フスベシティ
やまあいに たたずむ しずかな まち



<各話の1番最初に飛べます>
1、雷の化身 2、道なり 3、対・炎 4、始まりの挨拶



1、雷の化身




「・・・うわっ、雷が響いてきたよぉ、はやくどっかに非難しなきゃ!!」
腹の底が むずかゆくなりそうな低い音が鳴り響き、ゴールドは耳をおさえながら チョウジタウンへと引き返し始めた。
その足元に ケガをしない程度の小さな力で ホワイトが噛みついてくる。
『だーいじょうぶだって!! 雷なんて、ちょっとやそっとじゃ 当らないって!!
 それに、ここからだったら次の目的地『こおりのぬけみち』を目指した方が早いって!!』
妙に「〜って」を繰り返しながらホワイトが言葉を伝えると、ゴールドは涙混じりの目で しぶしぶうなずいた。


「・・・ひいいぃぃっ!!!」
耳元で 火薬を爆発させたような音に ゴールドは洞窟の奥まで走りこみ、耳と腹の真ん中を押さえた。
ひたいの赤い宝石をきらめかせ、ホワイトがあきれたような顔で 後をちょこちょことついてくる。
『ディアの攻撃、真正面から受けるような度胸があるトレーナーでも、怖いもんあるんだな。』
「怖いもんはこわいんだよぉ〜・・・・・・
 ポケモンならコントロール効くから まだなんとかなるんだけどぉ〜・・・」

『・・・・・・めちゃめちゃ近かったな、今の雷・・・』
鼓膜(こまく)の割れそうな音の鳴り響いた後、一瞬の静寂(せいじゃく)の間に ぼやくようにホワイトがつぶやいた。
1粒、2粒と 小さな雨粒が落ち、あたりは暗くなって夕立(ゆうだち)になろうとしている。
「・・・ねぇ、聞こえた?」
『雷の音? さっきから バンバン響いてるじゃん。』
「違うよ。」
雨の向こうを見とおすようなゴールドの瞳に 雷の光が映った。
「・・・・・・ほら、また。
 雨の音、ポケモンの鳴き声、草っぱらかき分ける足音、それに、シルバーの声。」
『このざんざん降りの中で、よくそんなの聞こえるなぁ・・・
 それに、さっきまで『雷が怖い』って 悲鳴あげてたんじゃなかったのかよ?』

ゴールドはモンスターボールを開くと、中からピカチュウのディアを呼び出した。
荷物のいっぱい入ったリュックを降ろし、いつも被っている帽子を脱いで その上に乗せると、ディアにそれを見張るように言いつけた。
「さっき言ったでしょ? 『ポケモンの出した雷なら平気』って。」
『・・・この雷を、ポケモンが出してるって? 冗談だろ?
 ポケモンじゃ、こんなにでっかい雷なんて、だせっこねーよ・・・』
パーカーのフードを被ると、ゴールドはホワイトの方へと 真っ黒な瞳を向けた。
「今からそれを確認しに行くんだけど、ホワイトも一緒に行く?」


無邪気に手を振るディアを背に 雷の鳴り響く道路へと1歩飛び出すと、ゴールドの鼻や口元に 容赦なく大きな雨粒が襲いかかった。
前髪がひたいに貼りつくのを気にしながら ゴールドの背ほどもある段差を一気に飛び降りると、
目の前に見えてきたのは ここまで来る時にも見た、大きな池だった。
「見て、池の中州(なかす)!! 人がおっきなポケモンと戦ってる!!」
ホワイトは ゴールドが指差す先を見て息をのみ、大きく、ゆっくりとうなずいた。(結局ついてきたらしい)
雨にさえぎられて 視界ははっきりしないが、大きな木の生えた池の中州で
黄色い大きなポケモンと まだ子供にも見えるくらいの小さな人間が 一触即発のムードでポケモンバトルを繰り広げている。
『な・・だよ、あれ・・・・・・虎(とら)?』
ホワイトが言葉を伝えようとした時、またしても 大きな雷が響いた。
口をふさぐ雨粒を袖で拭うと、ゴールドは腰についているモンスターボールを探り出した。
「フツーのポケモンじゃないってことは 確かだよ。
 ねぇ、ホワイト、地面タイプ持ってるアクアだったら、あそこまで行かれるかな?」
『・・・・・・行く気かよ!?
 無茶だな、アクアだけならともかく、
 すでに 水ポケモンが表面に浮かび上がってくるくらい、水が電気を含んじまってるし・・・・・・』
「じゃ、空は?」
『狙い撃ち決定。』
「・・・・・・だよねぇ・・・」
小さく縮こまり、出来るだけ落雷の対象にならないように気をつけると、ゴールドとホワイトはその場でバトルの観戦を始めた。
すると、一瞬の光とともに、それまでざぁざぁと降っていた雨が 嘘のようにやんでいく。


雷の音がしなくなったのを確認すると、ゴールドは立ちあがった。
呆然と見つめるその先には 自分の親友の姿と、そのパートナー、黒く、ゴールドの背の1、5倍はある炎タイプのポケモンが確認できる。
「・・・フレイム・・・そっか、『にほんばれ』・・・」
また、雷の音が響き渡ったが、今度は先ほどのような 地の底まで響く轟音(ごうおん)ではなかった。
赤い髪の少年が何かを叫ぶと、黒いポケモンは回転する 赤い固まりを 巨大なポケモンへと吐き出した。
一瞬 放たれた、カメラのフラッシュのような閃光に ゴールドは思わず目を細める。
次の瞬間、巨大なポケモンの姿はなくなっていた。



「・・・・・・終わったのかな?」
軽く爪先立ちして よく見ようと目を凝らしてみるが、そんな事で数10メートル先の出来事が 確認できるわけもない。
ホワイトが何か、口をパクパクさせていたが、軽く息をつくと、
「ふぃう、ふぃーふぃる。」
「終わったって? それ、シルバーからの言葉?」
ホワイトはうなずいた。 それとほぼ変わらないくらいのタイミングで 中洲にいた少年が 飛行ポケモンに乗って飛んでくる。

「・・・やっぱ、ゴールドか。
 ホワイトがテレパシーで連絡してきたから、一緒だとは思ったんだけど・・・」
ずぶぬれのシルバーは ひたいにべっとりと付いた赤い髪を指で払うと、銀色の瞳をゴールドへと向けた。
ゴールドは真っ黒な瞳を1度、ホワイトへと向けると 被っていたパーカーを取り払う。
「ずいぶん、苦戦してたみたいだね。 シルバーにしては珍しいんじゃない?」
「・・・あぁ、さすがに、このレベルじゃ・・・な。
 多分、同じ種類のポケモンは 他では見つからないと思うけど・・・ポケモン図鑑にデータ入れとくか?」
「うんっ!! お願いしよっかな!!」


ゴールドは微笑むと、リュックの中の図鑑を取りに ディアの所まで向かった。
その途中、後ろについて走ってくる シルバーとホワイトの方へと 視線を向ける。
「・・・・・・・・・まさか、ね。」
頭の中に押し寄せてくる 嫌な予感を振り払おうと、ゴールドはそっとつぶやく。
しかし、襲いかかってくる不安を 取り払えそうにはなかった。


2、道なり




「・・・・・・いぃったぁ〜・・・」
氷の表面に 顔をもろにぶつけて、ゴールドは思わずうめいた。
その横で アクアが腹ばいになって氷の上を滑り(すべり)、今度は岩で出来た壁に激突する。
「大丈夫かよ、おまえら・・・・・・」
シルバーの冷ややかな声が ゴールド達へと向けられていた。
44番道路からフスベシティへ行くためには必ず通らなくてはならない道、『こおりのぬけみち』の中で
ゴールド達は 場所の名前がしめすとおり、がちがちに固まった氷を相手に 悪戦苦闘(あくせんくとう)していた。

「・・・へーき、へーき、このくらい・・・・・・うわっ!?」
またしても派手に転倒して、ゴールドは氷の地面へとぶつかった。
その弾み(はずみ)で 腕に付けていたポケギアのスイッチが 作動する。
「あ、ラジオが入っちゃったよ。 ちょっと待ってて、すぐに、消すか・・・・・・」
「ちょっと待て、ゴールド。 この声・・・・・・・・・」

『ポケモンチャンネル!! 今日もあたし、DJのアオイがお送りしまーす!!
 今日のゲストは、モンスターボール作りの達人、ガンテツ師匠と、新人トレーナー、クリスちゃんです!!』
『は、はぁい、ルーキートレーナー、クリスちゃんで〜す!!』


「クリスタルッ!?」
2人の叫び声が 同時に洞窟の中にこだました。
何を言うべきか迷いに迷い、ラジオの音だけが 沈黙の空間に流れていく。
「ぶっ!?」
固まっていたゴールドの横っ腹に アクアが氷の上を伝って体当たりし、ゴールドはビリヤードの球のように 端まで押し出された。
運が良かったのか 何なのか、ようやく氷の張っていない地面の上へと 転がり込む。
「・・・・・・ったく、何をやってるんだ、みんなして・・・」
シルバーは白い息を吐きながら ため息をついた。
足元の氷を軽く蹴って(けって)、ゴールドのもとへと滑ってくる。


『ところで、クリスちゃんは どうして旅をしてるの?』
『えっと、ポケモンマスターになるため、でぇす!!
 ホラ、女の子で ポケモンリーグを優勝した人って、まだいないから・・・』

「・・・・・・負けてらんねーんじゃねーの? ポケモンマスター志望の、ゴールド君?」
ゴールドはラジオのスイッチを切ると、軽くうなずいた。
「そうだね、クリス、びっくりするくらいの早さで どんどん上達してってるし・・・」
シルバーもゆっくりとうなずく。
『こおりのどうくつ』の出口が見えてくると、2人は同時に走り出した。



「うわぁ・・・」
街を見下ろした瞬間、ゴールドのほおを冷たい風がなでた。
眼前に迫った 山に囲まれた小さな街は 渋い色を基調としていて、どことなく古さを漂わせている。
急勾配(きゅこうばい)な坂を一気に駆け下りると、ゴールドは辺りを見まわした。
ゆっくりとした風が 小さな家と家の間を駆け抜けていく・・・


「おや、旅の者か? イブキに挑戦かね?」
突然背後から声をかけられ、ゴールドは身震いした。
シルバーが追いついてきたあたりで そろそろと振り向くと、ゴールドの肩くらいの背の高さしかない、
小さな老人が なんとも言えない奇妙な目つきで ゴールドのことを じっと見つめている。
「あ、ここの街のジムリーダーに挑戦しに来ました。
 ワカバタウンのゴールドって言います。」
どぎまぎしながらも、ゴールドは自己紹介した。
老人は 探るような目つきでゴールドのことをじろじろと見つめると、長いひげのついた顔を ゆっくりと縦に振った。
「???」
「ふむ・・・、まぁ、ええじゃろ。」
訳がわからず、ゴールドが目をパチパチさせていると、街の方から『長老!』と呼ぶ 若者の声が響いてきた。
老人はその声に反応して、ゆっくりとした足取りで2人の横をすり抜ける。
「・・・知り合いか?」
シルバーの声が 妙にはっきりと聞こえてきた。
ゴールドはそれに 首を横に振って答える。


辺鄙(へんぴ)な土地柄(とちがら)のせいか、ポケモンセンターの客はゴールド達2人だけだった。
慣れない土地を歩いてきて 疲れのたまったポケモンを 医師へと預ける。
待ち時間は、ゴールドとシルバーの談笑が響くはずだった、彼女が現れるまでは。

「・・・・・・でも、どんなジムリーダーなんだろ?
 他の人に聞こうにも、ここ、ホント人いないもんねぇ?」
ゴールドがそう言った時、静かにドアベルの音が鳴った。
人に聞こう、と思っていた所に 人が来たのだ。 これは『願ったり叶ったり』というものだろう。
ぱあぁっと顔を高揚(こうよう)させて ゴールドは入ってきた人のほうへと駆け寄る。
「・・・あーっ、ジムバッジ!!
 お姉さん、この街のジムリーダーに勝ったの!?」
群青色のウエットスーツを身にまとった女の人は ニコニコと近づいて来たゴールドを 冷ややかな視線で見下ろした。
その胸元には ゴールドが今まで見たことのない形の ジムリーダーバッジが取り付けられている。

「ゴールド、夢中になるのはいいけど、相手への態度を考えないのは 悪いクセだぞ!!」
後から走ってきたシルバーに 注意される。
ゴールドが申し訳なさそうに肩をすくめると、女の人は軽く首を横に振った。
「別にいいわ、あんたが あたしを楽しませてくれるような 強いトレーナーならね。
 ジムなら、センターからずっと北の 『りゅうのあな』のすぐ近くよ。
 でも、17日までは、休んでるからね、ジム。」
そう言うと、女の人はセンターにポケモンを預け、別室へと足早に去っていった。
それを ゴールドとシルバーは 何を言うわけでもなく見守っている。


「シルバー、今の人・・・・・・」
ゴールドの言葉に シルバーは黙ってうなずく。 赤い髪が それに合わせてゆっくりとゆれた。
「ジムリーダーだった。」


3、対・炎




「誰だ?」
今回の話は、シルバーのその言葉から始まった。
シルバーの目の前にはいまどきにしては珍しい、長いマントをまとった男がシルバーの銀色の瞳を見下ろしている。
背は高く、髪は染めたような赤色をしていた。

「悪かったね、突然押しかけて話をしたいなんて・・・
 俺の名はワタル、ドラゴン使いのトレーナーとして、世を回っている。」
ワタルと名乗るトレーナーは 子供相手に深々と頭を下げ、自己紹介をした。
シルバーは それを見て軽く息をつく。
「そりゃ ご丁寧(ごいていねい)にどうも、おれはシルバー、ワカバのトレーナー。
 ご指名のゴールドなら、今忙しいから 話はできねーぞ。」
そう言ってシルバーは モンスターボールを手に取った。 「ここは通さない」という 意思表示だ。


「うわあぁぁ、なんて 速さしてんだよぉ〜・・・ ピーたろうッ!!」
ゴールドはモンスターボールの中からピーたろうを呼び出すと、自分の前を ものすごい速さで駆け回っている 巨大なポケモン、
すなわち、伝説のポケモンのうちの1匹、エンテイの周りを旋回させた。
鼻先に 巨大な鳥ポケモンの『でんこうせっか』が飛び、エンテイは思わず足を止める。
「・・・・・・やっと追いついた、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だよ、君のスピード・・・
 『やけたとう』にいたポケモンだよね、一体どうしたの、いきなり 街の中突っ切って行くなんて・・・」
エンテイは背後で息を切らしている少年の方へと向き直ると、炎色の瞳でゴールドのことを睨みつけた。
途端、ゴールドは体を震わせる。
エンテイの強い意思を持った、しっかりとした目つきから、ゴールドは言葉を読み取ったからだ。
『自分と戦え』と。

「僕の、トレーナーとしての能力を試すっていうの?」
ゴールドの言葉に エンテイはゆっくりとうなずく。
自分に向かって打ち出された炎を 横に飛び跳ねてかわすと、ゴールドは低く構えて モンスターボールを取り出した。
「アクアッ!!」
飛び出してきたアクアは エンテイへと向かって無数の水の球を打ち出した。
しかし、動きの遅いアクアのことだ、スピードが足らず、すばやい足のエンテイに 軽くあしらわれてしまう。
反撃として オレンジ色の炎がゴールドへと襲いかかってくる。
ゴールドは後ろへと飛んで逃げようとしたのだが、それをアクアが引きとめる。
そのままでは炎を受けてしまうゴールドを抱えるような態勢で アクアはゴールドの身代わりに 背中から炎を受けた。
「・・・アクアッ、どうして!?
 僕、炎を避けるくらい、ワケないのに・・・分かって・・・」
ゴールドは言いかけて はっと自分の足元を見た。
自分が飛ぼうとした先に 小さな、本当に小さな花が ちょこんと咲いている。

(もしかして・・・これを 守ろうと・・・・・・?)

「アクア、ゴメン、ありがと、気をつける。 ・・・・・・大丈夫?」
ゴールドがいっぺんに言うとアクアが肩にかける力が強くなった。
立ちあがってアクアの背中を確認すると、見るのも痛々しい火傷(やけど)の跡が はっきりと背中に刻まれている。
これは戦えないな、と 悠長(ゆうちょう)に考えている間にも エンテイの足音が 1歩ずつ近づいてくる。
ゴールドは腰のホルダーからモンスターボールを外した。
「アクア、交代するよ、いいね?」
アクアがゆっくりとうなずいたのを見ると、ゴールドは1度しゃがみこみ、手に持ったモンスターボールを 体全体を使って 高く高く放り投げた。
「今だっ!!」
赤白のモンスターボールがゆっくりと落ち始める直前、アクアの放った『みずでっぽう』が ボールを直撃する。
水泡はボールを弾き(はじき)飛ばし、交代するポケモンのいるボールの高度は 更に上がった。
それをまぶしそうに見つめると、ゴールドは口を開いた。
「出て来いッ、カイト!!」

モンスターボールから飛び出したマンタインは 墜落(ついらく)の一途(いっと)をたどっていた。
ゴールドがアクアをモンスターボールへと戻す間にも、ぐんぐんとカイトは地面へと向かっていく。
何かをしようとしていたのか、エンテイが足に力をこめる。
「飛べッ、カイトッ!!!」
ゴールドが叫ぶと、カイトは大きな両翼(りょうよく)を動かした。 その翼に風を受けると、大きな体は地面すれすれを航空し、
あっけにとられているエンテイの横を するりと飛び抜ける。
2、3度羽ばたいて大きな体を上昇させると カイトはゆっくりと ゴールドとエンテイの上空を旋回し始めた。
「・・・水ポケモンだからって、水の中でしか活躍できないってことはないんだよね。
 カイト、とにかく体力を削って!! 『なみのり』攻撃!!」
カイトは エンテイが上空を飛んでいる自分に気をとられている間に 自分の中に蓄積(ちくせき)されていた水のエネルギーを 一気に放出した。
ふさふさとした毛の中に 大量の水が入りこみ、エンテイは思うように身動きが取れない。

一瞬、怒りにも似た熱い視線が ゴールドの方へと向けられた。
その直後、地をも震わすような怒号が 辺り一帯に響き渡る。
「・・・な、なんだなんだ!?」
ゴールドが相手が何の技を放ってきたかわからないうちに 目の前に赤色をした球体が落ちてきた。
手にとって確認してみると、中で、カイトが怯えた(おびえた)様子でうずくまっている。
「・・・・・・『ほえる』。 交代させられちゃったってワケか、
 ピーたろう、降りてきて!!」
ゴールドが上空へ向かって叫ぶと 大きな翼を持った鳥ポケモンは急降下してきて それほど高くないところを飛びまわった。
対峙している2人を ゴールドは急いで見比べる。
若さのおかげか、見まわりという役目を終えた後でも 元気の残っているピーたろうに対し、
エンテイは水を受けた影響か、最初の時ほどの力強さを感じなかった。
「・・・もしかしたら、捕まえられるかも・・・・・・」
ゴールドは 聞こえないくらい小さな声でつぶやく。


「ピーたろうッ!!」
ゴールドの声に反応して 巨大な鳥は小さな少年の回りを1周し、高い空へと飛びあがった。
直後、それまでほとんど動かなかったゴールドが 初めてエンテイの方へと向かって 走り出す。
弾丸のように駆けて来る少年を エンテイはとっさにかわした。
その手に ポケモンを封じ込めるボールがある可能性が高いからだ。
勢い任せに突っ込んで行ったゴールドは 弾み(はずみ)で派手に転倒し、エンテイの方へと視線を向ける。
その顔は 笑っていた。

「今だッ!!」
その声を合図にしたように 空中から風を切り裂く音が響き渡った。
エンテイが慌てて上空を見上げると、エンテイの真上から 巨大なピジョットが自分へと向かって飛びこんでくるところだった。
その口には モンスターボールが くわえられている。
地面へと向かってほぼ直角に突っ込んでくるピーたろうを 止められるものはいなかった。


4、始まりの挨拶




「・・・・・・れ?
 シルバー、何やってんの、こんな所で?」
ポケモンたちの回復をさせようと 街の方まで戻ってきたゴールドは 目を丸くした。
それというのも、とっくに戻ったと思っていたシルバーが 全然知らない人間と 睨み合いを続けていたからだ。
「ポケモンバトル? それとも ケンカしてんの?
 ケンカだったら止めたほうがいいよ、だって・・・・・・」
「・・・・・・どっちも違うって。
 このトレーナーがお前に会いたいとか言ってるから、エ・・・お前の用事が終わるまで、止めてたんだ。」


ゴールドはシルバーの言葉を聞くと、赤い髪の青年の方へ向き直り、軽く会釈した。
「ども、お待たせしてすみませんでした。」
青年は軽く首を横に振る。 その時に揺れる髪の間から 黒い色が覗くことから、その赤い髪の色が もともとからあるものではないことが判った。
「ゴールド君、だね。 君の活躍は 色々な人から聞いて知っているよ。
 俺は、ドラゴン使いのワタル、君と同じ、ポケモントレーナーさ。」
ワタルと名乗る青年は、そう言うと自分の右手を ゴールドへと向かって差し出した。
反射的に ゴールドはその手を握り返す。 その瞬間、ゴールドのからだの中に エンテイと目があった時のような、
炎の駆け巡るような衝動が走った。
続いて、シルバーへと向かっても自分の手を差し出す。
シルバーが一瞬、探るような目つきをしたかと思うと、すぐ後にはワタルの手を握り返し、ぶんぶんと振りまわしていた。
恐らく、手に力を込めていたに違いない。

「・・・で、ご用件は?」
ゴールドは軽く腕組みすると、ワタルへと向かって漆黒(しっこく)の瞳を向けた。
年上の人間にたいしているにしては、どこか、態度が挑戦的にも見える。
「いや、今は特にはないよ。」
ゴールドとシルバーはたいして驚かなかった。
心のどこかで、そんな予感がしていたのかもしれない、あるいは、相手の態度からそれを読み取ったのかもしれない。
彼らには、独特の『勘』というものがあった。
「そですか、敵情視察ってワケですね。」
「まぁ、そういうことになるな。
 俺は長老に用事があるから、これで失礼するよ。 手間をかけたね。
 また会おう、ワカバタウンのゴールド君!!」
ワタルはそれだけ言うと、マントを翻して(ひるがえして)フスベシティのほうへと歩き去った。
その姿が完全に見えなくなると、ゴールドはようやく口を開く。

「・・・読んだ?」
「いや、やろうとしたんだけど、出来なかった。
 何者なんだよ、あのワタルとかいうトレーナー・・・・・・」
シルバーは自分の手を見つめながら 苦々しげに街の方に向き直った。
ゴールドはその様子を見て、少しだけ笑うとポケットの中に入ったモンスターボールを取り出した。
「『僕たちと同じトレーナー』、でしょ? 実力の違いはあれど・・・ね。
 そうだシルバー、データ、いる?
 多分 喜ぶと思って、エンテイこっちまで連れてきたんだけど・・・」
ゴールドはそう言うと、手に持っていたモンスターボールを 目の前で開いた。
2メートルを越す 巨大な4本足のポケモン、エンテイがゴールドとシルバーの間で 低くうなる。
シルバーはそれを見ると、優しい、大人っぽい笑顔をゴールドの方へと向けた。
「わかってんじゃん、ありがたくデータ取らせてもらうよ。」
ゴールドの太陽のような笑顔がシルバーに向けられている間に 図鑑のピピッという データ採取終了の電子音が鳴った。
そのすぐ後から、エンテイのふさふさの毛の中をシルバーの白い指が探る。
じっとおとなしくしているエンテイと それを調べているシルバーを ゴールドはにこにこしながら見ていた。
「・・・なつかしいね。
 シルバー、調べるのが好きで、よく家のポケモン、そうやって調べてたっけ。」
「『なつかしい』って おまえな・・・
 実際のとこ、あれから3年も経ってねーっての、ボケ老人になるには 早過ぎるぞ?」
それを聞き、ゴールドはクスクスと笑う。
「そーぢゃったかのー? ちかごろ とんと物忘れがはげしくて・・・」

シルバーは手を止めた。
「・・・そういえば、その頃からだっけ?
 ゴールドが嫌なことだけ、都合よく忘れるようになったのって・・・?」
「へ?」
身に覚えのないことで、ゴールドは目を瞬かせる。
「お前、どっかのお偉い博士んとこ行くって言って、1週間くらい出かけてきた後、様子が変でさ、
 その後ゴールドに投げられた石に おれがぶつかった時、一瞬気を失った後、『どーしたの、そのケガ!?』って・・・」
ゴールドは記憶の中を散々探ったが、どうにも身に覚えがない。
答えとして 首を横に振った。



「終了ッ、お疲れさん。 ありがとな、ゴールド。」
15分もすると シルバーはそう言ってエンテイをゴールドのもとへと帰した。
しかし、ゴールドはそれを拒否する。
立ち上がると、ゆっくりとした足取りでエンテイへと近づき、ひたいを優しくなでる。
「バイバイ、かな? それとも、またねになるのかな?」
「ゴールド? それ、どういう・・・・・・」
シルバーの問いに ゴールドは笑って返した。
「・・・・・・だって、エンテイは 広い世界を目いっぱい走り回ってる方が、似合ってる。
 行きなよ、エンテイ!!
 君のこと必要な子たちが、きっといっぱいいる!!」
ゴールドの太陽のような笑顔を エンテイは炎色の瞳で見つめていた。
やがて、ゆっくりとうなずくと、南風のようなスピードで 長い坂道を駆け降りはじめた。


ゴールドは しばらくなにも見えない坂道を見つめ続けると、くるりと回れ右して、街のほうへと歩き出した。
「さてと、早いとこポケモンセンターで回復しなきゃ!!
 それが終わったら、特訓でも始めようかな?
 ジムが開くまで 後6日、しっかりポケモンを育てとかないと!!」
シルバーはしばらくそれを見つめていたが、やがて、後を追って走り出した。
月のような、優しい笑顔で。

<次へ進む>

<目次に戻る>