幕間劇、マウンテンロード
「ゴールド、この鈴、振ってみてくれない?」
ポケモンセンターを出ようとした矢先に ゴールドはクリスから声をかけられた。
ゴールドの背中には 荷物でふくらんだリュックが背負われている、これから、次の街へ行こうとしていたところなのだ。
クリスから手渡された『鈴』は、まるでガラス球のように 透明だった。
初めてクリスに出会ったときから ずっと彼女が首に付けていた物だ。
まぁ、『とうめいなスズ』といえば、もう1つキーワードとしてあるのだが・・・・・・
ゴールドはスズの方へと目を向けると、再びクリスの方へと視線を戻した。
「どうして?」
「・・・どうしてって・・・もしかしたら 別の人が振ったら、違う音がしたりするのかな〜・・・とか思って。」
複雑そうな顔で クリスは答える。
少し考えた後、クリスから『とうめいなスズ』を受け取り、ゴールドは振って見せた。
クリスが鳴らしたものとはちょっと違う、澄んだ綺麗(きれい)な音がする。
「・・・ありがと、その鈴、ゴールドにあげるよ。」
少しいじけたような表情で クリスはゴールドに言った。
ゴールドは一瞬、何を言われたのか分からず固まり、すぐに大げさなほどに 首を振った。
この『とうめいなスズ』が ただの鈴でないことを 知っているからだ。
「・・・・だめだよッ、そんなのっ!! だって、もともとこの鈴、クリスがもらった物なんでしょう?
それに大事な物だったら、クリスが持ってなきゃ!!」
「それが『大事な物』だって、いつ、誰が決めたってのよ?
別にいいじゃないの、殺人予告をもらったわけじゃないんだから・・・
あたしよりゴールドの方が ずっときれいな音を出せるんだから、それは ゴールドが持っててよ。」
ゴールドはクリスの表情と 手に持った『とうめいなスズ』を代わる代わる見比べた。
(・・・この『とうめいなスズ』は森のポケモンに会うための『鍵(かぎ)』、簡単に受け取るわけには行かない。
だけど、クリスの気持ちは・・・・・・・・・)
しばらく くちびるを噛みながら考え込むと、ゴールドはポケットの中に手を突っ込み、
以前、過去に行った時に持ち帰った、巨大なポケモンの羽根を取り出した。
それを押しつけるように クリスに渡す。
「だったら、これ、クリスが持っててよ。 そうすれば同じになるから。
空に虹を架ける、伝説のポケモンの羽だよ。」
そう言うとゴールドは クリスに反論されないうちに ポケモンセンターの中へと逃げ込んだ。
壁を背にして オーロラ色のリボンのついた『とうめいなスズ』を ポケットの中に滑りこませる。
「帰るのか、ワカバに?」
「うわっ、びっくりした!!
・・・シルバーか、うん、そうだよ、フスベからだと、マウンテンロードを下っていくのが1番だから。」
シルバーはそれを聞くと、自分の荷物を肩の前まで動かし、ゴールドに見せた。
それほど多くはないが、ゴールドと同じく 荷物が詰まっている。
「シルバーも帰るの?」
「そういうこと、家にいる 母さんの顔も見ときたいしさ。」
その後、一瞬だけ2人の間に沈黙が走る。
「・・・・・・・・・ってことは、」
「やっぱ、こうなるわけね。」
山間のでこぼこ道を トントンとリズムよく飛び降りながら ゴールドは苦笑いしてつぶやいた。
その後を、風のようにふわふわとシルバーが続き、クリスがもたもたと滑り降りる。
「なによ、あたしがいたら、邪魔だったってワケなの?」
「そうじゃなくて、1人で行こうと思ってたところに なんだかんだで予定が重なって、
結局3人で行くことになっちまったから、素直に喜べないだけ、だろ? ゴールド。」
シルバーが ゴールドの気持ちを代弁する。
それに同意しながら ゴールドはたくましくも 岩の間から飛び出ている木についている『きのみ』をもぎとった。
「でも、けわしすぎなんじゃないの、このマウンテンロードって・・・
ゴールド、シルバー、こんな道選んで 本当に大丈夫なの!?」
なれない土地だったせいか、クリスが早くも音をあげる。
それに応じて 2人が足を止めると、慌てたように彼女は 歩く(走る)スピードを上げた。
「僕は1年前まで、シルバーは3年くらい前まで、ずっとこの道を使ってたからね、慣れてるんだ。
もう少ししたら よく遊んでた場所まで出るよ。
そこで 少し休もっか?」
「・・・あたしだったら、全然 大丈夫だけど?」
ふてくされたように クリスが口を開く。
息を切らしていて、どう見ても、疲れきっているようにしか見えないのだが。
「おれは 休憩に賛成。 よく遊んでた、って、あの高台の所だろ?
結構気に入ってるからな、あそこ。」
結局、2対1で クリスは2人に従うしかないわけで・・・・・・
「・・・うわぁ、すごいッ!!!」
ゴールドとシルバーに手伝ってもらって ようやく『休憩場所』までたどり着いたクリスは 感嘆の声を上げた。
そこは、高層ビルを追い越しそうなほどの巨大な木の上、太い幹は 子供3人座ってもまだ ゆったりとしたスペースが残っている。
その木の北から冷たい風が吹き、南からきた暖かい風とぶつかって強風を生み出しているのが 唯一の難点か。
「懐かしいね、結構ここで遊んでた痕跡(こんせき)、残ってるんだ。
ほら、前に隠してたビー玉、まだ残ってる。」
クリスと一緒になって 淡い緑色の街を見下ろしているシルバーにゴールドは声を掛けた。
その手のひらには 泥で汚れたラムネのおまけのビー玉が転がっている。
懐かしんで微笑んだシルバーを見て クリスがなんとも言えない顔をしている。
「・・・・・・シルバー、あんたでも笑うことがあんのね・・・」
「おれのことを なんだと思ってるんだよ、クリスタル・・・・・・」
しばらくその場で遊び続けた後、不意にクリスが下を覗きこみ、悲鳴を上げた。
「・・・ちょ、ちょちょちょ、ちょっと!! ゴ・・・ッド!! シルバー!!
下!! 下見て下!!」
クリスのあまりにも慌てた様子に ゴールドとシルバーは慌てて木の下をのぞき込む。
高い木のはるか下には どう見たって獰猛(どうもう)そうなリングマが うろうろしている。
それを見るとゴールドとシルバーは互いの顔を見合わせた。
「あれ、お迎え(おむかえ)か?」
「そうだと思うよ、見たことはないけど。」
冷静に話を続けるゴールドとシルバーに クリスはくってかかる。
「・・・お迎えって、あたし11の若さで死にたくないわよ!!
仮にもトレーナーよ、とにかく、みんなで戦えば・・・・・・・!!」
ゴールドはそれを聞くと クスクスと笑った。
シルバーに 何か合図すると、掴みやすい木の枝を選んで 2人を置いてするすると木を降りていく。
5メートルくらいの高さの 太短い枝の上に立つと なんの警戒心もなしに ゴールドは一気に飛び降りる。
悲鳴を上げそうに鳴っているクリスを シルバーが掴んで止めた。
「どうして止めるの、シルバー!?
ゴールドが死んじゃ・・・・・・、あれ、リングマが・・・ゴールドを・・・受けとめた?」
シルバーは軽く息をつくと クリスに向かって優しい視線を向けた。
「あれ、ゴールドの家のポケモンだよ。
この辺まで来ると、『獰猛(どうもう)な』リングマは もういないんだ。
あいつの家のポケモンが きっちり指導するからな。」
開いた口のふさがらないクリスに ゴールドがいつもの笑顔を向ける。
ゴールドとシルバーを代わる代わる見比べるクリスに シルバーは『早く行け』と 視線でうながした。
ワカバタウンで 風が待っている。
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