タンバ シティ
あらなみに かこまれた うみのまち
<各話の1番最初に飛べます>
1、みんなボロボロ 2、希望の存在 3、眠りの海
1、みんなボロボロ
「それじゃ、ありがとね、マンタイン!!」
ゴールドは白色の砂浜で 暖かさが伝わる 群青色の大きな背中を優しくさすった。
急いで 薬屋へ向かわなければならないので、ゴールドは手を振ると 海に背を向けて歩き出す。
・・・・・・バタンッ!!
「・・・・・・?」
ゴールドは 背後から響いた奇妙な音に振り向いた。
見れば、ゴールド達をここまで乗せてきたマンタインが 砂浜の上で跳ねまわっている。
「うわっ!? ちょっと、何でそんな浅いとこまで!?
ミ、ミドリ、ホワイト、マンタインを海に戻すの 手伝って!!」
ゴールドは 慌ててベイリーフのミドリと イーブイの進化系、『エーフィ』のホワイトをモンスターボールから呼び出した。
しかし、ボールから出てきた2匹はどこも慌てた様子はなく、落ち着いた顔でゴールドを見つめていた。
「え・・・どーして・・・・・・
2人とも、早くしないと、マンタインが・・・!!」
ゴールドはうろたえながらも マンタインの重たい体を全身を使い 海へ押し戻そうと努力する。
『ゴールド、わかんねーのか? その『マンタイン』のキモチ。』
ホワイトがテレパシーを使い、ゴールドに話しかける。
これは、別にエスパータイプだからという訳でもなく、エーフィ特有の特殊能力というわけでもなく、
ホワイト曰く(いわく)、『俺が俺だから出来る』芸当なんだそうだ。
『そいつはさ、ゴールドと一緒に 旅、したいんだよ。
泳げねーくせに 病気のポケモン気遣って ちっこいボート1つで海にまで飛び出しちまう、心優しいゴールドとさ!!
俺や ミドリだって、そのくらいわかるぜ、なあ?』
ホワイトが振ると、ミドリは長い首を縦に振った。
「・・・そっか、それじゃ・・・・・・『覚悟』してもらうよ?
ポケモントレーナーの旅は、厳しいものになる・・・・・・かもしれないしね!!
・・・・・・『カイト』!!」
ゴールドは赤白のモンスターボールを構えると、にっこりと微笑んだ。
『・・・・・・ゴールド・・・・・・ゴールド!?』
ゴールドは 真っ白なベットの上で ホワイトの雪のように白い前足に揺り動かされた。
頭の中がクリアになり、ゴールドは飛び起きる。
「ホワイト・・・まさか ぼく、また倒れちゃったの!? ・・・ここは?」
「病院じゃ。」
上半身裸の 黒帯をしめた中年の男が ゴールドの乗っていたベットの横に どっかりと座っていた。
『この街の ジムリーダーの『シジマ』だってさ。
海岸で倒れてたゴールドを このおっさんが見つけてくれたんだよ。』
ゴールドは、シジマの顔をまじまじと見つめると、ベットの上でちょこんと正座して ぺこっとお辞儀した。
「それは、どうもありがとうございます。
でも、ぼくは 先を急ぎますのでこれで・・・・・・」
そう言って ベットから飛び降りたゴールドの腕を シジマの太い指が掴んで引きとめる。
「急いでいるからといって、お前は倒れて病院に運ばれたんだ。
入院している以上、お前の勝手な都合でここから出すわけにはいかんな。」
「だめ!! ぼくがここにとどまってたら、困るのはぼくだけじゃないんです!! とにかく、急がないと・・・・・・」
ゴールドはシジマの手を振り解いて まだ静かな病院から 逃げ出そうと考えた。
しかし、強靭(きょうじん)な肉体のシジマの手から 腕を振り解くのは難しい。
「う〜・・・・・・、全然離れない・・・・・しょうがない・・・
シジマさん、ごめんなさい!!」
ゴールドは ポケットについたボールホルダーから 赤白のモンスターボールをカチリと外すと、自分の腕の上で開いた。
中から出てきたのは、30センチにも満たない 小さな黄色いポケモン、『ピチュー』。
ゴールドは ピチューの小さな体を シジマのむき出しの体に近づけた。
「ディア、『でんきショック』!!」
ゴールドが小声で指示すると、『ディア』と呼ばれたピチューは 小さな体から大量の電撃を放ちシジマを痺れ(しびれ)させる。
「ふ、ふびべ ばぼびば!?!?
・・・な、そんな事をしたら、お前も痺れ(しびれ)てしまうじゃ・・・・・・」
舌をもつれさせたまま ばったりと倒れたシジマのを見下ろし、ゴールドは言葉を放った。
「なめないでください、これでもディアのトレーナーなんです。
毎日のように電撃を受けてれば、このくらいは平気になりますよ!!
・・・さあ、ホワイト、ディア、いこっ!!」
「・・・・・・あった・・・」
ゴールドの母が言っていた店が見つかる頃には 既に 空がカイトの背のような群青色に染まり始めていた。
古ぼけて、今にも崩れ落ちそうな薬屋だったが、こんな状況だと どんな豪勢な建物よりも 大事なものに見える。
ガンガンガン・・・・・・
ゴールドは 薬屋の扉にはまっている薄いガラスを叩いた。
自分でも気付かないうちに足が震え、全身に脱力感が襲うが、それでも主人が出てくるまで叩きつづける。
「はい・・・・・・何でしょう?」
今にも壊れそうな扉が開き、年をとった薬屋の主人が 顔をのぞかせる。
それでも、ゴールドの顔は ほころんだ。
「ぼく、アサギシティから来ました。
実は、灯台のアカリちゃん・・・デンリュウが・・・・・・」
2、希望の存在
「うん、それじゃ そのデンリュウには この薬を飲ませればいいはずだよ。
でも、うちの薬は強すぎるからね、他のポケモンには 絶対飲ましちゃだめだよ。」
薬屋の主人は しわしわの手で ゴールドに薬の包みを手渡した。
「どうも ありがとうございます。」
ゴールドは薬を受け取ると、畳の上でちょこんと正座し、深々と頭を下げた。
『それで、どうやって その薬届けるつもりなんだ?
まさか そんなくたびれきった体で ・・・また 海を渡る気じゃないだろうな?』
薬屋を出たところで ホワイトが やや睨むような目つきでゴールドに質問する。
「まさか!! いっくら ぼくだって、そこまで無茶はしないよ!!
ホワイト、忘れてない?
行きは使えなかった、うちのチーム 最強のイレギュラーの存在!!」
ゴールドは にこっと微笑むと、ズボンのポケットの中から 手のひらに収まる大きさのモンスターボールを取り出した。
「出て来い!! ピーたろう!!」
ゴールドがボールを地面に打ちつけると、中からゴールドよりも巨大な 長いとさかをたなびかせた巨鳥が飛び出した。
朝の日差しを浴び、まぶしそうに首を左右に振ると、『伸び』をするかのように 大きな翼を広げる。
「それじゃ、ピーたろう!!
お薬、『かがやきのとうだい』まで、ちゃんと届けてね!!」
ゴールドはピジョットの首に 薬の入った袋を結びつけると、背中を ポンッと叩き、大空へ飛びあがるよう促す。
『ピーたろう』は、太い足で砂浜を蹴り上げると、大きな翼を使い、東の空へと飛び立った。
「・・・・・・さてと。」
太陽の方角へと向かっていったピーたろうの姿が豆粒くらいの大きさになると ゴールドは街の方へと振り向き、手を軽く叩いた。
「ぼく達は少し、体を休めないとね!!
これ以上、また倒れてみんなに迷惑かけるわけにもいかないし、ホワイト達だって、疲れてるでしょ?」
「その通りじゃ。」
また背後から中年の男の声がして、ゴールドはこめかみの辺りに冷たいものが走るのを感じる。
今しがた聞いた声なので 確認するまでもない。 ゴールドは振りかえりもせず 全力で駆け出した。
「・・・まてぃ!!」
シジマはモンスターボールからポケモンを取りだし、ゴールドの目の前に向かわせた。
腹に 渦巻き模様のある 黒色のポケモンが目の前に立ちはだかると、ゴールドは足を止めて、シジマのほうへ向き直った。
「あの〜・・・、・・・せめて、ポケモンセンターに行かせてくれません?
長距離航海してきて、みんなへとへとなんです。」
「・・・・・・長距離航海じゃと?
一体どうやって この荒れた海を進んできたんじゃい、それに、さっきの逃げ出す仕草といい・・・・・・
お前、ただのポケモン好きの少年ではなさそうじゃな。」
「事情は 後で話します。
アクアなんか、もうボロボロなんです、ポケモンセンターに行かせてください。」
ゴールドの言葉は、もはやただの『お願い』では なくなっていた。
ミドリを戦う構えにして、ゴールド自身、別のモンスターボールを握り締めている。
「・・・わかった わかった、ポケモンセンターには連れていってやる。
しかし、その後は ちゃんと病院にもどるんじゃぞ?」
「は〜い!!」
「・・・・・・なるほどな、お前は病気のアカリを治すために、その小さな体1つで この荒れた海を乗り越えてきたのか・・・
まったく、たいしたもんじゃ、お前達よりずっと大きな大人や、数多の船乗り達ですら、タンバの海には敵わん(かなわん)というのに・・・・・・」
シジマは ゴールドの話を聞くと 感心したように うんうんとうなずいた。
「・・・考えてみれば、『子供だからこそ』できた無茶だったのかもしれないです。
もし、もっと年をとって、色々考えるようになってたら 海に出ることすら考えなかったかも・・・・・・」
ゴールドは柔らかい枕の上から声を出した。
自分で思った以上のダメージを受けていた体は 病院のふかふかのベットに沈み込んでしまい、自分の意思では動かすことが出来ない。
「それじゃ、お前はもう寝てるんじゃ。
ワシも、そろそろ仕事のほうに戻らなければならないのでな。」
シジマはそう言うと、椅子から立ちあがり、戸口の方へと向かった。
「あっ、シジマさん・・・」
ゴールドは思い出したように シジマの事を呼びとめる。
「・・・なんじゃい?」
「ぼく達の体 治ったら、ジム戦 申し込んでいいですか?」
シジマは ニカッと笑うと、親指を立ててみせる。
「そんなの、当たり前じゃ!!
ワシを誰だと思ってる、タンバの熱血ジムリーダー、シジマじゃぞ!!」
そう言うと、シジマは ゴールドのいる病室の扉を ばたんと閉めた。
ゴールドは 誰も居なくなった病室で 1人 目を閉じる。 自分でも驚くほど早く意識を失い、ゴールドは眠りの底へと落ちていった。
3、眠りの海
『なんで、泣いてるんだ?』
ゴールドは尋ね(たずね)られ、顔を上げた。
目の前に 幼い少年が1人、不思議そうな顔をしてゴールドのことを見つめている。
「・・・・・・怖くないの?」
ゴールドの意思に反し、口がかってに動いていた。
驚いて自分の体を観察すると、幼稚園児くらいの大きさまで 小さくなっている。
(そっか、夢だ・・・・・・これ・・・)
ゴールドは そう思い、『夢の中の自分』の行動に 体を任せることにした。
『どうしておれが こんな ちっこくってひょろいやつのこと、『怖い』なんて思うんだよ?
あ〜あ〜、涙でほっぺたが ぐちゃぐちゃじゃんか・・・・・・』
そう言って少年は 掌(てのひら)で ゴールドの顔を ごしごしとこする。
しかし、一瞬 動きを止めると、顔つきを変え、ゴールドの髪の中を 必死で探り出した。
「・・・痛っ!!」
『やっぱり・・・・・・頭のここんとこ、ケガしてるじゃねーか!!
なんにも悪いことしてないのに、どうして『石を投げられたり』するんだよ!?』
「・・・えっ?」
ゴールドは 自分の言われたことに驚き、記憶の中を探ってみる。
確かに、『その』ゴールドは 町の子供から石を投げられ、頭に怪我を負っていた。 しかし・・・・・・
「どうして・・・どーして、わかったの?
ぼく、なんにも 言ってないのに・・・・・・」
目の前の少年は 右手をグーにしたり 開いたりしたりしながら 少し考え込み、答えた。
『う〜ん、言ってもいいけどさ・・・おれだけ教えるっていうのも、『ふぇあ』じゃないよな。
だったらさ、おまえも『石を投げられた理由』、教えろよ。』
「・・・・・・怖がらない?」
ゴールドは 一時の間を置き、おそるおそる尋ねた。
『大丈夫だって。』
「うん。
それじゃ・・・・・・でといで、メリー。」
ゴールドが呼ぶと、物陰から黄色のふわふわした毛をまとった 4本足のポケモンが顔をのぞかせる。 わたげポケモン、メリープだ。
『こいつが? ・・・・・・どうかしたのか?』
「あのね、ちょっと遠くまで『おつかい』に行くから、おかあさんに『外は危ないから、メリーを連れてきなさい』って言われたの。
でも、その途中、お話しながら歩いてたら、・・・・・・くん が、ぼくのこと・・・変だって・・・
『化け物』と・・・話してるから、人間じゃない・・・って・・・・・・・・・それで・・・」
『石を投げられた?』
「うん・・・」
ゴールドはまた泣き出していた。
思い出すだけでも、悲しく、悔しい気持ちが 湧き出してくる。
『なんだ、そんなことか。』
少年があっさり言ってのけたので、ゴールドは 思わずそちらを向いた。
近所の子供達も、その親も、誰に言っても信じてもらえず、皆、ゴールドのことを奇異な目で見ているなか、その少年だけは無条件に信じ、怖がらなかったのだ。
『おれなんか、もっと変だぜ?
手で触るとさ、たまに そいつの考えてることが 解かる(わかる)んだ。
母さんも、同じことができるんだけどさ、そのせいで、ずいぶん ひどい目にあわされてたみたいだぜ。』
少年はそう言いながら、自分の手のひらを太陽に透かす。
「・・・・・・信じてくれるの?」
ゴールドは おそるおそる尋ねる。
『最初に『話せ』って言ったの、おれのほうじゃねーか。
あ、そうそう、おまえの名前、まだ聞いてなかったよな!!』
ゴールドは嬉しくなり、太陽のような笑顔を浮かべ、答えた。
「ゴールド!! 若葉のゴールド!!」
『へー、いい顔するじゃん!!
太陽みたいに笑うから、『太陽色(ゴールド)』?』
「ううん、『太陽みたいに明るい子供に育ちますように』って意味で、『ゴールド』にした、って、
おとうさんが、付けたって、おかあさんが言ってた。」
『へー・・・ おれと 逆さまだ。』
少年は笑い、言葉を続ける。
『おれはさ、『月みたいに優しい子供になるように』って。
でもさ、おれ、実は 太陽の方が優しいんじゃないかって、時々そう思うんだ。
だって・・・・・・・・・』
金色の日差しが まぶたの間から差しこみ、ゴールドは瞳を瞬いた。
光の糸が 四角い窓から漏れ、白色の天井に 金色の波のような模様を描いている。
「夢・・・・・・」
ゴールドは ふわふわのベットの上で、長くなった自分の手足を伸ばした。
「・・・・・・ん・・・・・・、よく寝た・・・・懐かしかった・・・気がするな・・・・・・」
ゴールドは大きなあくびをすると、ゆっくりとベットから起き上がった。
無茶をしたツケで 体中がズキズキ痛む。
(・・・ああ、そうだ・・・『夢じゃない』んだ・・・・・・
これは、僕が 嫌な思い出と一緒に封印した『記憶』・・・何よりも、大事なものだったのに・・・・・・)
ゴールドは げんこつで自分のひざを軽く叩くと、レモン色に染まり始めた外の景色を 窓からのぞきこんだ。
夕暮れの訪れを告げる 冷ややかな風が ゴールドのほおを優しく撫でていった。
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