幕間劇、ワカバタウンの母親は




パンッ、パンッ、パンッ!!

濡れた(ぬれた)布を引っ張る音が 黄緑色の草の上に響いた。
南風が 白い布の上を滑るように 走り抜けていき、金色の日差しが まぶしい。
風速5メートル、今日の天気は快晴。
今日は 絶好の洗濯日和(びより)!!


「パルルルッ!!」
通常よりも 少しばかり小さなデンリュウが 大きなシーツを引っ張った。
洗濯籠(せんたくかご)から出したばかりでまだ濡れているシーツは 物干し竿を真ん中にして 2つに折りたたまれる。
「あら、メリー、手伝ってくれるの?」
大きなシーツの向こうから バンダナで黒い髪を上げた女の人が ひょっこりと顔をのぞかせる。
女の人は 吸い込まれそうなほど真っ黒な瞳を キラキラと輝かせると、女物のシャツを 干し始めた。
誰が声を掛けるでもなく、いつのまにか彼女の周りは ポケモンでいっぱいになっていく。

ワカバタウンには 今日も新しい風が吹いていた。
ゴールドが育った町では 今日も彼の母親が ポケモンと一緒に 彼の帰りを待っていた。


子供物の 小さな靴下を干し終わると、ゴールドママは 空っぽになった洗濯籠を 部屋の端っこに転がした。
親指と人差し指で丸を作ると、それを唇(くちびる)にあて、思いっきり 息を吹きこむ。

ピイイイィィィィィッッッ!!!

目いっぱい 甲高い音が、若草の上を走り抜けると、その上でくつろいでいたポケモン達をかき分け、赤い物体が ぐんぐんとこちらに迫ってきた。
「おかえり、シーサー!!
 見まわり、異常なかったみたいね!!」
シーサーと呼ばれた でんせつポケモン、ウインディは 鼻先を撫でられると 嬉しそうに目を細めた。
「今日は いつものポケモン引き取りの日だからね。
 シーサーにキラン、それに・・・そうね、パノラマ!! 今日は あなた達がついて来て頂戴(ちょうだい)!!」
ゴールドママに呼ばれると、側にいたウインディ、それに、スターミーとヤンヤンマがボールの中へと納まった。
彼女は その3つのボールを器用に2つの手で受け取り、近くにいたデンリュウに「後は よろしくね☆」と 軽くウインクした。



彼女は家にいても いつもポケモン達に囲まれるが、町へ出ても、それはそれは人気者だ。
なにしろ、1児の母だと言うのに、若い、美人、気立てが良い、と3拍子揃っているのだから・・・・・・
商店街を歩けば、いつも 誰かに話しかけられていた。

「それでは、今日は このネイティ、キリンリキ、ノコッチ、それと・・・・・・」
引き取るポケモン達の説明を聞いている間、ゴールドママはずっと窓の外を見ていた。
もちろん、話は聞いているのだが、正直、どんな理由があってここに来たのかなんて、彼女にとっては どうでもいい話なのだ。
クーラーの効いている 涼しい部屋の中から見える 青い空には 入道雲がかかり始めている。

(もうすぐ、夕立が降るかもしれないわね・・・・・・
 ・・・・・・ゴールド・・・元気でやっているかしら・・・?)

「・・・リーブスさん? 聞いていたんですか?」
上の空、といった感じで窓の外ばかり見ているものだから、説明をしている男は 彼女のことを睨む。
「ええ、ええ、聞いてましたよ。
 そっちネイティが『ネス』、となりが『リッキー』、『ノノ』、『ピッカリ』その左側が・・・・・・」
「違いますよ!! ニックネームではなく、そのポケモン達が遭った(あった)ことです!!」
「・・・・・・どうせ、いつもみたいに『トレーナーに捨てられた』、でしょ?
 それに、私はポケモン達を預かって、一緒に遊んでいるだけだもの、なにがあったかなんて、関係ないわ。」
その後、3分で 男は、見事なまでに 言い包め(いいくるめ)られてしまった。
週に1度、彼女がポケモンを引き取りに行くたびに こんなやり取りが行われているらしい。
この町でゴールドママに勝てる男は いない。


バッグいっぱいのモンスターボールを片手で持ち上げると、ゴールドママはスーパーへ立ち寄り(晩ご飯の買い物があるのだ)、
家へと向かってウインディを走らせた。
傾き始めた夕日が 金色へと変わっていく。

「ただいまぁ〜、今日はね、20匹の・・・・・・あら?」
駆け寄ってきた 大勢のポケモン達に囲まれながら、ゴールドママは オレンジ色へと変わっていく空を見て、顔を輝かせる。
「21匹に、増えちゃったみたいね、・・・降りてらっしゃい、クロ!!」
彼女が声を上げると、空の高い所を飛んでいた こうもりポケモン、クロバットは
旋回しながら 大勢いるポケモン達の真ん中へと降り立った。
ゴールドママが近づくと クロバットは 口にくわえていた 小さな袋を 彼女へと差し出した。
中には 1つのモンスターボールと、小さく折りたたまれた1枚の紙切れが入っている。
たたまれた紙切れを広げると、ゴールドママは 思わず 笑みをもらした。
「・・・・・・お疲れ様、クロ!! 家で休んで行く?」
一応、ゴールドママは聞いてみる。
予想どおり、クロバットは『NO』のサインを 体全体で送ると、暗くなりかけの空へと飛んでいった。


「・・・さっ!!」
ゴールドママは 不思議そうに クロバットのことを眺めていたポケモン達を 遠くへ離れるように促がした。
小さなポーチから モンスターボールを取り出すと、ヤンヤンマの『パノラマ』を 外へ出す。
「今日のは、相当 気が荒いらしいわよ、気、引き締めてきなさい!!」
それだけ言うと、彼女は クロバットが持ってきたボールを 空へと放り投げた。

「ニャオッ!!」
モンスターボールが開かれると、黒い影がパノラマの背後に いきなり1撃を加えてきた。
「ニューラね。 『だましうち』、それに『かげぶんしん』も使ってきたか・・・
 ・・・これは 相当、バトル慣れしてるわね・・・パノラマッ!!」
彼女が叫ぶと、パノラマは大きな目を軸に ぐるりと体を1回転させ、突然、目も眩むような光を放った。
途端、草陰に隠れていたニューラの姿が ハッキリと見えるようになる。
「『みやぶる』、それに『フラッシュ』!!
 家のルールその1、『良い子でいること』、破った子には おしおきしちゃうわよぉ!!」
危険を察知したらしく、慌てて後ろを向いて 逃げ出そうとしたニューラの目の前に 2メートルはあろうかという 巨大なポケモンが立ちはだかる。
「シーサー、『ほのおのうず』!!」
ニューラの目の前に 渦を巻く炎が広がったかと思うと、それは あっというまにニューラの体を包み、上空へと弾き飛ばす。
ニューラの黒い体は一瞬、夜の闇に溶けたかと思うと、そのまま黄緑色の若草の上へと墜落した。

「・・・ニャッ!!」
ゴールドママのサンダル靴が見え、ニューラは反射的に 戦闘態勢を取り直した。
しかし、彼女はニューラに攻撃を加えることはなく、しゃがみこんで視線を低くすると、右手を すっと前に差し出す。
「見事なバトルでした!! さぁ、今日からあなたは 私達の家族よ、いいわね?」
強引にニューラの前足を掴むと、ゴールドママは そのままポケモンと握手した。
何を思っていたのかは分からないが、ニューラの瞳から 銀色の粒がポロポロと流れていく。


今までギャラリーとなっていたネイティが まぶたをピクッと動かし、ゴールドママの肩へと とまった。
「あら、お客さん? こんな夜遅くに、珍しいわね。」
足元でうずくまっているニューラを抱きかかえると、彼女は玄関先へと小走りに進んでいく。
「はいはい、今開けますからね。」と言いながら 木で出来た扉を ゆっくりと押し開けると、
そこにいたのは 夜の闇にまぎれそうな 真っ黒な服を着た集団が20、30人ばかり。
ニューラはゴールドママの腕から飛び降り、その集団へと向かって 威嚇(いかく)行動をとった。
「・・・・・・こんばんは、夜分すいませんねぇ。
 我々、ロケット団と言いまして、ちょっと、息子さんの人質に なっていただきたいんですが。」

ゴールドママが1歩下がった時、ポケットから1枚の紙切れが ふわりと床に落とされた。
誰も見ることのない紙には 丁寧な子供の字で 文字が書かれている。

『ロケット団かん部の手持ちだったニューラです。
 きょうぼうだから、気を付けてください。 P・S:ゴールドに会う事が出来ました。 S・W・C』


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