7、風の岬の・・・




いつかは、ここに来なくちゃいけなかったんだ。
はっきりいって、ものすごく行きづらいんだけど、仕方ない。


ウツギ博士は おれを見るなり眉を上げた。
「こんにちは、お久しぶりです、ウツギ博士。」
怒鳴られるのは 覚悟の上だ。 だから、ポケモン達は全部、モンスターボールの中にしまって入った。
まぁ、怒鳴られはしなかったけど。
ウツギ博士は おれの顔を見て優しく笑って、「久しぶりだね、シルバー君。」そう言ったんだ。

おれはシルバー。 シルバー・ウインドケープ。
ゴールドの幼なじみで親友、手のひらで肌に触ると考えが読めるって、妙な能力持ち。
2年前から『怪盗シルバー』として活動していて、今日は、その最後の仕事をしに来た。


「ゴールドから話は聞きました。
 それで、今日はヒノアラシのデータ、それに・・・フレイム・・・ヒノアラシの進化系、バクフーンを返しに来ました。」
そう言って、手近にあった机の上に おれのポケモン図鑑と大学ノート3冊・・・約半年の間に おれが集めたものを乗せ、
その上に フレイムのボールを置いた。
成り行き(なりゆき)で一緒に旅立つことになった 血の繋がって(つながって)いない おれの兄弟。
だけど、元々は盗んだもの、返すのが、道理っていうものだ。


「失礼します。」
簡潔に言い終えて、逃げるように研究室を後にする。
これ以上、あの空間にいたら おれは自分の正気をたもっていられるかどうか、自信がない。
研究所を出たら、一気に走り出す。
自分の胸の中にある感情が爆発しそうになって ひたすら走りつづける。
おれらしくもなく、つまずいてすっ転ぶと、眼からボタボタと 大粒の涙がこぼれてくるのが分かった。

・・・・・・本当に、おれらしくもない。

いつから こんなに弱くなったのだろう?
あの大きな木の下で ピーピー泣き虫ゴールドと出会ってから7年間、1度だって泣いたことなんて無かったのに。
「・・・・・・・・・・・・ふっ・・・・・・・ふぅ・・・・・・・・」
どうしようもなく 体が熱い。
喉(のど)の奥が、ワイヤーで絞め付けられるようだ。
つらい、誰かに助けて欲しい、だけど、おれは 誰にも頼っちゃいけないんだ、
おれが『怪盗シルバー』になると決めたとき、そう、決めたんだから・・・・・・
そうだ、あの大きな木の下に行こう。
もしかしたら この歴史に残るかもしれないような少年の、始まりの地だったかもしれない、あの木の下へ・・・
あの 頼りない少年と初めて会った、木の下へ・・・





若葉色に包まれた景色は、木が大きくなっていること以外、何も変わっちゃいなかった。
・・・・・・違うな、この町はいつも動き続けている、いつも、同じじゃないんだ。
変わり続けることが変わらない、そのせいだろうか、あの泣き虫が あそこまで強くなったのは・・・?
・・・おれが、弱くなったのも? ・・・・・・・・・それは 違うな。

「・・・・・・何で、泣いてるんだい?」
後ろから声をかけられて、条件反射で戦闘態勢にはいる。
しかし、すぐに肩の力が抜けた。 そこにいたのは、フレイムだった。
「シルバー君に 涙は似合わないよ、ホラ、笑ってくれよ、シルバー君?」
・・・・・・フレイムが、しゃべった?
慌てて涙を拭いて(ふいて)もう一度フレイムの方を見つめる。
微妙に首をかしげるその仕草(しぐさ)、間違いなく、おれの・・・じゃないけど、フレイムだ。
「・・・フレイム?」
「そう、シルバー君、君のフレイムだよ。
 大事なパートナーなんだろう? 簡単に他人に渡したりしたらダメじゃないか!!」
あまりに唐突なことで、おれは言葉を失った。
フレイムの大きな背中の後ろから、ウツギ博士が顔を覗かせたんだ。

「・・・・・・ウツギ博士・・・だって、元々、盗んだポケモンですから・・・」
「『ポケモンは物じゃない』、君が言ったことだろう?
 だったら、それを自分で実行しなきゃ!! 『最強のポケモンにする』んだろう?」
ウツギ博士の メガネの奥の瞳が優しかった。
ほとんど覚えていないけど、もし、父親というものがいたら、こんな感じなんだろうか?
博士は いつのまにかフレイムを横に従えていたおれの側まで小走りに走り寄ると、赤い表紙の図鑑を おれに手渡した。
「それに、これは『ポケモン図鑑』だろう!?
 オーキド博士は、可能性のあるトレーナーを見抜くことで有名なんだ!!
 その図鑑を簡単に手放したりしちゃ、だめじゃないか!!」
興奮した瞳で 博士は続ける。
今度は 腕の間にはさんでいた大学ノートを パラパラとめくり始めた。
「そうそう、あと、読ませてもらったよ、シルバー君のポケモン観察レポート!!
 ここまで細かい記録をつけられるなんて、すごいじゃないか!!
 ヒノアラシに限らず、このイーブイの『ブラック』や、ズバットの『クロ』って、君のポケモン達だろう?
 これ、このまま学会に発表しても 充分通用するよ!!」
・・・・・・べた誉め。
はっきり言って、聞いているこっちが恥ずかしくなる。

「・・・そこまで、すごいものじゃないです。
 昔から この不思議な能力を持つ生物達に興味があって、記録をつけていたんですよ。
 そのノートも、旅の間に付けていた記録を そのまま出しただけって手抜きっすから・・・・・・」
太陽の光で 急に体が暖かくなって、思いきり伸びをする。
その後に見たウツギ博士の瞳からは 興奮の色が抜けていなかった。
「旅の間・・・ってことは、それまでにつけた記録とかが、もっとあるってことかい?」
「・・・え、・・・あ、はい。」
極端に おれらしくもない返事。
ポケモンの記録なら、ワカバにいた頃にゴールドの家でつけたやつが、おれの家に山ほど残っている。

「今度、見せてくれないかな?
 これだけ細かい記録が・・・それも、僕達研究者が知りたいことが はっきりと書いてある記録、なかなかないよ!!
 シルバー君、研究者に向いているんじゃないかい?」
半日前には 思いもしない言葉だった。
ここまで嬉しそうな顔で おれに話しかけてきた大人って、ゴールドの母さん以外、見たことがない。
まぁ、期待を寄せられるのは 嫌な気分じゃない。
おれは了解すると、フレイムを引き連れて、歩き出した。



「それじゃ、夕飯の買い物でもして帰るか、フレイム?
 家で、母さんに 飯(めし)作らなくちゃならねーもんな!!」
フレイムは とんでもなく嬉しそうにうなずいた。
ゴールドでなくても、フレイムが喜んでいることくらいは 分かる。
良い材料をそろえて家へと続く長い海岸線を歩き続けていると、夏の間以外は閉まっている無人の海の家の前で 真っ白なポケモンが叫んでいた。
あいつは、ゴールドのポケモンの、ホワイトだな。
結構おっちょこちょいな所があるから、ゴールドとはぐれちまったかな?

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