ヒワダ タウン
ポケモンと ひとが ともに なかよく くらす まち


<各話の1番最初に飛べます>
1、ガンテツ 2、ヤドンの井戸 3、ロケット団の復活 4、小さな考え 5、『おとり大作戦』 6、手負い 7、死守



1、ガンテツ




「なんだか、静かな町だね。」
到着したばかりの ヒワダタウンの ゴールドの感想はそうだった。
そんなに 小さな町、というわけでもないのに、
ヒワダに住む人間は ゴールドの目には どこか淋しそうな表情をしているように見える。
「アクア、君もそう思う?」
自分の足元でしょんぼりしている『ウパー』のアクア(アルフの遺跡で捕まえた)に向かって ゴールドは語りかけた。
しょんぼり、というよりはぐったりしている、ゴールドはアクアを抱き上げる。

(違う、アクアの元気がないのは・・・・・)

「そうだ、この町、水っ気がないんだ・・・・・」
辺りには噴水もあるが、水がたまっていない。
池にも、申し訳程度しか水が残っておらず、そこで生息しているコイキングたちが パクパクと空気を求めていた。
このままでは アクアが干からびかねない。
そう思って ゴールドはアクアをモンスターボールの中に収めると、町の中を調べてまわることにした。





「ここも、ダメ、か・・・・・・」
町の中には 至る所に蛇口が設置してあったが、どの蛇口も ゴールドがいくらひねっても 一滴の水も落ちてこない。
ゴールドは蛇口の代わりに首をひねる。
「おかしいね、ここの所 雨続きだったから、
 水不足になるなんて ありえないんだけど・・・・・・」
実際、3日前にも大雨が降り、ゴールドは 1日中ポケモンセンターで 過ごさなければならなかった。
水不足になる要因など、ひとつもないというのに、実際にこの町では水が消え去っている。


「やはりな・・・・・」
ふと 気付くと 見なれない老人が さっきゴールドがひねっていた蛇口を ぐるぐると回していた。
しらが頭に 太い眉。
いかにも『頑固親父』を絵に描いたような人だ。
慣れないタイプの人間だが、とりあえず勇気を出してゴールドは老人にチャレンジしてみる。
「あの、すいません。」
「なんじゃい?」
「・・・・・・ど、どうして、この町、水がないんですか?」
「今、それを調べておるんじゃい!!
 ん? 小僧、この町じゃ見かけん顔じゃのう。」
怒鳴られ、びくりと体を震わせる。
あまり接した事のない『頑固そうなおじいさん』に ゴールドはすっかり怯えていた。
「す、すいません・・・・・・
 ぼく、ワカバタウンから来ました、ゴールドって言います。」
「ほうか、ワシはガンテツ。
 なんじゃ、ゴールド、男のくせに なよなよしおって。(あんたのせいだろ!!)
 まあええ、この町からな、ヤドンがすっかり消えてしもうたんじゃ!!」
「・・・ヤドン?」
聞きなれないポケモンの名前に ゴールドはポケットの中の図鑑を探る。



「ああ、つい最近まではこの町には ヤドンがたくさんおってな、
 それは にぎわっておったんじゃ。
 しかし1週間前にな、そのヤドン達が 一斉に姿を消した、町中の水も出なくなった。」
「・・・水が出なくなったことと、ヤドンがいなくなったこと、何か関係があるんでしょうか?
 でも、ヤドンの居場所なんて、どうやって調べれば・・・・・あっ!!」
ぽんっ、と手を叩く、調子のいい音が鳴る。
ゴールドはオーキド博士から渡された ポケモン図鑑を取り出した。
不器用ながらも、それほど難しくない電子機器を操作する。
「えっと、ヤドン・・・ヤドン・・・・・・あった!!」
ポケモン図鑑の中に、ピンク色をしたポケモンがいるページ。
「これで、このポケモンの『ぶんぷ』を調べれば・・・・・・
 ・・・・・・あった!!」


「ゴールド、なんじゃ?それは・・・・・」
見なれない機械を覗き込んで、不思議そうな顔でたずねてくるガンテツに、ゴールドは笑顔で答えた。
「『ポケモン図鑑』、ぼくの秘密兵器です!!
 さあ、ヤドンたちは町の北東にいるみたいですよ、早く探しに行きましょう!!」


2、ヤドンの井戸




ゴールドとガンテツは緑にかこまれた小さな井戸をのぞきこんだ。
手にしたポケモン図鑑は このすぐ近くに探しているポケモンがいる、と教えている。
「ヤドンたちがいるのって、この井戸の下、辺りなんですけど・・・・・・
 なんだか、すごく深そう・・・落ちたら危なくありません?」
「だから、井戸に蓋(ふた)がしてあるんじゃろう。」

ガンテツは面倒くさそうに 耳の後ろをがりがりやりながら答えた。
困ったようにゴールドは眉間にしわをよせる。
「・・・・・・それじゃ、なんでこの井戸の蓋、ぼくみたいな子供の力で簡単に開いちゃうんですか!?」
いかにも重そうに見える ヤドンの井戸の上に置いてあった蓋を、ゴールドは軽々と持ち上げる。
実際、ヤドンの井戸を封印しているはずの蓋は、見た目よりずっと軽かった。
ゴールドが持ち上げた蓋を横に置くと、コトン、という、いかにも『軽いもの』の音がした。

「・・・・・・きっと、井戸の中に『何か』があるよね、
 それが多分、ヤドンのことと関係してるんだよ、きっと・・・・・・」
ゴールドが話しかけてる相手は ガンテツではなく、ミドリだった。
たかが10歳の少年に 無視されていることに気付いているのかいないのか、ガンテツ老人は着物の袖(そで)をまくり、
意気込んで井戸のそこを睨みつける。
「よぉ〜し!!
 この、男ガンテツがヤドンたちが 消えた原因を探し出してきてやろうやないか!!」
誰が止める暇もなし。
ガンテツは、深さも確かめずに井戸の中に飛び込んだ。

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・どすんっ!!

「ぬおおおおぉぉぉっっ!!?」
どう聞いても、ガンテツが井戸に落ちた音。
腰を打ち付けたのかもしれない、ゴールドはため息をつく。
「ミドリ、モコモコ、ロープを探しに行こうか。」
妙に冷静な反応で、ゴールドは最善策(と思われる)を取るために動き出した。






町まで走って戻り、助けとロープを調達してくると、ゴールドは井戸の底へと降りる。
予想はしていたのだが、ヤドンの井戸はずいぶんと深く、足が地面につく頃には、辺りなど全く見えない。
じゃりっ、と足元で石のこすれる音が鳴って、ゴールドはようやく井戸の底へと到達したことを知った。
「・・・これ、井戸って言えるのかな?」
服につけていたモンスターボールを手にとって、地面に触れて(ふれて)みる。
石と砂だらけの『ヤドンの井戸』は、パサパサに乾いていて、指先ひとつ汚れない。
色々と疑問に感じながらも、ゴールドはモンスターボールのなかに戻していたメリープのモコモコを呼び出した。
あまりに暗く、ここまま灯かりなしでは、到底進めそうにないからだ。

「モコモコ、『フラッシュ』!!」
「めえぇ〜!」
ゴールドの声を受けて、モコモコは張り切って尻尾を光らせた。
おかげで、辺りは昼間のようにとまではいかないものの、明るくなる。
「ありがと、モコモコ。 すごく明るいよ!
 それじゃあ、ガンテツさん、探さなきゃね!!」
「めぇっ!」
笑顔があるかどうか、見分けなどつかないのだが、モコモコはゴールドの声に返答した。
ピカピカと光る尻尾を振りまわして、辺りに人影がないか調べる。
あっという間に 第一の目的の人物は見つかったが。


「ふ、不覚じゃ・・・・・・
 腰を打って、動けなくなってしまうとは・・・・・・」
井戸の入り口からそれほど離れていないところで ガンテツはうずくまっていた。
しゃがみ込んで視線の高さを合わせると、ゴールドは自分の肩を貸し、井戸の真下へと何とか引きずる。
上からたらされていた救助用のロープにガンテツの体をくくりつけ、合図として そのロープを軽く引いた。
ヒワダタウンの人たちの手によって、少しずつガンテツの体は引き上げられていく。
「ちょ、ちょい待ちいや、おまいさんはどうするつもりなんじゃ!?」
上へと引っ張られながら、ガンテツはゴールドを見下ろして尋ねてきた。
ゴールドはまっすぐ、ガンテツに視線を合わせると、にこりと笑った。
完全にその姿が見えなくなると、くるりと後ろを向いて、同じ笑いをモコモコへと向ける。

「それじゃ、行こうか。 一緒なら怖くないもんね!!」
ポケットからポケモン図鑑を取り出して、先ほどと同じページを開く。
モコモコが張り切って尻尾の光を強めると、ゴールドは図鑑の地図を見ながら歩き出した。



「・・・でもさ、1つ気になってるんだよね。」
「めぇ?」
ゴールドは歩きながら、ポケモン図鑑から目を離さずに口を動かす。
「ヤドンってポケモンがいなくなったことと、水がなくなったことが、どうしてつながるのか。
 1つの町から水が消え去るなんて、天変地異でも起こらないと・・・・・・ふぎゃっ!?」
前も見ずに歩いていたものだから、ゴールドは岩壁に思いきり頭をぶつける。
鼻を打ったのか、痛そうに押さえている、モコモコが心配そうに駆けよって顔を見上げた。
「いったぁ〜・・・・・・うぅ、大丈夫じゃないかも・・・
 まだ、目がチカチカしてる・・・向こう側が明るく見えて・・・・・あれ?」
赤くなっている鼻の頭から手を離すと、ゴールドは辺りを見まわした。
不思議そうに、闇に解けてしまいそうな真っ黒な目を瞬かせる。


「・・・モコモコ、明かり、一旦消してくれる?」
「めぇ〜。」
ゴールドの指示でモコモコは『フラッシュ』を使うのをやめるが、暗いはずの井戸の中は、お互いの顔が確認できるくらいに明るかった。
単純に疑問に思い、ゴールドは首をかしげる。
目を凝らして光を見つめるが、どう考えても自然に出来たものではない。
「ぼくたちの他に、誰かいるよ・・・?」



ゴールドは その明かりの持ち主を確認するために、光の方に向かって歩き出した。
ほとんど歩かないうちに、1人や2人でない人の話し声や、明かりに照らされてちらつく影が見える。
なぜ、こんな所に人がいるのか、という疑問を持ち、ゴールドはモコモコと顔を見合わせた。
「不思議だね、どうして人がいるんだろ?
 あ、ねぇねぇ、提案っ!! あの人たちにヤドンのいる場所を・・・・・・うぐっ!?」
突然背後から口をふさがれ、暴れるひまもなくモコモコの動きを封じられる。
抵抗もできないほど一瞬のうちに ゴールドは何者かによって、岩陰に引きずり込まれた。


3、ロケット団の復活




『静かに!!』
耳元でささやかれると、ゴールドは塞がれている口にかかっている手を 引っかこうとしていた手を止めた。
そっと横目で見ると、赤い髪が視界の端に映る。
不安が無くなったわけではないが、『誰』だかが何となく分かって ほっと息をつくと、ゴールドは暴れまわろうとしていたモコモコを止めた。
小さく2、3度うなずいて、背後の人物に口をふさぐ手を離してもらう。

「・・・シルバー、どうしてここに?」
「しっ。」
ゴールドがひそひそ声で話しかけると、シルバーは右手で口の前に『1』の形を作り、左手でゴールドの手首を軽く引っ張った。
銀色の瞳は 油断なく辺りを警戒している。

(・・・多分、『ついて来い』ってことだろうな・・・・・・)

ゴールドがうなずくと、シルバーは物音を立てないようにその場を離れた。





「おまえこそ、どうしてこんな所まで来てるんだよ。」
周りに誰もいない場所を探し出し、ようやくシルバーは口を開いた。
一応表情を読まれないようにしているつもりらしいが、迷惑がられているのは何となく感じた。
「ぼくが、ここに来た理由?
 ヤドンを、探しに来たんだよ、図鑑でここにいるって分かったから・・・・・」
「ヤドン? ヒワダのか?」
ゴールドはうなずいた。
シルバーはそれを見ると、何かを考えるように下を向く。

「シルバーは?」
ゴールドは シルバーの事を探している 奇怪な女の人の事を話そうかとも思ったが、とりあえず後回しにしておいた。
『どうして ここに来たのか』という問いに対して、シルバーは複雑そうな表情を浮かべる。
思い起こしてみれば、ワカバからヒノアラシを盗み出したときと、よく似た顔だ。
「おれは・・・・・・」
「・・・いいよ、話したくないんなら話さなくても。
 それよりさ、どうしてこんな所でひそひそ話しなきゃならないのか、
 その理由くらいは、教えてくれるよね?」



「・・・それは、俺たちがいるからなのさ!!」
背後から自分たち以外の声がして、ゴールドは飛び上がるほど驚いた。
振り向くと、胸に『R』のマークが付いた、全身、カラスのような黒い服を着ている人物がにやにやと笑っている。
まともな人物ではない、直感的にゴールドはそう感じた。

「こっちだ!!」
シルバーは黒服の男を見るなり、ゴールドの手首をつかみ、自分の後ろへ連れこんだ。
あまり迫力はないが、黒服の男を睨んでいるモコモコの前にも、シルバーのポケモンがかばうように立ちはだかる。
「・・・・・・おや、いつの間にお友達が出来たんだ?
 『怪盗シルバー』?」
黒い服の男は 嫌な笑いを浮かべ、シルバーへと話しかける。
きょとんと目を瞬かせると、ゴールドは黒服の男へと向かって まっすぐに視線を向ける。


「解凍? お魚解かして(とかして)どうするの?」
『は!?』という声の聞こえてきそうな顔をして、シルバーはゴールドへと振り返った。
黒服の男は ゴールドのとんちんかんな質問に一笑する。
「はははは・・・・・おかしなことを言う坊やだ!!
 いいか? 君の『お友達』はなぁ、あちこちからポケモンを盗み出す
 わるーい泥棒なんだよ?」
「だから?」
分かりきったことを言われ、ゴールドはそんな返し方しか出来なかった。
普通、泥棒だと分かった上で 仲良くしている人物がいるとは考えにくいだろうが、
黒服の男のペースを崩すには、その一言で充分だった。

「シャドウ!!」
シルバーは いつの間にやら黒服の男の後ろにいたゴースへと向かって命令する。
本当に一瞬の出来事で、ニヤニヤ笑いを浮かべていた男は そのまま地面の上に倒れ、いびきをかきはじめた。
「すごーい・・・・・この人あっという間に倒れちゃったよ・・・・・」
「『さいみんじゅつ』、眠らせるのは得意中の得意だ。
 さあ、行くぞ。 ここにいると、他のロケット団が 来るかもしれない。」



「ロケット団?」
無表情ですたすたと歩いているシルバーの背へと向かって ゴールドは質問を投げかけた。
「今、見た 黒服の奴らだ。
 3年前、カントー地方で、何か事件を起こしたらしい。
 もっとも、その時は3人の『子供』に、壊滅させられたって聞いたけど・・・・・・」
「壊滅したのなら、こんな所にいるなんてことは・・・ありえないよね。
 ・・・・・・ってことは、逃げられたってことかな?
 それに、誰かが統率(とうそつ)して行動起こさなきゃ、シルバーに見つかることもないわけで・・・」
シルバーは立ち止まると、ゴールドの方に向き直った。
表情が何だか呆れている。


「・・・おまえ、ボケてるふりして、実は考えてるな?
 さっきの変な質問も、あいつらを油断させるためにやったんだろ?」
「ばれた?」
ゴールドは いたずらっぽい笑顔を浮かべ、ちょっぴり舌を出した。
深くため息をつくと、シルバーはゴールドが今来た道を指差す。
「・・・・・・とにかく、ゴールドはもう帰れ。
 ここは、おまえがいて良いような場所じゃない。」
「やだ。」
あまりの反応の早さにシルバーは反論もできなかった。
眉をひくひくと動かしながら、ゴールドのことを見つめている。


「・・・・・・おまえな・・・」
「だって、まだシルバーがここに来た理由、聞いてない!!
 聞くまで絶ッッ対!! 帰らないよ!!」
「・・・ちょっと待て、さっき『言いたくないなら、言わなくていい』って・・・」
「危ない所なら話は別!!
 シルバー1人、危ない目にあわせるのなんか、絶―――対ッ、嫌だ!!」
漆黒の瞳をうるませて、ゴールドはシルバーを睨みつけた。
しっかりとにぎられた拳(こぶし)に、爪が突き刺さる。

「ポケモンで人を傷つけることを 何とも思わない奴らだぞ。
 おまえみたいな初心者トレーナーが行ったところで、何ができるっていうんだ?」
「それはシルバーだって同じじゃないか、1回ぼくに負けてるくせに、文句言うなっ!!」
「声がでかいっ、1度でも見つかったら取り囲まれるだろうが!
 そんなことも分からないような奴だから、ついてくるなっつってんだ!!」
「大きな声出してるのは そっちも同じじゃないか!!
 同じの同じで同じなら、ぼく絶対に帰らない!!」
「ガキかっ、おまえは!? 自分の実力を考えて物を言えっ!!」
「そうだよ、子供だよ、何をすればいいのかだって全然わかんないよ!!
 だけど、だからじっとしてられないんだ! ワカバから出てきたときだって、おんなじ気持ちで・・・・・・
 シルバーだって、いっしょ・・・・・・だから・・・」

声を詰まらせると、ゴールドはその場にひざを落とした。
泣きそうな顔をしているのを必死でこらえ、変な顔をしている。
うつむいてキャップだけ見えているゴールドを見下ろすと、シルバーは息をついた。
「・・・外に出て、助けを呼んでくるって仕事もある。」
「ここに来るとき、ヒワダタウンの町の人と一緒だった。 30分も戻ってこなければ、きっとおかしいと思って誰か来るよ。」
ゴールドは顔をあげた。
かすかに震えてはいるが、まっすぐにシルバーの瞳を見つめ、口を固く結んでいる。
「どうなっても、責任は取れないぞ。」
「・・・・・・何もできないより、ずっといい。」
銀色に光る瞳をゴールドは睨むように見返した。
しばらくは何も起こらず、静かに時間(とき)だけが流れるが、不意にシルバーは自分の右手をゴールドの前へと差し出した。



「立て。」
ゴールドはシルバーの手を掴み(つかみ)、立ちあがった。
すぐにその手を離すと、2人はそれぞれ自分のモンスターボールを手に取る。
「これで最後だ、すぐに引き返せ。 ゴールドには危険過ぎる。」
「嫌だ、たとえ1人でも、たとえ嫌がられたって、ぼくは引き返さない。
 知りたいことは、シルバーに聞きたいことだって、まだまだたくさんあるから。」
もう1度、ゴールドは手を握り締めた。
自分の心に言い聞かせるかのように、同じ言葉を繰り返してシルバーの瞳を見つめる。
シルバーはきつく握られた ゴールドのモンスターボールへと視線を落とした。
ふぅ、と息をついて、まっすぐ見つめてくるゴールドへと視線を合わせる。
闇色をした瞳と完全に視線がぶつかると、シルバーはそれを反らし、ゴールドの顔を見ずに口だけ動かした。


「・・・ここの研究室に、ポケモンを『強奪(ごうだつ)』しに来た。
 行動開始から10分ほどで外部へと脱出する、相手の人数が多すぎるから、出来るだけ戦わない予定だ。」
ゴールドの瞳から攻撃的な光がなくなった。
少し驚いたように パチパチと目を瞬かせると、シルバーの背中へと向かって笑いかける。
「・・・・・・へへっ・・・」
「何だよ・・・」
ポケモンのことをきちんと考えているのが嬉しい、とはゴールドは言わなかった。
代わりに、思いつくだけの笑顔を向けると、自分もシルバーに背中を向ける。





「・・・よぉし、『おとり大作戦』でいこう!!
 ミドリ、モコモコ、アクア、ピーたろう、協力お願いっ!!」
一方的に話を進め、歩き出そうとしたゴールドをシルバーはフードの端をつかんで引き止めた。
顔が明らかに引きつっている。
「・・・ちょっと待て、それは自分で騒ぎを起こすって意味か?
 何度も言っただろうが、子供1人がどうのこうの出来る問題じゃないんだ。」
「いーのっ!! 細かいことは気にしなくても。
 それじゃっ、行ってくるね!!」
シルバーの手をそっと外すと、ゴールドは笑って光の見える方へと歩き出した。
いつもよりかなり大股(おおまた)、かつ早足で歩くものだから、モコモコは必死で走らないと追い付けない。
ほんの少しだけ 緩めた(ゆるめた)あごからカチカチと音が鳴り、慌ててゴールドは歯を噛み締めなおす。

(だいじょうぶ、きっと上手くやれるよ・・・・・)

落とさないように、モンスターボールをきゅっと握り締める。
足元にモコモコが走り寄ってきたことに気付くと、ゴールドは歩くスピードを落とし、小さな崖(がけ)の下に広がる空間を息をのんで見下ろした。


4、小さな考え




一方的にゴールドは立ち去ってしまい、シルバーはひたいに手をあてた。
今すぐにでも無茶をやらかすのが目に見える、そうなると何が起こるのか、予想もつかない。
時間がそれほど残されていないことを悟り(さとり)、シルバーは自分のポケモンをモンスターボールへと戻し、目的の方向へと歩き出した。
2週間ほどで調べ上げた隠し扉を 慣れた手つきで音を立てずに開く。
そして、音が立ちやすく、普段はやらない『走る』という行動を取った。


あれだけ大騒ぎをして、誰一人として人のやってこないというロケット団のずさんさにシルバーは感謝した。
岩肌の丸見えになっている細い道を走りながら、隠れている人間がいないか、新しくカメラが設置されていないか、注意深くチェックする。
時々、岩肌からのぞいているコードを見つけては、服の中に隠してあるナイフで切った。
動いているのが自分1人でないのなら、マヒさせる機械を多くしなくてはならない。
予定よりも1分遅れで 井戸の底らしからぬ、アルミ張りの道へと出る。
モンスターボールを構えると、小さな扉の前に立っている黒服の男、ロケット団をゴースの『さいみんじゅつ』で眠らせた。
腰に下がっている鍵の束を奪い取ると、男の背後で道をふさぐ扉を銀色の瞳で見上げる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
黙り込んだのも一瞬のこと、扉を封じるテンキーを要領良く叩くと、不自然な銀色の扉は音を立てて開いた。
試験管などが立ち並ぶ部屋が 扉の間からのぞく。





「おぃ、いるか?」
響かないように小声で、シルバーは部屋のなかへと呼びかけた。
突然扉が開いたこと、それに声がしたことで小さな部屋の中に1人だけいた 白衣の男がシルバーの存在に気付く。
声をあげようとしたようだが、その前に卒倒(※突然倒れること)した、その背後を 薄紫色のガスがゆらゆらと動いている。
「サンキュー、シャドウ。」
紫色の気体はクツクツと笑い声のような音を上げた。 その横をすり抜けて、シルバーは部屋の中を見まわす。
銀色の瞳を光らせると、部屋のなかをもう1度見回し、呼びかけた。

「おれだ、シルバーだ。
 おまえのことを開放しにきたんだ、ここにいるんだろう?」
声をかけると、隅(すみ)のほうに転がっていたダンボール箱の1つが がさっと鳴った。
目を見開き、シルバーはダンボール箱へと歩み寄った。
しゃがみ込んでじっと見つめると、びくびくと震えながら、ダンボールがそっと開く。
小さな『何か』に対して、シルバーは笑いかけた。
「やっぱり、ここだったんだな。
 おれ、トレーナーになったんだ、おまえのことも連れていける。
 もう、辛い思いすることもないだろ、一緒に逃げよう。」
ダンボール箱の中からシルバーのことを見上げていた 小さな『何か』は 目を瞬いた。
親指ほどの小さな黒い瞳から柔らかい光を放つと、にこっと笑いかけ、ダンボールの中から這い(はい)出てきた。
長い耳を持った、小さなポケモンは 自分の体の半分ほどもある何かを抱えている。

小さくて黄色い体、背中のしま模様、ぎざぎざの尻尾、赤い頬(ほう)。
きっと、誰でも知っているポケモン、ペットとしても人気のあるポケモン、大きな何かを抱えたポケモンの、学名はピカチュウ。

ピカチュウはシルバーの顔を見るとにこっと笑った。
それに合わせて銀色の瞳が瞬くと、小さな腕に抱えられたものをピカチュウは差し出す。
落とさないように、壊さないように、シルバーはそれをそっと受け取った。
2つの手のひらの間では、温かいタマゴが時々、ピクピクと動く。
「・・・・・・おまえのなのか?」
ピカチュウは 体全体でうなずいた。
少しだけ優しい表情になって、目の前のポケモンの耳の後ろをくすぐると、シルバーはタマゴを左腕で抱え、立ちあがる。
足元をそっとピカチュウがついてきているのを横目で確認し、無機質な銀色の扉へと向かって歩き出した。



「どこに行くつもりかしら?」
シルバーの足が止まった。
仇(かたき)を見るような、冷たい目つきでゆっくりと声のした方を振り返る。
銀色の瞳に見つめられた女は 短い髪をなでつけ、真っ赤なルージュのついた唇で笑った。
「お久しぶり、『怪盗シルバー』。
 最後に会ったのは確か、ちょうど1年前だったわね。 どうして、急にチョウジから消えてしまったの?」
「ツバキ・・・・・・」
明らかに警戒して、シルバーは1歩、また1歩と後退する。
怪しい光を放つ瞳で、それを楽しそうに見つめると、ツバキと呼ばれた女はまた、笑った。
「3日もロケット団のアジトに忍び込みつづけて、見つからないとでも思った?
 それともまた、ここのピカチュウが助けてくれるとでも?」
冷え切った瞳で相手を見つめ、また1歩下がる。
何も言わず、モンスターボールを構える、ツバキは先ほどと同じように唇で笑うと、自ら(みずから)もモンスターボールを構えた。
シルバーは笑った。 さきほどピカチュウに見せたような笑い方ではなく、相手を蔑んだ(さげすんだ)ような、嫌な笑い方。
女の足元から パチパチと音がする。
ツバキはその音に気付くと、顔を青ざめさせ、足元を見た。
ピカチュウが女の足をつかみ、ツバキによく似た、それでも、ずっとそれよりも人間らしい笑い方をする。
悲鳴が上がる間もなく電流が流れ、女は床の上に倒れ込んだ。


シルバーとピカチュウはお互いの顔を見合わせると、同時にうなずいて試験管だらけの部屋から逃げ出した。
そのあとを紫色の気体、ゴースのシャドウが追いかける。
片手に持ったタマゴを気にしながら、シルバーは足音がなるのも気にせずに走った。
言ったとおりにゴールドが騒ぎを起こし、そんな小さな音など、かき消されてしまうほどにぎやかになっているから。
「・・・親友が来てる。
 ゴールドっていうんだけど、頼みもしないのに、おとり役を買って出て・・・」
恐らくピカチュウに話しかけたのだろう、誰も返事をしない声はアルミ張りの廊下に反響もせず、吸い込まれて消えていく。
ピカチュウの耳はパタパタと動き、あまり話さないシルバーの声を吸い取った。






「いーい? ミドリ、モコモコ、それにアクアにピーたろうも。
 作戦の説明するよ。」
まるで、小さな子供に話しかけるかのような口調でゴールドはポケモンたちに話しかける。
40センチほどしかない チコリータのミドリとメリープのモコモコに視線を合わせ、幼稚園の先生のようにやさしい口調。
だが、これからやろうとすることは、たとえ警察だろうと、なかなか実行には移さないだろう。
それを分かっていて、ゴールドは作戦の説明を続ける。
「・・・だから、ぼくたちは絶対に捕まっちゃいけないんだ。
 分かったよね? それじゃあ、行こうか!!」

(多分、1番意味のない戦いに―――――――――――――)

にこりと笑ったゴールドの奥歯は カチリと鳴った。
足元に2人、右と左にそれぞれ2つずつのモンスターボールを手に取ると、眼下の黒服の男たちを睨みつける。
深呼吸1つゆっくりとついて、ゴールドは汗だらけの手を握り締めた。


5、『おとり大作戦』




ずいぶんと奥へと行ったのか、地面はぬかるみはじめていた。
ヤドンの井戸が ようやく井戸らしい姿を見せる。 そのことに気付くのは、恐らく水と一緒に暮らしてきたアクアくらいなものだろうが。
足元から吸い取られる体力のことだけを気にして、ゴールドは大きく息を吸い込む。
『作戦』までのカウントダウンを 心の中で数え始めた。


(・・・・・・・・・ろく、ご、よん、さん、にい、いち・・・・・・)

足に力を込め、一気にその場から駆け出す。
後をしっかりついてくる4本足の友達たちが、ゴールドに勇気を与えた。





「・・・っうわああぁ――――――――っ!!!!!」
出来る限りの大声を出し、ゴールドは黒服の男たち・・・ロケット団の前へと姿を現す。
辺りの空気が変わるのを肌で感じると、漆黒の瞳で周りの景色すべてを睨みつけた。
全ての視線が自分のところへ集まったのを確認すると、壁を背に、モンスターボールを持った両手をゆっくりと男たちの方へと向ける。
「『はっぱカッター』、『でんきショック』!!」
なまじ数が多いがために、ミドリとモコモコの放った攻撃は簡単に男たちに当たる。
何を言っているかの1つ1つまでは聞き取れないが、怒りに似た空気が流れて来ることは分かった。
もともと、それが狙いなのだから。


「なんなんだ、てめぇは!?」
男たちの声の1つが ゴールドの耳に届く。
ゴールドは答えなかった、場を混乱させるために、わざわざ名前を名乗る必要もない。
怒鳴りかけてきた男へ左手を突き出し、『でんきショック』をくらわせる。
その行動でいよいよ、ロケット団たちの怒りを買ったのは明らかだった、次々とポケモンを呼び出す男たちを見て、ゴールドは息を飲み込む。

「ドガース!」
「オニスズメ!」
「コラッタ!」
「アーボ!」
他にも口々にポケモンの名を呼んでいたようだが、ロクに聞き取れなかった、聞き取る気もなかった。
迫ってくるポケモンたちの1人ずつを気にしないように目をつぶり、どこともつかない方向に腕を突き出して叫ぶ。
「っうああぁぁ――――――――っ!!!」
技の名前を言わずとも、ミドリは『はっぱカッター』、モコモコは『でんきショック』を撃ち出す。
1人に対して向かってきているため、命中させるのはそれほど難しくはない。 逆に、それだけ数がいるということ。
不思議と威力の高いミドリとモコモコの攻撃は ロケット団のポケモンと人間たちをなぎ倒し、地面の上に爪痕(つめあと)を残す。
目を開いたゴールドは 自分たちの攻撃した痕(あと)を見て驚いた。 もっと威力は低い・・・もしかしたら効かないかくらいに思っていたから。
あごを食いしばって、歯が鳴るのを必死で隠すと両手に持っているモンスターボールを握り直した。
辺りを確認しようと目を配る間もなく、背後・・・それも真上からポケモンらしきものが降ってきて、ゴールドの上にのしかかる。

「うあっ・・・」
紫色の大きく長い、ヘビのようなポケモンがからみ付き、ゴールドの体を締め上げる。
両足が地面から離れ、視線の高さが男たちと同じほどとなった。 もっとも、悠長(ゆうちょう)に眺めを楽しんでいる場合でもないのだが。
「てこずらせやがって・・・・・・ガキが、なんのつもりで、ロケット団にたてつくんだ?
 ・・・っつっても、心当たりなんて、ありすぎるけどな。」
ゴールドは無言で自分へと向かってくる男を見た。
にごった色の瞳に一瞬視線を合わせると、哀れむような視線を送り、自分を締めつけるアーボックを見つめる。
光を奥に隠した 漆黒の瞳は、男たちによって作られた光を受け止め、光った。
強い毒を持っていると言われるその牙におびえる様子は、ない。



「君は、『幸せ』?」

ゴールドの澄んだ声は それほど大きくなくても、洞くつのなかによく響き渡った。
アーボックの動きが止まる。 見た目には分かりにくいのだが、締めつける力もほんの少しだけ弱まっている。
「『幸せ』?」
もう1度、ゴールドはアーボックへと『尋ねた』。 ほんの少し、笑みを浮かべて。
戸惑っているのか、なつき始めたのか、だんだんとゴールドを締める力は抜けて行く。
ゆるんだ胴から右腕を抜くと、ゴールドは手の甲でアーボックの腹をなでる。 その頃には両足は地面の上へとついていた。
「・・・ぼくは、ともだちと一緒にいて、笑いあったり、ぎゅっとしてたりするのが、幸せ。」
「何をしている!?」

ロケット団の男の声が鳴り、アーボックは体を震わせた。
自分の主人とゴールドとを見比べ、対応に困ったように舌をチロチロと出す。
哀しそうな視線を送ると、ゴールドはアーボックへ向け、最後の言葉を発した。
「・・・・・・ごめんね。」
降ろしっぱなしの左手に力を込めて、モンスターボールを開く。
出てきたばかりのポケモンは アーボックを2メートルほど叩き上げ、気絶させる。
驚かせる暇も渡さず、トレーナーであったはずのロケット団の男にも『たいあたり』の1撃、男は足元から崩れ去る。
『ピーたろう』はゴールドへと寄り添う、ゴールドは他のロケット団たちを睨みつけた。


「・・・ごめんね。」
空いた左手が見えていないはずのロケット団を指差す。
ゴールドとポケモンたちは 戦いを始めた。


6、手負い




「『でんきショック』!!」
ピーたろうをモンスターボールへと戻すと、まばらになってきた男たちの1人に向け、ゴールドは攻撃の指示を出した。
ふわふわの毛から繰り出された電撃は ヘビのように唸り(うなり)、黒服の男へと直撃する。
予想も出来なかった威力に、ゴールドは寒気を覚えた。

(・・・・・・軽く、しびれさせるつもりだったのに・・・)

そうはいっても、このまま攻撃を止めるわけにもいかない。
ポケモンではなく、人間の方に攻撃する戦い方におびえ出したのか、攻撃することなく周りを取り囲むロケット団たちを 注意深く睨む。
ロケット団たちは目と目で合図し、じりじりとゴールドとの距離を詰める。



「行けっ!!」
1人が合図すると、黒い波は一斉にゴールドへと襲いかかってきた。
指差しだけで攻撃の合図をし、数人を『はっぱカッター』と『でんきショック』で倒すが、それだけでは足りず、ゴールドはロケット団たちに組み伏される。
それも、一応は計算のうち。 ゴールドはピーたろうを呼び、自分の動きを封じる人間たちを弾き飛ばした。
途端、体が痙攣(けいれん)し、動かなくなる。
自分も何度も行っている、電気系の技を撃たれた、という考え方に達するまで、そう時間はかからなかった。
ピーたろうとモコモコが自分をかばい、ほぼくっつくような状態でロケット団と戦うのが 目の端に映る。
気力をふりしぼり、腕に力を込める。 立ち上がる、とまでは行かなかったが、かなり無理矢理にゴールドは起き上がった。

「・・・すぐには動けない、ピーたろう、2人をお願い・・・!!」
顔を上げずに、ゴールドは側(そば)に立つ大きなポケモンに話しかける。
水はけされ、ざらざらした地面を削ると、ゴールドは顔を上げた。

(2人?)

ロクに体も動かないのに飛びあがり、立ちあがって辺りを見回す。
黒服の男の手からぶら下がった緑色のポケモンを見て、ゴールドは表情を変えた。





「・・・・・・ミドリッ!!」
「キュウウ、キュイ!!」
ゴールドがモコモコとピーたろうのもとを離れ、駆け寄ろうとすると、ミドリは井戸中に響き渡るような大声を出した。
ひくっと喉を鳴らし、足が止まる。
ミドリの頭の葉を掴んでいるロケット団の男は 腹の底から気分の悪くなりそうな笑い方をした。
うまく動かない体にムチを打ち、ゴールドは歯を食いしばって男を睨む。
「・・・返して。」
右手のモンスターボールを服のホルダーにしまうと、両手を前へと突き出して男を睨む。

「貴様は、なぜロケット団に戦いを挑む?」
「返して。」
ゴールドは『返せ』とばかりに、さらに両手を前へ突き出した。
「実力としては悪くない、
 それだけの思考をもって、独りで戦い、勝てると思っていたのか?」
「返して。」
「貴様なら、ロケット団に入ろうと、やっていけると・・・・・・」
「返して!! ミドリを返して!!」

(・・・・・・・・・・・・・・・助けて・・・・・・シルバー・・・!!)


ふと、どうしてシルバーに助けを求めようと思ったのか、ゴールドは疑問に思う。
その刹那(せつな)、ミドリはロケット団の男の腕から飛びあがった。 空中でバランスを取り、何とか足から着地する。
男が腕を押さえて痛がっていることから、ゴールドは何かが男の腕に当たったのだと考えた。
ゴールドは またロケット団に捕まらないように ミドリをしっかりと抱え上げると、辺りに人の姿を探してキョロキョロと目を配る。
途端、頭の上を 赤い炎が音を上げて通過した。

「・・・危なっ・・・・・・!!」
誰がやったのかは予想がつくが、とりあえず怒ってみる。
ミドリ、モコモコ、ピーたろうをモンスターボールに戻るように指示を出すと、ゴールドはずっと戦わせていなかったポケモンを呼び出した。
「アクア、『みずでっぽう』!!」
ゴールドは腕に抱え、炎の飛んできた方向を確かめると、そちらへと向かって攻撃させる。
反動で弾き飛ばされないように しっかりと足を踏みしめると、攻撃した方向へと走り出した。
炎攻撃の主、シルバーは苦笑いしながらも手を差し出す。




「あやうく真っ黒コゲだよ!?」
なかば、悲鳴に近い声をあげてゴールドはシルバーの手をつかんだ。
シルバーはくるりとロケット団たちに背を向けると、つないだ手を引き、走り出す。
追ってくる人間たちを ゴールドの知らないポケモンが電撃を発して追い払った。
「上手くいった?」
「逃げ切れればな。」
ゴールドは心の中で小さく納得しつつ、自分たちを追いかけてくる小さなポケモンへと目を向けた。
あまり毛並みがいいとは言えないが、かしこそうなピカチュウ、そう認識する。
「ロケット団に捕まってた。 連れて逃げるからな。」
「うん。」
何かを不思議に思ったが、ゴールドは素直にうなずいた。
つないだ手はチクチクするが、伝わってくる暖かさが安心感を生む。
少しだけ握る(にぎる)力を強めると、まっすぐな瞳でゴールドはシルバーの赤い後ろ髪を見た。
「あのさ、ここ出たら、聞きたいことが・・・・・・」


「ッ・・・!?」

つまずいて、転んで、ゴールドは何かに足を引っ掛けたのかと勘違いした。
シルバーを巻き込まないように、つないでいた手を離す。
右足のふくらはぎが 鉄を打ち込まれたように痛み、気が遠くなる。
「どうした!?」
「足が・・・・・・・・・」
見下ろされる銀色の瞳を見て、ゴールドは言葉を詰まらせた。
ここで弱音を吐いたりしたら、勝手に来てしまった手前、何を言われるか分からない。
左足の力だけで無理矢理立ちあがり、吹き出ている汗を拭き(ふき)もせず、笑顔を作る。

「・・・大丈夫、なんでも・・・・・・っ・・・!!」
足がふらつき、ゴールドは派手に地面にぶつかる。
意識していたわけでもないのに、息が自然と上がっていた。 たいした距離は走っていないのに。
うめき声をあげ、上半身を起こす。 シルバーの表情を見ると、自分が足の痛みを隠し切れていないのを悟った(さとった)。
自分の足を見ると、今だかつて見たことのないほど、真っ赤に腫れて(はれて)いる。
「シルバー、ぼく大丈夫だよっ・・・! 立てるし、歩けるし、走れるから・・・
 だから・・・・・・・・・」

『置いて行かないで』

そう言おうとしたゴールドの言葉を シルバーはさえぎった。
ずっと腕に抱えていた丸っこい『何か』を、ほとんど無理矢理に近い形でゴールドに押しつける。
「絶対落とすなよ。」
無我夢中で ゴールドは首を縦に振った。
渡されたものを両腕でしっかりと抱え、シルバーの顔を見上げると、その表情で何かただごとではない事態が起きていることを知る。



「ねぇ・・・・・・?」
何かを言おうとしたゴールドをシルバーはさえぎった。
溶けていきそうな闇を睨む瞳が ギラギラと光っている。
シルバーに連れられたピカチュウの赤い頬から、パチパチと音が鳴った。

「・・・・・・あらあら、ずいぶんと物騒じゃない?」
声のした方向へと向かって、ピカチュウは問答無用で電撃を放つ。
まるっきり当たった様子を見せず、黄色い光は闇に吸い込まれる。 その光に吸い寄せられたかのように、人の影が現れる。
「・・・誰?」
魔法を使って現れたような その短い髪の女を見て、ゴールドは思わず口に出す。
「ロケット団の幹部のツバキだ。 動きは封じたはずだったのに・・・」
ロケット団の女は、赤いルージュのついた唇で シルバーへと向け、笑った。
その笑い方に、ゴールドは寒気すら覚える。
「甘く見られちゃ困るわ。 あの程度で私を押さえつけられると、本当に思っていたの?
 私を止められるとしたら・・・そうね、サカキ様くらいの実力を持ってもらわなきゃ、ふふっ、無理でしょうけど。」
スキのない動きで ツバキは2人へと近づいてくる。
シルバーは背中の後ろにゴールドを隠す、そのせいで彼が戦いにくい体勢になっているような気がして、ゴールドは歯をかみ締める。
無理矢理立ちあがろうとし、バランスを崩して尻もちをつく。


「無理するな、1人くらい守れる。」
「大丈夫、ぼくだって・・・戦えるんだ!!」
右足に激痛が走り、ゴールドは顔をゆがめた。
思わずその足を抱え込むと、驚いたことにピカチュウが張りついている。
ゴールドは涙でにじみ始めている視界を使い、不思議そうな顔をしてそのポケモンに見入った。
「ちゅい、ぴぴぴか、ぴかちゅ。」
ピカチュウはゴールドの足を抱きかかえると、軽く電気を放つ。
気の遠くなりそうなほど痛んだのも一瞬のこと、多少しびれはするが、ほとんど痛みは止んでいた。
恐らく、『でんじは』を使ってマヒさせたのだろう。
『ありがとう』の感謝の意を込め、ピカチュウの頭をなでると、バランスを崩しながらもゴールドは立ちあがる。
両腕に抱えたタマゴを落とさないよう、しっかりと抱きしめて。

「動けるか?」
「うん。」
さきほど『大丈夫』と言ったときより、いくらかしっかりした声でゴールドは受け答えた。
そうこうしている間にも、自分の周りを取り巻く殺気は強まっていく。
対抗しようとモンスターボールに手をかけたゴールドを シルバーは止めた。
「無理だ、戦うな。」
「でも、こうでもしないと、みんな・・・・・・!!」
ゴールドの肩にシルバーの手がかかる。 ふらつきかけ、倒れそうになったのを今度は支えてくれた。
周りに聞こえないくらいの小声が ゴールドの耳をくすぐる。

(・・・・・・・・・『そのタマゴ持って逃げろ、戦闘するだけが戦いじゃない』・・・?)

「出来るな?」
一瞬、とまどった表情を見せつつも、ゴールドはうなずいた。
最後にひとこと、ゴールド以外には伝わらないように付け加えると、自分のポケモンを呼び出し、シルバーはゴールドの背中を押す。
「行けっ!!」
シルバーの声を合図にして、鉄砲玉のようにゴールドは走り出す。
自分で走れることに驚きながら、迫ってくる黒い波を振り切るようにして。


7、死守




シルバーはゴールドの背中を見送るとその場に残った大勢のロケット団、それに幹部のツバキを睨みつけた。
暖かみの残る手で 冷たいモンスターボールをにぎると、ガスポケモンゴース、シャドウを呼び出す。
「ずいぶんと友達思いみたいね、怪盗シルバー?」
「・・・そうかもな。」
おだやかな表情をし、シルバーはゴールドの向かった先を背にした。
戦うような顔には見えないのに、挑みかかるような隙(すき)は 全くない。
隣にいるピカチュウが 電撃でロケット団を弾き飛ばすと、風でシルバーの長い髪が揺れ動いた。



「『でんこうせっか』!!」
小さなポケモンがロケット団の男1人をなぎ倒したのを皮切りに、狭い道での戦いは始まった。
シャドウだけしか出していなかったように見せかけていたが、シルバーは器用にも3匹のポケモンに指示を出す。
距離を取って小さな攻撃を出しつづける、ズバット。
攻撃が効きにくいことを利用し、次々と人間を気絶させていくゴース、シャドウ。
そして―――――――
「・・・そのポケモンは・・・!?」
「・・・・・・研究所から『盗み出した』。 もう、誰の手に渡ることもない!!」
小さな体ながらも、ヒノアラシのフレイムは『でんこうせっか』でロケット団のポケモンの動きを封じていく。
「もう、このアジトは諦めるんだな。
 『死にもの狂い』のおれたちに、勝てる奴なんていない。」
気絶し、積み重なったロケット団たちを足元に、シルバーはピカチュウと戦闘するツバキへと向かって叫んだ。
黒く、よく体のしなる猫のようなポケモンで ピカチュウの背中に傷をつけると、ロケット団の女はシルバーへと向け笑った。

「笑わせないでもらえる?
 このヒワダのアジトには、幹部を含め60人を超えるロケット団がいるのよ?
 ポケモンマスターでも、対抗しようがない数だわ、何を思ってそんなに自信たっぷりに話すのかしら?」
「出来ることだって、ある。」
自分へと組みかかってきた男の首を打つと、シルバーは笑った。
トレーナーとポケモンの総がかりで捕まえられそうになっていたフレイムをモンスターボールへと戻して逃がす。
『ちょうおんぱ』で1度に2人のロケット団の動きを封じたズバットも同時に。
「2年前に、発売中止になった『技マシン』を知ってるか?
 使い勝手が良くなかったもの、生産が間に合わなくなったもの、理由は色々あるが・・・・・・
 その理由の1つ、『危険な技のため、多くのポケモンが覚えることを防ぐため』発売中止になったものもある。」
その言葉に シルバーの周りを取り囲むロケット団たち数人から どよめいた声があがる。
上司らしいロケット団の命令を無視し、逃げ出すものも現れはじめた。
シルバーのシャドウが道の真ん中に立ちふさがり、これ以上ロケット団がゴールドを追いかけるのを阻む。
「・・・正気?」
ツバキの問いかけに、シルバーは笑った。
「『死にもの狂い』だと、言ったはずだ。」




(―――――『・・・信じてるぞ、ゴールド。』)




「わああぁぁっ!?」
半泣きのまま、ゴールドは元来た道を わけも判らず走り続けた。
右足がうまく動かないわ、2、3人とはいえ後ろからロケット団が追いかけてくるわで、頭はパニックを起こして既に正常稼動していない。
「待ちやがれ!!」
「やだっやだっいやだっ!!」
ビービーと泣きかけながら、ゴールドは加速する。
しびれているはずの右足がずきんずきんと痛む。
それこそ『死にもの狂い』で走りながら、ゴールドはモンスターボールを開いた。
「アクア、『みずでっぽう』、『みずでっぽう』!!」
息を切らしながらも、左腕にタマゴ、右腕にウパーを抱えて叫ぶ。
『みずでっぽう』の反動でバランスを崩し、土煙をあげるほどゴールドは派手にこけた。
ランナーズハイなんて のんきなものはない。 息が上がり切って、立つことすらままならない。
それでもゴールドは下敷きになっているアクアを開放し、近づいてくるロケット団の男たちを睨んだ。

「腕に抱えているものを渡せ。 そうすれば、危害は加えん。」
数は少ないが集団のリーダーらしき男が、前へと立ってゴールドを見下ろした。
ゴールドは頑な(かたくな)にに首を横に振ると、シルバーから渡されたタマゴをしっかり抱きしめる。
「・・・・・・・・・だの、タマゴじゃない・・か。
 こん・・・の、奪って・・・どうするつも・・・・・・り・・・だ・・・っ。」
「貴様は知らなくても良いことだ。」
男たちはゴールドとの距離を詰めてくる。
振り返れば すぐそこには井戸の出口、ゴールドとアクアは覚悟を決め、歯を食いしばってロケット団を睨みつけた。


「バリきち、『さいみんじゅつ』!!」
ゴールドの頭の上で 何かが飛びあがった。
上手く働かない頭で考える暇もなく、『何か』はゴールドの真上から衝撃波のようなものを撃ち出し、落ちる反動でロケット団の男を突き倒す。
一瞬にして ゴールドを追っていたロケット団たちは全滅した。
振り向く気力も失せたゴールドの目の前に 茶色い毛がたれ下がる。



「大丈夫?」
顔を上げると、黒い瞳に数日前見た顔が映った。
黒いワンピースに銀色の瞳、つやがあり腰まである茶色く長い髪。
「・・・・・・アルフの・・・」
「ブルーよ、一体何があったの!?」
声を出そうにも出せず、ゴールドは井戸の奥を指差した。
ずきんずきんと痛む足が、より一層不安にさせる。
ゴールドは渾身(こんしん)の力を振り絞り、絞り出すように声を出した。
「・・・シルバーが・・・・・・あっちに・・・」

言いかけた時、強い風が吹く。
苦しいのも忘れ、顔をあげると、目の前に立っている 人に近い形をしたポケモンが透明な壁のようなものを盾として張っていた。
途端、目も開けられないほどの光が輝いた。
大玉の花火の破裂したような、鼓膜(こまく)をつんざくような大きな音が響く。
見えない壁で多少さえぎられはしたが、熱い風が流れ込み、ゴールドの肌を焼いた。
何が起こったのかも判らず、ただ、ゴールドは黒い瞳を瞬く。
「今のは・・・『だいばくはつ』!?
 こんなところで誰が使ったのよ、非常識にも程があるじゃない!」
「・・・・・・・・・え・・・?」
ゴールドは『どういう意味だ』の意味を込め、ブルーの顔を見上げる。
青い顔をして、ブルーは子供に言い聞かせるように ゆっくりと言葉をつむいだ。


「こんな密封されている空間よ、打ち上げ花火の外側が硬ければ硬いだけ大きく爆発するように、
 『じばく』や『だいばくはつ』なんて使ったら・・・・・・」
「・・・・・・ウソ・・・・・・・・・ウソだ・・・だって、あっちには・・・・・・・・・・・・」
寒くもないのに、ゴールドの体は震え出した。
タマゴを両腕で抱え、見えない洞くつの先を 必死に目で見ようとする。


「・・・・・・・・・・・・シルバーッ!!!」

ゴールドは叫んだ。 喉もつぶれそうになるほどに、大声で。
何度も、何度も叫ぶが、返事は返ってこない。
土と岩で出来た壁に跳ね返り、何度も帰ってきた自分の声を聞くと、ゴールドは、その場に崩れ込んだ。

<次へ進む>

<目次に戻る>