エンジュシティ
むかしと いまが
どうじに ながれる れきしの まち



<各話の1番最初に飛べます>
1、クリス 2、トラウマ 3、表情のない女 4、伝説の到来 5、Diar…



1、クリス




「名前を聞かせてもらおうか?」
「・・・クリス。
 クリスタル・イブニング・グロウ・カラー。」
コガネからの次の目的地、『エンジュシティ』、そこのポケモンセンターの中は、まるで取調室のような雰囲気に包まれていた。
ワカバから来たと言い張るこの少女、クリスは ゴールド達の話を少し聞いた途端、付いて行きたいと言い出したのだ。

ぱっちりした大きな瞳、横で2つに分けたセミロングの黒い髪は 前に突き出している。
わりと 体にフィットしたハイネックの赤い服、その上からは丈の短い上着を着て、
首には長い紐でペンダント状にぶら下がっているポケギアと オーロラ色のリボンで結わえ付けた 水晶のような丸い球。
彼女が動くたびに チリンチリンと音がするから、恐らくは『鈴』なのだろう。


「何で、『子供のいない町』から、自称10歳の女が ゴールドのことを探しに来る?」
厳しい目でクリスの事を睨んでいるのは シルバーだ。
「うそっ!? あの町、子供いなかったの!?
 どーりで 何度探しても子供が見つからないと思った!!」
クリスは大きな瞳をいっそう見開いて、シルバーの方を見つめ返す。

「質問しているのはこっちだ。 お前はどうしてゴールドを探していたんだ?
 それに、あのワニノコと、そのタマゴ・・・」
クリスはシルバーの質問にどう答えるべきか、考えているようで目を宙に泳がせている。 その様子は、どことなくゴールドに似ていなくもない。
もっとも、子供恐怖症のゴールドは アクアの後ろに隠れて、びくびくしながらクリスの事を見ているだけだったが。

「説明しなきゃ、ならないみたいね。 ん〜・・・ えっとね、最初は・・・
 そう、引っ越してすぐ、あたしがこのワニクローと会ったのが、始まりだったのよ。
 なんだかよく分からないけど、あたし、この子になつかれちゃって・・・・・」
そう言ってクリスは、ミドリとじゃれあっている 大人のひざくらいある 体の青い 大きなあごを持ったポケモンを見つめた。
種類は『ワニノコ』、ウツギ研究所で 学会に発表するために研究していた、3匹のうちの1匹だ。


クリスの話だと、大体の事情はこうだった。
まず、引っ越してきたクリスが、ワニノコとそれを預かっていたゴールドの母に出会った。
ところが数日後、ゴールドの家がロケット団に襲われ、その場は何とかなったが、
ワニノコを旅に出したほうがいいという ゴールドの母の提案で クリスはワニノコを連れて、引っ越したばかりのワカバから旅立つ事になる。


「・・・それで、このタマゴは旅の途中で、ウツギ博士の助手が渡しに来たのよ。
 元気なポケモンと一緒じゃないと、孵化(ふか)しないからって。」
クリスは1通り話し終わると、ふうっ と一息ついた。


「・・・それで?」
シルバーはクリスの首筋に手を当てる。 銀色の凍りつくような瞳で まっすぐにクリスの黒い瞳を見つめる。
「クリス、お前は、どうして旅をしている?
 お前の話だと、周りに流されてばかりで、自分自身がどうして旅に出たのか、全く話されていない。」

数秒間、沈黙が流れた。
ポケモンセンターの看護婦が止めようとしたが、ゴールドが腕を掴んで、それを静止させる。
「・・・ロケット団を、倒すためよ。」
クリスが ゆっくりと口を開いた。
「3年前、あたしはロケット団に捕まりそうになったの。 奴らが、ポケモンの生体実験をしているところを 偶然目撃して・・・
 ワカバに来て、壊滅したはずのロケット団が、まだ活動している事が分かったわ。
 だから、止めるのよ、もう あんな悲しいポケモンを出さないために・・・」

シルバーの瞳が、少し 優しくなった。 クリスの 細い首を掴んでいた手を離し、センターの出口に向かって歩き出す。
「本物だ。」
ゴールドとすれ違いざまに そうつぶやいた。



シルバーがポケモンセンターから出ようとしたとき、入って来た誰かとぶつかった。
「悪い。」
そう1言だけ言って、入って来た人間を避けて通ろうとしたシルバーの肩を、ぶつかられた男が 掴む。
喧嘩(けんか)になりそうな雰囲気に、ゴールドは思わずシルバーの方に駆け寄った。

「・・・シルバー、だな?」
突然の男の言葉に、ゴールドもシルバーも 一瞬、唖然となる。
男はセンターの中にいる ゴールドとクリスの顔を見ると、さらに続けた。
「それに、ゴールドと、クリス。 君達に 頼みがある。」


「・・・今日は 変な日だぁ・・・・・」
ゴールドは 暗い部屋の中で、そうつぶやいた。
1日に2回も、知らない人間に話しかけられる、ゴールドにとっては 初めての経験だった。

「悪かったな、突然 こんな所まで連れて来たりして・・・」
ゴールド達を 暗い部屋の中まで連れてきた男は、ゴールドに向かって 少し申し訳なさそうに 頭を下げる。
Tシャツにズボン、金色に染めた髪をバンダナであげている、20代くらいの若い男だ。


「それでぇ? 一体こんな時間に こんな若い盛りの子供を連れ込んで、何しようってわけ?」
クリスが 少し不機嫌そうに腰に手を当てて、男に突っかかった。

「ハハハ・・・悪い悪い。 俺はマツバ、このエンジュシティでジムリーダーをやっている。
 実は、俺達が今いる この『やけたとう』に、今夜・・・」
「今夜?」
聞き返したのはゴールドだ。


「・・・伝説のポケモンを狙って、ロケット団がやってくるんだ。
 彼等を守る為に、君達に協力してもらいたい。」
マツバの言葉に、3人は仰天して その場には しばらく沈黙が続いた。


2、トラウマ




「こっ、こっ、ここにロケット団が!? いつ!? ホントに!?」
焼け落ちたような廃墟(はいきょ)の中、『ロケット団が来る』というマツバの言葉に 過剰反応を見せているのはクリスだった。
「いつ・・・
 そうだな、翌朝の6:30、・・と言ったところかな?」
マツバは 自分の腕時計を見ながら 冷静に答える。

「6時半・・・」
ゴールドは時間を確認している。 すでに月が高く昇る時刻、昼型のゴールドはうつらうつらと舟をこいでいる。
「ゴールド、寝てていいぞ。 今日はあっちこっち歩き回って 疲れたろ?」
シルバーが気遣って声をかける。
「うん、そうする・・・おやすみ、シルバー、ホワイト、・・・クリス。」
そう言うとゴールドは、タマゴを抱えたまま、ごろんと その場に横になり、すやすやと眠りだした。
「う、うん、おやすみ、ゴールド。」
答えたのは、クリスだ。


すでにとっぷりと日が暮れ、野生のヨルノズクや、イトマルが 活発に動き始める時間、
クリスは『やけたとう』を抜け出し、外をそろそろと 足音を立てないように歩いていた。

「・・・眠れないの?」
背後からしてきた声に、クリスは 体をびくっと震わせる。
「ゴ、ゴールド・・・ 先に寝たんじゃなかったの?」
「ぼくも、なんだか 起きちゃって・・・ ホワイトも同じみたい。」
振り向いたクリスの視線の先には、赤いパーカーの少年の姿と、『イーブイ』の茶色い 小さな姿があった。

「・・・ね、ねえ、ゴールド、笑わないの?」
クリスは、なぜかあせったような様子で、ゴールドに質問を投げかけた。
「あたし、ゴールドの家であなたの写真、見たんだけど、ゴールド、すごくいい顔で笑うじゃない?
 なのに、会ってから今まで、あなた1回も笑わないじゃない、どうして?」

しばらくの沈黙が続いた後、ゴールドは複雑そうな顔で 空を仰ぎながら答えた。
「んっとね・・・同じくらいの年の 女の子と話すの、初めてだったから・・・それに・・・」
「それに?」
クリスが先を促(うなが)す。

「どうしてかは分からないけど、子供が怖いんだ。 シルバーは平気なんだけど・・・
 なんだか、すっごく嫌な事、思い出しそうな気がして・・・・・・」
そこまで言うと、ゴールドは押し黙った。 クリスも答える事ができず、その場には沈黙が流れる。
「ご、ごめん・・・こんなこと言われても 困るだけだよね・・・おやすみっ!!」
ゴールドはそう言うと、逃げるように焼けた塔の中まで 走って戻っていった。



翌日、ゴールドは 太陽が昇るのと同時に起きだしていた。
それぞれポケモンを1匹づつ出して、健康状態を 慎重に確かめる。
「めえ〜?」
「ロケット団が来るんだってさ。 きっと、戦う事になるだろうから みんな、がんばらないとね!!」
ゴールドはモコモコと いつもの『会話』を交わす。

「おはよう。」
ゴールドは後ろからの声に振り向いた。 今度は クリスがゴールドに話しかけてきたのだ。
「ポケモンと・・・『話して』たの?」
クリスの言葉に ゴールドは目を見張らんばかりに驚いた。

(・・・・・・・『化け物人間』・・・)

「ぼく、『化け物』じゃないもん・・・・・」
ゴールドは 心配して駆け寄ってきたミドリの長い首を抱きしめながら、答える。
「なんで、そうなっちゃうのよ? もし ポケモンと話せるっているんなら、すっごい『才能』じゃない!!
 ゴールド、あなた ポケモンと人間の『掛け橋』になるかもしれないのよ?
 なんでそう悲観するのよ?」


「・・・その 能力(ちから)のせいで、ずいぶんと いじめられてたからな。」
ゴールドの代わりに答えたのは 街の方から歩いてきたシルバーだった。
「いじめ・・・?」
聞き返したのは、なぜかゴールド。
シルバーは しゃがみこんでいたゴールドの背の高さまでかがみ込み、ゴールドの漆黒の瞳を見つめながら話した。

「やっぱり、覚えてないんだな? どうりで、おれのこと覚えてないと思った。
 ・・・無理ないって言えば、無理ないか・・・ずいぶん酷い目に遭(あ)ってたもんな・・・・・」
「・・・・・どういうこと? シルバー、ぼくと前に会ってるの?」
ゴールドはシルバーの目を見つめ返す。 シルバーの銀色の瞳からは、不安そうな 黒髪の少年の顔が覗く。


「ゴールド、知りたかったら自力で思い出せ。
 ここで俺が話しても お前を傷つけるだけだろうし、思い出した時、前みたいになるほど、お前も もう幼くないだろう?」
シルバーは ふうっと、一息つき、ススまみれの『やけたとう』の中に入っていった。



「でもさ、ゴールド、今ここで のんびり考えるような時間はないみたいよ?」
クリスの声で ゴールドは顔を上げる。
そこには、首からかかったポケギアを片手に 塔の近くの森を見つめる クリスの姿があった。
「6時・・・30分、ちょうど!!」

森の奥深くに見えたのは、胸に『R』のマークを付けた、紛れもなく、ロケット団の連中、そのものだったのだ。


3、表情のない女




「ホントに、そのカッコで戦う気?
 ・・・あたしも、人のこと言えないけどさ・・・」
ゴールドとクリスは それぞれ 黄色と黒のぎざぎざ模様の、赤や青の穴空き三角模様のタマゴを片手に抱えながら 戦闘態勢をとっている。
「感じるんだ、この中の赤ちゃんが、中で動くのを・・・ 他人に 任せるわけにはいかないよ!!」
「・・・同感。」
ゴールドとクリスは 自分のポケモンを全て出し、焼けた塔に向かうロケット団達の前に立ちはだかった。
いや、正確には ゴールドは切り札のポケモンを、1匹だけモンスターボールの中に残しておいたのだが・・・



「・・・なんだ?このガキども・・・・・」
『やけたとう』の前で、ロケット団の前で とおせんぼをするように 立ちふさがったゴールド達を睨んだのは、
ごろつき風の、目つきの悪い いかにも下っ端といった感じの男だった。

「伝説のポケモンは、お前達 ロケット団の手には渡さないぞ。
 ・・・このエンジュシティジムリーダー、マツバと、未来のポケモンマスター達が守るからな。
 おとなしく引き下がった方が、身のためなんじゃないのか?」
塔の中から現われたマツバが、ロケット団達に向かって 自信満々に言い放った。

「なんや、エンジュのリーダーごときが騒いだところで、うちらロケット団は 止められへん!!
 なあ、ハギさま?」
ロケット団の真っ黒な制服の間をかき分けて 黒い髪の女2人組が、1番前まで進んできた。
下っ端達と違い、服の生地が白く、見分けがつきやすくなっている。
他の団員達の様子を見ると、この『ハギ』と呼ばれる女が、リーダー格なのだろう。


「なに・・・あの女の人・・・表情がない・・・」
クリスがおびえたような声で 『ハギ』のことを指差す。
彼女は 足の先まで伸びているような黒い髪を 頭の上でポニーテール状に結び、端正に整った顔は『美人』だとも言いきれる。
しかし、その顔には力がなく、まるで蝋人形(ろうにんぎょう)か、能面のようだった。

「おそらく、彼女は『感情』がないんだ。 どうしてそうなったかは、分からないけど・・・」
マツバが、ハギの瞳を見ながら クリスの疑問に答える。

「そうや、流石(さすが)ジムリーダーどすなぁ・・・察しのとおりや。」
「タマオ、しゃべり過ぎだ。」
「あら、堪忍(かんにん)やわぁ。」
タマオと呼ばれた 白服のロケット団の女は 申し訳なさそうに 首をすくめる。


「まあええ、とにかく『やけたとう』に眠る伝説のポケモン、うちらが手に入れるんやからな!!」
タマオの合図で、その場を黒く染めるような服の ロケット団の連中は 一斉に ゴールド達に向かって襲い掛かってきた。
「・・・ま〜た、人数で攻めてきますか。」
「ほんっと!! こりない連中!!」
ゴールドとクリスは それぞれ分担して 大勢いるロケット団を倒しにかかる。

「アクア!! モコモコの援護を頼む!!
 ホワイト『すなかけ』!! ミドリは『はっぱカッター』だ!!」
ゴールドはヒワダでの一件もあってか、慣れた様子で ポケモンたちに指示を下す。
「ワニクロー『みずでっぽう』!!
 ポコは・・・え〜っと・・・きゃっ!!」
クリスは慣れない様子で(当たり前と言えば当たり前だが)指示がもたつき、なかなかロケット団達を倒す事ができない。

「モコモコ、クリスを手伝って!! そう、『でんきショック』!!」
「あ、ありがと、ゴール・・・・・!?」
モコモコは目一杯 電撃を放って 数十人のロケット団員を倒すが、直後、クリスの体がふわっと宙に浮き出す。

(・・・しまった!! ロケット団には まだ幹部が・・・!!)

「クリス!!」
とっさに 前足を使って引き寄せようとしたモコモコを道連れに クリスの体は塔の奥の方へ吹き飛んでいく。
残されたワニノコとポリゴン2は 指示をくれる人間がいなくなり、ただ おろおろするばかりだ。
「・・・ミドリ、あの2人の保護を頼むよ。
 ・・・・・・アクア、ホワイト、いくよ!!」

メンバーの中でも、1番目と2番目にレベルの低いポケモンを従えて、ゴールドはロケット団幹部、ハギとタマオのところへ突き進んでいく。
「・・・何や、そのちびっこいイーブイと、ほけーっとした顔のポケモンで戦う気なんか?
 やめやめ、そんなポケモンじゃ、ハギ様には 到底かなわへんで!!」
「そんなの、いつ、だれが 決めたんだよ?
 ぼく、ロケット団のこと嫌いだから、負けるわけにはいかないんだよ!!」



ゴールドはいつもでは考えられないくらい、冷たい視線をロケット団に投げかけていた。
「何が何でも、負けるわけにはいかない、
 だよね? アクア、ホワイト!!」
2匹は 振り向かずにゆっくりとうなずく。
いつのまにか、ゴールドとポケモンの間には『絆(きずな)』が、出来あがっているようだ。


4、伝説の到来




表情のない女、ハギは シルクのような黒い髪をなびかせ、青い色のモンスターボールを構えた。
標準のモンスターボールよりも性能の良い、『スーパーボール』だ。
「がんばっておくれやす!! ハギ様!!」
ハギは 無言のまま 青色のボールをゴールドに向けて投げた。


「・・・スリーパー、さいみんポケモン、か・・・」
ハギが名前を言わないので ゴールドは自分でポケモン図鑑を開いて調べる。
片手に振り子を持ち、ゆらゆらと揺らしている、なかなか手強そうなポケモンだ。

「・・・・・・!・・・」
ゴールドのポケモン図鑑を見て、今まで表情1つ変えなかったハギが 一瞬だけぴくりと反応した。

(・・・なんだ? 今のハギの反応・・・!!)

ハギの反応に気を取られたゴールドは アクアが後ろに吹き飛んでいくのに気付かなかった。
「・・・しまった『ねんりき』か、アクア『ドわすれ』!!」
ゴールドが叫ぶと、直後に近くにある木に叩きつけられたアクアは 何事もなかったかのように スリーパーに向かって走り出す。
自分が受けたダメージを 『忘れた』のだ。
「『たたきつける』!!」
アクアの太い尻尾がスリーパーの腹に当たると、スリーパーは一瞬ぐらりとよろめいた。
しかし、すぐに態勢を立て直すと、額(ひたい)からアクアにぶつかってきた。 『ずつき』攻撃だ。


「アクアッ・・・・・・!!」
何か 背中に鋭い痛みが走り、ゴールドは思わずその場に崩れこみ、むせ込んだ。
そっと 後ろに視線を向けると、小さな紫色の鳥のようなポケモンが ゴールドの背中に食い込んでいた。
ホワイトが 慌ててそのポケモンを『たいあたり』で追い払う。
「相手が『ロケット団』や いうこと、忘れてたみたいどすなぁ!!
 『油断大敵』いう言葉、忘れたらいかんどす。」
かすむ視界の前で、タマオが上品な笑い方で ゴールドのことを見下している。

「あ・・・・・・」
「何や、相棒の『アクア君』なら、もう倒れてしまったんよ?」

(・・・タマゴ・・)

ゴールドの指先には硬いペーパーナイフのような形をしたものが当たっていた、ゴールドが抱えていたタマゴの破片だ。
「もう、打つ手なんてないやろ? いいかげん、あきらめたらどうや?」
「・・・やな・・・こった。」

(・・・・・『生まれてくる』のなら・・・・・余計に守らなきゃ、この子の未来を・・・)

「・・・ねえ、知ってた?」
ゴールドは睨むような、笑うような視線で タマオのことを見上げた。 ポケットの中に手を突っ込んで、何かを探す。
「・・・ポケットに入っちゃうから・・・・・・『ポケットモンスター』、なんだよ?」
ゴールドの人差し指が 硬い丸いものに当たると、ゴールドは すぐにそれを掴み、引き出した。


「何や!?」
突然目の前に現われた 巨大なポケモンに、タマオは驚いてのけぞり、しりもちをついた。
「ぼくの『切り札』のポケモン、『ピーたろう』、 種類は『ピジョット』。
 言っとくけど、こいつの強さ、半端じゃないんだからね、このゴールド・Y・リーブスを怒らせたこと、後悔させてやる!!」
ゴールドが叫ぶと、大きな鳥ポケモンは翼を広げ、スリーパーに向けて突進していった。
「『つばさでうつ』!!」
ピジョットの巨大な翼が スリーパーのみぞおちに当たると、スリーパーはぐらぐらとふらつき、その場に倒れた。
「よしっ、次は・・・・・うわっ!?」

ゴールドの背中に 目に見えない力のかたまりのようなものが襲いかかり、ゴールドは2、3メートル前方に吹き飛ばされた。
「決まったわ!! ハギ様のネイティの『みらいよち』攻撃!!」
タマオがハギの横で 飛び上がるようにして喜んでいる。
ゴールドは痛む背中を何とか無視して、起きあがった。
急いで視線をハギ達に向けると、先ほどゴールドの背中に食い込んでいた小鳥が 星のような形をした光線を こちらに向けて飛ばしているのが見えた。

(・・・・・だめだ、よけきれない・・・・・・!!)

「・・・シルバーッ!!」
とっさに叫んだのは、シルバーの名前だった。 ゴールドにも、どうしてその言葉を叫んだのか わからない。
しかし、確かにそう叫んだのだ。


痛みを覚悟してゴールドはぎゅっと目をつぶる。
しかし、いくら待っても 星型光線(『スピードスター』と言うれっきとした名前があるのだが)が、ゴールドの体を傷つけることはなかった。

(・・・・・あれ?・・・)

ゴールドは おそるおそる瞳を開けた。
「で、伝説のポケモンや、エンテイとライコウは、実在したんや!!」
目の前に広がる 炎の壁をゴールドが認識するのと、タマオが狂喜した声で叫ぶのは ほぼ同時だった。
「・・・うわっ!!」
ゴールドの体の2倍近くありそうな巨体が 眼前に広がっている炎の壁をかき消し、ゴールドの前に降り立った。
巨大な生物はゆっくりと ゴールドの方に顔を向ける。

茶色いふさふさした体毛、 白く、長く、雲のようなたてがみ。
仮面のような顔の下からのぞく、炎のように赤い瞳に見つめられると ゴールドは一瞬 体の中に炎が駆け巡るような衝動が走った。

「・・・今の炎・・・もしかして、君が 守ってくれたの?」
巨大な生物は ゆっくりとうなずく。
「そっか、ありがとう!! それじゃ・・・・・ピーたろう!!」
巨大ポケモンに迫ってきたボールを『つばさでうつ』で叩き落とすと ゴールドは ゆっくりと立ちあがった。
「今度は、ぼくが 君を守る番だ!!」

『・・・・・・礼を言う。』

「へっ?」
巨大なポケモンは そうしゃべったかと思うと、風のように 何処かへ走り去っていった。
それと同時に かなりの数がいたロケット団達も いつのまにか いなくなっていた。



「ゴールド!!」
すっかり人気(ひとけ)がなくなり、木々の間で ぽつんと1人たたずんでいるゴールドに声をかけたのは
塔の方から走りこんできたシルバーだった。
「シルバー、今・・・・・・」
「分かってる、多分、おまえの前に現われたのは 伝説のポケモン『エンテイ』だ。
 おれも、さっき 別の 伝説のポケモンに出会った。 ・・・多分、『ライコウ』だと思うけど・・・」
「・・・伝説のポケモン? エンテイ? ライコウ?」
ゴールドは訳がわからず シルバーが言った事を そのまま返して質問する。
「あの『やけたとう』に封印されていた 炎、雷、水の化身と言われているポケモン達だ。
 ロケット団が狙っていたのも、あのポケモン達なんだが、どうも さっきのバトルでクリスタルが・・・・・」


「シルバァーッ!!」
『噂をすれば影』とは よく言ったものだ。 2人の視線の先には びしょぬれで息を切らしているクリスの姿があった。
クリスは すごい剣幕でシルバーに 食って掛かる。
「もうっ!! 勝手に行くから 池に落ちちゃったじゃない!!」
「仕方ないだろ、ゴールドが呼んでたんだから・・・
 あ、あと、クリスタル・・・言いにくいんだけど・・・・・」
「何よ?」
少々目を泳がせながら、シルバーはクリスに何かを耳打ちする。
とたんにクリスは 顔を真っ赤にして シルバーの頭に げんこつを振り下ろした。
「いってぇ――!! 何だよ、本当の事 教えてやっただけじゃねーか!!!」
「バカッ!!! この ドスケベ男ッ!!!!
 だいたい、こうなったのも 誰のせいだと・・・・・」

・・・・ぷっ

クリスとシルバー、2人の様子が なんだかおかしくて、ゴールドは 思わず吹き出した。
そのまま、こらえきれずに ケラケラと笑い出す。
2人は 突然笑い出したゴールドを見ると、ぴたっと口論を止めた。
「ご、ごめん、なんだか・・・おかしくって・・・」
笑い出したら、いつのまにか止まらなくなっていた。 普段は静かな森の中には ゴールドの笑い声が響く。
「・・・やっと笑った!!
 会った時から 一回も笑わないから、もう笑ってくれないんじゃないかって思った。 やっぱり、いい顔だ!!」
クリスも つられて笑顔になる。


いつのまにか、シルバーも笑い出していた。
同じ ワカバの匂いを知っている3人は その場でしばらく笑い転げていた。


5、Dear・・・




「あっ、顔が見えたよ、かわいい!!」
それが、『そのポケモン』にとって、初めて聞いた声だった。
狭く、暗く、でも、温かい空間で、幾度となく『感じた』声、それを自分の耳から初めて聞いた。

自分を押さえつけていた壁が無くなり、小さなポケモンは 手足を伸ばしてみる。
初めて感じた朝の空気は、小さなポケモンにとっては 少し冷たかった。
ゆっくりと開いたつぶらな瞳には 黒い瞳を持った 自分よりもずっと大きな生物の顔が映る。


「はじめまして、赤ちゃん!! ぼくは ゴールド、ゴールド・Y・リーブスだよ!!」
ゴールドは黒い瞳を細めて 目の前にいる 名前も知らないポケモンに笑いかけた。
「ぴぃう? ピィ、ピチュ!!」
小さなポケモンは 回らない舌で 可愛らしく鳴いてみせた。
「ぴちゅ?」
「ピチュー!」

黄色い体毛を持った2頭身の小さな体、頭を動かすたびに ゆらゆら揺れる大きなひし形の耳。
ゴールドによく似た黒色のつぶらな瞳を持ち、ピンク色の ほおにある小さな丸印が 幼い顔立ちを 可愛らしく見せていた。


ゴールド達が『やけたとう』で ロケット団と1戦交えた翌日、ゴールドの持っていたタマゴからは 小さなポケモンが生まれていた。
ここはエンジュシティのポケモンセンター、
ゴールドはポケモン専門医、シルバー、クリス、そしてマツバの立会いのもと 生まれたばかりのポケモンと面会している。

「やっぱり、あのピカチュウの子供だったんだな。
 瞳の黒さとか、頬(ほお)の電気袋とか、そっくりだ。」
シルバーが いつもの落ち着いた声で ゴールドに話しかける。
「あのピカチュウって・・・ヒワダの?
 あ、そうだ、シルバーも ピチューにあいさつ!! もともと シルバーが預かってた子なんだから!!」
シルバーはゴールドに腕を引かれ、小さなポケモンの前に とんっ と座らされた。

生まれたばかりのポケモンを前にして、シルバーはどうしていいか分からず ゴールドと小さなポケモンを かわるがわる見比べた。
「この人はねえ、シルバー!! ぼくの友達!!」
「ぴちゅぃ〜?」
小さなポケモンは黒い瞳で シルバーの伏せられている銀色の瞳をのぞきこんだ。



「・・・行っちゃうの?」
新しく生まれたポケモンが すやすやと眠りだした頃、
荷物を詰めて ポケモンセンターの外へ出たシルバーに ゴールドは声をかけた。
「ああ、ブラックとホワイトも もう離れても平気みたいだし・・・
 ・・・でも、どうして分かった?」
「シルバー、ホントに離れようとする時は 少し無口になるから、もしかしたら と思って・・・」

横目でセンターの方をちらっと見ると、ゴールドは続けた。
「べつに、止めたりしないよ。
 シルバーがいなくなるのは いつもの事だし、シルバーにはシルバーなりの考えがあるんだろうしさ。
 でもさ、出かける前に、1個だけ お願い、聞いてくれないかな?」
「・・・・・『お願い』?」

銀色の瞳を パチッと1回瞬いて シルバーは聞き返した。
ゴールドはいつもの笑顔を見せ、ゆっくりと話し始める。
「さっき生まれたピカチュウの子供、シルバーにニックネームを付けてほしいんだ。
 シルバーが ぼくにタマゴを預けなければ、あの子は シルバーのポケモンになってたはずだしさ。
 ぼくじゃ、あんまり良いニックネーム、思いつきそうもないし・・・」

シルバーは口元に手を当てて しばらくその場で考え込んだ。
「・・・・・・・Dear(ディア)・・」
「・・・でぃあ?」
「ん? ああ、どっかの国の言葉で『親愛なる』って意味。 なんとなく、口をついたんだけど・・・」
「いいじゃん!! それ!!」

「え?」
シルバーが顔を上げると、そこには 目一杯の笑顔で笑っているゴールドがいた。
「ピチューのディア!! すっごくいい名前じゃん!!」
笑顔でディア、ディア、と何度も言葉を反芻(はんすう・くり返し味わうこと)しているゴールドを見ていると、
シルバーはなんだか 自分でも良い名前のような気がしてきた。
ゴールドにかかると、みんなそういう気分になってしまうのだから、不思議だ。


「・・・それじゃ、おれからも1つ『お願い』、してもいいか?」
ゴールドが 十分幸せを味わったのを確認すると、シルバーは切り出した。
「なあに?」
「クリスタルの事なんだけど、あいつを出来るだけロケット団に近づけないようにしてくれないか?
 ・・・そうだな、アサギシティに連れ出すとかして。 あそこは 安全なはずだから・・・」

「・・・どうして? クリスは ロケット団を倒すために旅をしてるのに・・・」
ゴールドの疑問も もっともだ。
シルバーの言うとおりにすると、クリスの 旅の目的をなくさせることになる。
「『倒すために旅をしている』からこそ・・・ってとこだな。
 今のあいつじゃ、ロケット団を倒せるほど強くないし、そのくせ 意地っ張りだから『死ぬほど』無茶しかねないし・・・
 ゴールド、クリスタルを守ってやれよ、『ロケット団がいなくなるまで』か『あいつが強くなるまで』。」



ゴールドは話の内容を理解しようと 眉を少しひそめた後、こくんと 大きく1回うなずいた。
「約束する。」
それを聞くと、シルバーは微笑み、東に向かって歩き出した。

「また、会えるよね!!」
だんだんと小さくなっていくシルバーの背中に向かって、ゴールドは叫んだ。
シルバーは言葉では答えず、自分の背中越しに 握りこぶしに親指を立てたポーズをして見せた。

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