灰色の風が吹く 人と人が行き交う街
並べられた白い花に 誰も気付くことはなく
呼べど叫べど 立ち止まらずに 通り過ぎていく風たちに
白い花はひっそりと 涙を流していました
小さなコインと引き換えに 人から人へと渡される
安らかな地で 生きられない
白い サンパギータ
わたし サンパギータ
強い香りで引き寄せて 人から人へと渡される
美しくなければ 生きられたのに
おろかな サンパギータ
わたし サンパギータ
ありがとうございました、お聞きいただきましたのはKoToNoHaで「サンパギータ」
スタジオから生演奏でお伝えいたしました。
キレイですね。 オトナの演奏のすごさ・・・みたいな。
今年で結成20年、KoToNoHaの底力を見たような気がします。
‘Music&Letters’今日のゲストはKoToNoHaの皆さんでした。
それでは、また次回、お会いしましょう。
今日も聞いてくれてありがとう!
来週もお楽しみに!
「はーい、OKです! お疲れ様でしたーっ!」
アシスタント・ディレクターの声が響くと、それまで緊張の走っていたスタジオにほっと安堵の息がもれる。
テレビ局じゃないからカメラマンはいないけど、機材管理やら、音量の調整やら、タイムキーパー(生放送でCMの時間などを計算し残り時間の指示を出す人)やら、ラジオのお仕事は数10人の人たちで構成されている。
その中の1つのコマなのだ、ということを自覚しているから、ルビーは今のところ仕事中にあれこれワガママを言ったりすることはなかった。
夢があればきっと何でもガマン出来る。 そう念じながらヘッドホンを外すと、後ろから肩を叩かれる。
「あ、キューコさん、お疲れ様です!」
反射的に言ってしまって、しまったと思った。
今日のゲスト、「KoToNoHa」のヴォーカル、赤居
「ヒサコ。 ルビーちゃん、ゲストの名前くらいちゃんと覚えた方がよろしくてよ。
今日はご苦労様。 あなた、普段顔の出るメディアの方に出てこないから、今日はお会いできて良かったわ。
ふふん、なかなかの美人じゃない?」
「はは・・・そうですか?」
苦笑いしつつ、否定するような言葉を使うことをルビーは避けた。
「そうね、うらやましいわ。 あなた、まだ若いから・・・
エネルギーもあるし、肌も・・・」
頬をなでられ、ルビーは背筋に寒気が走った。
普段なら即反撃、良くて「何しやがる、この蛇女!」ってとこなんだが、そうもいかない。
喉まで出掛かった言葉を飲み込んで、ルビーは微笑んだ。 あくまでさりげない仕草を装って、頬に当てられた手をどける。
「そうですね、私もあなたにはなれないから、あなたのことがうらやましいかもしれませんよ。 ヒサコさん。」
これが今出来る精一杯の反撃。
ルビーは自分の様子を見に来たマネージャーが来たことを理由にして、その場から逃げるようにして立ち去った。
前言撤回。 やっぱり息抜きくらいは必要だ。
だから、ルビーは明日をとても楽しみにしているワケだ。
頑張ってスケジュールを詰めてもらって、明日はやっと出来た、ちゃんとした
バトルアリーナでもそれなりの権威を持っている・・・全ての主審を任された彼はキャプテン・コゴミの戦いぶりをみてやれやれとため息をついた。
彼は自分の審判に自信を持っている。 それはコゴミも分かっていてどんな時だろうと逆らったりはしなかった。
ただ、ここ数日コゴミの試合に彼の出番はない。
それというのも、数日前、ふらりとやってきた挑戦者に負けてからコゴミは異常とも言えるほど張り切ってしまい、審判の必要になる3分の前に全てのポケモンを倒してしまうからだ。
加え、彼女のテンションに引いた人々がバトルアリーナから遠ざかるせいで、客足も落ち込んでいるときたものだ。
何度もコゴミのトレーニングに付き合わされるトレーナーたちは既にボロボロ。
戦い足りない彼女は退屈して、普段よりもワガママになっていた。
やれジュースが飲みたいだの、どこかから骨のあるトレーナーを連れてこいだの、たまったものではない。
ぐったりと精根尽き果てたトレーナーを哀れみの目で見ていると、当の彼女はイスにどっかりと腰掛けて彼へと目を向ける。
「あーもうっ! つまんないつまんないつまんなーい!!
せっかく全力出してやってんのにぃっ、もうちょっと『
やられても向かってくる奴とか、やられても向かってくる奴とか、やられても向かってくる奴とかさーっ・・・」
「自分が勝つのは当たり前なんですね・・・」
「あーったりまえ! アタシは選ばれたトレーナーなわけだし!
能力者でもないボンクラトレーナーに負けるとかありえなーい!」
もたれていた背中を起こすと、コゴミはキンキンと頭に響く声で審判長へと怒鳴り返した。
先日の見事なまでの大敗は数えられていないのかと少し眉を潜めたが、そこまで子供じみた考え方はしていないようだ。
虚空を見つめ、緑色の瞳を光らせながら何かを考え込んでいる。 恐らく、もう1度戦ったときにどうやって勝つべきかの算段だろう。
これがあるから、彼女は強いのだ。 茶でも入れてこようかと審判長が体を動かしたとき、部屋の隅に設置された内線が音を鳴らした。
「いい、アタシが出る。」
手をかけようとした審判長の行動を制して、コゴミは内線の受話器を取って耳に当てる。
「はいは〜い、こちらバトルアリーナ。 あ、オーナー?」
「ああ、コゴミかい? 例の少年がそっちに向かったようだから、一応伝えておこうと思ってね。」
「あぁ、あの小さすぎる服渡したっていうトレーナーもどき?
さっきアリーナの前に来てたみたいだけどさ、まだアタシのとこまでは来てないよ。
エニシダオーナー、あの・・・エメラルドだっけ? ホントにブレーン7人倒せると思ってんの?」
「ハハハ・・・それはないだろう。 君たちフロンティアブレーンは神に選ばれた、本当に強いトレーナーだ。
彼はポケモンリーグチャンピオンを呼び出すエサに過ぎないよ。
チャンピオンサファイア・・・彼が来れば、おのずと彼の戦いを見に人も集まってくる。 そうなれば、今までとは比べ物にならないほどのトレーナーが・・・それも、相当の手練がやってくることになるだろう。
コゴミも、もっと強いトレーナーたちと戦いたいんだろう?」
「ったりまえじゃん!
オーナー、用事それだけ? だったら切っていい?」
「あぁ、手間かけてすまなかったね、それじゃあ。」
失礼ともとれる言葉づかいを気にすることもなく、電話の相手は軽く笑って通信を切る。
がちゃん、と受話器を置くと、コゴミは背後のモニターを見てふぅと息をついた。
5秒おきに違うカメラの画像へと切り替わるモニター。 事情を察した審判長からリモコンを受け取るとコゴミは第7練習場のカメラへと映像を切り替えた。
真ん中に映る、小さな二重まぶたの男の子。
見覚えのある服に「ふふん」と小さく鼻で笑うと、コゴミは腰に手を当てて彼の戦う様子を観察する。
電光掲示板に表示される数字を見るとエメラルドは大きく息を吐いた。
『22』、22勝目。 6時間でこれだけ勝ち進めたのは、充分自分をほめられる記録だ。
だが、フロンティアブレーンはまだまだ先。
うつむいて1度息を整えると、エメラルドは顔を上げた。
ヒザの辺りでぎゅっと手をにぎる。 ここで止まっているわけにはいかないのだ。
「
鏡に緑色の瞳が映る。
コゴミはふっと息を吐くと、強く目をつぶってからもう1度開いた。
仮にもバトルフロンティアの公式戦。 フロンティアブレーンといえど、試合前にポケモンを持つことは許されない。
「あり得ないのよ、たかがトレーナーになって1ヶ月そこらの人間にブレーンが負けるとか。」
身だしなみはきちんと整える。 たとえ、相手が子供だったとしても。
キッと眉を吊り上げると、コゴミはまっすぐ挑戦者の待つ部屋へと歩く。
控え室に吊り下げられた姿見に、灰色みを帯びた瞳が映った。
正面に立ったフロンティアブレーンの姿を見て、エメラルドは内心驚いていた。
確かにアザミみたいに女もいたけれど、相手がそれよりもずっと小さな女の子だったからだ。
背もエメラルドより少し上・・・マリンとそれほど変わらないくらいだ。 目を丸くして相手の顔を見つめていると、ブレーンは付き人らしい男から受け取ったボールを投げながらエメラルドを見て笑う。
「ちょっとぉ〜、なに、ぴったりじゃないのよ!
アタシ、こんなちんちくりんと同じ背だと思われてたわけ? マジありえな〜い!」
「・・・?」
ちょっとムッとしながらも、エメラルドはキャンキャンと騒ぎ立てる相手に視線を向ける。
金色に染められた髪の下にある目はほとんど黒に近い灰色だ。 マリンに渡されたバッジも反応しない。
彼女だけ神眼ではないのかと少し不思議がっていると、フロンティアブレーンは服の合わせ目の前で腕を組み、赤いモンスターボールをぎゅっと握った。
「なぁ〜に、ボーっとしてんのよ! バトルするの? しないの?
ってかアンタ、アタシの名前からして分かってんわけ?」
「あ、いや・・・」
首を横に振る。 そういえば、相手のポケモン対策に夢中でブレーンの名前までは覚えていなかった。
それを見ると相手はロコツに呆れたようなため息を吐くと、組んでいた手を腰に回した。
「じゃー、覚えなよ。 アタシはアリーナキャプテン・コゴミ!
バトルフロンティアいち、アッツイ女なんだから、ね!!」
審判の旗が振られるのと同時にコゴミはモンスターボールを投げてきた。
地面を跳ねた途端現れる青い虫ポケモン。 それと同時に動き出す、制限時間を刻む電光掲示板。
動き出した1秒に、エメラルドは一瞬目を奪われる。
「ホラ、どうしたの!? 戦う『心』見せなさいよ!」
コゴミに怒鳴りつけられ、フィールドに目を向ける。
バトルは始まっているのだ。 ぎゅっと奥歯を噛み締めるとエメラルドは競り上げられた最初のモンスターボールをつかみ、大きく振りかぶって投げた。
「ハリテヤマ、『ねこだまし』!!」
空気の避けるパンッという音が聞こえるとコゴミはハッと目を見開いた。
彼女のヘラクロスの前で打ち合わされた大きな手と手。 厳しく鍛え上げたとはいえ、この攻撃を受けてしまってはすぐに突っ込んでいけるポケモンはほとんどいない。
チッと舌打ちすると、コゴミは頭の中で組み上げられていた作戦を練り直す。
どんなトレーナーにでも攻撃のリズムはあるのだ。 それを崩して流れを自分の方へと持ってくれば勝てないはずがない。
「‘ヘラクロス’『こらえる』!!」
「『まもる』ばい!!」
同時に防御の態勢に入る。
コゴミは相手の動きを観察した。 指先で隠れた指示を出す気配すらない、本当に打ってくる気はないらしい。
もういい、と、ヘラクロスに目で合図を送る。
ハリテヤマの集中力も切れる頃だ。 こぶしを固めると彼女は自身のポケモンへと向かって高い声を張り上げた。
「・・・さぁ、勝負! ‘ヘラクロス’『メガホーン』!!」
ぐっと両手を広げると、コゴミのヘラクロスは薄い羽を広げ文字通りハリテヤマへと飛び掛かっていく。
防御の手が間に合わず、突き出された太いツノはハリテヤマの胴をがっちりと捕らえた。
足を踏ん張ると、ヘラクロスはそのままハリテヤマを真上へと跳ね上げる。
「・・・ッ!」
コゴミの眉がつりあがった。 ハリテヤマの動きが受け身のそれではない。
行動が『防御』ではないのだ、向かい合っていた少年の腕が、ヘラクロスへと向けられる。
「『あてみなげ』!!」
攻撃直後で避ける余裕の残されていなかったヘラクロスが、太い腕に投げ飛ばされる。
直後、制限時間を刻んでいた電光掲示板が『0:00』の数字を表示した。
鳴り響くブザー。 コゴミはキッと相手を睨み付ける。
「そこまで! 判定2−1、勝者ハリテヤマ!!」
赤い旗が振られる。
ヘラクロスの体力はまだ残っている、コゴミとて、時間さえあればこのまま負けるつもりはない。
しかし、既に制限時間の3分は経過してしまった。 これ以上、ヘラクロスでハリテヤマに手出しは出来ない、そういうルールなのだ。
「・・・アイツ、アタシのポケモン調べてきやがったわね?」
2匹目のポケモンを手に取りながら、コゴミはつぶやいた。
毎日の組み手で、コゴミがバトルアリーナで戦ったのは1度や2度ではない。 ただ、その中で手持ちが知られるチャンス・・・と考えたとき、コゴミの頭に数日前やってきた少女の姿が浮かび、はっと気付いたように目を見開いた。
「あの女・・・!」
口元をゆるませると、コゴミは何度も握ったモンスターボールに手をかける。
大きなアクションでそれを投げると、ビュッと風を切る音が鳴った。 コゴミのポケモンが相手の前で破裂すると、エメラルドの顔がかすかにピクリと動く。
確かに鳴った頭のバッジにエメラルドは目を見開いた。 やはり、彼女も神眼なのだ。
バッジに触れようとして、ふと手を止める。 相手の・・・コゴミの視線が、全く自分から外れない。
自分が相手を観察しているのと同じように、コゴミもエメラルドのことを観察している。
開きかけていた手をぎゅっと握ると、コゴミはニッと笑って2匹目のポケモンを繰り出してきた。
モンスターボールから飛び出した黒い影は、ハリテヤマのすぐ下に隠れると、黄色く、薄ぼんやりと光る。
「始め!」
「‘ブラッキー’!!」
審判の掛け声と同時に、黒いポケモンは体の模様を光らせ相手のハリテヤマを威嚇する。
それ以上は、何も起こらなかった。 目を瞬いてバトルの状況を見守っていると、ブラッキーは床を強く蹴ってハリテヤマから離れていく。
「・・・何ね? よかよか、ハリテヤマ『あてみなげ』ばい!!」
相性ではハリテヤマの方が上。 勇んでエメラルドは指示を出すが、ハリテヤマは指示通りに動く様子がない。
不思議に思ってエメラルドが様子を伺うと、突然ハリテヤマは、自分の顔を叩き出した。
手加減する様子などない。 驚いているエメラルドに、コゴミは腰に手を当てて強気な笑みを見せる。
「この程度の『こんらん』で自滅しちゃうなんて、まだまだ『
‘ブラッキー’『サイコキネシス』!!」
たくましい4本の足で踏み込むと、ブラッキーは赤い瞳でハリテヤマのことを睨み付けた。
200キロ以上あるハリテヤマの巨体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
衝撃で『こんらん』が治るかと一瞬期待したが、指示通りに動いてくれる気配がない。
ぐっと体の横でこぶしを握り締めると、エメラルドはブラッキーを睨み付け、目一杯息を吸い込んだ。
「『あてみなげ』、『あてみなげ』!!」
キンと響く声を聞いても、ハリテヤマは『こんらん』から回復せず、自分がぶつかった壁に攻撃を加え続ける。
にやりと笑うと、コゴミはブラッキーにもう1度『サイコキネシス』の指示を出した。
ブラッキー自身は『あく』タイプだが、元々は『エスパー』タイプの技だ。 大きなダメージを受けたハリテヤマは壁に沿ったまま、ずるずると座り込む。
「そこまで! ハリテヤマ戦闘不能、勝者ブラッキー!」
審判の声が狭い室内に響き渡ると、コゴミは口元をゆるませた。
エメラルドは倒れたハリテヤマをモンスターボールに戻すと、すぐさま次のポケモンを繰り出してくる。
呼び出された緑色のポケモンは、ブラッキーの姿を見ると背中についた薄い羽根を羽ばたかせた。
ニックネームは『カマタ』、新しくメンバーに入ったエメラルドのストライクだ。
「始めっ!」
大きく振られた旗が風をはらんでバタバタと音を鳴らす。
薄い緑の羽がかすかに光を放ち始めた。 高速で動かされる羽から舞い散った粉が、ブラッキーの方へと向かっていく。
「『ぎんいろのかぜ』!!」
カマタはエメラルドの声にうなずくと、空中に舞う銀色の粉をブラッキーの方へと吹き飛ばした。
細かい粒がブラッキーを襲い、黒いポケモンは悲鳴を上げる。
だが、倒れるというほどではない。 態勢を立て直したブラッキーを見ると、コゴミはぐっと腹にチカラを込める。
「‘ブラッキー’! 『あやしいひかり』!!」
ハリテヤマに向けられたのと同じ光が、カマタを襲う。
ニンジャのような素早さとたたえられるストライクだが、光の速度にはかなわない。
『こんらん』すると、カマタもハリテヤマと同様、敵も味方も分からなくなって自分を攻撃し始めた。
指示が届かない。 何度も叫んでいる間に、相手のブラッキーは確実に『だましうち』でカマタへと攻撃を加え続ける。
「そこまで! 判定1−2、勝者ブラッキー!!」
いつの間にか『0:00』のまま止まっている電光掲示板を見て、エメラルドは目を見開いた。
勝てていると思っていたのに、逆に追い込まれた。
まだ充分に、ブラッキーの体力は残っている。 タイミングを計りかね、上がりかけた手をさ迷わせていると、一時静かになったフィールドにコゴミの声が響いた。
「ちょっとぉ〜・・・回復、忘れちゃマズイっしょ〜、‘ブラッキー’?」
気がついたようにブラッキーは首に巻きつけられた袋から赤いものを引っ張り出し、鋭い前歯で噛みちぎった。
マリンに見せてもらったことがある。 確か『たべのこし』という、持たせておくだけでポケモンが勝手に体力を回復してくれるという代物だ。
少し嫌気が差してきた。 ただでさえ防御が高くてダメージを与えていられないのに、その上回復するつもりなのかと。
エメラルドは体の横でこぶしを握った。
さっさと終わらせてしまおう、そして、早くトレーナーになろうと。
人の言うことばかり聞いてだらだらと待っているのなんて、やっていられない。
「行けッ、ウシヤマ!!」
エメラルドがモンスターボールを投げれば、それに応えてケンタロスのウシヤマが飛び出す。
踏み外さないよう、しっかりとひづめで床を蹴って薄く張られた土を慣らすと、鼻息も荒くブラッキーの赤い目を睨み付けた。
審判の旗が振られる。 それが最後とならないよう、後は祈るだけだ。
「始めッ!!」
「ウシヤマ、『すてみタックル』ばい!!」
先手必勝、ガッと音を鳴らして走り出すと、ウシヤマは頭についた2本のツノを振りかざしてブラッキーの胴をとらえる。
急所を・・・とまではいかないが、確実に手ごたえはあった。 体格の差もあり、ブラッキーは足を地面から外されると2〜3メートル転げてから立ち上がる。
「ブラッキー、『あやしいひかり』!!」
コゴミの指示が飛ぶ。 あくまで『こんらん』でエメラルドの自滅を狙うつもりらしい。
薄い黄色をした体の模様が光る。
避けられない。 再び自分を見付しなったウシヤマを見て、エメラルドは奥歯を噛み締めた。
混乱を回復させる『キーのみ』はない。 打ち続けるしかないのだ。
「『すてみタックル』!!」
精一杯声を上げる。
しかし、勝ちたいというエメラルドの気持ちとは裏腹に、ウシヤマは首を振り対戦相手とは全く関係のない方向へと走り出していった。
ビュッと腕が振られると、潜められた眉の下でコゴミの瞳が緑色に光る。
「‘ブラッキー’『のしかかり』!!」
ふらついた足で体勢を立て直すと、ブラッキーは迫ってくるケンタロスを睨みつけ、高く飛び上がった。
攻撃をかわすと全体重をかけて相手の首元へとのしかかり、後ろ足でウシヤマのわき腹を蹴りつける。
悲鳴を上げるとウシヤマはブラッキーを振り落とし、太い前足で思い切り踏みつけた。
予想していなかった攻撃に身構えることも出来ず、ブラッキーは攻撃をモロに食らうとむせこんで動かなくなる。
赤い旗が振られた。 自分でも予想していなかった展開に、エメラルドは意味を理解するのが一瞬遅れる。
「そこまで! ブラッキー戦闘不能、勝者ケンタロス!」
1度まばたきをしてから、エメラルドはその意味を飲み込んだ。
面白くなさそうな顔をして、コゴミが睨み付けてくる。
赤いモンスターボールが宙を飛んだ。 どんなバトルをしようとも、あと3分で決着がつくのだ。
「行けッ、‘ヌケニン’!!」
音を鳴らして1回バウンドすると、コゴミが放ったモンスターボールは2つに割れた。
リセットされたタイマーが、再び動き始める。 3度振られる赤と白の旗。
「始めッ!!」
審判の掛け声と同時に、茶色い虫ポケモンはウシヤマの方へと突っ込んできた。
「‘ヌケニン’『おんがえし』!!」
全身を使って突っ込んできたヌケニンに当てられて、ウシヤマの体に赤い傷がつく。
攻撃されることを嫌がりウシヤマはツノを振り回した。 しかし、確実に攻撃してきたはずのヌケニンの体はウシヤマの攻撃をすり抜け、わずかなダメージすらも受けた様子はない。
「そげん、あてずっぽに攻撃してもダメや! 『シャドーボール』ばい!!」
足元がふらついている。 次の攻撃を受けたら、倒れてしまうかもしれない。
既にコゴミは次の攻撃を加えようと、ヌケニンに指示を出す体勢に入っている。
1つずつ減っていくタイマーに体が震えた。
汗がじっとりとにじんだこぶしを思い切り振り下ろすと、エメラルドは叫ぶ。
「・・・‘ウシヤマ’ッ!!」
「‘ヌケニン’『おんがえし』!!」
空中に浮いたままの茶色い物体が、ウシヤマを目掛け突っ込んでくる。
見ていられず、エメラルドは目をつぶった。 バチィッと大きな音が響き、フィールドが静寂に包まれる。
恐る恐る目を開くと、ヌケニンのツメが思い切りケンタロスの体に食い込んでいる。
一瞬、諦めかけた。 しかし、先に動いて床の上に倒れこんだのは、ヌケニンの方だった。
軽いものが転がる音が、エメラルドの胸をくすぐる。 審判の両手が高く上げられ、赤い旗がエメラルドの方へと向けられた。
「ヌケニン戦闘不能、勝者ケンタロス!
3−2で、挑戦者エメラルドの勝利です!!」
エメラルドは電光掲示板の方へと目をやった。 タイマーは『1:54』で止まり、動かない。
ホッと息をつくと、大きなものがエメラルドの腹を突き、軽く持ち上げた。
見下ろした先にある汗ばんだウシヤマの鼻に、エメラルドは1、2歩下がり、服を直す。
肩をつかまれ、顔の向きを変えるとコゴミが灰色の目でエメラルドのことを見下ろしていた。
勝利を実感し、エメラルドはニッと笑みを向ける。 すると、コゴミの顔が険しくなり、つかまれた肩にぐっと爪が立てられた。
「何で分かってあげないのよ・・・マジ信じられんない。
『
ムッと顔をしかめたエメラルドの手に、コゴミは小さな銀色のプレートを押し付けた。
「・・・ルールだから、ガッツシンボル。
言っとくけど、アンタにあげるんじゃないからね。 アンタのポケモンたちにあげるんだからね!」
念を押すようにエメラルドの鼻先に指を突きつけると、コゴミは倒れて動かなくなったヌケニンをモンスターボールへと戻し、部屋の奥へと引っ込んで行った。
しばらくぽかんとしていたが、扉が閉じられるパタンという音が響くと、途端にエメラルドの心に怒りが浮かび、こぶしがぎゅっと握り締められる。
グリーンは怒りに震えていた。
「レッド・・・お・ま・え・なぁ〜・・・!」
「なー! なー! まー! まー!」
「聞かないフリしてんじゃねー!!
レッド、あのリーフってガキと話したんだろ? なのに、なんで1個も情報が流れてこないのかって聞いてんだ!!」
耳をふさいでいた手を取ると、レッドはホルダーから外したモンスターボールを手の上で遊ばせながらグリーンに視線を向けた。
肩をすくめると、グリーンはムッとした不機嫌そうな表情へと変わる。
つかみかかろうとした手を受け止め、レッドは口を開く。
「守るから「約束」で、もらさないから「秘密」なんだよな。」
手を離すと、不思議そうな顔をしたグリーンの胸をこぶしで軽く叩き、レッドは立ち上がる。
彼の足元にまとわりつくようにして、茶色いトゲトゲしたサンドパンが近寄ってきた。 その鼻先を軽くくすぐると、レッドは部屋の入り口を指差す。
「な、グリーン。 しばらくあいつのことは任せてくんねーか?
オレがいない間、グリーンが頑張ってたのはナナミ姉さんから聞いてる。 ま、その分ちっとは休みにもなるだろうし、
それに、あいつの・・・リーフの中では、オレもお前も『敵』なんだ。
一緒に戦うならさ、カチコチの頭で挑んだってダメなんだよ。 ちゃんと気持ちの通じ合った仲間になんねーと。」
そう言って、レッドは自分の胸をトンと叩いた。
徐々に彼の周りにポケモンが集まってくる。 昔からそうだ、気付けばポケモンに囲まれていて。
誰のものとも知れないヤドンを担ぎ上げると、レッドは揺れる尻尾を見てケラケラと笑いながら歩き出した。
部屋の出入り口で立ち止まって、ビッ! とグリーンに向かって親指を立てる。
「じゃ、そーいうワケで、これから遊んでくる! ヨロシク!」
静止する声も聞かず、あっという間に逃走された。
残されたグリーンは疲労感を覚え、深くため息をつく。
書類は山積み。 全く休めるような状況ではないというのに。
「・・・あのヤロー、ただ単に、遊びたかっただけじゃねーのか・・・?」
いつのまにか進化していたセロの尻尾にも、同じ色の炎が灯っていました。
ファイアがキレイだなと思い、炎に触れようとするとセロはさっと尻尾を隠します。
もう、あのちっちゃなヒトカゲではありませんが、セロはセロ、性格は変わらないようです。
少し怒ったようにうなるセロの鼻を見ていると、背中の方から足音がしました。
振り向くと、同じように進化したゼニガメだったジョーを連れて、リーフがやってきます。
いつもよりも少しだけ、機嫌がよさそうなので、ファイアは少しだけ、嬉しくなりました。
「リザード?」
「‘セロ’だよ。」
話しかけてきたリーフに、ファイアは返しました。
リーフの後ろに隠れているジョーが、目をパチパチさせます。
ゼニガメだったころよりも少し大きくなったジョーに、新しくついた頭の羽かざりのようなものを、ファイアは触ってみたくなりました。
トコトコと近付いていくと、ジョーは驚いたのかサッとリーフの体の影に隠れます。
「謎だよなぁ、急に進化するなんてさ。
やっぱ、アレが原因か・・・? かえらずの穴の・・・」
ロケット団の、と言おうとしたところで、リーフは止めました。
あの黒服集団のこととなると途端に異常反応を示すファイアを、あまり怖がらせるわけにもいきません。
少し嫌そうな顔をしながらも、耳を引っ張られ、尻尾を触られ、ファイアのされるがままになっているジョーを見ながら、リーフはう〜んとうなり声をあげます。
炎によく似た朱色の、リザードとなったセロを見ていると、そこへ別の人がやってきました。
「どした? 外で遊ぶの疲れちまったのか?」
「レッド!」
ファイアのほっぺたがパッと赤くなったことにリーフは気付きました。
気付いているのかいないのか、変わらない調子で近付いてくると、レッドはリーフの
嬉しそうに近付いてきたセロの頭をなでると、つぶやくような、しかし大きな声で言いました。
「いいよなぁ、リザード。 巨大化しねーかな、巨大化。 10メートルくらい。」
「えー? このまんまがいい!」
リーフはずっこけました。 座ったままでしたが、ひざからひじが抜けました。
いきなり来て、いきなり何を言い出すかと思えば巨大化の話。 昨日会ってからずっとこんな調子なのです。
「・・・あのさぁ、もうちょっと落ち着くとか、話に一貫性持たすとか、そういうこと出来ないワケ?
なんつーかさぁ、あんた年上に見えねぇよ。 むしろ、オレの方が保護者じみてきちゃってねー?」
レッドは大笑いすると、半泣きになっているジョーとファイアを呼びました。
すっかり弱腰になっているジョーを抱えると、ファイアに耳打ちするような動作を取ります。
不思議そうに耳を近づけるファイアに、レッドはフッと息を吹きかけました。
驚いてきゃあきゃあ騒いでいる彼女が落ち着くのを待つと、羽のようなジョーの耳に触れながら、レッドはファイアに赤い目を向けます。
「ファイア、ジョーのこれ、耳だからさ。 耳、ぎゅうぎゅう引っ張ったら痛いだろ?」
「うん。」
素直にうなずいたファイアにジョーを返すと、レッドは小さな手を取って水色の頭に乗せました。
「今度は優しくな。 セロもヒマそうだから、外で遊んでこいよ。
夏休みで親子連れがいっぱい来てたから、一緒に遊んでくれるかもしれないぞ!」
「うん!」
今度は嬉しそうにうなずくと、ファイアはセロの名前を呼んでポケモンセンターの外へと走り出していきました。
さらわれていくジョーを見ながらさり気なくリーフをその場へと残すと、レッドは小さく息を吐きます。
自分の方へと顔を向けられると、リーフには彼の顔が少し大人びているように見えました。
「『ダメ』じゃ、ねーだろ? それとも『イヤ』か?」
「いや、嫌っつうか・・・どうも調子狂うんだよな。
同じような顔して、体型で、これで18って言われてもなぁ・・・」
「『らしい』のは嫌いなんだろ?」
「オレに合わせてんの?」
「いいや。」
レッドは立ち上がると自販機へと近寄り、ポケットから100円玉を取り出して放り込んだ。
少し迷って、冷たいコーヒーのボタンを押して機械が液体をコップへと注ぐのを待つ。
「・・・目指す夢と、守るものと、自分の居場所。
オレさ、これだけあれば、後は自分の自由でいいんじゃないかと思うんだ。
リーフの言う『大人』が守るものしかない奴で、『子供』が夢だけって言うんだったら、オレはどっちでもない。」
機械音が鳴って紙コップを取り出すと、レッドは黒い液体を一口だけ飲んだ。
リーフと視線が合うとスタスタと近付き、まだほとんど中身の残っているそれを彼へと向かって差し出す。
「これもさ、実は砂糖目一杯入れてんの。 見た目ブラックと変わんねーだろ?
格好つけなんだよ、オレ。
あぁ、でも1年くらい前だったかな。 ホウエン地方ってとこで会ったあいつには敵わねーと思ったな。
自分の好きな女守ろうとして、なりふり構わずにかかってくんの。
いつもどっかケガしてたし、涙と鼻水で顔ぐちゃぐちゃなのがほとんどだったんだけど、何でだか格好良く見えたんだよな。
知ってる? 今年のポケモンリーグ、ホウエンブロックチャンピオンのサファイア。」
聞き覚えはあった。 というか、リーフが知らない方が問題だった。
うなずくと、レッドはまたコップの液体を一口飲む。
ちらりと外の透けるような青空に目を向けると、リーフはため息をついた。
「いいよなーっ、そいつ! オレ守りたいものなんてねーしさぁ。」
頭をかくと、直射日光で固くなった髪が手のひらに突き刺さる。
足を放り出すと、軽くしびれる感じがしてリーフは少し顔をしかめた。
「見たこともない技をジョーが使ってさ、その時進化したんだけど・・・怖かったんだ。
オレ、自分のポケモンのこと、分かってるつもりだった。 知らないポケモンと出会っても、何とかなるって思ってた。
けどコントロールきかなくなって、反動で飛んできたジョーを受け止めることも出来なくて・・・怖くなったんだ。
・・・自分のポケモンなのに。」
「やめるか?」
「・・・いや。」
レッドは何も言わず、コーヒーをまた少し飲み込む。
天井へと目を向けると、吊り下げられた風車がカタカタと鳴っていた。