水がどこまでも続く大地、これはうみ
その上に浮かべる三角形のもの、これはふね
ミレイが言っていた通り、ここは別世界だ。 水と緑が限りなく存在し、街はにぎわい、人とポケモンが共存する。
昨日戦った相手でさえ、ポケモンにおびえていなかった。
やはりこの世界では、根本的にものの考え方が違うようだ。
この黒い服を着ていない限り、誰でも俺へと向かって笑顔を作ってくる。
船の、上。 その場所からミレイを作った環境を見ていると、スゲが背後からやってきて、俺の肩を叩く。
Hey Reo!よぉ、レオ!
 Were you acclimated to the Kanto district?カントーには慣れたか?
「スゲ、気を使わなくて、いい。
 俺が、この国の言葉を覚えなくては、意味が、ない。」
「ハ、勉強熱心だな。 たった3ヶ月で完璧に喋れてるじゃねぇカ。」
「いいや、まだ、足りない。」
スゲはロケット団という組織の制服をまだ脱がずにいた。
3の島でのミッション作戦、脱落者は0。 この結果は、運が良かったと言っていい。
だが、反省点が多かったのも確かだ。 この「カントー地方」、予想外に強力なトレーナーが多い。


頬についた傷を指の腹でなでると、わずかに膨れ上がっているのがわかった。
油断はしていなかったように思う。 だが、あの赤い帽子の少年が反撃出来る状態であることを、俺は予想出来ていなかった。
ため息が出る。 こんな状態では、無事に目的を達成できるかどうか怪しいものだ。
「スゲ、今日は何日だ?」
「8月3日。 ったくヨォ、レオ、お前よっぽど「その日」が待ち遠シィんだな。」
「「マチドオシイ」?」
You can't wait.待つことが出来ない。 早く会いたいってコトさ。」
「そうだな。 早く、会いたい。」
ミレイが自分の世界に帰ってから、もうすぐ1年になる。
この国に来るまでの道は予想していた以上に整備され、おかげで数年かかると思っていた道のりを、1年足らずで移動することが出来た。
海を渡る金を手に入れるため、バイクは売るしかなかったが、ポケモンたちも1匹も欠かさずにいる。
俺は相当運がいいらしい。 ミレイの戻ってくる正確な位置を知ろうとしたとき、この、ロケット団という組織に会った。
「ポケモンの恐ろしさを知らしめる」という考え方には賛同出来なかったが、この組織のボスだという男は、俺が作戦に協力する代わりに「カミカクシ」によって戻ってくるミレイの場所を教えると言った。
そして、言ったとおり、彼女が戻ってくる日付、時間、場所まで、正確と思える答えを言い当てる。
その男が言った期日まで、俺はこの組織の中でミレイを待つ。








「どう? そっちの様子。
 こっちにはとりあえず大丈夫みたいだけど・・・」
人の少ないバトルピラミッドの裏を歩きながら、マリンはトランシーバー越しに誰かと話していた。
いや、話してはいない。 相手からの返事がないのだ。
バトルフロンティアの1施設、バトルピラミッド。
彼女の得た情報によれば、この中ではほとんど明かりもない中を探索し、バトルも行うらしい。
監視カメラは働いているからイケナイことは出来ないようになっているらしいが、それはあくまで対象が外部から来た人間だった場合。
内部の人間が隠れて何かをするに当たって、これほど都合のいい施設はない。
だが、彼女の口元には笑みがこぼれていた。 隠れるのに都合がいいのと同時に、これほど探りやすい施設もない。
1度首を振ると、彼女は自分に集中するよう言い聞かせる。
「いけない、油断は禁物でしょマリン!
 あんたはこのバトルフロンティアに隠されている謎を暴くためにいるの。 そのために白丘 ひなたの名前も捨てたんだから、失敗出来ないんだからね!」
茶色い髪、茶色い目。 ほどよく筋肉のついた体を露出するような服を選んだのは、その方がこの時期、この場所では目立ちにくいためだった。
その見た目からは彼女自身がトレーナーだということは予想しがたい。 それは彼女の主義には反することだった。 しかし、それを曲げてでも成し遂げたい目的が、彼女にはあったのだ。


時計を見ると、マリンはバトルピラミッドを調査しているポケモンたちに合図を出した。
5分ほどで戻ってくるはずだ。 それまでは、しっかりとこの出入り口を見張っていなければならない。
とはいえ、割と開けている。 遠くから近付いてくる人影にも、すぐに気付くことが出来た。
飛び出してこないようまだ施設の中にいるポケモンたちに指示すると、即座にトランシーバーをポシェットの中にしまう。
取り繕った笑顔が不自然なのは感じていたが、ないよりはマシだと彼女は割り切った。
近付いてきているのは、先日バトルファクトリーで戦った、ファクトリーヘッド、ダツラだ。
動作表情から、明らかに自分のことを怪しんでいることが感じられる。
マリンの予想通り、ダツラはまっすぐに彼女に向かって歩いてきた。 少し場所が遠ければ、ナンパか何かにも見えたかもしれない。
「よぉ。」
「こんにちは、この間はどうも〜。」
イメージしていたよりも明るい声が出る。
少しは取り繕えるかなどと、淡い期待もあったが、残念ながら世の中そう上手くは回っていない。
「なーにしてんだぁ? こんな人のいないところで。」
「ちょっと、静かなとこで休憩を。」
見え透いたウソをマリンはつき続けることにした。
これでいいのだ。 自分が確証のないまま疑われ続ければ、それだけエメラルドが動きやすくなる。
内部を調べるのは1人でいい。 理論は完成しているのだから。
あとは、今必死になっているエメラルドを育て上げ、証拠をつかんでくるだけだ。
「んな話、信じると思ってんのか? 大体怪しいんだよ、ファクトリーの中でもコソコソコソコソしやがって!
 来い! 控え室でお前の正体暴いてやる!」
「ちょっ・・・やっ!」
細い手首に圧力がかかり、痛みを感じる。 しばらく跡がつくな、と、マリンは心の中で舌打ちした。
声は被害者を演じるための作り物。 だが、瞬時に反応した体はその努力を無に消し去った。
回転の動きから加速された蹴りが、相手の頬をかすめる。
腕が解放されてから、彼女ははっとする。 仮にも相手はそれなりのトレーナー、ここでバトルに発展させると自分の正体に気付かれる恐れがある。

作戦変更。
「・・・っ、きゃあああぁぁっ!!」
可能な限りの大声を上げる。 より遠くへ届くよう、発声のしかたまで気をつけて。
その後は、走る。 ポシェットから出した手鏡で相手が付いてきているかどうかを確認し、ついでに手薄になった扉から脱出するよう、スパイ行為に及んでいたポケモンたちに指示を出した。
人の多いところへと出ると、マリンは追いかけてきているダツラを見て、心の中で笑った。
幸い、オープン直後でほとんどの人がフロンティアブレーンの顔を知らない。
味方になってくれる人を探す。 後のことは考えなくていい、疑いもせず女というだけで守ってくれそうな、悪く言えば、スケベそうな男。
人が多くいれば、1人や2人、そういう人間は見つかる。 『好意』に甘えることにし、マリンは発見したその男の後ろに逃げ込んだ。
「はぁっ・・・! ・・・助けて! 追いかけられてるの!」
「え? え?」
「お願い、助けて! あたし殺されちゃう!」
相手に弁論の余地など与えず、一気にまくしたてると、(スケベそうな)男はわけも分からないままモンスターボールを構えた。
これで、正義の味方と悪人の出来上がりだ。 いくら相手が誤解を解こうとしても、簡単にはかなわない。
ダツラもそれに気付いた。 赤くなった手首を涙目でさする少女と、それを見ながら自分に軽蔑のまなざしを送るギャラリー。
この状況下では、いくら本当のことを言っても大衆は信じないだろう。 それを悟り、ダツラは一旦この場から退却する。



「ありがとうございますぅ! おかげで助かりました!」
ほどよく騒ぎが収まった頃合いを見計らって、マリンはにこやかに男に向かって礼を言った。
ありがとうの意味はちょっと違うのだが、少なくとも周りの人間がはけるまで、即席で作った仮面は被り続けていなくてはならない。
汗だくの男は彼女へとあまり心地よくない視線を向けると、彼女ほど精巧ではない仮面をかぶり、当たり障りのない返答をする。
「いやぁ、僕もこれでトレーナーだし? 当然のことをしたまでだよ〜。
 だけど危ないねぇ、君みたいに可愛い女の子が1人で歩いてちゃ、またさっきみたいに襲われるかもしれないでしょ?
 よかったら、僕が安全なところまで連れていってあげようか?」
「ホント? 嬉しい!」
予想外。 いや、予想以上の変態だったが、彼女にとっては好都合だ。
何も知らないフリをして、のこのこと、男の後についていく。
案の定、人はどんどん減ってきて、建物の死角と思える場所もちらほらと増えてきた。
誰も入ってこないような路地裏までマリンを連れ込むと、男は取り繕った仮面を捨て、下品な笑いを見せる。
「言ったよねぇ、また襲われるかもってぇ・・・」
「うん、ありがとっ! 本当に助かっちゃった。」
おびえる様子もなく言い放った彼女に、男はほんの一瞬目を開いた。
一瞬しか開けなかったのは、すぐに体が太いツタに締め上げられ、持ち上げられたからだ。
ポケモンを出す気配すら感じさせなかった。 彼女は宙に浮いた男の体を少し哀れむような目で見る。
「あそこで捕まるのもマズかったし・・・あんたがかばってくれたおかげで、すっごくいい隠れ蓑だったよ。
 ・・・・・・って・・・」
少女は呼び出した草ポケモンに男の体を下ろさせた。
「聞いてないか。」
なんてことない様子で言うと、彼女はポケモンに指示して男の体を壁につけさせる。
偵察にいっていたポケモンたちが、彼女らを見つけ、合流してくる。
最高のタイミングだ。 ポリゴン2とピチュー、2つの手でそれぞれの頭をなでると、マリンは大通りの方へと向かって足を進めた。
「ま、しないとは思うけど、喋らないでね。」
聞いていないであろう相手へと向かって彼女は言うと、静か過ぎる裏路地に靴の音が響いた。







日の入りと同時に船の操縦者はシマの岸に船をつけた。
周囲に島民がいないかどうか、数人の団員が確認し、残った人員を誘導する。
本拠地ホームへと動く。 島の地形は大体把握出来ていたが、湿った土を踏む、足の沈み込むような感触にはまだ慣れていなかった。
コンクリートの床へと辿り着くと、少し落ち着きを取り戻していた。 同時に、そのような感情を持ち始めていた自分に苦笑せざるを得なかった。
数人は1度休もうとしていたようだが、奥の扉が開き、団員たちに緊張が走る。
あの男だ。 頭領ヘッド独特の威圧感が肌を走る。
顔は見るな、と言われていた。 俺が顔を知らなければ、よりこの集団を抜ける時安全になるから、と。
その男の顔、表情は、やはり闇に隠れ見ることはかなわなかった。
代わりに存在感のある低い声が、簡素な建物の中に響く。
「報告しろ。」
「はっ! A部隊、アジト周辺の警備に回りました。 異常ありません!」
「B部隊、ともしびやまで観測されたファイヤー、及びデオキシスの経過を追っていました。 ともにその後の変化はありません。」
子供の声だった。 言えるほどマシな生活は送っていなかったが、このような集団の中に子供が混じっているという事実は、意外だった。
「C部隊、逃亡したデオキシスの追跡任務を行いました。
 団員1名が異常を発見した模様・・・おぃ、レオ! お前ダヨ!」
話を理解するのに手間取り、立ち上がるのが遅れていた。 スゲに叩かれ、少し慌てる。


3の島で何が起きていたかを説明する自信は、あまり、なかった。
「部隊到着後、予定通り・・・暴走族Riderを誘導し、島の内部を混乱させることに成功しました。
 10:25、島の西で何かが光ったのを見て、確認しに行きました。」
「単独でか?」
「はい、申し訳ありません。」
「構わん。 話しにくいなら敬語も使わなくていい、起きたことを話せ。」
相手の言ったことを理解すると、俺はうなずく。
よくミレイがやっていた意味がわかる。 単に話すよりよほど早い。
探知機サーチャーを使い、デオキシスの位置を確認したが、既に去った後だった。
 追跡されていたので、音を立てて威嚇すると、1人は姿を現した。 恐らく6歳前後の、女。
 明らかにポケモンに操られていた。
 彼女は俺に向かって、話しかけてきた。 録音したから、後で提出する。
 危険な状態になり始めたのと、操作しているポケモンの位置が判明したのが同時で、俺は操作しているポケモンに対し、攻撃しようとした。
 だが、邪魔が入り、倒すことは出来なかった。 以上だ。」
「邪魔、だと?」
影の中にいる男は低くうなる。
「ボスに指定されていたD.Dの一員だ。
 身長160センチ前後、赤い帽子、赤い服、茶色い髪と目の色をした、男だ。」
そう言うと、一瞬建物の中全体がざわつくのが感じられた。
咳払いひとつで収まったのは、あのボスという男の力量を団員が知っているからに他ならなかった。
低い、押し殺したような笑いが耳につく。
聞き覚えはある。 勘というものを信じるなら、奴は、俺が言ったその男を待っている。
「そうか、ククク・・・!
 皆、よく聞け!! 8年前、我がロケット団を壊滅させた男が、このナナシマにいる!!
 各員ともそのことを充分注意! 失敗は即、敗北と知れ!!」
周囲の団員たちから一斉に強い返事が出る。
声は、歓喜に満ちていた。