<各話の1番最初に飛べます>
プロローグ 1、ポケモン泥棒 2、始まりを告げる風が吹く町 3、赤い髪の少年 4、ミドリ



プロローグ





ここは、ジョウト地方の ワカバタウン、どこにでもあるような小さな町。
特に名物になるようなものもなく、過疎化(かそか)の進む、静かな町。
ただ、今日はいつもよりにぎやかになっていた。
「いよいよ 明日なんですね、ウツギ博士!!」
「ああ、この大発見を 世間が知るときが来たんだ!」
若い学者が2人・・・いや、一人は 博士なのだが・・・小さな研究所の中は、そんな話で盛り上がっていた。
研究所の名前は『ウツギ研究所』。
若くして博士となった『ウツギ博士』が治める、小さな研究所である。
その日は、新しく発見されたポケモンと、そしてもう1つ、発見された事柄(ことがら)を
学会に発表するために 所内は騒がしくなっていた。
・・・といっても、2人しかいない、小さな研究所であったが。



時を同じくして、一人の少年が ワカバに来ていた。
上は黒いフリース、下は青色の服をまとった10歳位の少年が。
帽子を深くかぶり、顔がほとんど見えないが、この町では 見ない顔である。
なぜなら、この町には、子供が ほとんどいないのだから・・・

これから始まる、この冒険物語の 主人公を除いては・・・


日が傾いて、人々の影が 長くなってきた頃、研究所の向こうから 一人の少年が走ってきた。
真っ赤なパーカーを羽織り、真っ黒な髪の間からは 優しげな瞳がのぞいている。
彼は、この町のたった1人の『子供』である。
ウツギ研究所の前まで来た少年の瞳は、研究所をじっと見ていた同年代の 少年に向けられていた。

「・・・・・ねえ」
赤い服の少年は 黒い服の少年に声をかけていた。
なにしろ、小さな町である。
友達になれないか・・・・そんな思いが少年の心の中にはあった。
返事がなく、聞こえていないのかと思って、少年はもう1度「ねえ」と声をかける。
それでも黒い服の少年は振り向かない。
まっすぐ、研究所の方に 向かって歩いていく。
「そっちは研究所だよ、何か用なの?」
赤い服の少年は 後をついていく。
すぐ後ろまで行ったとき、黒い服の少年が初めて口を開いた。
「・・・・・・じゃまだ」
「・・・?」
次の瞬間、赤い服の少年は しりもちをついていた。
・・・少年は黒い服の少年に突き飛ばされていたのだ。
訳も判らず、少年は目を白黒させる。

「いたた・・・」
赤い服の少年が 起きあがった時には もう一人の少年の姿は 無かった。
少年は しばらく考えた後、とりあえず家まで帰ることにした。

1、ポケモン泥棒




「ゴールド、どうしたの?さっきからボーっとして・・・」
赤い服の少年、ゴールドと言う名前なのだが、家に帰ってからもさっきの少年の事が気にかかっていた。
食事もロクに口につかず、ボーっと考え込み、他の声などまるで耳に入っていない。
「ゴールド、ゴールド?」
「・・・え?」
母親に呼ばれて ゴールドは我にかえった。
「もう、『え?』・・・じゃないわよ!!どうしたのよ、ぼんやりして・・・」
「なんでもないよ、もう寝るね!」
軽く首と手を横に振ると、ゴールドは自分の部屋へと向かう。



辺りも静かになった頃、ウツギ研究所の前には さっきの黒い服の少年が来ていた。
月明かりにさらされて 未だ10歳ほどの少年は ずいぶんと大人びて見える。
彼の手には 赤と白の色が半分ずつになった球体が 握られていた。
少年は、右手に持った その球体に向かってささやいた。
「・・・・・・行くぞ。」



ウツギ研究所では、学会に発表するための 資料を整理するので大忙しだった。
「博士〜・・・目が回りそうですよー・・・」
「まあまあ、もう少しなんだから、お互いがんばろう!」
そう言って、ウツギ博士は 新しく発見されたポケモンを 見に行こうとした。

・・・・・パリンッ
「ガラスの割れる音? ・・・・・・!!」
とっさにウツギ博士は 新種のポケモンのいる部屋に飛び込み、普段そこにあるはずのない人影に気がついた。
「!? だれだ、君は!!」
そこにいたのは、先ほどの黒い服の少年。
後ろの窓ガラスが割れている、恐らく、彼が割ったのだろう。
少年は、後ろの3つのモンスターボールに手をかけた。
「それは・・・!!」
黒い服の少年は そのボールを持つと、そのまま 割れた窓から 外に飛び出した。


「やっぱ暗くてみえないな〜・・・」
ゴールドは 部屋から抜け出して 夕方会った少年の姿を探していた。
すこし、ゴールドは気にかかっている事があった。
そのことを どうしても彼に会って確かめたかったのだ。
・・・・・ウツギ研究所に行けば会えるかな?
そう思ったゴールドの足は、すでに研究所に向かって歩き出していた。

研究所についたとき、目の前から人が飛びだしてきた。
飛び出してきた人物が さっきの黒い服の少年だと 気がついたときには、すでに 彼とすれ違った後。
「どっどどどどど・・・・泥棒だ!!」
ウツギ博士のすっとんきょうな声が、夜の静けさの中にこだまする。
・・・・・・・泥棒?
ゴールドは その声を聞いて、反射的に 今、すれ違った少年の方に向き直った。
「ピーたろう!!」
夜空へと向かってゴールドがそう叫ぶと、黒い服の少年の前に、1メートル半はある巨大な生物が降り立ってきた。


・・・・・・・ポケットモンスター、縮めてポケモン・・・・・・・・・

3、4年前に そう命名された、様々な能力を持つ生物達・・・・・・
モンスターボールと呼ばれる球体に 捕まえておく事ができ、人間は、この生物と一緒に遊んだり、助け合ったり、あるいは・・・・
そして、そのポケモンを鍛え(きたえ)、ポケモン同士で戦わせる人間のことを人々はこう呼ぶ。
・・・ポケモントレーナー、と。


「チッ・・・行けっ!!」
黒い服の少年は器用なことに3つのボールを片手に持つと、まったく別のモンスターボールを巨大なポケモンへと向かって投げつけた。
モンスターボールはポケモンには当たらず、目の前で割れる。
そのなかから影のようなものが現れると、何も起こっていないはずなのに、研究所の窓ガラスが次々と割れていく。

「うわっ・・・・・・向こうもポケモントレーナーなのか!?
 君ッ、気をつけるんだ!!」
ウツギ博士は割れたガラスだらけの研究所から叫ぶ。
その言葉を気にも止めず、ゴールドは巨大なポケモンの側へと走り出した。
影が巨大なポケモンへと襲いかかる直前、ゴールドがポケモンの真横へと走りこんできたとき、
身動き1つ取らなかった巨大なポケモンは 黒い服の少年へと向かって動き出す。
「ピーたろう、『たいあたり』!!」
巨大なポケモンが地を蹴り、飛びまわる影へと 文字通り全身で体当たりする。
風のうねるような大きな力が巻き起こり、突進された影は 黒い服の少年を巻き込んで5メートルほど吹き飛ばさた。
研究所から持ち出された 3つのボールが弾かれ、道の上を転がっていく。
そのうちの1つは ゴールドの前まで転がってきたので、思わずゴールドは拾い上げた。


ゆっくりと、黒い服の少年の方へと歩くと、ゴールドは口を開く。
「・・・・・・君が、泥棒なの?」
まっすぐ、目の前の少年を見据えてゴールドは尋ねてみた。
月の光をよく反射する瞳で 相手の少年もゴールドのことを睨み、不敵そうな笑みを浮かべる。
「・・・他の何に、見える?」
「観光客、帰郷少年、それと・・・・・」
「おいっ!!」
あまりにも 的外れな事を 言い出すので、目の前の少年は 突っ込まざるを得なくなった。
「そいつが泥棒なんだ!!捕まえてくれ!!」
ウツギ博士が ワラにもすがる気持ちなのだろう、ゴールドに向かってそう叫ぶ。

「フン!! ポケモンのことを研究材料としてしか見ていないのに、よくそんな事が言えるな!!」
ウツギ博士に向かって 黒い服の少年は叫ぶ。
「・・・・・研究材料?」
「そうさ、こいつらはポケモンの事を ただの研究材料としてしか見ていない、
 どうせこのポケモン達は、このままじゃ研究所の中で一生を過ごすことになるんだ。
 だからこそ、おれが育ててやるんだよ、最強のポケモンにな!!」
「そんな事は無い!! そのポケモン達は・・・」
「さっき、このモンスターボールの事を 『それ』とか言っときながら・・・・・
 反論できるのか? ウツギ博士?」
ウツギ博士は少年の言葉に思わず口をつぐむ。
反論しようと口ばかりが動くのだが、肝心の音が出てこないのか、パクパクと空気を吸ったり吐いたりするばかりだ。
3人の人間、それに降り立っているポケモンもが混乱するその場を見るのは、
銀色の―――


2、始まりを告げる風が吹く町




前と後ろで展開されている 少年とウツギ博士のやり取りを聞いていたゴールドは
ふと、さっき自分が 拾ったモンスターボールに目をやった。
「ボールが・・・・揺れてる?」
・・・・・怒っているんだ、仲間と引き離された事に・・・・・
直感的にそう感じた、そういう勘は 昔からよく当たっているらしい。
ゴールドは、持っていたモンスターボールを開いて 中に入っていたポケモンを出した。
中に入っていたのは 頭に 大きな葉っぱをつけて、黄緑色の体をした 大きな瞳の、可愛らしいポケモンだ。
だが、その大きな瞳は怒りに燃え、黒い服の少年を睨み付けていた。
気を落ちつかせてやろう、と首のあたりをさすりながら、討論を続ける2人をしっかりと見つめる。



「やっぱり、盗むのはいけないと思う。」
そのゴールドの一言で 他の2人の会話は停止した。
まったくの第三者であるゴールドなのだが、だからこそ、の説得力を発揮する。
ゴールドは 足元で黒い服の少年を威嚇(いかく)しつづける黄緑色のポケモンを少年へと見せる。
「ほら、この子、怒ってるよ? きっと、友達と離れちゃったのが悲しいんだよ。」
一瞬、黒い服の少年の帽子の下から 驚いたような瞳が見えた。
「君の言っていることも、確かに合ってると思う、
 でも、やっぱり悲しいよ、友達と離れ離れになるのは・・・・・」
瞳をうつぶせると、ゴールドは続ける。
「ダメだよ、悲しいのは・・・・・・」

「だったら、なおさらこいつらは ここにいるべきじゃない」
黒い服の 少年は口を開いた。
少年は、ゴールドの黒い瞳が 自分に向けられたのを確認すると、
「いいか? こいつらは明日、新しく発見されたポケモンとして、学会とやらに送られるんだ。
 そこに送られたら、技だの進化だのの研究のためって名目で、結局は離れ離れだ、二度と会えなくなる。
 外の世界を知ることもなくなる、一生、研究室の中さ。」

ウツギ博士は その言葉で押し黙ってしまったが、ゴールドは納得していない。
首を横に振ると、長めの前髪が揺れた。
「でも、やっぱり盗んじゃだめだよ、そんなの、だめだよ!!」
黒い服の少年は、しばらくゴールドの方を見つめていた。
その視線に負けまいと、ゴールドも少年の方を必死に睨み返す。
ふと、黒い服の少年の眼差しが やわらいだような気がした。

「・・・来い!!」
突然、黒い服の少年は足もとのボールを拾い、
ゴールドの腕を掴むと、引きずりながら、どこともつかない方向に歩き出した。
後ろから『研究用』の黄緑色のポケモンが付いて行ったことにウツギ博士は気付かない。





黒い服の少年は 辺りに人がいなさそうな場所で足を止めた。
ぽかんとしているゴールドをよそに、少年は、自分が盗んだモンスターボールを開く。
中に入っていたのは、目の細い、黄色と黒で体を半分に分けたような、小さなポケモン。
少年は 後ろから 付いてきた 緑色のポケモンにも 目をやって、
「ゴールド、お前には、こいつらにとって、どっちが幸せか、分かるか?」
そう、ゴールドにたずねる。
ゴールドはまた、首を横に振った。
月明かりに見放された闇によく似た、漆黒の瞳は、半分泣き出しそうに涙をたくさん溜めている。
「・・・・正直言って、分からない。
 この子達とは 今日会ったのが初めてだから、話が分かるわけでもないし・・・」
・・・・・思ったままの事を ゴールドは答える。

「『今日は分からない』・・・・ずっとこいつらと過ごしていれば、話が分かるんだな?」
「えっ?」
目の前の少年の放った言葉に、ゴールドは驚いた。
今まで、自分の言ったことにそんな解釈をつける人間なんて、いなかったからだ。
黒い服の少年は さらに言葉を続ける。
「お前、分かるんだろ、ポケモンの言葉が。」
今まで誰も信じてくれなかったことを まさかの初対面の人間に言い当てられ、ゴールドは返す言葉を失う。



しばらく、沈黙が続いた後、ようやく、ゴールドは口を開く事が出来た。
「確かに・・・ポケモンと話が出来るけど・・・どうして、君がそのことを・・・?」
黒い服の少年は答えようとしない。
また、風の音だけが聞こえる場所で、次の言葉を探す。
「今まで誰も、信じてくれなかったのにな・・・」
長い、長い 沈黙を消すようにそう言うと、目の前にいた少年は、
「自分と同じものしか認めようとしないのさ、人間って奴は。
 特に大人なんてな。」
「・・・君は?」
「おれも、異端児だから、他人の考えに合わせようなんて思わないだけだ。」


しばらくすると、黒い服の少年は足元にいた 目の細いポケモンを 抱き上げて、
「おれは こいつを盗むぜ。」
「だっ、だめだよ! そんなの!!」
必死に止めようとするゴールドを見て、黒い服の少年の口元が少し、笑った。
まるで、困っているゴールドのことを からかっているかのよう。
「そう、『いけないこと』だ。 だから、お前は、そのポケモンを連れて、おれのことを止めに来い。
 そうすれば、このポケモンたちは、また、会うことができる。」
「えっ?」
少年は 目深にかぶっていた帽子を取った。
帽子に隠されていた長い髪が ぱさんと音を立てて少年の肩にぶつかる。
手にした帽子をゴールドにかぶせると、
「おれはシルバー、世界で一番のポケモントレーナーになる男さ。」
そう言い残し、ゴールドの前から風のように消え去った。
残されたゴールドは、黄緑色のポケモンと一緒に 呆然と立っているだけ。


3、赤い髪の少年



翌日のゴールドは へとへとになっていた。
それというのも『ポケモン泥棒』を逃がしてしまったことを何人もの人に責められるわ、
警察の事情聴取は 何時間もかかるわ、全部終わった頃には、もう朝になっていたのだ。

救いは、母親に責められなかったこと、そして、黄緑色のポケモンと 友達になれたことだろう。
緑色のポケモンは なぜかずっとゴールドの後をついてきた。
ゴールドも 最初は悪い気はしなかったが、このままで良いはずがない。
「ちゃんと研究所に帰らなきゃだめだよ?」
ゴールドのこの言葉にも、黄緑色のポケモンは首を横に振る。



「そんなに悪い子には見えなかったんだけどなあ、あの子・・・・」
ゴールドは草っ原に寝転びながら、独り言をつぶやいた。
なぜか、証拠品として取られなかった帽子を見つめながら、尋問(じんもん)続きで疲れた体を休める。
黒い服の少年が帽子を取ったとき、一瞬だけ見えた顔を思い出す。
「・・・優しい顔、してたね。」
「キュウ?」
黄緑色のポケモンが上から覗き込んだので、ゴールドはそのポケモンに向かって話しかけた。
ポケモンと一緒にいると、なんだか心が和むような気がした。
ゴールドはワカバタウンの たった一人の子供だったので、いままで友達はポケモンしかいなかったのだ。



「・・・ゴールド君、だよね、ちょっといいかな?」
閉じたまぶたの隙間から瞳をのぞかせると、メガネをかけた若い男の人が映る。
いつのまにか 眠っていたゴールドに話しかけたのは ウツギ博士だった。
「え・・・・・・」
まだ眠い目をこすりながら、ゴールドが体を起こすと、黄緑色のポケモンが その後ろにすべりこんだ。
ぴったりくっついたポケモンの ふるえる体を背中で感じる。
「あの・・・・・」
「すっかりチコリータは君になついてしまったようだね。」
・・・チコリータ・・・・チコリータって言ったんだ・・・・
「チコリータ?」
今知った後ろのポケモンの名前を ゴールドはつぶやく。
その声で、チコリータはうれしそうに頭の葉っぱを揺らした。


「その帽子・・・・昨夜の泥棒が かぶっていたものだね」
博士がそう切り出したので ゴールドは反射的に自分のかぶっている帽子を押さえる。
自分でも理由は判らなくとも、渡したくはない、そういう感情が働いているらしい。
「大丈夫、取ったりはしないよ。
 警察にも、帽子のことは言わなかったんだ。」
ウツギ博士がそう言うと、ゴールドは帽子から手を離したが、まだ、その眼は警戒を解いていない。
やれやれ、と一息つくと、ウツギ博士はゴールドの座っている隣に座り込んだ。
「どうして君が、その帽子をかぶっているんだい?」
「・・・・・・・・・・」
ゴールドは 答えなかった。
「あの泥棒の顔、その帽子に隠れて見えなかったけど、君、見たんじゃないか?」
「・・・・・・・・・・」
「見たんだね?」
「・・・・・・・・・・・・・・はい。」
確かに、帽子を渡されたとき、ゴールドは『ポケモン泥棒』の顔を見ている。
「どうして、その事を警察に言わなかったんだい?」
あくまでも優しい口調で、ウツギ博士は質問する。
『顔を見たか』については、警察で耳にタコができるほど聞かれている。
しかし、ゴールドは、何度聞かれても「暗くて見えませんでした」の1点張りで、答えていないのだ。

「・・・・・・チコリータ、ずっと研究所の中にいたんですか?」
ウツギ博士からの質問に答えることなく、ゴールドは自分から質問を投げかける。
「あの少年が言った事、気にしているのかい?」
「・・・・はい。」
「気にする事はないよ、ちゃんと管理された空間で 大切に育てられているんだから。」

(・・・・・・・そんなこと、気にしているんじゃない。)

ゴールドは チコリータの眼を見た。
「キュ・・・・・」
チコリータの見つめ返した瞳を見て、ゴールドは立ち上がった。
「行こう、チコリータ!!」
ポケモン泥棒、シルバーから渡された帽子を後ろ前にかぶり直し、ゴールドはチコリータに呼びかけた。
チコリータは嬉しそうに瞳を輝かせ、頭の葉っぱをぱたぱた振っている。
口の中で、あの少年の言ったことをもう一度繰り返す。


・・・・・・・・お前はおれのこと、止めに来い・・・・・・・・・・・


肩まである赤い髪、神秘的にすら感じられる銀色の瞳。
ポケモンの幸せを考えて、罪を犯した少年。
・・・それでも、あの子と友達になりたい。

「シルバーを、止めに行く・・・・・・」
恐れは感じなかった。
初めて、自分の能力を無条件に信じてくれた人間・・・・・・

「チコリータ、借りますね。」
「ええっ!?」
ゴールドの 突拍子もない発言に ウツギ博士はたじろいだ。
「本当に幸せかどうか、きっとポケモンであるこの子しか、分からないと思うんです。
 がんばって、この子たちの話、聞けるようになります!!」
「そんな無茶な!?
 『ポケモンから話を聞けるようになる』なんて・・・・」


「・・・・・・やっぱり、信じてくれないんですね・・・」
哀しそうな瞳でウツギ博士を見たゴールドは、そう言い残すと家に向かって歩き出した。
旅支度をするために・・・・・・・


4、ミドリ



「そう、旅に出るのね・・・・」
ゴールドの母親は、もともとはポケモントレーナーだったらしいが、今はワカバタウンで牧場のような事をやっている。
そんな親だから、ゴールドの気持ちも分かったのだろう、
あっさりと OKは降りた。

「その代わり、たまには 電話ちょうだいね!!」
そう言うと、ゴールドの母親は ゴールドにデジタルの腕時計のようなものを渡してくれた。
「ポケモンギア、略してポケギア。
 一人前のトレーナーになるなら、持ってないとね!!」
「ありがとう、お母さん!!」
ゴールドはそう言うと、にっこりと微笑んだ。
もらった『ポケギア』を外れないように服の上からしっかり装着すると、それを母親へと向かって見せてみる。





「・・・ほら、準備は終わった?
 忘れ物で 戻ってくるなんてこと、ないようにね!!」
「わかってるって、いつまでも子供じゃないんだから・・・・・・」
「いつまでも子供よ、私にとってゴールドはね・・・・」
「むぅ・・・子供扱いして・・・・・」
母親の言葉の意味を ゴールドは理解していなかったようだ。
いちいち反論しながらも、手際よく旅立ちの準備は進められていく。


「ゴールド君・・・・・」
旅立ち間際にゴールドに話しかけたのは ウツギ博士だった。
チコリータが また研究所に連れていかれるのか、とゴールドの足の後ろへと逃げ出す。
「ウツギ博士・・・すみませんけど、チコリータは・・・」
「いいよ、そのポケモンは君にあげるよ。」
意外なほどあっさりと、ウツギ博士は言ってのけた。
予想外の言葉に ゴールドとチコリータは同時にウツギ博士の顔を見上げる。
「3匹1組で研究していたポケモンたちだから、ヒノアラシが盗まれて、学会に発表できなくなってしまったんだ。
 その代わり、絶対にポケモン泥棒を 捕まえてくれよ。」
ゴールドにはその『お願い』も出来るかどうか分からないな、と思ったが、さすがに答えるわけにもいかない。
苦笑いしながら、首を横に傾げる。
代わりに、ゴールドの母親が、ゴールドに尋ねてきた。
「チコリータ・・・・・・って学名なの?」
「ええ、まだ未発表なんですけど」
ウツギ博士が、ゴールドよりも先に答える。
その答えに対する答えも 既に用意されていたようで、ゴールドの母親はほとんど間髪入れずに ゴールドへと話しかけてきた。
「じゃあ、ゴールド、名前つけないの?
 あんた、自分のことを『人間』とは呼ばないでしょ?
 自分のポケモンなんだから、ピーたろうみたいに素敵なニックネーム、つけてあげなさいよ!!」

ゴールドはしばらく考え込み、ポン、と手を叩くと、足もとのポケモンの葉っぱを指差した。
「・・・じゃあ、『ミドリ』!!
 体の色が黄緑色だから、今日から君の名前はミドリに決まりっ!!」
「きゅう!!」
『ミドリ』という名前のついたチコリータは 頭の葉っぱをぱたぱた振る。
気に入ったのか入らないのか、それこそポケモンと話が出来ない限り、知ることも出来ないのだが。



「いってきまーす!!」
ウツギ博士は 旅立つ瞬間になってゴールドの笑顔をはじめて見た。
他の誰にも負けないほどの 太陽のような笑顔の少年。
「ゴールド、どうせトレーナーになるなら 最強くらいになって 帰ってきなさいよ!!」
母親の元気な声援を背に、ゴールドは、旅立ちの1歩を 踏み出した。



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