5歩目:ニビシティにて【一歩前進】


 ボールからイワークが飛び出す。

「……デカッ」

 ボソリ、ヴォレットが呟く。
 イワークの平均体長は2.2メートルだが、 
 今目の前にいるものはゆうに3メートルを越えている。
 それにけおされないように、ヴォレットは声を張り上げた。

「行けっ、ヒトカゲ!」  

 ボールから出たヒトカゲも、イワークを見て少し固まった。
 やはり、その大きさに驚いたのだろう。
 けれど、怖じ気づいてはいないようだ。
 尻尾を大きく振り、低く構えている。
 それを感じたヴォレットは、自分に気合いを入れるため、両頬を叩いた。
 
「よし!ヒトカゲ、ひとまず火の粉!」

 声を張り上げ、指示を出した。

「そんなものが効くと思うな!」

 降りかかる火の粉をものともせず、イワークは迫ってくる。
 素早いが、動きが大振りなので避けきれないこともない。
 苦もなく避けると、イワークはそのスピードを落とさず、地中深く潜っていった。

「ヤベッ」

 地上からイワークの位置を知る術はない。
 ヴォレットが普段使わない脳ミソをフル活動させていると、
 イワークがヒトカゲの真後ろに姿を現す。
 
「いつもの行くぞ!」 

 タケシの声に反応するように、イワークは大きく口を開けた。
 そしてそのまま、ヒトカゲに突っ込んで行く。
 後ろを取られたヒトカゲは反応が少し遅れ、体丸ごとイワークの口の中にすっぽりと収まった。
 まるで、イワークにヒトカゲが食べられたようだ。

「なっ!ななななななっっ!?く、くわ……っ!ヒヒ、ヒトカゲ!」

 ヴォレットは頭を抱え、目の前の光景を理解しようとしていた。
 その間、イワークは顔をしかめながら頭を振ってヒトカゲを吐き出した。
 ヒトカゲは地面に墜落する。
 頭を振った時の遠心力と吐き出すときの勢い。
 その両者が、ヒトカゲの墜落時の衝撃を強める。
 ヒトカゲが起き上がる様子は、今のところない。

「……………っ」

 また負けるのか。
 そんな思いと、二ールに負けたときの記憶がヴォレットの脳裏をよぎる。
 嫌だ。負けたくない。
 唇をかみ締める。
 絶対に、負けるものか。

「立て、ヒトカゲ!立ってくれよっ!!」
 
 その叫びに反応するように、ピクリとヒトカゲの体が動いた。
 よろけながらも立ち上がり、一声鳴く。
 ヴォレットは顔を輝やかせたが、すぐに真剣なものに戻った。

(さっきのヤツ、もう一回くらったら絶対負ける。どうすりゃいい。考えろオレ!)

 ヴォレットが頭を抱えていると、ふとさっきのイワークの表情が思い出された。

(もしかしたら……。よし、一か八かやってみるか)

 ヴォレットが考えている間にも、2匹の攻防は続いていた。
 再び、イワークが地中に潜る。

「ヒトカゲ、近くの岩に登れ!」

 岩に登ったヒトカゲは、肯定の意味をこめて尻尾を振った。
 これなら真下から攻撃されることはまずないし、他方から攻められても避けやすくなる。
 10秒…。20秒…。30秒…。
 この時間がとても長く感じられる。
 ヴォレットがじれったさを感じ始めた頃、イワークが現れた。
 ヒトカゲは距離をとろうとするのをヴォレットが止めようとした。

「イワークの方を向いたまま動くな!」

 けれど、先程の攻撃を思い出したのか、ヒトカゲは指示を無視した。
 
「オレを信じろ!」

 ヒトカゲは、主人の方を向く。
 その真剣な眼を見て、信じようと思えた。
 自分の動きを押さえ込み、イワークと向き合う。
 例のごとく、イワークが口を開けて進んで行く。
 ヴォレットの指示を不信に思ったタケシが口を開いた。

「イワーク、と―――」 
「全力でイワークの口の中に火の粉!!!」

 ヴォレットは自分の考えが間違いでないことを祈った。

「グォォォオオォォオオ!」
 
 口内を焼かれたイワークは、悲鳴に近い叫び声を上げて崩れていった。



「あんな方法で、イワークのあれを破ったのはお前が初めてだ」

 グレーバッジをヴォレットに渡しながら、タケシは言った。

「サンキュー、兄ちゃん」
 
 ヴォレットは始めてのバッジをまじまじと眺めた。
 嬉しさのあまり、タケシの話は彼の耳には届いてないようだ。  


 
 ライトの光が、バッジをより輝かせて見せる。
 彼の旅は、まだ始まったばかり。
 


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