照りつける太陽 差し込む光線
ヒカル海にダイブ ギラギラまなざし

そろそろいいんじゃない? あたたまってきたじゃん
じゃあ駆け出そうぜ! 永遠の夏へ!

GO! EVERY BODY! それじゃあ ダメだ!
GO! EVERY BODY! もっとハシャゲよ!
GO! EVERY BODY! 行けるとこまで!
いくぜ! ぶちかませ俺らの夏魂!

夏は一度だけ そう一度だけ でもまだ夜明け 少し過ぎただけ
ここからフィーバー しちゃえばいーじゃん キテるねーちゃん息きらしたにーちゃん
誰もがみんな 飛び込めばいいんだ そうそれだけなんだ 恐くはないんだ!

GO! EVERY BODY! 十分すぎるぜ!
GO! EVERY BODY! もっともっと上がれ!
GO! EVERY BODY! 空もとべるぜ!
いくぜ! 忘れるな俺らの夏魂!

ぶちかませ俺らの夏魂!

お聞きいただいたのは、Hzヘルツで、「夏魂なつだま」でした。
ここでおはがきを1通ご紹介します。
トウカシティの・・・え〜と、瑠璃セン・・・・・・千里チサトさんからのお手紙です。


「センリさんや。」
「センリさんだね。」
「確かに。」
ルビーの出演するラジオを聴きながら、サファイアとクリスとシルバーは顔を見合わせた。
特に用事はないが、何となくトウカシティに行ってみようかと、誰ともなく提案する。


かわいい一人娘が仕事にはまってしまい、
たまに帰ってきても、彼氏と遊んでばかり。
全然私に構ってくれません。
私だって昔のように、彼女とケッキングについて語り合ったり、
ジムバッジを磨きあったりしたいのです。
どうしたら、娘は私のところに帰ってきてくれるのでしょう?

知るかっ♪(怒)


特に用事もないが、何となくトウカシティに行きづらくなった。








ファイアは起きると、真っ先に窓の外を見ました。
昨日から続いた季節はずれの雪で、真っ白です。
どんよりと空をおおっていた雲は去ったようで、空は一面、透き通るような青色をしています。
マサラに雪は降りません。 ファイアはわくわくしていました。
すぐに外に出て遊ぼうとしました。 けれど、ナナに服を着替えなさいと止められました。
仕方なく、ファイアは1人で長い長い時間をかけて着替えると、今度こそ外で遊ぼうと、ポケモンセンターの外へ走ろうとしました。
ですが、今度はナナミさんに止められました。 外は寒いからと、ナナミさんはファイアにレインコートをかけました。
外へ出ると、冷たい風がファイアの鼻の頭をかすめました。
「寒い!」
ファイアは叫びました。 昨日まで汗をびっしょりかくほど暑かったのに。
足元にあるものをすくい上げると、白い粉のようなものは、ファイアの手のひらでゆるゆると溶けていきました。
それは、まぎれもない雪でした。



ナナに教わってファイアが雪玉やうさぎを作っていると、ポケモンセンターの中からグリーンが出てきました。
足元を見て、空を見上げて、とても複雑そうな顔をしています。
「なんなんだよ、この異常気象・・・」
サクサクと音を鳴らしながらやってくるグリーンに、自分が作った雪うさぎを見せようと、ファイアは駆け寄りました。
グリーンがちょうどファイアの目の前にやってきた時、彼の顔に横から飛んできた雪玉が当たり、弾けます。
雪玉が飛んできた方を見てみると、リーフが、ぎゅっぎゅと音がなるほど強く雪をにぎっていました。
「雪合戦しようぜ! この天気じゃ午後には溶けちまうだろ?」
ダメよ! 雪ダルマ作りましょ!
ナナは少し声を大きくして言いました。
リーフはファイアの方に目を向けましたが、ファイアはリーフもナナも大切なので、少し困ってしまいます。
何も言えずにいると、リーフはファイアの手に乗っかった雪うさぎに気付きました。
カチコチになった雪玉を放り投げると、ニコニコ笑いながらファイアに近付いてきて、取れかけた葉っぱの耳をピンと弾きます。
「じゃあ、真ん中取って、こいつに仲間作ってやろうぜ。
 これも溶けちまいそうだから、もっと丈夫にしてさぁ! ファイア、やるだろ?」
「うん!」
にっこり笑ってファイアがうなずくと、ナナミさんが、パンパン、と手を叩きます。
「はいはい、ファイア。 その前にちゃんと朝ごはんは食べていきましょうね。
 リーフ、この近くで雪遊びが出来そうな場所を知っているの?」
「うん、ポケモン託児所。 育て屋があるんだ。 あそこなら雪踏まれないし、道路遠いし、積もってると思うんだ。」
ひとつうなずくと、リーフは朝ごはんを食べるため、ポケモンセンターの中へと入っていきました。
ちょっとムッとしたような顔で、グリーンはその背中を見ています。


「いいんじゃない? 大人しくしててくれるんだから。」
「そりゃ、そうだろうけど・・・ どうもに落ちないんだ、あのリーフっつう奴の行動。
 秘密主義は勝手だが、せめて首突っ込むのか突っ込まないのか、どっちかにして欲しいっつの。」
ナナミさんは笑いました。
「ホウエンに行って、少しは変わったみたいね。 お兄さんらしいこと言うようになったじゃないの。
 ・・・・・・グリーン。」
ナナミさんの表情は、少し厳しくなりました。
背中越しにグリーンの顔を見て、少し強い調子で喋ります。
「リーダー、目を覚ましたそうよ。
 まだ動けないけど、代わりに夕方の便でブルーさんがやってくるそうだから、その前にこの住所を尋ねて、応援を頼んできてくれないかしら?」
少し不思議そうな顔をして、グリーンはナナミさんから預かった紙を開きました。
中を見ると、眉を少し寄せてからうなずきます。
グリーンはあまり気乗りはしていないようでしたが、命令書の片隅に書かれたサインは、間違いなくD.Dリーダーの文字でした。




遅めに起きた彼女は、厳しい顔つきをして窓の外を見ていた。
昨日、昼頃から振りだした雪は、夜半になりようやく止んだようで、4の島を一面、銀色に染めている。
雪も氷も好きだ。
だが、8月に雪、それも積もるほど降ったとなれば、何か異常が起きているとしか考えられなかった。
「どう思う、‘キタカゼ’?」
愛用の眼鏡をかけながら彼女は誰かへと話しかけるが、部屋の中に返事する者はいなかった。
代わりに窓の外でひゅうと鳴った風に向かってうなずくと、彼女は小さなぬいぐるみを手に取り、軽く口づける。
「あら、それはぜひ会ってみたいわ。」
歩くごとになびく髪を、彼女は束ねる。
コーヒーをいれ、決して焦らずに朝食を取っていると、玄関のチャイムが鳴った。
インターホンには出ず、彼女は直接、家の扉を開ける。
その行動に、客人は少し驚いている様子だった。

「いらっしゃい。」
久しぶりに見たポケモンリーグの準優勝者は、背も伸びてずいぶんと男らしくなっていた。
彼のクセなのか、言葉の一つ一つを探るような目つきだけは変わらず、彼女はクスリと笑いをもらす。
「・・・っと、Decomposition Defend TEAMのグリーン、です。
 四天王カンナ、トレーナー・ポリスの出動要請に来たんだが・・・出られるか?」
「えぇ、分かっているわ。 TPで4の島に住んでいるのは私だけ、ポケモンリーグにある情報を見ればすぐに分かることだから。
 この異常気象の原因を探るのよね? もちろん協力するわ。」
氷使いカンナにとって、急に変わった気温に対応するための上着を用意することなど造作ないことだった。
すぐに羽織ると、雪の積もった地面を鳴らして出動する。
太陽の光だけは夏のもので、容赦なく大地を照らしては、白い光を反射させる。
日焼け止めクリームを用意しなかったことを、カンナは少し後悔していた。
「ロケット団がこの島をうろついていたというウワサがあるんだが・・・」
「見ていないわ。 夏に入ってから観光に来る人はいるみたいだけど、ほとんど子供連れよ。
 見ての通り、何もないところだしね。」
肩をすくめると、カンナはグリーンを横目で見た。
探るような彼の目が、一瞬、ピクリと動く。 その意味を考えることで、彼女は退屈をしのごうと思っていた。



リーフはとてもきれいな雪うさぎを作ってくれました。
ファイアの作った、イシツブテのようなごつごつのうさぎも、外から雪をはりつけて、ちゃんと直してくれました。
残念ながら赤いきのみは見つかりませんでしたが、代わりにリーフがかわいらしい丸い小石を見つけてきてくれたので、ちゃんと目もつけることが出来ました。
木をゆすると、降り積もった雪が落ちてきて、ファイアに当たります。
びっくりしたし、冷たかったのですが、ファイアは何だかそれがおかしくなって、思い切り笑いました。
こんなにたくさん笑ったのは、久しぶりのことです。
「セロ!」
尻尾の炎のせいで仲間の輪に入れなかったセロは、振り向きました。
振り向いた途端、リーフの投げた雪玉がバシン! 目を白黒させているセロを見て、リーフは笑います。
ちょっと! 雪合戦はナシって言ったでしょ!?
「いいじゃねーかよ、すぐ溶けちまうんだしさ。
 お、なんだ? やるのかセロ? 受けてたつぜ!」
ポケモン相手に本気で勝負挑むなぁっ! 何考えてんのよ、もうっ!!
頭からぽたぽたとしずくをたらしたセロは、ニョロゾのスーと顔を見合わせました。 ゼスはちゃっかり後ろで雪玉のスタンバイをしていますが、気付かれていません。


結局、ナナの了解を得ないままリーフ対ファイアのポケモンたちで雪合戦が始まりました。
ファイアも一緒に遊ぼうとしたのですが、ナナが許してくれなかったので、仕方なく一緒に雪ダルマを作ります。
太陽は痛いほど強く光っていましたが、なかなか気温は上がりませんでした。
凍りそうな鼻の頭をこすって、ヤケドしそうなほっぺたにさわって、ナナとファイアは不恰好でごつごつした雪ダルマを作ります。
目や鼻を作るものには困りませんでした。 寒さに震えている木から枝を分けてもらったり、雪の下に埋もれている小石を掘り出したりしました。
ファイアは小さな手で雪をひとすくいすると、手の上で溶けそうなそれを日焼けしてヒリヒリしはじめた頬に当ててみます。
ほっぺたは少し冷えましたが、指の先が今度はチリチリ痛くなってきます。
中指と薬指にはぁっと息をかけながら、ファイアは顔を上げました。
いつの間にか、すぐ近くにいたはずのリーフがいません。 立ち上がって探してみますが、雪を踏む音1つ、聞こえてこないのです。
暑いのか寒いのか分からないまま、ファイアはナナミさんにもらったレインコートの前をきゅっとしめます。
野生のポケモンや、育て屋に預けられていたポケモンたちがほうぼう逃げていくのが分かります。
セロがファイアの足にしがみついて、それがやけに暖かく感じられました。 それだけでなく、自分の体温すらも、しっかりと。
日差しで溶け始めていた雪が、凍りつき始めます。
空の上が光ります。 「ダイアモンドダスト」その現象の名前を、ファイアは知りませんでした。
透けるような青白い鳥が、キラキラ降りてくる光をまとい、近付いてきます。
大きな翼を広げながらゆっくりと減速して、青い鳥はファイアの前に降り立ちました。 小さく吐かれた彼女の息が、白くにごります。
「・・・‘スノ’?」




リーフが軽く首を振ると、細い水の筋が放たれる。
けん制には充分だった。 「いてだきのどうくつ」へと向かっていたロケット団の足が止まる。
振り向いた黒服の人物の顔に、長いまつげがつけられているのが分かった。 女だ。
「何奴?」
ロケット団の服を着た女はあごを軽く引くと、一緒に走っていたらしい誰かを逃がすような仕草を取った。
1人たりとも逃がすまいと、リーフは腰のモンスターボールに手をやるが、そう上手くはいかない。 相手の女も油断なく構えるので、リーフは動けなくなった。
「お前こそ何だよ!? 何で島の中うろついてるんだ、ロケット団って・・・ロケット団って一体何なんだよ!?」
リーフが叫んだとき、ロケット団の動きが止まった。
周囲に、黒い渦のようなものが巻いている。 何者かがロケット団へと向かって『くろいまなざし』を使った、リーフはそう推理する。
白い雪を、黒のシューズが踏みつける。
ロケット団をはさんでリーフの真向かいに立ったその女は、横にルージュラを従え、三角の眼鏡越しにもう1人の黒服の女を睨んでいた。


「ロケット団は、10年前から8年前まで活動していた、ポケモンを使った犯罪組織の名前。
 8年前、1人の少年によって解散に追い込まれるまで、何でもやっていたわね。 ポケモンの密輸に、違法な生体実験、危険な、人工ポケモンの製造・・・」
眼鏡の女は腕を横に振る。 途端、ただでさえ冷え込んでいた空気が凍りつき始めた。
『くろいまなざし』を受けていずとも、動けない。 心臓を流れる血流すら止まりそうな冷気に、リーフは思わず自分の体を抱きかかえた。
肺が凍りつきそうで、息すらもまともにすることが出来ない。
凍えそうな自分のポケモンを強く抱き、リーフは近付いてくる靴の音だけを聞いていた。
唐突に現れた眼鏡の女は、ロケット団の女に自分の方を向かせると、ぞっとするほど赤い唇をゆるませる。
「さ、質問の時間よ。 8年前に解散宣言をしたその組織が、どうして今頃になって活動を始めたのか。
 その活動の拠点を、なぜ、このナナシマに置いたのか、答えてもらえるかしら?」
心臓が凍りつく。 この女、声まで寒い。
ロケット団の女は答えなかった。 顔が見えないから、もし彼女が色々な寒さで気絶してしまっていたとしても、リーフは「やっぱり」としか考えないだろう。
既に凍ってしまって回らない頭で考える。 この先どうすべきかと。
目の前にいる人間は2人とも素性が知れない。 味方を呼びに行くことも出来ない状況で、選択肢は2つしか残されていなかった。
すなわち、逃げるか、戦うか。
リーフが震える指でモンスターボールを手に取ったとき、突然目の前を赤い炎がよぎった。
目の前といっても数メートル離れていたのだが、その熱さに思わず声を上げる。 続けて黒い影が眼鏡の女の連れていたルージュラを討つと、突然現れた「なにか」はリーフたちの目の前からロケット団の女を連れ去った。
追いかけようとするが、凍り付いていた足はすぐには動かず、リーフは雪の上へと転ぶ。
幸い、雪がクッションとなってかすり傷ひとつ負わなかったが、遠ざかっていく黒服の人間たちとポケモンを見ると、リーフは奥歯を噛み締めて、固くこぶしを握った。
「・・・っそ! 何なんだよ!?」
無理矢理起き上がると、リーフは抱えていたテッポウオのミヤをモンスターボールへと戻す。
しびれる腕をこすり、後を追おうと走り出すと、二の腕をつかまれて引き戻される。
睨むようにしてリーフが振り返ると、リーフをつかんでいた眼鏡の女は眉を吊り上げて、口を動かした。
「待ちなさい。 もしかして、あなたが・・・リーフ?」
「え、何でオレのこと・・・?」
「私もトレーナー・ポリスよ。 カントー四天王の、カンナ。
 今、私が到着するまであなた、ロケット団と争っていたわよね。 ロケット団と何の関わりがあるの、教えてもらえる?」



「嫌だ。」
一言で返事を済ませると、リーフはロケット団の消えて行った方を睨みながら鼻の頭をこすった。
消えかかっていた感覚が中途半端によみがえり、チクチクとしたしびれを感じさせる。
「気持ち悪い。 何なんだよ、あいつら、オレのナナシマで好き勝手しやがって!」
「えぇ、そうよ! 4の島は私の生まれ故郷! 大切な人もいる、ロケット団の勝手になんかさせないわ。
 だから、教えて欲しいの、あなたの知っていることを。」
リーフは振り向いた。
「・・・島の人?」
「えぇ、そうよ。 あなたよりもずっと前から。」
カンナと名乗った女は、白い腕に手を当ててうなずく。
雲行きがまた怪しくなる。 普段は本土にいることを付け加えて説明されると、リーフの顔は少し曇ったが、こぶしを強く固めると「いでたきのどうくつ」へと向かって走り出した。
その後を足音が追う。 カンナの手には新しいモンスターボールが握られていた。
リーフの向かう先にカンナは気付くと、走る速度を上げ彼の前に回りこむ。
視線がぶつかると、彼が自分のことをかけらほども信用していないということが、直感的にわかってしまった。
きゅ、と、唇を結ぶと、彼女は足元にモンスターボールを投げる。
雪よりも白い、魚のようなポケモンが体をしならせる。 カンナがその上に乗ると、白いポケモンは驚くべき速さで雪の上を滑り出した。
「危険よ。 あなたは戻っていた方がいいわ。
 行きなさい‘ジュゴン’!」
「・・・ッ!」
リーフの目つきが変わる。 片手にモンスターボールを2つ取ると、長い葉をつけた樹木へと向かって放り投げた。
「トシ、『いあいぎり』! ミヤ、『れいとうビーム』!!」
とても骨とは思えない切れ味で、ガラガラのトシは雑木の枝を1メートルほどのところで切り離した。
それが地面へと着く前に、白銀色の光線が貫く。 真っ白な円筒状の物体になった木の枝は、ゴトリと重い音を立て地面を弾んだ。
トシだけをモンスターボールへと戻すと、リーフはその上に飛び乗る。
安定しないその上で器用に立ち上がると、冷たそうな氷の上に張り付いたミヤを確認し、リーフは行く先を睨み付けた。
「ミヤ『ハイドロポンプ』!!」
氷に張り付きそうな手が悲鳴を上げる。 後方へと向かって水を発射した反動で、10秒足らずで出来上がった氷の固まりは弾丸のようにすべりだした。
顔が凍りつきそうな空気の冷たさに舌打ちすると、リーフはカンナを追い越し、先に「いてだきのどうくつ」の入り口へとたどり着いた。
赤くなった手のひらをなめ、ミヤをモンスターボールへと戻す。



風圧で落ちかかった帽子を深く被りなおすと、リーフは白い霜のついた洞くつへと入っていきます。
その様子を、ファイアは少し離れたところから見ていました。
小さな手で、白い帽子を風に飛ばされないよう直します。 冷え切った風が流れていきましたが、ファイアは寒く感じませんでした。
かたわらには、エーフィと呼ばれるポケモンの姿があります。
凛とした紫色の瞳は、揺るぎもせず、洞くつの入り口を見つめていました。
中で行われているやりとりは、全て彼女らの耳に入っているからです。

「‘キタカゼ’!!」
カンナは叫んだ。 四天王としての彼女を知っているものがいれば、さぞかし驚いたことだろう。
氷の女王の名を冠し、時に冷酷とすら言われるバトルを展開すると言われる彼女は、ひどく取り乱していた。
8月にもかかわらず氷の張る地面の上を、モンスターボールが跳ねる。
彼女が乗り物にしていたジュゴンは白いしぶきを上げる滝をさかのぼり、黒い服の集団へと突進していく。
その中心には、どう見ても3メートルを越す、標準サイズをはるかに超えた大きさのラプラスの姿。
怒りに任せて突っ込んだリーフは、その光景を見て絶句していた。
首に鎖をかけられもがくラプラスと、その周りを囲うロケット団たち、それに向かって容赦のない攻撃を仕掛けるカンナのポケモンたち。
ポケモンバトル、ではない。
その瞬間にリーフは理解した。 今、目の前で起こっている現状と、3の島で自分が負けた理由。
彼らがやっているのは、戦いそのもの。 きちんとルールにのっとって行われるポケモンバトルではない。
「・・・んだよ、オレ・・・」
つぶやいている間にも、怒号に似た命令の声は洞くつ中に響いていた。
入道雲のようだった息が段々と薄くなっていく理由を、頭の片隅はどうでもいいこととして処理していた。 既に、歯の根が合っていない。
感覚のない足を踏み出しながら、リーフは「ロケット団を1人捕まえて話を聞きだす」という結論を実行に移そうとする。
腕をつかまれるまで、リーフは自分にはその道しか残されていないと思っていた。
しかし、痛みとしびれだけだった二の腕に小さな手のひらから温度が伝わると、待ちの手もあったことを、彼は思い出す。


待って。
「ファイア・・・!? お前どうして・・・コートどうしたんだよ、寒くないのか?」
薄く吐かれた息の間からのぞいた灰色の瞳が、リーフには氷のように見えた。
一気に質問してから、彼はファイアの違和感に気付く。 いつものぽやぽやっとした、あの天真爛漫てんしんらんまんさが感じられないのだ。
もうすぐ、やってきてしまう。
 君にはチカラがある・・・いや、あるいは、あれと戦えるのは君だけかもしれない。
 お願いだ、守ってくれないか?

「ファイア・・・? 何、言ってんだよ? 言ってる意味全然わかんねーっつうの。」
星は生命、命は流れ。 あれは、外から入り込み、星のチカラを受け、変貌した。
 私たちはあれを追い出さなくてはならない。 ゆがもうとしている流れを、正さなくては。

「だから、何? あれって一体何なんだよ!?」

遺伝子再構築生命体、コードネーム‘DEOXYSデオキシス’。
突然変わった声が、ナナのテレパシーだと理解するのに、リーフは一瞬の時間を要した。
毛色の薄いエーフィの背に乗ってやってきたナナは、ファイアの足元で降りると真剣なまなざしをリーフへと向ける。
心なしか、目の端に涙がたまっているような気がする。
ずっと寒さでかじかんでいた心の奥で、冷たい何かが動き出すのを感じていた。
この星にいる生命体ではないけど、ポケモンであることが確認されたの。 モンスターボールで捕らえられるはずよ。
 だけど、このポケモン、ある種の人を喰うの。 そのせいでD.Dのメンバーのほとんどが戦えないわ。
 戦えるとしたら、あんたみたいな・・・ホントの努力で強くなったトレーナーだけ。

リーフは言葉に詰まった。
それでも、会話の流れを止めてはいけない。 しぼり出すように声を出すと、結果的に単語だけの返答となった。
「必要?」
そう。
「調べたのかよ・・・」
ごめん。 TPは、身元がわからない人、入れちゃいけない規則だから・・・
顔を青くしたリーフを見て、ナナは目をつぶった。
でもファイアの反応は本物よ! あんたのことは、あたしとナナミさんしか知らないもの!
 ホントよ、あたしのことは許してくれなくていい。 だから、ファイアは・・・

「うるさい!」
リーフが声を張り上げたとき、それまで黙ってたたずんでいたファイアの目つきが変わった。
氷の張った地面を蹴り、リーフを抱え地面にしゃがみ込む。
直後、どう考えても1メートル以上はあった岩の壁が崩れるのを見て、リーフは目を見開いた。
見たことのない生物が飛び込んでくる。 大きさはちょっとした大人ほどだが、明らかに人間ではない。


リーフは、戦慄した。
自分に向けられてはいないが、肉食獣の殺気が崩れかかった洞くつの中に充満する。
来る!
迫ってきた「何か」に反応する前に、目の前に氷が張って、そして割れていた。
貫かれた岩の間から陽光が差し込み、洞くつの氷に当たって反射する。
まぶしさに目を細めながら、リーフはモンスターボールを取り出し、謎の生物へと投げる。 謎の生物は明らかにファイアを狙っているが、彼女ばかり戦わせるわけにもいかない。
「トシ『ホネこんぼう』!!」
攻撃の気配に気付き、謎の生物は身を引いてガラガラの骨をかわす。
足をよろめかせ、倒れそうになったファイアを、ニョロゾのスーが支える。 ファイアは首を押さえ、なかばうつろな目で辺りを見回していた。
リーフが視線を外さない謎の生物の姿は、どんな、と聞かれると説明が難しい。
人のようで、そうではなかった。 2本の腕に当たる位置には触手が螺旋らせん状にからまり、胸の位置には水晶のようなものが収まっている。
念のため、リーフはもう1つモンスターボールを手に取る。 これはポケモンバトルではないのだ、自分にそう言い聞かせた。
だが、言葉よりも先に状況が教えてくれるところまでは予想していなかった。
真横から吹いてきた赤い炎に押され、謎の生物(ナナが言うところの『デオキシス』)は真っ赤な色に染まっていく。

「‘パルシェン’『なみのり』!!」
氷よりも冷たい声と、冷たい風がリーフたちの前を流れていった。
デオキシスを攻撃したのがロケット団のヘルガーで、それを攻撃したのがカンナのパルシェン。 そこまでは分かる。
だが、ヘルガーの背に乗っていたせいで巻き添えを食らい、氷の壁に背中を預けて気絶している人間を見ると、リーフの思考と決心は鈍った。
わずかな隙はロケット団に狙われる。
襲い掛かってくるマタドガスを、ヘドロごと吹き飛ばしたのは、ファイアの操るスーだった。
「だいじょうぶ?」
ファイアはリーフへと尋ねた。 先ほどまでの真剣な表情はない、いつものファイアだ。
指先は震え、腕には鳥肌が立っている。 寒いのか怖いのか、リーフには予想がつけられなかった。
ただうなずくと、ファイアは笑った。
そして、それだけで、1度止まりかけたリーフのスイッチを動かすには充分なものだった。
起き上がろうとするデオキシスへと向かって、リーフは手にしたモンスターボールを向ける。


「ジョー、突っ込め!!」
体長わずか50センチのゼニガメがデオキシスへと向かって走る様を見て、他のトレーナーたちは一同に目を見開いた。
逆上した(ように見える)デオキシスの腕が、風を貫いてジョーへと向かう。
もうだめだ、とリーフとファイアを除く全員が思った瞬間、リーフの指示は放たれた。
「『からにこもる』!!」
ジョーが氷の上にうつ伏せになって手足を引っ込めると、その表面スレスレのところをデオキシスの腕が突く。
軽い衝撃だけでジョーは滑り、氷の端まで来てから立ち上がった。 ほぼノーダメージだ。
あっけに取られたのは悪いことしたさにロケット団に入団した個々露 倉猪さん(30代独身)。
真後ろにカンナが来たことにすら気付かなかった。 頚動脈けいどうみゃくを「きゅっ」とシメられ、あっけなく気絶。 悪役らしい最後ではある。
異常事態に気付いた同期の男も、同胞を思いやる時間を与えられない。
育てに育て上げたバンギラスが、なぜ、1匹のヒトカゲにやられるのか。 ましてそれを操るのが、どう見ても小学校低学年の女の子(しかししつこいようだがファイアの実年齢は11だ)とはどういうことだ。
この男の賢い点は、個々露とは違い、現実から逃げることを許されない状態だということを知っていたことだ。
敗北を知るとさっさと荷物とポケモンをまとめ、その場から逃げ出した。
ファイアはそれを追いかけるという思考を持たない子供だ。 それが幸いし、今のところ彼は逃げ切ることに成功している。
カンナに吹き飛ばされたヘルガー使いのロケット団は、1番賢く、周囲の状況を見ながらリーフの戦いを目で追っていた。
自分の手元からゼニガメが離れたデオキシスは、それを追いかける。
今度は逃げられないように両の腕で、締め上げるようにしてゼニガメを持ち上げた。
苦しそうにもがくジョーの姿を見てから、リーフは怒りのこもった声で次の指示を出す。
「ジョー! 『こうそくスピン』!!」
ゼニガメは手足と首を引っ込めると、甲羅の間から勢いよく水を吹き出した。
小さな甲羅が回転し、デオキシスの触手のような腕はジョーを捕らえていられなくなる。
からみ合っていた腕が解き放たれると、リーフは今度はすぐに指示を出した。 ジョーではなく、皆がすっかり存在を忘れていたトシの方に。
「トシ、今だ! 『ホネブーメラン』!!」
ぶんっ、と、空気の触れる大きな音がした。 重い一撃はデオキシスの頭を直撃し、はた目から見ても大きなダメージを与える。
三角すいを逆さにしたような、デオキシスの足が冷たい地面へとつく。
リーフが勝ちを確信した瞬間、異変は起きた。



「逃げてッ!!」
カンナの声が洞くつに響くと同時に、リーフの真横に1本の光の筋が通った。
突き飛ばされ転んだファイアの目の前で、青白い光がカンナの背中から抜け、最初にデオキシスが入ってきた・・・
すなわち、「いてだきのどうくつ」の岩壁に空いた穴へと吸い込まれる。
ファイアもリーフも、視線はそこへ集中していた。
まさか、もう1体デオキシスがいるなんて、考えていなかった。


2体目のデオキシスは両腕を大きく広げると、空間のねじ曲がったような虹色の空間を作り出した。
体の形が、全身装甲でおおわれたような、丸っこい形へと変化していく。
リーフは身構えた。 最初のデオキシスが倒れたせいで「戻り」の2発目が空振りに終わったホネを受け取ったトシを構えさせる。
オレンジ色の皮膚で固く身を覆ったデオキシスは、前触れなしにリーフの方へと突っ込んできた。
ファイアも叫ぼうとするが、言葉にならない悲鳴だけが空を切る。
「トシ! 『ホネこ・・・」
指示を出す前に振り下ろされたガラガラのホネが、一瞬にして止められた。
デオキシスの平たく変化した腕を前にして、リーフのメンバーでもトップクラスのチカラを持つトシが、微動だに出来ずにいる。
パニックを起こすわけにはいかない。 すぐに次の手がくることを予想してリーフは別のモンスターボールを構える。
だが、デオキシスの行動は意外なものだった。
リーフとトシの足元で倒れている、もう1体のデオキシスを抱え上げると、そのまま何もせず飛び去ってリーフたちの目の前から消え去ったのだ。
ワケも分からず、リーフは2体のデオキシスが入り込み、そして飛び去った後の壁の穴を見つめていた。
しかし、やがてファイアのくしゃみで意識を取り戻す。
ボーっとしていられる場合ではないのだ。



「そうだっ、ファイア、大丈夫か!? そのカンナって人!」
リーフは何かに弾かれたように動くと、寒さで凍え始めたジョーを抱えてファイアのところへ走った。
「わかんない。」
ファイアは首を横に振る。
目の前で人が倒れて、しかもピクリとも動かない。 心底困っているのだろう、無理もない。
オロオロしている彼女の代わりに、リーフがカンナの顔を持ち上げ、頬をぴたぴたと叩くと、彼女のまぶたがピクリと動く。
一瞬ほっとしたのもつかの間、代わりにやかましいのが乱入してきた。 助けではあるが。


大きく息を切らしたツンツン頭のグリーン(悪意を込めてリーフは心の中でそう呼ぶ)は、すぐに状況に気付くと3人のもとへと駆け寄ってきた。
「・・・何があった。」
倒れているカンナに気付くと、グリーンは小さな声で言った。
リーフは口を開かなかった。 その質問が、自分に向けられていることには気付いていたが。
無視されていることに気付くと、グリーンは今度はリーフの肩をつかんだ。
眠るとき以外、絶対に下げないような頭を下げ、しぼり出すような声で、はっきりとリーフへと向かって話しかける。
「頼む。 全部を見てて説明できるのは、お前だけなんだよ・・・!」
・・・カンナさん、神眼だったの。
リーフの代わりにしゃべったナナに、グリーンは目を向けた。
少し遠くから見守る、大きなラプラスの目が、少し厳しくなる。
それで、デオキシスに・・・喰われた。 レッドと同じに。
「な・・・!?」
今にも叫びそうな顔をしたグリーンの服を、ファイアが引く。
深く考えられた行動ではなかったが、完全にパニックになることはおさえられた。
さらに「寒い」と、たった一言だけ言った言葉は、深刻な状況にとらえられていた彼らの頭をも冷やした。
氷点下に近い気温の洞くつの中だ。 今、必要なのは冷え切った体を温めることで、カンナが倒れた原因を話し合っている場合ではない。
ファイアの「たった一言」で我に返った男2人は、すぐさま行動に移った。
動かないカンナをグリーンが抱えると、出来るだけ早く、ポケモンたちも連れてポケモンセンターへと戻っていく。
道の途中、ファイアは自分をここまで導いたフリーザーの「スノ」の姿を探していた。
しかし、どこかへと飛び去ったのか、薄水色の美しい鳥の姿はなく、島はまた、じりじりとした灼熱しゃくねつの太陽に照らされ始めていた。




雪の固まりは考えていた。
いや、山と言った方が正しいか。 いやいや、正確に言えば「雪が」ではなく「雪の中にいるポケモンが」だろう。
じょおうはとてもとても困ってしまっているのでございますわ。
雪の固まり、いや、雪山・・・いやいや、ポケモンはそう念じる。
ここまでファイア様を追いかけて参られたじょおうは、木から落ちてきた雪に埋もれてしまってしまったのでございます。
 身動きをお取りになることが出来ず、お技を使われなさることも出来なくなり、非常に困ってしまわれたのです。
 このままではじょおうはご主人に何とおっしゃればいいのでしょう、あぁ、困りましたわ、困りましたわ。

先に言うが、これらは全て独り言である。
話を要約すれば、ファイアを追っかけてたら木にぶつかり、どさどさーっと落ちてきた雪に埋もれたというだけの話だ。
テレパシーで独り言をしゃべりまくるポケモン、ヤドキング。
異様な光景だが、周りに人がいないため奇異な目で見る人すらいない。
雪に埋まってにっちもさっちもいかない状況らしいが、あまり真剣みが見られないこのヤドキングの悩みは、時間が解決した。
8月のジリジリ太陽が、降り積もった雪を溶かしてくれたからである。








トントン、と、ゴールドは靴のかかとを打ち鳴らした。
もっと遅く始めても良かったのに、旅支度はずいぶん前に終わっていて、たっぷりと時間を持て余してしまった。
最終チェックもおこたりなく。 着替えに、タオル、食料を入れるスペースに、大切な仲間たち。
それに、カルテ。 初めての患者としては荷が重過ぎる内容の書かれたそれは、3重に包み込んで、大切にしまってある。
「もう行こうかな。 あんまり‘ホワイト’待たせてもいけないし。」
時計を見ると、ゴールドは立ち上がった。
5年前、同じ場所から旅立ったときとは違い、その表情にかげりの色は見えない。
「あら、もう行くの? 船の時間には少し早いんじゃない?」
動きに気付いた母親に、彼は太陽のような笑みを向けた。
「待ちきれないんだ。 変だよね、遊びに行くわけでもないのにさ。」
「そんなことないわ。 母さん、ゴールドがこんなに立派に育ってくれて嬉しいもの。
 気をつけて行ってらっしゃいね、風邪なんか引くんじゃないのよ、あんまり冷たいもの食べ過ぎたり・・・」
「おかあさんこそ! 僕がいない間にケガしたりしないでよ!
 それと、父さんに「ありがとう」って、言っといて。」
母親がうなずくのを見ると、ゴールドは手を振って歩き出した。
数メートル歩いたところで、はたと気付いて立ち止まる。
歩きながらリュックの中をのぞいてみると、思ったとおり、ルビーとサファイア宛の、出しそびれてしまった手紙が1通。
「あちゃあ」と、声を上げると、ゴールドはそれを元の位置に戻して、何事もなかったかのように歩き出した。
どっちみち、明日には2人に会えるはずだから。