埠頭ふとうの真ん中に、人だまりが出来ていました。
どよどよと何かを話す人たちの真ん中には、少し怒った様子の船乗りの男の人と、ムチュールという、赤ちゃんのような姿をしたポケモンを抱っこしている小さな女の子が、向かい合って立っています。
「言ってくれるじゃねぇか、じょうちゃん。
 俺よりあんたの方が強いって?」
体格のいい船乗りは、低い声でそう言いました。 それに対し、小さな、白い帽子を被った女の子はうなずきます。
「ファイア、1番なんだよ。」
女の子はファイアと名乗りました。
どのような会話の流れがあったのかは分かりませんが、怖い顔をして自分のことを睨んでいる船乗りを見ても、全くおびえる様子はありません。
楽しそうに笑っている女の子に対し、船乗りは赤と白が半分ずつになった球体を向けました。
それはモンスターボールと呼ばれるもので、様々な能力を持ったポケモンという生き物を、その中に閉じ込めておくことが出来ます。
船乗りは小さな女の子へと向かって、そのモンスターボールを投げました。 同時に女の子が同じ形をしたものを投げると、2つのボールが空中でぶつかり、カチンと音を鳴らして2つに分かれます。
割れた2つのボールからは、それぞれ違う姿形をしたポケモンが飛び出してきました。
それは、ポケモンバトルと呼ばれるポケモンとトレーナー同士の戦いの始まりです。


船乗りのボールからは筋肉質な小さな子供のようなポケモンが現れ、格闘技の構えのような姿勢をとってみせました。
「行け、ワンリキー! 『けたぐり』だ!!」
ワンリキーと呼ばれた船乗りのポケモンは、小さくうなずくと女の子のポケモンへと向かって駆け出しました。
女の子がモンスターボールから出したのは、茶色い毛並みのポケモンでした。 長い尻尾と、顔の真ん中に、ピンク色の大きな鼻があるのが特徴です。
周りを取り囲んでいた人たちは、そのポケモンのことを『マンキー』と呼びました。
そのうちの何人かが戦いを止めようと前へ出ようとすると、女の子が抱いていたムチュールというポケモンが冷たい息を吐いて、それを止めます。
「‘ゼス’!!」
茶色い毛並みのポケモンはぴょんと飛び跳ねると、1度ワンリキーの背中に乗ってから攻撃を避けました。
大きく振りかぶって振り下ろされた拳がコンクリートを砕き、細かい破片を撒き散らします。
「まだまだぁッ!! ワンリキー、『からてチョップ』!!」
船乗りの男の人は女の子がゼスと呼んだマンキーを指差し、大きな声で叫びました。 ですが、ワンリキーはマンキーの方に向いた瞬間、思い切り転んで頭を打ってしまいます。
マンキーはワンリキーと少し距離を取って、拳を体の陰に隠しました。
女の子の周りを囲っていた人たちがざわめきます。
「‘ゼス’『きあいパンチ』!!」
ふっと息を吐くと、ゼスと呼ばれたポケモンはワンリキーのふところに飛び込みました。
細いながらも筋肉のついた腕が、ワンリキーの体の芯をとらえます。
キ、と高い鳴き声を上げると、ワンリキーは赤と白のモンスターボールへと姿を変えました。
足元に転がったボールを見て、がっくりとひざを突いた船乗りを見ると、ゼスという名前のマンキーは小さな女の子へと駆け寄ります。
自分のすぐ近くまでやってきたマンキーを、白い帽子の女の子は、ぎゅっと強く抱きしめました。




カントー地方のクチバシティ。
海に隣接する、大きな大きな港町。
大きな大きな船が、たくさん並んで、外人さんとすれ違ったり、見たことのないものが運ばれていったりします。
すごく楽しいなとファイアは思いました。
ファイアは、小さな小さな女の子です。


「すんまへんっ! えろう遅れました!!」
男の人が走ってきて、ファイアは何だろうと男の人を見ました。
一生懸命こっちへと走ってくると男の人は、ファイアと一緒に居た女の人に深ぁ〜く頭を下げます。
ファイアの後ろにいたナナミさんは、フフフ、と声を上げて笑いました。
ナナミさんは研究所の助手さんで、グリーンのお姉さんです。
「大丈夫ですよ、マサキさん。 船の時間には間に合ってますから。」
「いや、でもわざわざ大事な任務にワイなんかを任命してくれはったっちゅうに、これじゃ申し訳立ちまへん。
 後で何かおごらしてもらいますわ。」
「遅刻の上に自分のミスにかこつけて人の姉をデートに誘うとは、いい身分だな。」
そう言ったグリーンは、買ってきたジュースをファイアに渡してくれました。
ナナミさんはコーヒーです。 グリーンはサイコソーダが好きです。
後から来た人はジュースをもらえませんでした。 ファイアはジュースを男の人に差し出します。

「あげる!」
グリーンはファイアの手からミックスオレを取り上げると、それを再びファイアの手に持たせました。
「これはお前のジュースだから、お前が全部飲んでいいんだ。
 あいつの分なら、あのジョウト弁が自分で買うから、お前は船が来るまで姉貴と遊んでろ。」
「ファイアの?」
「そうよ、これは桃ちゃんのジュース。 ナナちゃんと仲良く分けて飲んでね。」
元気よく返事すると、ファイアはポケモンと一緒に海の方へと走って行きました。
ナナミさんはその後についていきました。
少し遅れてやってきた男の人は、ファイアのことを見ていたグリーンに話しかけます。


「誰なん、あの子?」
白丘しらおか 桃子ももこ。 通称『ファイア』。
 今回の作戦には彼女も組み込まれている、一応あれでも正式なトレーナーだ。」
グリーンが説明すると、遅れてきた男の人は「ほー」と感心した声を出しました。
髪をくしゃくしゃとかくと、男の人はグリーンを横目で見てから、にやっと笑いました。
ひじでグリーンの胸をつつくと、顔を近づけてひそひそ話をします。
「何や、オーキド博士の孫だの最強のジムリーダーだの言われとっても、グリーンはんも人の子やな。
 今、あの子の胸見とったやろ? でも、あんなん相手にしとったらさすがに犯罪やでぇ〜」
「違うッ!」
グリーンはポケットからモンスターボールを取り出しました。
1番レベルの高いリザードンで攻撃するつもりです。 これはとても危険です。
「彼女、右肩からカバンをたすきがけしてるだろ。 それで左利きなんじゃないかと思ってただけだ。」
右肩から左腰を指差してカバンのストラップの方向を示すと、グリーンはひとまずモンスターボールをしまいました。
「あぁ、確かに利き手の方に物入れるトコがあった方が使いやすいわな。
 して、それにどんな意味が?」
「いや・・・ただ、何となく。」
そうグリーンが言うと、男の人は一瞬あっけに取られたような顔をしてから、大笑いし始めました。
笑いながらグリーンの背中を何度も叩くので、ファイアは2人がとても仲がいいのだなぁと思っていました。
「なんやなんや! えっらい博士の孫でも「何となく」なんてフツーの感覚持っとるんやな!
 いやー、安心したわ! いつの間に偉ぅなって話しかけづらい雰囲気かもしだしとったさかいになぁ!!」
とてもグリーンは怒っていましたが、ファイアには分かりませんでした。
「姉さん、あいつ怒突どついていいか?」
「思いっきりどうぞ♪」
銀色のハリセンが取り出されます。 ホウエン地方にいたツッコミのプロ直伝です。
容赦はありません。
男の人は青い顔をして後ろに下がりました。
「そんなーっ、一発でけそうなハリセン取り出さんといてー!?」


13時30分発、1の島行き シーギャロップ号、ただいまより乗船を開始します。
ご乗船される方は、2番港へとお急ぎください。 繰り返します、13時30分発、1の島行き シーギャロップ号・・・


港に取り付けられたスピーカーが、けたたましく鳴りました。
一体誰の声だろうとファイアが思っていると、ファイアのポケモン、ナナがファイアの靴下を引っ張りました。
先ほどの放送で出発すると言っていた船は、ファイアたちが乗ることになっている船です。
ナナミさんとナナに連れられ、ファイアは船のあるところへと歩きます。








麦わら帽子に、虫取りあみ。
わかりやすい夏休みルックの彼、小田牧 貴仁(おだまき たかひと)は高い木のてっぺんを見上げていた。
太い木のてっぺんで、テッカニンが羽根を休めながら、何を考えているのかは知らないがジージーとやかましく歌い続けている。
首も痛くなり、手に持っている虫取りあみを見た。 てっぺんにいるテッカニンに届かせるには、明らかに長さが足りない。
足元を見た。 モンスターボールも買ってもらえなくて、仕方ないから逃がさないためのロープ。
そんなものでポケモンが捕まえられるほど、世の中甘くないってこと、分かってはいるんだけど。



「・・・・・・っ、あー! 止めた!」
小さすぎる虫取りあみを放り出すと、彼は黄色い草の上にごろんと横になった。
大騒ぎしていたテッカニンはジッと音を上げて、太い幹から飛び出していく。

大木の影からはみ出した足を、さんさんと照りつける太陽が容赦なく焼いていった。
鼻を伝う汗が気持ち悪い。
暇だと言えば夏休みの宿題をやれと返されるが、言われてはいはいと出来るほど賢い頭の作りをしていない。
そうして、8月の終わりごろにヒーヒー言うのも目に見えているのだが。

ぐしゃぐしゃと不器用に草を踏む音が聞こえてきて、暑さにうだっていた少年は目を覚ました。
逆光でよく見えないが、小太りな大人のシルエットが見える。
「小田牧・・・貴仁タカヒト君?」
わざわざ自分の名前を呼ばれ、少年はしぶしぶといった感じで起き上がった。
相手の、サングラスにアロハシャツという、観光地にでも来たのではないかと思わせる格好に、少し不信感を抱く。
「誰? 父ちゃんの知り合いか?」
なまりの混じった言葉で少年は尋ねた。
小太りの男は、軽く関心したような声を出すと、胸元から小さな紙切れを取り出して少年へと差し出す。
「悪い悪い、驚かせちゃったね。
 おじさん、こういう者なんだけど・・・」
「『株式会社バトルフロンティア 総取締役、金雀児エニシダ 竜平』?
 バトルフロンティアってCMやっとーアレ?
 そげんこつ言いよーと、悪かばってん、おっちゃんメチャメチャ怪しかそんなこと言われても 悪いけどおじさんものすごく怪しいよ。」
ダラダラと流れる汗をハンカチで拭くと、エニシダという男はヘラヘラと笑った。
「どうも私は信用がないみたいだねぇ。 まぁ、とにかくこっちの用事を言わせてもらうよ。
 単刀直入に言おう。 貴仁君、バトルフロンティアに来ないかい?」


突拍子もない言葉に、少年はくしゃみをした後、鼻水を拭きもせず相手の顔を見返した。
男のサングラスに鼻水を流したマヌケな顔が映っていることに気付くと、すぐさま鼻をこすって、エニシダに顔を向ける。
「は? おっちゃん何言っとー?
 バトルフロンティアってポケモントレーナーん施設やろ?
 俺、トレーナーじゃなか。 ポケモンだって1匹も持っとらんばい!」
「しかし、君のお兄さんは同じ状況からリーグチャンピオンにまで昇りつめたじゃないか。」
エニシダが言うと、少年は眉をつり上げ、少し怒ったようにそっぽを向いた。
雄貴ユウキか。 あいつな父ちゃんからポケモン受け取ったから出来たばい。
 どんだけポケモン見つけたっちゃ、うちの貧乏なのは変わらんばい。
 俺な、いっつもかっつもあいつのお下がりたい。」
自分の服を引っ張ると、少年は鼻の穴をふくらませた。
その様子を見てニヤニヤと笑っているエニシダに気付くと、ムッとした顔をして睨み付ける。
何か言い返そうとして口を開きかけたとき、エニシダが先に喋りだして少年は言葉を封じられた。



「ポケモントレーナーになりたいかい?」
貴仁の目じりがピクリと動いた。
何かを考えているような表情でエニシダの方に顔を向けると、ニヤニヤと笑ったまま、エニシダは言葉を続ける。
「私は君に、ポケモンバトルの才能があると踏んでいるんだ。
 貴仁君、君のお兄さんと君は同じ親から生まれ、同じ環境で育ち、君のお兄さんはポケモンに興味を持たず、君は持っていた。
 だとすれば、ポケモントレーナーとしてのポテンシャルが高いのは、君の方だ。
 どうだい、バトルフロンティアで君の才能を開花させてみたいとは思わないかい?」
「ばってん、俺はポケモンを持って・・・」
「もちろん、君のためのポケモンは用意するよ?」
少年は顔を上げた。
疑りかねた表情を向けたまま、半開きの口を細かく震わせる。
「バトルフロンティアには7つの施設がある。
 君が1つ施設を制覇するたびに、1匹、君の好きなポケモンを用意しようじゃないか。
 もちろん、ダラダラと居続けられてもこっちとしては困るわけだから、制限時間は設けさせてもらうけどね。
 そうだな・・・夏休みが終わるまで。 それまでに、7つの施設全てを制覇したら、君をトレーナーにしてあげよう!
 どうだい? 悪い話じゃないと思うけどね。」

貴仁は立ち上がると、ズボンに付いた泥と草を払った。
手のひらについた汗を、服にこすりつけて落とす。
「行く。」
力強く応えた貴仁に、エニシダは笑った。
「君なら、そう言ってくれると思ってたよ。」