「増えてる・・・」
朝、ファイアのことを起こしにきたリーフは機能停止していた。
基本的にモンスターボールに閉じ込めておくという
ニョロゾのスーは抱き枕代わりにファイアにつぶされかかっているし(きっと暑かったのだろう、ファイアはスーにくっつきっぱなしだ)、マンキーのゼスは天井からぶら下がってハンモックのようだし、ムチュールのナナの周りは氷のチカラで出来た
一通り見渡してから、リーフは部屋の隅に置いてあるテルテル坊主に目を向けた。
効きそうな、そうでもないような。 そんなことはどうでもいい。
リーフがしゃがみ込んで顔を近づけてみると、確かに息をしている。
起こすべきか、人を呼びに行くべきか、リーフは迷った。 ポケモンにしちゃ小さいけどテルテル坊主にしては大きな物体を、指先でつつく。
「いない? サファイアが?」
ポッポが豆鉄砲を食ったような顔をして、ルビーはオダマキ博士に尋ねていた。
確かに昨日、帰省ラッシュの渋滞に巻き込まれて到着に時間がかかってしまったけど、電話で連絡するのもうっかりしっかり忘れてたりはしたけど。
ラジオの放送翌日である月曜日に、サファイアが家を空けていることなんてなかったのに。
「絶対熊の子や」とサファイアが豪語するオダマキ博士(じゃあサファイアは熊の孫じゃないかというツッコミは置いておいて)は、少し困ったような顔をして、ルビーへと続ける。
「すまんな、ルビーちゃん。
まさか今日帰ってくると思わんかったから、あんドラ息子、出かけて行ってしもうたんばい。」
「・・・おかしいな、確か今日だけは1日まるまる取れるって、暑中見舞いと一緒に出したと思ったんだけど・・・」
「暑中見舞い? いや、届いてなかよ。」
「え・・・?」
疑問の声を出してルビーは後ろのマネージャー、イシハラへと振り返る。
彼がギクッと身を震わしたのは、微妙に疑われていることに気付いたからだろう。 しつこいほど何度も首を横に振っている。
「いや、私はちゃんと出しましたよ!ポストに投函しましたとも!そもそもだって私が出しに行くといったのに自分で出しにいくと言って聞かなかったのは他でもないルビーちゃんあなたですし我々のプロダクション、アイドルの私生活に極端に口を挟むようなそんな昔かたぎな社長でもありませんし大体あなたとサファイアさんの関係、芸能関係者にはトップシークレットとして伏せてあるじゃないですか!私ルビーちゃんから手紙を受け取ってすぐに極秘裏に超特急でポストに投函して来ましたし、それに・・・」
「あーはいはい、イシハラさんは優秀なマネージャーですよ。
けど、じゃあ手紙はどこへ行ったって話だよなぁ? 確か1週間前には出してたはずなのに・・・」
そう口では言いつつも、彼女の頭は既に「サファイアがどこへ行ったのか」という思考に切り替わっていた。
頭をかいて腕組みという、およそアイドルらしからぬポーズでルビーは考え込む。
心当たりといえば、どこかの秘密基地、カイナ、ミナモ、それに・・・
1番ありそうでなさそうな考えに行き着こうとしたとき、オダマキ博士は丸っこい目をぱちんと瞬かせた。
それに合わせて顔を上げたルビーの瞳が、一瞬赤く光る。
「・・・そういや、ここんところ郵便車強盗の記事ば立て続けに続いとったな。
巻き込まれてなければよかんやけど・・・」
ポッと火が灯るように、ルビーの頭に考えが浮かぶ。
「・・・トレーナー・ポリス・・・! そうか、サファイアのやつ、クリスのとこに行ったんだ・・・!
イシハラさん、ちょっと出てくる! 連絡あったらポケナビの方に頼む!」
「え、ええっ!?」
どう考えても不足しているとしか思えない情報で断定してしまったのは、オトメの勘というヤツだろうか。
ほとんど
時間はあまり残されていない。 横顔から、焦りの表情がうかがえる。
キンセツシティはそれほど大きな街ではないが、ホウエン地方の中心にあり、東西南北全ての方向に道がつながっている。
それはつまり、ホウエンに住む人間がどこか遠くへ行こうとしたら、かなりの確率でこの街を通過するということ。
人が集まったり通ったりするような場所は、警察のお世話になることも多い。
目の色を変えた(とはいっても実際に色が変化しているわけではない)警察官たちが熱心な表情で検問を張っているのを、サファイアはそう遠くはない場所から見ていた。
通りかかった車を止めて中の人と会話をする警察官の後ろに、クリスがいる。
金色のバッジをほこらしげに胸に輝かせ、真剣な表情で止まっては通り過ぎていく車を見つめている彼女を、サファイアは邪魔にならないくらいの場所で見ていた。
隣にいるシルバーが、暇そうにしている右手でモンスターボールをいじくりまわしている。
「忙しそうやなぁ・・・」
ぼそっとサファイアがつぶやくと、シルバーの髪が少しだけ揺れた。
常人には気付くことが出来ないが、うなずいたのだ。 そうした普通の言動がほとんどつかむことが出来ないのに、警戒心ばかりはひしひしと伝わってくる。
「ここ1ヶ月、立て続けに起きている郵便車強盗の検問らしい。
被害者の1人が「どく」タイプのポケモンの攻撃を受けたらしくて、トレーナー・ポリスの方にまで出動命令が下ったらしい。」
やたらと「らしい」の多い文章を聞きながら、サファイアはうんうんとうなずいた。
そういえばここのところ、そんなような記事が新聞に載っていたような気もするが、正直なところあまり関係のなさそうな話ではあるし。
犯人がポケモントレーナーだろうと、相手がクリスじゃひとたまりもないだろうから、シルバーの心配はともかく、サファイアはあまり深刻に考えてはいなかった。
「何か、話があって来たんじゃないのか? それとも用があるのはクリスの方か?」
到着から15分、何も言えずにいたサファイアにシルバーの方から話を切り出してくる。
口をモゴモゴさせながら、サファイアは少しうつむいた。 いつまでも黙っているわけにもいかないし、だけど話しづらいのもあるし。
「・・・出来れば、人がいないとこがええんやけど。」
「急ぎの用か?」
「あ、犯人捜しよりは急いでへんよ! これ終わった後で、全然構わん・・・」
そう言いながらも複雑な表情で地面の方に目を向けたサファイアを見て、シルバーは眉を潜めた。
サクサクと草を踏む音を立てながらクリスが近付いてきて、顔を上げる。
2人分の視線に当てられると、彼女はその場に立ち止まって、えへへ、と苦笑いして見せた。
「ダメ〜、全然見つからない。
警戒してろとは言われたんだけどさぁ、バトルと違ってそうそう緊張感続かないよね。
シルバー、代わってくんない?」
「おまえの仕事だろうが。」
呆れたような声をシルバーは出した。
もちろん、冗談だと分かっている。 彼女は自分の気晴らしをしつつ、こちらに情報を与えに来たのだ。
「だよねぇ・・・
サファイア、ゴメンね。 もう少しかかりそうなの。
暇だったらシルバー持ってって、そこらへん散歩しちゃっても大丈夫だからね。」
サファイアは彼女の言葉の端っこから、ゴールドの匂いを感じていた。
口調は軽いが、無責任に言っている訳ではないのだ。 年下のせいか、さりげなく気づかわれている。
そのことに気付いたせいか、サファイアはどうしてもじっとしていられなくなった。
ぐっと顔を上げると、まっすぐに顔を向ける。
「ワシも、ワシも手伝ったるわ! 人多いほうが早く片付くやろ?」
ありがちなセリフに、クリスとシルバーは目を丸くした。
親切な言葉ではあるのだが、何かが、変だ。
「えぇー、やっぱり一概には信じられない話ですよね。 このことについて、UFO研究家のノザワさんはどう思われ・・・」
「今日のラッキーカラーは、紫! 可憐な女の子を相手へと印象付けて・・・」
「本日午前9時ごろ発生しました郵便車襲撃事件ですが、ホウエン警察は検問を張り、逃げた犯人の行方を捜索しています。」
ルビーはラジオのスイッチを回すのを止めたが、たいした情報も入っていないニュース番組からは、それ以上の情報は得られなかった。
飛んでいく景色を見ながら、ふぅと小さく息を吐く。
「‘フォルテ’。 あんたが警察だとして、逃げようとする獲物をどこで待ち構える?」
赤い瞳を見開かせながらルビーが尋ねると、ボーマンダはバサッと赤い翼を鳴らした。
背中に乗せている少女を横目でチラリと見ると、低い鳴き声と共に、赤い炎を少しだけもらす。
流れていく煙を背にして、ルビーはニヤリと笑った。
「真ん中、確かに中央で待ち構えられたら、犯人にとっちゃかなり嫌な状況になるだろうね。
だとすれば、シダケかキンセツ・・・シダケは人口少ないけど人のネットワークが濃いから・・・‘フォルテ’東に舵切って!」
空気を震わせるような声で鳴くと、赤い翼の竜は太陽のある方角へと進路を変更した。
息の止まりそうなスピードをルビーは出させ、フォルテもそれに従う。
そのせいで、キンセツへたどり着く直前、森の中でキラリと光るものがあったことに、ルビーは気付いていなかった。
一瞬気付きかけてバランスを崩したボーマンダを上手く操り、思ったとおり検問の中にいたクリスとシルバーの側へと着地する。
ピリピリした緊張感の走る検問がどよめいた。
携帯カメラを向けられようが気にせず、ルビーはクリスとシルバーの方へと茶色い瞳を向ける。
「ルビー!?」
「や、久しぶり。 サファイア見なかった?」
「久しぶり」なら積もる話の2つ3つあるだろうに、ルビーはいきなり本題を2人へとぶつけてきた。
クリスとシルバーは一瞬顔を見合わせると、会話をクリスに任せ、シルバーは背後を警戒した。
そういう様子を見ていると、何だか熟年夫婦みたいだなぁとか思ってルビーは時々ほほえましく感じてしまう。
「ゴメン! サファイア今朝からあたしたちのとこに来てたんだけど、急にここの仕事入れられちゃって、さっきこの近辺の様子見てくるように頼んできちゃったの!
まさかルビーが来ると思わなかったから・・・」
「あ、じゃあこの近くにはいるんだね? 分かった、探すよ。 ありがとう!」
言うが早いか、ルビーは他の話をさせる気配もなくさっさとボーマンダをしまってチコリータのメロディと、コダックのスコアを呼び出した。
頭数が多いほうが探しやすいというか、ポケモンの察知能力に頼るというのか、そのまま消えていってしまった彼女を見て、クリスはため息をつく。
「熱いわ〜、あの子。
これでサファイアに、もうちょっと度胸があればねぇ・・・」
「?」
「・・・シルバーも、もうちょっと乙女心が分かってればねぇ・・・」
苦笑するクリスを見て、シルバーはますます「?」な顔で彼女のことを見る。
彼の夕陽色した長い髪に触れようとクリスが手を上げようとしたとき、青い制服の警官が1人、自分たちのところへと走ってきて、クリスに何か耳打ちした。
能天気だった表情を一変させ、クリスはモンスターボールを取り付けている手首を確認しながら警官の後を追いかける。
その後をシルバーは歩いた。 大きな手に収まったモンスターボールは、ピクリとも動かない。
警官が彼のことを気にしているのを見て、わざと聞こえやすい声でクリスは話しかける。
「不審な男が走って逃げるのを、この近くの住民が目撃したって。」
「走って・・・? 確かサファイア・・・」
「分かってる、心配もしてる。」
けど、今は警察の指示に従うしかないんだ、という言葉を、クリスはぐっと飲み込んで歩き続けた。
シルバーは途中でクリスから離れるとサファイアが行きそうな場所にアテをつけて走り出す。
それを見て、クリスは申し訳なさそうに眉を下げた。
なんだかんだ言って、分かってくれるのだ。 恋愛のこと以外なら。
一方、1人で犯人捜しへと乗り出したサファイアの方は、
ポケモンたちと一緒になって、念のためにラグラージのカナに調べてもらってまで方向を確認しているというのに、どうしても同じところをグルグル回っているような感じになってしまうのだ。
言ってみるなら、三半規管を壊されて立てなくなってしまった動物のような。
そこまで歩きなれない場所ではなかったはずなのに。
「・・・アカン、全然歩いてへんのにホンマ迷いそうや。
‘ホワイト’出てきたって!」
帰れなくなるかもしれない恐怖に耐え切れず、サファイアは5匹目のポケモンを呼び出した。
普通ではあり得ない大所帯に、一瞬、薄紫色のポケモンはギョッとする。
あいさつ代わりか、サファイアの周りをぐるぐると回っていたネンドールのコンがそのエーフィの周りを1周し、8つの瞳で見つめると、ちょっと戸惑いながらもホワイトは頭を下げる。
他にもワニノコに噛み付かれそうになったり、チルタリスがついばまれそうになったり。
なんちゅーしつけのなってないポケモンたちだと毒づきたくなったが、無駄に攻撃的なその2匹も含めて、サファイアのポケモンたちは全員サファイアの方をチラチラと見ていた。
何かがおかしいのだが、その「何か」に気付くことが出来ないのだ。 中途半端な感覚が気持ち悪い。
「・・・オィオィ、ポケモン出し過ぎじゃねーか?
事情がなけりゃ手の内は明かさないもんだってゴールド言ってたぞ?」
「いや、事情あるんよ。 今日おかしいわ・・・いつもなら1匹出しときゃ、どっち行けばええんかすぐ分かったのに・・・」
カナに支えられるようにしながらも、サファイアは動き出すことも出来ずにいた。
額を押さえ、サファイアは付け足す。
「・・・頭がグラグラする。」
そう言っている間にも、シロガネがどこかへと走り出して行ってしまう。
サファイアは追いかけようとしたが方向をうまくつかむことが出来ず、仕方なくネンドールのコンに急ぎすぎるワニノコをつかまえに行かせた。
いつも「こう」なのかとホワイトは誰かに聞きたかったが、周囲を見渡しても話が通じそうなのがいない。
「あー! マトモな「りくじょう」いないのかよ!」
「15メートルくらいのダイダイならおるんやけど・・・」
「いや、それはいい。」
聞くだけムダだった、と、ホワイトがきっぱり諦めたとき、コンが追っていった先で何かが光るのが見える。
ちゃんと「それ」に気付いたらしく、サファイアは顔を上げた。
瞬間的にトレーナーの表情へと変わると、クウを引きつれ、カナの背中に手を置いて光のあった方向へと向かう。
いつもなら出てきた途端に噛み付こうとするシロガネが、この時ばかりは戻ってきても大人しくしているということに、ホワイトは驚いていた。
それと同時に、光の正体が先ほどシロガネを追っていったネンドールだということにも気付く。
性別不明のこの生命体だけは、すぐにサファイアのところへと戻ってこずに緑色の袋の前でぷかぷかと浮いて待っていた。
姿が見えるようになるとサファイアはカナの背から手を外し、まっすぐにコンの方へと向かいながら首をかしげる。
「‘コン’どないしたん? その袋何ね?」
丸底フラスコのような形をした手を、コンは緑色の袋の方へと向けた。
四角い枠組みで固められた袋は横倒しになっていて、口の方から白っぽい紙のようなものがあふれ出している。
サファイアは近付くと、青い草の上にこぼれだしている紙の1枚を手に取った。
「・・・ミシロタウン○丁目××番地、オダマキ博士・・・親父あての手紙?
じゃあ、これ、強奪された郵便車の・・・でも、何で?」
「りゅうぅぅっ!!」
高く鳴いたクウの声で、サファイアはハッと振り返った。
足音がものすごい勢いで近付いてくるのと同時に、銀色の光るものに気付く。
警戒が遅すぎた。 既にホワイトとシロガネの横を通り過ぎ、何かは確実に自分へと近付いてくる。
サファイアを守ろうと前へ飛び出そうとしたカナの姿を見て、ようやく初めての指示が出る。
「出るな、‘カナ’!」
驚いた顔をしてカナが振り返ったのと同時に、サファイアはあお向けに倒された。
全く覚えのない顔が、見開いた瞳に映る。
ポケモンたちは既に臨戦態勢へと切り替わっていたが、相手が刃物を持っているために手出しが出来ないらしい。 いつでも襲いかかれる体勢で低くうなりをあげている。
「お前が・・・お前が・・・ッ!!」
「何ね、何のつもりや・・・!」
相手の指が気道にかかる。 息が詰まり、指示を出すことも出来ない。
声にならない声を上げながら薄く開いた瞳に、相手の男は白い紙切れを1枚突きつけた。
どこにでもあるような暑中見舞いの手紙だが、間違いなくルビーの文字だ。 サファイアは目を見開かせる。
「ふざけるんじゃないぞ・・・! お前みたいな奴が、ルビーちゃんと・・・ルビーちゃんと付き合っているなんて・・・!
住んでいる次元が違うんだ・・・許さない、絶対・・・絶対に・・・!!」
サファイアは唐突に理解した。 これは予想出来ていた状況なのだ。
度の過ぎた憧れ、恋愛感情。 行き場のなくなったそれが、暴発して今、自分に向けられているのだということ。
全く分からないわけではない。 だけど、今ここでゲームオーバーなんて、人生が寂しすぎる。
押しつぶされないことを祈って、サファイアは残った1個の・・・14.5メートルのダイダイのモンスターボールに手をかけた。
だが、スイッチに指が触れた瞬間、男は赤い光に照らされながら、横へとすっ飛んでいく。
そこからは、全くワケの分からないままサファイアは事の行く末を見守っていた。
ただ分かったのは、自分が助かったというのと、ルビーが来てくれたということだけで。
「何してんの。」
ルビーは今しがた投げ飛ばした男へと向かって話しかけた。
分かっている。 今、目の前にいるのは自分のファンなのだ。 だからこそマネージャーのいない今、自分で決着をつけなければならない。
サファイアを自分の体の後ろに隠すと、ルビーは1歩1歩、前へと向かって歩いていった。
この男は何も分かっていない。 だからこそ、こんなことが、こんな表情が出来るのだから。
「ル、ルビーちゃん・・・! まさか、君が来てくれるなんて・・・!」
「・・・謝りな。」
「はいっ! ごめんなさいっ!」
・・・救えない。
ルビーは片手でバシャーモのイオンを呼ぶと、男の胸ぐらをつかまえさせた。 軽く60キロは超えているはずの体が、ポケモンのチカラによって浮き上がっていく。
ようやく自分の立場に気付いたらしい。 男の目に、恐怖の色が浮かぶ。
「それ、誰に向かって言ったわけ?」
分かっている。 普段はこんな顔しちゃいけない。 だけど、自分じゃ怒りを抑えきれないのだ。
「誰って・・・ルビーちゃん・・・」
「後ろにいるサファイアには?」
「ごっ、ごめんなさい!!」
「あんたがケガさせた郵便屋!!」
「ごめんなさいっ!」
「手紙を出した人たちは!?」
「ごめんなさいぃっ!」
「待ってる人たちはどうなる!?」
「ごめんなさい・・・!!」
バシャーモの腕が振り下ろされ、男は地面へと叩きつけられる。
「・・・あんた、何回「ごめんなさい」言うつもり?」
ルビーは、男のポケットから落ちた紙切れを拾った。
良いものを探す暇がなかったせいで、紙自体はありきたりな普通のはがきだが、1字1字丁寧に書いたそれは、間違いなく自分の字だ。
それを男の顔へと向かって突きつけると、ルビーはためこんできた感情を爆発させるかのように、一気に怒鳴りたてる。
「あんたが奪ったものはね、確かにただの紙切れだよ!
けどね、この紙切れ1枚にどんだけの想いが込められてると思ってんだ!?
自分のしたことが何なのか・・・・・・!」
「ル、ルビー、ルビーッ!! もうええっ!」
肩を支えられて、後ろから抱きかかえられて、ルビーはようやく我に返った。
いつの間にか、周りは青い制服の警察官とトレーナー・ポリスたちに囲まれていて、男が逃げるスキはどこにもない。
見ている前で男の手首に鉄の
囲んでいる人たちの中にクリスとシルバーの姿を見つけると、ルビーはほっとした表情をして顔をうつむかせる。
支えられた腕に甘えようにして、ルビーは体のチカラを抜いた。 ずっと足元にいたらしいチコリータのメロディに、申し訳なさそうな笑みを向ける。
「ルビー! サファイア! ゴメン、ゴメンッ・・・!
車で逃げてるって聞いてたから、まさかこんな近くにいるなんて思わなくて・・・!」
クリスの大きな腕でルビーもろとも抱かれると、サファイアの喉がヒクッと鳴った。
今この中で1番冷静なのがサファイアかもしれない。 何気なく目を向けたシルバーも、見たこともないような表情で額に手を当てている。
ルビーからそっと手を離すと、サファイアは首に巻きつけられているクリスの手をそっと解いて、ヘラヘラと笑う。
「かまへん、かまへん! クリスは仕事でやっとっただけやろ?
指示出されたら従うしかないワケやし、気にすることあらへんよ!」
女2人から抜け出るように離れると、サファイアは離れたところに突っ立っているシルバーへと近付き、伸ばしっぱなしの赤い髪をぐいと引っ張った。
あまりのことに目を白黒させている彼へと向けて、にっと歯を見せるようにして笑う。
「ホラ、何してんのんシルバー! 女助けんのは男の仕事やろ!
ボケッとしてると背もキャリアも追いついてまうで!」
こっちへと近付いてくるシルバーを視界に入れながら、ルビーは明るすぎるサファイアをいぶかしんだような表情で見ていた。
自分だってパニックを起こしていてもおかしくないのに、妙に周りへの気づかいが、手際よすぎるからだ。
何でそんなに出したのか良く分からないが、5匹ものポケモンをモンスターボールへとしまうサファイアを見てルビーは1歩踏み出す。
草を踏む音で、サファイアは自分のことに気付いた。
まっすぐな黒い瞳が、一瞬だが、揺れる。
「サファイア、何か隠してる?」
何も言わない。 サファイアはただ、小さく首を横に振った。
そんな分かりやすいウソでごまかせるとも思っていなかったが、何も言えなかった。
一瞬哀しい目をして、ルビーは呼び出していたバシャーモのイオンをモンスターボールへと戻す。
何か声を掛けた方がいいのだろうかとサファイアが彼女へと向かって手を伸ばしかけたとき、息を切らして現れた少年の姿を見て、その場にいる全員が目を丸くした。
一瞬静まり返った後、チカラ無い足取りでシルバーの方へと歩く彼は、かすれた声でぼそっとつぶやいた。
「いた・・・」
「・・・ゴールド?」
シルバーが名前を呼ぶ声だけが夏の空に抜けて、その後は不規則な足音だけしか聞こえなかった。
他のものに気付く余裕もないのか、まっすぐにシルバーの方へと歩くと、ゴールドは、ぼすっと背の高い彼の胸に頭を預ける。
何があったのかを理解出来ず、他3人は彼らを囲うようにして黙って見つめていた。
普段からは想像もつかないような、ゴールドの振り絞るような声は、静寂の中に消えていく。
「・・・どうしよう、シルバー・・・
初めての患者さん・・・助けられない・・・!」