空気が割れるほどの声を上げる観衆たちをリーフは見上げた。
笑えない。 負けたわけじゃないのに。
そう、勝ったんだ。 だから笑え。 何度そう言い聞かせても、顔の筋肉は自分が思った通りに動かなかった。
1歩も動けずにいるリーフの前で対戦相手は立ち上がる。
顔をうつむかせたまま、倒れている自分のポケモンをモンスターボールへと入れると、小さく小さく頭を下げてバトルフィールドに背を向けた。
電撃に撃たれたようにリーフの体が震える。 無我夢中で対戦相手へと駆け寄り、細い腕を握り締めた。
「おぃ、待てよ!」
いい試合だったのだから、何か言わなくては。 そう思いつつ言葉の出ないまま、リーフは相手の手首をつかんでいた。
空いている方の手で、相手は自分の顔をおおっている。
泣いているんだ。 そのくらいはリーフにも予想がつく。
「放っておいて!」
細い腕を大きく振り、相手はリーフの手を振り払った。
それと同時に彼女が振り向いた瞬間、リーフは自分の目を疑い、心臓が口から飛び出そうになる。
「・・・ファイ・・・ア・・・?」

「・・・うっ、うわああぁぁっ!!?」
リーフは飛び上がるようにして眠りから覚めた。
途端、手首に痛みを感じて顔をしかめる。 同時に体の自由が利かないことにも気付いた。
後ろ手に縛られた縄は固く、リーフ1人がどうこうしてほどけそうなものではない。
鼻の頭やひたいに浮いた嫌な汗をズボンに押し当ててぬぐうと、リーフは辺りの状況を確認した。
どこかの倉庫のようだが、それが「どこ」なのか特定出来るようなものが見当たらず、方向もはっきりしない。
自分がなぜこんなところにいるのかを知ろうと、少しはっきりしない記憶の糸を辿っていると、薄暗い部屋の隅で、何か黒いものが動いた。
そちらの方向へと向かって目をこらすと、黒いものは起き上がり、ぐしゃぐしゃとオレンジ色っぽい髪をかきながらリーフへと視線を向ける。
遠目に見ても分かるほど背の高い男に、リーフは見覚えがあった。 2の島にいた、あの巨大な男だ。
「ヨォ、起きたカ?」
座ったままでも見上げるほどに大きな男を、リーフはわざと上目づかいに睨みつける。
「どこだよ、ここ?」
「見ての通り、お前を閉じ込めてんだよ。 場所を教えられるわけネエだろう。
 アー、睨むナ睨むナ、ボスはあれで子供好きだ。 殺すことハないだろ。」
視線だけで相手を攻撃しかねない様子のリーフを見て、ロケット団はうちわのような手をパタパタと振る。
この男でなくても、今の彼の様子を見ていればうんざりしたくなる。 臨戦態勢、指を出せば噛みつきそうなほどむき出しの闘志、リーフは完全に怒っていた。
両手を縛られた状態から立ち上がろうとしたのを見て、長身(というレベルを超えている気もするが)の男はリーフの足を引っ張り、転ばせる。
背中を床に打ち付けた状態から、すぐさまリーフが蹴りを放ってきたことで、男は口笛を吹いてそれを賞賛した。
リーフの肩を床に向かって押さえつけ、完全に抵抗が出来ないようにすると、重々しい音を立て部屋の扉が開く。
力押しで男と戦うことを諦めるとリーフは扉を開けた人間の方へと目を向けた。
相手の顔を見るよりも先に、透明なボトルが目の前に置かれる。 「おいしいみず」と書かれたラベルを見て、リーフは2の島で海の家を営んでいる兄弟のことを思い出した。
「目覚めたらこれを飲ませろと、ボスが言っていた。
 水分不足は死につながる。 飲め、トレーナー。」
相手の声には聞き覚えがあった。 時々言葉がたどたどしくなるこの口調は、3の島で出会った方のロケット団だ。
ずっと押されていた肩を引っ張られ無理矢理床の上に座らされるリーフの前で、プラスチックの割れる音が鳴り響く。
顔を上げると、唇に何か固いものを押し付けられる。
それと同時に、相手の顔が見えた。 思っていた以上に若い。 毛色は大分違うが、グリーンとそう大差ないようにも見える。
リーフは丸いボトルの口を噛むと、無色透明の液体を飲み込んだ。 口の端からこぼれた水を、体を折り曲げてズボンのひざでぬぐう。
そうしているうちに、気分が落ち着いてきた。 今度は冷静な目で、相手の金色の瞳を睨むとリーフはゆっくりと言葉を吐く。
「こんなところに連れ込んで、一体どうするつもりだよ?」
「どうもしない。 しばらくしたら帰ってもらう。
 ・・・お前、俺たちのことが、怖くないのか?」
リーフは少しだけアゴを上げた。
相手は水が半分ほどになったボトルを床に置きながら、金色の瞳をリーフに向けて心底不思議そうな顔をして聞いている。
巨大な手が肩に置かれたことに気付き、リーフはムッと顔をしかめる。 隣にいる巨大な方のロケット団は金の目の男へと向かい、笑い混じりで話しかけた。
「ムリムリ! こいつの年じゃあ、ロケット団っていう存在があったコトすら覚えてねぇダロ。
 何も知らナイで巻き込まれちまったんダ。 知らなきゃ恐れることもナイ、そういうバカをボスは恐れて・・・アダッ!?」
思い切り怒りを込めたリーフの回しひざ蹴りが、長身の男の腹を直撃する。
金の目のロケット団は顔を背け、口元を押さえた。
「・・・笑ったナ、レオ?」
「笑っていない。」
反撃を受けなかったことに意外性を感じながら、リーフはロケット団2人の小競り合いに目を向けていた。
どうも、ナナから聞いていた話と違う。
彼女らの話では、子供を捕らえたら即身代金要求!ポケモンを捕まえたら売りさばく!顔を見られたら生かして帰さないぞコノヤロー!くらいの極悪人集団のようなイメージがあったのだが、現実、今目の前にいる人間たちを見ていると、普段リーフたちが遊んでいる集団とさほど変わらないようにすら見える。
それに、疑問もあるのだ。 4の島で四天王と戦っていた彼らのメンバーを見たときに感じた、違和感。
それを口にしようとしたとき、ケンカ(といっても長身のロケット団が一方的に怒鳴っていただけ)していた2人組の後ろで、重い扉が開く。
なごやかですらあった空気が、一瞬にして変わった。 高級な靴の鳴らす、カツ、カツ、という音が、暗い部屋の中に響き渡る。



その人間が入ってきただけで、空気の重さが変わるようだった。
年の頃を見れば、世間で父親と言われるほどの人間とそう変わらない。 足にチカラを込めるリーフを、長身のロケット団が引き、後ろに座り込まされる。
腕に抱かれているものを見て、リーフは「あっ」と声を上げた。
「かえらずの穴」の時と、同じなのだ。 あの時と同じように、この男が、ファイアを毛布に包んで抱えていた。
「ファイア!」
「騒ぐな。 娘が目を覚ます。」
男はそう言いながら、ファイアをリーフのすぐ側に置いた。
大きな毛布に包まれながら、彼女は安らいだ表情でスースーと寝息を立てている。
ひとまず無事そうで、リーフはホッと息を吐いた。 ゆっくりと顔を上げ、ファイアを抱えてきた黒服の男へと視線を上げる。
「お前、誰だよ?」
「ロケット団首領、サカキ。」
首領・・・文字に直せば2つだけの言葉が肩をすくませる。 たったそれだけの、自分の名前を名乗る行為にすらリーフはビリビリとした重圧を感じた。
目を見開いて相手の顔を凝視すると、自ら首領と名乗った男は1歩前へと踏み出し、リーフへと近寄った。
「初めまして、とでも言おうか? 出会えて光栄だな、チャンピオン。」
ぐ、と口をつむると、リーフはひざにチカラを込めながら、相手を睨みなおす。
相手を「どう」と表現することが出来ない。 それぐらい、威圧感を取り除けば普通の人間だ。
だが、その威圧感が、の人間を常人とかけ離れさせている。
顔のすぐ側に寄られたリーフは、そのことを嫌というほどに感じさせられた。


男は、リーフの正面でかがみ込むと凍てつきそうな視線で顔を見、にやりと笑った。
「成る程な、確かにレッドに似ている。」
「レッド・・・?」
眉を潜め、リーフは聞き返す。
答えがこないのは分かっていた。 相手の行動を1つ1つ観察しながら、慎重に頭の中で今置かれている状況を組み立てる。
気に食わない、と、相手のことを一言で切り捨てるのは簡単だ。
しかし、今それをやって相手と真正面からぶつかってはいけない。 ファイアがいるのだから、と自分に言い聞かせ、リーフは攻撃に移りそうになる自分を抑え込む。
カツ、カツ、と、靴の音を鳴らしながらサカキと名乗った男は歩くと、リーフに背を向けたまま、低い声を上げる。
「12年前、当時、名もなかったポケモンは、暴走した。
 死者2人、負傷者14人を出す史上最悪の惨事の中、学会では、実にくだらんシステムを作り出すため、会議が行われていた。
 それが、ポケモントレーナーだ。」
リーフは眉を潜める。 まだ生まれてもいなかった時のことだ、どう返せばいいのかも見当がつかない。
男はスーツに包まれた腕を横に上げると、リーフへと赤白のモンスターボールを見せた。
一目で見分けがついたのは、それがリーフのモンスターボールだったからだ。 一瞬ピクリとリーフが動いたのを見て、サカキと名乗った男は、先を続ける。
「お前が生まれてまだ間もない頃、この仕組みは動き出した。
 主要な各都市にポケモンセンターが建ち、警備とトレーナーの育成という名目でジムリーダーを置き、町を見張らせた。
 何故だか分かるか?
 奴らは恐れていたからだ、ポケモンという存在を、本物のポケモントレーナーを!」
「・・・本物の、ポケモントレーナー?」
ビリビリと身を切られそうな怒号を受けながら、リーフは目を少しだけ見開く。
瞬時に静まり返った部屋の中、声はよく響いた。 黒服の男はリーフへと目を向けると、手にしていたモンスターボールを自分のポケットの中に入れる。
「『危険な生物を操る人々Trainer of Dangerous Monsters』彼らはそう呼ばれていた。
 今のトレーナーと変わらず旅をしたり、猟犬としてポケモンを育てたり、あるいはただ、一緒に生きていたり・・・やっていることは様々だ。
 しかし、彼らは一括して「そう」呼ばれた。 危険な生き物と付き合っている、という理由でだ。
 だが10年前、状況は一転した。 トレーナーを恐れていた者たちは、考えを変えたのだ。
 自分たちの脅威となるものを、逆に利用してしまえばいい、と。」
リーフは体の芯が震えるのを感じていた。
完全に信用しているわけじゃない。 それでも、男の言葉には説得力があった。
反論出来ないのだ。 すっかり気圧けおされた状態のまま、リーフの口が、自然と動く。
「それが・・・『ポケモンリーグ』?」
不敵な笑みを口に浮かべ、サカキはうなずいた。
「例えばポケモンセンター、トレーナーカードを利用せずに泊まった場合、1回につき3500円かかる。
 宿としては安く感じるかもしれんが、実際のところ、2段ベッドを置いただけの簡素なつくりのところがほとんどだ。
 他にも買い物、バトル時行うポケモンの登録、通信システムの利用まで、全てが公認トレーナーに有利なように作られている。
 ポケモンリーグは、トレーナーという存在を傘下に置くことによって、この世界を支配しようとしている。」
絶句したまま、リーフは動けなかった。
一瞬とも永遠ともつかない静寂がその場を支配し、止まった空気が肌にかすかなしびれを感じさせる。
やがて、カツン、という高い音が響くと、リーフの体はビクッと跳ねた。
飛んでいた意識が戻ってくる。 ・・・―そうだ、今、自分はロケット団という悪の組織の中につかまっている。
縛られた手の調子を確認する、ほどくことは出来なくても前に回すくらいは出来そうだ。
部屋の中にある物の位置、ファイアの場所、サカキや他のロケット団の行動を1つ1つ注意深く観察すると、リーフは隣にいる大男のスキをついて誰もいない方向へと向かって飛び出した。
腕を前に回す際に足を引っ掛け転ぶが、転がって立ち上がれば訳はない。
狙うのは、ファイアの隣。 男たちがモンスターボールを構える姿を視界に入れつつ、リーフはサカキへと向かって戦いの構えを取って見せた。


「おめーらの方が、よっぽど世界制服とかやりそうな感じすんだけど?」
言い返すつもりでリーフが口を動かすと、サカキは一拍置き、声を上げて笑い出した。
指先が床から離れる、腕以外は自由な状態。 武器になりそうなものを探して部屋の仲に視線をわせていると、目の前にカランという音を鳴らし、木刀が投げられた。
疑問の表情でリーフは視線をサカキへと戻す。
「英雄だな。 自分の信じたこと全てが正しいと思っている。」
「正しいか正しくないかなんて、周りの奴らが決めることだろ。
 自分の信じたもの信じて、何が悪いんだ!?」
リーフは足元の剣を拾う。
両手が離れない分だけチカラが入らないが、取り落とさないようしっかりと構え、低く腰を落とした。
相手は動かない。
蒸し暑い部屋の中、凍てつきそうになる視線をリーフへと向け、サカキは軽くアゴを上げた。
「浅はかだな。 ガキの発想だ。」
「・・・ッ!!」
足を踏み込ませ、リーフは木刀を相手の胸目掛け振り上げる。
最初の一筋目が外れると、攻撃の気配を感じリーフは踏み止まった。 その目の前を、銀色の刃が通り過ぎる。
「太刀筋が丸見えだ。」
奥歯をかみ締め、リーフは自分とサカキの間に立つ灰色の皮膚を持ったポケモンに刀を向け、構え直した。
手は残っている。 ひざを曲げて相手へと向かって踏み出すと、ぐ、とツバを飲み込み、叫ぶ。
「出て来い、ウズ!!」
リーフの声に呼応するようにしてサカキのポケットが光り、小さなポケモンが灰色のポケモンの足を打った。
攻撃自体はたいした威力を持たないが、突然の攻撃だったこと、加え軸足に攻撃されたこともあり、灰色の大きなサイドンはバランスを取りきれず、地面の上に片腕をつく。
小さなポケモンは反動で弾き返されると、ちょこちょこと跳ねるようにしてリーフの足元へと動いた。
足元へとたどり着くと振り向き、小さな瞳で倒れたサイドンをじっと見つめだす。
入れ違いにリーフは走り出す。 大きく振りかぶると木刀をサカキ目掛け、思い切り振り下ろした。
防御した腕に木刀が当たると、ガン!と鋭い音が鳴った。 腕に鉄板を仕込んでいるのだ、直感的に気付く。
「・・・ネイティか、隠し玉としては上等だ。」
刀を押し込むことが出来ず、歯を食いしばりながら睨みつけるリーフにサカキは言った。
冷たい光をたたえた瞳がわずかに動く。
瞬間的に攻撃の意思を読み取り、リーフは攻撃を中断して呼び出したネイティへと向かって走り出した。
既に「かえらずの穴」で戦ったワタッコが上空で構えている、間に合わない。
「だが、甘い。 修羅場をくぐっていないな。」
手から滑り落ちた木刀が、カランと乾いた音を鳴らす。
『ねむりごな』を吸い込み意識が遠のく中で、リーフはサカキの放つ、低く響く声を聞いていた。








「・・・せいやぁっ!!」
バトルフロンティアのほぼ中央に位置するバトルアリーナからは、毎日のように怒鳴り声と叫び声が響いていた。
壁が薄いわけではない。 むしろ、彼女の元気に押されたエニシダが他の施設よりも頑丈にこの建物を設計するよう指示したくらいだ。
それでも、中に人が入ってくるかどうかは別として、入ってすぐ目につく場所にあるこの施設から元気な声が聞こえてくるおかげでトレーナーたちのやる気は上がる。
全体としてプラスになっているのだから、バトルフロンティア全体としてはそれでいいのだ。
そうは思いつつもエニシダは、連日苦情の絶えないこの施設を何とか出来ないものか、と、ここ数日特に頭を悩ませていた。
それというのも、つい先日バトルアリーナキャプテン、コゴミが挑戦してきた何者かに破れて以来、朝・夕の稽古けいこそれに試合中までハンパじゃない気合いを入れてかかっているせいだ。
彼女が守るフロンティアシンボルは『闘志ガッツ』。
1度それに火がついてしまったコゴミは、加減というものを忘れてしまうのだ。



黄色いタマゴを抱えたまま、エメラルドはバトルアリーナの入り口で立ち止まっていた。
中から延々怒号のような叫び声が聞こえてきて、入るに入れないのだ。
忘れ物を取りに帰ったら教室の中で告白タイムが始まってしまったような感じ。 気まずくてとても入れたもんじゃないけど、引くに引けない。
困り果てて近くにある植え込みに座ると、バトルフロンティアのシンボルとも言える天まで届きそうな大きな建物が横目に見えた。
ガラス張りの建物の中を、エレベーターが上下していく。
いずれ・・・というか期限まであと1ヶ月を切っているのに、あそこもクリアしなければならないのに、自分は何をしているのだろう。
ため息が出る。 疲れてくるのだ、延々バトルばかりが続いている、この日常に。
「さあっ!! 何人でもかかってこーい!!」
「・・・まだやっちょる。」
耳の後ろがジリジリと熱い。
抱えたタマゴがゆで卵になってしまうのではないかという暑さ。
わずかな涼を求めて日陰へと移動しようとしたとき、頼んでもいないのにバトルアリーナの扉が大きく開き、中から人が飛び出してくる。
逃げて飛び出してきたならまだ良かった。 マンガでしか見られないような見事な飛びっぷりで背中から着地するのだ。 思わず逃げて、少し離れたところからアリーナの様子を伺っていると、施設の扉のところに拳法着を身にまとった女の人が仁王立ちしているのが見えた。
「もーっ! 男のくせになっさけない!!
 せっかくこっちから出向いてあげてんだからさぁ、ちょっとくらい楽しませてよね?」
完全に失神しているだろう、倒れたトレーナーに仁王立ちした女は怒鳴りつけた。
さっきから聞こえている怒鳴り声、間違えなくこの声だ。 扉が開いたことにより、いっそう強くなった音がエメラルドと、その他一般の通行人の耳を痛めつける。
「こんぐらいじゃ、まだまだアタシは燃えないよ?
 ・・・ちょっと・・・な〜にポカーンと見てんのよっ! さっさと辿り着いてよ、退屈してんだから!!」
呆然としているギャラリーに怒鳴りつけると、女はその中に混じっているエメラルドに目をつけた。
彼女がふふ〜んと笑みを見せると、バンダナに取り付けたバッジがピピッと音を鳴らす。
ただ、それを気にするどこじゃない。 当の本人がエメラルドの方へと走ってきてるのだから。
大きめの服のエリをひょいとつかみ上げると、くるくる巻き毛にはさまった顔をにーっとゆるませ、彼女はエメラルドを睨み付ける。


「へーっ。 アンタ、アリーナに挑戦するんだ。
 いいけどねぇ、アタシ負けないし。」
ぽいっとエメラルドを放り投げると、口元に笑みを浮かべながら彼女はアリーナの中へと消えていく。
扉が閉まると同時に、再び聞こえ出す悲鳴と怒号。
戦っているのだ。 さっき勝負がついたばかりだというのに。
「・・・始まったよ、アリーナキャプテン・コゴミの100人抜き。」
「あれを毎日やってるっつーんだから・・・化け物だよな、まったく。」
無言のままアリーナを後にすると、エメラルドは走り出した。
ポケモンセンターを目指し、人ごみをかき分け、進み続ける。
「マリン! マリン!」
パソコンの画面と向かい合っていたマリンは顔を上げた。
時計を見る。 負けて帰ってきたにしても早すぎる時間だが。

バンッと机の上に手が置かれると、置いていたコップの水面がゆらゆらと揺れた。
息を切らしたエメラルドが眉を吊り上げて自分のことを見つめている。
「ん〜? どしたの? ポケモンの交換?」
「強いポケモン! ウシヤマとカマタじゃ勝てそうやなかか!」
必死な表情で叫ぶ少年を見て、マリンはマウスをカチカチと鳴らす。 バトルアリーナ、確か彼女自身、数日前にクリアしていたはずだ。
そのときの記憶とデータ、アリーナキャプテンの使っていたポケモンと戦術の傾向などのデータに目を通してからマリンは少し眉を潜め、つまんでいたお菓子の中からアメ玉を取り出し人差し指で弾いた。
見事、眉間に命中したそれに目をパチパチさせていると、目の前の彼女はパソコンのモニターから目を離さず、気のない声でエメラルドへと言った。
「勝てないことはないよぉ〜。 データ見る限り、ブレーンの強さはどこも大体同じだし。
 エメラルドはダツラ、ヒース、アザミの3人には勝ってるわけだしね。
 早くも気迫負けしちゃった? ダメだよ、声でビビらせようとかするせっこいトレーナー、どこにでもいるんだから。」
言い返そうとするエメラルドに、マリンは持ってるペンを突きつけた。
「ルールの確認。」
「バ、バトルアリーナはバトルフロンティア中、唯一、制限時間があるバトルが行われる。
 1匹につき与えられた時間は3分間、その間に勝負がつかいなかったときは専門の審判員による判定が行われる。
 判断基準は『心』攻める体勢、『技』の成功率、『体』相手から受けたダメージの量の3つ。
 ポケモンの交代は出来ない。 どちらかのポケモンが3匹倒れるか、トレーナーが降参した地点で勝負は終わる。」
「はーい、よく出来ました。 じゃ、その3分間をどうやって使ったら、相手に勝てると思う?」
「え、それは・・・なんなかしとにかく、早く攻撃する・・・?
 ばってん、そんくらいのことな、相手もやってくるやろうし・・・」
うつむいて難しい顔をするエメラルドに、マリンは人差し指をくるくると回して見せた。
「じゃあ、どうやったら『負けない』?」
その問いかけに、「え?」と目を瞬かせるとエメラルドは考え込んだ。
意味的には同じような気もするのだが。 まさか出場させる3匹全員に『だいばくはつ』を覚えさせるわけにもいかないし。
どうしたらいいかと考え込んでいると、ふとエメラルドは顔を上げ、もう1度ノートパソコンの乗る机に手をついた。
カップの中のコーヒーに波紋が広がる。
ちらりとそちらに目を向けると、マリンは栗色の瞳を彼に向け、先をうながす。
「マリン、貸して欲しいポケモンがおるんやけど・・・」








日差しが照りつける。
強い風が吹き付けるが、それによって暑さをしのぐことはかなわなかった。
逆に波が荒れ、青白い海には高い白波が立つ。 流れる汗を拭うと、グリーンは陸地を睨みつけて息を吸い込んだ。
「ファイア! リーフ! どこだ、どこにいる!?」
かすかな音だけでも聞き取れないかと息を止めるようにして立ち止まるが、強い風の音が邪魔をする。
「・・・くそっ!」
ギリ、と奥歯をかんで、グリーンは固めたこぶしを木に打ちつけた。
先を歩いていた金色のポケモンが立ち止まり、振り返る。
ポケモンは手に持っている曲がったスプーンをまっすぐに直すと、手の中でくるくると回してグリーンへと突きつけた。
一瞬視線が合うが、グリーンはそのフーディンから目をそらし、深くため息をつく。
「俺が目を離さなきゃ、行方不明になんてならなかったんだ。
 くそっ、無事なんだろうな、あいつら・・・!」
グリーンのフーディンは目を細めると、持っているスプーンでグリーンの顔を上げた。
無理矢理視線を合わせられる形となったグリーンは、少しだけ自分のポケモンを睨むようにすると、小さくうなずく。
「そう、だな・・・今は動くことの方が先決だ。」
らしくない自分を奮い立たせ、先へ進もうとすると、背後に殺気を感じグリーンは立ち止まった。
攻撃に移ろうとしていた手を止め、近付いてきた相手を迎え入れる。
鋭角な翼を持つ鳥ポケモンは、墜落と言っていいほどのスピードで急降下すると、ぶら下げていた人間と共に土煙を上げてグリーンの前へと降り立った。
若い女のトレーナーはグリーンの目の前で、動き回るのに向いているとは言えない服を軽く直すと、銀色の瞳を向けて笑いかけて見せた。
「止めに来てあげたわ。 グリーンの探し人見つかったもの。」
「ブルー! 動いて大丈夫なのか!? 船は? この強風の中、動いたっつーのか!?」
「到着したのは、昨日の夕方。 グリーンこそ休みなさい、夜通し捜索するなんて無茶し過ぎよ。」
自分がブルーと呼んだ女性に鼻先を弾かれると、グリーンは気が抜けたのか突然眠気に襲われ、その場でしゃがみ込んだ。
目の前に、白い手が差し出される。
顔を上げ、差し出された細い手をしっかりとつかむと、久しぶりに、グリーンに笑顔が戻ってきた。




リーフは自分のこめかみから何かが流れるのを感じていた。
ひたいへと映ったそれに、誰かが優しく触れる。
背中が熱く、体は揺さぶられている。 どこかに、運ばれているのかもしれない。
目を見開きリーフはこぶしを強く固める。
そのまま強く自分のひざの方向へと向かってこぶしを強く打ち付けると、自分を運んでいた『何か』は大きく揺れた。
放り出されて地面に打ち付けられるが、構わずリーフは起き上がる。
モンスターボールを構えようとして、リーフは目を見開いた。 目の前にいるのが、ロケット団ではない。
「・・・いってぇ・・・! いきなり殴るなよなぁ・・・ったく。」
「え、誰・・・?」
目の前にいる男は自分の腰をさすると、ヨロヨロしながら起き上がった。
迷うことなくリーフへと顔を向け、へへへ、と、チカラの抜けた笑い方をする。
「そっか、そだよな。 普通に考えたらこっちが誘拐犯だもんな。 り、考えてなかった。
 オレはレッド、後ろにいるのは仲間のシロ! 体はデカいけど、大人しいやつだから仲良くしてやってくれな。」
男の後ろで、2メートルを超えるポケモンがぺこりと頭を下げた。
長い紫色の尻尾の、見たこともないポケモンは、腕にファイアを抱えている。
うさん臭さは感じていたが、悪い奴には見えなかったので、リーフはとりあえず握手に応じた。
ぶんぶん手首の血管を振り回される感触に顔をしかめると、レッドと名乗った男はリーフの手を離し、鼻先に指を突きつける。
「リーフ、だよな? 1の島でスカウトされた・・・」
軽くうなずくと、リーフは目の前の相手を指し返す。
「D.D?」
「あぁ、リーダーなんだ。 つっても、やってんのは雑用ばっかで実際の仕事ほとんどねーんだけどな。
 形だけってヤツ。 オレがいなくてもグリーンたち、なんだかんだでうまくやってたろ?」
人差し指で頬をポリポリやりながら、レッドは少し照れくさそうな顔で話す。
それを見てリーフは少しムッとした表情へと変わると、落ちかけていた帽子を押さえて顔をそらした。
急に無口になった彼を見て、レッドは軽く目を見開かせる。


「どうした?」
軽く腰をかがめて、レッドはリーフの顔をのぞきこむ。
同じくらいの身長だったせいで、ちょうどいい位置を探し出すのには苦労しないようだ。 視線を合わせようとしている相手に気付くと、リーフは眉を寄せて完全に顔を背ける。
ため息をつく音が聞こえて、リーフは心の中で舌を出した。 気に入らない相手なら無視すればいい話なのだ。
そう結論づいて自分1人でポケモンセンターへ戻ろうと足を踏み出したとき、暖かい手に肩をとられ、リーフは軽く後ろへ引き戻された。
右耳に生ぬるい息を吹きかけられ、背筋がぞわりと沸き立つ。
「み〜み、食っちゃうぞ〜。」
「ッ!?!? 何考えてんだ、あんた!? 気色悪ぃっ!!」
攻撃にも近い形で腕を振り回すと、レッドは大笑いしながら後ろに2歩下がった。
笑いすぎで涙の浮かんだ目を、自分を睨み付けてくるリーフに向ける。
「いや、りぃりぃ。 お前、顔合わせようとしないからさ。
 ちゃんと顔つき合わせてなきゃ、マトモに話も出来ないだろ?」
笑うレッドを見て、リーフは本物のため息をついた。
大体自分と同じくらいの背、体格。 似たような赤い服とキャップ。
およそ大人らしからぬ行動を取った相手に、右の耳をボリボリとかくと、リーフは苦笑気味に話しかけた。
「あんた、相当変だな。」
「ちょっとくらい変わってる方が人生楽しいんじゃね?
 ・・・とっ・・・」
それまで笑い続けていたレッドの表情が一変し、少し苦痛そうにしながらしゃがみ込むのを見て、リーフは眉を上げる。
じっと動かずに2人の会話を聞いていた『シロ』が、地面すれすれのところを飛んできて彼の顔をのぞきこむ。
黙ってみているわけにもいかずリーフが駆け寄ると、レッドは顔を上げた。 栗色の瞳の中で、赤い光がゆらりと揺れる。
にこりと笑うと、レッドは自分の胸を押さえる。 深い呼吸を繰り返す相手を見ているうちに、リーフは自分と相手の年齢が分からなくなり、同時に今さっきまで考えていたことをバカらしいと思う勇気も沸いた。
相手の片腕を取ると自分の肩へと回し、ゆっくりと立ち上がらせる。
目指すはポケモンセンター。 負担をかけないようスピードに気をつけて歩き出すと、レッドはリーフの顔を見て、もう1度笑った。
「・・・さんきゅ。」
「いいよ、別に。 ・・・・・・『神眼』?」
「そ。 デオキシスに、ほとんどチカラ取られちまったけどな。」
苦笑すると、レッドは自分の胸に当てる手にチカラを込める。
「このまま完全に『つながり』が切れちまったら・・・止まるんだ、心臓。」