<各話の1番最初に飛べます>
11、ラスト・バトル 12、Little little giri 13、強きポケモンたち 14、MIRACLE BOY 15、閉会式



11、ラスト・バトル




バタバタとした足音が 枯草(かれくさ)の上へと響いていた。
乾いた空気の上を走るのは、薬品などのシミで薄汚れた白衣を着た 研究者達。
「まったく! 自分の研究に熱中しすぎとですよ、ウツギ博士!!!
 自分ば町の子供さ出場しとるんでしょう!?」
後ろを走るウツギ博士の手を引きながら走っているのは、体格のいい 不精(ぶしょう)ひげを生やした 別の研究者。
「すみません、わざわざ待たせてしまって・・・
 本当に急がないと、始まってしまいますよ、ゴールド君とクリスちゃんの試合!!」
ウツギ博士は走るスピードを上げ、息を切らしたのか、空をあおいだ。
「・・・・・・雨が、降ってきそうですね・・・」


ゴールドは 静かな、狭い控え室の中で沈黙を守っていた。
決勝のために用意された部屋だけあり、それなりに広さはあるのだが、
ゴールドがポケモンをカイト以外、全員出してしまったので キュウキュウに狭くなっているのだ。

しん、とした静けさの中に、ゴールドの澄んだ声だけが響く。
「みんな、聞いてほしいんだ。
 この試合が終わったら、僕は 旅を止めようと思ってる。」
聞かずとも分かっていたのか、軽く息つく音だけが 聞こえてくる。
ピカチュウのディアが、ゴールドのひざに寄りかかると エーフィのホワイトが 宝石のような瞳をゴールドへと向けた。
「だから、泣いても笑っても、今日の試合が終わったらしばらく、バトルとか、ポケモンのゲットとか、そういうことが出来なくなると思う。
 1人で決めて、ごめん。 試合が終わったら、これからのこと、ゆっくり考える予定だから・・・
 僕たちにとっては、今日が1つの節目(ふしめ)なんだ。
 だから、だからね、この試合、絶対に悔いを残したくないんだ、もう少し、今日の試合が終わるまで、ついてきてくれるかな?」
ポケモンたちは一斉にうなずいた。
自信に満ちた、力強い笑い方で ゴールドをはげますように。



『さぁ、始まりました!!
 注目の決勝戦、今回のカード、対戦する2人は なんと2人ともワカバタウン出身!!
 『四天王に挑戦!』で 見事な戦いっぷりを見せてくれた ゴールド選手!!
 そして、ポケモンリーグ決勝では初めての!! 女の子トレーナー、クリスタル選手です!!!』

ゴールドは 薄暗い廊下から しっかりした足取りで歩き出した。
心は自信に満ち、真っ直ぐに前を見据えている。
「それでは 位置に・・・・・・?」
審判の言葉を無視して、ゴールドはモンスターボールを床に転がした。
クリスも同じ事をやって、ゴールドが5つ、クリスも5つ、合計で10個のモンスターボールが 地面の上に並べられる。
「出て来い!!」
「出て来なさい!!」
2人は、同時に叫ぶ。 それと同時に 一斉に破裂音と共にモンスターボールが開く。
ヌオー、ピカチュウ、エーフィ、ピジョット、メガニウム、
トゲチック、ハクリュー、ニューラ、デンリュウ、オーダイル。
ゴールドサイドに5匹、クリスサイドに5匹、合計10匹のポケモンたちが並ぶ。
「今日は絶対に負けないよ、クリス!!」
「あら奇遇(きぐう)。 あたしも、今日はそのつもりで来たの。」
2人は笑った。 それは、それは楽しそうに。

歓声が 一層大きなものになった。
ゴールドとクリスが フィールドの真ん中へと歩き、1メートルと離れていない所で向かい合う。
それぞれ、右手に1つずつのモンスターボールを構え、全く同じタイミングで空に放つ。
2つのモンスターボールが 空中でぶつかり、音を鳴らした。


激しい水流がゴールドの背後に打ち立ち、一瞬で5メートル近い滝が出来あがり、そして消える。
ゴールドのポケモンの中で『この技』を使えるのは、必要なのは1人だけ。
「僕の1匹目、マンタインの、カイト。」
クリスは笑いを絶やすことなく、1歩ずつ後ろへとさがっていく。
彼女の足元にボールが落ちると(まだ開いていなかったのだ) 巨大な赤い壁がゴールドの前に現れ、クリスの姿が消えた。
「あたしの1匹目は、ギャラドスの、グレンよ。
 行きなさい、『ハイドロポンプ』!!!」
はるか上のギャラドス、グレンの頭の上でクリスが叫ぶと、グレンは激しい水の固まりをカイトへと向かって吐き出した。
それは、カイトの大きな翼に当たり、カイトは一瞬、バランスを失って空の中をふらつく。
「『こごえるかぜ』ッ!!」
カイトは体勢を立て直し、自分を睨んでいる名前と同じ赤い色をしたギャラドスを睨みつけると、一気に急降下する。
その翼の先から あらゆるものを凍りつかせる風を放つと、再び浮かび上がった。
狙ったのは、グレンと地面との接点。
「・・・・・・グレン、『あばれる』!!!」
クリスは まるで滑り台のようにギャラドスの背中を伝って降り、2番目の指示を出した。
直後、それまでカイトのことを睨みつけているだけだったグレンが 全く見境(みさかい)をなくしたように暴れ出す。
「わ、わ、大変ッ!
 カイトッ、戻って!! 交代するよ、『そらをとぶ』!!!」
ゴールドが命令すると、まるで手品でも見ていをかのように カイトの姿は一瞬にして消え去る。
代わりに飛び出したピーたろうが グレンの尾ひれを受けると、ゴールドたちは見境なく暴れ回る強暴な龍を睨んだ。
「ピーたろう、『そらをとぶ』!!!」
迫りくる巨大な赤い尾を飛び去ってかわすと、ピーたろうは そのまま高く空へ上昇し始めた。
クリスはそれを睨むと 大きな振りで右手を前に突き出す。
「戻りなさい、グレン!! モコモコに交代よ!!!」
「・・・・・・なっ!?」
ゴールドがやったのと同じようにポケモンを交代され、ピーたろうの攻撃はモコモコにヒットする。
しかし、途中までゴールドが育てていたモコモコだ。 ピーたろうの攻撃がどこまで効くのか効かないのか、そのくらいは分かっている。
「『かみなりパンチ』!!!」
ピリピリとした空気が ゴールドの所まで伝わってくる。
『かみなりパンチ』がピーたろうに当たったのだ、すぐに戦闘不能・・・とまではいかなくても、相当のダメージが溜まっている。
「・・・・・・・っ!!
 ピーたろう『でんこうせっか』!!」
「『フラッシュ』!!」
「・・・・・・・・・・・・え?」
カメラのフラッシュのような光が瞬き、ゴールドは目を眩ませた。
何の前触れもなしに デンリュウの『フラッシュ』を浴びれば 誰でも普通、そうなる。
ゴールドも観客も、ピーたろうでさえ、例外ではなかった。

(・・・・・・どうする、いったんアクアと交代させるか・・・いや・・・)

「ピーたろう、『みやぶる』を使え!!」
ゴールドは見えなくなっている目を押さえながら叫ぶ。
その耳に クリスの混乱したような声が聞こえたような気もしたが、気にせずにステップを次へと進める。
「交代、アクア!!」
ボールが体に当たって落ちて行く感触。 そのすぐ後には何かが走り出して行く音。
ゴールドの視界が ようやく開けてきた頃、何かを打ちつけるような音とともに、ゴールドの足元に何かが転がってきた。
見えるようになった瞳に映すと、それは、他でもない、たった今出した、アクアだ。
「・・・・・・『ハイドロポンプ』。
 あたしが、そのくらいのハッタリ、気付かないとでも思った?」
ゴールドが顔を上げると、クリスがオーダイルを横に従えて たった今 技を出し終わったところだった。
その冷静な判断に、それに落ち着き払った物腰に ゴールドは背筋が寒くなるのを感じた。

「・・・いや、楽しいよ、クリス。
 今までにも何十回とバトルはやってきたけど、これだけ楽しいって思ったのは、今日が初めてだよ。」


12、Little little giri




「ミドリ、出番だよ!!!」
フィールドの真ん中に走ったミドリは 天をあおいで大きな声で鳴いた。
ゴールドとおそろいの金色の瞳で オーダイルのワニクローを見つめると、戦闘態勢にはいる。
「メガニウムとオーダイル、博士にもらったポケモン同士で戦いたいってワケ?」



ゴールドは軽く笑うと、自分も戦闘態勢に入った。
「ミドリ、『はっぱカッター』!!」
宝石のように光る 緑色の刃が次から次へとワニクローの方へと、そして、クリスの方角へと襲いかかる。
次の瞬間、クリスはモンスターボールを構えていた。 青色と白色のモンスターボール。
「戻りなさい、ワニクロー!!!
 次の出番は あんたよ、オズ!!!」
クリスはテンポよく出しているポケモンを切りかえる。
まだ11匹のポケモンが残っている、どうやら、博士のポケモン同士の勝負はおあずけ、もしくは避けたいらしい。
「ミドリ、『のしかかり』!!」
「『だいもんじ』を使いなさい、オズ!!」
クリスのこの指示には さすがのゴールドも驚きを隠せない。
確かに、ハクリューが『だいもんじ』を覚えることは出来る、
しかし、まさかクリスが技マシンを使って その技を覚えさせているなど、思いもよらなかったのだ。

(・・・・・・んっ、あのポケモンは、確かハクリュー・・・
 ミニリュウの進化系だったな、だとしたら・・・)

「交代だよ、ミドリ!!!」
ゴールドはミドリをボールへと戻した。
ただし、今までとは違い、後ろで控えているポケモンたちが前へ飛び出てくることはない。
控えのポケモンは ゴールドの手の中にいたのだ、そう、最初に出てきた、マンタインの カイト。
「オズ、『だいもんじ』!!」
自分向けて発射された炎を逆利用し、発生した上昇気流を使ってカイトは空へと飛びあがる。
クリスが あせった顔で空を見上げているのが視界に入った。
「カイト、『こごえるかぜ』!!」
「防ぐのよオズ!! 『だいもんじ』!!」
再び、カイトへと向けて熱気が発射される。
普通なら炎タイプの『だいもんじ』の方が有利なはずである、
しかし、この場面になって 3ヶ月の差が見えた。 クリスとゴールドのポケモントレーナーとしての経験の差、
それに、カイトとオズの 出会った時期の差が。
マンタインは翼を上手く使ってふわりと炎をかわすと、炎の間を潜り抜けて オズの懐(ふところ)まで滑り込む。
そして、至近距離で『こごえるかぜ』を打ち出したのだ。
冷気に弱いドラゴンタイプのハクリューとしては、これは耐えられたものではない。


「・・・・・・これで、やっと1ポイントか。
 ラクじゃないね、やっぱり・・・・・・・・・」
ゴールドが軽くため息をつくと、クリスは強気な笑顔を見せた。
2人とも、ようやくペースを見つけ出したらしい、1匹ずつ倒れた、今になって。
「当たり前よ、このクリスちゃん、ラクに倒せるほどヤワにきたえてないからね!!!」
クリスは後ろに向けて 軽く指で合図する。
モンスターボールに戻らず、外に出て待機しているのはお互いに2匹ずつだ。
ゴールドのディアと、ホワイト。 それに、クリスのトゲチックのトゲリン、ニューラのみぞれ。
そのうちの1人、みぞれが、指の合図に合わせて くねくねとした動きで前に歩き出した。
「モコモコが出ると思った?
 こっちの5匹目は、ニューラのみぞれちゃんよ、技、知らないでしょ?」
ゴールドはとりあえず笑っていた。
見事なまでに図星なのだ。 みぞれが戦っているところを見たことがないわけではないのだが、全ての技を知っているというわけではない。
まして、捕まえたこともないポケモンでは・・・

「・・・・・・交代してられないか、カイト、『なみのり』攻撃!!!」
「みぞれ、『れいとうパンチ』よ!!!」
先制攻撃、カイトは18番の水タイプ技を使い、みぞれを攻撃する。
みぞれはそれを受けとめ、冷気のこもったパンチを放つ、冷たい氷の粒が カイトの翼の端をかすめていった。
「『でんこうせっか』よ!!」
ゴールドが指示を送る前に クリスの声が響き渡る。
あせって口をぱくつかせるが、指示を出す上で それはあまりにも遅すぎる行動だ。
代わりに右手を 空へと向けて高くかざす。

『決まったァ!!? クリスちゃんのニューラ、『でんこうせっか』攻撃です!!
 ゴールド選手のマンタイン、これには耐えられなかった!!! ダウンです!!!』

実況の声が異様なほどゴールドには大きく聞こえていた。
ひたいから流れた汗をパーカーの袖でぬぐうと、ゴールドは地面の上で動かなくなっているカイトの背を そっと触り、ボールへと戻した。
「・・・アクアが早くにやられちゃったのが痛かったな・・・・・・」
誰にも聞こえないようにつぶやきながら、ゴールドはポケットの中を探る。
戦いの気配を察知(さっち)し、クリスの眉がつりあがった。
「ピーたろう!!! 『でんこうせっか』!!!」
「みぞれ、『でんこうせっか』!!」
2人同時に出した、『でんこうせっか』の指示。
相手にダメージを与えたのは ゴールドのピーたろうの方が先だった。
しかし、みぞれも確実に ピーたろうに対してダメージを与えている。
恐らくは、あと1発攻撃を与えれば倒れるだろうというほどに。 しかし、それは みぞれも同じこと。
「ピーたろう、もう1度『でんこうせっか』!!」


「交代よ、みぞれ!!!」
みぞれはモンスターボールに吸いこまれた。
代わりに 新しくボールから登場したポケモンが みぞれの受けるはずだったダメージを肩代わりする。
「覚えてるわよね? 元、ゴールドのポケモンのモコモコちゃん。
 前の仲間だったとはいえ、バトルだったら容赦しないんだからね!!」
その状況をゴールドの金色の眼が素早く追う。
このままでは、『かみなりパンチ』を受けてピーたろうが気絶するのは時間の問題だ。
「交代ッ、ピーたろう!!!」
意思が伝わったようで、ゴールドの声と同時にピーたろうはボールの中へと戻って行った。
ゴールドがそれを片手でキャッチし、自分の後ろにいるポケモンに対し、前に出るように目で合図をする。
「こっちはディア、ピカチュウのディアで行くよ!!
 エンジンかかってきたからね、僕もフルスピードでいくッ!!!」


13、強きポケモンたち




観客席からステージを眺めていたシルバーは息を呑んだ。
「・・・どうしたの?」
「いや、初めて見たから・・・・・・こんなに、激しいバトル・・・」
ブルーは軽くうなずくと、銀色の瞳をステージの上へと戻す。
「・・・・・・そうね、きっと、歴史に残るわよ、この決勝戦は・・・・・・」



「モコモコ、『かみなりパンチ』!!!」
「ディアッ!!! 受けとめて!!」
ディアはバトルフィールドに登ると、モコモコから放たれた『かみなりパンチ』を小さな体全部を使って受けとめた。
小さな体とはいえ、電気タイプだけあり、それほどのダメージはなさそうだ。

「・・・・・・・・っ、モコモコ、『いわくだき』攻撃!!!」
「ディア、先制するんだ!! 『たたきつける』!!!」
2人のトレーナーの指示が交錯する。
デンリュウが向けたこぶしを ディアは紙一重の所でかわし、ギザギザ型した尻尾を 眼一杯ひたいに打ちつけた。
それまでの戦いでダメージがたまっていたこともあり、モコモコは地面の上に打ちつけられる。


「トゲリン、行きなさい!!!」
ほとんど間髪を置かずに クリスは次のポケモンを繰り出してきた。
トゲチックはクリスの真後ろから飛び出してくるので 一瞬、彼女に羽根が生えたような錯覚を起こしてしまう。
しかし、その幻想もすぐに消え去った。
トゲリンが ディアに対して強烈な『すてみタックル』で攻撃してきたのだ。
慌ててゴールドは 弾きとされたピカチュウに視線を戻し、バトル状況を再確認する。
「ディア、てん・・・、『10まんボルト』!!!」
一瞬、ディアとゴールドの視線が合わさった。

体力が少なく、スピードなどでかく乱しなければバトルを続けられない まだ最終進化の済んでいないディアと違い、
ずっと戦いつづけてきたトゲリンには 1発『10まんボルト』をくらったくらいでは倒れないだけの体力もある。
だからこそ、相手を『こんらん』させるための『てんしのキッス』を放とうとしたのだが、
いつも、ディアはその指示を嫌がる。
初めてのバトルの時以来、ディアはずっとそうだったのだ。
しかし、今日だけは違った。

「・・・・・・ディア!?」
ディアは指示し直された『10まんボルト』の命令を無視した。
代わりに、『すてみタックル』を当てるために近づかなければならなかったトゲリンに飛びかかり、『てんしのキッス』を放ったのだ。
当然のことながら、トゲチックはこんらんして 動きがふらふらになってしまう。
「しっかりしなさい、トゲリン!!
 『すてみタックル』!!」
クリスの言葉は届いていなかった。
『こんらん』しきってしまっていたトゲリンは方向感覚を失い 地面に激突する。
「ディアッ、『10まんボルト』!!!」
ディアは小さな前足で自分のくちびるをぬぐった。
そして、地面の上を 今なおふらつくトゲチックを睨むと でんきぶくろをパチパチいわせ、強烈な電撃を放つ。
『10まんボルト』は完全に命中する。
しかし、トゲチックは倒れない、それどころか、攻撃を受けたショックでこちらの存在に気付いてしまったらしいのだ。
普段 温厚なトゲリンから発せられる殺気に ゴールドとディアは一瞬だけ 身を震わせる。

「トゲリン!!!」
トレーナーからの指示がないまま、トゲリンは突進してきた。
パニックを起こしたディアの尻尾を掴むと そのまま空中へと上昇し、自分の体もろとも 地面に叩きつける。
一瞬の閃光、そして衝撃で巻き起こった土煙の中から ディアは慌てて はい出してきた。
そして、呆然としたゴールドの姿を見つけると 少しだけ目元をゆるませて笑って、倒れる。
「ディアッ!!」
ゴールドは小さな黄色いポケモンへと駆け寄った。
軽い体を両腕で抱き上げると ディアはうっすらと眼を開ける。
「・・・・・・ぴぃう、ピピぴっか、チュゥ?」
ゴールドは視線を上げた。
まだ少しだけ残る 土煙の中ではクリスがトゲチックをボールへと戻しているところだ。
「大丈夫、トゲリンも倒れたみたいだよ。
 ・・・・・・・・・ありがとう。」
あの状況下で 甘えん坊で泣き虫のディアが精一杯の反撃をしていた、そのことにゴールドは驚いた。
そして、良い報告にとても嬉しそうに笑い、安心しきってすやすやと眠り出したディアの顔を見て、納得する。
その顔に ヒワダで出会った、彼女の母親の面影を見たからだ。
ゴールドはディアの右耳の後ろを軽く、くすぐると ディアをボールへと戻した。
いつもの場所に モンスターボールを戻すと、別のモンスターボールを握り、クリスの方へと向き直る。



『出して。』
かすかな声なんて聞き取れなくなりそうなほどの大歓声の中、声がはっきりと聞こえてきた。
ここまで、1度も出番のないホワイトのテレパシーだ。
「・・・・・・ホワイト?
 でも、もしみぞれちゃんが出てきちゃったら、どうする?」
『知らねー、そーゆーの考えるのは トレーナーの仕事だろ?
 オレはただ・・・・・・・・・』
ホワイトは言葉を切った。
すぐに対戦に入るわけでもないのでゴールドがそちらを振り向くと、エーフィの整った顔立ちからひしひしと殺気が感じられる。
それを見て ゴールドは納得した。

「ホワイト、出てもいいけど、条件つき。
 怒りに任せて戦わないこと。 好きなコが倒れちゃって 怒ってるのはわかるけどさ。」
『べ、別にスキってワケじゃねーよッ、ディアのことなんて・・・!!
 いーかげん、オレが活躍しねーと バトルがしまらないって思ってだなァ・・・!?』
「はいはい、分かったよ。 早く前に出てきてね。」
ゴールドは笑う。
指先で前に来るよう、うながすとクリスのポケモンの出てくる様子を観察することにした。


みぞれが出てくるかもとの予想だったが、それは外れていた。
クリスが出してきたのは 1番始めに飛び出して暴れまわった 赤いギャラドス、グレンだった。


14、MIRACLE BOY





―――――戦うことでしか、恩を返すことなんて できやしねぇ。


「・・・・・・?」
少しだけ、いつものエーフィのと感じの違う言葉が頭の中に響き、ゴールドは まばたきする。
タイムカプセルから出てきたホワイト、いつも大人ぶっていて 辛い時でも甘えようとしないホワイト。
ゴールドと出会った日が誕生日だと言ったホワイト。
いつも一緒なのに、ゴールドはあまり、彼のことを知らない。



「・・・・・・だけど、今は一緒だよね。
 言ったよね、『戦え』って・・・全力で、ぶつかっていこうって・・・!!」
ゴールドは目の前に広がる 真っ赤な壁を見上げ、こぶしを握り締めた。
1分近く、相手のギャラドスのグレン、それに、ホワイトも ほとんど動きがないのは お互いに間合いを測っているから。
相手が先に動き出したことも考慮に入れて、ゴールドは頭の中で作戦を練り続ける。
「・・・相手はギャラドス・・・レベルは恐らく48〜52、ホワイトとほぼ同じ、か。
 やっかいだな、向こうの技、まだ2つしか見てない・・・・・・」
ぶつぶつぶつぶつとゴールドが独り言を繰り返していると、不意にクリスは 空を見上げた。
それが引き金となり、戦いの火蓋が 切って落される。
「ホワイト、『サイコキネシス』!!!」
名前のまま、真っ白なポケモンが前へと飛び出して行くと、グレンは大きく体をくねらせた。
「グレン、『かみつく』攻撃!!」
クリスは走りだし、それほど大きくないホワイトが自分のポケモンの体で見えなくならないように立ち位置を変える。
そのことを ゴールドの金色の瞳が1つずつ、見つめていた。
なのに、一言も、声が出てこない。
意思を強く持とうとして 首を押さえ、息を呑みこむ。
ゴールドの肩は震えていた、こんなにも、戦いたいという、気持ちであふれているのに。


「ふぃうっ!!!」
ホワイトの叫び声で ゴールドは体を震わせた。
数メートル先では ホワイトがエスパーの技を使い、何とかギリギリの所でグレンの歯が自分に突き刺さるのを防いでいる。
小さく口の中で舌打ちすると、ゴールドは正面へと向かって走り出した。
「・・・・・・攻撃は、最大の・・・・・・!!
 ホワイトッ、そのまま『サイコキネシス』で攻撃するんだ!!!」
ゴールドの声で ホワイトは防御に回していた力を 一気にグレンへと向ける。
地を揺るがすような唸り声、ギャラドスの牙が ホワイトへと突き刺さる。
「・・・・・・・ッ・・・!!」
「ホワイト、ひるんじゃだめだ!! そのまま攻撃し続けて!!!」
バランスを崩しかけていたホワイトが しっかりと地を踏みしめ、グレンの喉を狙う。
ルビーのように光る 赤いひたいの飾りが輝くと、グレンは突然崩れ落ちた。
口の中を通して、喉の奥に『サイコキネシス』が命中したのだ。



「・・・・・・っし!! あと2人!!」
荒立った息を整えようともせず、ゴールドは次のポケモンを待つ。
まるで、この状況を予測していたかのように クリスは手早くポケモンを交代する。
「みぞれっ、行きなさい!!!」
赤い壁が消え去った後から 黒いポケモンがしなやかな動きを使い、一気にホワイトへと距離を詰めてくる。
それがニューラのみぞれだとわかる頃には すでにホワイトの体にいくつかの切り傷がつけられていた。
「ホワイト、『いあいぎり』!!!」
白く光る刃がみぞれを打つ。
しかし、ふらふらになりながらも、みぞれは倒れていなかった。
「『だましうち』よ!!!」
一瞬で姿を消したみぞれが ホワイトの背後から攻撃する。
ダメージの溜まりきっていた状態もあり、ホワイトは その攻撃に弾き飛ばされた。
それは 予想以上に強い攻撃だったらしく、ボロボロのホワイトはゴールドの指示のないまま、自分からモンスターボールへと戻って行く。

「ピーたろう、『でんこうせっか』!!」
ゴールドはホワイトのボールを拾い上げると 同時にピーたろう入りのモンスターボールを投げた。
連戦の疲れが残ったみぞれも、ホワイトと同じようにこの攻撃に耐えきれず、自ら緑色のモンスターボールへと戻る。



クリスはみぞれのモンスターボールを拾い上げると 息を整えた。
手首についているホルダーに緑色のボールを戻し、最後の1つ、赤白のよく使い込まれたモンスターボールを手にして、
真っ直ぐに空を見上げている。
さすがに ここまできて不意打ちもないだろうと思い、ゴールドは腕を降ろして自分も息を整える。
観客達がざわめき出した頃、クリスはモンスターボールを前へと突き出し、ゴールドの瞳を真っ直ぐに見つめて話し出した。
「あたしね、旅を始めた時からずっとゴールドの背中ばっかり見てきたの。
 旅を始めるきっかけになったのもゴールド、ロケット団にたどり着いたときに あたしの前にいたのもゴールド、
 そして、今日もそうだった、ゴールドはいつだって強くて、優しくて、何でも知ってて・・・・・・」
クリスの ボールを持った右手に力が入る。
ピーたろう1匹が戦闘態勢に入っているバトルフィールドの上に クリスはモンスターボールを落とした。
中から出て来たのは クリスのパートナー、オーダイルのワニクロー。
「だけど今日、あたしはあんたを超えて行く。」


「・・・・・・ピーたろう、『でんこうせっか』!!!」
ゴールドが指示を出すと、ピーたろうはスピードを生かしてワニクローへと攻撃を仕掛けた。
ワニクローはそれを体全体を使って受けとめる。
反撃が来ると思い、どうするかと身構えたが、ワニクローはピーたろうを突き放したまま、攻撃してくる様子がない。
「・・・・・・・・・?・・・」
ゴールドが目を瞬いた時、ほおに冷たいものが当たる。
それは、雨粒だった。
1粒1粒、パラパラと振ってくる小さな水の固まりは、少しずつ数を増して行く。
観客の何人かから 悲鳴があがった。
「『あまごい』っていう技よ。
 ポケモンの中の眠っている能力を使い、戦っている場所に雨を降らすわ。
 そして、雨が降っている間は 水タイプの技の威力が倍増される。」
ゴールドは眉をひそめた。
後に残っているのは、有利なはずの草タイプのミドリ。
普通なら、1撃で倒されることはないはずなのだが、雨が降って来た今の状況となると 話は違ってくる。
全て、読まれていたのだ。
「ピーたろう、『つばさでうつ』攻撃!!!」
「ワニクロー、『ハイドロポンプ』よ!!」
ピーたろうの大きな翼が相手を襲うのと同時に 巨大な水流がピーたろうを流し出す。
これまでの戦いでダメージも溜まっている、相手の攻撃も強い、ピーたろうは もう戦える状態ではなくなっていた。


「・・・・・・・・・ねぇ、もしかして分かってたの?
 最後の勝負が、こうなること・・・・・・」
ゴールドはピーたろうをボールへと戻す。
降りしきる雨が 段々と体力を奪っていくのが分かっていた。
それでも、ゴールドの表情は暖かく、そして、嬉しそうで。
「まさか、あたしの勝負なんて、いつだってがけっぷちよ、出たとこ勝負。」
「そっか。」
ゴールドはもう1度笑うと、最後に残ったモンスターボールを取り出した。
軽く、フィールドの上へと放ると、ミドリがゴールド、クリス、そしてワニクローを順々に見渡し、身構える。

「あと一発、『ハイドロポンプ』を受けちゃったら、ミドリは倒れる。
 ・・・かといって、こっちの攻撃を使って、1撃でワニクロー君を倒すことも 出来ない。
 この状況をひっくり返せたら、それは『奇跡』だよね。」
クリスとワニクローが身構える。
指示を出すため、ゴールドは右手を天へと掲げた。

(・・・・・・そうだね、『ミラクルガール』との戦いなんだ、こっちだって、奇跡を起こさなきゃ、勝てるわけがないんだ。
 だったら ミドリ、起こしてみようか、『奇跡』ってやつを・・・!!)

「ワニクロー、『ハイドロポンプ』!!!」
「ミドリ、『にほんばれ』!!!」
指示を出したのは クリスの方が一瞬先だった。
しかし、技が発動したのはミドリの方が先。
厚く覆って(おおって)いた雲は消え去り、真夏のような、強い日差しが2人の間に降り注ぐ。
その瞬間に ミドリに『ハイドロポンプ』が命中する。
だが、やや乾上がった(ひあがった)水流に ミドリが倒れることはなかった。

「『かいりき』よ、ワニクロー!!!」
「ミドリ、『ソーラービーム』ッ!!!」
それは、覚えていないはずの技だった。
しかし、ミドリはひたいの先から生えた 2本の長い触角に上空から照らされる光を収束し、一気に放つ。
その瞬間、オーダイルの太い腕が ミドリの首を直撃した。
ミドリはのどに衝撃を受け、『あまごい』の影響で現れていた 水たまりの上に倒れこむ。







「・・・・・・・・・・・・負け、た?」
会場は静まりかえっていた。
ぽつんと、一言だけつぶやいたゴールドの声が 地面の上を渡っていく。
「・・・引き分けよ。
 ワニクローももう、戦えない。」
クリスがそう言ってワニクローの体を軽く押す。
その瞬間、四つんばいになったまま 全く動かなかったオーダイルは つみきの支柱を取り除いたかのように 崩れ落ちた。
「気絶してるの。
 今まで姿勢を保っていたのは、単に激しい運動で筋肉が硬直していただけ。
 自分のポケモンだもの、一目見れば、体調くらい、すぐに分かるわ。」

クリスは肩を落すと、ゆっくりとした足取りでゴールドの元へと歩み寄る。
そっと、右手を差し出した彼女は 出会った時とは 全く違う顔つきをしていた。
強く、優しく、温かみにあふれた表情。
ゴールドがクリスタルが差し出した手を握った瞬間、静まりかえっていた会場が 一気に沸き立った。
そのせいで、2人が同時にボールに戻し、同時に言った「ありがとう」は、誰にも聞こえていない。


そう、ボールの中にいた、ミドリとワニクロー以外には。


15、閉会式




「お?」
「あ・・・」
「・・・・・・」

レッドとグリーンとブルー。
3人が決勝会場の廊下で鉢合わせしたのは ゴールドとクリスの試合が終わってから10分も経っていない時だった。
戦っていたポケモンが 同時に倒れてしまったので、決勝の結果がどうなったのかは誰にもわかっていない。
うんともすんとも言わないスピーカーに 観客達はどよめきたち、大声で話さないと聞こえないほどだった。
「やっぱり、レッドもグリーンも、同じ目的で来たの?」
「知らねぇ!!
 ただ、オレは事務室に行こうと思ってただけだ!!」
「ならば、同じだな。」
3人は顔を見合わせて同時にうなずく。
そして、3人それぞれ、バラバラに走り出した。


そのころ、ポケモンリーグの事務室は 大騒ぎとなっていた。
全ての試合に決着をつけるはずの決勝戦で 決着がつかなかったのだ。
ポケモンリーグ始まって以来の 引き分けという形での終結。
再戦しようにも、2人とも力を出し切ってしまい、同じような迫力のあるバトルなんて、そうそう出来るものではないだろう。
しかし、人間に時間を動かすことは出来ない。
決着のつかないまま、ポケモンリーグは表彰式を迎える時間になっていた。



『えー、えー、テステス・・・・・・
 会場にお集まりの皆様、この表彰式にまでご覧いただき、まことにありがとうございます。
 しかしですね、今年はその、肝心の決勝戦が、引き分けという形で終わってしまい、まことに申し訳ないのですが・・・・・・
 その、優勝者は・・・・・・・』

会場の人間たちから 怒りにも似た空気が発せられる。
その瞬間、ドンッ、という音が スピーカーから聞こえてきた。
『聞こえますかぁ―――――ッ!!!?』
司会者の話を断ち切り、うるさいほどの少年の声が スピーカーを通して聞こえてくる。
一瞬、会場の一部からどよめきが起こった。
『あー、確認しなくても自分で聞こえてんな、それじゃ、大丈夫か。
 オレは、ゴールドとクリスの試合を見てた、トレーナーのうちの1人!! ・・・違った、1人、です。
 途中からだったけど、2人の、小さなポケモントレーナーの成長を、少し遠くで、少し近くで、何度か見てきました。』
ゴールドの金色の瞳が バトル用に用意された巨大なスコアボードの上で話すトレーナーの姿を見つけていた。
横で呆然と演説を聞いているクリスのそでを引き、そのことを耳打ちして伝える。
『すごいバトルだって、何度も思っ・・・思いました。
 正直言って、少しだけ時間が経った今でも、まだ、興奮がおさまっていません。
 きっと、ポケモンリーグの後にも先にも、こんなバトル、見られっこねーんじゃねーかな?
 引き分けちまったし、ゴールドにはゴールドの、クリスにはクリスのやり方があるから、どっちが上かなんて、決着を着けることなんて出来やしねー。
 だけど、おまえら、最高のポケモントレーナーだよ、それは、オレが保証する!!
 だから―――――――――――――――』


会場の3方から、何かの破裂するような音が聞こえてきた。
同時に 赤色、黄色、水色の帯が 打ち上げ花火のように空へと昇っていく。
『―――受け取れッ!!!
 オレたちからの、優勝祝いだ!!!』
黄色い帯と赤い帯が火花を散らし、空1面に花畑を作っていく。
一瞬で消えたそれをゴールドが呆然と見上げていると 今度は不意にほおが温かくなった。
会場の一角、もしくは向こう側から オレンジ色の炎が舞いあがっているのだ。
慌てて辺りを見まわす、すると、反対側からは巨大な水飛沫(みずしぶき)が、全く別の方向からは虹色の光線が空へと向かって撃ち出されていた。
それらが消え去り、ゴールドが呆然と空を見上げていた時、一瞬だけ、ガラスのように輝くものが瞳に映った。
どうしてそんなものが空の上にあったのかも分からないうちに ゴールドの鼻先に上空から舞い降りた 灰色の冷たい物体が乗っかる。

「・・・・・・冷た・・・!!」
ゴールドは慌てて 鼻先に乗ったものを払い落とそうとした。
しかし、払ったはずの『何か』は 地面に落ちても、まして、ゴールドの手のひらにも付いていない。
代わりに ほんのちょっとの水滴が手のひらに残っているだけだ。
ふわりふわりと落下して来たそれは、今度はゴールドの手の甲へと着地する。
白く、ぼんやりとした形の小さな物体は 金色の瞳が見つめるなか、あっというまに溶けて、小さな水滴となった。
「・・・もしかして、雪?」
ゴールドは空を見上げる。
灰色の小さな綿屑(わたくず)のようなものは 次から次へ、地面へと降り注いでは消えていった。
「わぁっ・・・・・・・・・」
ゴールドは思わず声を上げた。
年中暖かいワカバタウンでは ゴールドが生まれてから1度も雪が降らず、雪が降ってくるところを見るのは これが初めてだったからだ。



「――――――そうだ、2人とも優勝にすればいいんだ。」
観客の1人から声が上がった。
小さな声だったが、その言葉を合図に観客達の間にざわめきが広がっていく。
「あんなに素晴らしいバトル、2度と見られるものじゃないわ!!」
「2人とも、相当の実力がなけりゃ、あんなに迫力のバトルなんて、見られっこない!!」

『あ、あの・・・・・・・・・会場の皆様・・・?』

「・・・しょう、優勝!! 優勝!!」
1人が叫び出すと、感染していくように別の誰かが叫び出す。
「優勝!! 優勝!! 優勝!!」
1人の声は別の2人へ、2人の声は別の4人へ、4人の声は別の8人へ、次々と伝わっていく。

『優勝!! 優勝!! 優勝!! 優勝!! 優勝!! 優勝!! 優勝!!』

会場の人間たちの優勝コールは 耳が張り裂けそうなほど大きなものへとなっていた。
こうなっては、1部の人間たちだけがどうこうして、止められるものではない。
ゴールドとクリスは 顔を見合わせると笑い出した。
おかしくて、それに嬉しくて。
やがて、ゴールドたちも優勝コールへと混じって叫び出す。


『わ、わ、わかりました!!?
 今回、ポケモンリーグの決勝は引き分けとなってしまいました。
 よって、本年度の優勝者は2人、ワカバタウンのゴールド選手とクリス選手とします!!!』

地を揺るがすほどの歓声が響き渡った。
白銀色のジャンパーを着たスタッフが 手早く表彰台を用意し、お偉い人間が会場入りする。
「・・・・・・まぁ、優勝トロフィーの取っ手は 2つありますしね。
 たまにはこんなことがあっても、良しとしましょうか?」
会長と呼ばれる人物が、苦笑いしながら2人にトロフィーを渡す。
ゴールドがそれを持ち、続いて渡された優勝旗を クリスが受け取ると、会場はまたしても 大きな歓声に包まれた。










「お疲れ。」
ほてったひたいに手を当てながら会場の出口から出て来たゴールドに シルバーは声を掛けた。
途端、ゴールドの表情が明るくなり、声のした方へと顔を向ける。
そう離れていないところにいたシルバーの背中の上では クリスが寝息を立てていた。
ゴールドが目を丸くすると、背中にいるクリスをあごで指し、シルバーは優しく笑う。
「控え室の中で寝ちまった。」
「・・・そっか。」

ゴールドはゆっくりとした歩調で歩き出す。
雪の降り積もり始めた大地にシルバーが足を取られないように、すぐ後ろで起きていた奇跡を 忘れないように。
「優勝トロフィー、新しいのが出来るのは1週間後だってさ。
 クリスの控え室を何度ノックしても返事がないからって、スタッフの人、僕に受け取らせてた。」
ゴールドは 腕に抱いた金色に輝くトロフィーを 誇らしげにシルバーに見せる。
「宅配便で届くって言ってたから、その時が楽しみだなぁ。
 あ、これ、クリスの分ね。」
「・・・・・・当の本人は控え室でグースカ寝てたってのに、わざわざトロフィー獲得の権利、蹴ったのか!?」
ゴールドは振り向くと、笑った。
「だって、僕は今、起きてるから。
 クリスの目が覚めても、夢じゃなかったって、分かるように。
 起きた時にもう1回、嬉しい気持ちになれるように。」


夕陽がゴールドの顔を照らす。
それは、優しくて、どこか哀しげで、ゴールドの大きさを示すかのような表情。
「シルバー、クリスのこと、離しちゃダメだよ。」
シルバーは反論しようと口を動かしたが、ゴールドの笑顔に止められた。
ずり落ちかけてきたクリスを背負いなおすと、少しだけうつむいて また、歩き出す。
ゴールドはまた、笑った。

「帰ろうか、僕たちの町へ!!」

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