「むかーしむかし、この土地はユートピア・・・理想郷と呼ばれていました。
みなさん、毎日当たり前のようにご飯を食べて、ぐっすり眠って、学校に来たらお友達と仲良く遊んでいますね。
それは、この国に水がたくさんあり、空気がきれいで、緑もたくさん生えているからです。
緑や水がない国の人たちは、豊かなこの場所を目指し、かつて、旅をしました。
そしてこの土地に来て、暮らし、元々この国に住む人と恋もしたそうです。
あぁ・・・恋、恋、いいですねぇ・・・ 先生も恋をしたいです。
・・・はっ! そうじゃなかった。 え〜と、どこまで話しましたっけ? あぁ、そうそう、外国の人たちがたくさんこの国に来たんでしたね。
この国の人たちは、よそから来た人たちを暖かく迎え入れました。 その子供たちは、今でもこの国に住んでいます。
名字と名前が2つずつある人、いますね? そうそう、白丘さん、あなたもそうね。
そういった人たちは、遠い先祖が外国人の人です。 けど皆さん、白丘さんと毎日楽しく遊んでいるでしょう? そう、いいお返事。
先生が言いたかったのは、そういうこと。 どこから来た人でも、どんな人たちとでも、きっとみんなは仲良くなれます。
明日から夏休みです。 あんまりケガはしてほしくないけれど、この夏休みにたくさんお外で遊んで、いっぱい友達を作ってくださいね!
先生からの話は以上です。 それではみなさん、良い夏休みを!」
「はい! 先生!!」
教室の中でファイアが1番大きな声を上げていました。
この、身長120センチにも満たない小さな少女から、物語は始まります・・・
旅に出ると、いろんなことを経験する。
道に迷ったときの不安や、仲間が出来たときの喜び、行った先で出会った人の温かさだとか、傷つけたり、傷つけられたりしたときの辛さとか。
まぁ・・・なんつーか、こう聞くと大変そうに聞こえるかもしれないけど、実際そんなことないんだ。
みんな、毎日外に出かけるだろ? 近所の本屋とか、駄菓子屋とか、公園とかさ。
「ずっと同じとこ、ぐるぐる回っててもしょうがないから、ちょっと遠くまで行ってみよう。」そう考えたこと、1回や2回あると思うんだ。
その「ちょっと遠くまで」の繰り返しなんだよ、旅って。
違う景色が見たくなったり、違う人に会いたくなったり、そうやってもっと遠くへ、遠くへって進んで行くんだ。
この中にも旅に出ようって考えている奴いんじゃねーかな? あぁ、そこで手ェ上げてる奴いるな。
まぁ、これは旅とか、ポケモントレーナーとかに限ったことじゃねーんだけどさ、
いつか、自分の歩いてきた道を振り返る日がくると思う。
がむしゃらに進んだせいで気付かなかったその道の険しさに、きっと驚くと思うんだ。
道によっては、それ以上先に進んだら戻れなくなることもある。
そこから先に進むかどうか、それは、お前たち次第だ。
追ってくる子供たちから逃げるようにして、ジャングルジムのてっぺんまで登ると、レッドは2メートルほど離れた木の枝に飛び移った。
足で勢いをつけて回転すると、そのまま太い桜の枝に座って口をあんぐりと開けた子供たちを見下ろす。
レッドだけの指定席だったそこは、10年近く経った今でも変わっていなかった。
「マネすんじゃねーぞ、オレがここに登れるようになるまで3回足折ったんだからな!
でっ!?」
真上から何かがぶつかって、レッドは頭を押さえながら、うらめしそうな目つきで下を睨みつけた。
反射的に受け取った銀色のスプーンを見て、ため息と舌打ちを同時にする。
「スプーン・・・『さじ』投げるって・・・
オィ、グリーン!?」
レッドの手から離れたスプーンは、くるくると回転すると隙なく相手を睨むフーディンの手中に収まった。
黄色い人型のポケモンの背に、大きな人の手が置かれる。
レッドの視線の先にいるその手の主は、とび色の目を木の上に向けると、軽く鼻を鳴らし腰に手を当てて怒鳴りつけた。
「危ないと思ってんなら最初からやるなっつーんだよ!
そんな化け物じみた移動方法、後輩たちに披露してどうするんだよ!?」
「っせーなぁ、いーじゃねーかよ! 久しぶりの学校なんだしさ。」
「立場を考えろ! お前は・・・」
「『第1回ポケモンリーグの優勝者にしてトレーナーポリスのチームリーダー、トレーナーを目指すものの目標となるべき存在』だろ!?
もう聞きあきたっつーの!!」
両手で耳をふさぐとレッドは怒鳴り返した。
「わかってんなら何度も言わせるようなマネするなっての。」
グリーンはひたいに手を当てると、今度は大きくため息をついた。
太い枝の上に腰を下ろし、レッドは行き所のない足をぶらつかせながら視線は動かさず、眉と眉をくっつける。
「ったく、ハチの巣つついて遊びまわってたようなガキが母校で講演とは、偉くなったもんだよなぁ?」
「しゃあねーだろ? 1ヶ月も毎日毎日家の前まで来て頼まれて断れっかよ。
大体、こういうのオレのガラじゃねーし、明日・・・」
「『仕事があるからって断ろうとしたら、今日来ればいいって無理やり引っ張り出されたんだっつーの』。」
一瞬押し黙ると、レッドは木の上で大きくため息をついた。
「わかってんなら言わせるようなマネするなっつーの。」
クッと鼻で笑うと、グリーンは子供たちの遊び道具になりかけていたフーディンに手を向け、手のひらに収まるほどの小さな球体へと変化させた。
現金なもので、レッドが手の届かない位置にいると理解した子供たちは、より近くにいて手っ取り早くポケモンを見せてくれそうなグリーンへと関心を移し、やれポケモンを見せろだの、旅の話を聞かせろだの、好き勝手に要求を投げかけている。
自分よりもはるかに大きなポケモンを自由に操ることが出来るのに、ひざや腰ほどしかない子供たちの対応に追われているグリーンを見て、レッドは苦笑した。
ランドセルを背負った生徒が校門から出て行くのを見て、レッドは宙ぶらりんの足をぶらつかせる。
「気をつけて帰れよ」と手を振ると、レッドは被ってる帽子のツバを下げて桜の木から飛び降りた。
少し大きく響いた足音に、グリーンに集まっていた子供たちが振り向く。
ようやく子供たちから解放されたグリーンは、からし色の球体を上に放ってからレッドにたずねた。
「レッド、明日なんだが、予定に変更はないんだよな。」
「あぁ、時間も予定も変更ナシ。
ブルーにもそう伝えといてくれよ。」
「分かった。 じゃあ、また明日な。」
「おぅ、また明日!」
真上から迫ってきた影に、小さな女の子が悲鳴を上げた。
石色の鳥のようなポケモンは矢のような速さで降りてくると、太い足の爪でグリーンをつかみ、高くへと持ち上げていく。
「ほらほら、おめーら、もう帰る時間だろ? オレも行くからさ、ちょっと離れてろよ。
スカートはいてる奴はちゃんと押さえてろよ、パンツ見えても知らねーぞ。」
身振り手振りで子供たちを追い払うと、レッドは小さな球体を軽く放り上げた。
中央で赤と白に分けられた球体は、空中で光を放つと2メートルはある緑色のポケモンへと変化する。
大きな竜のような生き物の背中に乗ると、レッドは指示を出し、ポケモンの薄い羽根をはばたかせる。
はばたきが強くなると、嵐のような強い風が巻き起こり、空気が震えて高い音が鳴り響いた。
「じゃ、楽しい夏休み過ごせよ!
行けッ、‘フラ’!!」
薄い羽根で舞い上がると、緑色のポケモンは突風を起こして子供たちの間から飛び去った。
遠ざかっていく校舎を1度振り返ると、レッドは風に吹き飛ばされないように、もう1度帽子を深く被り直す。
心臓の音が1つ鳴り、指先が振れた。
深く被った帽子の下から赤い瞳をのぞかせると、レッドは緑色のポケモンの首筋に触れ、目的地へと飛ばしていく。
ワカバタウンは夏の日差しを受けて成長した高い草におおわれていた。
気温も上がり、鼻先に伝った汗を追い払うとゴールドは右手に握っていた鉛筆をくるりと回転させた。
うだるような暑さに、いっそこのまま眠ってしまおうかとたくらんでみたりする。
だが、高く伸びた牧草をかき分けて自分のことを探しにきた友人によって、その考えは打ち消された。
長い草の間から見える黒髪がぴょんぴょん跳ねているのを見て、彼女がまたブローに失敗したのだな、とゴールドは推理した。
「ここだよ、クリス。」
声のした方向に気付き、黒髪の少女は青草を踏んだまま立ち止まり、木陰で休んでいる少年に目を向けた。
持っていたノートを閉じると、パタンと音が鳴った。
小さな机の下から、足を引き抜いて立ち上がる。 丁寧にズボンについた泥を払うと、ゴールドは、目をぱちぱちさせたまま立ち止まっているクリスの方へと歩いていった。
「何か用事?」
畳んだ本を持ったまま尋ねると、クリスは心なしか少しだけ目を見開いた。
「・・・っと、ほら、明日あたしたち出発するでしょ?
だから、一応ゴールドに挨拶くらいしておこうと思って。 シルバーも家の方に来てるから。」
「あれ、出発明日だったんだっけ?」
「忘れてた?」
「考えると、悲しくなっちゃうからさ。」
困ったような顔をしたクリスに、ゴールドは笑いかけた。
「うっそ。」
相手が少し怒ったように眉を寄せると、木陰に置いた机を置き去りにしたまま、ゴールドは南を向いて歩き出した。
「そっか、もう7月も半分過ぎたんだね。
明日かぁ・・・」
「うん、明日。」
じりじりと照りつけるような光に向かって顔を上げると、クリスは小さな球体を太陽へと掲げた。
肌を焦がすほどの光を受けたモンスターボールは、若いトレーナーによく
汗が流れても、どちらも足を急がせることはしなかった。
今日も明日も、2人にとって大事なものであったから。