決まったァ!! フシギバナの『ソーラービーム』!!
ポケモンブリーダークニハル、準決勝進出!!
さぁ、これで準決勝に進む4強が出そろったぞ。
まずは、あやしのポケモンコレクター、リマー!!
  続いて今回のダークホース、無印トレーナー、エメラルド!!
たった今素晴らしいバトルを見せた、正義のポケモンブリーダー、クニハル!!
そして、我らがスーパードームスター、ヒース!!


予想以上の暑さで顔から流れ落ちた汗を、エメラルドは服のそででゴシゴシとこすった。
バトルとバトルの間に入るインターバル。 2回戦を勝ち抜き、既に4分の1まで減ったトーナメントの山を見ながら、少年は大きく息を吐き出す。
「思ったより時間がかかってしもうたな。
 今日勝ち抜かんと、フロンティアの制覇さ難しくなるから・・・しっかりせんと。」
「エメラルド!」
唐突に名前を呼ばれ振り向くと、目の前に透明なボトルが飛んできて反射的にそれを受け取った。
ゆがんだ水越しに女の子の顔が映る。
エメラルドがボトルに貼られたパッケージを見ると、でかでかとした字で「おいしいみず」と印刷されていた。
「水分はこまめにね。 この時期熱中症で倒れるトレーナー、多いから!」
塩はないのか、と、相手に尋ねたかったが、さすがにそこまで気を回してくれる人はあまりいない。
ちなみに、たとえ水分が足りていても塩分が足りないと人は熱中症になる。 学校の部活の先生にエメラルドはそう聞いた。
ひとまず塩分のことは後で考えるとして、渡されたボトルを掲げるとエメラルドは控え室へと向かっていった。
その背中を見送るマリンのフロンティアパスに、4つ目の金色のシンボルがはまっていることには気付かずに。




「負けた!!? 冗談キツイよ、コゴミ!!」
ヒステリックに怒鳴り散らされた声は、会場の歓声にかき消されて外までは届かなかった。
受話器の向こうで、相手が耳を離して顔をしかめている姿が簡単に想像出来る。
この戦略をタメスバトルドームの責任者であり、同時にもっとも人気の高いトレーナーでもあるヒースは気を取り直すと受話器に耳を当て、今度は普通の声で話し出した。
「まさか、コゴミもあのマリンって女に・・・!?」
そ。 1匹目倒したと思ったら2匹目のポケモンに『ほろびのうた』使われちゃってさぁ・・・
 思いっきり気迫負けしちゃったよぉ。 もー、アタシ闘志ガッツの看板降ろそっかなぁ・・・

受話器の向こうにいる女は不機嫌そうな声を出す。
アリーナキャプテンのコゴミ、ヒースと同じくバトルフロンティアの施設を任されているフロンティアブレーンの1人だ。
でもさぁ、あの女・・・どっかで見たような気がすんだよねぇ・・・?
 そもそもマリンって名前、アレ、本当に本名なのかなぁ・・・?

「ボクに聞かないでよ! ただでさえフロンティア中探られて気持ち悪いっていうのに!!」
再びヒステリックな声を上げると、ヒースは声を抑えて相手の言葉を聞いた。
落ち着き無く部屋中を動き回り、相手の話に耳をかたむける。
2度、3度とうなずくと、ヒースは立ち止まった。
表情を変えるとヒースは鏡の前に立った。 もう1つの世界にいる自分に目を向けると、灰色の受話器を強く握って最後に大きくうなずく。
「分かった、ボクも気をつけるよ。 あんなパッと出のガキどもにこれ以上コソコソされてたまるものか!」






「で、そのあいってポケモンが何言いたいのかさっぱり分からないから、おれに尋ねに来たってワケか。」
海の上にぷかぷか浮かぶキナギタウン。
船に酔う人はあまり近付かないが、サファイアからしてみれば町全体が巨大な遊具のようで、結構楽しい。
今度ルビーも連れてこようかと考えていたが、目の前の光景を見て、少し考え直しているところ。
「まぁ、シルバーやクリスやったらゴールドと付き合い長いから、何か分かるかと思うたんやけど・・・
 ・・・・・・大丈夫か?」
「・・・・・・・・・全然、大丈夫、じゃない・・・」
一応「見張り」らしいが、サファイアにはシルバーがその役割を果たせているとは思えなかった。
こんな真っ青な顔をして、一体何が出来るというのか。
「悪いけど、おれたちはチカラになれそうにはないな。
 ゴールドなら、来る前におまえのところに手紙を書くと言っていたから、来るタイミングは分かるはずだ、多分。」
「さいか。」
双眼鏡をのぞきこみながら、サファイアは簡単に答えた。
むしろ早く医者に行った方がいいんじゃないかと尋ねたい。
自分のポケモンたちにまで部屋の隅に避難されている始末、どんなトレーナーだ。
「代わりにと言っちゃなんだが・・・ホワイトを連れていけ。
 前に、ポケモン同士でも、テレパシーを使うことが出来ると言っていた。
 もしかしたら、何か伝わることもあるかもしれない・・・」
いいから早く休んでくれ、と、サファイアは伝えたかった。 今にも倒れそうな顔色でそんなこと言われても、遺言にしか聞こえない。


シルバー。
唐突に部屋のすみっこにいたエーフィのホワイトがしゃべりだし、サファイアとシルバーはそっちの方へと顔を向けた。
「・・・なんだ?」
髪切れ。
「はぁ?」
全く関係のない話をされ、シルバーの声がひっくり返る。
機嫌の悪い顔をしながらエーフィは尻尾を揺らし、窓の外を1度見てから2人のことをじと目で見つめた。
だぁって、うぜーもんはうぜーんだよ! しょっちゅー顔にかかって、見てるこっちがうっとおしいしさぁ!
 ホウエン行って少しはさっぱりしたかと思えば、余計に伸びてるじゃねえかよ!

「あー、わかるわわかる! こない髪なごぅ伸ばしとったら、女みたいやしなぁ・・・」
「おまえら・・・サーナイトの話してたんじゃないのか!?
 大体、人が自分の髪をどうしようと、自分の勝手・・・!!」
「うるさいっ! 近所迷惑だっちゅーのっ!!」
酔い止めの薬を買いに出ていたクリスが戻りざまにラリアットとアッパーとかかと落としを決め、騒いでいた3人(2人と1匹)を平等に成敗した。
ただでさえ弱っていたのに、その一撃が致命傷となって物言わぬしかばねとなった(実際はただ気絶しただけ)シルバーをかつぐと、彼女はポケモンセンターの方へと小走りに進む。
「ちょっとこれ寝かしてくるから、そこで待ってて。
 これじゃあ役に立ちそうもないから、代わりに手伝ってほしいんだけど。」
「あの、クリス? ワシがどつき倒されたとこが穴になって海水入り込んできとるんやけど・・・」
「えー? そこらへんのツボでふさいでおきなさいよ。
 いいのよ、どうせ、きのみも薬草も小さなメダルも入ってないんだから。」
「それ、別のゲーム・・・」
つっこみも空しく、クリスはシルバーを肩にかついだまま(細身とはいえ180はある男を)さっさと行ってしまった。
仕方なくサファイアは、言われたとおりに(なぜか)そこらへんにゴロゴロあるツボを床の割れ目の上に乗せる。
無論、そんなことで水漏れが防げるわけもない。
どうしたものかと考えている間にクリスは戻ってきて、サファイアはホワイトと一緒に(半)強制的に外へと連れ出されていった。
これでは、連行である。







体の後ろに隠したこぶしにチカラが集中していくのを感じた。
強力な攻撃がくる。 エメラルドはふっと息を吐くと熱を帯びた足を思い切り踏み出した。
「ウシヤマ、『とっしん』!!」
3本の尻尾で自分をムチ打つと、大きな牛のようなポケモンはハリテヤマへと向かって地響きをあげて猛進する。
集中力が途切れ、ハリテヤマは一瞬戸惑った。 構えていた腕を解き、グローブのような両手でウシヤマのツノを受け止める。
押しとどめられてウシヤマは床をすったが、すぐに相手を睨み、首をぐいと上に押し上げた。
ハリテヤマの巨体が吹き飛び、スポットライトの光を浴びる。 後を追うように飛び上がると、ケンタロスはひづめで相手の腹をけり落とした。
大きな体が地面へと叩きつけられ、地響きを上げる。
相手が完全に動かなくなったことを確認すると、バトルフィールドにブザーが鳴り渡った。
バトルトーナメントも準決勝ということもあり、客席を囲うようにした観客たちが一斉に声を上げる。

勝者、エメラルド!!

「戻れウシヤマ!」
大きな牛へと向かって手を向けると、手のひらに軽い衝撃が走り、エメラルドの手に小さなボールが収まった。
バトルが終わったらまず深呼吸、高まった気分を落ち着けきらないために観客をぐるっと見回してから一礼。
歩きながら、大きく深く呼吸を繰り返す。
何でいちいち息の仕方まで指定されなきゃいけないんだという不満はあったが、勝つためだからと自分に言い聞かせ実行に移した。
手をにぎると、ひやりと冷たい汗が真ん中に伝っているのが分かった。
あまり規則的ではない足取りで進んでいくと、正面からやってくるギラギラした服の男と視線が合う。 ヒースだ。
攻撃的な視線に、エメラルドは少しだけひるんだ。
「やぁ、ボーイ。」
嫌でも感じられるほど、声の中にトゲが含まれている。
そこまで嫌われるほどのことをした覚えはないのだが、エメラルドはとりあえず身構えた。
ヒースはエメラルドとすれ違うと、1度振り返った。
バンダナに取り付けたバッジが音を鳴らし、カメラを起動させる。 顔を上げると相手の瞳が緑色に光っていた。
声も出ず、呆然と相手の顔を見ているとヒースは勝ち誇ったような顔でアゴを上げる。 隠しカメラで撮られていることなど、気付きもせずに。
「準優勝おめでとう。
 心配しなくてもいいよ、次のステージではキミが恥をかかないよう、華麗に倒してあげるからね。」
「ホウエン男児ばバカにすっと、痛い目見るとよ。 恥かくとはそっちたい。」
強がってはみたが、指先は震えていた。
ク、と1つ笑いをもらすと、ヒースはエメラルドの顔を見て大笑いしだす。
「勝てるとでも? このボクに。」
嫌味の放ち方は同じだが、以前会ったときよりも明らかに警戒されている。
何かが違う、そう感じながらエメラルドが控え室へと戻っていくと、役目を終えたカメラが自ら電源を切って大人しくなった。



エメラルドから画像データの入ったチップを受け取ったマリンは口元をゆるませた。
半透明のピルケースのような小さな箱にそれを丁寧にしまうと、代わりのチップを取り出し、缶バッジ型のカメラの中に再び仕込み直す。
「ありがと、ヒース・・・思った以上に動揺しているみたいね。 能力チカラのコントロールも出来ないなんて・・・
 じゃあ、あたしはデータ分析するから一旦戻るけど・・・気をつけてね、エメラルド。
 緑眼の能力が強いと、ポケモンが相手を追いきれずに混乱することもある。 それを上手くなだめて正しい方向に導いてあげるのが、トレーナーのキミの役目だからね。」
よく分からなかったが、エメラルドはとりあえずうなずいた。
ポケモンの回復も終了し、次のバトルのためモニターをチェックし始めたエメラルドを見ると、髪を後ろでひとつにしばった少女は小さくうつむき、部屋を出て行く。
小さなポーチに入った携帯電話に、軽く触れる。
吉報があった。 ぎゅっと自らの体を抱くと、マリンは壁に背をもたれてその場に座り込む。
1分も経たないうちに彼女は立ち上がり、バトルドームの外へと走り出した。
その後ろで水色や桃色の紙で作られた蝶がひらりと舞い、彼女の背中を見送っていく。

「ラグラージ、ボーマンダ、リザードン・・・ほとんどのバトルば『じしん』で決めとっと。
 これは・・・『じしん』ば覚えとぅの、ラグラージだけじゃなさそうばい。
 最初の作戦通り行くとして・・・耐えられるやろか、ウシヤマ・・・」
渡されたわずかなデータをもとに・・・と、いっても、ほとんどがマリンが先に仕入れてきた情報だったのだが、それらを頼りに、エメラルドは作戦の最終確認を行う。
マリンに渡された情報は、いくつかの項目が伏せられていた。
どうせ教えてくれるなら全部教えてくれればいいのに、と思いながらも、指と頭は動く。
胸は震えるが、ここを超えなければトレーナーにはなれないのだ。
ぎゅっと指先にチカラを込めたとき、部屋の扉は叩かれる。 待ち焦がれ、そして恐れていた時間がきた。




さぁ、客席も盛り上がってきたところで、今日のメーンイベントだ!!
バトルトーナメント、ラストバトルを飾るトレーナー!
1ヶ月前までは無名だったにも関らず最近メキメキと伸びてきた期待の星!
緑のオリオン、エメラルドォーッ!!
そして、今日もこの男にかなう奴はいないのか!
無敵のスーパードームスター、ヒースーッ!!!

準決勝の時とは比べ物にならないほどの観客を見て、エメラルドは思わずつばきを飲み込んだ。
これがほとんどヒースのファン。 アウェイ敵地もいいところだ。
ステージに上りながら、エメラルドは大きく息を吸い、小さく吐き、もう1度小さく息を吸う。
マリンいわく「『ひかりのこな』を仕込んでいる」らしいヒースがまぶしく、思わず目を細めると、相手はどうやら、ニヤリと笑ったようだった。
人好きはするが何となく不快な感じがして眉を潜めると、相手はしっかり胸を張ったままモンスターボールを取り出した。
エメラルドもモンスターボールを手にする。 もう後戻りは出来ないのだから。

さぁ、勇敢なる戦士たちよ! 俺たちを楽しませてくれ!
ルールは2VS2、シングルバトル! どちらかのポケモンが全員倒れた地点で終了だ!!
それでは、ポケモンファイト、レディー・・・ゴー!!

「ファイト、ラグラージ!!」
「行けっ、オット!!」
派手な装飾をほどこされたモンスターボールが割れると、ステージがぐらりと揺れる。
証明に照らされてギラギラと光るヒースの前で、深い海色のポケモンがグルル、と低い声を上げた。
兄と同じポケモン。 予想はしていたが、実物を目の前にするとやはり嫌な気持ちがこみ上げてくる。
息を吐くと、エメラルドは大きく腕を振った。 コマのようにくるくると回転しながら、紫色のスターミーというポケモンはラグラージへと向かって飛んでいく。
「『あやしいひかり』!!」
フリスビーのように回転しながら迫ってきたスターミーを、ラグラージは腕を振って弾き飛ばす。
観客席の人間たちが、2つに割れた。 その裂け目を紫色の星型のポケモンが回転しながら通り過ぎていく。
「『サイコキネシス』!!」
中心にある赤い宝石をきらめかせると、スターミーのオットの周りで空気がゆがんだ。
衝撃波が会場を伝い、ラグラージの体がエメラルドの真横を飛ぶ。
青い体が低く震えると、笑うヒースとエメラルドの間でつむじ風が巻き起こった。
ステージ上にあったラグラージの体は高いさくを飛び越え、客席上のオットへと向かう。
攻撃直後のスターミーには避けるヒマがなかった。 太い腕で紫色の体をつかむと、ラグラージはステージへと向かって大きく飛び上がる。
「『じしん』だ、ラグラージ!!」
「オット、避けて!!」
エメラルドの呼びかけで、スターミーの中心にある赤い核がキラリと光った。
ラグラージに抱えられつつもオットは硬そうな外見とは裏腹にぐんにゃりと体をそらして抜け出す。
攻撃対象のいなくなったラグラージはそのままステージの上へと突っ込む。 頭ごと揺さぶられるような衝撃と音が響いた直後、エメラルドは相手のポケモンを睨み、思い切り指差した。
「『サイコキネシス』!!」
声と共に、透明な衝撃が相手へと襲い掛かる。
ラグラージの大きな体が一瞬浮き上がったかと思うと、押しつぶされそうになるまで真下に叩きつけられた。
攻撃的な瞳から光が消えうせ、エメラルドはぐっとこぶしを握る。
低いうなりが響いた。 ぐらりと倒れこむラグラージが最後のチカラを振り絞り、エメラルドの方へ向かって飛び掛ってくる。
すぐさまオットがエメラルドを突き飛ばし、『サイコキネシス』でエメラルドを守る。
ステージ外まで吹き飛ばされ完全に動かなくなった相手ラグラージを見て、小さな少年は心臓が凍り付いていくのを感じていた。


メンバーを1匹失いながらも、ヒースは余裕の表情を崩さなかった。
ショックを受けたような顔をしたエメラルドを見て、フフンと鼻を鳴らすと、ステージ外へと飛んだラグラージをモンスターボールの中へと戻す。
「どうしたんだい? 顔が真っ青だよ。」
バンダナにつけられた缶バッジが小さな音を鳴らす。
震える唇を押さえながら、エメラルドは顔を上げた。 予想した通り、会場の照明で分かりにくくはなっているが、ヒースの瞳が緑色に光っている。
「まさか、この程度でヘヴィだなんて・・・思ってないよねェ? トレーナーだし、キミも。
 ほらほら、楽しまなきゃ。 何のためにバトルフロンティアに来たのか、分からなくなっちゃうだろ?
 行け、ボーマンダ!!」
ヒースの投げたボールが空中でくるくると回転する。
それは、地面に到達する前に2つに割れ、大きな赤い翼のポケモンを呼び出した。
空気を裂くような鳴き声に、肌がビリビリと震え、背筋がすくみあがった。 大きな翼でバサリと音を鳴らすと、ボーマンダは前触れなしにスターミーのオットへと向かって飛び掛ってくる。
「『れいとうビー・・・ッ!!」
「『つばめがえし』!!」
何か柔らかいものが切り裂かれるような音がしただいぶ後で、エメラルドは振り返った。
『予定』では、オットの『れいとうビーム』で倒せるはずだった。
逆に一撃でやられてしまったことに動揺を隠せず、倒れたポケモンに手を向けることもしないまま、エメラルドはその場で棒立ちになる。

出たァーッ!! スーパードームスター・ヒースのチームエース、ボーマンダ!! スターミーを一撃だ!!
双方のポケモンが1匹ずつ倒れ、これが最後のポケモンとなる!!
ポケモントレーナーエメラルド、どんなポケモンを出してくるのかーッ!!

「どうしたんだい、ヒーロー? かかっておいでよ。
 ボクを、倒したいんだろう?」
ボーマンダを横に従えながらヒースが喋ると、観客席の方からキャーッという黄色い悲鳴が上がった。
普通なら不快にもならない、どちらかというと甘い声と言った方が近い声だったが、エメラルドは少しだけいらだつ。
細く息を吐きながら倒れたオットをモンスターボールの中へと戻すと、たった1匹しかいない自分のポケモンが入ったボールを汗ばんだ手で取り出した。
空いたホルダーにスターミーのモンスターボールをはめ込むと、カチリ、と乾いた音がする。
気持ちを切り替えるスイッチとしては最高だった。 ウシヤマのモンスターボールを両手で握り締めると、エメラルドは大きく振りかぶる。
「行けっ、ウシヤマ!!」
スピードの乗ったボールは空中で2つに割れると、大きな茶色いウシのようなポケモンを呼び出す。
ひづめが音を鳴らし、ケンタロスが鼻息を荒くして相手を睨み付けると、ボーマンダの羽がかすかに揺れる。
特性『いかく』。 今ので相手の戦闘意欲を削り取ることは成功した。
後はもう、ガチンコ勝負で挑むしかない。
「行け、『とっしん』だ!!」
「迎え撃てボーマンダ! 『かわらわり』!!」
ウシヤマがステージを蹴る振動でアゴが震える。
舌を噛まないよう、奥歯をしっかりと締めると、ウシヤマのツノとボーマンダ太い前足がぶつかり合った。
わずかにエメラルドのケンタロスが打ち勝つが、シャレにならないほど反動を食らっているので結果的にはマイナス。
舌打ちすると、エメラルドは見えないグローブから取り出したボールを、相手へと向かって投げつける動作を取る。
「『とっしん』!!」
ボールを受け取ったピッチャーがホームベースへとその球を送るように、一瞬エメラルドの方を見てからウシヤマは走り出した。
それに合わせ、ボーマンダも太い腕を振り上げ、第2撃を与えようと鋭い目で構える。
「ボーマンダ、もう1度『かわらわり』!!」
胸元を貫くような打撃を与えるケンタロスを睨みつけると、ボーマンダは太い腕を思い切り振り下ろす。
爪のついた前足が横っ面に当たり、ウシヤマは自然の動きとは思えないほどの速度で吹き飛ばされた。
ステージの上をこすり、リング脇ギリギリで停止する。
横たわったウシヤマの口元で、ガリ、という、何かの砕けるような音がかすかに鳴った。



「勝負あったね。 キミのケンタロスは、ボクのボーマンダには勝てない。
 この世界には重力というものがあるから、どうあっても地上を走るものが空を飛ぶものに勝てるわけがないんだよ。
 空を飛べるポケモンを手に入れたら、もう1度挑戦に・・・」
「・・・何ば言っとー?」
ヒースは目を見開いた。 エメラルドが顔を上げる。
ゆるんだ口の中でしっかりと噛み締められている歯を見て何かが隠されていることに気付くと、ヒースはすぐさまバトルの方へと目を向ける。
もう遅い。 エメラルドは大きく口を開けた。
「ウシヤマ、『シャドーボール』!!」
立ち上がったケンタロスが暗い闇のかたまりをボーマンダへと向かって打ち出した。
勢いづいたそれは、ボーマンダの体の中心へと命中すると、四方へと分散して消えていく。
お互いにボロボロの状況だった。 その一撃が決め手となり、ボーマンダはその巨体をステージの上へと沈める。
ゼェゼェと荒く息を吐くウシヤマの周りで、緑色の風が駆け抜けた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・き、決まったァ!? 激しいガチンコ勝負を繰り広げていたボーマンダとケンタロス、最後の最後で奇跡の大逆転!!
全くの無名選手、これは誰も予想していなかった結果だが・・・
バトルドーム、トーナメント、全ての戦いに勝利し、激しいバトルを制したのは、エメラルドだーッ!!

静まり返った観客たちが再び沸き立つのに、時間は要さなかった。
ギリギリまで粘って攻撃していたウシヤマが、疲れ切ったのか、その場にヒザをつく。
張り詰めていた緊張の糸が切れて、ホッと息をつくエメラルドに、ヒースは近寄っていく。
「・・・やられた。 あぁ、まったくもってやられたよ。
 まさかキミが、『カムラのみ』を持っているなんてね。」
床に落ちていた緑色の破片を見て、ヒースは肩を上下させた。
倒れているボーマンダをモンスターボールへと戻すと、ウシヤマの周りを取り巻いていた風が消える。
腰の辺りから何かを取り出すと、ヒースはそれを1度投げ上げてから片手でキャッチした。
「ルールだ、フロンティアパスを出したまえ。」
「あ? え・・・!」
エメラルドは戸惑う。 邪魔になるからとパスなんて控え室に置いてきてしまった。
慌てて控え室へと戻ってフロンティアパスを取り上げ、猛ダッシュでステージ上へと戻る。
歓声から一転、笑いの的にされてしまった少年を見ながら、ヒースはエメラルドからパスを受け取ると、銀色に輝くチップを1枚、はめこんでいく。
ちらりとトレーナープロフィールの欄に目を落とすと、口元で笑いながらそれをエメラルドへと帰した。
「そうか、キミがエニシダさんの言っていた・・・
 フロンティアパスは常に持ち歩いているべきだとボクは思うんだ、そうじゃなくちゃ格好がつかないからね。
 常に美しく! 格好よく! それがボクのバトルポリシーさ。」
ヒースが観客へと向かって手を上げると、瞬く間に歓声と黄色い悲鳴が同時に上がった。
ステージを囲うようにして設置された観客席の一通りに手を振り終えると、ヒースは再びエメラルドへと向き直り、口を開く。


「戦ってみて、色んなことが分かったよ。
 エニシダさんがキミを連れてきた理由も、キミが何故、こんな短期間に強くなったのかも・・・それに、」
エメラルドにしか、その表情は見えなかったはずだ。
他の観客たちが見ていたら、どれだけ妄信的なヒースのファンだろうとその熱の冷めてしまうような、気分の悪くなる冷笑が向けられる。
その一言は、他のどんな言葉よりも、はっきりと聞こえた。
「キミじゃ、ポケモントレーナーには絶対なれないということもね。」
声を上げる時間も与えず、ヒースすぐに観客用のヒーローの笑顔へと戻り、薄暗い闇のある控え室へと消えていく。
ゆっくりと近付いてくる自分のケンタロスへと目を向けながら、エメラルドは体の後ろで、強くこぶしを握り締めた。






サファイアは何も言うことが出来ないまま、クリスの後ろをくっついて歩いていた。
なんとなく、ゴールドとシルバーが彼女のことを旅に出したくなかったという理由が分かる気がした。
行動に突拍子がないのは以前から知っていたが、ここまでくると、もはや天性の冒険家だ。
仮にも女の子に、そうポンポン生傷を増やされては、彼らも生きた心地がしないだろう。
「どーしたの?」
「いや、なんでもあれへん・・・」
答えながら、サファイアは目をそらした自分に気がつく。
いつもそうしていたのか、それとも今日たまたまこの状況だったからそうしたのか区別はつかなかったが、何となく嫌な感じがして意識的に彼は顔を上げた。
あごと首がくっつかないよう気をつけながら歩いていると、サファイアはそう遠くないところで、何だか見覚えのある黒いものが揺れていることに気がついた。
首をかしげ、立ち止まる。 後ろで聞こえなくなった足音を怪しんだのか、クリスも立ち止まったようだった。
サファイアが黒い、揺れている何かの先を目で追っていくと、水色のぷにぷにした見覚えのあるポケモンと視線が合った。
「・・・‘ラン’!?」
おまんじゅうみたいなふにふにした身体に、ニコニコ笑顔。
それは、ソーナノと呼ばれるポケモンだった。
いつの間にモンスターボールから出てしまったのだろうとわたわたしながら、サファイアはそのポケモンへと駆け寄る。
「ひなぁ?」
「ちょっ、サファイア! どうしたのよ!?」
「せやかて、‘ラン’が・・・勝手に、出てまうから・・・れ?」
ソーナノを抱き上げたサファイアは、違和感に気付く。
いつもよりも重い。 ずっしりと。 身長60センチのポケモンが、こんなに重いわけがない。
恐る恐るサファイアが視線を落としてみると、抱えているソーナノの尻尾に、もう1匹別のソーナノがくっついていた。
それだけではない。
尻尾にくっついたソーナノの尻尾の先にまた別のソーナノ、そのソーナノの尻尾の先にまた別のソーナノ、そのソーナノの尻尾の先に別のソーナノ、ソーナノ、ソーナノ、ソーナノ・・・
「・・・・・・いっぱいおるーッ!!?」



サファイアはとりあえず叫んだそーなの。
その時に腕から落っこちたソーナノが地面に弾んで、「ぷきゅっ」という音を立てたそーなの。
「あらら、なんかいっぱいいちゃった・・・
 ひょっとして、驚かせちゃったかな?」
クリスは少し困ったような顔をしてソーナノの団体に目を向けた。
モンスターボールのついたホルダーから手を離し、自分が無害であることをアピールすると、ソーナノたちは不思議そうなニコニコ顔で、クリスの周りへと近寄ってくる。
彼女が笑顔を向けると、ソーナノたちはすぐにクリスになつく。
その様子を見て、サファイアは彼女がチャンピオンであるということを改めて認識した。
あまりにもボケッとし過ぎている自分に気付き、とりあえず「ラン」のボールを確認する。 いつもの通りのいつもの場所に、それはあった。
それ以前に、ランは先月ソーナンスに進化してしまっていることを思い出した。
というか、忘れてたことにサファイアは自分で自分が嫌になってきたそーなの。


「野生・・・やろか?」
ようやく気を取り直して、サファイアが尋ねると、クリスは小さくうなずいた。
「そうだと思うわ。 でも、全然人怖がらないね、かわい〜!」
「クリス、きのみ、探しにきたんでない?」
「えーっ・・・もうちょっと! ダメ?」
そう言われりゃ、お手伝いのサファイアは引き下がるしかない。 仕方なく付き合いですぐ近くに腰を下ろし、近寄ってきたソーナノたちにおしくらまんじゅうされる。
ぎゅうぎゅうとつぶされながら、サファイアはどこか遠くを見るような目をしてクリスが行動を起こすのを待っていた。
一見、眠そうにも見える横顔をちらりと見ると、クリスはちゅっと抱いていたソーナノにキスをして、その場から立ち上がる。
ソーナノから少し離れたところで、割と新しく見えるモンスターボールを空へと向かって放つ。
中から飛び出してきたちょうちょポケモン、アゲハントは、大きな羽をひらめかせると、不規則に揺れながら彼女の周りを飛び回った。
「さぁ、みぞれ! 探すのを手伝って!!」
威勢よくクリスが指示を出すと、「みぞれ」と呼ばれたアゲハントは1度身を低くし、大きく空へと飛び上がった。
よく動く触角を見る限り、クリスの探すものがあれば、すぐにでも見つけてこられそうだ。
サファイアも何かポケモンを出して手伝おうかと思ったが、ヒレのレーダーが鋭いカナは今日は健康診断のため置いてきてしまったし、クウじゃ発見した途端に自分で食べてしまいそうだし。
仕方なく、サファイアはソーナンスのランを出した。
ただし、このポケモン、好奇心旺盛につき。
「・・・・・・ぁーっ!? ‘ラン’あんまり遠く行くなや!
 今日はクリスの手伝いやさかい、動き回ったらアカンねん!」
「そーっ?」
クスクスと笑う声が聞こえて、サファイアの顔は赤くなった。
ランが生まれてから半年、なついてこそいるものの、彼女がバトル以外でサファイアの思うとおりに動いてくれたためしがない。
今日とて例外ではなく、とりあえずどこか見えないところへ飛んでいかないようにサファイアが抱えていると、意外に早くクリスのアゲハントが戻ってきた。
動きからして、何か収穫があったようだ。
サファイアとクリスは顔をてからせながら見合わせると、みぞれの進む方向へと向かって意気揚々と歩き出す。




「あったぁ! きっとこれよ!」
決して平坦でもまっすぐでもなく、細い細い獣道を歩いた先、小さな森の奥で、2人はふかふかの地面から生えた、小さなきのみを発見した。
よく熟れていそうなものを選びクリスが1個失礼して収穫すると、ソフトボールより少し大きいくらいのきのみは、彼女の手の中でキラキラと光っている。
近くで見てみると、思っていたよりも硬そうな皮がついていて、彼女の指先にボツボツと跡が残っている。
赤と白、というあまり食べ物の色ではない配色に関しては、突っ込むことも止めておいた。
「・・・へへへぇ、喜んでくれるかなぁ・・・?」
「誰かにあげるん?」
「数を増やしたらね。」
大事そうに新発見のきのみをしまいながら、クリスは顔をにやつかせた。
サファイアが見る限りは、同じきのみがそこらへんに生えているので多分持っていっても大丈夫だとは思う。
クリスはしゃんと背筋を伸ばし、いつものトレーナーの顔に戻ると、サファイアの方へと顔を向けた。
「じゃあ、かえろっか! 探知機置いたからまたここにも来られるだろうしね!」
「お、おぉっ!」
結局最後まで彼女に引きずられるようにして、サファイアはずるずると元来た道を歩いていった。
途中何度か音に気付いて近付いてきたソーナノに「かげ」を踏まれて転びながらも、最初の海岸へと歩き、多分しばらく見ることのなくなるであろうマボロシ島に別れを告げる。
来た時と同じように、クリスはサファイアを小脇に抱えると、大きなワニのようなポケモンを呼び出し、海の上へと繰り出す。
みるみるうちにマボロシ島は霧に包まれて、サファイアの視界から消えうせる。
少し名残惜しいかな〜、などと思いつつ水ポケモンがバンバン水面に叩きつけられる感じを味わっていると、唐突にポケモンが止まり、サファイアは来た時と同様、砂の上にしたたかに顔面をうちつけた。
見ると、クリスも唐突過ぎる出来事に対処しきれず、砂浜の上に転がっている。
周りを見渡して、もっと驚いた。
先ほど別れを告げたはずの、マボロシ島ではないか。
「な、何してんねん? 戻ってきてどないすんの?」
「え、ウソ!? だってまっすぐ進んだだけ・・・・・・」
クリスは顔を上げると、来た時と全く変わらない様子で海の上に浮かんでいる島を見て、言葉を失った。
続けて、海の方へと顔を向ける。
まるでそこは、池か湖のように波ひとつ立たず、水のうねりも見えない。
この島一帯だけ、海の上から切り取られてしまったような、そんな印象をクリスは受けていた。
「・・・まさか、閉じ込められた?」
「えっ・・・!?」
サファイアは思わず聞き返した。
こんな孤島でサバイバル。 そんな経験、サファイアには、ない。