、心を落ちつけて、あたしは金色の瞳で不思議そうに見つめてくるゴールドを見つめ返した。
空を見上げれば、今にも落ちてきそうな雨雲。
まだ、全てをあきらめるのには、ちょっと早い。

最後の1個、赤色と白色のモンスターボールを地面へと落とす。
ワニクローが あたしの前に立っていてくれる。
トレーナーって、みんなこんな気持ちなんだろうか、とても、心強かった。
「だけど今日、あたしはあんたを超えて行く。」



「・・・・・・ピーたろう、『でんこうせっか』!!!」
ゴールドが攻撃を仕掛け、ワニクローの体に傷をつける。
だけど、不思議なくらい、あたしたちは落ち着いていた。
片手を天に掲げ、ワニクローに指示を出す。 レッドからもらった、技マシンで覚えさせた技を。

「・・・・・・・・・?・・・」
重く、垂れ込めた雲から雨粒が落とされる。
それは、少しずつだけど、数を増やして、季節外れの夕立となって。
「『あまごい』っていう技よ。
 ポケモンの中の眠っている能力を使い、戦っている場所に雨を降らすわ。
 そして、雨が降っている間は 水タイプの技の威力が倍増される。」
残っているのは、メガニウムのミドリ。
タイプ的にも、育てていた時間の事を考えても、こっちの方が圧倒的に不利だ。
その時だけで行動してちゃ、とてもじゃないけど間に合わない。

「ピーたろう、『つばさでうつ』攻撃!!!」
スピード自慢のピーたろうは 最後の攻撃をしかけてくる。
だけど、まだ負けない。
ワニクローは、倒れない。
「ワニクロー、『ハイドロポンプ』よ!!」
自慢の水技でピーたろうを打ち倒す。
これで、残ったのは、お互いに1匹だけ。



ゴールドはピーたろうのボールを拾いながら、あたしに尋ねてきた。
「・・・・・・・・・ねぇ、もしかして分かってたの?
 最後の勝負が、こうなること・・・・・・」
「まさか、あたしの勝負なんて、いつだってがけっぷちよ、出たとこ勝負。」
「・・・そっか。」
ゴールドは笑った。
強い心を感じる、見せかけなんかじゃなく、ゴールドが、本当にポケモンを信じているから。

ゴールドはミドリを繰り出してきた。
「あと一発、『ハイドロポンプ』を受けちゃったら、ミドリは倒れる。
 ・・・かといって、こっちの攻撃を使って、1撃でワニクロー君を倒すことも 出来ない。
 この状況をひっくり返せたら、それは『奇跡』だよね。」

――――――――――――来る!!

「ワニクロー、『ハイドロポンプ』!!!」
「ミドリ、『にほんばれ』!!!」
ミドリの方が一瞬先に行動された。
まぶしいくらいの光が 空から降り注いでくる。
その瞬間、ドンっていう音。 『ハイドロポンプ』が命中した音。
だけど、視線を向けてみても、ゴールドのミドリは何とかふんばって、倒れてはいない。

体の底から熱い。
まだ、バトルは終わっていない、戦わなきゃ、戦わなきゃ、戦わなきゃ!!
「『かいりき』よ、ワニクロー!!!」
ワニクローと同時にミドリへと向かって飛び出す。
この熱さで、ほんの少しだけどワニクローのスピードが上がっている。
まだ、終わっちゃいない!!
「ミドリ、『ソーラービーム』ッ!!!」
ワニクローの太い腕がミドリに当たるのと同時に 虹色の光線が命中する。
激しい光と一緒にあたしは吹き飛ばされた。
覚えてるのは、耳の痛くなるような、大きな音だけ。




「・・・・・・ん・・・」
別に気絶したわけじゃなかった。
体を地面に打ちつけて、じんじんとする肩を何とか持ち上げると、初めに見えたのは、静まりかえった 広すぎるフィールド。
それに、4本の足で体を支えていた ワニクロー。
その目には光がなく、一瞬で見分けることが出来た、もう、戦闘不能状態なんだ、って。


「・・・・・・・・・・・・負け、た?」
ゴールドがつぶやく。
その言葉で あたしは気がついた、ゴールドのひざ元で横たわっている ミドリの存在。
このまま黙っていれば、気がつかないかもしれない、だけど、そんなのは、フェアじゃない。
・・・そうだね、自分で 幕を引こう。

「・・・引き分けよ。
 ワニクローももう、戦えない。」
倒れる時の衝撃で体に負担がかからないように、そっと、ワニクローの体を押す。
完全に戦う力をなくしているワニクローを転がすのは すごく、簡単なことだった。

「・・・気絶してるの。
 今まで姿勢を保っていたのは、単に激しい運動で筋肉が硬直していただけ。
 自分のポケモンだもの、一目見れば、体調くらい、すぐに分かるわ。」
もしかしたら、優勝は出来ないかもしれない。
だけど、なんだか、嬉しかった。



呆然としたままのゴールドの元まで歩み寄り、右手を差し出す。
雨に濡れて冷えてしまったゴールドの手を握って、なんとなく、もう1度笑った。
そして、すっかり疲れきってしまっていたワニクローをボールに戻して、言ったの、
「ありがとう」って。

83、微笑みの閉会式


どよめきが、会場を支配する空気と化していた。
あたしとゴールドが引き分けちゃったんで、いつまでたっても優勝者を決められないのだ。
だけど、2人とも、そんなことは 知ったこっちゃない。
疲れきって、ほとんど思考回路が回らないもの。


『えー、えー、テステス・・・・・・
 会場にお集まりの皆様、この表彰式にまでご覧いただき、まことにありがとうございます。
 しかしですね、今年はその、肝心の決勝戦が、引き分けという形で終わってしまい、まことに申し訳ないのですが・・・・・・
 その、優勝者は・・・・・・・』

・・・やっぱり、無理だったのかな?
何にも持っていないあたしが、優勝するなんて・・・そう思ってた。
その時だ、回線に割って入った、1人のトレーナーの声が 聞こえてきたのは。
『聞こえますかぁ―――――ッ!!!?』
・・・耳鳴りがする。
この声、この口調、この突拍子もない行動って、もしかして・・・・・・

『あー、確認しなくても自分で聞こえてんな、それじゃ、大丈夫か。
 オレは、ゴールドとクリスの試合を見てた、トレーナーのうちの1人!! ・・・違った、1人、です。
 途中からだったけど、2人の、小さなポケモントレーナーの成長を、少し遠くで、少し近くで、何度か見てきました。』
「・・・レッド?」
「クリス、あそこ!!!」
ゴールドが指差した先、会場に設置されたスコアボードの上で 赤い服の少年はマイクを手にとって話しつづけていた。
『すごいバトルだって、何度も思っ・・・思いました。
 正直言って、少しだけ時間が経った今でも、まだ、興奮がおさまっていません。
 きっと、ポケモンリーグの後にも先にも、こんなバトル、見られっこねーんじゃねーかな?
 引き分けちまったし、ゴールドにはゴールドの、クリスにはクリスのやり方があるから、どっちが上かなんて、決着を着けることなんて出来やしねー。
 だけど、おまえら、最高のポケモントレーナーだよ、それは、オレが保証する!!』


『だから―――受け取れッ!!!
 オレたちからの、優勝祝いだ!!!』

レッドはモンスターボールを天たかくへと放り投げていた。
中から飛び出した 薄水色のキラキラ光る鳥が 空たかくへと舞いあがり、見えなくなる。
その瞬間、会場の上に炎と火花が散った。
美しさに見とれている間に 会場の3方から『かえんほうしゃ』、それに『ハイドロポンプ』、『ソーラービーム』が天へと向かって撃ち出される。
まるで、花火を見ているみたいにきれいで、あたしたちは それに見とれて・・・


「・・・・・・冷た・・・!!」
不意にゴールドが悲鳴を上げた。
何かされたのかと 慌てて視線を向けると、ゴールドは必死で鼻先をこすっている。
どうしたの?って聞こうとしたとき、あたしの目の前を白い、ふわふわとしたものが通りすぎる。
「・・・あっ!!」
空気は冷え込んでいる、それに、空に浮かんでいる、赤みを帯びた灰色の雲!!
「・・・もしかして、雪?」
ゴールドがつぶやいて、こっちへと視線を向けた。
あたしがうなずくと、ゴールドは ぱあぁっと明るく笑い、空へと視線を向ける。

「わぁっ・・・・・・・・・」
次から次へと舞い降りてくる小さなお客様を ゴールドは笑顔で迎え入れていた。
そういえば、ずっと待ってたんだっけ、ゴールドは。




「・・・しょう、優勝!! 優勝!!」
観客の1人から、声が上がった。
何が起こったのか分からず、呆然と声のする方を見上げると、誰とも分からない、知らない男の人。
その人の声を合図として、隣に座っていた別の男の人も叫び出していた。
そのまた次には、さらに隣に座っていた女の人も。

『優勝!! 優勝!! 優勝!! 優勝!! 優勝!! 優勝!! 優勝!!』

いつのまにか、会場全員が一体となって、優勝コールを叫んでいた。
あたしとゴールドは呆然と顔を見合わせる。
そして、笑い出した。
「ゆーしょう!! ゆーしょう!! ゆーしょう!!」
会場の人間と一緒になって、叫び出す。
それがなんだか、笑顔をくれるおまじないみたいな気がして。

『わ、わ、わかりました!!?
 今回、ポケモンリーグの決勝は引き分けとなってしまいました。
 よって、本年度の優勝者は2人、ワカバタウンのゴールド選手とクリス選手とします!!!』

会場から上がった歓声は『わぁっ』、なんて、小さなものじゃなかった。
体がビリビリするくらい、大きな声。



あっという間に表彰台が用意されて、あたしとゴールド、それにワタルさん(一応、3位だったし)の表彰式が始まった。
2人に渡されたカップをゴールドに渡すと、あたしは、優勝旗を受け取った。(本当なら、1人で全部受け取るんだけど)
でもね、本当に嬉しかったのは、金色に輝くカップでも、すぐに返すけど、リボンに自分の名前が残される優勝旗でもないんだ。
四方八方から浴びせられる歓声。
あたしたちに向けられる歓声、それが 1番嬉しかったの。






控え室のドアがノックされた。
ボーッとする目をこすりながら扉を開けると、そこにいたのは いつもの赤い髪、銀色の眼。
「シルバー・・・」
「優勝、おめでとう。 ・・・・・・入っていいか?」
軽くうなずいて、あたしは中にあるベンチに座りなおした。
体力には多少自信はあるんだけど、さすがに今日だけはヘトヘトで、これ以上運動する気にはなれない。

「・・・・・・疲れたぁ・・・」
「だろうな。」
シルバーは 優しい顔で笑っていた。
「・・・だけどね、すごく、楽しかったの。
 こんなにドキドキするバトル、初めてだった・・・・・・」
言いながら、隣にいるシルバーの肩にもたれかかる。
本当に、疲れたの、体の自由が 効かなくなっちゃうくらいに。
「さいご、本当に逆転されちゃったなぁ・・・、あれ、きっとレッドが渡したんだよね、技マシン・・・」


「クリスタル。」
シルバーの声が聞こえる。
「・・・あのさ、試合前に言うと混乱するかもって思って言わなかったんだけど、
 おれ・・・・・・」
あたしは 眠りについていた。
なんとなく覚えているのは、頭についている星型のヘアピンを シルバーの指が軽く触れた感触。



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