6歩目:お月見山前にて【詐欺師】
「お月見山通行禁止〜!?」
場所はお月見山前のポケモンセンター。
ハナダシティまで通っているお月見山の洞窟を抜ける準備を整える為に、そこに立ち寄ったヴォレットはジョーイの言葉を繰り返していた。
「ええ。洞窟の通行者が次々と襲われる事件が3日程前から続いているのよ。
それで念の為にお月見山全体が通行禁止に……。もし急い――。ちょっとあなた大丈夫?」
ジョーイの言葉はヴォレットには届いていない。
彼はかなりショックだったのだろうか、ふらふらとポケセンを立ち去って行った。
「何でだよ――――――!!!」
ポケモンセンターを出て少し歩くとすぐ、ヴォレットは叫んだ。
明らかに迷惑だと物語っている周囲の視線などおかまいなしだ。
肺の空気を全部出し終わると、再び息を吸って続ける。
「一個目のバッジ手に入れて! 早くニールに追いつきたくて! 急いでここまで来たのに! 通行止めはないだろ―――!!」
ヴォレットはバッとお月見山の入り口の方を向く。
入り口には――遠目で性別は定かでないが――警備員らしき人物が二人立っている。
ふと、警備員の一人がもう一人に話し掛けた。声を掛けられた方が頷くと、二人は去って行く。
どうしたのだろうとヴォレットが不思議に思っていると、一分も経たずに警備員が戻ってきた。
が、さっきの二人とは別人のようだ。
どうやら交代で入り口を見張っているらしい。
それを知ったヴォレットは、少し間抜けな悪役よろしくニイッと笑みを浮かべた。
「よし、そうと決――」
「君、ちょっといいかい?」
「のわっ!」
不自然な程盛大に驚くヴォレット。
「な、なななっ。何も考えてない! べ、別に警備員がいなくなった隙に洞窟に入ろうとか……っ。ぜんっぜんっ……!」
やましい事を考えている時の人間は、いつもより大げさなリアクションをしてしまうらしい。
声を掛けたのは、頭の良さそうな細身の老人。髪型が特徴的で、白髪がてっぺんに一房残っているだけ。
どこにそれを持ち上げる力があるのかわからないが、かなり巨大なリュックを背負っている。
「……? いや、君が何をしようとしていたのかは、どうでもいいんだが」
「へ? そうなの」
あんな大げさなリアクションをした自分が急に恥ずかしくなった。
ヴォレットは気まずそうに頭をかく。
「えっと、じいさん。オレに何か用?」
「あぁ、そうそう。君のこの前のジムバトルを見せてもらっていてね」
「マジで」
「本当だとも。あれはすばらしいバトルだった。感動したよ。
君のポケモンの鍛えられた身体。キレのいい技。そしてなにより、君の正確かつ妥当な指示。」
老人は両手を顔の辺りまで上げ、うっとりするように語った。
「君はとても強いよ。でも、もっと強くなれる」
「いやいや、そんな」
ヴォレットは褒められてよほど嬉しかったのだろう。頬をだらしなく緩めてにやけている。
老人は彼を褒め殺しにするつもりなのだろうか。
「実は私もトレーナーでね」
といっても君ほどの実力はないが、と呟きながら老人は一つのボールを取り出す。
「この中にはとても強くて珍しいポケモンが入っているんだ。
何人ものトレーナーが手に負えなくて困っていてね。……で、君に折り入って相談があるんだ」
「……相談?」
「そう。君、この子を育ててみないかい?」
「え……。オレが?」
ヴォレットは自分を指差して、頭上にハテナを浮かべている。
「そう、君だ。さっきも言った通り、君は素晴らしいトレーナーだ。きっと、この子とうまくやれる」
老人が差し出したボールを、ヴォレットは恐る恐る持ち上げた。
強くて珍しいポケモンの正体は一体何なのかと、ヴォレットの目がキラキラと輝いている。
「本当に……オレが育てていいのか?」
「ああ、もちろん」
「あ、ありがとう!!」
早速、ヴォレットがボールからポケモンを出そうとするのを、老人が彼の腕を掴んで止めさせる。
「おっと、一つ言い忘れていたよ」
老人はリュックを下ろすと、中から色々な物を取り出し始めた。
「ほら、その子は珍しいと言っただろう。だから、その子専用の道具が必要なんだよ」
コルクで蓋がされたビンに入っているポケモンフード。あまり見かけない形のペットボトルに入った水。
先端が丸くなっていて触り心地が良さそうなくし。やたらデザインに凝った爪切り。
「………………」
どんどん出てくる、老人曰く必要な物にヴォレットは言葉を失う。
「さて、こんなところかね」
地面には十五個の物体が並べられていた。
ヴォレットには何がどう必要なのかわからない物が多々ある。
腕を組んで頭を捻ったヴォレットに、老人がスッと掌を差し出した。
「九千八百円」
「は?」
「だから、これらの値段。お金、ちゃんと払ってもらうよ」
「なっ……」
「これ全部を揃えるのに本当はもっとかかったんだけど、別に私は儲けることが目的じゃないからね。
でも、さすがにただであげるとなると、色々とこっちも困るんだよ」
老人は心底すまなそうな顔をしてから、苦笑を浮かべた。
「でも、オレ、そんなに金もってねぇし」
「そうか、それなら……これとこれで三千円、でどうだろう?」
右手にポケモンフード、左手に水を持って老人は尋ねる。
ヴォレットはそろそろと財布を取り出した。
三千円払っても、明日の朝食までは何とかなりそうだ。
が、やはり三千円という彼にとっての大金のせいか、まだ踏ん切りが付かない。
「勘違いしないで欲しいのだけど、私は誰にでもこの話を持ち出すわけではないんだ。君だからこそ、話を切り出したんだよ」
老人が優しく、ヴォレットの肩をポンポンと叩いた。
「………………。わかった! 買う!」
老人を見送ったヴォレットは、意気揚々と例のボールを放り投げた。
出てきたのは、赤い身体に黄色い髭が生え、なんとも間抜けな顔をしている魚型のポケモン。
ヴォレットはポカンと口を開け、そのポケモンに負けず劣らず間抜けな顔をした。
数秒後、彼は本日何度目かの叫びを上げた。
「コイキング!!?………………………って、いやいやいやまさか。なわけナイナイ。これはコイキングにすんげぇ似てるポケモンで、
コイキングじゃあない。コイキング専用の食べ物と水が三千円もするわけないだろ? 違う。絶対に違う」
ぶつぶつと呟きながら、ヴォレットは鞄をあさり始める。
取り出したのはポケモン図鑑。
カバーを開き、それをさっきからずっと無言ではね続けているポケモンに向ける。
画面右下の青いボタンを押すと、スピーカーから抑揚のない女性の声が流れ出した。
『コイキング。魚ポケモン。泳ぐ力が弱いた――』
「騙されたぁぁぁあああぁあぁあああああ!!!!!」
ヴォレットは力任せに図鑑を地面に叩きつけた。
ガシャンという嫌な音。
その音を聞いたヴォレットは顔が真っ青になった。
恐る恐る図鑑を拾うと、カバーが落ちた。
「――――!!」
画面には亀裂が入っていて、青いボタンをおしても何も反応がない。
ヴォレットの背中に嫌な汗が流れた。
「…………どうしよう」
そんなヴォレットの心情を知ってか知らずか、コイキングはその後もしばらくはね続けるのだった。
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