暗いはずの空は既に金色の光に満たされていた。
朝の空気は冷たく、かすかな水分を含んでいた。
まだ少し寝ぼけている目をこすると、エメラルドはゆっくりとした足取りで目的地へと向かう。
こんな時間帯だと、さすがに人はほとんどいない。
モニタに表示される今日のランキングには、自分以上に酔狂な2人分の名前しか刻まれていなかった。
バトルファクトリーの前に立つと、エメラルドは気を落ち着けるため、大きく深呼吸する。
「あ、あの子・・・」
バトルファクトリーへと入っていく小さな少年の姿を見て、昨日ファクトリーヘッドとの勝負に勝った少女は小さく声を上げた。
肩から大きな荷物が下がっているのは、彼女がバトルファクトリー近くの宿泊施設から別の施設付近にある宿泊施設へと移動しようとしているためで。
自動扉をくぐる少年を見て小さく笑うと、たすきがけにした小さなポシェットから携帯電話を取り出し、短縮ダイヤルを押す。
いつのまにか背中を伝って、肩に小さなポケモンが飛び乗り、大きな耳を電話にぴったりとくっつける。
受話器から流れてくる声は均一で事務的なものだった。 一通り聞き終えると、少女はピンク色の唇を動かし、携帯電話へと向かって話しかける。
「マリンです。 昨日、バトルファクトリー
けど、欲しい情報は取れなかった。 思ったより冷めたバトルになっちゃって・・・ 今日から別の施設行くつもり。
あたし頑張るよ。 頑張るから・・・たまには・・・連絡してね。」
昨日、サファイアのところにシルバーから手紙が来た。
実のところ消印はもうちょっと前に押されていたのだが、手紙が届いていることにサファイアが気付いたのは昨日のことだった。
彼らしい飾りのない簡素な封筒と
サファイアへ。
多分大丈夫だと思うが、一応「元気か?」と書いておく。
細かいことは直接話したほうが早いので省くが、夏に再びおれとクリスでホウエンのポケモンを調査することになった。
今度は去年ほど深刻なことはないから、もし暇なんだったら遊びにくるといい。
この封筒の中に大体の予定を書いた紙を入れておく。
不安なようだったらオダマキ博士に尋ねてくれ。
ただし、あんまり大声立ててポケモンを逃がすようなマネはしないでくれ。
「7月23日から30日、120番道路・・・カナ、遊びに行ってみるか?」
「ぐ?」
部屋の真ん中でうだっていたラグラージは体を起こした。
その弾みで部屋が軽く揺れると、サファイアに噛み付いていたワニノコのシロガネが落っこちる。 自室で流血ざたは止めてください、サファイアさん。
どうせ今日の予定はない。
サファイアはカナをモンスターボールへと戻すと、シロガネを小脇に抱えて階段を駆け下りた。
居間で『郵便車襲撃される!』の記事を読んでいた、父親のオダマキ博士から、新聞を取り上げる。
「親父、今シルバーが120番道路にいてるってホンマか?」
「お、おぉ、シルバー君なら120番道路でタネボーの生態調査やっとー。」
「ほんならちょっと出かけてくるわ!」
「あ、雄貴! 貴仁どこ行ったか知っと? 一昨日から姿が見えんたい。」
「あ? 知らん! 友達んとこでも泊まってるんとちゃうか?」
適当に答えると、サファイアは早々と家を飛び出し、モンスターボールを地面に打ち付けた。
飛び出したチルタリスのクウは、ふわふわの綿毛を羽ばたかせ、波の上をすべるような動きで空へと舞い上がっていく。
サファイアは、抱えたシロガネが落ちないように腕にチカラを込めた。
モンスターボールを使いなさい、ポケモントレーナー。
ヒワマキシティに降り立って、120番道路に降り立ったサファイアは、以前見た時よりも更に高くなった雑草に、思わず声を上げた。
去年来たのが秋ごろで、その時も自分の胸より高い草に苦戦した記憶があるが、今度は軽く頭の上を越えてしまっている。
「こりゃ、この中からシルバーとクリス探すんは骨やな・・・」
頭をぼりぼりとかくと、サファイアはぶつぶつ言いながらもシロガネを抱えて高草の中に分け入った。
騒ぐなとしっかり釘刺されているから、大声を出して呼ぶわけにもいかず、見通しの利かない中ガサガサいわせながら進むしかなく。
頭の上にシロガネを乗せ、少しでも何か見えないかと動き回っていると、サファイアは唐突に開けた場所に踏み込んだ。
まるで何かに踏み固められたかのように、高い草が横倒しになり、人が1人2人通れそうな道が1本続いている。
「なんや? クリスがやったんか?」
目を点にして、サファイアはその1本通路の行きと帰りを交互に見渡した。
人間がやったにしては、道の太さが場所によってまちまちだし、そのくせ踏み固められ方は尋常ではないチカラで押し固められてるし。
首をかしげながら、サファイアがともかく2人を探そうと1歩歩き出したとき、地響きが聞こえてきて足が止まった。
嫌ぁ〜な予感。
地響きのする方にサファイアがそろぉ〜っと顔を向けてみると、何か大量の丸いものがこっちへと向かって迫っている。
「タネボーッ!!?」
悲鳴を上げる間もなく、タネボー、タネボー、タネボー。
避ける暇もなく、大量のタネボーに踏み潰されるサファイア。 ちゃっかり横道に逃げるシロガネ。
1分もせずタネボー軍団ははけていくが、その大行進で草っぱらに道が出来た。
それだけの大集団に踏み潰されて生きているサファイアの頑丈さたるや、いなや。
「な、なんじゃ!?」
言った直後、サファイアまた踏み潰される。 ぷきゅっと。
今度こそとどめかもしれない。 立ち上がれないかもしれない。
「あ。
・・・・・・・・・うわわわわっ!? サファイア!?
悪い、そんなとこで倒れてると思わなかった!!」
「シルバー?」
生きてたサファイア、無敵人伝説の新たな1ページを作り上げる。
シロガネも開いた口がふさがらない。
シルバーが足をどけると、ドーブル(ポケモン名)のように見事なまでにサファイアの背中に足跡がついていた。
とりあえずもう1度踏み潰さないように、シルバーはサファイアの前に回り込む。
シロガネが少し離れているところにいることを確認して、もう踏み潰されないだろうとサファイアが起き上がろうとしたとき、草むらの中から何かが飛び出してきて断りもなしに肩の上によじ登られた。
やっぱり潰される運命なんやろか、とサファイアはちょっと悲しくなる。
「シルバー! タネボーっての捕まったか?」
「ホワイト、サファイアから降りろ! 26回も踏まれたらいくらなんでもどっか脱臼や骨折しておかしくない!」
数えたんですか、足跡。
サファイアの肩に乗っかった薄紫色のポケモンは、長い耳をぱたりといわせると固められたばかりの草の上に降り、サファイアの顔を覗き込んだ。
「なに、こいつ?」
宝石みたいな目をしたポケモンを、サファイアは見つめ返した。
エネコロロに似ている気もするが、体型やら、先が二股に分かれてる尻尾やら、どう見てもホウエンに生息するポケモンじゃない。
見たことのないポケモンは、サファイアの鼻の頭がすりむけているのに気付くと、そこをペロッとなめた。
紫色の目でじーっと見つめると、サファイアの膝に小さな前足をちょこんと乗せる。
「ゴールドと同じだ、こいつ海のニオイがする。」
「・・・シルバー。」
サファイアは震える指で薄紫色のポケモンを指差した。
「このポケモン喋っとる・・・」
あまりのサプライズに震える声を聞くと、シルバーは銀色の目を少し見開いた。
「サファイア、ホワイトの言葉が聞こえるのか?」
「ホワイト・・・?」
サファイアが聞き返すと、シルバーはサファイアの足元にいる薄紫色のポケモンの耳の後ろをかるくかいて、口を開いた。
「そう、こいつの種族はエーフィ、ニックネームはホワイト。
テレパシーを使って、本当に1部だけなんだが、人と会話することが出来るんだ。
・・・っていっても、そんなこと言っても誰も信じないし、今まで話が通じたのもおれとゴールドだけだから、あんまりこのこと人に言いふらすなよ。」
何だかよくわからないが、サファイアはとりあえずうなずいておいた。
そんな人智を超えた話をされても、どう返せばいいのかも分からないし。
十字に道の出来た草の間から、別の真っ黒いポケモンが顔を出し、シルバーのところへと駆け寄ってくる。
シルバーに頭をなでられ、嬉しそうにする黒地に三日月色のわっか模様のついたポケモンと、足元のポケモンを見比べ、サファイアはとりあえず聞いてみた。
「シルバーのポケモンなん?」
「いや、おれのポケモンはこっちのブラック。 種族はブラッキー。
そのホワイトはゴールドのポケモン。 今はおれが預かってる状態なんだ。」
ふーん、と生返事をしながら、サファイアがホワイトと呼ばれたポケモンの耳もとの毛を触っていると、思いっきり噛み付かれた。
ヒーヒー言いながらサファイアは赤くなった手を振る。
大きな手でホワイトの頭を押さえつけると、シルバーはサファイアの手を見て、少しため息をついた。
「悪い、こいつゴールドも一緒に来られると思ってたみたいで、ゴールドの姿が見えないからすねてるんだ。」
「すねてない!!」
大声でホワイトが叫び、サファイアとブラックが同時にビクッと身を震わせる。
自分には全く関係ないといった感じで、サファイアの後ろにいたシロガネが大あくびすると、クックック、と押し殺したような笑いが響いた。
顔を真っ赤にして笑いをこらえているシルバーを見て、ホワイトは耳をパタッと動かす。
サファイアの方に顔を向けてから、少し
「シルバーがそういう風に笑ってんの、初めて見たよ。」
「え?」
「初めて見た。 シルバーの大爆笑。
それにゴールドも、帰ってきてから明るくなってたんだよな。 なーんか、楽しそうでさ。」
会って間もなくだからか、サファイアはホワイトの表情が怒っているのか喜んでいるのか判断がつかなかった。
確認しようとそーっと気配を伺ったところでホワイトが顔を上げるものだから、サファイアは再び肩を震わせる。
「おまえのオカゲ?」
「へ?」
「かもな。」
シルバーがそう言ってほおづえを突くと、ホワイトはふいとサファイアから顔をそらした。
訳がわからず、サファイアが目を瞬かせると、シルバーはひざを伸ばしながら立ち上がる。
「じゃ、もう少し続けるか。
120番道路で大量発生するタネボーの生態調査。」
銀色の目で少しだけサファイアの方を気にすると、シルバーは少し疲れたような顔をしてぼうぼうに伸びた草の向こうに視線を向けた。
三日月色のわっか模様のついた額で押され、サファイアも立ち上がる。
シルバーのポケモンだというブラックは、ひねた態度を取るホワイトと違い、サファイアに向けてパタパタと尻尾を振っていた。
サファイアが、この性格の差が育て方によるものなのか、それともポケモンの個性なのかを考えていると、シルバーはまた小さなため息をつく。
「1匹捕まえるだけでいいんだけどな。 3日張り込んで10分食事休憩取ってた瞬間に、これだ。」
「
思わずサファイアがツッコミを入れると、ホワイトが横で盛大にため息を吐いて見せた。
「いつもこうなんだぜ、他の奴に運分けてもらわねーと、珍しいポケモンに遭遇もできねーの。」
聞こえていたはずなのに反論しない辺りから、サファイアはそれが真実で、しかも相当に深刻なことなのだと悟った。
ぐっさりとシルバーに刺さっている言葉のトゲを抜くと、サファイアは120番道路を見渡してみた。
グラエナやナゾノクサの姿はちらほらと見えるが、どう考えてもタネボーが見つかりそうな環境ではない。
帽子の足跡を手のひらではたくと、サファイアは足元をうろうろするポケモンたちを見ながら自分がどうするべきか考えた。
意外なほどあっさりと答えは見つかったが。
「ほな、手分けしてタネボー探そか?
ワシも暇しとったとこやし、1人より2人の方が効率ええやろ。」
顔を上げると、シルバーは銀色の瞳をサファイアへと向けた。
「本当か? 助かる、全然ラチがあかなくていい加減参ってきてるところだったんだ。 ・・・あっ。」
タネボー1匹に、ここまで精神力を吸い取られるのもいかがなものかと考えながら、サファイアが早速探しに行こうとすると、シルバーはサファイアの腕をつかんでそれを引き止めた。
何事かと振り向くと、瞬きをするシルバーのまつげが見える。
「サファイア、ここまで1人で来たのか? よく迷わなかったな。」
「いや、1人ちゃうで。 ずっとシロガネ抱えとったんよ。」
「シロガネ・・・このワニノコ、だけ?」
サファイアがうなずくと、シルバーはシロガネとサファイアの顔を交互に見比べた。
「サファイア、おまえ・・・・・・」
「???」
「いや、なんでもない。
サファイア、行くんならホワイトを連れていけよ。 多分気が合うと思うぞ。」
「えー?」
「えー?」
2人同時の反論もむなしく、サファイアはホワイトとシロガネと一緒に120番道路の草むらに放り出された。
微妙に気まずい。
ゴールドのポケモンといっても、喋るポケモン相手なんてどうすればいいのかさっぱりわからないし、
キモリのきぎに殴られたり、寝ぼけたライチュウのディアに10まんボルト食らったり、ラルトスのあいに意味不明に黒い笑み浮かべられたり、ゴールドのポケモンであまりいい目に遭ったことはない。
「あーもー、お人よしすぎるんだよ、ゴールドは!」
唐突にホワイトが声を上げて、サファイアはまたしてもビクッと跳ね上がった。
二股に分かれた尻尾をぴんとまっすぐに立てて歩きながら、ホワイトはぶつぶつと文句をたらす。
「いくらレッドの頼みだからつっても、何もひと夏パーにしてまで頑張ることねーだろうに。
昔っからあいつは自分のこと全然考えねーんだから・・・・・・なぁ?」
「へっ、ワ、ワシか!?」
「たりめーだろ、わざわざテレパシー使って独り言しゃべるかよ。」
そんなこと言われても、とサファイアは突っ込みたかった。
テレパシーとか言われても、ポケモンが喋ってる現場に遭遇したことなんてなかったわけだし。
「ゴールド、何しとるん?」
「何か、レッドの頼みだっつって、あっちこっちのお偉いさんのとこ回ってるよ。
少ししたらホウエンにも来るって。 そしたらオレはゴールドのところに戻ることになってるんだ。」
「ふーん」とサファイアがうなずいてみせると、ホワイトははっとしてそっぽを向いた。
「変な頭!!」
「何やそれ!?」
今まで解っていつつも誰も突っ込まなかったことを指摘したホワイトに、シロガネは拍手を送った。
サファイアと言い争う姿を見て、シロガネの中で今日の勇者はホワイトに決定した。
他人の、それも借り物のポケモンと口げんかするトレーナー。 こんなの前代未聞だ。
その貴重な様子をしっかりと観察していたシロガネは、背後から近づいてくる影に気付かなかった。
何かが倒れる音が聞こえ、サファイアとホワイトは同時に振り返った。
白目を向いて倒れているシロガネの姿に気付き、サファイアの背筋が凍る。
「やべぇな、囲まれてる。」
トレーナーの顔をしてワニノコをボールに戻すサファイアのかたわらで、ホワイトはつぶやくように言った。
目を離していた時間からいって、シロガネは最初の1撃でやられている。
ここいらのポケモンは、それほど強い技は持っていないはず。 サファイアは周囲を警戒する。
「シルバーの言ってたポケモンやろか・・・?」
「多分な。 1匹引きずり出してみるか?」
「へ? ちょ、ちょい待ち・・・!」
「行くぜ、『いあいぎり』!!」
サファイアの制止を振り切ってホワイトは1メートル四方ほど、長い草を切り倒した。
サファイアとホワイトの視界がちょっとだけ開ける。
背の低くなった草の中に隠れてる、まぁるいどんぐりなポケモン、タネボー。 10匹以上。
2人は思った。 知らなきゃよかったと。
「めっちゃ隠れてた!? 何や怒っとるーっ!?」
「これがタネボー?」
妙に冷静に辺りを見渡しているホワイトを抱えると、サファイアは走った。
そのすぐ後ろに、黄緑色の光線が飛んできて地面を焦がす。
「『ソーラービーム』? オイオイ、何レベルあるんだよ、あいつら?」
ちなみに、ホワイトは華麗に着地して無事。
サファイアが足元を見ると、『やどりぎのたね』らしき植物が地面のそこかしこに生えている。
「何やってんだよ、お前トレーナーだろ? 倒せばいいじゃんか。」
「アカン! ‘ホワイト’攻撃したらアカンよ!!」
痛い顔面を押さえながら、サファイアは立ち上がる。
泥のついた顔のまま、ホワイトを抱えると薄紫色のポケモンは嫌がって足をばたつかせた。
「オィ! 何すん・・・!」
「こっちが攻撃したら、ワシら完全にタネボーの『敵』として認識されてまうやろ。
シルバーは「1匹捕まえる」て、言うてたんやから、それ以上のことせん方がええ!
ともかく一旦、この大群から突破するで!!」
意気込んだ途端、背後で大きな爆発が起こる。 戦隊物じゃあるまいし。
そんなのんきなことを考えていられるような場合じゃなかった。
「攻撃しないほうがいい」というサファイアの自説が、今の爆発で完全否定されたわけで。
音に驚いたタネボーたちは、ますます殺気立ち、その怒りの矛先が真っ先に向けられたのは、自分たちと違う姿をしたサファイアとホワイト。
2人が声を上げて逃げ出せば、すぐさま数え切れないほどの数が追いかけてくる。
「‘ホワイト’!! そっちやない、こっちや!!」
サファイアは、ホワイトが走ろうとする方向と違う方向を指差して走り出した。
行く先をふさぐタネボーを
「なんで!? そっちの方がタネボーの数多いじゃんか!?」
「こっちにワシの秘密基地があるねん、そこに逃げ込めば、一旦はどうにかなるはずや!」
「ちっ、わかったよ! 面倒くせーな!」
ぐっと足にチカラを込めると、ホワイトは『でんこうせっか』でサファイアの進路にいるタネボーたちをどかしはじめた。
いきなり横に押しやられたタネボーたちも怒って反撃しようとするが、ホワイトの方が圧倒的に早く、ほとんどの攻撃が空振りに終わる。
そういう戦い方を出来るレベルの高さに驚きながら、サファイアがホワイトの作った道を一刻も早く抜けようとランニングシューズのスイッチを入れると、ふと空気の温度の違いを感じ、背後を振り返る。
「‘ホワイト’避けッ!!」
怒りに任せてタネボーが放とうとしている、溜まり切った緑色の閃光に、ホワイトは気付いていない。
軽く歯噛みすると、サファイアは地面を蹴って戦いに集中しているホワイトの胴を突き飛ばした。
直後に熱を帯びて自分の真上を通過していく光線に、サファイアは寒気を覚えた。
だが、そうホッと出来る時間も続かず、エーフィの鳴き声を耳にしながら、サファイアはタネボーの攻撃を受け段差を転がり落ちる。
声も出ないまま、サファイアがカナのボールを開くと、大きな体格をしたラグラージは少年を抱えて段差に出来た穴の中に飛び込んだ。
それを見てホワイトが同じ穴の中に走りこむと、サファイアは入り口を隠している長い草を整えて、タネボーたちにその存在を気付かれないようにする。
「・・・けっこ、やばかったな。 無事か‘ホワイト’?」
「いや、オレのことより、あんたさっき、モロに『やつあたり』食らって・・・!」
「あはは〜、死ぬかと思たわ。 やっぱ悪運強いわ、ワシ。」
絶句するホワイトをよそに、サファイアはパソコンから取り出したグルルクッションを枕代わりにごろんと横になった。
ボールから出されたばかりの青いポケモンは、大きなヒレをピクつかせて秘密基地の外の様子を探っている。
「避難シェルターやないんやけどな、ここ。
カナ、今度サントウカでも行って、ちゃんと模様替えしよか?」
大きなポケモンは、じめじめとして殺風景な穴ぐらに目を向けると、グルル、と低い声をあげてサファイアにすり寄った。
エーフィはその様子を見ると、長い耳をパタリと動かした。
先の分かれた長い尻尾を、地面にこするすれすれのところで揺らす。
「・・・・・・このっ、バカトレーナーッ!!」
ホワイトは突如、サファイアの元まで駆け寄ると、思い切り頭と頭を衝突させた。
技ではないから、当然ホワイトも痛い。
お互いに痛がっている様子を見て、ラグラージのカナはどうしたらいいか分からずにおろおろしている。
「な、何ね!?」
「オレはセンター行けば1発で治るんだから、いちいちかばおうとか情けかけてんじゃねーよ!
こっちの方が寿命縮む思いしたじゃねーか!! 変なとこで格好つけるな!!」
言っている意味が解らず、サファイアは目を瞬かせた。 泣きそうな顔をするほど悪いことをした覚えはないのだが。
「やっぱ、あんたゴールドに似てるよ。」
ふてくされたような声で小さく言うと、ホワイトはサファイアから顔を背けた。
「オレ、あんたたちのそーいうとこ、だいっきらいだ。」
「いや、スマン。 怒らすつもりはなかったんやけど・・・」
「謝るなよ!! 明らかに変なこと言ってんのはオレの方だろ!?
トレーナーならふんぞりかえってろよ! こんな怖い思いするくらいなら、バトルの道具にされてた方がよっぽどマシだ!!」
「・・・って、ゴールドに言いたいワケやな。」
「・・・うん。」
塩をかけた菜っ葉のようにしぼんでしまったホワイトの頭に、サファイアは手を置いた。
そーっと手を動かすと、今度は嫌がらず、サファイアの指の間にすべすべした毛並みが走る。
「思った通りに動いてるだけなんよ。 大丈夫なんて言えひんけど、自分のことと同じくらいホワイトも大事に思とるだけやから。
せやから、バトルの道具でええなんて、悲しいこと言うなや。」
サファイアは身を起こすと、入り口を隠している草と草の間から外の様子を伺った。
どうやらあの暴れタネボーたちは別の場所に移動したようで、ほっと胸をなで下ろすと、サファイアは奥にいたホワイトを呼び戻す。
ホワイトは何事もなかったかのように外へ出て行くサファイアを見て、少しだけだが、表情をこわばらせた。
紫色の目が細められる。
不規則に長い耳を動かすと、ホワイトは本当にかすかな信号を出した。
「・・・あいつ、ゴールドがやりたいこと全部やってやがる。」
「ん、ホワイト、何か言ったか〜?」
「別にぃ〜?」
後ろ足で強く蹴りだすと、ホワイトは力強い動きで秘密基地の外へと飛び出した。
言いたいことは全部、ココロの奥にしまい込んで。
秘密基地を抜けるとすぐ、あのタネボーたちが暴れだしたきっかけを知ることが出来た。
この暑いのに長袖の上着をはおり、首からさげているポケモンギア。 くせっ毛を横で2つに束ねた女の子といえば、サファイアの知り合いでは1人しかいない。
「ク、クリス・・・」
「あ、サファイア! 久しぶり〜!
ホワイトも一緒だったんだ、それじゃ、シルバーには会ったのね。」
サファイアのケガも、ホワイトの不機嫌さにも気付いていないようで、少し大きめの上着を見せると、クリスは笑って見せる。
今までの騒ぎが何だったんだというほど、のんきに話す彼女の手には、赤白の球体が握られていた。
何だかぐったりした様子のサファイアがそのボールを見ていることに気付くと、クリスはサファイアにも見えるようにそれを目線の高さまで上げて、またコロコロと笑った。
「あ、これ? 実はね、この辺で珍しい技を使うタネボーが時々大量発生するっていう噂を聞いて、シルバーと2人で調査してたの。
それで調べるためにさっきやっと1匹捕まえたんだけど、あたしどうも捕獲苦手で・・・おまけに、
連れてきたポケモンが言うこと聞かなくって、さっき『はかいこうせん』なんて撃っちゃったもんだから、後で調査より大変なことになるかも。」
あはは、と笑うクリスに、サファイアは突っ込みきれない手を震わせるしかなかった。
ホワイトに至ってはぐったり疲れきったように、サファイアの足元で潰れている。
「でも、ちょっと見ないうちに背伸びたね。
服も新調したんだ、よく似合ってるよ。 やっぱサファイアもルビーにコーディネートしてもらったの?」
ワケも分からないままうなずくサファイア。
実際のところはコーディネートどころか、ルビーが自分でデザインしたとか聞いたような気もしたが、そんなことは記憶の彼方。
ニコニコと笑っているクリスは、騒ぎを聞きつけたのかようやくやってきたシルバーの存在に気付き、目を瞬かせた。
手にしたモンスターボールを掲げ、目的のタネボーを捕獲したことを知らせると、困り果てた様子のサファイアにそっと耳打ちする。
「しばらくは淋しいかもしれないけど、大丈夫だよ。
想いは、きっと届くから。」
「・・・???」
「ね!」
太陽みたいに温かい手でサファイアの肩を叩くと、クリスは真新しいモンスターボールを握り締めて、シルバーのところへと走っていった。
シルバーに呼ばれ、ホワイトも薄紫色の体を走らせる。
半分ほど行ったところで立ち止まると、ホワイトは1度立ち止まり、サファイアの方へ紫水晶のような瞳を向けた。
「名前!」
「へ?」
「ちゃんと聞いてなかった。」
不機嫌そうに耳を伏せると、ホワイトはサファイアを睨むようにして尋ねる。
「あぁ、サファイア。 サファイアや。」
「ふーん。」
さも興味なさそうな返事をすると、ホワイトはきびすを返してシルバーのところへと向かっていく。
彼のところへたどり着く直前で、1度だけ振り返ると、やっぱり機嫌の悪そうな表情をサファイアに向けて、最後にぽつりと言い放った。
「ありがとな、サファイア。」
なぜ礼を言われたのか分からず、サファイアが首をかしげているうちに、2人と1匹は何やら難しいことがあるらしく、1度戻ると言ってミナモの方角へと去っていった。
2人のやり取りを見ていたクリスがクスクスと笑っていたことを、サファイアは知らない。
ひとまず帰ろうとサファイアがモンスターボールからチルタリスを呼び出したとき、鈴のような音が聞こえた・・・気がした。