<各話の1番最初に飛べます>
8、卵 9、その後


8、卵




風で、ふわりとカーテンがなびいたとき、扉を軽くノックする音が聞こえてきた。
病院の白い部屋のなかには、ゴールドは独りきり、眠るわけでもなく、起きているわけでもなく、ただずっと、タマゴを抱えている。
もう1度扉を鳴らすと、ノックの主はゴールドの許可を得ずに病室へと入ってきた。
小さな部屋へと入ってきたブルーは、ベッドに座り込んでいるゴールドを見て ため息をつく。
「調子はどう?」
「・・・・・・・・・・・・・」
ゴールドは 訪問者に目も向けず白い壁を見つめていた。
くるくると表情の変わる少年が、今はまるで、魂(たましい)のない人形だ。

「また、食事を食べなかったの? 体に悪いわよ。」
運ばれてきたときと同じように 乱れもせずアルミの皿に乗った食事を見ると、ブルーはゴールドの顔をのぞきこむ。
その銀色の瞳から逃げようと、ゴールドは顔を反らした。
白いシーツに包んだタマゴを抱え直す。




「さっき、ヤドンの井戸に行ってきたんだけどね、
 ゴールドが言ってた 赤い髪の男の子は、見つからなかったわ。」
「・・・・・・・・そう、ですか。」
そう言うと、ゴールドはシーツを乗せたひざの上に顔をうずめた。
右足の痛みは だいぶ和らいで(やわらいで)いるが、消えてはいない。 見て、聞いて、感じたもの全てが現実。
夢だと思いたい、悲しいことも全て。

「そう、落ち込むことでもないわよ!!
 見つかったわけじゃないけど、死体があったわけでもないんだから!!
 ね、元気出しなさい!!」
「うっ・・・」
バンバンと背中を叩かれた衝撃で 足がかなり痛む。
やせ我慢(がまん)するつもりだったが、小さく声に出てしまった。
一応、はげましているつもりなのだろうが、ブルーの言い方はまるで逆効果だ。
哀しい顔をすると、ゴールドはタマゴを抱えて うずくまってしまう。

「そのタマゴ、そんなに大事なものなの?
 井戸から、ずっと抱えてきて・・・・・・・・・」
覗きこもうとしたブルーを避けるように ゴールドはシーツを頭からかぶる。
窓から差し込む光は 白いシーツを簡単にすり抜けて タマゴの表面の黄色と黒のギザギザ模様を見せる。
熱を逃がさないように出来るだけ体をくっつけて、だけど つぶさないように優しく抱いて、疲れで眠くなる目をこすって。
気持ちは嬉しいけど、来訪者には出て行ってほしい、人の声を聞いていると、淋しく(さみしく)なるから。
シルバーが迎えに来るまで、この小さな命を守っていなければならない。


「おうっ、ゴールド、邪魔するでぇ!!」
バサッという音が響き、頭から被っていたシーツがはぎ取られる。
薄いシーツだったが、それなりに光はさえぎっていたらしい、目を刺す光に ゴールドは強くまばたきをした。
うっすらと目を開くと、腰痛も治ったのか、鼻息も荒い白髪の老人、ガンテツ。
「なんやなんや、ロケット団を倒したっちゅーに、坊主は なよなよのまんまかい。
 もっと しゃきっとせい、しゃきっと!!」
めり込みそうなほどに首を押さえられるが、つぶれないようにタマゴに気をかけるだけで、まるで抵抗する様子はない。
2つの腕でふわりとタマゴを包み込むと、ゴールドはゆっくりとガンテツの方へと目を向けた。

「ゴールド、ええ知らせやで!!
 ロケット団を倒したお前さんのために、このガンテツ様が特別にモンスターボールを作ってやった。
 代はいらん、とっとき!!」
ぼすっという音を立て、丸い物体がほんの少しばかり、ベッドの上を占領する。
白いシーツをへこませて灰色の影を作った緑色のモンスターボールには なるほど出来たばかり、と うなずける、
透明なのかと見間違えそうなほどの『つや』が入っていた。
トレーナーなら、小躍り(こおどり)して喜ぶほどの物なのだろう、普通のトレーナーなら。
だが、やはりゴールドはタマゴを抱え直すだけ。
「・・・・・・ありがとう ございます。」
形だけの礼が 口から滑り出た。
かぁ〜っとため息をつくと、ガンテツは頭をかく。





どのくらいともつかない時間が経ち、ブルーとガンテツが帰って、ゴールドはようやく独りだけの空間を手に入れた。
すぐにでも倒れそうなほど眠いのだが、眠りたくない。
窓の外へと視線を向けると、細い月がふんわりと浮かんでいる。
ボーっと見ていると、タマゴの暖かさでまた眠気が襲ってきた。
カクン、と肩が落ちる。 慌てて眠るまいと、ゴールドはタマゴへと視線を向けた。
特に意味もない言葉が 口をついていく。
「・・・たまご・・・たまご、なんの・・・タマゴ?」
自分と同じだけの温度を持ったタマゴ、黄色くて、黒のギザギザもようのついたタマゴ。
きっと生まれてくるタマゴ、シルバーから預かったタマゴ。

「・・・・・・眠いよぉ・・・」
落としてしまうかもしれない、つぶしてしまうかもしれないから、眠るわけには行かない。
だが、負傷した疲れも襲い、意識はゆらいでいく。
心細い、が、頼れる人間もいない、いるとすれば、戻ってこないシルバーだけ。 ポケモン泥棒のシルバーだけ。
「・・・だって、ミドリもフレイムもシルバーのこと好きなんだもん、きっと・・・・・・・・・??」
ボーっとした頭の片隅に・・・いや、小さな病室の片隅に うっすらとした光が見える。
力強くはないが、ハッキリとしたピンク色の光。
どういう勘(かん)が働いたわけでもないが、ゴールドはタマゴを抱きしめ、光から出来るだけ遠ざかろうとベッドの上の体をずらす。
動いた衝撃で右足がうずくが、構わずにベッドから降り、逃げ出そうと窓のカギを開ける。


「ケガ人は大人しく寝てろって、言われなかったのか?」
一瞬だけ、ゴールドは何も見えなくなった。
全神経が耳に集中し、足が痛かったことも、怖かったことも、全て忘れてしまう。
振り向くと、黒い服、赤い髪、銀色の瞳、それと、聴き慣れた声。
「・・・シルバー!」
光のような早さで振り向き、足が痛んでゴールドはうずくまった。
シルバーは眠っているピカチュウを抱え、呆れたような笑いを浮かべて窓越しにゴールドのことを見下ろしている。
痛みで引きつった笑いを浮かべ、ゴールドは病室の窓を開いた。

「まぁ、無事でなにより。」
「シルバーこそ・・・すごい爆発だったから、ぼく、てっきり・・・・・・」
言った後で「あ」と ゴールドが口をつぐむと、シルバーは苦笑した。
「勝手に殺すなよ・・・・・・って、言いたいところなんだけどな。 本当に死ぬとこだった、その覚悟だった。
 『こいつ』のおかげで、死にそこなったな。」
「シルバー!!」
怒鳴りかけたゴールドの声をさえぎって、シルバーは腕に抱えたピカチュウを差し出した。
飲み込んだ声もどこへやら、タマゴを左腕に抱え直し、ゴールドはシルバーの腕の中のポケモンに見入る。
腹の辺りの毛がごそっと抜け、縫い合わせたような跡がある、ケガをしたのか、それとも別の原因があったのかは判断がつけられなかったが。
ゴールドが触れようとそっと手を伸ばす、軽く触れたか触れないかくらいの瞬間、ビクッと痙攣(けいれん)し、腕が止まった。
「こいつは、助けられなかった・・・・・・」
冷たいピカチュウの顔に触れながら、ゴールドは首を横に振った。
本当にただ、眠っているだけのように見える、命を奪った傷はシルバーに隠され、寝息は立てないが、おだやかな寝顔を見せて。


「シャドウ・・・ゴースに『だいばくはつ』の指示を出したとき、
 ・・・バカだよこいつ・・・おれのことを、かばって・・・
 自分に酷い(ひどい)ことをしたのは、人間だってのに・・・・・・」
「違うよ!」
悲鳴にも似た声で ゴールドは言葉をさえぎった。
今にも涙のあふれだしそうな瞳でシルバーとピカチュウのことを見つめ、タマゴをきつく抱きしめる。
「だって・・・だって、シルバーとピカチュウ、友達なんでしょ?
 友達だから、助けに行って、シルバーがピカチュウのこと好きで、ピカチュウもシルバーのこと好きで・・・だから・・・」
「もういい。」
ゴールド自身、言っている意味の分からなくなった言葉を シルバーは止める。
ひくっとすすり上げる声が聞こえると、ピカチュウを抱いた少年は 今にも声を上げて泣き出しそうな少年へと顔を向けた。
月の色にも似た、銀色の瞳のはまった顔が 黒い瞳に映る。
おだやかな その表情。



「言ってることは分かったし、おまえの言ってることは、正しいよ。
 おれとこいつは、友達だった。」
「だった?」
「・・・・・・今もな。」
それ以上は2人とも、何も言うことはなかった。
おだやかな、夜の風だけが、哀しい泣き声をあげていた。

9、その後




開けっぱなしの窓から風が吹き込むと、ゴールドは頬(ほお)を軽く動かした。
うっすらと開かれた目蓋の間から、深い黒色をした瞳がのぞく。
眠気が取れず、寝返りを打とうとしたとき、腕の中で固いものが当たった。 少しだけ腕の間を空け、その中にある黄色いタマゴを確認する。
頭の中の霧が晴れ、上体を起こすと、ゴールドはタマゴへと向かって微笑んだ。
「・・・おはよ。」
つぶれなかったタマゴは優しい色を出して応える(こたえる)。
扉の動く、カラカラ、という音が聞こえると、今度はゴールドは音のした方へと振り向いた。
思いつく限りの、飛びきりの笑顔を向ける。


「おはようございます、ブルーさん!!」
扉をくぐってきた茶髪の少女は 驚いてその場に立ち止まった。
銀色の瞳を瞬かせると、ゆっくりと、ゴールドのいる方へとやってくる。
「お、おはよう。 ケガした所は、もういいの?」
「はい、もうすっかり!!」
満面の笑顔でゴールドは受け答えする。
シルバーから預かったタマゴをしっかりと抱きしめると、顔を見たいから、とポケモンたちを連れてくるよう要求した。
昨日とはまるで違う対応に、ブルーはとまどいを隠し切れていない。
にこにこ笑顔でベッドの上で揺れるゴールドを見つめ続け、眉をひそめていた。
「昨日とは、ずいぶん表情が違うのね。 何かあったの?」
「秘密です〜。」
クスクスと笑い、ゴールドはタマゴに「ねー」と返事を求めた。
もちろん、応えるわけもないが、そんなことを全く気にする様子もなくゴールドは窓の外へと視線をずらした。
ヒワダタウンの向こうの広い広い森が、大きな両腕で そこに住む動物たちを守っている。



持ってきてもらったモンスターボールを抱きしめると、ゴールドは上手く人払いして赤いパーカーに着替え始めた。
袖(そで)を通し、うっかりかぶってしまったフードから顔を出し、もらい物のキャップを、飛ばないようにしっかりとかぶって。
あたたかさが逃げないうちにタマゴを抱きなおし、チコリータのミドリ、メリープのモコモコ、ウパーのアクア、
それとピーたろうがボールのなかにいることを再確認すると、
体に衝撃を与えないように、外にいる誰にも気付かれないように、大きな音を出さないように、病院のなかの人にも気付かれないように、
ゴールドは窓から外へと出発した。 外へ出ることを禁じられた足を引きずって。

「確か、『ウバメのもり』って言ってたよね・・・・・・」
2度3度、確認した場所。 病院からも見えていた、ということは それほど遠くもないのだろうが、
なにせ足を痛めている。
1メートル歩くのに10秒近くはかかっているのではないか。
普通に歩いたら5分とかからない距離を、たっぷり20分以上かけ、ゴールドは何度も転びそうになりながらも到着した。
体力には自信があったはずなのに、などと思いながら木に持たれかかり、赤い髪の少年を探す。
乱れていた息づかいは、すぐに通常どおりに戻っていた。
ひんやりとした森からの風が、拭う(ぬぐう)ことも忘れた汗から熱を奪い取っていく。


「よう。」
先に姿を見つけられたのか、ゴールドが向かうより前にシルバーが早足でやって来る。
何だか道ではなさそうな所を、器用にも跳んだり避けたりして一直線に。
腕の中にいたピカチュウは、もういない。
いつもとあまり変わらない表情で、銀色の瞳の少年はゴールドが向かおうとするまえに目の前へと到着した。
昨日の今日で、あまり楽しい気分にもなれないのだが、出来るだけ、精一杯の笑顔を向ける。

「シルバー、ダメだよ、タマゴ君のこと忘れちゃあ〜・・・
 ぼくなんかに預けっぱなしにしてたら、いつ落っことしたり潰し(つぶし)ちゃったりするか分からないじゃん。」
笑って、ゴールドは先日からの預かりものをシルバーへと渡そうとした。
シルバーのよく見ると傷だらけの手がそれを1度受け取ると、再びゴールドの腕の中に滑り込ませる。
落としてはいけない、と反射的にゴールドは抱きかかえ直した。
「そいつは おまえが持ってろ。」
きょとんと、黒真珠のような瞳を瞬いてゴールドはシルバーの顔をじっと見据えた(みすえた)。

「どうして?」
ゴールドが尋ねると、シルバーは気まずそうに鼻の頭をこする。
「・・・そのタマゴ、あいつの『忘れ形見』だから、
 おれが持ってると・・・どうしても思いだしちまうんだ。」
長い髪に隠れ、表情を見ることは出来ないが、何となくゴールドにも察し(さっし)がついた。
暖まり過ぎた体を冷やす、心地よい風も、今は止まっていてほしいと願う。
「だからそいつは、おまえが孵して(かえして)育ててやってくれ。」
断る理由もない。 ゴールドはうつむいたシルバーにも見えるよう、大きく首を縦に振った。
新たなる誓いを心の中にしまって。



「そっか・・・
 わかった、この子は ぼくが絶対絶対守る!!」
うつむき、髪に隠れた顔の中で シルバーがうっすらと笑ったような気がした。
つられたようにゴールドは笑い返し、その後、タマゴを抱えたこの不安定な体勢で どうやって病院まで戻るか考え始める。

「送る。」
一言、シルバーが言っただけなのに、ひっくりかえりそうになるほどゴールドは驚いた。
もたれかかっていた木の幹に頭をぶつけ、立てなくなったのかその場にうずくまる。
その驚きようにシルバーの方も充分驚いたらしかったが。
「・・・そこまで驚くか、普通?
 足、痛めてんだろうが。 こけてタマゴ潰されたんじゃ、こっちがかなわないっての。」
「『送って』って言おうとしたら・・・・・・ナイスタイミングすぎるんだもん・・・・・・」
ずるずると起きあがってタマゴを気にするゴールドを見て、シルバーは意地悪そうに笑った。
バランスを保つのも難しそうなゴールドに手を貸すと、風の音色を変えこちらへとやってくる『何か』に目を向ける。
ゴールドも気付いたらしく、赤い大きな『何か』がやって来るころには、2人の視線はしっかりとそれをとらえていた。

「・・・『ウインディ』?」
町の方から軽快な足音を立てて走ってきた 大きな赤い4つ足のポケモンはゴールドとシルバーの前で止まると鋭く吠える。
ポケモン図鑑を片手に目をぱちぱちさせているゴールドの鼻を べろんとなめて。
シルバーの銀色の瞳に見つめられているのも分かってはいたのだが、ゴールドは首を傾げ(かしげ)ずにはいられない。
「じゃ、君はブルーさんのポケモンなの?」
ウインディは似たような口調でゴールドへと向かって吠えた。
疑問の残る様子で首を傾げながら、ゴールドはシルバーへと向き直る。


「なんて言ってたか、分かるのか?」
「ブルーさんが、探してるって・・・・・・
 シルバー、ブルーっていう人知ってる? すっごく髪の長い、女の人。」
「いや・・・?」
何でそんなことを聞くんだ、と言わんばかりの視線をシルバーはゴールドへと浴びせ掛ける。
ゴールド自身、何でこんなことを聞いているのかも判らない様子で三度首を傾げると、言葉の続きを放った。
「ブルーさん、シルバーのこと探してるって言うんだよ。
 何かありそうな感じだったから・・・・・・」

口の角だけで笑うと、シルバーはウインディが来た方向を睨み付けた。
あくびを1つ、余裕ありげに空に浮かべると、ゴールドに対してよく聞こえる声で回答した。
「会ってみれば、分かるだろ。 誘いに乗ってやろうぜ。」
シルバーは子供とは思えないほどの腕力で 足をいためているゴールドをウインディの背に乗せる。
ゆっくりと歩き出したウインディを注意深く見張りながら、子供2人は町を抜けて歩き出した。
完全に町をまたぐ形で、2人はヤドンの井戸へと向かう。





「・・・うん、そうなの、中にいたヤドン全部よ。 尻尾が切られていたの。
 ロケット団が、復活したみたい。
 ・・・信じたくは、ないんだけどね・・・・・」
ヤドンの井戸で、髪の長い、銀色の瞳の女性は携帯電話で誰かと話していた。
二言三言、電話相手が何かを話したのをじっと聞くと、何かを返答して電話のスイッチを切る。


「ブルーさん!!」
携帯を切ったブルーに 到着したゴールドが元気よく話しかけた。
よく通る声に、彼女は銀色の瞳を瞬かせ、大人っぽい笑顔を見せる。
「ゴールド、よかった来てくれて・・・
 実はね、どうしてロケット団がこの井戸にいたのか分かったから、知らせておこうと思ったのよ。」
「ヤドンの尻尾(しっぽ)を切って、売りさばいていたんだろ。」
ブルーが話し始める前に、シルバーが割って入る。
ポケモンの身体が切断されていた、という言葉に固まるゴールド、あまり驚いた様子もなく赤い髪の少年を見つめるブルー。

「あら、知ってたの?」
こともなげに話の先を続けたブルーを、シルバーは疑いの目つきで見据える。
『それ』に気付いていないのか、気にしていないのか、はたまた耐え切っているのか、ブルーは変わらない笑いを見せた。
「あんたのことはゴールドから聞いた。
 どうして、おれのことを探してたのか、説明してもらおうか?」


全く信用している様子のないシルバーを銀色の瞳で見ると、ブルーは不思議な感覚を受ける笑顔を向けた。
「ええ、それはね・・・・・」









『う、うわぁーーー!!』

突然、ヤドンの井戸から水が溢れ出し、それと同時に男の子が井戸から飛び出してきた。
『それ』が起きた直後、今度は井戸の中からピンク色をしたポケモンが次から次へと溢れ出してくる。
「あ、あぶなかった。 あやうく僕がおぼれるところだった・・・・・・」
中から出てきた少年は ブルーの姿を見つけると、
「あ、ブルーさん 井戸にいたヤドン、回収完了しました!!」
そう言ってピシッと敬礼のポーズをとって見せた。
ブルーも軽く礼を言うと、さりげなく携帯電話をしまい、平常通りの様子を見せる。


「ヤドン?」
ゴールドがきょとんとした顔で、たずねてきた。
そこら辺にごろごろと転がっているピンク色のポケモンが「やあん?」と鳴き声を上げ、ゴールドはしゃがみ込んで観察を始める。
ブルーはゴールドがその状態でも話を聞けるのを判っているのか、たっぷりと説明口調で話を始めた。
「ええ、町にいたヤドンたちは、ロケット団にさらわれて、このヤドンの井戸で尻尾を切られていたのよ。
 ヤドンの尻尾は、珍味(ちんみ)として高級品だから・・・・・・
 それで、このツクシ君が彼らを救助に行ってた、というわけ。」
彼女の視線がちらりと自分のほうへ向かうと、井戸から跳び出てきた少年はぴくりと動く。
恐らく、彼が『ツクシ君』なのだろう、ゴールドたちと同じ年頃の少年は申し訳なさそうに頭を下げた。

「情けない話です、自分の町で こんな事が起こったのに、
 今まで 気付けなかったなんて・・・・・」
「別に、おまえのせいってわけじゃないだろう。」
シルバーが 冷静に突っ込んだ。
だが、ツクシ少年は頭を横に振り、かたくなにその意見を認めようとはしない。
「いえ、こうなったのも僕のせいです!!
 ジムリーダーとして、この街を守らなければいけないのに・・・・」



「ジムリーダー!?」
今まで話に参加していなかったゴールドが、声を弾ませた。
こうこうと水の溢れ(あふれ)出す井戸のふちに手をかけていたものを 無理に振り返ろうとしたものだから、危うくバランスを崩しかけている。
何とかシルバーに手伝ってもらい、ぴょんぴょんと片足で跳ねてツクシへと向くと、満面の笑顔で尋ねた。
「今度、ジム戦やってくれません!?」
「え、えぇ・・・いいですけど・・・・・・」
沈んだ空気とは裏腹に、彼がうきうきしたような顔をしているものだから、ツクシは戸惑い(とまどい)を隠せない。
シルバーがいち早くそのことに気付き、うまく話の隙間(すきま)をぬってゴールドに話しかける。


「ずいぶん、機嫌がよさそうだな。」
そう言いながらも、シルバーも決して機嫌が悪い、というほどには至らないようだった。
来た時よりもずいぶんと表情が変わっている。
長い髪を前に降ろし、出来るだけ気付かれないようにしているようだが。
そんなシルバーをクスクスと笑い、目いっぱいの笑顔を向けると、ゴールドは弾んだ声をおさえることなく言った。

「うん、うれしいよ!!
 だって水が出てきたから、アクアたち元気になれるもん!!」

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