カタン、と郵便ポストから朝刊を取り出すと、サファイアはそれを家の中に放り投げてもう1度郵便受けの中を見た。
どこからか迷い込んだのか、それとも近所の子供にふざけて入れられたのか、すみっこで丸まっていた青虫をつまみ上げるとそれもぽいっと草の上に放り投げる。
それ以外は、郵便受けの中には何も入っていなかった。
軽く肩を落とすと、サファイアはよく晴れた空へと向かって大きく手を伸ばす。
「ユウキ! バラバラになるから新聞ば家ん中に放り込むんじゃなかって、何べん言えばわかるね!?」
窓から顔を出した熊のような男に、サファイアは目を向けた。
たいくつそうに大あくびすると、庭のホースを引っ張り出してきてねぼけまなこのシロガネに水をかける。
びっくりして暴れまわったあげく、シロガネはホースの水を飲み込んでサファイアへと吹き返してきた。 服がびしょびしょになるのは気にしていないが、とばっちりを食ったラグラージのカナが迷惑そうな顔をしている。
「あーっ、スマンスマン、カナ。 服べっちょべちょやな。
まぁ、えぇか。 こんだけ晴れてりゃ、すぐに乾くやろ。」
水分を含んで重くなったパジャマの上着をしぼりながら、はだしにサンダルでサファイアは家の中へと戻っていく。
玄関の扉を開けると、真後ろに手を向ける。
「‘シロガネ’『みずでっぽー』!」
やや投げやりな声でサファイアが言うと、ワニノコは大口を開いて先ほど飲み込んだ水を吐き出した。
真上から飛び掛ろうとしていた赤いポケモンに水のかたまりがぶつかり、ぽんとボールのように弾き飛ばしていく。
扉を閉めると、サファイアは成長痛にさいなまれているひじをさすってため息を吐いた。
程度の差はあるが、ほぼ毎日である。 頭をかきながら2階へと向かうと、さっさと着替え、帽子とモンスターボールと少々のアイテム、それにびしょぬれのパジャマをつかんで降りてくる。
洗濯かごにパジャマを放り込むと、洗面所で手早く身支度を整えた。
玄関へと続く廊下で1つの包みを受け取ると、サファイアは深い色をした瞳をくりくりと相手へと向ける。
「おかん、今日の朝飯なんね?」
「シャケとたくあんと数の子たい。 今日のシャケはうまかよ〜。」
「ユウキ、貴仁ば見かけたら家に帰るよう言うとき。」
「無茶言わんといて! それどこじゃないのは分かるやろが!!」
「チャンピオン頑張り〜♪」
少し怒った様子で扉を開け放つと、サファイアは牙を隠した、のどか過ぎる光景をにらみつけた。
2歩3歩と大またで進み、飛び掛ってきたジグザグマをカナに叩き落とさせる。 ちなみに、これは技でもなんでもない。
「あーもうっ、毎日毎日朝っぱらからセコいんじゃおまえら!!
まともに戦う気はないんかい!?」
モンスターボールを両手に取ると、音の鳴りそうなほど強く地面を踏みしめながらサファイアは歩く。
門の向こうに2人、その奥にも何人か。 3月からずっと続いている仕事が、今日も始まる。
右手のモンスターボールを思い切り投げつけると、サファイアは鉄の戸を開けランニングシューズのスイッチを入れた。
「‘クウ’『りゅうのいぶき』じゃ!!」
水色の鳥は大きな翼をはためかせると、オレンジ色の炎のようなものを真下へと向かって吹きかける。
地面に沿って広がった炎は、潜んでいたサンドパンとキノココに当たると体をしびれさせて動きを封じた。
そのスキにサファイアは一気に走り出してポケモンたちの間を抜ける。
追いかけてくるのは、やはり2人だ。 ほとんど毎日毎日、こんな闇討ちのようなことをされていたのではサファイアもたまったものではない。
「勝負だ、チャンピオン!!」
「アホ、近所迷惑なんじゃ! 町内会で怒られんのうちのおかんやで!?」
飛び掛ってきたマクノシタの攻撃を、ぷにぷにした水色のポケモンが正面から受け止めて弾き飛ばす。
バレーボールのように飛び去ったマクノシタは、相手トレーナーにぶつかってトレーナーともども気絶した。
ぴょこぴょこと飛び回るソーナンスのランをモンスターボールの中へと戻すと、サファイアは「いわおとし」で気絶しかかっているクウをモンスターボールの中に戻す。
攻撃が成功して満足そうにしていたゴローンが、軽々と持ち上げられていく。
海の色をした女戦士は、土色の岩ポケモンをにらむと一気に投げ飛ばした。 その後を追いかけるようにして、一気に飛びかかる。
「‘カナ’『だくりゅう』!!」
攻撃許可が下りると、カナは体中のチカラを込め、泥水のようなものをゴローンに叩きつけた。
多少の手加減はしたつもりだったが、イライラしていたのが災いした。 道が30センチほど陥没してしまっている。
はぁっとため息をつくと、サファイアはカナをモンスターボールへと戻す。
シロガネを抱えると、次の手がこないうちに海へと向かって逃げ出した。
こんな日課、明日にでも止めてしまいたい。
波打ち際をのろのろと歩きながら、サファイアはため息をついていた。
やっとの思いで振り切ったはいいが、案の定何匹か戦闘不能になっているし、何よりもポケモンリーグの時のゴタゴタでワケの分からない逆恨みがあったりして、気分的にもよろしくないし。
コイキングで遊ぶシロガネを横目に手近な場所を探すと、そこに腰かけ、サファイアは少し遅い朝食を取る。
「うんま。」
一言だけつぶやくと、サファイアは再びため息をついた。
実のところ、これがふてくされている1番の原因。 話し相手が(ていうかルビーが)いないのだ。
「今日、何しよ。
仕事も全然けぇへんし、ルビーも帰ってきぃひんし、ミツル君もここんとこ音沙汰あらへんしなぁ・・・」
3つ目のおにぎりを食べ終えつつ、サファイアは石ころを拾い上げると、それを海面へと向かって投げた。
ぽちゃん、と、小さな音が鳴り、
いつもと同じはずの風景を見ていたサファイアは、おもむろに立ち上がると、ゆっくりと海の方へと向かって歩き出した。
波の下に、いつもとは違う、見慣れない物体を見つけ、それに近寄る。
シロガネと一緒になって覗き込むと、その物体はかすかにだが、動いた。
少し驚いてサファイアは目を見開かせる。
「・・・なんや、これ・・・?」
人と人との間を抜けるのに時間を費やしてしまい、エメラルドがバトルファクトリーの受付へとたどり着いたのは正午近くになってからだった。
夏休みも始まったばかりの今日、巨大な遊園地にも似たこの場所が大勢の人間でごったがえすことなど、少し考えれば予想ことだったが、その遊園地にすらほとんど行った経験のない彼は、対策も気構えすらも、出来ていなかった。
必死の思いで受付へたどり着けば、ちゃんと待ち列に並ぶように言い渡されるし、人ごみを泳ぐようにして列の後ろに並べば、ただの自動販売機の待ち列だったりするし、慌てて並び直したら割り込むなと追い出されるし。
用意してもらった服は少しゆるくて、人とぶつかるうちに何度か肩がずれた。
強くベルトをしめて奇抜なデザインの服がはだけないようにすると、小さな少年は何とか前へ進もうとつぶされそうになりながらも足を踏み出した。
「あっ・・・!」
子供の付き添いで来ていた母親らしき人間の尻に激突すると、エメラルドは転んでフロンティアパスを落とした。
それが別の人の足にぶつかって、手の届かない場所まで転がっていってしまう。
1人だけでいるエメラルドは、どうしたらいいか分からずに立ち止まった。
数秒考えた後、並び直すのを覚悟で取りに行こうとしたとき、唐突に目の前に四角いものを突き出されて、驚いてのけぞる。
「はい、キミのパス。」
「あ、おおきに・・・」
エメラルドは女の人の、後ろで1つに束ねた茶色い髪の長さと量に一瞬驚いてから、渡されたフロンティアパスを受け取った。
何か話そうとしたが、列は進んでしまうし、女の人は会場に入る順番が来たと放送に呼ばれて行ってしまい、結局そこで会話は終了。
人の波に流されるようにしてエメラルドは進み、フロンティアを攻略するための第1歩、受付を何とかクリアーした。
バトルファクトリーへようこそ!
ここでは、自分のポケモンを使わず、用意されたポケモンをレンタルして戦う『バトルトレード』を行っているよ。
使用できるポケモンは3体。 どんなポケモンを使うのかは受け取る直前までわからない!
キミのポケモンに関する、深ぁ〜い『知識』が試されるぞ!!
親譲りのボサボサの髪に気付かれないためのバンダナを、エメラルドは今一度ぎゅっと強く締めなおした。
鏡をよく見て、途中の店で買ったバッジを結び目につける。
細い廊下。 服を直しながらゆっくりと進むと、銀色の重々しい扉はひとりでに開いた。
息が止まる。 その先にあるのは、彼が触れることを許されなかった世界。
「タカ、お前にはまだ早か。
せめて雄貴くらいん年になるまで、辛抱すったい。」
「あのアンポンタンの雄貴に出来て、俺にでけんことあるか!
父ちゃんば見返してやっと! 俺はトレーナーばなるんじゃ!!」
腕を強く振り下ろすと、エメラルドは力強く歩き出す。
輝かしい世界に1歩踏み出した瞬間、ズボッという間の抜けた音とともに、エメラルドの頭に、何か重いものがのしかかった。
「!?」
慌てて頭に手をやると、鉄の感触がする。
外そうとすると、目の前に広がっている広いフィールドが揺れ、反射的にそのヘルメットからエメラルドは手を離す。
「立体映像?」
空中に半透明のモンスターボールが浮き、「選択してください」という文字が目の前に浮かび上がった。
手をかざすとボールは割れ、中にいるポケモンの能力と技、イメージなどの細かい説明が何もないところに唐突に表示される。
驚いて手を離すと、空中の文字は消え去った。
そこでようやくエメラルドはこの戦いのシステムに納得し、もう1度存在しないモンスターボールへと小さな手をかざす。
「よし、決まっと! モココ、ニョロゾ、マグカルゴ!! この3匹で行くと!」
決定された3匹以外のボールが消え、空中に浮いたボールは回転する。
エメラルドが1匹目として選択した『モココ』のボールをつかみ取ると、バトルフィールドの反対側にホログラムの人間が出現した。
表情のない相手は自分へと向かって、モンスターボールを投げる。
じわっと汗をかき始めた手を強く握ると、エメラルドは存在しない相手へと向かって、存在しないモンスターボールを思い切り投げた。
バトルファクトリー、シングルバトル・レベル50クラス、14人抜きおめでとうございます。
トレーナーネーム『マリン』さま、フロンティアパスを書き換えさせていただきます。
小さな本のようなフロンティアパスを機械の中に押し込むと、10代前半と思える少女は大きく息をついた。
恐らく自分のものなのであろう、腰のモンスターボールをいじりながら、たすき掛けにした小さなポーチから携帯電話を取り出す。
アンテナが立っていることを確認してから、彼女は短縮ダイヤルでどこかへと電話をかける。
4回、5回と鳴ったコール音の後、出てきた相手に対し、少女は話しかけた。
「あ、あたしあたし! マリン! 今、バトルトレード14人抜いたんだ。
結構手間取るね、思ってたより時間かかっちゃった。 え? だ〜いじょうぶ! 心配いらないって!
任しといて。 あたしは、