ラジオとう
ロケットだんとの さいしゅうけっせん!



<各話の1番最初に飛べます>
1、序章 2、嵐の予感 3、RISE 4、氷の時間 5、風変わる… 6、台風18号 7、強風注意報



1、序章




『あ・・我々は・・・泣く子も黙るロケット団!
 組織の 立て直しを 進めた 3年間の 努力が 実り、今ここに ロケット団の
 復活を宣言する!!』

朝食の席で ブルーに こんなラジオ放送を聞かされたゴールドは 思わず、食べていたスクランブルエッグを噴き出した。
「・・・ふざけてんのか?」
顔や髪に付いた黄色い物を拭き取りながら(シルバーとゴールドは真向かいの席で朝食を取っていた)、シルバーは話しかけた。
「ふざけてなんかいないわ、現実で起こっているのよ。
 ラジオから聞こえてくるってことは、多分、ジョウトのラジオ局が 乗っ取られてんじゃないかしら?」
ブルーは 小さなため息1つ吐きながら、ラジオの電源を落とす。
そして、「前にも似たような事があったから」、と付け足した。


誰が言い出すでもなく、ゴールド達は ラジオ塔へ向かう準備を進めていた。
クリスが置いていった(クリスもこの街に来ていたらしいのだが、ゴールドが起きている間に会うことはなかった)ボールを
右手の上で ころころと転がすと、おもむろに地面の上へ放る。
「めえぇ〜。」
ピンク色の肌。 真っ白な体毛を震わせ、ゴールドの手元から離れていたモコモコが 姿を現す。
モコモコは パチッと目を瞬かせると きょろきょろと辺りを見渡した。
「久しぶり。」
「めめっ!?」
「ずいぶん、驚いてるんだね。 クリスは 僕にモンスターボールを返したつもりみたい。
 ・・・・・・楽しいこと、あったんでしょ、会いたい?」
黒い目をパチパチさせているモコモコに ゴールドは優しく笑いかけた。



「遅いッ!!」
ポケモンセンターの前で立っているシルバーは かなりいらついていた。
無理もない、約束した時間から10分近く、ゴールドは遅れてしまったのだ。
『だってよ、ゴールドの奴、いちいちポケモンチェック1匹ずつして周ってんだぞ!?
 いっくら早くしろっていっても、全然きかねーんだもん!!』
先だって走ってきたホワイトが ぶちぶちと文句を言う。
「ごめんごめん・・・あのさ、遅れてきて言うの、悪いんだけど・・・
 ひとつ、寄り道したい所があるんだけど・・・・・・」
「?」
シルバーは眉をひそめる。



朝早い時間の エンジュシティ、その真ん中に 3匹の 大型の飛行ポケモンは降り立った、
「本当に、こんなところにクリスタルがいるのか!?」
シルバーは 情報提供者のブルーに食って掛かる。
「多分ね。 ただ、クリス、ロケット団に追われてたから、無事でいればいいんだけど・・・」
「ロケット団に?」
「ええ、でも、きっと大丈夫よ!!
 クリス、あれで優秀なトレーナーだし、レッドが後から追いかけてるしね♪」

『こっちだ、ゴールド!!』
言っているそばから ホワイトがポケモンセンターの方角を指し示す。
側では ブラックが走り出す準備をしている。 彼等に クリスの場所がわかるのだろうか?
考えるひまもなく、ゴールドは その方向へと走り出す。
「・・・・・・わかるの? クリスの場所が?」
『分かるよ!! クリスとは1回会ってるから、バッチリ ニオイを覚えてんだ!!』


「・・・・・・あーッ!! クリスッ!!
 こんなところにいたぁ!!」
ポケモンセンターにつくなり、ゴールドは大声を上げる。
寝起きなのか何なのか 洗ったように ちょっとだけ濡れた顔のクリスは センターからポケモンを受け取っている所だった。

「・・・ゴールド? シルバー?」
ガラス張りの自動ドアをくぐり抜けると、隣にいるレッドと一緒に クリスは目をパチパチさせた。
かなり訳がわからなくなっている様子のクリスに 事のあらましと進化したポケモンを 簡単に説明する。
あれだけ クリスがロケット団に近づくのを嫌がっていたシルバーが 今回は 彼女をラジオ塔まで誘い出していた。

『・・・?』
「どしたの? ホワイト・・・」
辺りを必至に見回しているホワイトとブラックが気になり、ゴールドは話しかけた。
『ん、べつにぃ〜・・・、なんとなく、母さんのニオイがしたような気がしただけ。』
ホワイトは軽く流した。

「ゴールド、話しついたぞ!!
 さっさといかねーと、手遅れになっちまうだろ?」
シルバーに怒鳴られ、ゴールドは我に帰ったように振り向いた。
長距離飛行の出来ないクリスを気遣い、行動は 歩きへと変化する。


「・・・クリス、モコモコ、クリスに渡すよ。
 どうも、僕より クリスの方になついちゃったみたいなんだ。」
ゴールドは ポケットの中へと忍ばせていたモンスターボールを クリスに手渡した。
「受け取れないよ!!」と、クリスは断ろうとしたが、手持ちは空いているらしいので、そこは無理矢理 押しきった。

あと、10キロほどで コガネシティへ着く。
そこでは ゴールドにとって 最大とも言える試練が 待ち受けているのだった。


2、嵐の予感




「・・・・・・できれば、グリーンも呼んできた方がいいんじゃないかしら?」
ひそひそ声で レッドとブルーが話しているのが聞こえた。
朝早い時間で、レッドとブルーとゴールド以外の人間は ほとんどが眠りについている時間、
警察が出入口を固めてしまってそこで足止めを受けていたゴールド達は ひとまず、リニアの駅に泊まっていた。
ポケモンセンターも超満員だったのだ。

「そりゃさ、人数は多い方がいいと思うけど・・・ここジョウトだぜ?
 間に合うのか? カントーまで・・・」
「そこよ、問題は。
 今から電話連絡しても、グリーンがこっちまで 道が分かるとは思えないし、
 かといって、迎えに行ってると、時間が・・・・・・」

まだ眠い目を ごしごしとこすると、ゴールドは イスの影から立ちあがった。
「・・・・・・リニア、使えないの?」
まだゴールドが眠っていると思っていたらしい2人は ゴールドが起き上がって来たことに相当驚いた様子だった。
「ゴールド!? 起きてたのか?」
ちょっと寝ぼけ眼で ゴールドは黙ったままうなずく。
「・・・リニアって、まだ、ジョウトとカントーをつなぐリニアは 完成していないわよ?
 電源が落ちてしまっているもの。」
「線路は出来てるはずだから、その上を、スピード自慢のポケモンで、飛ぶか走るか・・・」
ゴールドの提案に レッドはポンッ、と手を叩いた。 ブルーは 軽く肩を上げる。
「でもねぇ、ゴールド。 私もレッドも、すぐにカントーまで行かれるほど、速いポケモンって持ってないのよ・・・」

ゴールドは 大きくあくびをしたあと、腰のホルダーからモンスターボールを取り出した。
「僕が持ってる、ピジョットのピーたろう。」
それだけ言うと、ブルーの手にモンスターボールを置いて ゴールドはラジオ塔を見に行った。



「おはよ。」
ゴールドがリニアの駅から出て行くと、シルバーが摩天楼(まてんろう)を見上げながら 話しかけた。
「よく眠れたか?」
「ううん、あんまり・・・」

ゴールドを追ってレッドがリニアの駅から飛び出してくる。
しかし、レッドの目の届かない所に すでに2人は行ってしまっていた。
「・・・ピーたろう、預けちまったのか。」
ゴールドの手を引いて歩きながら、シルバーがつぶやくように話す。
「ねえ、シルバーどこ行くの? レッド達に知らせなくていいの?」
「だめだ。 レッドと一緒だとおれ達 目立ちすぎる。
 これからロケット団を倒しに ラジオ塔に潜入するんだ、今は目立っちゃ行けない。」
「クリスは?」
「もう行った。」
言う間に シルバーは小さな扉を開き、歩きにくい 1段が高い階段を駆け下りて行く。



「なんや!? うちはこの街のジムリーダーなんやで!?
 何で ロケット団を倒しに行かれへんの?」
ラジオ塔の入り口から 100メートルほど離れた所で、警備員と1人の少女のやりとり・・・
というか、ケンカに近いものが、行われていた。
少女の名前はアカネ、ロケット団との激戦区になっている ここ、コガネシティのジムリーダーだ。
「そう言いはっても・・・上官からも命令や。
 『誰であっても、ここを通すな』って、言われとるんや。 通せへん。」
「ああもうっ!! こんなことしとる間に 人質の安全がどんどん 危うくなってくやないか!!」

アカネは強行突破しようと 自分の持っているモンスターボールを振り上げた。
その腕を 女の細い手が優しく掴んで止める。
「・・・・・・まあまあ、待ちいな、アカネちゃん。
 あんまり急ぐと、かえって 敵さんなにするか 分からんようになってまう。」
女のゆったりとした口調に アカネはかえって腹がたち、掴んでいた手を振り払うと 女の方に向き直った。
「何やねん、あんた!?
 オバハンのくせして、髪真っ赤に染めよって・・・・・・
 大体、ジムリーダーに口出しなんて・・・」
「・・・ひっどいなぁ、別に染めてるわけやあらへんし、結構、この赤髪、気に入っとるんやで?」
女は 細い指で自分の赤い髪を 少しだけ つまみ上げる。


女の奇妙な言動に アカネは眉をひそめて 彼女の顔をまじまじと見つめた。
そんな事など構いもせず、女は立ちはだかっている警察官のひたいを 指先で軽く弾く(はじく)。
「こっちの警官は 上の指示にしたがっとるだけみたいやなぁ・・・
 アカネちゃん? 『シルバー』と『ゴールド』のこと、知っとるんや、出来れば、教えてくれへん?」
教えてもいない事を口走られ、アカネは仰天した。
10秒くらい、口をパクパクさせると、ようやく我を取り戻し、女に話しかける。
「な、な、何で、あんたがゴールドとシルバーのことを・・・・・!?
 あんた、一体何者や!?」

女は 優しい母親のような視線を アカネに投げかけた。
細まったまぶたの間から 月のような銀色の瞳が覗く(のぞく)。
「さあ? うちは 一体誰なんやろう?
 自分でも分からへんの、おかしいやろ?」
女は長く伸ばした 夕日のように赤い毛を 首の後ろで1つに縛ると、ロケット団が占拠している 摩天楼をじっと見上げた。
腰を飾るだけの目的のように作られた 太いベルトからボールを1つ、取り外すと、
アカネの手を引き、ラジオ塔に背を向ける。


3、RISE




「はい。」
地下を抜ける 細く、狭く、暗い、おまけに いかにも治安の悪そうな人間がごろごろしている通路で
ゴールドは ポケットにしまっていた 手のひらほどもない小さな物体を シルバーに手渡した。
「・・・これは?」
「海の神様、『ルギア』の羽根だよ。
 シルバー、なんだか無茶しそうな顔してるから、一応、お守り!!」
「珍しいな『銀色の羽根』なんて・・・・・・」
シルバーは受け取った羽根を 同じ色の瞳でまじまじと見つめていた。
「うん、シルバーと同じ色!!」
ゴールドは にっこりと微笑む。


「この辺・・・か?」
シルバーはクロバットの『クロ』を呼び出すと、天井へと向かって『ちょうおんぱ』を放つよう、指示した。
暗い通路の中に 奇怪な音が響き渡ったあと、シルバーは位置を変えて 同じことを繰り返す。
その様子を見て、ゴールドは少々不安になった。
「・・・シルバー、まさか・・・・・・」
「埃(ほこり)かぶるのは 覚悟しとけよ。」
ゴールドは 慌てて帽子の前後を逆さまにし(そっちの方が正しいのだが) 床の上にしゃがみこんだ。
それとほぼ同時に シルバーのモンスターボールが 音を立てて次々と開いていく。
「フレイム、『かえんほうしゃ』!!」
一瞬、通路内が高温に包まれたかと思うと、工事現場のような 大騒音がゴールドの耳をつんざく。
「フレイム、『いわくだき』!!」
シルバーが最後に出したモンスターボールの中から、小さなポケモンが飛び出す。
小さなポケモンの拳(こぶし)が 天井に当たると、爆音を立てて 上から土砂やらコンクリートのかたまりやらが崩れ落ちてきた。
「ゴールド、目ェ、つぶっとけ!!」
ゴールドは言われたとおりに素直に目をつぶった。
途端に、大きなポケモンに抱きかかえられて、体がぐんぐん上昇して行く。
まぶたの裏に かすかに光を感じた時、辺りからどよめきが起こるのが聞こえてきた。

『オ、オイ・・・まさか、あれ・・・』
『・・・レッド!?』

「シャドウ、『フラッシュ』、ブラック、『だましうち』。」
シルバーが言い放つのと同時に 2匹の黒色のポケモンは 辺りにいるロケット団への攻撃を開始した。
数人が同時に倒れる ドサドサッという音を聞き届けると、ゴールドはうっすらと まぶたを開く。

「・・・・・・すごいね、シルバー・・・」
もうもうと土煙の立ち上る中で 10人近く倒れているロケット団達を背に シルバーは立っていた。
ゴールドを持ち上げていた 巨大な黒色とクリーム色の体毛を持ったポケモンに 床の上へと下ろされると、顔に付いた泥を払いながら辺りを見まわす。
自分を持ち上げていたのは『フレイム』だということが 感でわかる。
図鑑を開けば『バクフーン』という種類のポケモンだった。

「ねえ、レッドが来たって言ってたけど、どこ?」
きょろきょろと辺りを見まわしながら ゴールドはシルバーに尋ねる。
「・・・・・・おまえのことだよ。
 気付いてなかったのか? ゴールドとレッド、体型とか顔立ちとかは 結構よく似てんだよ。
 帽子が普通のまんまだったから、多分間違えたんだ。」
シルバーに言われて ゴールドは何気なく壁に飾っていある鏡を覗きこんでみた。
他人から見れば 似ているのかもしれないが、自分ではほとんど自覚はない。 鏡で 記憶の中のレッドと見比べてみても。

「さあ、一気に行くぞ!!
 もたもたしてると、人質になってる人間がやばくなる。」
シルバーに銀色の瞳に見つめられて、ゴールドは大きくうなずいた。
モンスターボールの中から ホワイトを繰り出すと、上行きの階段へと向かって走り出す。



「・・・まいったなぁ、どうすっかなぁ・・・?」
レッドは途方に暮れていた。
リニアの線路沿いに ゴールドのピジョットに乗って ブルーが グリーンを呼びに行ってしまったものだから、完全に取り残され状態。
1度、ロケット団相手に 大立ち回りをやらかしているものだから、派手に動くわけにもいかない。
ゴールドとシルバーを手伝おうにも、彼等は黙って行ってしまったわけだし、
クリスは 今朝方、シルバーが倒れているのを見つけてから、眠ってしまったっきり、目覚める気配がない。
「・・・まいったなぁ・・・とりあえずは・・・っと。」
もう1度、大きなため息をつく。
レッドは眠っているクリスを背中に負ぶうと、出きるだけ人目に付かないように 病院へと向かって歩き出した。

「・・・レッド、レッドさん・・・」
影から 気の弱そうな男が びくびくとしたような様子でレッドに話しかけてくるのが見えた。
足元にいるピカと一緒に 警戒しながら男へと近づくと、警察官の制服と一緒に 気の弱そうな男は飛び出してきた。
「誰だよお前? オレ、警察に捕まるようなマネした覚えはねーんだけど?」
「い、いえ・・・その逆です・・・
 レッドさん、3年前にロケット団を壊滅させたあなたに ロケット団を捕まえるのを、手伝っていただきたいんですけど・・・」

レッドは ずり落ちかけてきたクリスを背負いなおすと、警察官の目を見て 眉をひそめた。
「お願いしますよぉ・・・20人近く、人質を取られてしまって、我々も手の出しようがないんです・・・」
「・・・それで、オレにって?
 ずいぶん、都合良くオレ達のことを思っていないか?」


半分、無視するようにレッドが警察官に背を向けると、男は 泣きそうな顔をしてレッドの足にしがみついてきた。
「お、お願いします!!
 街の人達を救えるのは、あなたしかいないんです!!」
しかたないな、という顔をレッドがした時、彼の背中の上で ぐっすりと眠っていたクリスの 瞳が開いた。


4、氷の時間




『なんで、泣いてるんだ?』

ゴールドの中で幼いころのシルバーの声が鳴り響いた。
不意に思い出した昔のことに ゴールドは少し、目元を緩ませる。
「・・・どうしたんだよ、急に にやつきだしたりして・・・・・・」
下の階にいる人質から 順に開放して行く途中、突然 笑顔をこぼし出したゴールドに シルバーは 怪訝な表情を向けた。

「あ、ちょっとね、ちっちゃい頃のこと、思い出したんだ。
 ほら、シルバーと僕が 初めて会った日、あの日にシルバー、『月より太陽のほうが優しい』って、そう言ったよね。
 あれ、どうしてだっけ?
 なんか、理由があった気がしたんだけど・・・・・・」
シルバーは 軽く首を傾けると、再び作業に取り掛かる。
「忘れた。 そこまで昔のこと あんまり覚えてねーから・・・・・・」
2人の作業は続く・・・・・・



「・・・どういうことだよ、これ・・・?」
ラジオ塔の下で レッドは半分パニックを起こしかけていた。
クリスは目を覚ますなり どこかへ行ってしまうし、空気が揺れそうなほど 街では大混乱が起こっている。
それというのも、ジョウト中を駆け回っているはずの 伝説のポケモン達がコガネのラジオ塔へと 向かってきたのだ。
それも、1度に3匹も。

『落ちついて!! 落ちついてください、皆さん!!
 A班、何をやっているんだ、早くあのポケモン達を止めるんだ!!』

警察のスピーカーの音が 街の中に響き渡る。
レッドは 軽く息を吐くと、誰にも聞こえないような声で つぶやいた。
「・・・何が起こったのか、あんま よくわかんね―けど、
 とりあえず、オレのやることが決まった・・・かな?」
リュックを降ろすと、6つのモンスターボールを取り出した。
レッドは深く帽子をかぶりなおすと、突っ込んでくる3匹のポケモン達に対応できるように 自分のポケモンを出す準備をする。



「・・・・・・シルバー?」
「ん、何だ?」
救出作業もほとんど終わりかけたころ、ゴールドは窓の外を見ながら シルバーに話しかけた。

「いや、何だか、妙に風が 冷た過ぎないかな・・・って思って。」
20人目の人質になっている人間を外へ逃がすと、シルバーは窓の近くへと 歩み寄ってきた。
窓から吹き込んでくる風は 夏が終わったばかりとは思えないほど ひんやりとしている。
「・・・本当だ、これじゃ、まるで氷で冷やしたみたいだ・・・・・・」
「『こおり』タイプの ポケモンが技使った、とか?」
「それはないだろ、普通のポケモン1匹じゃ、ここまで空気を冷やすなんて できっこねーよ。
 それより、まだロケット団の幹部が見つかってないんだ、早く探そう。」
シルバーの落ちついた声を聞くと、ゴールドはうなずき、上への階段を走り出した。



「・・・行き止まりだな。」
「・・・行き止まりだね。」
『局長室』の 札のかかった部屋を前に 2人は声をダブらせた。
ここまで来るのに 分かれ道などなかったはずなのに なぜか ロケット団の1人も 見つかっていない。
「いいか? 開けた途端に 一気に来る可能性だってあるんだからな、油断するなよ。」
シルバーは局長室の扉に手を掛ける。
ゴールドが ゆっくりとうなずいたのを確認すると、一気に扉を開けた。

「・・・・・・き、君達は?
 私を、助けに来てくれたのか!?」
中にいたのは 中年小太りの男1人だけだった。
おびえ切った表情で ゴールド達のことを見つめている。
「局長か?」
シルバーが 大人びた落ちついた声で 男に話しかけた。
「あ、ああ、そうだよ。 ロケット団におびえて、ここに隠れていたんだ・・・」
男のそばへ歩み寄ろうと 部屋の中へとシルバーが足を踏み入れると、ゴールドがそれを引っ張り、それを静止した。
不思議そうなシルバーの視線を気にしながら ゴールドはモンスターボールに手を掛ける。

「ミドリッ!!」
ゴールドがモンスターボールを開くと ベイリーフが飛び出し、『はっぱカッター』を局長へと向けて 次々と放つ。
硬い葉っぱは 局長の皮膚を切り裂き、後ろの壁へと突き刺さった。

「お、おい・・・ いくらなんでも・・・」
「シルバー、あれ、ロケット団だよ。
 見てみなよ、皮膚を切ったはずなのに、血が出てないでしょ?」
ゴールドの言ったとおり、ぱっくりと割れている腕からは 黒い影が覗いているだけで 1滴も血は流れてなどいない。
局長のふりをしたロケット団は 割れている腕を見ると、口だけで笑った。


「・・・まさか、こんなに早くばれるとはね・・・」
局長の皮が ずるりと脱げていく。
背中から ジーッという チャックの音が響き、中から 1回り小さいショートカットの女が現われた。
「ツバキ・・・・・・」
ロケット団幹部、ツバキはとび色の髪を震わせると、ゴールドとシルバーを見つめなおした。
目は睨んでいるのだが、真っ赤なルージュのついた口元だけは 笑っている。

「ツバキ、おとなしくしているんだな。
 計画を 止めないと、お前が安全でいられる保証は なくなるぞ。」
シルバーがストライクの『アイアン』の刃を ツバキの喉に突きつける。
それでも、ツバキは笑いつづけていた。

「おまえ等、人質を全員解放したと思って 安心しきっているのだろう?
 ・・・・・・大きな間違いだな。 どうして、私がここに座っていたのだと思う?」
ツバキの言葉を聞いて ゴールドとシルバーの表情が凍りついた。
ロケット団が取った人質の中に まだ局長がいたのだ。


5、風変わる・・・




「・・・・・・まさか、まだラジオ局長は 捕まったまま・・・!?」
ゴールドはたじろぎ、シルバーの眼を見つめた。
シルバーは表情1つ変えずに ツバキを睨んだままアイアンの刃を突きつけているが 相当動揺していることが ゴールドにはわかった。


ゴールドは ふぅと 小さく息をつくと シルバーの後ろに回りこみ、両手で肩をポンポン、と叩いた。
心の中で「落ちついて」と 促がす。
「シルバー、クロ君、貸してくれる?」
銀色の瞳が ゴールドの方へと向けられた。
「・・・・・・クロ? どうするつもりだ?」
「局長さんを 助けに行く。 多分、ここにはいないよ、下に降りて 助けに行く。」
ツバキの瞳を見つめると ゴールドはシルバーの手から 赤白のモンスターボールを受け取った。
「上へは 自分の足で戻ってくるから。」
それだけ言うと、局長室の窓から コガネの街を見下ろした。
下は下で、大変な騒ぎが起こっているのが 遠目にもよくわかる、心の中がざわつくのをゴールドは感じた。



「エンテイ、スイクン、ライコウ・・・・・・」
ラジオ塔のそばまで ゆっくりとした足取りで近づいてきたのは 紛れもなくエンジュシティの伝説のポケモンたち。
レッドも3年間、トレーナーをやっているのだが、彼等の目つきは どう見たって友好的とは思えなかった。
「スノ!! 『ふぶき』!!」
自らが取り出した 氷の鳥で自分に向けられている 攻撃を防ぎにかかる。
ここで止められなければ ラジオ塔の中にいると予測される 若きトレーナー達が 危険にさらされてしまうのだ。
レッドは 彼等のことを自分の弟達のように感じていた、負けるわけにはいかないのだ。

もう1度、伝説のポケモン達は 同時に攻撃を放ってきた。
レッドもそれを防ごうとするが、『こおり』タイプの技では 襲いかかってくる炎をこれ以上は防ぐことが出来なかった。
『かえんほうしゃ』の 高熱の炎が レッドに向けて襲いかかってくる。


「やめろッ!!」
レッドに向けられていた炎に水がかかり、その力を打ち消した。
続いて 目の前に水色の自分よりも少々小さなポケモンが どすんっ と音を立てて落ちてきて、続いて・・・

レッドも、遠巻きに見ていたギャラリー達も その光景には驚いた。
10歳前後の 赤い服をまとった少年が 空から降ってきたのだ。
少年は 音と土煙を上げて 地面の上に着地すると しっかりとした目つきでエンテイの方を睨みつける。
「こんな所にきたら、ロケット団に捕まるだけじゃないか!!
 どうして ここに来たんだ!?」
エンテイは鳴き声1つあげずに 少年の方へと炎色をした瞳を 向けた。
少年は それを黒い瞳で受けとめると ゆっくりとうなずいた。
「・・・日没まで、だね。」


エンテイはうなずくと その場に腰を下ろした。
他の スイクン、ライコウもそれに習い、その場に腰を下ろす。
「・・・ゴ、ゴールド? 一体、何があったんだ?」
レッドは訳がわからない、といった感じで 少年へと尋ねた。
「エンテイ達と、約束した。 日没までにロケット団を止められなければ、彼等はここを攻撃するって・・・」
さらりと言ってのけたゴールドに レッドは驚いた。
すでに 正午を過ぎ、日没までは4時間も残っていない、それなのに、ゴールドの表情は いたって冷静なのだ。
「レッド、この街のどこかに、ラジオ塔の局長さんが捕まっているはずなんだ、どこか、分かる?」
「局長を!? 無茶言うなよ、コガネには100万人を超える人数がいるんだぜ?
 その中から どうやって 顔も知らないたった1人の人間を・・・・・・」

「・・・やれやれ、これだから、単細胞は・・・
 『局長』を探すんじゃなくて、『捕まっている人間』を探すんだよ、その方が、簡単に見つかるってわけさ。」
人ごみをかき分けて 14、5歳の少年が レッドとゴールドの方へと歩み寄ってくる。
光の加減で金髪にも見える 黄土色の髪の毛、これだけの大騒ぎが起こっているのにもかかわらず、
落ちつきを持ったその瞳に ゴールドは その人間にトレーナーとしての力を感じた。

「お前が、『ゴールド』だな?」
とび色の瞳が ゴールドの方へと向けられる。
「はい。」
「『エスパー』タイプのポケモンは?」
「1人、いるけど、人や物を探すような能力は持っていない。」
黄土色の髪の少年は「そうか、」と つぶやくと、レッドの方へと瞳を向けた。

「・・・・・・だったら、こっちは俺が引きうける。
 レッド、お前はゴールドを連れて 局長を探しに行くんだ、フーディンなら、すぐに見つけられるはずだからな。」
レッドは一瞬、眉をひそめたが、すぐに了承して黄土色の髪の少年から モンスターボールを受け取った。
「そういうわけだ、いくぞ、ゴールド!!」



局長室では シルバーとツバキのにらみ合いが続いていた。
「あの 赤い服の子・・・ゴールド君だったかしら? 行ったみたいね。」
「・・・だからどうした。 ロケット団が消失するタイムリミットが 近づいていっているだけだ。」
「あら、それはどうかしら?」
ツバキがイスの端を コンッと 軽く叩くと、シルバーの後頭部に 激痛が走った。
それに驚いたストライクに 容赦ないデルビルの『かえんほうしゃ』が襲い掛かる。

痛みに顔をしかめるシルバーの長い髪を ツバキは掴み上げた。
「・・・もとより、あんな生い先短い男になんて、人質としての価値はないのよ。
 怪盗シルバー、あなたみたいな 将来のある 若い男の子がロケット団に捕まっているとなれば、
 警察だって 簡単には手を出せないでしょう?」
「局長の話は・・・オレとあいつを引き離す為の ワナだった、ってことだな。
 だったら、おまえは まだ幸運だな、残ったのがゴールドだったら、おまえは とっくにやられていただろうからな。」

シルバーは 不敵な笑みを浮かべる。
その背中にまた、にぶい痛みが走った。


6、台風18号




「フーディン!! この街のどこかに ラジオ局の局長が捕まっているはずなんだ、探してくれ!!」
レッドが叫ぶと、フーディンは手に持った2つのスプーンを くるくると回し始めた。
それを手のひらで受けとめ、ひたいの前で交差させると、フーディンは精神を集中させる。
「・・・頼むぜ、ひげおやじ・・・!!」


1分もしないうちに フーディンは突然走り出した。
ゴールドとレッドはそれを追いかける。
フーディンの向かう先は シルバーがラジオ塔に入るときに使った進入口、地下通路だった。

『・・・・・・おっ? あれ、リーグ優勝者のレッドじゃねーのか?』
『本当だ、ヘヘヘッ、勝負しかけてみようぜ?』

地下通路へ入るなり、レッドは大勢のごろつきに囲まれる。

『レッドと一緒だとおれ達 目立ちすぎる。』

数時間越しに シルバーの言った言葉の意味が ゴールドにようやく理解できた。
「レッド!! 僕、先に行く!!」
どう見たって『まとも』じゃない 連中をかき分けると、ゴールドはフーディンを連れて 通路の奥のほうへと走り抜けた。
扉が見える。


「局長さん!!」
中にはいると、中年の男にぐるぐる巻きになっている縄を 女の人が解いている所だった。
「あらぁ、ずいぶんと可愛いヒーローさん!!」
女の人は一瞬縄から手を離すと、ゴールドの方へと顔を向けた。
とび色の長い髪を 頭の後ろでお団子に結い上げている 20代も半ばまで行った・・・という感じの女の人だ。

「・・・ユ、ユリッ!?」
ごろつきどもを片付けたのか、レッドがいつのまにか、ゴールドの後ろまでやって来ていた。
女の人は立ちあがって レッドの方へと歩み寄った。
レッドは「この人は警察官でロケット団の中で潜入捜査をしているんだ」と、簡潔に彼女のことを説明してくれた。
「その様子だと、ラジオ塔の局長さんを助けに来たってところね。
 だったら、ここは若くて体力もあるレッド君に 全部お任せしちゃおうかしら?
 そっちの子は・・・・・・あぁ、ゴールド君ね。
 まだお仕事残ってるんだけど、手伝ってもらえないかしら?」

ゴールドが黙ってうなずくと、ユリと呼ばれる女は「おっけぇ!」と、軽くウインクしてみせた。
相当固い結び目に 悪戦苦闘しているレッドと局長を その場に残し、ラジオ塔の方向へと きびすを返して歩き出す。


「・・・まあ、『怪盗シルバー』ってば、ずいぶんと大きな穴をあけてくれちゃったわよね。
 後で修復するの、大変そう・・・・・・
 でも、ここから行けば、ずいぶんと移動が楽なんだけど?」
ユリはゴールドを小脇に抱えたまま、ペルシアンで ぐいぐいとシルバーが開けた穴を上へと駆け上がっていった。
あっという間に ラジオ塔の中へと到着すると、ゴールド達が上っていった階段を ハイヒールの音をさせながら 上がって行く。

「ほら、ここのシャッターを開けば、屋上へと続く道があるのよ。
 今回の1番の作戦は そこにある機械が 関係しているらしいわ。」
ユリはそう言うと、キャッシュカード状の物体を 壁にあった溝に滑らせた。
ガラガラという音を立てて 大きな鉄の扉が 上へと押し上げられている。
子供が通れる大きさになったころを見計らい、ゴールドは体を滑りこませ、奥の通路を走り始めた。

(・・・多分、僕の考えが間違っていなければ、『あれ』が あそこに・・・)



「ん〜ん〜ッん〜ッ!!」
地下通路の奥、レッドはガムテープで口をふさがれ、それでも何かを叫ぼうとする局長の姿に気がついた。
慌てて、局長の口をふさいでいるテープを剥がす(はがす)。
「・・・どうしたんすかぁ? もう大丈夫ですけど?」
「な、な、何が大丈夫なものかッ!!」
局長は 苦しそうに息をあえぐと、レッドへと向かってものすごい形相で一気に叫び出した。



「・・・・・・これ、ね。」
ユリは屋上につけてあった 巨大なパラボラアンテナのような機械を見上げて ゴールドへつぶやいた。
「放っておくと、この機械から 電波が発生しちゃうのよ。
 だから、下においてある機械で それを防ぐっていうのが もう1つの仕事ってワケ!!」
そう言ってユリが機械に手をつけようとするのを ゴールドが防ぐ。
「待って待って!! 僕だって ロケット団に恨みあるもん!!
 僕がやる!!」
ユリが眉をひそめて「あのねぇ・・・」と言い始めるのも聞かずに ゴールドは機械の前に腰を下ろした。
その瞬間、屋上の扉が もの凄い勢いで 音を立てて開く。


「ゴールド!?」
「・・・クリスッ!! よかったぁ!!」
扉の向こうから走りこんできたのは 朝から行方不明だったクリスタルだった。
彼女は その場の様子を見まわすなり、化け物でも見るような表情で ゴールドに叫ぶ。

「ゴールドッ!! その女の言うこと、信じちゃダメッ!!
 そこにいる お団子の女は・・・・・・」
ユリがモンスターボールを取り出すのと ゴールドがモンスターボールを取り出すのは ほぼ同時だった。
技と技がぶつかり、閃光を放つ。

「今の ロケット団のリーダーなのよ!!」


7、強風注意報




『太陽みたいに明るい子供に育ちますように』
その言葉が ゴールドの中に 響き渡る。


「・・・いつから、気付いていた?
 私が ロケット団と協力しているということを・・・・・・」
ユリは 笑ったような表情で 取り出したスピアーに『ミサイルばり』を構えさせていた。
「一瞬分からなかったけどね、顔見ているうちに思い出した。
 ポケモンの 電波による 遺伝子進化理論(いでんししんかりろん)を発見した『ユリ・ヘルレッド』博士。」

ゴールドの言葉が終わった直後に 2人は一斉に攻撃を開始した。
ユリがのスピアーが放った『ミサイルばり』が ゴールドの耳の横ギリギリを掠め、空へと飛んでいく。
「加勢するわ、ゴールド!!」
クリスが自分のモンスターボールを床に打ちつけた。
『やけたとう』の時と違い、クリスのワニのような 大きなポケモンは 真っ先にユリのポケモンに向かって鋭い爪を向ける。


「・・・そこまでだ。」
アリゲイツ(学名)の攻撃が届く前に 女の声が響く。
声のする方に振り向くと そこには ずいぶんと痛めつけられたシルバーと、それを笑って見下している ツバキの姿があった。

「シルバー!!」「シルバー!?」
2人の少年トレーナーの声が 同時に響いた。
「・・・・・・クリスタル・・・それに、ゴールドも、いるんだな・・・
 悪い、油断した・・・」
シルバーはうっすらと瞳を開けて笑う。
クリスには辛いことだったらしく、声も出さないまま 彼女は首を横に振っていた。
ゴールドの心の中に 怒りと決意が ゆっくりと満ちていく。
「シルバー、絶対、助けるからね。」

ゴールドはモンスターボールを手に取ると ツバキの目を見て思いっきり睨みつけた。
「ツバキ、絶対・・・絶対 お前には、負けない!!」
ツバキは そんなゴールドを一笑する。
「ハハハハハ・・・・・・ゴールド、貴様、本気で 私相手に 勝てると思っているのか?」
「勝てる!!」
「フン、お気楽なものだな。
 お前の故郷で、母親がどうなっているかも知らずに・・・・・・」


ゴールドは眉をひそめた。
クリスも 何を言われたのか分かっていないらしく、大きな瞳をパチパチと瞬かせている。
「どういうこと・・・? ゴールドの母親が・・・って・・・」
「言ったままの意味だ。 人質は 何もラジオ塔の人間だけではない、ということ。
 さすがの貴様等も、ここから何キロも離れた所にある ワカバタウンまで 助けに行くことなど出来ないだろう?」
ツバキは ゴールドのことを嘲け笑っていた。

「・・・・・・で、『人質』に選んだのが、僕のおかあさん、と?
 だったら、別に助けに行く必要もないね。」
「・・・はぁッ!?」
ゴールドの言葉に ツバキではなく、クリスの方が反応している。
「だって、僕のおかあさん、捕まるほど弱くないもん。」

ゴールドは証拠を見せようと思い、ポケギアのボタンを押した。
『もしもし? ・・・・・・ゴールド?
 どうしたってのよ、突然、電話なんか掛けてきて・・・・・・』
「あ、おかあさん? ねえ、最近ロケット団とか、襲ってこなかった?」
『ロケット団? って、あの 黒い服着た人達?
 あれ、ロケット団だったの、てっきりポケモン泥棒かと思って、倒しちゃったけど・・・?』
「ううん、どうもありがと!! それじゃ、また電話するね!!」


「ま、そういうわけで。」
ゴールドが言い終わるのと同時に シルバーがツバキの手から抜け出そうと 自分の髪を掴み 体をよじらせた。
クリスがそれに反応し、シルバーをツバキから開放し、屋上の端辺りまで飛びこむ。
「ミドリ、『はっぱカッター』!!」
とっさに指示した攻撃は ラジオ塔のアンテナのコードを いくつもひきちぎっていった。
これで、おかしな電波が流れることも ないだろう。


「形勢・・・逆転・・・かな?」
シルバーが ツバキを見下すような声を出した。
アンテナの近くにいるユリが 屈辱に顔をゆがめる。
「このまま終わると 思うな!!」
スピアーの『ミサイルばり』が トレーナー目掛けて発射される。
シルバーが何かをやろうとしていたが 間に合っていなかった、針はクリスの胸に突き刺さり 彼女は ラジオ塔の屋上から弾き飛ばされる。

『でもさ、おれ、実は 太陽の方が優しいんじゃないかって、時々そう思うんだ。
 だって・・・・・・・・・』

夕日をバックに クリスの小さな体が 少しずつ遠くなる。
眼に 金色の細い光が刺さり、ゴールドは 片目をつぶった。

『だって、太陽は 色々、きれいな色を照らし出してくれるし、
 それに、夕日の布団をかぶって 太陽がお休みするから・・・・・・』

「・・・・・・月や、星が 夜空に浮かぶことができる。」
ゴールドは誰にも聞こえないような 小さな声でつぶやいた。
とっさに伸ばした手が届いて かろうじてクリスは 下に墜落することを間逃れている。
「クリス、・・クリスッ!! 目を覚まして!!」
ゴールドが叫ぶと クリスのまぶたが ピクッと反応した。
もしかしたら、心臓に『ミサイルばり』を 受けたかもしれないのに、だ。

クリスは ゆっくりとまぶたを開いて、ゴールドの方を見上げていた。
光に照らされると、彼女の胸元で 何か、銀色のものが 輝きを放っている。
「・・・・・・ジムバッジ?」
それは、ゴールドも1つ持っている エンジュシティジム公認、ファントムバッジだった。
衝撃のせいか、少々ひしゃげた後がついていて、もし直撃していたら、と思うと ゴールドは 背筋に寒気が走った。
「ゴールド、あたしの手を壁のふちにつけて!!」
気を失っていると思っていたクリスが 突然大声を上げて ゴールドは驚いた。
気が付けば、ゴールドがひじを突っ張っている所のすぐ横に ゴールドが掴んでいない方のクリスの手が しっかりと掴まっている。
ゴールドが眼を瞬かせながら クリスの手を 屋上の壁のふちにそっと置く。
次の瞬間、彼女は体を跳ね上がらせ、首についた鈴の ちりんっという 可愛らしい音と一緒に 自分の力だけで 床の上へと転がり込んだ。


炎の熱さを背中に感じ、ゴールドはシルバーが後ろでロケット団達と戦っていることに気がつく。
振り向くと、デルビルの姿が眼の端に映った。
反射的に 相性の良いポケモンを選んで モンスターボールを開く。
「アクア、シルバーを手伝って!! 『うずしお』攻撃!!」
アクアは意識を集中させると 両の手を大きく開いて その場に大きな渦を作り出した。
どこからともなく現われた 大きな『うずしお』が 炎を命の糧(かて)とする デルビルの体力を奪う。


『うずしお』の水の向こうに 何か光る物が見えて ゴールドは目を凝らした。

(・・・『ミサイルばり』、クリスを狙ってる!!)

反射的に クリスの体を落ちない程度の所まで 突き飛ばす。
ゴールドの肩に 激しい衝撃が走った。
鼓膜が破れそうなほど 耳鳴りがして、自分の体が 弾き飛ばされているのを 妙にはっきりと感じる。



「ゴールドッ!!」
クリスの 甲高い悲鳴が聞こえた。
それと一緒に鳴り響く きれいな鈴の音が だんだんと遠くなっていく。

ゴールドの体は ラジオ塔の下へと 落下していったのだ。

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