それ やってきた カーニバル
月に 1回 大発生
仲間集まれ みな おどれ
ボクたち タネボー
タネボー サンバ!

タネボーが おどる
サンバ! サンバ! サンバ! サンバ!
風に ゆられて
サンバ! サンバ! サンバ! サンバ!
いつも 木に ぶら下がってると 思ったら
大間違いだぞ 「だいばくはつ」


おっと 木だと 思ってたのは
ウソッキーだよ 「メガドレイン」
進化してなきゃ 弱いなんて
思ってんなよ ルンパッパ
くらえ 必殺 「タネマシンガン」

タネボーが おどる
サンバ! サンバ! サンバ! サンバ!
日の光 浴びて
サンバ! サンバ! サンバ! サンバ!
「がまん」だけが とりえじゃ ないぞ
見てろ 奥の手 「こうごうせい」

はーい、お聴きいただいたのは、草ポケシードの「タネボーサンバ」でした!
ロングヒットのこの曲、タネボーの使う技がよくわかると、トレーナーたちに大人気です!
そういえば、ルビーちゃんもポケモンやってるんでしたよね、なんでもジョウトで大活躍だったとか・・・

しーっ! オフレコオフレコッ! って、あちゃー・・・生放送でした。
だけど、最近ポケモントレーナーになりたい人も増えてるみたいだね。
ポケモンには、怖いところと、優しいところがあるから、両方ともちゃんと見られる強いトレーナーが増えると嬉しいな。

お、カッコいいこと言ったね?
さて、‘Music&Letters’残念ですけど、おしまいの時間になってしまいました。

今週のたくさんのお手紙ありがとう!
それじゃあ、また来週!




「まっさん、お疲れ様です!」
「おー、ルビーちゃんお疲れ〜! お帰りかい?」
「はい、楽屋に寄ってから。」
ヘッドホンをつけたままの男に手をひらひらと振ると、ルビーは顔から笑みを消さないよう注意しながら、すれ違う人に挨拶しつつ廊下を歩いていた。
別に機嫌が悪かったわけでも、悲しかったわけでもない。 そうでもしないと、逆に変なにやにや笑顔で怪しまれてしまいそうだったためだ。
早足で歩く後ろから、軽快に走る足音が聞こえてきて、ルビーはそちらの方を振り向いた。
赤い髪にメガネ。 あまりに有名なDJがルビーに近づいてきて、肩をぽんと叩く。
「クルミさん! お疲れ様です。」
「お疲れ様、ルビーちゃん。 今日もいい声だったよ!」
「ありがとうございます」と月並みな返事をすると、ルビーは少し歩くスピードを落とす。
少し小柄なクルミは、ルビーとそれほど身長が変わらなかった。 それでも身長を隠すわけでもなく、かといって売りにするわけでもない彼女は、とても強い意志を持って仕事に臨んでいるのだとルビーは感じていた。
「ホウエンに帰るの? 大変だよね、ほぼ毎週何百キロの距離を移動しなきゃならないんでしょ?
 いっそのこと、こっちに移り住んじゃえばラクなのに・・・」
「アハハ、どうしても捨てられないもの出来ちゃって・・・
 芸能人として大成できないかもしれませんね、あたし。」
照れたように肩をすくめると、ルビーは楽屋である小さな部屋の扉を開けた。
カチャリという小さな物音を聞きつけ、緑色の何かが動く。
ルビーの楽屋の中にいたそれは、物を壊すのではないかというくらい部屋の中を飛び回ると、思い切り飛び上がってルビーの腕の中に収まった。
それを見て、ルビーの顔がほころぶ。
ほころぶというか、かなりでれっでれににやけていた。 もしこの場にサファイアがいたのであれば、逆に大地震の前触れなのではないかとおびえだすほどである。
「ただいま‘メロディ’!!」
細くても形の整った腕でしっかりとそのポケモンのことを受け止めると、ルビーは部屋のイスに座って、気が済むまで緑色のポケモンの背中をなでた。
かなり乱暴にも見えたが、ポケモンの方もそれを嫌がっている様子はなかった。 大きな瞳を細めて気持ちよさそうにすると、体から甘いニオイを香らせる。


クルミはそのポケモンのことを見ると、ちょっと目を大きくして息をのんだ。
「チコリータ?」
「そう、ニックネームは「メロディ」! 夏休みが始まるちょっと前に近所のオダマキ博士からもらったんです!
 おとなしいし女の子だし、それにこのぱっちりした目! もう可愛くって可愛くって!」
ぎゅーっと音が鳴りそうなくらいにルビーが抱きしめると、チコリータというそのポケモンの頭についた大きな葉っぱが、パタパタと動いた。
しゃがみこんで顔を近づけたクルミに、メロディと名前のついたポケモンはにこっと笑いかける。
八方美人な彼女の顔に手を当てながら、クルミはルビーへと向けて声をかけた。
「ホントかわいい! なつかしいなぁ、4、5年前にジョウトのラジオ塔事件を助けてくれたトレーナーが使ってたのも、このポケモンの進化系だったのよ。」
「あぁ、あたし、その時小さかったからよくニュース覚えてないんですけど、その時クルミさん現場に居合わせたんでしたっけ?」
「そうなのよ、いきなり黒服の人たちがどどって入り込んできて!
 その上、助けにきてくれたのが今のルビーちゃんと同じくらいの子供だったから、びっくりしたわ!
 結局その子たちには取材拒否されちゃったから、今何してるのかとか、全然わからないんだけどね。」
クスクスと笑うと、ルビーはチコリータを一旦降ろし、荷物の入ったポシェットを腰に巻きつけ簡単に帰り支度を済ませた。
ブランドメーカー、チャンピオンの朱色のワンピースに、手を保護するためのグローブ。 リストの部分がサファイアとおそろいの模様になっていることは、誰にも言っていない。
もう1度メロディを腕に抱えると、ルビーは靴を直してからクルミへと一礼した。
「それじゃ、あたしそろそろ帰りますので。」
「うん、バイバイ! また来週ね。」
「お疲れ様でした!」
楽屋の戸を閉めると、ルビーはクルミと反対方向に歩き出した。
別の番組の収録が始まったらしく、ラジオ局の廊下は人の姿も見えず、静まり返っている。
その中でルビーが一瞬だけ出した悲しげな顔は、メロディしか見ていなかった。






ところ変わって、こちらカントー、2の島ポケモンセンター。
昨日に引き続き、混乱は収まっていない様子。
医師も看護師も走り回って、閑古鳥かんこどりの鳴くようないつもの営業からしてみれば大違い。
ナナも頭を抱えていた。 前の主人からファイアの子守役を任されていたというのに、その本人が失踪してしまうとは何事か。
「なぁ、ポケモンセンターの中にはいないんじゃないか?
 普通こんだけ探して見つからないなんてことはないって。」
ファイアの捜索を手伝わされていたリーフは、グリーンへと向かって言う。
缶コーヒーに口をつけようとしていたグリーンは、よく晴れた窓の外の景色を見てから、嫌そうな顔をしてリーフへと顔を向ける。
「ナナも連れずに夜の街に遊びに行ったっつーのか?
 言うのも悪いが、ファイアは方向音痴に近いもの持ってるぞ。 1人じゃ外をうろついたりはしないだろう。」
「でも、星とか月とか見に行ったってこともあるしさ。
 それに、早く見つけてやらないと、1の島で変な奴らがうろついてたばっかりだろ?」
それを聞くと、グリーンの眉がピクリと反応した。
ぐいっとコーヒーを飲み干し、イスから立ち上がるとモンスターボールの連なったベルトを腰に巻きつける。
「姉さん、町の方探しに行ってくる。
 もしかしたらファイアが戻ってくるかもしれないから、姉さんはポケモンセンターに待機していてくれ。」
「分かったわ。 リーフ君も行くの?」
「あぁ。」
あたしも行くッ!!
屋内の探索に当たっていたナナが飛びつくと、リーフはそれを片手で受け止めて自分の肩の上に置いた。
一連の動作を見ていたグリーンが目を丸くする。
リーフはそれには気付かず、簡単に出発の挨拶を済ませるとさっさと外に飛び出していった。


「じゃあ、二手に分かれて探すか。」
道が二股に分かれた場所まで辿り着いたとき、グリーンはそう言った。
さっさと行こうとした彼に対し、リーフはあっと小さく声を上げ、呼び止める。
「連絡どうすんだ? 場所によっちゃ携帯使えないぞ。」
「飛行ポケモンを使う。 お前も持ってるな?」
「まぁ・・・」
「じゃあ決まりだ。 話がないならもう行くぞ。」
「あと1個。」
少々面倒そうな顔をしながら、グリーンは振り向いた。
そのとび色の瞳に移るリーフの姿は、少し怒っているように見える。
「何であんた、オレのこと見るたびに嫌そうな顔してんだよ? オレ、おめーに嫌がられるようなことした覚えないんだけど?」
「気のせいだろ。 元々こういう顔なんだよ。」
言い捨てるようにすると、グリーンはリーフに背を向けてさっさと歩き出した。
に落ちない、といった顔でリーフは立ち止まっていたが、ナナに肩を叩かれると島の奥へと向かって歩き出した。
それほど大きくない島だからすぐに見つかるさ、と、自分に言い聞かせながらひとまず駐在所へと足を向けると、ナナが少し身を乗り出して話しかけてくる。
秘密だらけはお互い様でしょ? あんた自分の本名すら名乗ってないんだし。
「そりゃまぁ、そーなんだけど。
 どうも気持ち悪いんだよな、覚えもないのににらみつけられるってさ。」
いいのよ、リーフのせいじゃないんだから。
「余計気になるっつの。」
ぶつぶつ言いながら坂道を駆け下りると、道を歩く人が少しだけ多くなった。
いつ舞い上げられたのかは知らないが、路面に降りかかった砂で足の裏でじゃりじゃりという音が鳴る。
頭をかこうとして、リーフはそこに赤いキャップが乗っかっていることを思い出した。
まだ7月とはいえ、充分に暑い。 リーフは1度キャップを脱いでそれで自分の顔をパタパタとあおぐと、一緒にもらった上着の前を少し開けた。
何か細いものが地面を叩く音が聞こえて、リーフは顔を上げた。
町が、いつもよりもにぎわっているのは気のせいではない。
みんなが笑顔なのはいいことなのだが、なぜ、夏休みとはいえ、平日昼日中から老若男女問わずに飛び回っているのだろうか。
「何やってんの?」
リーフは遠慮なしに島の住民に聞くことにした。
灰色のロープを片手に持っていた子供は振り向き、リーフの姿を見て目を丸くする。
「リーフ! 戻ってきたんだったら言えばいいのに!
 そんなしゃれた格好してるから、一瞬わかんなかったよ。」
「ひっでーな、わかれよ。 長い付き合いだろ?
 ちっと仕事頼まれてさぁ、何か知らないけどこれ着てろって言うんだけど、あっちーんだよな、これ。」
自分の上着のえりをつかむと、リーフはパタパタと動かして中に空気を取り込む。



「で、何してたんだよ。 みんなして跳ね回ってさ。」
リーフは本題に戻って聞きたいことを尋ねてみることにした。
一刻も早くファイアを探し出したいナナが、少しイライラしているようにも見えるが。
話し相手になっていた子供は、自分の持っている灰色のロープを持ち上げると、にこりと笑ってみせる。
「あぁ、これ?
 みんなリーフに負けてられないってね、来月の月末に行われる「ミニポケモンでジャンプ!」の大会に出ようとやっきになってるんだよ。
 あんまり希望者が多いもんだからさ、いっそ島の中で予選やって、それで大会に出る人を決めようって。」
「それで、みんな特訓中、と。」
「そういうこと。」
「・・・本当にジャンプできんのか?」
縄の間にいるポケモンたちを見てから、リーフは再度確認した。
確かに小さくはあるが、普段岩にへばりついているツボツボに、動かないことで有名なコクーンにトランセル。
とてもではないが、縄跳びできるとは思えない。
「・・・頑張れば、きっと!」
根拠のない言葉に、リーフは苦笑するしかなかった。
要するに今の段階で成功していないということらしい。
特にアドバイスできるわけでもないので、リーフは先を急ぐことにし、とりあえずの質問を相手へと向けてみる。
「なぁ、人探してんだけど、小学校2年くらいの、ちっちゃい女の子見なかったか?
 髪が腰くらいまであって、多分白い帽子かぶってると思うんだけど。」
「いやぁ、外からの人は変な黒尽くめのおっさんくらいで、女の子は見てないなぁ。
 それよりリーフ、ちゃんとばっちゃんとこに顔見せに行ってやんなよ? あれで心配してると思うしさ。」
「あれが心配するようなタマか〜? 今忙しいんだから、あとあと!」

手を振ると、リーフは子供たちと別れ、駐在所へと足を向けた。
軽い揺れに合わせ、ナナの頭が上下する。
知り合いなの?
「まーな、生まれは本土だけど、オレの故郷はここ。 このナナシマなんだ。」
大きく手を広げると、リーフは大またで歩きながら進んだ。
強い風が吹き抜け、キャップからはみ出した髪を揺らす。
慌てて帽子が飛んでいかないように頭を押さえたリーフの肩で、ナナは風のニオイをかいだ。 海特有の塩辛さは感じるが、カントー本土の海のような、よどんだニオイはしない。
家々の玄関はみんな横開きで、ドアと言えるものはほとんど見当たらない。
たどり着いた駐在所でさえ、そうだった。 ナナはそこに、島を吹き抜ける風の強さを感じていた。
黒くなった木で出来た取っ手を引きながら、リーフは中の人が驚かないように、ナナに「しゃべるなよ」とクギを刺しておいた。
「おっまわりさーん! いるー?」
かなりの大声を出したリーフに、ナナは耳をふさぐ。
適当な返事が戻ってきた後、ごま塩頭の中年男が奥から顔を出して、目を見開かせた。
カントー本土で交番にいるにいるのは大体若い巡査がほとんどだったので、ナナはまたしても驚く。
「あぁリーフ! 帰ってきてたのか。
 電話で言ってくれれば港まで迎えに行ったのに。」
「いらねーよ、オレおっさんと違って体力あるしさ。
 それよりもさ、今、人探してんだけど、ここにちっちゃい女の子来てないか?」
白髪混じりの頭をかくと、警察官はあまりやる気なさそうに机から書類を取り出し、中を確認する。
「迷子か? いやぁ・・・そういう話はきてないなぁ。
 大丈夫かな・・・」
「?」
「いや、朝から島で不審者を見かけたって情報が後を絶たなくてな。
 変な事件とかに巻き込まれてなきゃいいんだが・・・」
それを聞いて、リーフは少し不安になった。
彼が顔を曇らせると、中年の警官の顔も厳しくなる。
その原因が自分だということに気付くと、リーフは表情を変え、背にした重い扉を開いた。
逆光に照らされた顔に、警官は少し目を細めた。 いくらかたくましくなっていても、自分の目の前にいるのは、警官が昔から知っている少年だ。
「じゃ、しょうがない。 他にも人来てるから、そいつらと一緒に探すよ。
 もう行くな。 仕事サボんなよ!」
「うるせぃ!」
追い出されるように駐在所を出て行ったリーフたちの背中を見て、警官はごま塩頭をかいた。
そして、リーフの注意もむなしく、奥に引っ込んで新聞とテレビに向き合う。


生ぬるい冷房すらなくなって、リーフは歩きながら汗をかいていた。
1度後ろを振り返って駐在所を見るが、残念ながらその不安は的中してしまっている。
「あっち。」
こっちはもっと暑いの。
リーフの肩の上で、ナナが声を上げる。
氷タイプのムチュールが暑さに弱いのは、当たり前といえばそうだが、段々ぐったりとしてきたナナの重みで、リーフも肩こりを感じ始める。
分かれ道まで来ると、リーフは1度立ち止まる。
進もうとしているのは町の中心部へ行く右の道、足を進めたのは、海沿いへと進む左の道。
「しょうがないな、ちょっと休憩しようぜ。」
なによ、休みたいなんて一言も言ってないわ!
「干からびた海草みたいになっても困るんだよ。 いいから少し黙ってろよ。」
砂の積もる道路を歩き続けると、リーフは派手なパラソルの置いてある店の前で立ち止まった。
強い直射日光で店の品物の半分近くは色あせてしまっているが、店の前に置いてあるクーラーボックスだけは新品のようで、鮮やかな赤い色がとてもよく人目につく。
リーフはその中から薄い青色のビンを取り出すと、ナナのおでこにくっつけた。
小さな悲鳴を上げた後、ナナは驚いてリーフの取り出したビンを見る。 透明な筒の中に貼りつく小さな気泡に、少しだけ驚いた顔をしたムチュールを見ると、リーフはまた、彼女が耳をふさぎたくなるような大声で店の奥に声をかけた。
「タマーッ! サイコソーダ2つ!!」
がしゃん、と、何かの壊れるような音がして、店の奥から主人らしき男が飛び出してきた。
へこへこへこへこと、ずいぶんと腰が低い。 リーフよりも視線を下にして、男はあまりにも頼りない笑顔を向ける。
「はいっ、すいませんすいませんすいませんすいません! せっかく来ていただいたのに気付きもしませんでッ!
 サイコソーダですねッ、今すぐにお出ししますッ! そりゃもうカッチカチに凍りつくくらいまでキンキンに冷えたのをッ!!」
「相変わらずだなぁ、タマ、いい加減慣れろよ。
 島の奴らは心が広いんだから、本土から来た人間でも、のけものになんかしないっつーの。」
「も、申し訳ございません!!」
地べたに頭がくっつきそうな勢いで、店主はリーフに向かって謝り倒した。
本当に凍りつく直前のような冷たさのサイコソーダを受け取ると、リーフはその1つをナナに分け与えながら、店主へと向かって尋ねる。
「そういやタマ、今、本土から人が来てるんだけど、そのうちの1人が迷子らしいんだ。
 お前、帽子かぶったちっちゃい女の子見なかったか?」
ダメもとで聞いてみたが、意外にも店主は反応した。
「はっ、はいッ! 見た、いえ、見ました!!
 見慣れない女の子なら、今朝黒い服を着た男の人と一緒に山の方に向かって行きました!」
「マジ?」
「マジですッ、大マジですッ!! リーフさまの言うその子かどうかは分かりませんがッ!」
リーフが軽くうなずきながらサイコソーダの栓を開けると、中身が一瞬にして凍りついた。
中身の出ない炭酸水の代用品としておいしいみずをもう1個買い足すと、謝ってばかりの主人に別れを告げ、山へと進む道に足を向ける。




同じ頃、町の反対側にいたグリーンは、持ち出してきた飲み物を口にしながら悩んでいた。
ファイア本人はもちろんのこと、聞き込みに応じてくれそうな人間も見つからない。
照りつける日差しは強くなる一方だし、島の人間の方も、段々自分のことを変な目で見ているような気さえする。
「・・・くそっ、あの時俺が動いていれば、こんなことにはならなかったのに・・・!」
握ったこぶしの中で、爪が突き刺さっていた。
責め苦を考えていても何の解決にもならないことはグリーンも充分にわかっていたが、それでも歩みは速くならない。
すれ違った子供が、自分のことをちらりと見る視線を感じ、顔をそらす。
リーフが言っていたとおり、携帯電話を使うことも出来なかった。 急ぐ気持ちと見つからない現状でジレンマに落ちかかっていると、唐突に目の前に人の影が落ちて、グリーンは顔を上げた。
グリーンが顔を上げると、少しおびえた顔をしたエプロン姿の男が、グリーンの顔をじっと見ている。
「・・・えーと、こんにちは。 こんにちは? うん、今11時だからこんにちはで合ってるか。」
しどろもどろに男は言った。
時計を見る仕草までおどおどしていて、その姿にグリーンは毒気を抜かれている。
「あの、すみません。 本土の方でしょうか?」
「あ、あぁ・・・」
グリーンが答えると、相手の男の顔に少しだけ赤みが差した。
「やっぱり! 僕もタマムシ出身なんですよ。
 今はこの島の海沿いで、兄と2人で店を開いているんですけど、仕入れが悪いのか、なかなか人が来てくれなくて・・・
 兄は兄で、かなりの小心者なんで、お客さんにまで謝ってばかりですし・・・
 よければ、1度来てみてください。 年中営業してますよ!」
やっとマトモに会話出来る人間が見つかって、グリーンは多少ホッとしていた。
少々気が小さいようではあるが、話を聞く分には問題なさそうだ。
キャッチセールスの部分を適当に受け流すと、グリーンはベルトに取り付けた物入れからトレーナーポリスである証のバッジを取り出し、エプロン姿の男に見せた。
「人を探しているんだが、小学生くらいの女の子を見かけなかったか?
 身長が120センチくらいで、水色の服と赤いスカートを着て、白い帽子をかぶっているはずだ。
 髪が腰くらいまであるから、一目見れば判るはずなんだが。」
グリーンの質問に、男は首を横に振る。
「いえ、そういう子は見てない・・・っていうか、今日は島にいる子しか見ていませんし。
 その子、妹さんかなにかですか?」
「まぁ、そんなところだ。」
「・・・心配だなぁ、昨日から怪しい人を見たって話が後を絶たないんですよ。
 変な事件とかに巻き込まれてなければいいんですけど・・・」
エプロン姿の男は、少し顔を曇らせると、うつむいた。
TPとあしらわれたバッジをバッグの中にしまいながら、グリーンは首をかしげる。
「怪しい人?」
「えぇ、中年の男とか、若者とか、バカみたいに背が高い外国人とか、色々話はあるんですけど、全員共通して全身黒尽くめらしいんです。
 この時期にしちゃ、変でしょ?」
軽く身を震わせると、グリーンは体の横でこぶしを固めた。
厳しくなった表情に相手の男がおびえていることには気付いていないらしい。
「まさか、そいつら、胸に「R」って文字が入った服を着ていたのか?」
「いや、僕はそこまでは・・・人づてに聞いた話ですし。」


これ以上聞けることはないだろうと男に別れを告げようとしたとき、グリーンは突然、厳しい表情で町の方角をにらんだ。
電気ポケモンが技を放ったときに出来る独特の波紋が、地面にまかれた水の上に広がっていた。
神経を研ぎ澄ますと、グリーンは腰のホルダーからモンスターボールを外す。
「逃げた方がいい。」
「はい?」
「出来るだけ町の中心部には近づかないようにして家に帰れ。
 ノコノコ歩いてるとバトルに巻き込まれるぞ。」
片手でエプロン男を追い払うと、グリーンは町の中心部へと向かって慎重に歩き出した。
放たれている殺気は、自分に向けられているものではない。
だが、放っておいたら火の粉が何の関係もない人間や町にまで降りかかる可能性がある、これは、長年トレーナーをやってきたグリーンの直感だった。
いつでも戦える態勢で、殺気の放たれる方向へと足を進める。
グリーンが思っていた以上に早く、その時は訪れた。 何者かによって放たれた『でんきショック』によって、町の中を走る電線が音を上げる。

駆けつけたグリーンの目の前で、既にバトルは始まっていた。
トレーナーの片方は先ほど別れたリーフだ。 ナナを小脇に抱え、一昨日渡されたゼニガメを連れて走り回っている。
もう1人の方は、明らかな不審者だった。 背の高いグリーンが見上げなければならないほどの巨体に、金髪。
ただの観光客ではないとすぐに判ったのは、黒服の胸についたRの文字のせい。
放たれた『でんきショック』を避けながら、リーフはグリーンの顔を見てぎょっとしていた。
一瞬表情を変えると、ゼニガメをグリーンの方へと向かせ、『みずでっぽう』を放ってくる。
「ちょっ、ジャマ!!」
小さなゼニガメがグリーンの足元を走り抜ける。
リーフは大回りして町外れへと向かうと、家の軒先に立てかけてあった傘をつかみ、追いかけてくるコイルを払った。
相手のポケモンはほとんど動かされないまま、傘だけがぐちゃぐちゃに壊れる。
青い顔をして壊れた傘を見ると、リーフは追いかけてくる黒服の男を見てから再び走り出した。
胸に大きくRと文字の入った服を着た男は、路上駐車してあった車の上を飛び越え、リーフの進む先にコイルを向かわせる。
「『ちょうおんぱ』!!」
「ジョー『みずのはどう』!!」
水面を波立たせながら進んでいく音の波を、小さなゼニガメが放った円状の水が相殺する。
弾けた水の粒を顔に受けながら、リーフは進路をふさがれ、立ち止まった。
「だーっ、しつこいっ! 何で追いかけてくるんだよ、この変態!!」
急ブレーキをかけて、リーフは背後にいる黒い服を着た男に怒鳴りかけた。
見れば見るほど、奇怪な男である。
肌は見たこともないほど白いのに、顔はそばかすだらけ。 髪は黄色いし、目は青いし。
それ以前の問題で、でかい。 規格外にでかい。 グリーンもそれなりに身長はある方なのに、それを見下ろしている。
サイズが足りないらしく、Rのロゴが入った黒服はパッツンパッツンで袖丈も足りていなかった。
「ハァ、シラジラしい! お前がかつてロケット団にやったコト、いまさら忘れたなんて言わせないゼ!!」
「何のことだよ? オレ、人から恨み買うようなことした覚えあんまりないぞ!?」
少しはあるんだ、と、リーフの背中にしがみついていたナナがつぶやいた。
足元にきたゼニガメを左手で抱えると、リーフは大またで近づいてくる大男から遠ざかるように、1歩後退する。
「そりゃあ、ソウだろうな。 8年前のアノ事件のオカゲで、お前たち一躍正義のヒーローだ。
 多くの市民から信頼を得たお前は、ナニをやっても許される!
 お前がポケモンの真実を知らず、ドレだけ間違ったことをやっていてもダ!!」
ボンッとモンスターボールの弾ける音が聞こえ、赤い翼のようなものがリーフの目の前をふさぐ。
尻尾に炎のともった巨大な翼竜は、鋭い目つきで黒服の男をにらみつけていた。
指示を出す手を大男に向けるグリーンの横顔を見て、リーフは背筋に寒気が走る。


「黙れ。 何も知らないのはお前たちロケット団の方だ。
 あの後レッドが、どれだけ悩んでいると思う?」
「ノンキにカキ氷食って、平和ボケしているようにしか見えなかったガ?」
「・・・え、オレ?」
指差されたリーフは反射的に空いている手で自分のことを指差した。
全く事情が飲み込めず、何度も目をパチパチさせる。
リーフを置いてけぼりにしてグリーンと大男はにらみ合うと、空の高いところで羽ばたいた海鳥の合図をきっかけにして、バトルを始めだす。
まったくの想定外の事態におちいって混乱しているリーフに、グリーンは怒鳴るように声を出した。
「何してんだ、さっさと逃げろ!」
「は? 何で・・・」
「いいから! こいつは俺が倒しておく!」

納得のいかない顔をしながらも、リーフは指笛を吹き、ゼニガメを抱えたまま町外れへと向かって走り出した。
彼のスピードが上がると、家の屋根を走りながら、何かが追いかけてきていることにナナは気付く。
「あー、横取りされた。 あいつはオレが倒そうと思ってたのに。」
何言ってんのよ、トーシロ! ゼニガメでコイルに勝てるわけないでしょ!?
「だーって、戦わないと強くなんねーじゃんか。 なぁ?」
リーフが斜め後ろの家へと向かって声をかけると、少し大きな音を鳴らし、白い物体が空を飛んで1人と2匹の横に着地した。
自然と足が止まる。 出番のなかったガラガラは持っている骨で自分の肩を叩くと、若いトレーナーの顔を見上げ、鳴き声を上げた。
「悪いな、トシ。 出番なかった。
 にしても、あの大男、何ワケの分かんねぇこと言ってたんだ?
 8年前の事件がなんたらって、8年前じゃオレまだ3歳じゃねーかよ・・・」
・・・勘違いされてるのよ。
「何が?」
リーフは尋ね返したが、ナナは質問に答えなかった。
ゆっくりと振り返るが、『えんまく』を使ったのか、けむりだまを使ったのか、もうもうと煙が立ち昇っていて様子をうかがうことも出来ない。
少し眉を潜めると、そのまま道を進みだす。
10分ほど歩き、小ぢんまりとした道場のような建物の前で、リーフは立ち止まる。
看板を見ると、リーフはため息をついた。
しばらく動かずにいたところをガラガラに骨で小突かれ、しぶしぶといった感じでその建物の中へと入っていく。




リーフは靴を脱ぐと、畳敷きの大きな部屋の真ん中で立ち止まった。
はぁっと、もう1度大きなため息をつくと、ずっと抱えていたゼニガメを降ろし、そっと目をつぶる。
「あにぃ、覚悟!!」
高い女の子の声と一緒に飛んできたピコピコハンマーを、リーフは片手でなぎ払った。
背後に回した手首に竹刀の攻撃が当たり、ガンッと硬いもの同士がぶつかる音が響く。
攻撃に移ろうとリーフが動いた瞬間、わき腹を思い切り叩かれ、思わずリーフはうずくまった。
「・・・ってぇ〜・・・」
「おんや、ちっとも成長してないようだねぇ、リーフ。
 これじゃあこの間来たボウヤの方が、まぁだ強いかもしれないよ?」
「ばっちゃん、しっかりして! 最後に道場に人が来たのは1年前だよ、この間じゃないよ!」
部屋の入り口にいた女の子が、ちょこちょこと走りながらリーフの目の前にいる老婆へと向かって話しかけた。
無造作に畳の上に転がったピコピコハンマーを手にとると、それでリーフの頭を叩こうとして、また振り払われる。
「どうにかなんねぇのかよ? この変な伝統・・・」
わき腹をさすりながら、リーフは目の前にいる老婆に向かって言った。
「おや、不満かい?」
「これじゃあ人も逃げるだろがっ。 剣道場なのに1人も入門者いねーんだろ?
 もっと普通に出迎えろよ、フツーに!」
一応、怒鳴りかけてはみるものの、老婆は気にしている様子すらなかった。
肩からずり落ちたナナは、呆然としながら3人の人間を見比べる。

リ、リーフ・・・これは・・・?
「・・・オレのばっちゃんと妹。」
諦め気味な声でリーフは返答する。
初めて見るのか、女の子と老婆はナナとゼニガメのジョーの方に興味を示したようで、じろじろと見つめられて2匹は固まった。
「ムチュールだ、ムチュール! 喋るムチュール!」
べたべたと触られて、たまらず逃げ出したナナを見て老婆はにこにこと笑っていた。
「まぁ〜、めんこいのが来たねぇ。」
「いや、あれオレのじゃないんだけどさ。
 あ、なぁ、ばっちゃん。 人探してんだけど、今日女の子見なかったか?
 本土から来た子なんだけどさ、ちっこくて、白い帽子かぶってると思うんだけど。」
「あぁ、ファイアなら奥で寝とるよ。」
「ふーん・・・え!?」
思いもよらない返答に、リーフの反応は一瞬遅れた。
ナナを捕まえた女の子が機嫌よく2人のところへと戻ってくる。
話を信じきれていないリーフが、彼女へと同じ質問を投げかけると、全く同じ答えが返ってきた。
「朝頃に、クールでワイルドなおじさんと一緒に来たの。
 一緒に遊んでたんだけど、そのうちファイアもセロも寝ちゃったから、起きたら車でポケモンセンターに帰すことにして、おじさん先に帰ったんだよ。」
「遊んでたぁ!?」
「おじさん怖い顔だけど、色んな遊び知ってるんだよ。
 お手玉3つ投げられるようになったの!」


もういい、もういい、と、リーフは動きで女の子の言葉を止めた。
頭をかこうとして、頭に乗せたキャップにそれを阻まれる。
「とにかくさ、その知り合いが探してるから、ファイア起こしてさっさと帰るぞ。」
「あにぃ、寝かしといてあげて。」
「はぁ?」
老婆が家の奥へと続くふすまをゆっくりと開き、リーフたちを案内する。
「かわいそうに、よっぽど怖いことがあったんだろうねぇ。 この子は、独りじゃ帰れないんだよ。」
ブランケットをかけられて、ファイアは散乱したおもちゃに囲まれながら、昨日リーフが見た格好そのままの姿で眠っていた。
とにかく起こそうとリーフが彼女の肩に手をかけようとすると、ピシリ、と音を立て手の甲を竹刀で叩かれる。
「リーフ、おぶっていっておやり。」
「何で・・・」
「おや、詮索するのかい?」
リーフは押し黙ると、ぶつぶつと言いながらファイアを背中に乗せて立ち上がった。
忘れ物がないかよく確認すると、あまり早くはない足取りで道場の入り口へと戻り、靴をはきなおす。
入り口で1度立ち止まると、リーフは老婆に向けて一礼した。
しゃがみこんで眠っているファイアの顔を老婆と女の子に見せるようにすると、老婆はファイアの帽子を直しながら、おだやかな声であいさつをする。
「あせらなくていいんだよ。 人の傷は、ゆっくりえていくもんだからね。
 ファイア、今よりももっと強くなりたくなったら、ばっちゃんのところにおいで。
 とっておきのワザを教えてあげるからね。」
「・・・?」
言っていることの意味がわからずリーフが首をかしげると、老婆はリーフに向かっても声をかけた。
「リーフ、おまえさんもだよ。 自分の心がその時だと感じたときに、もう1回ここにおいで。」
「何言ってんだか、全然わかんないんすけど?」
「いいから、覚えときな。」
「へーい。」

「・・・あ。 あと、ばっちゃん。」
帰ろうとした足を一旦止めて、リーフは振り返る。
「何だい?」
「ロケット団とかいう変な奴らが、島うろついてるみたいだから、気をつけとけよ。」
今さら!? ロケット団がついでなの?
「あぁ、はいはい。 そうしとくよ。」
驚きのナナをよそに、いたって普通に受け流すと、道場の2人はリーフとファイアに手を振った。
急勾配な坂道を下りながら、リーフはグリーンたちのバトルが終わったかどうかを確認していた。
さすがに、1時間近くもバトルを続けるほど酔狂な人間でもなく、島にはいつもの静けさが戻っている。
「あっち。 あー、早く帰ってラジオ聞かないと。
 クルミ&ルビーのミュージックアンドレターズ始まっちまう。」
手で顔をあおぐことも出来ず、リーフは犬のように口の間から舌を出した。
リズムに合わせながら歩くリーフを、ナナはにらむような視線で見つめている。
今日1日一緒にいて、なんか、あんた自分の実力を隠してるみたいに見えたんだけど。
 ねぇ、あんた、一体なに?

「ひーみーつ。」
軽くあしらうと、リーフはファイアを背負ったままポケモンセンターへの道を歩く。
少しだけ歩調が早くなったのは、高いところにある時計を見て、ラジオ番組の時間が迫っていることにリーフが気付いたからだった。