<各話の1番最初に飛べます>
8、病院にて 9、ブルーとシルバー
8、病院にて
ゴールドが ゆっくりと瞳を開くと 太陽光で少し黄ばんだ天井が 目の前に広がっていた。
腕やら手首やらに 軽く締め付けられるような感触がある、また、ロケット団に 捕まってしまったのだろうか?
ゴールドは 視線を動かした。 少しだけ斜め上の方に 透明な細い管につながった 透明な液体の入ったビニールの袋がある。
「・・・・・・そっか、ここ、病院だ。
僕、倒れて担ぎ込まれたんだ・・・・・・」
10分くらいだろうか、ゴールドは何をするでもなく、ただただ ボーっと時間を過ごし、頭の中の『もや』を 取り払っていた。
特に 話す相手がいるわけでもなく、うとうとと 再び夢の世界へと ゴールドが旅立とうとしかけていた時、
コンコン、という、ドアを軽く叩く音が 病室の中に響いた。
「おや、目が覚めたようだな。」
ゴールドの返事を聞く前に 扉は開かれ、白い引き戸の向こうから 背の低い 白髪の老人が ゆっくりと入ってきた。
寝転んだままでもなんだと思い、ゴールドは 上体を起こそうと試みるが 関節が ギシギシときしみ、全身に 激痛がはしる。
「ああ、いやいや、そのままの体勢で 休んでいてくれ。
ロケット団との戦いで 傷ついた子供がいたと聞いたから 見舞いに来ただけだ。」
そう言うと 老人は ゴールドが老人の顔を はっきりと確認できる位置まで 杖の音を響かせながら 歩み寄ってきた。
顔に刻み込まれた 無数のしわが 人生の難しさを物語っている、そんな 雰囲気のある老人だった。
「・・・あの、誰ですか?」
「私は チョウジタウンジムリーダーの ヤナギ。
君がポケモントレーナーなのなら そう遠くない未来に 戦う事になるだろう。」
ベットの横の 丸いイスに腰掛けると ヤナギは 落ちついた声で 自己紹介をする。
そして、ふうぅ、と 深く深くため息をつくと、ジムリーダー ヤナギは 話し始めた。
「いや、君のような子供に この町を救われるとは・・・・・・ジムリーダーとして 恥ず(はず)べき事だと思っておる。」
ゴールドは頭を動かし、ヤナギの話を聞き入る。
「私も ロケット団が出たと聞き、すぐに 駆けつけようと思ったのだが、奴等に 入り口を封鎖されてしまい、
仕方なく、私のジュゴンの『れいとうビーム』で 扉を破ろうと試みたのだが・・・・・・」
ヤナギの言葉が途切れる。
何だろうと思い、ゴールドは身を乗り出し 話を聞き取ろうとする。
聞き取るのが難しいくらいの小声で ヤナギは 続きを喋る(しゃべる)。
「・・・・・・扉を破るはずの『れいとうビーム』が 逆に出入口を 氷で封鎖してしまい・・・・・・
・・・出るに出られなくなっていたんだ。」
「・・・・・・ぷっ!! キャハハハハ!!」
ゴールドはヤナギには悪いと思ったが 思わず 笑い出してしまった。
全身がギシギシと痛むが それでも笑いが止まることはない。
3分近く笑い続けると ようやく息が整ってきた。
「・・・・・・す、すみません・・・え・・と、ジムリーダーでしたよね。
体が治ったら お伺いすると思いますので、そのときは よろしくお願いしますね。」
「ああ、この町の恩人とはいえ、手加減はせんから、そのつもりでな。」
少々 顔を赤くしながら ヤナギは ゴールドのいる病室を後にした。
それとほぼ入れ違いに 病室の中に軽い足音が響く。
「・・・起きた?」
シルバーのたった一言の問いに ゴールドは黙ってうなずいた。
「ねえ、シルバー、ぼく、どのくらい寝てたの?」
「1週間。」
「1週間!?」
つっけんどんに返された答えに ゴールドはかなり驚いた。 自覚が 全くないのだ。
オロオロしているゴールドが 落ち着きを取り戻した頃、シルバーは切り出した。
「ゴールド、これ、忘れもん。」
小さな手に 2つのモンスターボールが そっと乗せられる。
ゴールドがそれを開くと 中から飛び出してきたのは ベイリーフの『ミドリ』と もう1匹・・・・・・
「・・・・・・ディア・・・」
悪夢だったとしても覚めることのない 望まれない進化を遂げてしまった ピカチュウだった。
「・・・ごめんね。」
「ゴールドのせいで こうなったわけじゃない。」
以前より 一回り大きくなった ディアを抱きしめると、ゴールドは 首を横に振る。
「ううん、ディアのこともあるけど・・・
僕、他にも シルバーに 謝らなくちゃならないことが たくさんある。」
それを聞くと シルバーは1度 目を瞬かせ、ゴールドの手を 少しきつく握り締めた。
「・・・・・・なるほどな、ようやく 思い出したってワケか。
だけど、おまえが謝らなくちゃならないこと、1つもねーじゃねーか。」
ゴールドはディアを抱いたまま、また 首を横に振る。 ほおを 熱くてすっぱいものが ゆっくりと伝っていく。
「結局、助けたいと思っても、全然助けられてないんだ。
・・・・・・失敗しちゃ いけないことだったのに・・・・・・」
シルバーは口をつぐんだ。
小さな病室の中には 優しいトレーナーの 泣き声だけが響き渡る。
どのくらいかも 分からないくらいの時が経ち、ゴールドの声が静かになった頃、シルバーは ようやく口を開いた。
「・・・・・・おまえ、どうして トレーナーになった?」
「え?」
ゴールドは シルバーの方に 顔を向ける。
シルバーの銀色の瞳は 真っ直ぐに ゴールドの黒い瞳に向けられていた。
「最初は ウツギ研究所からヒノアラシを盗み出したおれを おまえが追いかける。 それだけのことだった。
でも、おまえは それに疑問を持っていた。
迷うことなく ヨシノシティで おまえがおれを捕まえれば それで この旅は終わっていただろうからな。」
ゴールドはうつむき、不安げに 自分のことを見上げているディアの頭を そっと撫でた。
シルバーはさらに続ける。
「ミドリと話せるようになる、という目的も、ワカバから出ることなく達成できるはずだ。
でも、おまえは 何度おれに会っても 捕まえようとはせず、旅を続け、
旅先で仲間を増やし、ポケモントレーナーとしての自分を 成長させていった。
ロケット団の手から逃れた タマゴを引き取ったし、転送マシンから出てきたイーブイが 行く当てがないと分かった時、
おまえは 自分から進んで ホワイトを 引き取る事を望んだよな。
・・・・・・ゴールド、おまえは、トレーナーとして 一体、何をしたいんだ?」
ゴールドは ディアの瞳をじっと見つめ、次に ミドリの頭に 優しくふれた。
しばらく沈黙が続いた後、ゴールドは ゆっくりと口を開く。
「・・・・・・真実を 見極めようと思った。」
ゴールドは シルバーの瞳を見つめた。
シルバーは 表情1つ変えることなく、ゴールドの方を 見つめ続けている。
「正直、最初は シルバーの行動がわからなかった。
ウツギ博士のポケモンは3匹いて、シルバーは1匹しか盗めなかったのに、後から盗りに行こうとかはしなかったし・・・
時々、すごく冷たい眼をしたり、ロケット団と すっごく仲が悪かったり・・・・・・」
強い瞳で シルバーのことを見つめると、ゴールドはつぶやく。
「でも、やっと分かった。」
シルバーは ただ、黙ってうなずいた。
笑っているわけでも あせるわけでもなく、ただ、黙って。
「明日、ウツギ博士に 報告しようと思ってる。
本当のこと 全部話して・・・・・・分かってもらえるかどうか、分からないけど・・・」
ゴールドが言葉をとぎらせると、シルバーは もう一度、うなずいた。
9、ブルーとシルバー
「・・・・・・どういうことだ?」
翌日、面会に来ていたレッドは『訳の分からない』といった表情で つぶやいた。
ゴールドの 意識を1週間も奪った怪我は なぜか、ゴールドが意識を取り戻した翌日に 完治していたのだ。
「僕だって、訳わかんないですよ・・・・・・タンバの時といい、今回といい・・・
もしかして、僕、本当に『化け物』なのかなぁ・・・?」
「・・・・・・ま、いっか。
治ったもんは治ったんだし、ウツギ博士に 電話してこよーっと!!」
ゴールドの言葉に 見事にレッドはずっこけた。
彼が『疑問』に思うところは 一般の人間とずいぶんと ずれ過ぎている。
病院のロビーの電話にカードを差しこみ、受話器を取ると ゴールドはダイヤルを ゆっくりと人差し指で押していった。
8回コールがなった後、ウツギ博士が テレビ電話の画面へと登場する。
「・・・ゴールド君!? 久しぶりじゃないか、今までどうして電話くれなかったんだい!?」
言葉が詰まって 何も言えなかった。
連絡するのが気まずくって、旅に出てから 1度もウツギ博士に電話していないのだ。
「・・・すいません、今まで・・・・・・
博士、あの、もういっこ、謝らなくちゃならないこと、あるんです。」
うつむいたまま話すゴールドに ウツギ博士も何かあると察したようだ。
「・・・・・・何か、あったのかい?」
ゴールドはうなずき、声を震わせながら つぶやくように言葉をしぼり出した。
「・・・博士、僕、シルバー・・・研究所に入ったポケモン泥棒、捕まえられません・・・。」
「なッ・・・!?」
大声で怒鳴られるのを覚悟したが、ウツギ博士はそれ以上 大声で話すことはなかった。
博士が 多少落ち着いたのを確認すると ゴールドは 今までにあったことを ゆっくりと説明する。
シルバーがロケット団から守るために ヒノアラシを盗んだこと。
何度、シルバーに遭遇しても ゴールドがシルバーを捕まえなかったこと。
ゴールドとシルバーは 幼馴染(おさななじみ)だったこと。
「ホントに すいません!! でも、シルバー、悪い子じゃないんです!!
ヒノアラシのことは 僕からも謝りますから・・・!!」
ゴールドは ロビー中に響くような声で 博士に謝る。
「・・・・・・なるほどね。 どうりで、君のお母さんが 妙なことを言ってると思ったよ。」
「え?」
ゴールドは顔を上げる。
「『ヒノアラシは大丈夫だ』って。 いつも 自信たっぷりの笑顔で話すんだよ。
きっと、君のお母さんは 最初から 全部知っていたんだろうね。 ヒノアラシが安全な場所にいるってこと。」
ゴールドは 内心ほっとしていた。
『理解者』は 1人じゃなかったのだ。
「ゴールド君、その、シルバー君に伝言できるかな?
『ヒノアラシの進化データを 取っておいてほしい』って。」
「はい!!」
ゴールドに いつもの太陽のような笑顔が戻る。
ウツギ博士と 他愛(たあい)もない 世間話で盛り上がった後、笑顔のまま ゴールドは受話器を置いた。
「・・・必要ないんじゃないかしら?
シルバー、すでにヒノアラシの研究データ、しっかり取ってるし・・・」
振り向いた所に ブルーの姿を発見し、ゴールドは イスから転げ落ちる。
これまた いつのまにか登場しているシルバーの手を借りて立ち上がると 目をパチパチさせた。
「いつからいた?」
「『シルバー、悪い子じゃないんです!!』のとこから。 大声だし過ぎだっての、ゴールド。」
ちょっと ほっとしたのか、ゴールドは力なく笑った。
「・・へへ・・・・・・思ったよりは、怒られなかった。
あ、そういえば、2人はどうして ここに?」
いつもと ちょっとだけ違うブルーとシルバーの様子が気になって ゴールドは聞いてみる。
「うん、私が シルバーに話があるから、呼びとめたのよ。」
ブルーは はにかんだ。
色白で 整った顔の彼女は お世辞(おせじ)抜きに 美人と言いきれるだろう。
「図鑑のこと?」
「ううん、違うわ。 私個人の話なの。
アルフの遺跡で 確か、ゴールドに話したわよね、シルバーに用があるって。 その話!!」
妙に にこにこ笑うブルーに対し、シルバーは 複雑そうな表情を浮かべている。
「僕、邪魔ですか?」
一応、気を遣って(つかって)聞いてみる。
「多分 大丈夫だと思うけど・・・・・・ね、シルバー!!」
シルバーは額に手をつけ、ため息を1つついた。
明らかに 何か困ってる顔だ。 ゴールドはそう思った。
「・・・何かあった?」
ひそひそ声で聞いてみる。 シルバーは口先だけで 何かをつぶやいた。
「・・・なに?」
「・・・・・・・・・かって。」
「え?」
「『私の弟にならない?』・・・だってさ。」
しばらく、病院のロビーは 無音の状態が続いていた(人はいたので音はしているのだが)。
ゴールドは シルバーとブルーの顔を 交互に見比べる。
「ええぇ―――ッッ!!!?」
果ての『おいしいみず』の名産地、『シロガネやま』まで 響きそうな大声で ゴールドは叫んだ。
「・・・うるさいぞ、ゴールド。 ワケわかんねーのは こっちだって同じなんだ。」
「だからぁ、言ったじゃないの、私のママが シルバーのママのいとこだって。
それで、シルバーが 家出したって話 聞いたから、それなら こっちで引き取った方がいいだろうって話になったのよ。
シルバー、確か11でしょ? 1人で生活するの、大変じゃないの?」
ブルーの銀色の瞳が シルバーの銀色の瞳に向けられる。
「・・・・・・悪いけど、少し考えさせてくれ。」
シルバーは ため息ひとつ吐くと つぶやくように 話した。
「それはもちろん!! 私だって、すぐに答えを出せなんて、言わないわ。
ゆっくり考えて決めなさい。」
ゴールドには その時のブルーが なんだか ずいぶん大人びて見えた。
たしかに、彼女はゴールドより4つ、年上なのだが、短に年齢的な面でなく、もっと、他の何かで そう見えたのだ。
「・・・なあ。」
しばらくした後、シルバーがブルーに話しかけた。
ゆっくりと1つずつ、大事な物を作るように 言葉をしぼりだす。
「もし・・・もし、おれが あんたの家に行ったら・・・・・・
その時、あんたのこと、姉さん・・・って、呼んでいいか?」
ブルーは優しく笑う。
言葉はなく、ただ、笑ったまま ブルーはうなずいた。
「・・・・・・いーな、3つ年上のお姉ちゃんか。
ん、気にしててもしょうがない!! 早いとこ、ジム戦 行こっか!!」
ゴールドは ちょっとだけ うらやむようにした後、病室から持ち出したパーカーと帽子を 一気に着こむ。
医師、看護婦に見つからないように そっと病院を抜け出すと、ポケモン達の預けてあるセンターまで ゴールドは一気に走り出した。
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