<各話の1番最初に飛べます>
7、昨日、今日、そして明日 8、わすれオヤジと『きせきのみ』



7、昨日、今日、そして明日




ゴールドがポケモンセンターまで戻ると そこにシルバーの姿がなくなっていた。
自分のポケモンをセンターへと預け、おかしいと思いながらも 自分の部屋へと戻ると そこに書置きが残してある。

『クリスタルの調子がおかしそうだから、ちょっと様子を見に行ってくる。
 明日までには戻れると思う。』

ゴールドはそれを見ると 思わず吹き出した。
「やっぱ、シルバー、クリスのこと心配なんだね、
 ねぇ? ・・・・・・・・・・・・あ、誰もいないんだっけ。」



センターのアナウンスが空っぽの廊下(ろうか)に響いて ゴールドは慌てて自分のポケモンを引き取りに行った。
3度ばかり派手に転んだ後、妙に広いロビーにたどり着くが、そこから見える医師の顔が いつもより笑顔が見えない。
「・・・・・・あの、僕のポケモンに 何か?」
ゴールドが話しかけると、受付に立っていた医師は いまさら気が付いたように顔を上げた。
「あ、あぁ 君か・・・
 いや、実はね、君のポケモンが どうも病(やまい)にかかってしまったみたいなんだ。
 まぁ、それほど・・・ひどい病気でもないから、大丈夫だとは思うのだが・・・・・・・・・」
ゴールドは 途切れ途切れに話す 医師の言葉を黙って聞くと、冷静な目を医師の方へと向けた。
「人間に移らないようなら、様子を見てみたいんですが。」


「・・・ホワイト・・・・・・」
真っ白なシーツの上で 白い体を横たえているのは ホワイトだった。
ゴールドがガラスの扉をこえて歩み寄ると、うつろな瞳を ゆっくりとゴールドの方へと向ける。
「・・・・・・熱は、そんなにないみたいだね。
 ごめんね、ホワイト、センターに預けるまで、気付かなかったなんて・・・・・・」
ホワイトは口をパクパクさせていたが 何を話そうとしていたのかは 聞き取れなかった。
ゴールドはその場にひざをつくと 何も言えないまま うなだれる。
その間に 医師が複雑そうな顔をしているのにすら 気付けないほどに。
「・・・に、2、3日もすれば、元通り元気になるでしょう。
 今は、安静にしているしかありませんね。」
「回復を早める方法とかは、ないんですか?」
振り向かずに ゴールドは尋ねる(たずねる)。
「・・・・・・いいえ、とにかく、弱ってしまっているので・・・・・・」



その晩、ゴールドは複雑な気分でほとんど寝つけなかった。
夜が明けてもホワイトの様子は相変わらずで 多少の熱を出しながらベットの上で横たわっている。
寝不足で まぶたの下に出来たくまをこすりながら ロビーのイスに腰掛ける。
足元に視線を落とした後、ゴールドはふと、クリスの元へ行ったシルバーのことを思い出した。

(・・・カッコ悪いな、シルバーに頼ってばっかりだ。)

苦笑いを浮かべながらも クリス充て(あて)のダイヤルを押し始める。
数回コールがなった後、特に問題もなく クリスは元気な声を聞かせてくれた。
『もしもぉ〜し、こちら、夕焼け色のクリスタルですけど、どちらさま?』
「ご機嫌そうだね、クリス。」
『あ、ゴールド?』
『ゴールド?』
クリス以外の声が ポケギアの向こうから聞こえてきた。
少しだけ低い、澄んだ男の子の声、間違いなくシルバーの声だ。
「あー、そっか、やっぱりシルバー、クリスんとこ 行ってたんだ。」
哀しい気分を押し殺すように ワザとのんきな声を出す。
『やっぱりって、ゴールド、知ってたの?』
「・・・うん、だってシルバー、『声の調子がおかしい』って言って、こっちから・・・」
『ゴールドッ、それ以上言うなッ!!』
シルバーに怒鳴られ、クツクツと小さな笑い声を上げる、けれども、ゴールドは 目元が熱くてしょうがなかったらしい。


散々(さんざん)、他愛(たあい)もない話で盛り上がった後、話の流れでクリスがフスベへやって来ることになっていた。
笑ったせいか、辛かった(つらかった)せいか、ゴールドは目元をぎゅっと押さえると ホワイトの寝ている病室へと向かう。
相変わらず あまり生気の見られないホワイトは ぐっすりと眠っている所だった。
ガラスの扉を開けて ゆっくりと歩み寄ると ゴールドはホワイトの耳の付け根を指先でなでた。
いつも、なでると喜んでくれる場所だ。
「・・・・・・ごめんね、僕にもっと知識があれば、もう少し早く治せると思うんだけど・・・
 も少ししたら、シルバーとクリスが来るから、そしたら お薬とか治し方とか、捜しに行くよ。」
返事の返ってこないホワイトへと向かって ゆっくりとした口調でゴールドは続けた。
「まだ、誰にも話してないんだけどね、僕、おっきくなったら、ポケモンのお医者さんになろうと思ってるんだ。
 でもね、ポケモンセンターにいるお医者さんじゃないよ、あっちこっちを、旅して廻る(まわる)の。
 そしたら、センターに行かれないポケモンでも、治してあげられるでしょ?
 ・・・・・・でも、秘密だよ、他の人には秘密。」
くちびるに人差し指をあてて「しーっ」というジェスチャーをとる。
風があたったのか、ホワイトの大きな耳が パタッと揺れ動いた。



「あっ、いたいたぁ〜、2人とも〜!!」
半日ほど経ち、日が空の1番高い所を通りすぎた時間に ゴールドは上空にシルバーとクリス、2人の姿を見つけた。
スピードのあるシルバーのクロバット『クロ』に引かれ、空の道を使って2人はフスベの大地に足をつける。
天使のような 白い1メートル前後のポケモンから降りると クリスは大きく伸びをして見せた。
「あ〜、なんだか そんなに経ってないのに すっごい久しぶりって気がするぅ・・・」
ゴールドとしてはそれどころではなかったのだが、とりあえず 笑ってごまかす。
それをみたクリスは 何かに気が付いたように話しかけてきた。
「ねぇ、ゴールド、一昨日(おととい)シルバーが
 自分のこと、『化け物』って言ってたんだけど、一体どういうことだか、分かる?」
一瞬、『?』という文字が頭の中をよぎったが すぐにどういうことか理解し、上空にいるシルバーに視線を向ける。
それに気が付いたのか、シルバーは ゴールドたちのすぐ近くに きれいに着地した。

「シルバー、まだクリスに話してなかったの? 『ふぇあ』じゃないよ?」
多分、クリスに言った『化け物』の意味は シルバーの持つ能力のことだろう、
そう思ってシルバーに 軽く言い放つ。
案の定、シルバーは分かりやすいリアクションをとって クリスの方へと体を向けた。
「・・・・・・分かったよ、言えばいいんだろ? 言えば。」

3分後、クリスが天地がひっくり返るほど驚いたのは 言うまでもないだろう。
そして・・・・・・・・・・・・・・・


8、わすれオヤジと『きせきのみ』




「・・・なんか隠してるだろ、ゴールド。」
シルバーに言われ、ゴールドは体を震わせた。
ホワイトの容態(ようだい)は 落ち付いてきたところで、他のポケモンたちをホルダーに収めているときだった。
5つ目のモンスターボールをセットし終わると ゴールドはシルバーの方へと向き直る。
「べ、べつにぃ?
 ホワイトが病気だから治しに行く方法を捜しにいこうなんて、そんなことがあるわけが・・・」
「あるんだろ。」


散々 シルバーに問いただされた後、ゴールドとシルバーはフスベの端から街の方までへと出発した。
「・・・ホントに原因不明なんだよ。
 おまけに、ホワイト自身、あまり見かけない子だから、ほとんど調べようがないし・・・
 クリスに言うと ジム戦蹴っても(けっても)来ちゃいそうだから 言わなかったんだけど・・・」
「だからって、クリスタルに黙っておくついでに おれにまで秘密で通すこともないだろうが。
 まぁ、確かに あの心配性が聞いたら、自分の目的そっちのけで「あたしも治す方法探す!」とか、言い出しそうだけど・・・」
「あー、言いそう!!」
少しだけ安心したのか、走りながらも ゴールドはケラケラと笑う。

――その頃――――――――――
「・・・・・・くしゅん! おかしいなぁ、風邪(かぜ)ひいた覚えはないんだけど・・・・・・
 あ、ワニクロー、『なみのり』!!」

話を戻すとしよう。
ゴールドとシルバーは フスベシティの中心地まで来ていた。
それほど 人の多くない街並みを ゴールドの黒い瞳が探っている。
「・・・本当に、知ってる人いるのかな?
 シルバーも 『その人』に関しては 噂(うわさ)を聞いただけなんでしょ?」
合わなくなってきたのか、靴のかかとを直しながら シルバーは銀色の瞳を向ける。
「んー・・・、相当ボケてるって、聞いたしな・・・
 でも、『きのみ』すら受けつけないくらい、重症なんだろう?
 だったら、『その人』が持ってるって噂の『きせきのみ』くらいしか、おれには・・・・・・」

「なんの話をしてるんだっけ?」
唐突(とうとつ)に背後から声をかけられ、ゴールドとシルバーは驚いて一斉にそちらの方へと向き直った。
見ると、ゴールドと同じくらいの背の高さの初老の男が おだやかな瞳で2人のことを 見つめている。
「え、なに、おじさん、だれ?」
「・・・え〜と、わしは・・・・・・誰だっけ?」
見事なまでのボケっぷりに シルバーが「こっちが訊(き)いているんだ」と 突っ込みをいれた。
ゴールドの黒い瞳に見つめられると 初老の男はポン、と手を叩いた。
「あぁ、そうだ、わし、わすれオヤジって呼ばれとる。」
その言葉に 明らかにシルバーが反応しているのが見えた。
聞く前に シルバーはその理由を言った。
「・・・ゴールド、このオヤジだ、『きせきのみ』を 持っているっていう噂の・・・・・・」
「えぇっ!?
 わすれオヤジさん、『きせきのみ』持ってるの? ねぇ!?」
「『きせきのみ』? ・・・・・・それ、なんだったかなぁ? すっかり忘れて・・・」
この完全なボケ老人にも ゴールドは果敢にもチャレンジする。
「お願い、思い出して!! 僕の友達が病気なの!!
 治療法がないらしいんだけど、何でも治せる『きせきのみ』なら、もしかしたら・・・・・・」
「あぁ、思い出した、ずっと前にウチに来た孫の・・・え〜と、なんだったかなぁ?
 ま、そいつが 変わった形の『きのみ』を 置いていったような・・・・・・のかなぁ?」
ゴールドの顔に たちまち太陽のような笑顔が浮かんだ。
一瞬、シルバーと視線を合わせると わすれオヤジの方へと顔を向ける。
「その『きせきのみ』、よければ、ゆずってもらえませんか!?」
「いいよん、ウチにあったような・・・気がするなぁ。
 ・・・・・・・・・で、ウチは どっちだっけ?」
さすがに この言葉にはゴールドとシルバーはずっこけた。


小1時間も必至になって・・・それも、ホワイト以外のポケモンを総動員して ようやく3人は わすれオヤジの家までたどり着くことが出来た。
もっとも、その頃にはゴールドもシルバーも、ポケモン達すら へとへとに疲れ果ててしまっていたのだが。
「あぁ、ここがわしのウチ・・・・・・だったのかなぁ?
 ま、いいや、探してくれてありがとう、それじゃ・・・・・・」
「ちょぉーっと待ったぁ!!」「ちょぉーっと待ったぁ!!」
『きせきのみ』のことをすっかり忘れて 家へと入ろうとしているわすれオヤジの肩を 2人は同時に掴んで(つかんで)引き寄せた。
「『きせきのみ』をくれるって、言ったでしょーが!!」
「あぁ、そうだった・・・・・・で、ウチのカギ、どこだったかなぁ?」
知らずに入ろうとしたのか、そのことにゴールドはがっくりと肩を落とした。
ここまで来ると、さすがのゴールドも疲れがたまってくる。
そんな様子を横目で見ながら シルバーはおもむろに 玄関先にある植木鉢をどかした。
中に 簡単な作りの銀色のカギが置かれている。
「・・・・・・さすが、『怪盗シルバー』・・・」

シルバーの入手したカギを使って 家の中へと入ると、中は強盗にでも入られたかのように ぐちゃぐちゃに散らかっていた。
たまに見る番組で 見るのも嫌になるような部屋が紹介されるが、この散らかりようは まさにそれである。
これには、2人ともため息をつくしかなかった。
ゴールドにいたっては その場にへたり込んでしまっている。
「・・・・・・片付ける?」
たましいの抜けたような声でしゃべったゴールドの言葉に 誰も賛成しなかった。
ここまで来るのに、すでに相当の精神力を使いきってしまっているのだ。
やがて、しぶしぶといった感じではあるが、ようやくディアが重い腰を上げたとき、遠くから地響きがしてきた。

「・・・なんだ?」
シルバーがそう反応して振りむいたのは、ずいぶん間が開いてからだった。
さすがのシルバーも、この老人には疲れてしまっているのか・・・ただ、今の状態では それは命取りとなりかねない。
相当大きな音が響いて 3人が振り向いた時には ドンファンの群れが すぐそこまで迫っているところだった。
「・・・・・・・・・え? ・・・う、あ、アクアッ、カイトッ!!」
普段は どれだけささいなことでも機敏に反応するゴールドがこの調子なのだから、ポケモン達はもっと反応に時間がかかる。
ドンファンは 何とか受けとめたつもりのアクアを押し出しながら、
カイトの『バブルこうせん』を機敏にかわし 真っ直ぐにゴールド達の方へと向かって突っ込んでくる。
「わしのウチ・・・」
わすれオヤジが絶望的な声を出す。 それでも、ドンファンは止まらない。
その場に座りこんだまま、眼にうっすらと涙を溜めて ゴールドは突っ込んでくるドンファンを見つめていた。

『・・・・・・っんにゃろぉーっ!!』

「へっ?」
一瞬の光と共に まるで見えないバネにでも弾かれたように すぐ前までせまってきていたドンファンが吹っ飛んだ。
何が起こったのか分からず、全員が呆然としているが、
やがて、気が付いたように転がっているドンファンを 総がかりでおとなしくさせる。
ドンファンが気絶して ようやく1段落ついた頃、ゴールドは背後の気配に気付いて 首を後ろへと向けた。
『まったく、世話が焼けるったらありゃしねーな、このご主人は!!』
「・・・・・・ホワイト!? センターで寝てなきゃだめじゃないか!!
 病気なんでしょ!?」
怒鳴り声で シルバーも気付いたようだ。
いくら叫んでも そんなことはまったくお構いなし、といった感じで ホワイトは体をくねらせる。
『ちょっと待て、だぁ〜れが 病気だって?
 ちょっとカゼ気味だったくらいで、大騒ぎしてさぁ、
 いつもより 調子いいくらいだぜ?』
「風邪(かぜ)!? でも、お医者さんが・・・・・・」
『あぁ、あれだったら、センターに連れてきてた なんか わけわかんねぇウイルスが
 オレにくっ付いたからって、大騒ぎしてたみたいだけど・・・・・・』
「・・・・・・・・・つまり、」
シルバーがいらだったように ひたいに手を当てる。
「今日、おれたちが 散々大騒ぎして『きせきのみ』を探していたのは、全くもって無駄だった、ということか?」
ホワイトの先の割れた 長いしっぽが揺れる。
『そういうことん(そういうことに)なるな、
 ま、ちょっと考え事してて ブルーん(ブルーに)なってたのは認めっけどさ!!』
「・・・・・・どうして『きせきのみ』が 必要だったんだっけ?」
ホワイトを除く全員が 深く深く深く深くふかあぁ〜〜く、ため息をつく。


「・・・まぁ、よかったよ、ホワイトがたいしたことなくって。
 ホワイトに間違えてくっ付いたっていうウイルスも、悪性のものじゃなかったみたいだし。」
ポケモンセンターに到着して、ゴールドはその日1日の疲れをフッ飛ばすように お〜おきく伸びをした。
「あぁ、『ポケルス』、だっけ?
 かえって、ポケモンには いい影響を与えてたらしいな、ホワイト、新しい技、覚えてるみたいだし・・・」
「『サイケこうせん』、でしょ?
 ま、とりあえず、風邪、治ったことには治ったみたいだから、明日にでも出発して・・・」

・・・・・・くちゅん!!

「・・・今のは、」
「誰の、くしゃみ?」
ゴールドとシルバーの先には 小さな鼻をこすっているディアの姿。
『・・・・・・やべ、オレのカゼ、移しちまったかな?』
ゴールドはまた、ため息をついた。
これで、出発できるはずの街に、また留まらなければならないのだ。

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