キキョウ シティ
なつかしい かおりのする まち
<各話の1番最初に飛べます>
1、マダツボミのとう 2、モクネン 3、月
1、マダツボミのとう
「キキョウシティか、シルバー、この街にいるのかなぁ・・・」
ヨシノシティを出発してから早3日、ゴールドはシルバーとはぐれてしまい、隣町のキキョウシティに迷い込んでいる。
しかし、独りになることでゴールドのトレーナーとしてのレベルは 少しずつだが、確実に上がっているのだった。
現在ポケモン図鑑は4匹、これから、強くなっていくのだろう。
「はにゃ?」
キキョウシティでは、いたる所でポケモンが生息していた。
なかでも多いのがマダツボミ、細い体をくねらせて歩く、
どちらかと言えば『癒し(いやし)系』『なごみ系』のポケモンだ。
ゴールドとミドリは、初めて見るこのポケモンに興味津々だった。
すでに1匹捕まえていたのだが、街の中を歩くマダツボミを、遠くから近くから飽き(あき)もせず観察している。
そうして観察していると街の中のマダツボミは 全て1ヶ所から発生していることがわかった。
それが、『マダツボミのとう』だ。
『マダツボミのとう』は数十年いや、数百年も前から在るような古風な建物だった。
三階分ある瓦(かわら)屋根には、ところどころ苔(こけ)が生えている。
キキョウシティの観光名所にもなっているこの塔には、他に比べて人が多くいるのが分かった。
もっとも、ゴールドもその1人に混じってしまっているのだろうが。
「きゅ!?」
「どうしたの、ミドリ?」
ミドリが急にそわそわしだしたのでゴールドはマダツボミの観察を一旦止めることにした。
きゅうきゅう言いながらゴールドのことを見上げるミドリに ゴールドは視線を合わせる。
(・・・ミドリ、何て言ってるの? ぼくは、この言葉、いつ分かるんだろう・・・)
ミドリは必至に頭の葉っぱをパタパタ動かして何かを伝えようとしているのだが、
今のゴールドに ミドリの言葉を理解するだけの力は備わっていない。
困り顔のゴールドを見て、ミドリもそれが分かったのだろう、頭の葉っぱでマダツボミの塔の方を指した。
「マダツボミのとう?」
うんうん、とミドリは連続して首を縦に振る。
ミドリのジェスチャーをようやく理解したゴールドは塔の方に向き直った。
キキョウの真ん中に立っている巨大な塔は 一刻前と変わりもせず静かに街を見守っている。
「ミドリ、別に何もない・・・・・・!?」
マダツボミの塔の頂上に眼を向けていたゴールドが、視線を落とすと・・・・・
(・・・・・・赤い・・・髪? ・・・シルバー!?)
31番道路ではぐれた『シルバー』、一瞬で消えたその姿を追うかのように ゴールドは走り出した。
2、モクネン
「走るよ、ミドリ!!」
田舎育ちのゴールドの足はかなり速い。
そのため、ミドリをモンスターボールの外に出していて、自分が急に走り出そうとするときは
ゴールドはいつもミドリにそう呼びかけている。
今回も例外ではなかった。
はぐれてしまったシルバーが見つかったとなれば追いかけずにはいられない、
ゴールドはそういう人間だった。
シルバーの姿は一瞬で見えなくなっていたが
彼が『マダツボミのとう』に入っていくのがゴールドには はっきり見えた。
(考えている暇なんてない、とにかく追いかけないと・・・)
夕陽に混ざって一層綺麗に見えるその赤髪を追って、ゴールドは『マダツボミのとう』に向かって駆け出した。
もうじき日が暮れる、その前に、シルバーと話したいことはたくさんある。
「シルバーッ!!」
木造3階建ての建築物は明かりがなく、目を凝らさないと 何処に何があるのかも分からないほどだった。
もしかしたら応えてくれるかも、と淡い期待を寄せ、『マダツボミのとう』へと向かって叫ぶ。
しかし、返ってくるのは大きな部屋に反響した自分の声だけ。
ざっと『マダツボミのとう』を見まわすと、ゴールドは上への階段を見つけ、走り出した。
その途端、何かに足を取られて思いきり転がってしまう。
「はにゃっ!?」
「うっ、うわあぁぁっ!? ゴメンゴメンゴメンッ!!」
足を引っ掛けたマダツボミと 転がった弾みでつぶしてしまったマダツボミに ゴールドは頭が地につきそうなほどの勢いで謝り倒す。
その場はポケモンフーズ2個で蹴りがついたが、辺りを見まわせば、マダツボミマダツボミマダツボミ・・・
「・・・ねぐらになってる・・・・・・」
もうじき日が暮れる、当然、マダツボミたちは一斉にこの『マダツボミのとう』に戻ってくる。
ゴールドはミドリを両手で抱え上げると、そこら辺をごろごろしているマダツボミをそーっと避けながら 慎重に先を目指した。
「明かりを持ってくれば良かったのにね、考えが浅いんだね、ぼく・・・」
ようやく階段を1つ上がって マダツボミの大群から逃れる事が出来たゴールドは
独り言なのか、ミドリに話しかけているのか、そんなことをつぶやく。
すでに5時を回り、塔の中はうかつに歩き回れないほどの闇が支配していた。
ゴールドは はぐれないようにミドリを1度モンスターボールに収めると、かろうじて夕日が差し込んでいる窓から 外を眺めた。
オレンジ色から朱色へと変わっていく太陽の光は、かろうじて肉眼でも見つめることができる。
「太陽のように明るく、か・・・」
1度母親から聞いた自分の名前の由来。
西に沈む寸前の太陽を見つめながら ゴールドはそのことを思い出す。
「お日様だって 夜の真暗闇(まっくらやみ)には勝てないよ、おかあさん・・・」
太陽を見たせいで少しチカチカする眼を塔の内部へと戻すと、そこには闇の世界が広がっていた。
何だか悲しくなって、視線を下へと落とす。
「・・・だめだぁ、これじゃシルバー、探せないよ・・・」
そうつぶやくとゴールドはその場に座り込んだ。
(月のように優しい心を・・・・・・)
「えっ?」
不意に頭の中に響いてきた声に、ゴールドは顔をあげた。
聞き覚えはあるのに思い出せない、優しい 女の人の声。
「月・・・・・・?」
ゴールドはもう1度目を凝らして、塔の中を見渡してみた。
わずかだが、月明かりで中を見渡す事が出来る。
月明かりのその向こう、そこには小さな明かりが見えた。
その明かりはゴールドの方に近づいてきた、どうやら、人のようだ。
「どうされました、こんな時間に こんな所で・・・・」
明かりの主は、ゴールドに話しかけてきた。
「あの、誰ですか?」
「これは失礼、私はモクネン。
この『マダツボミのとう』にいる修行僧ですよ。」
いかにも『お坊さん』風の男は不審者にすら見える ゴールドの問いかけにも親切に答えた。
お礼に、と言わんばかりにゴールドも丁寧(ていねい)な口調で話し出す。
「ぼくはゴールド、ここには人を探しに来たんですけど、真っ暗になって動けなくなっちゃって・・・
・・・赤い髪の男の子、見かけませんでしたか?」
「君と同じ位の年令の子ですか?
それでしたら、今長老の所に・・・・・」
「えっ!?」
思いもかけなかったモクネンの言葉にゴールドは思わず目を見開いた。
立ち上がると、モクネンと名乗った修行僧に 詰め寄るように叫びかける。
「お願いします、その長老さんの所に案内してください!!」
3、月
「シャドウ、『ナイトヘッド』!!」
モクネンの案内で「マダツボミのとう」の最上階まで到着したゴールドが見たのは
今まさに、長老がシルバーにポケモンバトルで敗北しているところだった。
シルバーは倒れたマダツボミを抱え上げる長老を 軽蔑的な視線で見つめると、言葉を吐き捨てる。
「弱い、弱いな・・・・・『長老』の実力、こんなものなのか?」
「シルバー!!」
「まちなさい、長老の戦いを邪魔するわけには・・・・・」
モクネンの制止を振りきって ゴールドはシルバーの方に駆け寄った。 駆け寄ろうとした。
ところが、目の前に突然真っ黒なポケモンが立ちふさがり、足止めを食う。
シルバーに『シャドウ』と呼ばれたガスポケモン、ゴースだった。
ゴールドの方に近づいてきたゴース、いや、シャドウは突然その大きな口をくわっと開ける。
「・・・・・・シルバー?」
冷たい瞳、いつもとは違うシルバーの様子にゴールドは一瞬 戸惑う。
「シャドウ、『フラッシュ』。」
シャドウが 大きく開けた口から 突如、目も眩むような光が放たれた。
攻撃性こそないが、ろうそくくらいしか灯かりのない暗闇に慣れた目には、かなりダメージがある。
眼を開けているどころではない、だが、その場を去ろうとする足音を耳にすると、
ゴールドは思いきり目を見開き、真正面へと向かって飛び出した。
「待って!!」
ゴールドは死にもの狂いでシルバーの服の端を掴む(つかむ)。
光にほぼ直撃したため、目はほとんど見えていない、だが、その光を反射する銀色の瞳だけはかろうじて見えた。
たった1つの確信、その視覚だけを頼りに、何とか目を開きながらゴールドはシルバーへと話しかける。
「シルバー、聞きたいことがあるんだ!!
あの日、君は、どうして・・・・・・・・・」
ゴールドの腕から力が抜ける。
意識が遠のき、床の上へと倒れ込みそうになったのを、誰かが支えた。
「・・・どうして・・・・・・」
「悪い。」
何だかよくわからないうちに、衝撃が体を走りぬける。
聞き覚えのある声が耳元でささやかれると、ゴールドは意識を失った。
しばらくして、肩を揺すられる感触でゴールドは目を覚ました。
寝起きより早く意識がはっきりし、慌てて飛び起きると、何かに頭を思いきりぶつけ、思わずうずくまる。
「・・・いたた・・・」
「うぅ・・・」
「ちょ、長老、ご無事ですか!?」
目を開けると、額(ひたい)を押さえてうずくまっている長老と、それを支えるようにしておろおろと見守っているモクネンの姿があった。
何か言われるのではないか、と冷や汗をかきながら ゴールドは気まずそうに辺りを見まわす。
わかってはいたが、シルバーの姿はなくなっていた。
はぁ、とため息1つ落とすゴールドの肩に、ぽん、と手が置かれる。
「少年。 あなたは?」
「え? あ、ぼくのこと・・・ですか?
ぼくは、ゴールド、ワカバタウンの、ゴールドです・・・」
びくびくしながら話すゴールドに、長老はやさしく語り掛けてきた。
「そうですか・・・ ひとつ尋ねたいのですが、あなたと話していた少年、一体、彼は何者なのですか?
私にはどうも、ただの子供には見えないのですが・・・・・」
「えと、あのシルバーは・・・友達です、ぼくの。」
そうは言ったものの、ちゃんと『友達だ』と言われたことも無かったので、ゴールドの心には不安がある。
(でも、シルバーしかいない・・・・・
ぼくの能力を分かってくれるのは・・・・・・シルバーしか?)
「本当に?」
そう言ったのは長老ではなくゴールド自身だった。
自分で気付かずに、ゴールドは辺りをキョロキョロと見回す。
「何が?」
「いや、少年、あなたが言ったのでしょう・・・ご自分で考えてください。」
長老に言われ、ゴールドは深く考え込む。
出てくるのは途方もない答えばかり、少しだけ落ち込み、ふっとうなだれた一瞬、ゴールドの脳裏に光が走った。
(すげー!! ほんとに話せるんだ!!)
「・・・えっ?」
自分の記憶の片隅から声が聞こえる。
「誰・・?」
目をつぶって、記憶の声に耳をかたむける。
怖かった心がどこかへと消え去り、徐々に、暖まった毛布にくるまれたようにゴールドは眠くなってきた。
(なつかしい、あたたかい、安心する・・・・・)
「・・・・・・・・・・・少・・年・・・、少年?」
「・・・えっ?」
長老の声でゴールドは我に返った。
「どうしたのですか、突然、動きが止まってましたよ?」
「い、いえ、なんでもありません!!」
慌ててゴールドは身振り手振りで『何でもない』を強調する。
優しく笑って首をかしげると、長老はゴールドへと問い掛けてきた。
「それはそうと、この闇のなか、ここまで来たのですか?」
「あ、夢中だったもんで・・・・・」
「それは難儀したでしょう、これを持っていきなさい、暗闇でも辺りを照らしてくれます。」
そう言って、長老が差し出したのは四角い箱状の機械。
「『ひでんマシン05』、ポケモンに覚えさせれば辺りを明るくすることが出来ます。」
「・・・いいんですか? 大事なものなんじゃ・・・・・・」
素直に受け取りながらも尋ねると、長老は再び微笑んだ。
しわしわの手でゴールドの両手をつかむと、何もかもを見透かしたような視線を向け、祖父が孫に話すように語り掛ける。
「・・・・・・あなたは、大きな運命に巻き込まれる、そんな気がします。
いつ、いかなる時にもポケモンたちと力を合わせることを、忘れないでくださいね。」
意味はわからずとも、ゴールドはとにかくうなずく。
今日あった色々なことに礼を言うと、何度も後ろを振り返りながら『マダツボミのとう』を後にした。
(ぼく、何かを、忘れてる・・・・・
とても大事な・・・何かを・・・・・・・)
ポケモンセンターに戻る 道のりを歩いている間中、ゴールドはそのことばかり考えていた。
「思い出さなきゃ、いけない気がする・・・・」
思い出そうとすれば思い出そうとするほど 記憶には霧がかかるよう。
うつむきながら帰るゴールドは、夜空から満月が自分のことを 見守っていることにも気付かなかった。
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