翌日、ともしびやまの一件をファイアたちから聞いていたグリーンは我が耳を疑った。
「ロケット団に、遭った・・・だと?」
ナナがうなずくと、マサキとナナミの顔も凍りついた。
昨日一緒だったヒトカゲと遊ぶファイアを尻目に、リーフは必要以上のリアクションを見せる3人に疑問を投げかける。

「な〜に、この世の終わりみたいな顔してんだよ。
 あんな変態集団が出てきたところで、別にどーってことないだろ?」
あくびをしたリーフに、3人と1匹の視線は集中する。
少し焦ったように彼が口をつぐむと、ナナは座る方向を少し変えてリーフの方に顔を向けた。
あんたはロケット団の恐ろしさを知らないから、そんなこと言ってられんのよ。
 9年前にあいつらに連れ去られそうになった母さん、今でもその時のこと聞くと震えだすのよ。 そんなの見てて、他人事にしてられるわけないじゃない!

「他人事だろ? オレその時3歳だぜ?」
ナナは少し怒ったように口を開きかけたが、グリーンに止められ、押し黙った。
キーボードを打つカチャカチャという音が鳴り響くが、それ以外は波の音すらも聞こえず、静かな時間が流れる。
横開きの扉をファイアが開くと涼しい風がポケモンセンターの中へと入り込み、ファイアの長い髪とヒトカゲの尻尾の炎を軽く揺らした。
「ファイア。」
グリーンに呼ばれるとファイアは振り向き、首をちょこんとかしげる。
安いカップのコーヒーを机に置くと、グリーンは彼女の背中にいるヒトカゲに視線を向けた。
「ちゃんと決めてもらったのか、名前。」
「‘セロ’だよ。」
背中から抱きつこうとしたファイアを、ヒトカゲは走ってかわす。
頑張りっぷりが功を奏したのか、いまだにファイアは火が危ないということに気付かず、尻尾を追いかけるのを止めてくれない。
キーボードを叩く音が止まる。
椅子から立ち上がったナナミに、全員の視線は集中していた。



「次の行き先が決まったわ。」
ナナミがそう言うと、マサキの目が少し大きく開かれた。
プリントアウトした紙をまとめると、ナナミは立ち上がる。 机の上でとんとんと紙を整えると、彼女はにっこりと笑って弟のグリーンに顔を向けた。
「ここから船で4時間ほどの場所にある『2の島』。
 今日の夕方には出発するから、今のうちに仕度しておきなさい。
 それと・・・」
ゆっくりと近づいてくるナナミに、リーフは一瞬警戒するような態度を見せた。
20代ほどの女の人は動きで自分が無害であると示すと、そっとリーフの肩に手を置く。
とろんとしたおだやかな目を他のメンバーに向けると、ナナミは柔らかく笑いながら唇を開いた。
「今、正式に許可が下りました。
 彼に臨時メンバーとして、私たちに同行してもらいます。」
「な・・・!?」
「は!?」
1番驚いていたのは、他ならぬリーフ自身だった。
反論しようと各々口を開くが、どこから話し出せばいいのかも判らないうちにナナミは自室へと戻ってしまい、出かかった言葉さえもどこかへと消えてしまう。
特に深い意味もなく、リーフは自分のことを指差す。
特に深い意味もなく、グリーンとマサキは首を横に振ってみた。
そうこうしているうちに、何か赤いものを手に持って、ナナミはポケモンセンターの奥から戻ってくる。
まだ真新しく見える赤いキャップをリーフの頭に乗せると、にっこりと笑いながらナナミは彼に話しかけた。
「私たち、ナナシマの地理にあまり詳しくないの。 案内してくれる?」
「なんでオレが・・・」
疑問と不平不満のたまったリーフの目には、少し・・・いや、かなり驚いている人たちの姿は映らなかった。
肩に置かれた手が、やたらと重く感じる。
「あなたが優秀なトレーナーだからよ。 それに、あなたはナナシマ出身! 案内役にこれほど向いている人はいないのよ。」
「じゃあ、この服と帽子は?」
リーフは押し付けられた赤いチョッキと、赤い帽子を指差して言った。
「私たちからの贈り物だと思ってくれればいいわ。
 それと、リーフ君、私たちと会ったあの日、水ポケモンを探していたそうね。」
「おぃ・・・どこまで調べてんだよ、何モンだ、あんたら?」
「ポケモンリーグ公認組織TP(トレーナー・ポリス)、特殊部隊Decomposition Defend TEAM。 通称D.D。
 ここにいるのは、あなたを除けば全員そのメンバーよ。」
「マジかよ、あんたらが? ニシキさん、あんたもそうなのか?」
イスに座っていたメガネの青年は、リーフの問いにうなずいて答えた。
その隣にいるもじゃもじゃ頭のジョウト弁と、背後にいるファイアを見るとリーフは眉を潜める。
自分の方に顔が向けられると、ニシキという青年は苦笑するようにしながら彼に説明した。
「マサキさんに頼まれてね。 リーフ、僕からも頼む、みんなに協力してくれないか?」
「・・・ずりぃ、ニシキさん。 あんたに頼まれたら断れないの、知ってて言うんだからさ。」
リーフが頭をかいて苦笑すると、ナナミはほっと胸をなで下ろした。
服と一緒に持ってきたモンスターボールを、手で包み込むようにしてリーフに渡す。
海の光にさらされた赤と白の球体の中には、しっぽのついた、丸みを帯びた体のポケモンが入っているのが確認できた。
それは、ほとんどのトレーナーが知っている有名なポケモンだった。
第1回ポケモンリーグ入賞者が使用したことで有名なカメックスの進化前、かめのこポケモン、ゼニガメだ。








STAFF ONRYと大きく張られた扉の奥には、バトルフロンティアに設置された監視カメラから送られた映像を集めるモニタールームがあった。
大規模な施設とはいえ、画面に映し出されているのは大半が子供である。
そのなかの1人を見ると、エニシダはう〜ん、と、うなり声を上げて頭をかいた。
バトルファクトリー休憩室にいる、10に満たない年齢の彼。
「小田牧、貴仁君ねぇ・・・オダマキ博士の息子でチャンピオンの弟というから、強いと思ったんだけど・・・
 まだバトルファクトリーのクリアも出来ないとは・・・私の見込み違いだったかなぁ・・・?」
モニター上の少年、エメラルドは深刻な顔をして座り込んでいたかと思えば、急に立ち上がって走り出した。
完全に画面から見えなくなると、エニシダは警備員にねぎらいの言葉をかけ、モニタールームから立ち去っていく。



「トイレ、トイレ・・・!」
エメラルドは急いでいた。 理由は言わずもがな。
バトルファクトリーの施設内は初日ほど混んではいないものの、まだ人でごったがえしていたので、混雑を避けるため、外にあるトイレへと向かう。
施設内よりも、距離は伸びる。
一刻も早くと慌てて走っていたエメラルドは、トイレ入り口で用を足して出てきた男と正面衝突した。
ぶつかったのは自分の方だが、体が小さかったため1人で勝手に転んでしりもちをつく。
弾みであちこちに散らばった荷物を拾い集めていると、ぶつかってしまった人物が足元に転がったバッジを拾い上げてエメラルドに差し出した。
「お、おおきに・・・」
「謝るくらいしたらどうだ。」
男がエメラルドから離すようにバッジを持ち上げると、くっついていたバンダナが指の間をするりと抜けていった。
手を引っ込めると、相手の目が一瞬赤く光って見える。
「あ、すんまっせん。 ・・・・・・?」
何かの見間違いかと思い、目を凝らしてみるが、ぶつかった相手は赤みを帯びてはいるが普通の茶色の目で、別段変わったところは見られない。
気のせいかと他の荷物をまとめていると、こらえていたモノの衝動で、体がぶるぶるっと震えた。
急ぎの用事があったことを思い出し、エメラルドは小屋のような建物の中へと急ぐ。
エメラルドがぶつかった相手は、小さな背中を見ていた。 無精ひげの生えたあごを上げると、ぶっきらぼうに声を掛ける。

「エメラルドだな。」
びくんと身をすくませると、エメラルドは背後の男へと振り返った。
見下ろす視線に威圧されるように体を小さくする少年に、男はコートのポケットに手を突っ込んで話しかける。
伏し目がちに、自分の目をじろじろと観察するエメラルドのことを睨みながら。
「1週間前からバトルファクトリーに来てるだろ。
 エニシダのオヤジから話は聞いてる。 1ヶ月で7つの施設全部制覇するつもりらしいな。」
自分よりもはるかに体格のいい・・・というか、ヤクザっぽい男の質問に、エメラルドは答えられずにいた。
腰が引けてじりじりと後ろに下がると、エメラルドがぶつかった男は鼻を鳴らす。
「ふん、くだらねぇ。」
「なんやて!?」
言い返したはいいものの、男ににらみ返されてエメラルドは体を震わせた。
「くだらねぇっつったんだ。 毎年トレーナー志願者は増え、ホウエンだけでも50万人近くいるっつう話だ。
 バトルフロンティアは、その50万人の中でも、ほんの一握りの奴らがクリア出来るか出来ないかってレベルのトレーナーが施設のリーダー、フロンティアブレーンを任されてんだ。
 昨日今日トレーナーになった奴に、ホイホイやられるほど腐っちゃいねぇよ。」
今度は言い返すことも出来ずに、エメラルドはうつむいた。 相手が鼻で笑う音が聞こえ、ぎゅっと固く拳を握り締める。
服の胸元を強くつかむと、何とか顔を上げて相手の目をにらみつける。
震える唇で何か言おうとしたとき、2人の間に黄色い小さなポケモンが割って入り、言葉をさえぎられる。
テレビなどでよく見かける、こねずみポケモンのピチューだ。


別の足音が近付いてくると、エメラルドと男の視線は自然とそちらへと向いた。
走ってきた別の誰かは、自分たちの手前で立ち止まると、少し息を切らしながらエメラルドがぶつかった男へと尋ねる。
「ダツラさーん! あの、ファクトリーヘッドのダツラさん・・・ですよね?」
「あぁ。」
肩にかかった長いポニーテールをどかすと、走ってきた誰かは自分のフロンティアパスを開いて男へと見せた。
それを見て少し驚いた表情をした男に対し、彼女はぺこりと頭を下げる。
「もー! 休憩長いですよ。 待ちくたびれてスタッフの人に場所聞いちゃったんですから!  あたし41連勝出来たんです、バトル、お願いします!」
ダツラと呼ばれた男は、無表情をよそおっていた。
だが、わずかに口の端が動いたのをエメラルドも、突然来た誰かも見逃してはいなかった。
バサッとコートのすそをひるがえすと、男はバトルファクトリーの建物へと向かって歩き出す。
誰か、は、1度立ち止まってダツラの方が先に施設に入るようにすると、エメラルドの方へと振り返った。
にこっと笑いかけると、彼女はエメラルドの方に背を向けながら口を開く。
「また会ったね。」
「え?」
「こないだ、フロンティアパス落としてたでしょ。」
女の人は足元にいるピチューを抱き上げると、自分の肩へと乗せる。
あ、と声を上げると、エメラルドは目の前にいる人物を指差した。
「順調? ・・・って、わけじゃ、なさそうだね。」
暗い顔をしたエメラルドを見て、誰かは苦笑した。
実際、あまりに成績が悪すぎてエメラルドの名前はフロンティアのランキングに1度も登録されていない。
女の人は小さく首をかしげると、1度戻ってエメラルドの肩を軽く叩いてから、笑った。
「最初は誰でもうまくいかないもんだよ。 あたしだって、今も負けてばっかりだし。
 そういううちはさ、誰かのマネっこしてみるのもいいよ。 それで色々分かることもある・・・かもしれないし?」
「お、おおきに。」
何だかよくわからないうちになされたアドバイスに、エメラルドが中途半端な反応を返すと、彼女は鼻歌を歌いながらバトルファクトリーの方へと歩いていった。
少し丸みの帯びた背中を見送っていると、エメラルドはぶるっと震えた。
急ぎの用事が残っていることを思い出した。



あまり口には出せない用を済まして、バトルファクトリーへと戻る途中、エメラルドは考え事をしていた。
「誰かのマネかぁ・・・」
そう言われても、見本になるような優秀なトレーナーを知っているわけでもないし。
とりあえず強そうなポケモンを選んで、強そうな技を使って戦ってみてはいるが、最初の7人すらロクに倒せない。
名前を知っているポケモンもあまりいないし、段々自信もなくなってきた。
ふと街頭に置いてあるランキングの表示されているモニターに目が向くが、当然エメラルドの文字は浮かんでこない。
ちょっとにらむようにしてエメラルドが目をそらそうとすると、パッと画面が切り替わってモニターに女の子の顔が大写しになる。
その顔を見てエメラルドは「あっ」と声を上げた。
さっきダツラという男を迎えにきた、ポニーテールの女の人だ。
画面の端には『ファクトリーヘッド挑戦中!』と、白抜きにされた文字が浮かび上がっている。


画面の中の彼女はモンスターボールを持った右手をすっと横に出すと、どっちともつかない方向を見て笑った。
「基本は相性。」
モンスターボールを模したものを構える少女を見て、対戦相手の男は眉を動かす。
およそ女の子らしからぬ大振りで立体装置で再生されたモンスターボールを投げると、彼女は軽く息を吐いた。
「特定のタイプの技に3匹とも弱いのはタブー。 けど、完全にばらけてればいいかっていうと、そうでもあったりなかったり。
 2匹、3匹、似たような技を持ってれば、シングルバトルでもそこから強力なコンボが出来ちゃうことも、あるんだな、これが。」
「おぃ、何ぶつぶつ言ってるんだ! バトル開始するぞ!」
地面につきかけたモンスターボールが2つに割れ、立体映像ホログラムのポケモンを召喚する。
バラバラのポリゴンがひとまとまりになり、人のように2つの足を持つポケモンの形になった。
体中にしま模様のついた黄色いポケモンは、体からバチバチと音を鳴らし、相手の男をにらみつける。
対戦相手のコートの男はにやりと笑うと、自らも幻影のモンスターボールを放った。
バトルファクトリーの機械は、そのモンスターボールから白い頭に茶色い恐竜のような身体、2本の腕で太い骨を握り締めたポケモンを呼び出す。
にぶい光を放つホネがゆっくりと構えられると、モニターに映されている少女の指がピクリと動いた。

「戻れ、エレブー!」
「ガラガラ、『つるぎのまい』!!」
こん棒のような太い骨が振り回されると、白い筋が軌跡となって残るのが見えた。
その先にいる黄色いポケモンは白い光へと変わり、少女の手のひらへと吸い込まれていく。
鼻の上にしわをよせ、男は少女が交代するポケモンを選ぶ様を見ていた。
宙に浮いた3つのモンスターボールの中央に、ポニーテールの少女は手を向ける。
一瞬四角い画面が表示され、すぐに消える。 半透明のボールが実体化すると、少女はそれを手に取り、大きく振りかぶった。
「交代も立派な作戦! 分が悪かったりポケモン変更した方がいけそうだと思った時はガンガン入れ替える!
 ネンドール!!」
一気に腕を振り切ってモンスターボールを投げると、中から黒い物体が出現して、空中に浮かび上がる。
不気味だが、一見すると強そうなポケモンには見えない。 特別かっこいいわけでも、かわいいわけでもない。
ひゅっと音を鳴らしながら息を吐くと、少女はそのネンドールというポケモンに向かって指示を出す。
「ネンドール『にほんばれ』!!」
「ガラガラ『いわなだれ』!!」
白い骨が振り下ろされると、先のとがった石が黒いポケモンの上に降り注ぎ、動きを鈍らせる。
1度地面の上に落とされた黒いポケモンが再び浮き上がると、バトルフィールドの上に赤い光が降り注いだ。
それを見上げると、ダツラという男はチッと舌打ちする。
「ネンドールッ、『ソーラービーム』!!」
少女は指示を出した。
同時に黒いポケモンは宙に浮く腕の先に緑色の光を集め、相手へと向けて発射する。
先ほど放たれた赤い光を吸い込みながら進む光線に当てられたガラガラは、後ろへと吹っ飛び、赤と白の球体へと変化した。
黒いポケモンの周りで何か白いものが飛び、淡い光を放った。
鈍っていた動きが回復したネンドールを見て、対戦相手の視線が少し厳しくなる。
「たかが道具なんてナメちゃダメ、持ってる道具はポケモンのサポート。 使い方1つでバトルがひっくり返るときもあるんだから!
 そしてポケモンを倒したら、相手トレーナーの動きに注意する。 何があっても対処できるように、神経は常に研ぎ澄ます!」

わざわざ説明しながら戦う彼女の態度に、男は疑問を隠しきれない様子だった。
だが、次にする行動は質問ではなく、戦わせるポケモンを選び相手へと向かって投げることのみ。
赤と白のボールが回転し、地面につく前に光を放つ。 光のかけらが集まると、人の体の半分以上ある大きな牛が相手をいかくした。
3本の尻尾で自分の体をピシピシと打つと、出てきたばかりのポケモンは地面を蹴ってネンドールへと突っ込んできた。
現実には存在していないものなのだから、自身には何の影響もないはずなのだが、少女は相手の動きに合わせてひざでバランスを取る。
「ケンタロス『すてみタックル』!!」
「・・・ッ、まだまだァ! ネンドール『サイコキネシス』!!」
大牛が地面をけり、土煙を上げながら黒いポケモンへと突進する。
低い音が鳴り響き、ネンドールというポケモンは2メートル以上弾き飛ばされた。 空中でくるくると回転すると、緑色の光を放ってケンタロスへと逆襲する。 茶色い牛はいななきのような声を上げながら後退すると、首を振って胸元から何かを引きちぎるようにして食べた。 ネンドールの周りで発せられたのと同じ白い光が、ケンタロスの周りをとりまく。
「ケンタロス『れいとうビーム』!!」
続けざまに指示が出ると、ケンタロスは白く光る光線をネンドールへと向けて発射した。
避ける間もなく黒いポケモンは光線に体を貫かれ、地面へと落ちて小さなモンスターボールへと姿を変える。
少女は戻ってこないボールに手を向けると、眉を寄せた。
空中に浮いて出番を待つ2つのボールに手をかざして、深く息を吐く。 四角い画面を見比べると、少女は右手をかざして片方のモンスターボールを実体化させた。
「重要なのは・・・」
大きく振りかぶって、少女はモンスターボールを投げる。
小さな球体から放たれた光は、大きな翼を作り出した。 緑色の羽根を羽ばたかせると、2メートルほどの体長を持つポケモンは地上にいるケンタロスをにらんだ。
「自分のポケモンが傷ついたときに悔しいと思うこと。
 こっちが何匹やられても相手のポケモンを全滅させれば勝てる、それは間違ってない。
 けど、指示をミスしてポケモンがやられてしまっても何も思わないトレーナーに、成長は、ないよ。」

「行け、フライゴン『かえんほうしゃ』!!」
空を飛ぶ緑色のポケモンは大きく口を開き、真っ赤な炎をケンタロスへと向けて放った。
暑い空気をまといながら、炎は茶色いポケモンを取り囲み、傷ついた体からさらに体力を奪っていく。
ケンタロスは悲鳴を上げる。 だが、倒れる寸前で踏み止まり、鼻息も荒くフライゴンに襲いかかった。
「ケンタロス『れいとうビーム』!!」
「・・・ッ!!」
白い光線が緑色の体を貫通する。
大きく口を開いて倒れていくフライゴンの姿を見て、少女は半月の形をした目を大きく見開かせた。
小さな手のひらを緑色のポケモンへと向けるが、緑色のポケモンは戻ってこない。
「エレブー! 『ほのおのパンチ』!!」
ポケモンの調子を確認することなく、少女はモンスターボールを投げた。
2つに割れたモンスターボールから飛び出してきたポケモンは黄色い光となると、炎をまとったこぶしでケンタロスの胴を打つ。
既にほとんど体力のなくなっていたケンタロスは、その1撃で体力が尽き、重そうな体を横たえると赤と白のモンスターボールへと姿を変えた。
ダツラは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら最後のモンスターボールを手にする。
実体のないモンスターボールをぎゅっと握りつぶすようにすると、大振りでそれを投げる。 6つ目のボールが地面へと近づくと、発せられた光は紫色の星に近い形をしたポケモンを作り出した。
「スターミー・・・!」
少女はそのポケモンの名をつぶやいた。
紫色の生命体はくるくると回転すると、体の中心にある宝石のようなものを黄色いポケモンへと向ける。
表情は厳しかったが、ダツラは低い声でポケモンへと指示を出す。
「スターミー『れいとうビーム』!!」
単純に相性から言えば勝っているはずだが、少女とエレブーは厳しい表情をしてその攻撃を受け止めた。
突き出したしま模様の腕が光線に当てられると、白く発色していく。
最初は何とか耐えようとしたようだが、徐々にその範囲が広がっていき、エレブーはついに動かなくなった。 白い水蒸気が舞い降りるポケモンを見ると、ダツラは口元で笑う。
「凍ったか。 残念だったな、こんな形で勝負がついちまってよ。」
「・・・エレブー、『10まんボルト』。
 残念? とんでもない。 あたしの勝ちだもん。」



「え、え、えぇ!?」
モニター越しに見ていたエメラルドはワケもわからず、叫んだ。
ポケモンに指示するマイクとバトルフロンティアに設置されていたスピーカーが連動していたおかげで、いつ指示を出したのかはわかったが、スターミーが倒れたのは、本当に一瞬のできごとだった。
感情など交えずに淡々と状況だけを伝える機械は、少女が勝利したことだけを画面に表示するとさっさとランキングの画面に戻ってしまう。
モニターにかぶりつくようにしてランキングだけ表示される画面を見ていると、いつのまにか観客として集まっていた人間たちが、エメラルドの後ろで少しずつばらけていく。
「『ラムのみ』か。 やるなぁ、あの女の子。」
「どうする? 今から行けば出たとこ捕まえられるかもしれないぜ。」
「捕まえてどーすんだよ、バトルか? トレードか?」
「どっちでもいいだろ。 あんだけ強けりゃ、珍しいポケモンの1匹も拝めるかもしれないぜ。」
会話している男2人がバトルファクトリーへと向かって歩いていくと、辺りはまた雑踏と雑音だけの世界に変わった。
モニターはもう、あの少女の姿を映し出さない。 あるのはただ、ランキングの上位に食い込んだ、見知らぬ名前だけ。

「・・・あいつら、なしてあのあねしゃんば勝ったんかわかっとぅな。」
エメラルドは先ほど話していた2人が消えていった先を見ると、軽くにぎったこぶしでひたいをとんとんと叩いた。
ジレンマは募る。 いつまでも終わらせることの出来ない、夏休みの宿題のようで。
「タイプ相性ば考える、技の組み合わせば考える、まずかと思ったら後退する、道具も注意する、神経ば研ぎ澄ます、やられたらくやしか思う・・・」
よくこれだけ覚えられたものだと自分で自分に感心するが、それが身についたわけでもない。
しばらくしかめっ面で考え込んでいると、エメラルドは急に立ち上がり、バトルファクトリーとは反対方向に向かって歩き出した。
フレンドリィショップで、「ポケモンバトル基本概念」という堅苦しい名前の本を手に取ると、カウンターに突き出す。
一応立ち読みして、タイプ別相性表と確認されている技のリストと配布されている道具のリストがあるのは確認した。
「おばしゃん、これ1つ。」
「1000円ちょうどになります、ポイントカードはお持ちでしょうか?」
「いや。」
「お作りいたしましょうか?」
「いらん。」
包装まで断ると、エメラルドは買ったばかりの本を肩にかついでバトルファクトリーへの道を戻りだした。
先ほどのバトルを見る前よりもいくらかは、勝てそうな気もしてきた。
「・・・まちっともうちょっと頑張るね。」