新着メール0件

その表示を見るとサファイアはがっくりと肩を落とし、深あぁ〜く息を吐いた。
一応これでもお仕事。 腐っててもお仕事。
インターネットで依頼を受ける何でも屋。 部屋のお掃除(ただし腕は保証しない)から怪物退治まで。
ポケモンリーグチャンピオンにもなったし、カナズミシティでもバッチリ宣伝した! ・・・はずだったのだが、今のところ繁盛具合は見ての通り。 ちなみにこの状態はかれこれ1週間以上は続いている。
「ヒマやぁ・・・」
ヒマ。 ヒマヒマ、ヒマヒマヒマ。 延々おんなじフレーズがサファイアの頭の中を駆け巡る。
サファイアとて遊ぶ相手がいないわけじゃない。 近所のちーちゃんとか、かおるちゃんとか、のぶとしくんとか。
だが、ひとたび「遊ぶ」となると、今度はえんらいことになる。
いつかお見せしたように、チャンピオンに勝ったという名声を得るために手段を選ばず戦いを挑んでくるトレーナーが寄ってたかってやってきて、大騒ぎになってタカオニどこじゃなくなってしまうのだ。
ゴールドやクリスや・・・多分レッドもそうなのだろうが、彼らみたいに軽〜く返り討ちに出来ればいいのだが、あいにく386戦151勝202敗。
大人しく家に引きこもってぶーたれてるしか道はないと、そう考え机に突っ伏すと、サファイアは早くも寝息を立て始めた。
だが、世の中そうそう簡単に回ってくれはしない。



10分と経たず、サファイアは窓の外から発せられる殺気に気付き、目を覚ました。
慌ててカナやらシロガネやらのモンスターボールを手に取るが、何か変だ。
どろん、というか、もにゃん、というか、ぬもっ、というか・・・とにかく、そんな感じの殺気なのだ。
前触れ、予告編、ダイジェスト、インストゥルメンタル全てなしに、突然サファイアの部屋の窓が開く。 確か2階のハズなのに。
「Hey,you! ニンジャーが密書届ケーにきましたネー!!」
「・・・っぎゃああぁ!!?」
叫びたくなるのも無理はない。
頭にかっぱ巻き、前の開いた和服っぽいのに、誰にだまされたのか堂々丸出しおふんどし。
今回限りの1発キャラ、ストーブ=スペル=ハンバーグさん(22)明らかにニンジャーをはき違えている。
「ニンジャーデース!」
いや、違う。 間違いなく違う。
ぶんぶんと首を横に振るが、相手はどうやら気付いてくれない模様。
明らかに不法侵入なニンジャーは、ドロだらけのポックリでサファイアの部屋に入り込むと、わきにはさんでいた封筒をサファイアへと手渡し、「HA☆HA☆HA☆」などと謎の高笑いをあげながら去っていく。
やや異臭を放つ、生温かい封筒をにぎらされて、サファイアは泣きたくなる。

イェーイ。
最近、キンセツのナウいオヤジと仲良くなった、我が輩からくり大王である!
その節は世話をした、まさかチャンピオンにまで上り詰めるとは、我が輩、驚き桃の木さんしょの木なのである。
では、本題に入るとしよう。
このたび、我が輩はモーレツにハッスルして、ついに!最高のからくり屋敷を完成させた!
ぐふふふふ、ぐふ、難しい、こいつは難しいぞよ。
我が輩は貴様の挑戦を受けてたつ!
ベイベー、挑戦したくなったら、110番道路までこられたし。
では、4649!

「・・・・・・・・・・・・・・・」
なんか、もう、どこから突っ込んでいいのか分からない。
ポイしてなかったことにしようと思ったが、遠くから「ポイしたらニンジャーがシノビーの技でたたりますヨー!」とか叫ばれてしまい、それも出来ない。
たたられたら困る。 シノビーの技でニョロトノに変えられたり、池の上に浮かされたりしたら怖い。 ニンジャーのイメージ間違ってますが、チャンピオン。
警察に連行されていくニンジャーの勇姿を見ながら、サファイアは複雑すぎる顔をしながら手元に残されたキラキラメールをにぎっていた。
ポケモンたちに相談しようと、のろのろとした足取りで庭へと降りる。 途中で階段を踏み外したが。
「・・・・・・・・・」
「雄貴、大丈夫と?」
階段から落っこちてなお、この無言。 ね? ね? サファイアの思考回路が尋常じゃないことになってるのがわかるでしょ?
台所でサファイアのおかんに魚肉ソーセージをもらっていたワニノコのシロガネが、たたたっと近付いてくる。
真っ白になっているサファイアの前でぱぱぱっと前足を振ると、彼はこけた弾みで床に落っこちたキラキラメールに気がついた。
ピカチュウ柄のびんせんをくるくると回すシロガネから、サファイアのおかんは小さな紙を取り上げる。
奇抜極まりない文面に軽く目を通すと、おかんはサファイアにそれを渡し、軽〜い口調で言った。
「それ、依頼の手紙じゃなかか? 雄貴、行かんでよかと?」

がびちょーん(効果音)

変なニンジャーにすっかりダマされた。(ニンジャーはダマすためにやってきたのではない)
確かに、奇怪な文面を取り除いて要約してみれば「新しいからくりの実験台になってくれ」といった感じだ。
サファイア、今の職業「何でも屋」。
実現不可能なことじゃない限り、断れない。
泣きたくなった。 「また」あそこに行かなければならないのか。






「ううぅ・・・」
『ここより→へ3歩、↑へ2歩ゆけば(以下略)』と書かれた看板の前で、サファイアはうなっていた。
1人で散々悩んでいる間に、サファイアをここまで連れてきたチルタリスのクウが、リュックの中にあるおやつを勝手につまみ食いしている。
気が進まないの気分は既にシロガネ山と同じくらいまで積みあがっている。
それでもお仕事、行け行けサファイア! 君が行かなきゃ話が進まないんだ!
責任感か決心か、時間の問題か見えない第3者の超能力か、のろのろとサファイアは歩き、からくり屋敷の扉を開いた。
ところが、開けた途端にサファイアはバタンとドアを閉める。 こら、決心はどこへ行った。
「帰ろ‘クウ’。 帰ろ帰ろ。」
「なーっはっはっは! よく来た!!
 今日は客がたくさん来ているのであるが、気にせず存分に楽しむがいい!!」
扉ごと吹っ飛ばして登場するからくり大王(年齢不詳)。
もう逃げられない! 特性が「しめりけ」になりそうなほどサファイアは落ち込む。
頭にキノコを生やしそうな顔をして振り向くと、玄関入ってすぐの茶の間で5人のオヤジが茶をすすっていた。
なんていうか、濃い。
暑苦しい真っ赤なオヤジに、目がキラキラしている黄色いオヤジに、ルリリドールをなでまわしている緑色のオヤジに、サファイアの顔をジロジロ見ているピンク色のオヤジ、真っ赤なギターを持った真っ青なオヤジ。
なーんか、嫌な予感がする。
「ぐふふふふふ、今回の仕掛けはすごいぞ。
 はるか海の向こうまで心の旅に出て完成させた、ひっじょーうにスゴイ物なのである!
 うむ、昼飯はちゃんと食ってきたろうな? それではスタートだ!!」


微妙な優しい言葉をかけられつつ、サファイアはからくり屋敷の中に放り込まれた。
真後ろでバタン!と、ドアが閉まると、その場にしゃがみ込んで深ぁ〜くため息をつく。
からくり屋敷、言ってみれば巨大迷路。 サファイアの一番苦手な分野だ。
いや、苦手なんて話じゃない。 ひとたびミシロタウンの外へ出れば3歩歩いただけで戻る道を間違えるほどの天才的方向オンチ。
ポケモントレーナーを始めてからは、何とかポケモンと一緒になら目的地まで行かれるようにはなったが、サファイア自身が治ったわけではない。
こんな複雑に入り組んで、しかも仕掛けを解かなきゃ進めないとか、地獄のオリに閉じ込められたも当然の状況なわけである。
「せやけどなぁ・・・」
これも仕事だ、どのみち帰ることも出来ないし、解くしかないんだろう。
そう結論付けて、重い腰を上げる。 後ろ向きなポジティブシンキング。
室内を飛び回るわけにもいかないので、クウを戻して、代わりにワニノコのシロガネをモンスターボールから呼び出す。
ちょこちょこ走り回るシロガネが、2歩、3歩。 それを追いかけてサファイアも4歩、5歩。
早速何かを踏んづける。
それが何かを確認する時間もなく、機械が動くゴゥンゴゥンという音が聞こえ、サファイアはそっちの方に振り返る。
「わし、シンガーソングおやじ。 わしの歌、聞いてくれる? くれる?」
声も出ないままサファイアはビクッと飛び上がった。
回転寿司みたいにベルトコンベアーに乗せられてやってきた、居間にいた青いオヤジ。
サファイアより1歩後ろの位置にいたシロガネが、白い牙を向けて相手を威嚇いかくする。 怖いか、そりゃそうだ。
パニックにおちいりかけながらサファイアが挙動不審な足取りを取っていると、再び何かを踏んづけてカチッという音が鳴った。
再びゴゥンゴゥンという音。 去っていく自称「シンガーソングおやじ」。
おかし だいすき おねえさん まいにち だらだら ダイエット〜♪
「わし、メルヘンおやじ・・・とてもいい話、するよ。」
「ぎぇっ!?」
背中から声をかけられ、変な悲鳴があがる。
慌てて噛み付きかけるシロガネを押さえつけながら見ると、やっぱり居間にいた黄色いオヤジ。
「120色のクレヨン買ったんだ・・・いいでしょう?」
「は?」
「あと、思ったんだけどさ・・・キャモメって面白いよね〜、そう思わない?」
「はい?」
「あと、思ったんだけどさ・・・旅に出たいな〜、どこかいいところ知らない?」
「自分で考えてや。」
「あと、思ったんだけどさ・・・かげぶんしんってキレイだよね〜、そう思わない?」
「何で?」
「あと、思ったんだけどさ・・・ファッションってのんびりだよね〜、そう思わない?」
「いや、ちゃうやろ。」
「あと、思ったんだけどさ・・・ひみつきちっていいよね! 何かわくわくしてこない?」
「オトナの発想ちゃうと思うんやけど・・・」
「あと、思ったんだけどさ・・・でんわってかわいいよね〜、そう思わない?」
「???」
「あと、思ったんだけどさ・・・夕焼けを見ると、ウチに帰りたくならない?」
「あんただけや。」
「あと、思ったんだけどさ・・・海の底ってどうなってるのかな〜、一度でいいから見てみたいな〜。」
「・・・さいか。」
一瞬「メルヘンおやじ」が黙った瞬間を見計らって、サファイアはダン!と足元のスイッチを踏んだ。
ベルトコンベアに乗せられてどこかへと去っていく「メルヘンおやじ」。
とりあえず仕組みは理解した。 この地面に埋め込まれてるスイッチを踏むと、人の乗ったベルトコンベアが動くわけだ。
理解したけど、疲れ果てた。 サファイアは真っ白になった!
今度は何が来るのかと両脇にあるコンベアの先に目を向けていると、サファイアは背筋に寒気が走った。
機械音と共に近付いてくる灰色の筒。
太い眉、獲物を狙うタカの目。
「・・・ゴ○ゴじゃあっ!!?」



「『ひっかく』『みずでっぽう』『にらみつける』ッ!?」
手をバタバタさせながらサファイアはメチャクチャに指示を出す。
当然、シロガネは混乱。 とりあえず最後に指示された『にらみつける』だけやって困った顔でサファイアを振り返っている。
ポケモンの『にらみつける』が人に効くとは限らない。 全然気にしていないらしいゴ○ゴっぽいジェントルマンは普通ライフルと呼ばれるそれをサファイアへと向け、ズガンと派手な音をさせて撃った。
「俺の後ろに立つな。 ザングース、『かまいたち』だ。」
ワケのわからないまま始まったバトルに、サファイアはシロガネを抱えて飛び退いた。
耳の後ろで火花が弾けたような音が鳴り、ワニノコを抱えている左手が冷たくなる。
振り向いたときに、赤い玉のようなものが宙を舞っているのが見えた。
腕が切れているのだ。 痛みに気付く余裕もなく、サファイアは体を回転させると抱えていたシロガネを放り投げる。
「『みずのはどう』!!」
円状に広がる水のまくをワニノコが吐き出すと、ネコイタチポケモンとも呼ばれるザングースは赤い爪で空気を切り裂いた。
繰り出された真空で水のまくが裂ける。 サファイアは靴を脱ぐとそれを真上へと向かって放り投げ、宙に浮いたシロガネの軌道をそらす。
びゅんという音がシロガネとランニングシューズの間を通っていくのと同時に、シロガネの放った『みずのはどう』がザングースへと命中した。
上手い具合に混乱してくれたザングースにサファイアが気を取られていると、また足元で、カチッという音が鳴る。
「わし、でんせつおやじ。 伝説のトレーナーの話をしよう。」
「・・・・・・」
またしてもゴゥンゴゥンとベルトコンベアに乗せられてやってきたピンク色のオヤジに、サファイアは目が点になる。
「アアアアアというトレーナーの話だが・・・何と、2回も温泉に入ったらしい!
 アアアアアはきっと、お肌がツルツルのトレーナーだろう!」
一体どこから突っ込めというのだ。
行き場のない手をうろうろさせながら、サファイアはとりあえず思いついたことだけを口にする。
「フエンの温泉におるばあちゃん、24時間温泉入りっぱなしだったと思うんだけど・・・」
「なに! 24時間温泉入りっぱなしだと!?
 ううむ、それはすごい! 新しい伝説の始まりだ!」
なんだかよくわからない感動をしたまま、スイッチを押した覚えもないのにピンク色オヤジはゴゥンゴゥンと動くコンベアに乗せられて退場していく。
残されたサファイアとシロガネの間に沈黙が走る。
人間もポケモンも、理解出来ないことが続くと思考が停止するらしい。


ようやく静かになった(ジェントルマンのザングースは『こんらん』のまま自滅してくれた)ので、サファイアは大きくため息を吐いた。
歩いた時間と感じから言って、まだ入り口から抜け出てもいないはずだ。 こんな調子ではクリアまで何年かかってしまうのか。
延々続いている天井を見上げながら、サファイアは横にシロガネがいるのを確認して歩き出そうとした。
しかし、その前に肩を引かれ、立ち止まる。
少しつんのめるようにしながら振り返ると、意外すぎる人間の顔がそこにあって、サファイアは目を丸くした。
「四天王の・・・」
「ゲンジだ。」
「何で・・・?」
一体何のトラップなのかと、ワケの分からない思考を張り巡らせていると、ヒゲ面の男はサファイアの手首をつかんで持ち上げた。
少々ひねられ、サファイアは痛みに顔をしかめる。
「お前が隠している‘DEOXYSデオキシス’の居場所を聞きに来た。」
「は!?」
自分の耳がおかしいのではないかと疑う。 トレーナー・ポリスに恨みを買うようなことはしていないはずだし。
主語らしい「デオキシス」が何を指しているのかも分からず混乱した表情を向けると、相手はそれを察したようだった。
表情も変えなければ手首をつかむチカラも変わらないが、サファイアに聞こえるようゆっくりとした口調で話を続ける。
「人の背ほどの大きさの、ポケモン図鑑に登録されていない赤いポケモンだ。
 半月前に宇宙から飛来し、神眼の能力者が各地で襲われている。
 TPトレーナー・ポリスチームホウエンでは、これ以上被害が出る前にこのポケモンを捕獲し、処分する方針だ。
 だから、お前がこの申し出を拒否するようなら、それなりの対応をとらせてもらう。」
「・・・なに、言うとんの?」
指先が一気に冷えていくのをサファイアは感じていた。
「仕事中なんよ。 もう、行ってええ?」
ゲンジは無言のままサファイアの手首をつかむチカラを強めた。
途端、青い瞳を光らせると彼の後ろにいたワニノコが大きな口を閉じ、鋭い歯を打ち鳴らす。
その音に気を取られたスキを突き、サファイアは腕を回転させるように振り回し、つながれている部分を断ち切ると逃げるように走り出した。
「触らんといて!」
拒絶するような反応を見せたサファイアを、ゲンジは追わなかった。
口元を隠すようなヒゲをさわりながら何かを考え込んでいるような彼の後ろに、人影が現れる。
ぽやぽやとした笑みを浮かべる、褐色の肌をした女性は、サファイアが消えていった先を見つめるとつやつや光る唇を動かした。
「ワケありっぽいねぇ。」
「心当たりはあるか、フヨウ?」
「ないな〜い。 蒼眼はタイプバラバラだもん、お互いの事情なんて知ったこっちゃないってカンジだし。
 ま、でも揺さぶりをかけるくらいなら簡単かな。 ちょっと行ってくるから、おじいちゃんはここで待っててね。」
むっとした表情のゲンジに笑いかけると、フヨウと呼ばれた女性は全く急いでいる様子の見られない足取りでサファイアの後を追いかけた。
短めに切られた髪の毛にとめられた大きな赤い花が、ゆらゆらと揺れる。



角を曲がって後ろから足音がついてきていないことを確認すると、サファイアは上を向いてはぁっと息を吐いた。
感度の高くなった耳には、クーラーの音ばかりが入り込んでくる。
ぶるぶるっと身を震わせると、サファイアはもう走らなくてもいいのか、と足元へとやってきたシロガネの鼻の上を触り、警戒した目つきで後ろを振り返った。
大きな音が鳴らないよう、慎重にモンスターボールを外し、開閉スイッチを押して足元へと転がす。
飛び出してきた泡白い4つ足のポケモンを、サファイアは抱え込むようにして通路から隠した。
小さな、本当に小さな声で、そのポケモンへと話しかける姿は、どこかから見ている人間がいるとしたら、滑稽こっけいに見えただろう。
「‘ホワイト’・・・あのな、早く帰らなきゃならなくなったんよ。
 ワシ1人だと外に出られへんねや。 ホンマ悪いんやけど・・・助けてくれへん?」
薄くまぶたを開くと、アメジストのような透明感のある紫色の瞳を、ホワイトと呼ばれたポケモンはサファイアへと向けた。
種族はエーフィ。 どことなく不機嫌そうな表情をしている。
何で、言い返さねーんだよ? 逃げてたら自分が悪いことしてますって言ってるようなもんじゃねーか。
サファイアの表情が硬くなったのを見て、薄紫色のエーフィは顔をしかめる。
おぃ、まさかお前本当に・・・!
「聞かんで! ウソ、得意やないけん・・・」
混乱した顔をしてサファイアは自分の額を押さえていた。
どこともつかない方向を見て、一見すると何も考えていないようにもとらえられる。
ホワイトは少し戸惑っているようだったが、先が2つに分かれている長い尻尾を振ると、顔を上げた。
流れた血が茶色いかさぶたになり始めている左の腕を甘噛みし、自分の方に注意を向けさせる。
「何か」はやったけど、それが恨み買うようなことだとは思わなかった・・・ってとこか?
おびえたような目をしたまま、サファイアはうなずいた。
口の奥でカリ・・・と、歯と歯を打ち合わせるような音を鳴らすと、ホワイトはもう1度テレパシーで話を伝える。
じゃ、一旦ここを出て、ゴールドかシルバーか・・・誰かに聞いてもらおうぜ。
 オレはあいつらのこと知らねーからあいつらのこと信用できねーし、数日過ごしただけのサファイアもぶっちゃけ信用してるわけじゃない。
 真ん中で聞いてくれるやつが、必要だと思うんだ。

言葉も出ないまま聞いているサファイアに対し、ホワイトは付け加える。
ゴールドの記憶消される直前が、「そう」だった。



まだ完全に立ち直ったとは言いがたい状況だったが、ひとまず気を持ち直すとサファイアは立ち上がった。
シロガネをモンスターボールに戻すことはせず、ポケモンの鋭い感覚を頼りに出口を、帰り道を探す。
意外にも思えたが、その行動は早くにいい結果としてサファイアたちのところに転がり込んできた。
せかせかと動き回ってくれたおかげで、仕掛けのある位置と、それによって動くベルトコンベアやワープパネルの位置を前もって知ることが出来たからだ。
「あ、合言葉の巻物あそこや! ‘シロガネ’、ちょっとそれ取ってきてくれんか?」
ワニノコは「それ」と言われた足元にある長い物体を持ち上げようとしたが、床に固定されているらしく、持ち上げられずに足をバタバタさせる。
それを見て、サファイアはホワイトにその場で待つように言うとシロガネが目の前で消えていったワープパネル(と名前のつけられた滑り台つき落とし穴)に飛び込む。
持ち上げられないはずだ。 事前にからくり大王が「巻物」と言っていたそれは金属製だし、しっかりボルトで床に固定されていて、中に合言葉が書かれた布を引っ張り出すものだったし。
「もうええで」と、シロガネに簡単な指示を出すと、取っ手のついた巻物の端を引っ張って合言葉を確認する。
途端、沈黙。 パッと離すと、しゅるしゅると音を立てて合言葉の書かれた布は巻物の中に吸われていった。
シロガネを抱えると、ピ○ソもびっくりの複雑な表情をしてサファイアはホワイトのところへと戻っていく。
合言葉、何だったんだ?
「・・・聞かん方がええ。」
気分は最初の頃へ出戻り。 暗〜い気分で足を運んでいると、やっぱりうっかりベルトコンベアのスイッチを踏んづける。
ごぅんごぅんと音を立てて近付いてくる謎のおやじ軍団その4。
「わし、グッズおやじ! わしとグッズの交換するぅ?」
「・・・いいえ。」
「そう、わし残念・・・」
思いっきりゲームの選択肢どおりの返答をしたサファイアは、そのまま足元にあるスイッチを踏みなおして「グッズこうかんおやじ」を追い払った。
入れ違い様に近付いてくる、赤い物体。 いや、オヤジ。
「わし、ナウイおやじ。 キミ、「アバンギャルド」って知ってる?」


カチッ(スイッチを踏む音)

ごぅんごぅんごぅんごぅん・・・(ベルトコンベアに乗せられてナウイおやじが退場していく音)


登場2回目(ELEVEN×ELEVEN REPORT、17話『赤い男』参照)のサブキャラの扱いなんて、こんなもんである。
立ち直ったのか、それとも余計にへこんでヤケになったのか、結果的に足取りは軽くなったのだが。
今のところ、すぐ近くに見えている出口を見て、サファイアは、少しほっとしたように大きく息を吐いた。
その手前に2人ポケモントレーナーがいる。
だが、ここまで来て負けることはしたくない。 きゅっと唇を結ぶとサファイアは腕に抱えていたワニノコを放った。
「さあ! 出口行くで‘シロガネ’!
 今日の晩飯はきっと美味いモンのはずじゃ!」
「わぅっ!」とひと鳴きし、シロガネは1年前のサファイアのように、周りの状況をよく見もせずに走り出す。
なんとなく懐かしいなぁとか思いつつ、ポリポリと頭をかきながらサファイアが見ている目の前で、シロガネは突然出てきた黒い影のようなものにぶつかって転がった。
すぐさま青と白のモンスターボールからポケモン中最速、テッカニンのチャチャが呼び出され、相手の手につかまる前にサファイアのところへと戻される。
ぽかんと大口を開けているワニノコを抱え、睨みつけるように前を見るサファイアへと向かって、黒い影を呼んだ彼女はパタパタと手を振った。
「あははっ、ゴメンゴメン、ゲンジのこともあったし驚かしちゃったよね。
 やだな〜もう、そんなに警戒しなくても。 あたしは取って食ったりしないよ。」
ケラケラと笑いながら、短い髪の女性は真っ黒なポケモンを自分の足元へと呼び寄せ、戦う意思がないことをあらわした。
黒い瞳をサファイアの方へと向けると、少しずれていた大きな花の髪飾りを直し、話を続ける。
「ついでに言うと、キミが‘DEOXYSデオキシス’を隠してるって証拠があるわけでもないから、捕まえるわけにもいかないしね〜。
 でもね、先月うちのチームに入ったミツル君がこれと戦って、意識不明の重体なんだよね。
 だからゲンジも必死なわけ、そこんとこ覚えといてね。
 じゃ、今日はそれだけだから。 じゃね〜。」
ひらっと手を振ると、四天王のフヨウは明るい声とは裏腹に暗い影に包まれて消えていった。
目を細めるようにして消え去っていった影を見ると、ホワイトはチラリとサファイアの方に目を向ける。
唇の結び目が、白っぽく変色していた。
長い尻尾をくねらせると、ホワイトは彼を先導するようにして歩き出す。
行こう。
「お、おぅ!」
パッと顔を上げると、サファイアはホワイトの後ろを小走りに追いかける。


「‘シロガネ’伏せッ! ‘ホワイト’『スピードスター』!!」
ひゅっと風を切る音を鳴らすと、エーフィは黄色い星型の光線を飛ばして攻撃する。
シロガネを飛び越えて地面スレスレを進んだ星は、同時に戦いを挑んできた2人のトレーナーたちが繰り出したポケモンの喉元に命中する。
「ニョロゾ!」
「あぁっ、パッチール・・・ぐるぐる回る・・・不吉、不吉だわ・・・!」
どこかでスイッチが壊れたらしく、延々同じところをグルグル回り続けるメガネっ子を横目に、サファイアはシロガネとホワイトの頭をなでた。
サファイアが歩き出すと、ホワイトは長い耳をパタパタと動かす。
何気に合言葉の内容が気になっているわけで。 ロコツにワクワクした視線を送ってくるホワイトに、サファイアはどんよりした雲を背負っていた。
嫌だなぁと思っている時ほど、目的地に早くついてしまう。
200%くらい誇張されたからくり大王像の前で、腹でも痛めたかのようにうんうんとうなる。
「合言葉を言いたまえ。」
からくり大王像がしゃべった。 というか、からくり大王像の後ろでからくり大王がしゃべった。
「早く言いたまえ。」
頭痛に悩むコダックのごとく、サファイアは頭を抱え込む。 逃げられない!
「・・・・・・からくり大王さま、もにゃもにゃもにゃ・・・」
「もっと大きな声で言いたまえ。」
うきうきしているからくり大王(像)の後ろのからくり大王と、わくわくしているホワイトの板ばさみ。
目からビーム撃ちそうなキラキラ視線で見つめへんでホワイト。 体揺らしてリズム取らんでシロガネ!
いっそ蒸発してしまいたいほどの恥ずかしさを飲み込んで、サファイアは腹にチカラを込めた。
修正200%のからくり大王像へと向かって、バクオングもびっくりの大声を張り上げる。

「・・・『からくり大王さま抱きしめたい』ッ!!」

シロガネの動きが止まった。
あまりのことにアゼーンとしているホワイト。
からくり大王の像が、派手なスモークと共に横へと動き、サファイアの前に道が開ける。
奥の方で体を丸めて震えているからくり大王を見つけ、少年はひそかに怒りを覚えた。
ワケのわからない吹っ切れ方をしたサファイアは、大またでからくり大王へと近付き、フンッと鼻を鳴らす。
「ぶぶっ・・・結構早かったではないか。 あんたがやっている間に・・・ぷっ、こっちの部屋を飾っておこうとしたのだが・・・ぶほほ、間に合わなかったぞい。
 我が輩の次の次の次の次の次の次の次の次の・・・ぶっひゃひゃ!!」
「うきゃーっ!」
笑い転げるからくり大王に謎の怒り声を上げるサファイアを、ホワイトは横目で見ていた。
言葉の一端が、心の中に引っかかっている。
「結構早かった」・・・? このおっさんの予想より早く着いたのか?
 サファイア、なぁ、お前・・・本当に方向音痴なのか・・・?

ホワイトの疑問はサファイアには届かない。
ワニノコも交えて(危険)太鼓腹のオヤジとじゃれあっているサファイアを見て、ホワイトは、アメジストのような目を細めてみせた。