サファイアは腕組みをしてうーんと考えていた。 横ではソーナンスのランが彼の真似をして腕組みをしていた。 多分意味はわかっていない。
朝の10時。 昨日サファイアの布団にもぐりこんでしまったルビーが、いつまで経っても起きる気配がない。
掃除の時間もあるし(やるのは母親だが)、そろそろ起きてもらいたいのだが、起こし方も分からない。
ゆすってみても反応はないし、まさか女の子相手に弟にやるようなチカラ技で叩き起こすわけにもいかないし。
「ルビー・・・起きてや〜・・・」
反応なし。 これじゃあ、生きてるしかばねだ。
「夏休み特別番組、魔法少女ミチコちゃん始まってもうたで〜。」
魔法少女ミチコちゃんは幼児番組です、チャンピオン。 見てるのか?
「おかんがなぁ、今日の昼飯焼きそばやて。 食って海にでも遊びに行こうや〜。」
「焼きそばっ!?」
ルビー飛び起きる。 サファイアとひたいがぶつかろうがお構いなしだ。 サファイアの方は死に掛けてますが。
そんなこと全く気にせず、ルビーは小躍りしながら動き回る。 とても先ほどまで熟睡していた人間だとは思えない。
サファイアの方は死に掛けてますが。
「いやった! 仕事中だと青ノリつくからって食べさせてもらえなかったんだ!」
「そ、そか・・・そら、よかったな・・・」
痛くないんやろか、と、サファイアは同じ疑問をぐるぐる考え続けていた。
一瞬にしてどちらが眠っていたんだか分からなくなってしまった。
ヒリヒリチリチリガンガンする頭をさすりながら、サファイアはいきなりハイテンションなルビーに目を向ける。
まぁ、喜んでくれてるのは嬉しいんだけど。
「元気だねぇ。」
「まーなぁ、それはええことやと思うわ・・・・・・?」




「やぁ、おはよ。」
サファイアはかろうじて座ってたっぽいベッドから滑り落ちた。
窓のさんにひじをついていた人間の視線が、それに合わせて動く。
興奮も冷めて自分のことを見ていたルビーに気付くと、彼はにっこりと微笑んで見せた。 黒い瞳が、柔らかく光る。
「久しぶり、ルビー。」
「ゴールド! ずいぶん急だね、手紙くらいよこしてくれりゃよかったのに。」
「そうそう、手紙! はい、サファイア。」
何かに気付いたように目を瞬かせると、ゴールドは背中のリュックから何か封筒のようなものを取り出した。
色々あり過ぎで意味不明な体勢になったまま、サファイアは封筒を受け取ると中を確認する。

サファイアへ、それと一緒にいるだろうルビーへ。

元気? こっちは元気だよぉ。
おかげさまで、なんとか無事学校を卒業すること出来ました(わー、ぱちぱち)
ついては、仕事がらみなんだけど今度またホウエンに行くことになったんだ。
7月末には話がまとまると思うんだけど、到着先の病院で話し合いとかあるから、8月の初旬ごろサファイアん家でも行くね〜。
なんかまずかったらシルバー探して伝言してね。 ポケギアつながってるはずだし。
んじゃ、そーゆーことで⇒
ばいっ!

「連絡の手紙、手渡ししてどーすんじゃあっ!!」
妙なテンションの文章が書き連ねられた紙を、サファイアはべしっと床に叩きつけた。
「いや、うっかり出すの忘れちゃってさぁ・・・大失敗。」
首の後ろに手を当てようとして、ゴールドは窓枠からずり落ちかけた。
慌てて2人は手を差し出そうとしたが、その前に彼は自力で復活する。
少し跡のついている服のひじを見ながら、ルビーは既にはっきりした頭で考えて尋ねかけた。
「なぁ、ここ2階じゃ・・・」
「あぁ、見る?」
ゴールドはそう言うと2人の前から姿を消した。
正確に言うと、つかまっていた窓の桟から飛び降りたわけだが。
驚いてルビーとサファイアが窓に駆け寄ると、お互いの肩がぶつかった。 ちょっぴり顔を赤らめながら窓の下に目を向けると、ゴールドは首の辺りに赤紫色の花が咲いている大きなポケモンに向け、手を差し伸べている。
ルビーは自分のモンスターボールが入ったバッグに目を向けた。 チコリータのメロディが入ったモンスターボールは、確かにあるはずだ。
「着替えたら降りておいでよ。 みんなも2人に会いたがってる。」
サファイアもモンスターボールを見た。 シルバーから借りたホワイトの入ったモンスターボールが、壊れそうなほど強く揺れている。
気持ちが伝わってきて、胸の奥がうずく。 動けずにはいられなくて、モンスターボールをつかむと部屋の入り口へと走って振り返った。
「ルビー! 先行くわ!」
「当たり前だよ、堂々とのぞく気かい!」
枕を投げつけられながらサファイアは階段を駆け下りた。
のぞくも何も、自分の部屋だったはずだよなぁ、とか、疑問を胸にしながら。



小さなモンスターボールの中から解放されたホワイトは、サファイアが扉を開けるなり外へと飛び出した。
ポケギアのスイッチを切ってこちらへと目を向けたゴールドへと、一目散に飛びつく。
ほとんど不意だったのにも関わらず、自然な動きで彼を受け止めたゴールドに、サファイアは少し驚いた。 自分じゃ押しつぶされてばっかりだから。
「久しぶり、‘ホワイト’!!」
おせーんだよ! こっちキュウクツ過ぎて死ぬかと思ったぞ!
 シルバーは暗いし、サファイアはアホだしさぁ!!

「あははは! そっか〜、暗いしアホか。」
「あの〜、もしもし?」
サファイアにはツッコミどこすら分からなかった。 既に2人(1人と1匹)の世界である。
なんだかよく分からない、のぺーっとした水色のポケモンに肩叩かれるし。 シルバーのところにいたはずの「ピーたろう」も何故かいるし。
いつの間にか、家の前が珍獣動物園状態。 見たこともないポケモンばかりだ。
「あ、サファイア。 家の前に来てた人たち、とりあえず追い払っといたけど、よかった?」
やっとこちらに気付いてくれた。
とりあえずうなずいておくと、自分の後ろのドアが開く。 ルビーが着替えて出てきたためだ。
「増やしたんか、連勝記録・・・」
「そうだね、学校入ってからほとんどバトルらしいバトルもしてなかったから、ちょっと楽しかった、かな?」
毎日のようにやって来ている挑戦者たちを追っ払ってくれたのはありがたい。 ありがたいけど、何か違う気がしてならなかった。
複雑な心境をよそに、ルビーの方は珍獣たちを見てはしゃいでいた。
なんか、メガニウム、とか、ヌオー、とか、よく聞いたことのないポケモンの名前が飛び交っている。 彼女は珍獣の正体を知っているらしい。


「そういや、さっき電話しとった? 誰と話してたん?」
パチンとまばたき1つ。 その動きをルビーはちゃんと見ていた。
ストラップの輪を指先で回し、ポケギアを振り回す。 ポケギアの形は、以前見たときと変わっている。
「シダケにある病院の先生だよ。
 神眼かもしれない子が来たから、診てほしいって言われたんだけど、目の病気の可能性の方が高いから、先に眼科に回してもらうよう言っといたんだ。」
「病院で神眼・・・? その先生、神眼だったん?」
「娘さんが蒼眼なんだって。 口は堅いから大丈夫だよ。」
緑色のポケモンに手を差し出しながら、ゴールドはもう片方の手をサファイアの方へと出した。
サファイアが大きな花のような手に手を合わせると、突然衝撃を受け、深い海の底に落ちたような息苦しさを感じる。
慌てて手を離すと、体中に針の刺さるようなしびれが残った。 尻もちを打ったサファイアを、ルビーが不思議そうな顔で見ている。
「!?」
「神眼同士なら、肌が触れればわかるから。
 え〜っと、ルビー、こっちがメガニウムの‘ミドリ’それとそっちは、ピジョットの‘ピーたろう’で、あと出してないんだけどマンタインの・・・」
普段と変わらぬ様子でポケモンの紹介を始めたゴールドを見て、サファイアは眉を潜めた。
何か重要なことを、教えられたような気がして。






外は、とても気持ちのいい風が流れていました。
フリーザーのスノが連れてきた、冷たすぎる空気を追い払い、夏の太陽が運んでくる暑さも、風は持ち去っていってくれました。
ですが、いいことばかりでもありませんでした。
グリーンやナナミさんたちが困っています。 風で波が荒れて、船が来られなくなってしまったせいです。
理由はよく教えてくれませんでしたが、ナナミさんたちはこの船をとても楽しみにしていたようです。
嵐、と呼ぶには大人しすぎましたが、波はなかなか収まりませんでした。
長い待ち時間は、ファイアたちに今持っている問題としっかり向き合わせました。
何もしなくていい時間、リーフはずっと、床の上に座っていました。
ナナミさんたちは、リーフのことを心配していました。
ファイアももちろん、彼のことが心配で仕方ありません。

「リーフ。」
名前を呼んでも、リーフは答えてくれません。
眠っているのかとファイアが少し動きかけたとき、
「こっち来んな。」
と、そっけない返事が返ってきます。
こっちに来るなと言われてしまったら、ファイアがリーフに近付くわけにはいきません。
仕方なく、ファイアはその場で床の上にぺたんと座りました。
リーフは一瞬不思議そうな顔でファイアのことを見てから、またすぐにうつむいてしまいました。


少し遠くで、グリーンとナナミさんが話し合う声が聞こえます。
「・・・こんな時に。」
「仕方ないわ、昨日から波は荒れていたみたいだし・・・
 夕べ連絡があったけど、彼女、結局船が着かなくて、ここより就航率の高い「5の島」で待つことにしたらしいわ。
 リーダーも出来るだけ早く合流するよう努力してみる、そうよ。 良かったじゃない、グリーン。
 うるさいのがまた1人増えるわ。」
声に出して驚きはしませんでしたが、グリーンの眉が少し上がりました。
ナナミさんは、それはグリーンが喜んでいる時の動きだと見抜いていました。
心配のタネが1つ大人しくなったのを見て、ナナミさんはファイアとリーフの方に顔を向けます。
リーフは意地になっているのか、動く様子がありません。 恐らく大人が何を言っても聞いてはくれないでしょう。
そのまん前にファイアはちょこんと座って、身じろぎもせずリーフのことを見ていました。
これは長期戦になりそうですし、リーフのことは子供同士に任せておいた方が安心でもあります。
ナナミさんはグリーンを連れ、一旦部屋を出ることにしました。
後には、ずっと同じ姿勢で部屋を睨んでいるリーフと、少し心配になってきて首をかしげるファイアだけが残されます。






しばらくの間、無言の時間が続いていた。
かといって、静かだったわけではない。 昼夜問わずにバトルの繰り広げられるバトルフロンティアで静かな時間などほとんど存在しないためだ。
ただ、2人とも音は感じていなかった。
5秒、6秒と経過し、エメラルドとマリンは同時に黄色い物体に視線を落とす。
「何・・・それ?」
「・・・強い、ピカチュウ。」
『それ』と言われた丸い物体を持ち上げると、エメラルドはぼそっと返答した。
ピカチュウと称されたそれは、うんともすんとも言わない。
黙っているとそのままゆでられてしまいそうな形をしたそれを回しながら、少し不満そうな顔をしてエメラルドは続ける。
「エニシダのおっちゃんに、前のポケモンリーグ優勝者みたいな強いピカチュウが欲しいって言うたら、これば渡されたんやけん。
 けど、これ・・・」
「タマゴ・・・ね。」
マリンはエメラルドから黄色い物体を受け取ると、太陽の光にかざして見せた。
分厚いカラの中に眠っている小さな生き物が、かすかに動き出しているのが感じられる。
「ねぇ、キミが言うのって、どっちのピカチュウ?」
「どっち?」
「『殿堂入り』したピカチュウは、2匹いるの。」
あぁ、とうなずくと、エメラルドは彼女の手から黄色いタマゴを返してもらう。
「第1回の・・・」
「‘ピカ’!!」
すぐさまニックネームを導き出すと、マリンは両手を叩き合わせる。
エメラルドが指差してうなずくと、彼女はにこりと笑い、両手を後ろで組んだ。


「ピカチュウはね、電気タイプの中でも特に扱いやすいポケモンだよ。
 『でんきショック』『10まんボルト』『かみなり』と、主要な電気技は簡単に覚えてくれるし、素早さも高い。
 それに、もしかしたらピカチュウそのこ、キミが知らなきゃいけないことを教えてくれるかもしれない。 あたしが教えられなくて、キミが知らなきゃいけないこと。」
「まだ何かあると?」
「あるよ、いっぱいね。」
モンスターボールを片手でコロコロ転がすと、マリンは自分のフロンティアパスを開く。
広い園内の地図が描かれた画面をエメラルドへ見せると、バトルファクトリーとバトルドームの間にある、大きなハブネークの形をした建物を指差した。
何度か通りかかってはいたが、あまりの気味悪さに近付かないようにしていたことを思い出し、エメラルドはツバを呑む。
マリンが液晶をちょんとつつくと、画面にはBATTLE TUBEと、気取った文字が現れた。
「今度はここを攻略するよ。
 バトルチューブ、もらえるシンボルは『ラック』。 トレーナーの、『運』を試す場所。」








時計を見ていなかったので、ファイアにはどのくらいの時間が経ったのか分かりません。
それでも、ずいぶんと時間を置いてから、リーフは顔を上げます。 それに合わせて、ファイアも少しうつむきかけていた顔を上げました。
あまり機嫌は良くないようですが、グリーンに見せていたような嫌悪するような顔ではありませんでした。
少しだけ自分のひざを見つめると、自分のことを見ているファイアへと、茶色い瞳を向けます。
「ファイア、ずっとそこにいる気?」
ファイアは不思議そうな顔をします。
小首をかしげた彼女を見ると、一呼吸置いてからリーフは辺りを見渡して、軽く息を吐きました。
「オレのこと待ってんの?」
「・・・うん。」
ファイアは今度はちゃんと答えました。
根負けした、と、リーフは直感しました。
夏とはいえ部屋の中です。 効きすぎた冷房で寒そうにしているファイアを見ると、リーフはのろのろと立ち上がります。
それに合わせ、ファイアの灰色の瞳がゆっくりとその姿を追っていきました。
立ち上がることを忘れてしまったかのような彼女に手を差し伸べると、小さな手が、リーフの手のひらをつかみます。
冷え切ってしまっている手を、リーフはチカラ強くにぎりました。
「外、行こうぜ! 何して遊ぶ?」
「ボールやりたい。」
「あったかな、ボール・・・?」
苦笑しながらリーフは丸くて弾むものを探します。
外へ出ようとし、ふとつないでいた手が離れそうになったとき、ファイアはリーフの手を強くにぎりかえしました。
驚いた顔をしてリーフは振り向くと、ファイアの顔をじっと見て、こう尋ねます。
「・・・ファイア、前にどっかで・・・会わなかったか?
 お前たちがナナシマに来る前さ。」
少し考えてから、ファイアは首を横に振りました。
ファイアの記憶の中では、リーフと最初に会ったのは、確かに1の島です。