さぁっ、今日も熱くいこうぜ!!
バトルフロンティアで一番盛り上がるのはここだ! その名はバトルドーム!!
野郎ども、用意はいいか!? モタモタしてたら置いていくぜ!
バトルトーナメント第1戦、戦うのは今日の優勝候補ナンバーワン!
我らがヒーロー! ドームスーパースター、ヒース!!

「ヒース! ヒース! ヒース! ヒース!」
「ヒース! ヒース! ヒース! ヒース!」
「ヒース! ヒース! ヒース! ヒース!」
エメラルドは思わず耳をおおった。 鼓膜こまくがつんざけそうだ。
まだ始まったばかりだというのにこの歓声。 田舎育ちのエメラルドとしては、信じられない。
会場の照明が消え、観客席に囲まれたステージの中央に男の姿が浮かび上がる。
立見席の、それも一番後ろにいたというのに、男の顔がはっきりと見えた。 そこだけ別の次元に変わってしまったかのようだ。
男の手から離れた何かが、大きな竜へと変わる。
スタンドへと振られる手、ポケモンに触れる仕草、対戦相手へと投げかける言葉。 その1つ1つに、観客たちはいちいち沸いていた。




「見た?」
バトルの衝撃と湧き上がる音で震える壁を背にして、長い髪の少女は少年へと尋ねた。
防音されてなお、音の漏れる扉に眉を潜めながら、エメラルドはとりあえずといった感じでうなずく。
バトルドームの外に出られたとはいえ、まだまだうるささは治まらない。
「あれが、ポケモンバトル。 少ない時間の中から行動を取捨選択して、ポケモントレーナーって名前のチームを勝利に導いていく。
 ここはアトラクションとしてやってるから、多少変則ルールではあるけどね。 基本的にあんな感じ。」
「せからしか〜。 人の声に飲み込まれるかと思ったばい。」
「あれはまだ少ない方。 いい? お客はカイス、歓声はBGMだと思ってればいいの。
 人の目を気にして、自分の実力が出せないようじゃ、トレーナーとしてやっていけないわけ。 わかる?」
理解しないまま、エメラルドはうなずく。
それはすぐに見破られた。 顔を持ち上げられながら「わかってないなら、ちゃんと言おうね〜」とか言われると、すっごく怖い。 相手笑顔なのに。
「いーい? たとえばね、今、キミはトレーナーとしては、おーせーじーにーも、強くはない。 だから、他の人のバトルを見て勉強したりしてるでしょ?
 だけど、今のペースで修行を続けて、キミが強くなったとしたら・・・」
「俺のバトルば、違う誰かが見にくると・・・?」
「そゆこと。 しかも、強くなればなるだけ、人数は増える。
 その時にトレーナーは周りを意識しちゃいけない。 なぜなら、増えた人たちはポケモンたちにもプレッシャーを与えてるから。
 意識せず、だけど無視もしないで、ポケモンたちから頼られるような存在にならなくちゃいけない。
 それが、ポケモントレーナー。」
ピッと指を突き出され、反射的にエメラルドはうなずいた。
自身ありげな笑みが、別の誰かと重なる。 1人は、たまに家に遊びに来るトップスター・ルビー(が、こんなボロ家に来ていいものかとエメラルドは常々考えている)。
もう1人、テレビに出ていた誰かと似ていたような気がするが、エメラルドには、その名前が思い出せない。
何とかして思い出そうと記憶の糸を辿っていると、会場のスピーカーから大音量で音楽が流れ出す。
たぐり寄せていた手から、糸がこぼれ落ちた。
受付のテーブルに備え付けられたテレビ画面から、先ほどのバトルの様子が映像として流れ出す。
低いうなり声と、はためく翼。 修行としてやっているバトルとは、迫力が違う。
「ああしてバトルの様子は、試合後にモニターで調べることが出来るわけ。
 つまり、相手の手も分かるけど、こっちの手もバレる。 出来るだけ毎回、違ったポケモンを使っていくから、技の配列、忘れないようにね。」
不安を感じながらモニターの方を見に行こうとすると、にわかに人ごみがざわつきだす。
誰かが近付いてきているのがわかった。 分厚い扉が乱暴に開かれると、悲鳴のような声に囲まれながら、大きな男がかっ歩しながらやってくる。



「やぁ、キミぃ? バトルファクトリー勝ち抜いたのって。」
男の格好は、エメラルドからしてみれば「信じられない」ものだった。
髪は紫色に染めているし、派手に光る羽みたいなものが服についているし、男のくせに化粧なんかしているし、えとせとら。
妙に存在感のある相手を呆然と見つめていると、男はエメラルドの格好を見て、ふんと息を鳴らした。
「ダメだねぇ、キミ。 悪いけど、はっきり言って、地味!
 優秀なトレーナーはねぇ、オーラが違うんだよ。 オーラが!」
エメラルドの耳元で、ピピッと音が鳴った。 頭のバンダナに留めたバッジに内蔵されたカメラが、起動して音を立てている。
「俺のどこが地味なん!
 そぎゃん気味の悪い格好、頼まれたってしなかからな!」
「あっははは! 嫌だねぇ、これだから田舎ものは!
 最新のトレンドも、本物のオーラも、何も知らないから、目の前に素晴らしいものがあったとしても、気付くことが出来ない!
 キミに同情するよ。 本物を、知ることも出来ないんだからね。」
体の後ろで、エメラルドは強くこぶしを握った。
悔しさで顔が赤くなり、相手をどうにかしてやろうと、自分のケンタロスが暴れまわるところをイメージする。
怒りが頂点に達するかというとき、男はきびすを返してスタッフルームの方へと歩いていく。
高らかな笑いが聞こえなくなると、辺りのざわめきも静かに感じた。 震えている肩に、何か小さなポケモンが飛び乗った。
胸の中で風が吹いて、霧のような怒りを持ち去っていった。
肩に乗ったものを確認しようとすると、赤いほっぺの小さなポケモンが、にこっと表情をゆるめて笑いかける。
ぽやぽやと笑う黄色いポケモンは、ぴょんと体をひるがえすと、マリンの方へと飛んでいく。
彼女は前髪をかき上げると、エメラルドの方へと茶色い瞳を向けた。
「気にしないでいいよ。 あれはニセモノだから。」
ふっと声がかかり、エメラルドは顔を向ける。
「本物はもっと自然なもの。 だけど、不思議とそれに気付く。
 気付いた? あのヒースって男の化粧の中に、『ひかりのこな』が混ぜられてたの。
 ギラギラ光ってれば、確かに注目は集めるけど、それを落としちゃえば、ただの人だよ。」
ピチューを肩に乗せると、彼女は立ち上がり、受付へと向かって歩く。
水色の用紙とピンク色の用紙を受け取ると、エメラルドのもとへと戻り、彼にペンを持たせる。
自分の名前を書く欄を見て、エメラルドは一瞬戸惑った。
「明日から、バトルトーナメント、攻略クエストするよ。」
簡単に言った彼女を見て、小さな少年は、自分の中で何かが動くのを感じ取った。








3の島、大小そろっておやこじま。
この場所に近付いたらまず、たくさんの緑が目に入る。
太陽の光をいっぱいに浴びた大きな木々が、毎年たくさんのきのみをつける。
だけどこの森、オバケが出るってウワサ。
本当かな?

リーフは港に船が着くと、まっさきに飛び出していきました。
一気に階段を駆け下りると、ここまで運んできてくれた高速船シーギャロップに向かって手を振ります。
「おーい、何やってんだよ! 早く行こうぜ!」
先に行っててちょうだい、こっち時間かかるから!
そう、ナナが言って、ファイアはなんだか自分が悪いことをしているような気分になりました。
けれども、ファイアは船から下りることが出来ません。 急いでいたので、ナナミさんが間違えて席の指定をし忘れてしまったのです。
2階席にいる間、ファイアはずっとグリーンの腕をつかんで震えていました。
「高所恐怖症なんて・・・」
あたしと会う前からそうなのよ。 原因もわからないし、ちっとも良くなる気配がないの。
船から降りるには、1メートル半ほどの高さのところにある階段を降りなければなりません。 ファイアにはどうしてもそれが出来ませんでした。
グリーンは早く降りるようにせかしている船員を見ると、小さくため息をついてファイアを抱きかかえます。
「格好悪いけど、これで行くしかねぇな・・・
 ファイア、目開けるんじゃないぞ。」
ファイアはとても小さくて軽いので、普段から鍛えているグリーンはそんなに重くは感じていないようでした。
そのまま早足で船を降りてファイアを揺れない地面の上に乗せると、そのまま戻って2人分の荷物を持ってきます。
で、これからの行動だけど・・・まず第1目的が行方不明の「マヨ」の捜索・・・
「第2目的、っていうか、元々の目的が、ナナシマのどこかに飛んじゃってるかもしれない、‘DEOXYSデオキシス’の破片を見つけてくること、よね。」
ナナがそう言い、グリーンもうなずきました。
2人はとても難しそうな顔をしていましたが、ファイアには2人が何を言っているのかよくわかりませんでした。
それよりもファイアは、グリーンが持ってきてくれたバッグを持って、リーフを追いかけなければいけません。
少し急ぎ足でリーフが行ったはずの方向に走り出すと、ナナがあわててついてきました。
心配そうにしながらも、グリーンは追いかけることはしませんでした。
他にもっと、心配なことがあったからです。



中心街へときたリーフは、目の前にある島の変わりように驚きを隠せずにいた。
本来もっと静かだったはずの町に入った途端、白い煙を上げるバイクが猛スピードで前を突っ切り、文句を言うヒマもなくどこかへと消えていってしまう。
言葉も出ず、ただそのバイクが走って行った先を見ていると、今度は別の方向でエンジンの音が爆発する。
そちらへと顔を向けてみると、今度はいかにも暴走族らしき人物に島の人間がからまれているのが見えた。
からまれている方は、見知った顔だ。 リーフは迷うことなく助けに行くことにした。
「お、おい、そこのトサカ! なにやってんだよ!」
「・・・リーフ!?」
「あ? なんだよ、邪魔すんじゃ・・・!!?」
モヒカン頭の暴走族は、リーフの顔を見た途端、顔を引きつらせた。
リーフはモヒカン頭の顔を見たことはないが、相手は知っていたようである。
逃げ台詞1つなく、バイクをふかすと退散していく。
「あ〜あ。 有名になったもんだな、オレも。」
「リーフ、帰ってきてたの! いつ!? あ、その前にありがとう!」
「言ってることぐちゃぐちゃだよ、おばさん。 2週間くらい前かな、島についたのは。 1の島にずっといたから、なかなかこっちには来られなくてさ。」
苦笑しながらリーフは返答する。
その答えで納得したらしい中年の女性が軽くうなずくのを見て、リーフは次の話題へと移る。
「なぁ、おばさん。 ちょっとマヨ探してるんだけど、知らねぇ?
 昨日から行方不明らしいんだ。」
「マヨちゃん? 一昨日なら近所の子ときのみとりに行くんだって、楽しそうに話してるの見たけどねぇ・・・」
首をかしげた女性に対し、リーフは「ふーん」と、あまり気のないようなあいづちを打つ。
一応暴走族に気をつけるように言い、そのまま彼女と別れると、リーフは東の方へと行き先を変えていった。
その先にはきのみのたくさんなる森が茂っている離れ小島があり、普段は子どもたちの遊び場、また、幽霊が出るとの噂から、肝試しの場所にもなっている。







普段のサファイアをただの一般人とすると、
今はさしずめスキャンダル中の芸能人といったところだろうか。
人に囲まれる感覚が、サファイアはあまり好きではなかった。
大勢の人間の言葉を全部聞き取れるほど耳も良くないし、何かに圧迫されているような錯覚におちいりそうになる。
それでも、この場所を選ばざるを得なかったのは、彼をここから動かすことが出来ないからだった。
コトキタウンのポケモンセンター。 サファイアが旅を始めた最初の日、ルビーと一緒に泊まったあの日の静けさは、当分戻ってこないだろう。

「あーもー! どきぃや!
 お前らと戦っている場合ちゃうねん!」
押しかけてくるトレーナーとのバトルを全部不戦敗ということにして、サファイアはその集団から逃げると、ポケモンセンターのICU集中治療室へと続く扉を後ろ手で閉めた。
深く息を吐くと、ガラス越しにベッドの上で横たわっているサーナイトの姿を、無言のまま観察する。
細い管につながれた、人に似た姿をした白いポケモンが、そこにいる。
彼、は、眠っていなかった。 サファイアが来たことにもすぐに気付いた。 フラフラの体を起こすと、彼の周りに置かれていた計器が異常を来たし始める。
サーナイトは時折体を揺らしながら、自分とサファイアとをへだてるガラスの壁へと近づくと、こぶしを振り上げてそれをバン!と叩いた。
驚いてサファイアは身をすくませる。
声にならない声が、ピリピリと肌を震わせる。 PMNポケモンナースや看護ポケモンたちにがんじがらめにされながらベッドへと戻される彼を見て、サファイアは軽い恐怖を覚えた。


ベッドに縛り付けられるように戻されたサーナイトを見て、サファイアは眉を曇らせた。
あいは、その状態でもなおサファイアのことを睨むような視線で見ている。
少し迷っていたが、サファイアは意を決すると、自分と彼とをへだてているガラスを軽く叩き、看護師へと尋ねた。
「あの、‘あい’は、どないしとるんですか?」
PMNポケモンナースはサファイアに気付くと、ガラス越しに応対する。
「酷く強いエスパーポケモンと戦ったみたいで・・・
 幸い、同じエスパータイプのため傷の方はたいしたことはなかったんですが、ああして時々暴れるので、一般の処置室に移動させることが出来ないんですよ。」
「せやったら、中入ってええですか?」
「危ないですよ?」
「平気です、‘あい’も顔知っとるワシやったら攻撃せえへんと思いますし。」
言ってはみたものの、サファイア自身、確信があるわけではなかった。
何度も頼み込んで扉を開けてもらうと恐る恐るではあるが、あいへと近づいていく。



「2人だけにしてもらえます?」
ベッドに縛り付けられているポケモンにあと1メートルと近付いたとき、サファイアは立ち止まってPMNポケモンナースへと、そう言った。
願いを込めて寝ている彼と視線を合わせると、サーナイトはその意思をくみとり、大人しく動かないフリをする。
その様子を見た看護師らが完全に部屋から出て行ったのを見ると、サファイアはサーナイトの体を縛り付けているものをほどいていった。
自由になるとあいは、1度大きく伸びをしてからサファイアの方へと向き直る。
「どないしたんや、‘あい’?
 ツルツル君はどうしてん、一緒だったんちゃうか?」
サファイアはベッドの上に座ったあいに脳天をどつかれる。 エスパータイプに叩かれたところで全然痛くはないが。
頭を押さえる少年を疑うようなまなざしで見ると、サーナイトは頭の後ろでリボンの形を作る。
顔の横で手をパタパタさせると、サファイアは首をかしげ、目を1度まばたかせた。
「ルビー? 昨日、テレビの仕事がある言うてカントーの方行ってもうたで。」
不満そうな顔をすると、サーナイトは今度は自分のひたいの辺りに手を持ってきて、くの字型に曲げる。
「ゴールドか? ジョウトに帰ってもうたやん。
 あれで忙しいんやから、当分こっちには来られへんよ。」
サファイアがそう言うと、あいはますます不満そうな顔をして、その場でふてくされたように動かなくなってしまった。
自分はアテにされていないのかと、サファイアもついでにふてくされてみたが、まったくその通りであった。
話が進まない。 深刻な状況を抱えたまま、その場でぶーたれている男2人。
これはこれで、今のところ平和である。







リーフとすっかりはぐれてしまったファイアは、とても困っていました。
引き返すことなんて最初から考えていませんでしたし、かといって、ポケモンセンターや宿のような一旦帰るような場所も、ファイアは知りません。
せめて彼女とは離れないようにと、ファイアは一緒に来てくれたナナを抱っこしました。
それはほんの少しだけ、心強くなれることでしたが、それでも、今の状態の根本的解決にはつながっていませんでした。
「ん〜? どうしたんだぁ、おちーびちゃん!」
ファイアが困っていると、道の向こうからバイクがものすごい音を出しながらやってきて、ファイアの前で止まりました。
ちょうど困っているところに人が来てくれたので、ファイアは少しうれしくなりました。
そして、そのバイクに乗っている人の髪型を見て、こんどは少し楽しくなりました。
「あ、ミズゴロウ! ミズゴロウだよ!」
しーっ、ファイア!
ミズゴロウ頭の人はファイアに指差されて少し怒っているようでしたが、ファイアは気づいていませんでした。
実はこの男の人、先ほどリーフから逃げてきたばかりなのですが、ファイアのことは知りません。
にらみつけてくる相手を、ファイアはくりくりした半月型の瞳で見つめます。
「なめんじゃねぇぞ、クソガキが・・・!」
・・・ファイアッ!!
男の人が体の後ろでモンスターボールを構えたことに、ナナはいち早く反応しました。
声が届くと、ファイアはすばやく体を引いて、赤と白のボールを相手へと向かって投げます。
相手のボールが開くのよりもずっと早くファイアのボールは開くと、茶色い毛の生えた大きな鼻のポケモンが飛び出しました。
ぶたざるポケモンのマンキーは相手が出てくるのを待つと、思い切り腕を振り下ろします。
顔の真ん中を殴られると、男の人が出したアーボというポケモンは何も出来ないまま気絶してしまいました。
それを見て、男の人の顔が引きつります。
「ねぇ、リーフどこ?」
「い、いや、知らねぇ・・・いや、知ってるぜ。
 あっちの方に、リーフはいたぞ。」
暴走族の男の人は知らないのに知っているフリをして、わざと違う方向を指差しました。
その指差した先には、ミズゴロウ頭をした暴走族の、もっと強い仲間がいます。
そうとは知らず、ファイアはにこやかに男にお礼を言うと、とことこと歩いていきます。
男の人はしてやったりとほくそ笑みましたが、その後で待っていたことは、男の想像をはるかに超えていました。




小島の森、通称「きのみのもり」へつくと、町であったような騒がしさがなくなり、リーフはようやく落ち着きを取り戻すことが出来た。
1年半ぶりの森の匂いは昔とまったく変わらず、やわらかい土の感触を確かめながら、ゆっくりとした動きでリーフは行方不明の少女を探す。
あまりのんびりもしていられないか、と、くつろぎかけていた頭を軽く叩き、本格的に捜索を始めようとモンスターボールを手に取ったとき、リーフは後ろから迫ってくる音に、少し怒りを覚えた。
さっきのモヒカンが追いかけてきたのか、それとも別のバイクかまでは分からないが、間違いなくバイクのエンジン音。
少し頭にきて、ちょっと驚かしてやろうかなどと企んでいる間に、バイクはリーフを追い越すと、森の中へと進入していく。
そのスピードもさることながら、乗っている人物を見て、リーフは目を丸くした。
上下とも黒の服に、ブーツ、手袋、それに帽子。
「ロケット団・・・!」
のんきに森林浴していられる状況ではないことを悟り、リーフはモンスターボールの片方をホルダーへと戻すとバイクに乗った男の後を追いかけた。
向こうもかなりのスピードが出ているが、もともと岩の上に森が出来たような島の中では移動に手間もかかり、スピードは落ちている。
森の構造を熟知し、身のこなしにも自信のあるリーフには、追いつける自信があった。
出来るだけ相手を見失わないよう、バイクが走るよりも上の道を選びながら、ロケット団の様子を探る。

ずいぶん森の奥まで来てからバイクが停止し、リーフは一旦港にいるはずのファイアやグリーンに連絡を入れるべきかどうか考えた。
だが、相手が動き出しては、追うしかない。
徐々に山を降りる形で、リーフはロケット団へと近づく。
多少細身ではあるが、男だというのは間違いない。 肌や髪の色から察するに外人のようだったが、2の島で会ったロケット団とはまた別の男のようだった。
帽子の下からぼやけた灰色の髪を覗かせた男は、何か機械のようなものを取り出すと、それを見ながら方向を決める。
かなりゆっくりとした速度で歩いた後、わざとらしく大きな音を立てた。
何をしているのかとリーフが覗き込もうとしたとき、男のそばにある茂みが音を鳴らす。
小さな子どもがその中から這い出てきて、リーフは息をのんだ。 間違いなく、探していた「マヨ」だ。


マヨは1歩ロケット団のほうへと踏み出し、相手の男へと顔を向けた。
その瞬間、リーフは彼女の瞳が青く光っていることに気付く。 どうしたんだと尋ねに行きたいが、今飛び出して行っては彼女の身も危険になることをリーフは分かっているつもりだった。
何をしてイル、神ノ子ヨ。
彼女の言葉に、リーフはもう1度驚いた。 明らかに彼女の喋りではない。
侵入者は消え去った。 だが、持ち込まれたものは、神の子を蝕んでいる。
ロケット団の男は黙ってそれを聞いていた。
マヨのような姿をした「何か」は、なおも話し続ける。
2人ガ倒れ、1人は護ラレた。 人の子ハ危機に気付いていナイ。
ロケット団の男の手元で何かが光り、リーフは一気に青ざめた。
状況を一切考えず、一気に山道を駆け下りると、男たちのいる方へと向かって手にしていたモンスターボールを投げる。
伝エヨ、神の子。 伝エヨ、伝エ・・・
「おぃっ、危ねぇ!!」
リーフは言葉の途中で倒れかけたマヨを抱えながら叫んだ。
茂みへと向かって投げられたナイフを、リーフの繰り出したガラガラが骨を使って受け止める。
男は突然現れたリーフに驚いていない様子だった。 既に構えられているモンスターボールから、リーフは既に相手が自分の存在に気付いていたのだと推理する。
体中についた草を投げるようにして飛び出してきたスリーパーを横目で見ながら、リーフはロケット団の男をにらみつける。
「殺すこたねーだろ、相手はただのポケモンだぞ?」
ロケット団の男は何も言わず、リーフへとモンスターボールを向ける。
全く想像が出来ていなかったわけではないが、相手の素早さに体がついていけない。
慌てて出したゼニガメのジョーは自分の殻に閉じこもって防御するが、相手の勢いを抑えることが出来ず、弾き飛ばされる。
レベルが低かったとはいえ、あまりに一瞬の出来事にリーフは一瞬そちらへと気を取られた。
だが、その間にも相手は動く。
意識する間もなく組み伏せられると、耳元で何かが突き刺さる音が響いた。
ゆっくりとそちらへと視線を移動させると、相手の髪とよく似た色の、薄灰色のナイフが地面の上に突き刺さっている。
「‘DEOXYSデオキシス’に、手を出すな。」
事態を理解出来ずに、リーフは相手の顔だけを見上げていた。
低い声で流暢りゅうちょうに話すと、ロケット団は呼び出したポケモンに指示を出し、飛びかかってきたトシの攻撃を受けさせる。
我を取り戻し、何とか反撃しようとするリーフの瞳に、相手の金色の瞳が映る。
身をひるがえすと、リーフは落ちていた枯れ木を拾い上げ相手へと向かって振り回した。
それを間一髪のところでかわすと、ロケット団の男は素早い身のこなしでリーフと距離を取り、モンスターボールをもう1個構える。
青と白のスーパーボール。 2つに分かれたそれから全く動きのない茶色いポケモンが現れ、リーフは首をかしげた。
もう1匹の赤い人型のポケモンもそうだが、見覚えのないポケモンばかり使ってくる。
「なっ・・・ダブルバトルかよ・・・!
 ジョー、起きろ、ジョー!!」
木の根元で目を回しているゼニガメを叩き起こすと、リーフは手にした木の枝の葉を払って相手へと向かって構えた。
1度防御にてっし相手の動きを見ようとするが、相手は一気に距離を詰めるとトシとジョーへと攻撃を仕掛けてくる。
「くそっ、早い! ジョー『みずでっぽう』、トシ『つるぎのまい』!!」
相手の赤いポケモンが放った攻撃をガラガラは受け止める。 パッと見細く見えるのに相手のポケモンの攻撃をガラガラは完全に受け止めきれていない。
多少衝撃をやわらげる程度にとどまった防御に顔をゆがめながらもトシが手にした骨を振り下ろすと、相手は『みきり』という技を使ってそれをかわす。
その横でフラフラしながらゼニガメが吐き出した水は、相手の茶色いポケモンを貫通する。
一瞬やったかと思ったが、相手のポケモンはダメージを受けている気配すらない。 それどころか、そのポケモンの放ってきた黒い固まりに当てられ、ジョーはあっけなく気絶してしまう。
「『シャドーボール』・・・ゴーストタイプ? マジかよ、見た目「むし」なのに。
 ・・・なっ!?」
飛んできた「つぶて」を避ける間に、しっかり握っていたはずの枝を蹴り飛ばされ、リーフは声を上げた。
とっさに出した手を強く押され、したたかに背中を木の幹に打ち付ける。
視界が利かなくなり、懸命に体勢を立て直そうとしていると、リーフは顔を持ち上げられた。
細く吐く自分の息づかいに混じって、相手の低い声が響く。
「警告する。 お前の仲間に伝えろ。」
男の手が離れると、リーフは腰を抜かしてずるずるとその場に座り込んだ。
再びバイクのエンジン音が響き、ロケット団が遠ざかっていく音が聞こえる。
動けずにいるリーフのもとに、トシが気絶したジョーを抱え、やってくる。
あらためて目の前に現れた現実を見ると、リーフはやや自嘲じちょうぎみに笑ってみせた。
「・・・トシ、世界って広いな。」
肩に白い骨をかついだガラガラは、何も言わずにリーフの方を見た。
そう遠くない昔にリーフが言われた言葉を、トシも覚えている。 あえてトシは何もせずにいた、何も言わなかった。
「負けた、んだよな。 オレたち・・・」






「・・・んな・・・・・・!?」
町へと帰ってきたリーフの足は止まりました。
すっかり暴走族たちのバイクの音は止まり、静かです。 代わりに、別の音・・・人びとの声で、町はにぎやかになっていました。
その真ん中に、ファイアはいます。
最初に会ったミズゴロウみたいな頭をした人にジュースをもらって、とても嬉しそうにしていました。
ファイアはすぐにリーフの存在に気がつきました。 乗せてもらっていた大きなバイクから降りると、大きく手を振ってリーフにあいさつします。
「あっ、リーフぅ!」
「姉御! お知り合いで!?」
先ほどリーフが倒した暴走族の1人が、なぜかぺこぺこしながらファイアへと聞きます。
にこにこしながらファイアが「うん!」と言ってうなずくと、暴走族たちは一斉にリーフへと頭を下げました。

「・・・何があったわけ?」
リーフは戸惑いながら、ゆっくりとファイアへと近付きます。
暴走族たちにからまれたんだけど、ファイアがみんなのしちゃったのよ。
 島1周して全員倒したら、なんだか舎弟にしてくれって人がいっぱい出てきちゃって。

「あ、そう・・・」
それ以外にリーフに思いつける言葉はありませんでした。
驚いたり感心したり、色々考えていることはありますが、それをどう表現したらいいのかが全くわかりません。
ファイアは強面こわもての暴走族たちに囲まれながらも、いつも通りにニコニコしています。
どうやら、こちらの問題はリーフの知らないところで解決してしまったようです。